【1997】 ○ アガサ・クリスティ (恩地三保子:訳) 『満潮に乗って (1957/12 ハヤカワ・ミステリ) ★★★★

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不測の要素に振り回された感はあるものの、プロットとドラマを兼ね備えた傑作。

満潮に乗って hpm 1957.jpg 満潮に乗って ハヤカワミステリ文庫.jpg 満潮に乗って クリスティー文庫.jpg Taken at the Flood.jpg
満潮に乗って (1957年) (世界探偵小説全集)』『満潮に乗って (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『満潮に乗って (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 "Taken at the Flood: A Hercule Poirot Mystery (Mystery Masters)"

TAKEN AT THE FLOOD .Fontana.jpg ロンドン郊外の片田舎ウォームズリイに住むクロード一族は、億万長者ゴードン・クロードの庇護下で金に不自由しない生活を送っていたが、ゴードンがニューヨークで孫のような年の娘ロザリーンと結婚、ロンドンに戻ってきて数ヵ月後に空襲で亡くなったことから、一族の歯車が狂いだす。空襲では3人の使用人とゴードンは死んだが、ロザリーンと、一緒にいた彼女の兄デイヴィッド・ハンターは助かる。ゴードンは莫大な遺産をロザリーンが相続させるよう遺言状を書き換えていた。彼女は再婚で、最初の夫ロバート・アンダーヘイはナイジェリアの行政官だったが、現地で熱病にかかって死亡していた。教養に乏しいロザリーンに全てを持っていかれるのがクロード一族の人々には耐え難かったが、粗野で下品なロザリーンの兄のデイヴィッド・ハンターは、一族の者が金に困ってロザリーンに無心に行くと、頼みを断れないロザリーンの代わって断り追い返していたため、ロザリーン以上に嫌われていたー。

TAKEN AT THE FLOOD .Fontana.1970

 ある日ウォームズリイにイノック・アーデンと名乗る男が現れ、村の宿屋に宿泊した。彼はハンター、ロザリーン兄妹に手紙で、ロザリーンの前夫アンダーヘイのことで重要な話があると言い、ハンターが宿にアーデンを訪ねると、アンダーヘイは存命で自分はその証拠を握っているので幾らでその証拠を買うかとハンターを恐喝、ハンターは1万ポンドを2日後に払うことで手を打ち、ロザリーンをロンドンに避難させて金策を始める。しかし、ハンターがアーデンに金を払う予定だった日の夜、アーデンは宿の客室で頭を殴打されて死亡しており、傍らには凶器と思われる暖炉の火掻き鋏が落ちていた。宿屋の女主人ビアトリス・リピンコットが、アーデンがハンターを恐喝するのを立ち聞きしていたことから、ハンターに容疑がかかる。クロード一族にとっては犯人が誰なのかより、アンダーヘイが生きているかどうかの方が問題であり、仮にアンダーヘイが存命なら、ゴードンとロザリーンの結婚は無効で、ロザリーンは遺産相続ができないことになる。クロード一族の一人ローリイ・クロードはエルキュール・ポアロに電話し、アンダーヘイを知る人を探し出してくれるように依頼、ポアロは戦争中にクロードとロザリーンの結婚とクロードの死、ロザリーンが突然億万長者になった話をクラブで聞いており、クラブ会員でアンダーヘイの知人だったポーター少佐を探し出す。少佐は検死審問で、イノック・アーデンと名乗る死体をアンダーヘイだと証言、この証言によってアーデン殺害犯はハンターしかいないとされ、ハンターは警察に拘引されるが、後に新事実が判明し、ハンターにはアリバイが成立してしまう。では、誰が何の目的でイノック・アーデンを名乗る男を殺したのか―。

満潮に乗って コリンズ.jpg満潮に乗って usa.jpg 1948年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロシリーズの長編第23作で(原題:Taken at the Flood (米 There Is a Tide))、戦争が生んだ一族の心の闇をポアロが暴くもの。前半部で一族の関係を丁寧に描いていますが、傍らに家系図のメモが必要かも。ポワロが本格登場するのは第2部からで、前半部分を冗長と感じるか、伏線として後半の展開を楽しみにしながら読めるかで評価は分かれそうです(個人的には愉しめた)。
"Taken at the Flood "Collins Crime Club(英)/"There Is a Tide"Dodd Mead Company(米)

 死亡事件が3件というのはクリスティ作品としては珍しくない数ですが、結構プロットは複雑な方ではないかと思われ、物語を複雑にしている要因は、自殺か、他殺か、事故死かが入り交じって考えられることで、普通の推理小説であれば、結局は全て特定の犯人による犯行(他殺)であったということに行き着くのですが、この作品では...。

 加えて、作品の中でポワロ自身が仄めかしているように、通常であればAがBを殺害し、CがDを殺害したと見えるような状況において、犯人と被害者の組み合わせを変えてみる必要があるということ。しかし、まさかその結果、利害関係が一致するように見える者同士の間で「犯人-被害者」関係が成立するとは誰も思わないのではないでしょう。そこには偶発的な要素も介入していて、これはもう読者には解決不可能な、ポワロにしか解けない(言い換えれば作者にしか判らない)結末になっているような印象も。

 という訳で、ここからはややネタばれになりますが、イノック・アーデンどころかロザリーンも真っ赤な偽物だったわけだなあ。空爆で誰が死んだか正確に伝わってなかったのかなあ。アンダーヘイの顔も知る人が殆どいなかったわけで、まあ、戦前から戦中、戦後にかけてのごたごたの中では、そうしたこともあり得たかもしれないけれど。ましてや、アフリカの奥地で亡くなった前夫となると、写真もないんだろうなあ。

 でもクリスティの中期以降の「ドラマ重視型」作品の中では、本格ミステリの要素も十分に備えた作品だと思います。この類型では、『ナイルに死す』(1937)が知られていますが、クリスティー文庫の解説で中川右介氏が書いているように、「誰が殺したか」の前に「誰が殺されるか」、「意外な犯人」と併せてその前に「意外な被害者」をもってきている点では、本格ミステリとして『ナイルに死す』から進化していると言えるかもしれません。事故や自殺といった測り知れない要素に振り回された感もややあるものの、個人的には傑作だと思います。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗ってdvd.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って01.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って06.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第8話)/満潮に乗って」 (11年/仏) ★★★★
DVD(輸入盤)
 
【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(恩地三保子:訳)]/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(恩地三保子:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(恩地三保子:訳)]】

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