【1901】 ○ 沢村 凛 『ディーセント・ワーク・ガーディアン (2012/01 双葉社) ★★★★

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労働基準監督官が何となく今までより身近に感じられるようになった(甘いか?)。

『ディーセント・ワーク・ガーディアン』 沢村凛.jpgディーセント・ワーク・ガーディアン』(2012/01 双葉社)

 「人は、生きるために働いている。だから、仕事で死んではいけないんだ」労働基準監督官である三村は、〈普通に働いて、普通に暮らせる〉社会をめざして、日々奮闘している。行政官としてだけでなく、時に特別司法警察職員として、時に職務を越えた〈謎解き〉に挑みつつ―(本書口上より)。

 労働基準監督官が主人公であるという珍しい小説で、県庁所在地である地方都市の労働基準監督署に勤める主人公の三村全(たもつ)が、かつて同級生で同じ地元の警察署の刑事・清田と組んで、企業内で生じた事故や、その背後にある事件の真相を探っていく6話シリーズの連作です。

 刑事とタッグを組んでの主人公の活躍であるため、刑事ドラマっぽいノリではありますが、労働基準監督官の仕事をよく取材しているように思われ、建設現場や工場内の安全衛生管理の問題についてもよく調べられており、そのため一定のリアリティを保っているように思いました。

 零細の建設下請け会社の作業現場で起きた死亡事故の背景にあったものは―、印刷会社に勤める夫の毎日の帰宅が遅いのを心配し、監督署に長時間残業の疑いがあると訴えた妻だったが―といった具合に、いかにもそこかしこにありそうなモチーフの事件が続きます。

 やや事件の"小粒"感を抱きながらも読み進むと、第5話「フェールセーフの穴」は、無人化工場内での事故に見せかけた殺人事件であり、さらに第6話「明日への光景」は、主人公自身が大きな陰謀の渦に巻き込まれ、罷免の危機に瀕するという、(現実的かどうかはともかく)エンターテインメント性の強いプロットとなっていて、"読み物"としての面白さにも配慮されているように思いました。

 因みに、第6話の内容をもう少し詳しく述べると、時の厚生労働大臣が労働基準監督官分限審議会を開いて、主人公を罷免しようとするというもので、その背後には、かつて主人公が労働基準法違反で検挙し、今は急成長を遂げたベンチャー企業の経営者としてIT企業の寵児となっている男の画策があるというもの(この男は大臣に贈賄をしている)。主人公は上司から、「本省に、お前を守る気はなさそうだ。周知のことだが、あの大臣は、就任直後からさまざまな分野で自己流を通そうとして、本省の幹部連中とバトルになっている。立場上の問題だけでなく、長い期間を費やしてきた重要な政策や施策が危うくなっている状態で、今度のことは...彼らにとっては些末な問題なんだ。監督官の首一つで大臣に貸しを作って、ほかで譲歩を引き出せるなら、利用させて貰おうというのが、大筋の方針のようだ」と言われます。

 つまり、大臣の意向に沿って監督官のクビを切ることで、その後の大臣との交渉において貸しを作っておこうとする省庁サイドの戦略が、その背景にあるということ。でも、臨検先の女性とホテルに行ったという精巧に捏造された証拠があるにしても、「辞めろ」と言われ、何ら自らに非無くして素直に辞められるものかなあ(但し、不倫した奥さんに離婚しましょうと言われて、それに従ってしまう主人公だからアブナイ...)。

 タイトルの「ディーセント・ワーク」とは、国際労働機関(ILO)が21世紀の目標として掲げるもので、作者は作中で主人公に「まっとうな」働き方という日本語訳が一番ぴったりすると言わせています。

 辞職を迫られた主人公が、最後に、自分自身の「まっとうな」権利は、自分自身の努力で保持しなければならないという自覚に目覚めるという落とし込みは上手いと思われ、爽快感が感じられました(と言うか、ほっとした)。

 但し、主人公の家庭内のことや妻との関係もあって寂寥感も残る結末となっており、労働基準監督官というのも一家庭人なのだなあと、何となく今までより身近に感じられるようになりました(甘いか?)。

 企業小説では、池井戸潤氏の『下町ロケット』('10年/講談社)が直木賞を受賞しており、労働問題に近いモチーフの小説では、少し前のことになりますが、リストラ請負会社の社員を主人公とした垣根涼介氏の『君たちに明日はない』('05年/新潮社)が、山本周五郎賞を受賞しています(『下町ロケット』も『君たちに明日はない』もテレビドラマ化された)。但し、労働基準監督官を主人公とした小説は、おそらくこれが本邦初でしょう。

 『君たちに明日はない』も短篇の連作で、単行本でPart3まで刊行されています。この『ディーセント・ワーク・ガーディアン』も、もう少し書き溜めると、テレビドラマ化される可能性が無いことはない?

労働基準監督官 和倉真幸1.jpg労働基準監督官 和倉真幸2.jpg 労働基準監督官を主人公としたドラマは、連続ドラマとして1クール放映されたものはないみたいですが、'05年7月にフジテレビで「労働基準監督官 和倉真幸」というのが単発ドラマとして放映されています。東ちづるが女性監督官を演じたらしく、新聞のテレビ欄の見出しによれば「労災隠し」をモチーフにしたものだったようです。 (その後、日本テレビ系列で「ダンダリン 労働基準監督官」が、竹内結子主演で2013年10月から1クール(全11回)放映された。)

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This page contains a single entry by wada published on 2013年7月 1日 00:01.

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