【2022】 △ 小野 不由美 『残穢(ざんえ) (2012/07 新潮社) ★★★

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前半部は良かったが、読み進むにつれて、どことなく読み心地の悪さを感じた。

残穢 小野 不由美.jpg   
残穢』(2012/07 新潮社)2016年映画化「残穢 -住んではいけない部屋-」(監督:中村義洋、主演:竹内結子)

 2013(平成25)年・第26回「山本周五郎賞」受賞作。

 作家の「私」は、読者の手紙を通して、部屋に怪異が起きるという久保と知り合い、久保を手足として怪異の調査に乗り出す。久保の住んでいる岡谷マンションと、隣にある狭小住宅の岡谷団地に怪異が多発していることが分かって、更に土地の古老を訪ねたり、文献を調べたりしていくと、怪異の源は福岡の奥山家にあることが分かる。奥山家は炭鉱を営んでいたが、当時は安全性がないがしろにされており、事故が多発していた。また、奥山家の者が、家族や使用人を殺害して自殺した事件があった。奥山家にあった絵の中の女性が、それ以来笑うことがある。昔は家の資材は、ほどほどに質が良ければ他に転用されるのが一般的であり、奥山家の資材も転用され、そうして穢れは拡散していくこととなったようだ。奥山家に端を発する怪談は九州最恐の怪談と言われ、記録したり伝えたりするだけで障りが出るとのことで、私、久保、平山、福澤の皆らの体調が悪化するのだった―。

 語り手の職業がホラー作家で、かつては少女小説を書いていたとか、夫も同業者であるとかで、作者自身を指していることは明らかで、何よりも「残穢」の"伝染" 過程を辿る様子が、緻密な調査記録のようにドキュメンタリータッチで描かれているのが真に迫ってきます。「私」が、平山夢明氏や福澤徹三氏といった実在の怪奇幻想小説作家などにいろいろ訊ねてみたりするのも、「もしかして全部ホントの話」と思わせる効果を醸しているし、とにかく前半部は良かったです。

 ただ、後半部になって、やや社会学的観点が入ってきた分、逆にお話そのものは作り話っぽくなってきたかなあ。作者がホラー作家でなければ、結構スゴイと思うのだけれど、現実にホラー作家であるだけに、「新手のホラー小説」の印象が濃くなっていったように思います。山本周五郎賞の受賞が決まる前にこの作品を読んでいて、山本賞が決まった時は個人的にはやや意外感がありました(この賞の系譜からすると"直球"ではなく"変化球"?)。

 選考委員の1人である石田衣良氏は、「僕はこの賞を小野さんにあげたいと思ったけれど、この本を自宅の本棚に置くのはイヤ」と言ったそうですが(それだけホラー小説としてよく出来ているという意味での褒め言葉だろう)、個人的にはむしろ、「虚実皮膜譚」的な要素が、読み進むにつれて、どことなく読み心地の悪さを感じることに繋がってしまったかも。端的に言えば、「あざとさ」を感じたとでも言うのでしょうか。多分、この作者をの作品を愛読している人には、メタフィクション・ホラーとして最初から全て織り込み済みなのでしょうが(自分には元々ホラー小説ってあまり合わないのかも)。

 この小説に描かれているようなことは、心霊学からでも超心理学からでも説明可能ではないかと思いますが(自分自身としては心霊学には全く信を置いていないが、超心理学は必ずしも全否定はしない)、いずれにせよ、何十人に1人いるかいないかといった霊感またはESP感性の高い人が、偶然、集中的に連なっていないと、こうしたことは起きません。

 哲学者の内山節氏の『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』('07年/講談社現代新書) によれば、キツネに騙されたという話を聞かなくなったのは1965年頃だということで、日本人が「キツネに騙される能力」を失った(と、騙されなくなったことを精神性の"衰退"とする捉え方をしているわけだが)その理由を5つに纏めていて、その中には、「自然や共同体の中の生死という死生観が変化し、個人としての"人間らしさ"を追求するのが当然になった」というのもあります。

 怪奇作家の集まりと言うのは、"人間らしい人"の集まりなのかもね。

【2015年文庫化[新潮文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2013年10月 5日 15:20.

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