【1876】 ○ 海老原 嗣生 『雇用の常識 決着版―「本当に見えるウソ」』 (2012/08 ちくま文庫) ★★★☆

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なるほどと思わされる点も多かった一方、どちらの見方もできるのではないか、という箇所も。

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雇用の常識 決着版: 「本当に見えるウソ」 (ちくま文庫)』['12年] 『雇用の常識「本当に見えるウソ」』['09年]

 2009年に刊行された『雇用の常識「本当に見えるウソ」』(プレジデント社)の文庫化で、こうした労働問題・労働経済に関する本が文庫化されるということは、それだけ世間での反響が大きかったということではないでしょうか。

 文庫化にあたっては、データを直近のものに刷新するとともに、著者自身のその後の著書『「若者はかわいそう」論のウソ』(2010年/扶桑社新書)、『就職、絶望期』(2011年/扶桑社新書)などを反映させるかたちで、「就職氷河期は、企業に転嫁された」「女性の社会進出は、着実に進んでいる?」「定年延長が若者雇用を圧迫する、か?」など6章が加筆されており、新著に近い内容ともいえます。

 前著もそうでしたが、冒頭から、「終身雇用の崩壊」「転職の一般化」「若者の就職意識の変化」「成果主義の浸透」などといった一般に流布されている言説に対し、現実を反映したデータを駆使して、その「ウソ」を暴いてみせる様は、読んでみて「目からウロコ」の思いをする人も多いのではないでしょうか。前著から割愛されている章もありますが、それらは加筆された章にほぼ取り込まれており、著者の見方には一貫性があるように思いました。

 その見方の根柢にあるものとして、世間で識者と言われる人が語る主義主張には、例えば「小泉改革はよくなかった」とか「若者がかわいそう」といった自分の言いたいことが最初にあり、データの検証がないままそうしたことが喧宣され、「常識」としてまかり通ってしまっていることに対する憤りが感じられました(単に憤るだけでなく、その背景として、雇用問題が過剰に政治イデオロギーがしていて、純粋に労働経済の問題として扱うべきところが、論者のバイアスがかかってしまっている、と冷静に分析している)。

1雇用の常識 決着版.png 個人的にも、世間で言われていることと日々実際に感じていることのギャップ感に符合し、なるほどと思わされる箇所は多かったのですが、「常識」に対して「反証」することが目的化して、データの捉え方が著者自身やや我田引水ではないか、実際にはどちらの見方もできるのではないか、という箇所もありました。

 そのことは。著者自身が書いていることの中にも見られ、例えば終身雇用と転職率の問題についても、非正規雇用の増加の問題についても、どこに焦点を当てるか、どの対象を分母とするかによって数的結果が異なってくるわけで、ある部分、こうした見方もあるというスタンスで読んだ方がいいような箇所もあるように思われました(でも、それだとインパクトが弱くなるから、「反証」というかたちを敢えて取っているんだろうなあ)。

 著者自身が「常識」として世間に流布されているとしているものにも、若干の疑問があり、例えば、国民年金の未納率の「分母」に、厚生年金や共済年金など被用者年金の加入者、或いは専業主婦など第3号被保険者を含めて想定している人ってどれぐらいいるかな。それを含めた数字を基にして「国民年金未納者が四割」というのは「ウソ」だと言われても...。

 いろいろなことを気づかせてくれる本。但し、このように突っ込み所は少なからずある本ではなかったかと思われました。

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