【1863】 ○ 向井 蘭 『社長は労働法をこう使え! (2012/03 ダイヤモンド社) ★★★★

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司法と現実の狭間でどこに落としどころを見出すべきかを丁寧に指南。

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社長は労働法をこう使え!』['12年]『会社は合同労組・ユニオンとこう闘え!

会社は合同労組・ユニオンとこう闘え 向井弁護士.jpg "企業側"の労務専門の弁護士によって書かれた、主に中小企業の経営者向けの労務トラブル回避のためのガイドブックであり、著者の向井蘭弁護士は、合同労組・ユニオン対応のあり方についてのセミナーや著書などでも、自らの経験に基づく実際的なノウハウを示して好評を博している気鋭の若手弁護士です。
 本書では、「経営者が理解すべき労働法の基礎」「労働法の意外な常識」「残業代トラブルの予防法」「問題社員の辞めさせ方」「労働組合・団交への対応法」「もめる会社・もめる社員の特徴」などを解説しています。

 例えば「突然、多額の残業代を請求された」「非常識な社員を辞めさせたい」といった状況にどう対処すればよいか、また、そのような事態を未然に防ぐにはどうすればよいかといったことが、帯に「誰も書かなかった司法のホンネ」「法律と現実のズレはこうしのぐ!」とあるように、裁判例の傾向やグレーゾーンの扱いを念頭に置きながら、実務的な視点で指南されています。

 弁護士が書いたもので、中小企業の厳しい経営状況を鑑みつつ、ここまで実務に踏み込んで書かれているものは少ないかもしれません。弁護士のセミナーなどに行けば、そうした実務寄りの話も聞けるかもしれませんが、中小企業の社長はなかなかそうした時間もとれないだろうし、労務専門の弁護士と顧問契約する余裕も無いかもしれません。その意味では、中小企業経営者には有難い内容かも知れません(著者の合同労組対策をテーマとしたセミナーを聴いたが、来ていたのは従業員1000人以上の大企業の人事労務担当者ばかりだった)。

 基本的には、正社員の解雇は難しいという見方であり、「正社員を解雇すると2000万円かかる」といった表現もあります。その説明において、解雇を巡る裁判で、仮処分後に会社側が敗訴した場合、仮処分の決定以降に払わなければならない賃金と、敗訴した際に解雇時に遡及して支払う給与とを二重に支払うことになるとの計算になっていて、この部分に関しては、おかしいのではないかということが、本書を読んだ人の間で、ネット上で話題になったようです。

 これについては、版元のサイト内での著者の補足説明によると、著者自身が受任した案件で、敗訴後に遡及払いすることになった給与から、仮処分以降すでに支払われた金額を控除することを認めない命令が某地裁で下されたとのことですが、著者自身がその命令に疑問を呈しており、また、仮にそうであっても、その場合には、会社側が本人に支払い済みの金額を請求する権利はあるとしています(但し、労働者の資力によっては回収が難しいことも考えられると...)。そういうことであるならば、やはりこの部分は、やや著者の説明が不足しているというのは否めないのではないかと思います。

 多くの中小企業経営者が、労務トラブルが会社経営に及ぼす潜在的危険性に対しての認識が足りていないという思いから、その危険性を強調するあまり、極端なケースを取り上げ、全体に煽り気味になっているキライはあります。

 一方、退職勧奨については、裁判所は寛容であるという見方であり、労働者が退職勧奨を拒否した場合、その労働者に自宅待機を命じ、賃金は100%払うと同時に、例えば1カ月以内に退職すれば退職金を上積みするけれども、1カ月を過ぎて2カ月以内なら上積み分は50%に減額するといった「ロックアウト型」の退職勧奨を提案しています。

 著者が事例として掲げているのは、全般にその多くが、労使がそれぞれ代理人を立てての係争に至るようなケースであると思われ、また、「『六法』を持ち歩き、『教授』と社員から呼ばれていたモンスター社員」とか「『仮処分』を繰り返し受けることで、働かずに生活しようとする人」といった表現に見られるように、通常の問題社員のレベルを遥かに超える、まさに"モンスター社員"レベルへの対処方法とみた方がいいのではないかと思われます。

 但し、そうした極端な事例が多いのが気になることを除けば、全体としては、中小企業の実情を踏まえ、現場でアドバイザリーを行うようなスタンスで書かれていて、経営者だけでなく、人事労務担当者にとっても参考になる部分は多いのではないかと思われます。根拠となる法理論の解説もしっかりしています。

 労使紛争が起きやすいのは、それまで創業者社長が睨みをきかせていたのが、2代目の人柄のいい"草食系"の若社長に変わった場合などで、裕福な会社であればあるほど労働者もお金を引きだそうとする一方、所謂"ブラック企業"と呼ばれる会社などは、逆に労働者がすぐに辞めてしまうため、紛争が起きにくいという指摘などは、実情をよく踏まえていると思いました。

 裁判の前段階である労働局のあっせんや労働審判についても触れられていて、親切に書かれていると言えば親切ですが、後は、通常レベルの労務トラブルに、本書で示されているような極端なケースへの対処方法を適用してしまうことのないよう、或いは、「人事異動は自由にできる」「パワハラの訴えに怯える必要はない」といったことをそのまま鵜呑みにするのではなく、自社で起きている問題のレベルとそのレベルに沿った最適の対処方法を慎重に考えてみる姿勢が大切ではないかと思いました。

 司法と現実の矛盾を突いている点でも興味深いし、参考にもなりました。実務では個々のケースによって事情が違うので、本書に書かれていることをオーバーゼネラリゼーション(過大に一般化)し過ぎると大やけどをすることも考えられるかも。その点を除けば、基本的には、司法と現実の狭間でどこに落としどころを見出すべきかを丁寧に指南した本であると言えます。

 因みに、労務管理上のグレーゾーンを扱った本では、同じく弁護士による野口大 著『労務管理における労働法上のグレーゾーンとその対応』('11年/日本法令)があり、労働局のあっせんや労働審判については、山川隆一 著『労働紛争処理法』('12年/弘文堂)などに詳しく書かれています。

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