【1847】 △ 吉本 佳生 『日本経済の奇妙な常識 (2011/10 講談社現代新書) ★★★

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意外と言うよりは、すんなり腑に落ちる(分析上の)結論ではあったが、提案部分は疑問。

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日本経済の奇妙な常識 (講談社現代新書)

 全5章構成で、章立ては次の通り。
  第1章 アメリカ国債の謎(コナンドラム)
  第2章 資源価格高騰と日本の賃金デフレ
  第3章 暴落とリスクの金融経済学
  第4章 円高対策という名の通貨戦争
  第5章 財源を考える
 著者自身が述べているように、アメリカ国債の謎を追いかけながら世界経済を見る第1章「アメリカ国債の謎(コナンドラム)」と、円相場の謎を中心に日本経済を見る第4章「円高対策という名の通貨戦争」が本書の中核部分です。

 第1章で言う「アメリカ国債の謎」とは、多くの国の資金がアメリカ国債に流れているという周知の事実である一方で、2011年のアメリカ国債の格下げにかかわらず、金利が下降している事実の謎を指していますが、アメリカの経常赤字と財政赤字という「双子の赤字」の構造変容を示すことで、むしろ、アメリカ国債が世界景気の維持装置の中核部品としてあることを分かり易く説いたものとなっています。

マクドナルドのビックマック.jpg 第4章では、購買力平価から見た円の価値を探っていますが、マクドナルドのビックマックの購買力平価を基準に、各国の通貨価値を探っている点が興味深く、どうしても対ドルレート基準でのみ円の価値を見ようとしがちになる世間に対し、新たな価値基準を示すとともに(これで見ると必ずしも"円高"ではないということになる。但し、これは、"こんな見方も出来る"程度に捉えるべきではないか)、日銀の円安にするための市場介入の失敗及び各国の冷ややかな対応の背景が解説されています。

 それらの指摘も興味深いですが、むしろ、第2章「資源価格高騰と賃金デフレ」において、原油などの資源価格が上昇しても日本の製品がなぜそれほど値上がりしないのかという疑問について、中小企業はコスト高を価格に転嫁できずいるためであるとし、その分立場が弱い労働者に皺寄せがいって賃金デフレを引き起こしており、そうした日本経済が負のスパイラルに突入した転換点が「一九九八年」であることを示していることの方が、自分のような一般読者には興味深かったかも。この頃に、日本の自殺者数は一気に増えているんだなあと。

 第5章「財源を考える」では、増税してもいいことはなく、むしろ小幅な増税ほど危険であり、その前に東日本大震災の復興連動債を発行すべきだという提案をしており、全体を通して、物価が下落しても賃金がそれ以上に下がれば、日本経済は回復しないという、意外と言うよりは、すんなり腑に落ちる(分析上の)結論となっています。

 このことは、新政権がインフレターゲットなどのアベノミックスによって景気浮揚を図っている現在においてもパラレルで当て嵌まると言え、つまり、物価上昇率よりも賃金上昇率の方が低ければ、相対的に見てこれまでとそう状況は変わらないということになるのでは。

 本書刊行から1年半。ここにきての円高で、自動車メーカーなどの輸出産業は一時的に潤い、賞与なども増やしているようですが、小麦などの輸入原材料を扱う食品メーカーやスーパーがそう簡単にコスト高を価格に転嫁できるわけでもなく、そうすると労働分配率を抑えるしかなく、結局、一部の大企業が内部留保を更に膨らませ、多くの労働者は引き続き物価と賃金の上昇率のギャップに苦しみ続けるというのがアベノミックスの行き着く先であるように思えてなりません。

 経済の仕組みを理解する上では参考になりましたが(分析上の結論にはほぼ賛同)、著者は元銀行員であるせいか、一方的に大企業に責任を押し付けている印象もあるし、デリバティブ国債なんて発行して大丈夫なのかなという気も。何だか、金融商品の売り込みみたいになっているよ(提案上の結論には疑問符。著者の新著『日本の景気は賃金が決める』(2013/04 講談社現代新書)も同じような論調なんだろななあ)。

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