【1865】 ○ 森岡 孝二 『就職とは何か―〈まともな働き方〉の条件』 (2011/11 岩波新書) ★★★★

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厳しい現況を概観するうえではよく纏まっている。企業側にも反省が求められるか。

森岡 孝二 『就職とは何か―〈まともな働き方〉の条件』.JPG就職とは何か 森岡孝二.jpg               森岡孝二氏.jpg 森岡孝二氏
就職とは何か―〈まともな働き方〉の条件 (岩波新書)』 

 学生の就職を巡る本は、ハウツー本が多く(所謂「就活本」)、なぜこうした厳しい就職環境になったのか、就職後にどのような状況が学生を待ち受けているかについて書かれた本は少なく、本書は、その空白を埋める試みであるとのこと。

 著者は『働きすぎ時代』('05年/岩波新書)、『貧困化するホワイトカラー』('09年/ちくま新書)などの著書がある労働経済学者であり、本書は主にこれから就職しようとする学生に向けて書かれたものですが、採用する側からみても、いろいろ考えさせられる面があったように思います。

 第1章「就職氷河期から新氷河期へ」では、大学生の就活スケジュールと内定までのおよその流れを説明するとともに、近年の内定率の悪化と長期的な採用減の実態を示し、大学のキャリア支援や就活ビジネスの動向を含む最近の就職事情を概観しています。
 労働経済学者らしく、本書全体を通して図表を多用し、統計データで議論の裏付けをしていますが、「失業率」と「就職 内定率」の算出方法、並びに、それぞれの実情との乖離などは、採用関係者にとっては既知のことであっても、それ以外の人にとっては、初めて知る事実かもしれません。

 第2章「就活ビジネスとルールなき新卒採用」では、就活ビジネスやインターンシップに言及するとともに、日本独特の定期採用制度の特徴を考察し、就職協定の発足から廃止に至る変遷を追いつつ、就活の早期化・長期化が学生・大学・企業にもたらす弊害と、その見直しの論議を行っています。
 人事部所属であっても採用業務を行ったことのない人や、採用の現場を離れて久しい人には、かつて自分が学生時代に就職活動したり、採用担当をしていたりした際の採用スケジュールと、現在の学生たちのそれが大きく異なっていることを確認するうえで、参考になるかと思います。
 「就職協定」に代わる日本経団連の「倫理憲章」で、3年生の12月から広報活動開始となっていても、これは自粛規定に過ぎず、多くの会員企業が大学3年10月からエントリーシートを受付け、12月から1月にかけて面接選考、3月から4月に「内々定」を出すというスケジュールであるため、4年生の4月までに内定を貰えなければ、5月には殆どの企業が内定通知を終了してしまっているというのが、現在の状況です。(これについては、今月('13年4月)、安倍晋三首相が経済3団体に対し、就職活動の解禁時期の後ろ倒しを要請し、2016年卒の大学生から就職活動の解禁時期が現在より3カ月遅い3年生の3月、面接などの企業の選考活動開始が4カ月遅い4年生の8月に、それぞれ変わる見通しとなった。これはこれで、中小企業にとっては大手の選考が一段落してから本格選考が始まるため、不利な立場に立たされるという問題点もあるとの指摘もある。
 
 第3章「雇われて働くということ」では、学生達を待ち受ける働き方にスポットをあて、学生が企業選択する際の一つの目安となる初任給の"記載"の問題、若者の労働組合意識の低下の問題、派遣労働の問題などを取り上げています。
 「正社員」という雇用身分が、70年代後半のパート社員の増加とともに定着し、同時期に労働組合の企業主義・協調主義路線が定まったという分析は興味深く、ユニオンショップ制が労働組合の組織率低下を緩慢に抑えた一方で(′09年の日本における組織率は18%台なのに対し、米国では組織率は12%台)、若者の労働組合への意識の低下の原因にもなっているとの考察にも頷かされるものがありました。

 第4章「時間に縛られて働くということ」では、正社員の働きすぎに焦点を絞り、最近言われる「社会的基礎力」に疑問を投げかけ、若者に広がる過労死・過労自殺の実態を示して、企業が新入社員にどんな働き方を求めているかを述べています。
 経済産業省が言うところの「社会的基礎力」というのが、残業推奨型の内容になっているというのにはやや驚き(これ、本省の若手キャリア官僚の働き方だなあと)。残業手当を組み込んだ「初任給」の事例は、"ブラック企業"に限られたケースとの印象を与えるかもしれませんが、個人的には、多くの企業でこうしたことが行われているとの印象があります。

 第5章「就職に求められる力と働き方」では、大学のキャリア教育から小中学校におけるキャリア教育に立ち帰り、それがひたすら「適応力」を育てることに狙いがあることを批判的に検証したうえで、採用に際して企業が学生に求める能力を検討しています。

 終章「<まともな働き方>を実現するために」では、<まともな働き方>の条件を賃金、労働時間、雇用、社会保障を柱に整理し、なぜ<まともな働き方>ができないのかを考察し、働き方改善策を提案しています。
 過労死(過労自殺)の件数の公式統計はないそうですが、過労死問題に取り組んできた川人博弁護士によると、犠牲者は年間1万人を超えるとのこと(過労からうつになり自殺に至ったケースも含めると、あながち大袈裟とは言えないのではないか)、三六協定の"ザル法"的性格を指摘しているのは妥当ですが、状況改善に向けての提案部分が、やや抽象的でインパクトが弱いのが、本書の難点かと(但し、全体としては、大学生の就職の厳しい現況と内包する問題を概観するうえで、よく纏まっている本)。

 ただ、人事担当者が、自分達の学生時代は、専門の勉強はそれなりにやった一方で、バイトして金貯めて海外旅行に行ったりもし、また仲間には留学して勉学と遊びの両方を海外で経験したヤツも多かったのに、今の若いのはガラパゴス化していてそうした海外経験が少ないなどボヤいていても、著者の言うように、そもそも3年生の半ばから就職戦線に赴かなければならないならば、専門の勉学を深めることも出来ないし、海外留学(従来は3年時に行くことが多かった)の機会も大いに失われるというもの。
 企業側も、若手のグローバル人材が不足していると言うばかりでなく、こうした事情を認識し、考えてみる(反省する)必要があるのではないかなあ。

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