【1874】 ◎ 高原 暢恭 『人件費・要員管理の教科書 (労政時報選書)』 (2012/07 労務行政) ★★★★★

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人件費・要員管理のための「戦略」「財務」「業務」の3つのアプローチを解説。管理会計に偏っていないのがいい。

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人件費・要員管理の教科書 (労政時報選書)』(2012/07 労務行政)

 本書の「まえがき」にもその指摘があるように、「適正な要員数と人件費」についてこれまで書かれた本は、管理会計の視点から技術的な解説をしたものが多いように思います(リストラのための余剰人員の算出方法に絞ったものも少なからずあるネ)。

 しかし、実際にそうした実務を行っている側からすると、管理会計以外の要素がモロモロ絡んでくることも多いと感じられるのではないでしょうか。

 例えば、企業として今どのような仕事に取り組むことが重要であるのか、あるいは、今の業績を維持しようとするとどれぐらいの業務量をこなさないといけないのか、また、現在その業務は本当にムリ・ムダなく最適に遂行されているのか、更には、企業を成長させるために新たにチャレンジしなければならないことは何か、といったことも考えるべき要素に含まれるでしょう。

 これらは、どれをとっても結論を出すのが難しいものですが、少なくとも、労働分配率がどうのこうのといった管理会計技術だけでは結論は導き出せないと考えられます。

 こうしたことを踏まえ、本書の著者は、スピードが求められる現在の企業経営においては、経営者の(言わば、将棋の世界で言うところの)"大局観"に基づく判断(著者はこれを「プロフェッショナル・ジャッジメント」と呼んでいる)に頼るところが多くあり、実際、この"大局観"に基づく「判断」は大事であって、その養成に注力することが求められるとしています。

 本書では、要員計画策定と総額人件費管理において、正しい"大局観"を持ち、的確な「判断」を行なうためには、「戦略アプローチ」「財務アプローチ」「業務アプローチ」の三つのアプローチの、それぞれの基本とその組合せの必要性を理解し、「管理技術」を身につけることが肝要であるとしています。

 「戦略アプローチ」とは、会社の投資を考えて、経営判断によって決定していくアプローチであり、「財務アプローチ」とは、きちんと利益が出るようにするために要員を算出するアプローチであり、「業務アプローチ」とは、発生する業務量をしっかりこなしていけるためのアプローチを指します。

 本書は、これら「管理技術」の解説に主眼を置き、人件費・要員計画の策定の基礎から応用までを分かりやすく解説しており、4章・5章・6章での三つのアプローチの各解説に入る前に、2章・3章で「適正要員数と適正人件費算定の基本」や、人件費とは何かについても解説していますが、管理会計の専門的な技術解説には深入りせず、後半の三つのアプローチについて説いた部分の理解を助けるための程度に止めています。

 幅広い視野に立って解説されているだけでなく、基本解説および各アプローチの解説において、逐一、事例を掲げながら説明しており、読み終えると一冊"ドリル"を仕上げたような読後感がありました(購入特典として、現状分析から計画策定、将来予測まで、そのまま使える各種エクセルツールも、ウェッブでダウンロードすることが可能)。

 結局、ここで言う"大局観"とは、単なる経験に基づく"ヤマ勘"を指すのではなく(もちろん経験も大事だろうが)、多角的な視点に立った「管理技術」に裏付けされたものであるということになるのでしょう。"大局観"を"センス"という言葉に置き換えれば、"技術あってのセンス"ということになるのでは。

 経営者の頭の中にあるイメージのレベルも含めれば、要員管理・人件費管理を行っていない会社というのは、まず皆無かと思うのですが、例えば「業務アプローチ」のレベルでどこまで突き詰めて行っているかというと、心許無くなる会社もあるのではないでしょうか。

 実際、赤字だからと言ってリストラして、リストラしたら黒字になって、黒字になったからと言って人を採用したら赤字になってまたリストラ...といったことを繰り返している会社もあることだし...(「業務改善」といった業務アプローチどころか、「選択と集中」といった戦略アプローチからして無かったりする)。

 「戦略的アプローチ」「財務アプローチ」「業務アプローチ」の三つのアプローチの理解およびその組み合わせによってこうした"大局観"(センス)を養うことは、経営者に限らず、人事や財務の担当者にとっても重要なことであると思われ、本書を読むことが、自身の知識の充実やち啓発だけでなく、自社の要員管理・人件費管理の在り方をチェックすることに繋がる場合もあるかもしれませんね。

 最終章・第7章の「より一層の組織効率の向上に向けて」に、「日本的経営」と言われるイデオロギーの中に「事業戦略と人事戦略の連動性の弛緩」というのがあって、事業戦略と経営戦略の連動性を否定するものではないが、デジタルには連動させない特質があり、これを"腹芸"のような知恵として評価し、むしろ「事業戦略と人事戦略の連動性の弛緩」をマネジメントの基礎概念の中に入れておくべきだとしているのには、ナルホドと思いました。

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