2013年4月 Archives

「●人事マネジメント全般」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1884】 日沖 健 『変革するマネジメント

人件費・要員管理のための「戦略」「財務」「業務」の3つのアプローチを解説。管理会計に偏っていないのがいい。

『人件費・要員管理の教科書 (労政時報選書)』.JPG
人件費・要員管理の教科書2.png
人件費・要員管理の教科書 (労政時報選書)』(2012/07 労務行政)

 本書の「まえがき」にもその指摘があるように、「適正な要員数と人件費」についてこれまで書かれた本は、管理会計の視点から技術的な解説をしたものが多いように思います(リストラのための余剰人員の算出方法に絞ったものも少なからずあるネ)。

 しかし、実際にそうした実務を行っている側からすると、管理会計以外の要素がモロモロ絡んでくることも多いと感じられるのではないでしょうか。

 例えば、企業として今どのような仕事に取り組むことが重要であるのか、あるいは、今の業績を維持しようとするとどれぐらいの業務量をこなさないといけないのか、また、現在その業務は本当にムリ・ムダなく最適に遂行されているのか、更には、企業を成長させるために新たにチャレンジしなければならないことは何か、といったことも考えるべき要素に含まれるでしょう。

 これらは、どれをとっても結論を出すのが難しいものですが、少なくとも、労働分配率がどうのこうのといった管理会計技術だけでは結論は導き出せないと考えられます。

 こうしたことを踏まえ、本書の著者は、スピードが求められる現在の企業経営においては、経営者の(言わば、将棋の世界で言うところの)"大局観"に基づく判断(著者はこれを「プロフェッショナル・ジャッジメント」と呼んでいる)に頼るところが多くあり、実際、この"大局観"に基づく「判断」は大事であって、その養成に注力することが求められるとしています。

 本書では、要員計画策定と総額人件費管理において、正しい"大局観"を持ち、的確な「判断」を行なうためには、「戦略アプローチ」「財務アプローチ」「業務アプローチ」の三つのアプローチの、それぞれの基本とその組合せの必要性を理解し、「管理技術」を身につけることが肝要であるとしています。

 「戦略アプローチ」とは、会社の投資を考えて、経営判断によって決定していくアプローチであり、「財務アプローチ」とは、きちんと利益が出るようにするために要員を算出するアプローチであり、「業務アプローチ」とは、発生する業務量をしっかりこなしていけるためのアプローチを指します。

 本書は、これら「管理技術」の解説に主眼を置き、人件費・要員計画の策定の基礎から応用までを分かりやすく解説しており、4章・5章・6章での三つのアプローチの各解説に入る前に、2章・3章で「適正要員数と適正人件費算定の基本」や、人件費とは何かについても解説していますが、管理会計の専門的な技術解説には深入りせず、後半の三つのアプローチについて説いた部分の理解を助けるための程度に止めています。

 幅広い視野に立って解説されているだけでなく、基本解説および各アプローチの解説において、逐一、事例を掲げながら説明しており、読み終えると一冊"ドリル"を仕上げたような読後感がありました(購入特典として、現状分析から計画策定、将来予測まで、そのまま使える各種エクセルツールも、ウェッブでダウンロードすることが可能)。

 結局、ここで言う"大局観"とは、単なる経験に基づく"ヤマ勘"を指すのではなく(もちろん経験も大事だろうが)、多角的な視点に立った「管理技術」に裏付けされたものであるということになるのでしょう。"大局観"を"センス"という言葉に置き換えれば、"技術あってのセンス"ということになるのでは。

 経営者の頭の中にあるイメージのレベルも含めれば、要員管理・人件費管理を行っていない会社というのは、まず皆無かと思うのですが、例えば「業務アプローチ」のレベルでどこまで突き詰めて行っているかというと、心許無くなる会社もあるのではないでしょうか。

 実際、赤字だからと言ってリストラして、リストラしたら黒字になって、黒字になったからと言って人を採用したら赤字になってまたリストラ...といったことを繰り返している会社もあることだし...(「業務改善」といった業務アプローチどころか、「選択と集中」といった戦略アプローチからして無かったりする)。

 「戦略的アプローチ」「財務アプローチ」「業務アプローチ」の三つのアプローチの理解およびその組み合わせによってこうした"大局観"(センス)を養うことは、経営者に限らず、人事や財務の担当者にとっても重要なことであると思われ、本書を読むことが、自身の知識の充実やち啓発だけでなく、自社の要員管理・人件費管理の在り方をチェックすることに繋がる場合もあるかもしれませんね。

 最終章・第7章の「より一層の組織効率の向上に向けて」に、「日本的経営」と言われるイデオロギーの中に「事業戦略と人事戦略の連動性の弛緩」というのがあって、事業戦略と経営戦略の連動性を否定するものではないが、デジタルには連動させない特質があり、これを"腹芸"のような知恵として評価し、むしろ「事業戦略と人事戦略の連動性の弛緩」をマネジメントの基礎概念の中に入れておくべきだとしているのには、ナルホドと思いました。

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〈キャリア志向〉の強い社員の転職をバックアップするという発想転換を提唱。

社員が「よく辞める」会社は成長する図1.png社員が「よく辞める」会社は成長する!.jpg社員が「よく辞める」会社は成長する! (PHPビジネス新書)

 長引く不況で若者の安定志向が強まっていると言われ、調査でも「定年まで働き続けたい」と答える人の割合が増えているとされていますが、実際には就活中の学生や若いサラリーマンの〈キャリア志向〉は驚くほど強いと、著者は述べています。

 今の若者は、自分らしいキャリアを積むのが当たり前だと考えていて、「ステップ型就職」という意識で企業に入社してくるため、入った会社が自分の「適職」ではない、「自己実現」できそうにないと感じたら辞めることにためらいはなく、また、ある仕事で能力を高めたら、転職・独立してさらなる成功を目指す傾向にあるとのこと、しかも、優秀な社員ほどこうした〈キャリア志向〉が強いとのことです。

 そこで企業側も、辞めていく人に向かって塩をまいたり、石もて追うたりしても何の得にもならず、転職・独立が当たり前の時代を迎えた今、スマートで合理的な送り方を身につけるとともに、スピンアウトするエネルギーを、企業の活力と成長につなげるマネジメントモデルを構築していくことが求められるとしています。

 これまでの日本企業は、少なくとも高度成長期以来、長期雇用を前提に、何はともあれ、まず人材を確保し、使い方はあとで考えるという「ストック型」雇用システムを維持してきたが、これからの人材活用の最適解は「フロー型」マネジメントの中にあるとし、実際、伸びている会社は「フロー型」マネジメントを行っているところが多いとのこと、著者は「できる二割」の社員が抜ける組織は活力があるとまで言い切っています。

 個人にとって転職・独立に必要な年数と、会社側から見た「元がとれる」年数との間にはギャップがあるにしても、そのギャップは妥協が困難なほど大きくはないとし、目安として、入社3年で一人前に育て、10年で巣立たせ、その間の働きで上司も成果を手に入れる――要するに5年~10年程度を「適職選びの期間」と定め会社と個人の双方が損をしない仕組みを作れば、その期間に退職したとしてもそれまでに会社にかなりの貢献をしてくれるであろうし、また、そうした施策は女性や外国人留学生、非正規雇用社員の格差問題の解消にもつながり、社会的メリットもあるとしています。

 そのうえで、どうしても社員を流出させたくなければ社内に疑似的な労働市場をつくり、自分で仕事やキャリアを選択できるようにすればいいとしていますが、ただし、こうなると、やはり全社的には一定のストック人材を確保しておく必要もあるように思われました。

 また、「巣立ちのパワー」を生かすメカニズムの例として、ラーメン店の「のれん分け」制度や美容院の独立支援制度の事例が出てくるのが、かえって、こうした制度を入れる際に業種や職種が限定される印象を与えかねないような気もしました。

 社員の「巣立ち」を支援することは短期的・中期的に大きなモチベーションを引き出し、そのモチベーションが成果を大きく左右するのは、研究開発、デザイン、企画といった情報・ソフト系の仕事であると、著者自身そう述べているので、そのあたりの事例ももう少し欲しかった気がします。

 社員、企業、上司のそれぞれの立場から分かりやすく書かれていて、たとえば部下に「自立能力」をつけさせるには、異業種交流会やセミナー等を通じて「外の世界をわからせ」、そのことによって、本人にあらためて転職・独立の意思確認をし、また、自分の強みや弱みをわからせる、そして、第2テージとしてその「強みを生かし」、第3ステージとして、「強み」を伸ばしていくために実戦を経験させる―個人が自立すると、チームワークも良くなり、組織に対する帰属意識や愛着も、転職・独立する人のほうがより積極的な性質を帯びてくる―という論旨は、腑に落ちるものがありました。

 最後に、これからのリーダー像として「キャリア志向の部下を羽ばたかせる上司」像を提唱し、部下を育て、羽ばたかせることによって上司自身も成長できるとしています。

 優秀な社員をいかにして引き留めるかというリテンション施策に目が行きがちなところ、〈キャリア志向〉の強い社員の転職をバックアップすることで、会社と社員の間に「Win‐Winの関係」を築くというように発想の転換を促している点は、パラダイム変革的な提言として注目されていいかも。

 労働経済学ではスキルを、一つの会社でしか通用しない「企業特殊的スキル」と、どこでも通用する「一般スキル」に分類し、転職・独立するには「一般スキル」が必要だと言われていますが、著者は「外部通用性のある特殊的スキル」こそが転職や独立に役立つとしていて、このことは、当事者である社員自身が最もよく知っているのではないでしょうか。

 こうしたスキルは、伸び盛りの会社、業界内でも先端をいく企業においてこそより身につきやすいものであり、社員が「よく辞める」会社が成長するのではなく、成長している会社の社員は「よく辞める」ということになるんじゃないか。タイトルは「よく」に「良く」を懸けているのかもしれませんが、やや違和感あり、です。

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自主ゼミ形式になっていて、シズル感をもって読める。通学・通勤用?

レッスン労働法.jpgレッスン労働法』(2013/04 有斐閣)

 大学の労働法の教授の研究室を舞台に、自主ゼミ形式で4人の若者が労働法を学んでいくというスタイルをとっていて、まず重要なテーマごとにメンバーの一人が報告(レポート)をし、そのあと全員でディスカッションを行い(レッスン)、最後に報告者作成の「まとめ」を掲げるという構成をとっています。

 法科大学院のテキストに見られるようなケーススタディをベースに論点を提示する形式において、そこで交わされた議論を含めて再構成した感じと言えなくもないですが、本書では、一つ一つのケースから議論を進めるのではなく、前期15回は「労働法の基本と個別労働的労働関係法」について、後期15回は「労使関係法と労働法の現代的課題」について、例えば前期の第1回であれば「労働法の定義と憲法上の規定」といったように、労働法における包括的なテーマから、採用や賃金、労働時間・休日・休暇などの個々のテーマにブレイクダウンしていっています。

 学部授業の延長としてあるゼミ講習という感じでしょうか。あくまでも「労働法のテキスト」を、ゼミレポートとそれを巡る討議という形式に置き換えたものと言えます。但し、こうしたゼミ討議形式をとっているとともに、レポートや討議の中でテーマに関連する主要な判例などにも触れられており、判例についても学びながら、学生の様々な視点を交えつつシズル感をもって読み進むことができるのが、本書の長所ではないでしょうか。

 ゼミ生のコメントの頭に発言者の顔がイラストで描かれているのも、親しみやすさを覚えます。また、学生自身のアルバイトの経験なども話として織り込まれていて、大学で講義をする機会がある人には、講義において学生の関心を引き付けるうえでの参考になるかと思います。

 新書版よりちょっと幅があって大きめであるぐらいのハンディな体裁で、それでいて内容が盛り沢山なために、余白が小さくてやや活字が詰まっている印象を受けますが、学生や社会人が通学や通勤の途中で読む分には手頃かと思われます。

 それでいて解説は結構奥が深いと言えるのではないかと思われ、表紙の柔らかい印象に比べ、内容はかっちりしていると言えます(版元名からそのことは察せられるが)。

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労働時間法に関する判例に絞って、コンパクトに纏まっているが...。

判例の中の労働時間法法.jpg判例の中の労働時間法 実務家のための判例入門』(2013/01 旬報社)

 労働判例の中から労働時間法に関するものを抽出して解説したもので、「労働時間」と「休日・休暇」に関する判例を集め1冊で解説したものは過去にもあったように思いますが、「労働時間」に絞ったものは殆ど無かったのではないかと思います。判例を通して、労働時間法制のポイントを理解するというのが本書の狙いです。

 労働時間問題を更に「労働時間の概念」「時間外労働・休日労働の労働時間性」「労働時間の適正把握・管理義務と算定」「時間外・休日労働義務の法的根拠」「時間外割増賃金などの基本給組み入れや定額払いの適法性」「管理監督者の労働時間」「事業場外労働のみなし労働時間制」の7つのテーマに分けて扱っているため、関心があるテーマから読み進むこともできます。

 全体で167ページと手頃で、紹介されている判例は、メインで解説されているものは最高裁判例を中心とした25例です(但し、高裁・地裁判決も少なからず含まれている)。判例ごとに、【事実の概要】【判旨】【どう読むか】に分かれていて、事実と判旨の部分は「判例時報」などの判例紹介スタイルと似ていると言えば似ています。

 そうした裁判例を読み慣れている人には、事実と判旨がよりコンパクトに纏まっているうえに「どう読むか」が書かれているため、判決においてポイントとなった法的ルールが掴みやすい本だと思いますが、判例集を読み付けていない人には、「Y社は」「Ⅹは」といった表現に慣れるまでにやや時間を要すかも(判決文のパターンを把握する訓練にはなる)。

 こうしてみると、労働時間法制というのは奥が深いなあと。紹介判例数「25」というのは、むしろ絞り込み過ぎのような気もして、個人的には「あの判例が出ていないのはなぜ?」といた箇所もありました(最高裁判例を優先したとか、特殊ケースを除いたとか、大学教授である執筆者なりの基準はあるのだろうが)。

 巻末30ページ以上を労働時間に関する条文・行政解釈の掲載に費やしていて(解説の中で、判例と行政解釈との関係について触れられたりもするので、これはこれで必要なのだろうけれど)、その部分を差し引くと正味130ページ弱であり、もう少し本編のページ数を増やして多くの判例を取り上げても良かったような気もします。

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労働基準法に加え労働契約法の解説もプラス。丁寧なリニューアル。

1実務コンメンタール 労働基準法・労働契約法.png実務コンメンタール 労働基準法・労働契約法.jpg   労働基準法の教科書 労務行政研究所.jpg新訂版 労働基準法の教科書 (労政時報選書)』(2011/07 労務行政)

実務コンメンタール 労働基準法・労働契約法』(2013/03 労務行政)

 「労働法コンメンタール・労働基準法」は、厚生労働省労働省労働基準局編の最も詳しい条文の逐条解説書であり、以前から先輩の社労士などから読むようにと言われつつも、その大部さから敬遠していましたが(実はその先輩もツン読状態だったみたいだが)、「一般の人事担当者向けのダイジェスト版を」という要望に応え、2011年に労務行政研究所から『新訂版 労働基準法の教科書(労政時報選書)』が刊行されたのは有難かったです(コンメンタール原本は縦書きであるのに対し本書は横書き)。

 本書は、その「"実務で使える逐条解説書"という思想を継承し」、2008年に施行された「労働契約法」の解説も新たに加えて、より現代的な視点に立って特別編纂した「普及版」とのことです。

 基本的には全600ページ弱の内500ページ強は「労働基準法」の解説が占め、残り100ページ弱が「労働契約法」の解説となっていますが、これは条文数の圧倒的な差からくるもので、「労働契約法」も、決して付け足したという程度ものではなく、2012年に法改正があった部分も含め、十分に解説されているとみていいかと思います。

 『新訂版 労働基準法の教科書』が「労働基準法」だけで700ページ弱あったのを、今回は、「第6章 年少者」(56条~64条)、「第6章の2 妊産婦等」(64条の2~68条)、「第7章 技能者の養成」(69条~74条)、「第10章 寄宿舎の養成」(94条~96条の3)などの各条文解説を省略していますが、確かにこの辺りは日常業務では殆ど使わないです。

 また、解説を残した部分についても、より簡潔に纏められる部分は纏めるようにしていて、一方で、時代の必要を鑑みて新たに付け加えられたQ&Aなどもあり、丁寧なリニューアルと言えます。

 但し、『新訂版 労働基準法の教科書』が2色刷りで4,700円(税込)だったのに対し、今回は単色で100ページ圧縮されているにも関わらず5,460円(税込)と値上がりしているのがちょっとキツイかなあと(「労働契約法」の解説が加わった分を前著にオンした感じか?)。しっかり読めば、これぐらいの値上がり分の元は十分に取れるとは思いますが...。

 個人的には、暫くは『新訂版 労働基準法の教科書』との併用になりそう...。いずれせよ、労働法に携わる人の必携書には違いありません。

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重改正3法の要点が1冊に纏まっていて便利。実務テキストとしてスタンダードかつ丁寧。

2012年労働法改正と企業の実務対応9.JPG2012年労働法改正と企業の実務対応.jpg待ったなし! 2012年労働法改正と企業の実務対応 ~相次ぐ雇用の規制強化に、どこを見直せばよいか~ (労政時報選書)

 2012年に国会で成立した改正労働法の内、労働契約法、高年齢雇用安定法、労働者派遣法にかかる改正を中心に、実務に精通する社会保険労務士の視点から、改正内容のポイントを整理した本で、まあ、これらの法改正とその内容については、人事労務の専門誌やセミナーなどで既にかなり解説されてはいるわけですが、本書の場合、改正3法の要点が1冊に纏まっているという点で便利です。

 全3章構成の内、本書の中核となるのは、改正3法を解説した第2章ですが、第3章また、加えて第3章で、これらの法律に共通するテーマと言える「非正規雇用」に関して、人材ポートフォリオや労働条件整備のポイントといった事項も収録されています。

 改正3法については、Q&Aやチェックリストなども織り込み、実務に沿った丁寧な解説で、社会保険労務士法人の編著らしく、関連する社会保険の手続き等についても言及・解説されています。

 一方で、例えば、労働契約法における無期転換権の行使における転換権放棄条項を入れた契約書の適否の問題等、法的論争が発生しているものの未だ裁判所の判例が無いような問題は、触れるのを避けている印象も受けます。

 今回の法改正では、高年齢雇用安定法に改正労働契約法が絡んでくるケースが考えられます。65歳超の継続雇用が発生する場合は、更なる定年年齢(70歳など)を定めることで、66歳以上の一定年齢(70歳など)までに雇用契約を終了させることができるとしている点などは、法律家の間で定年とは何ぞやという議論もありますが、弁護士なども大方がそうした方法を教唆しており、本書もそれに倣っています。

 実務テキストとしてはスタンダードである、というか、かなり詳しく書かれている部類に属するかと思われ、一冊手元にあってもいい本。置いておくだけでなく、改正法への未対応の場合は、すぐにでも対応に取り掛からなければならないわけですが...。

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セクハラ・パワハラ100事例を分かりやすく解説。読みやすいが、価格がややネック。

IMG_3760.JPG裁判例にみる企業のセクハラ1.jpg裁判例にみる 企業のセクハラ・パワハラ対応の手引

 セクハラ・パワハラに関して、最近の裁判における紛争例を事実関係を含めて取り上げ、実務上留意すべきポイントを抽出し、解説を試みたもので、約480ページの中でセクハラに関する裁判例を73事例、パワハラ、モラルハラスメントに関する判例を27事例、計100事例取り上げ、編者2名を含む10名の弁護士が執筆分担しています。

 セクハラ事案については、会社の調査・認定、会社の措置、会社の責任といった時系列的な順序で判例をグループ化しており、まあオーソドックスな分類方法ではないでしょうか。

 一方、未だ今一つ概念が明確でないパワハラに関する事案については、「原因」(上司の立場を利用した問題行動・問題発言、本人の態度・対応にきかっけがある場合、労働組合・一定の思想を背景とする嫌がらせ)と「行動様態」(いじめの事例、指導かパワハラか、嫌がらせ配転、退職勧奨、内部告発等)の2つの視点から分類しています。

 また、セクハラ、パワハラそれぞれについて、肯定された裁判例だけでなく、否定された裁判例も相当数取り上げられていてバランスがいいように思いましたが、こうした分類や取り上げ方の配慮が出来るようになったのは、それだけ裁判例が急増した(現在もしている)ということなのだろうなあと。
「判例時報」などを読んで、セクハラ事案の数の多さに驚かされるし、パワハラ事案もかつてと違って全然珍しいものではなくなってきました(本書で取り上げられているパワハラ事例の多くは平成19年から22年にかけてのもの)。

 これら判例を読むと、セクハラ・パワハラ事案とも主に人間関係上の問題に端を発していて、当事者の主観が先行して事実認定が難しいケースが多いことを思い知らされますが、類似裁判例を取り上げるなどして、その傾向や判決のポイントが把握できるようになっています。

 解説が簡潔にまとまっているだけでなく、字も大きくて、行間もゆったりとってあって読み易いです(いつでも、どこからでも読める)。
但し、その結果、500ページ弱で5,250円(税込み)という価格になってしまっており、この価格ゆえに刊行後1年で絶版になっているのでは(今後改版されるかもしれないが)。

 個人的には、セクハラ・パワハラ研修の"基礎編"を終えて、次に何をやろうかということで、ヒントになる判定がないかと思って購入。中古品でもあまり安くなく、時々マーケットプレイスを見ると、今でもいい値段みたい。
こうした本って、コンサルタントに限らず企業内実務者にとっても、本が出されたその時にはすぐには必要ないけれど、ある時急に必要になったりするのかなあ。

 個人的評価は価格面も考慮して星4つですが、まだ全部読みこめていない段階での評価。研修準備のためにこれから読み進んでいくと、意外と使える判例があったりして、星5つになるかも。

 でも、その会社でどのようなセクハラ・パワハラが起きるかなんて、なかなか想像できるものではないです。何となくそうしたことが起きそうな職場でも、「ウチはその手のセクハラはありません」とか言われたりするし。大体、そうした研修をやろうというところは、コンプライアンス意識が高くて、セクハラ・パワハラは起きにくいのではないかと思うけれどどうなのだろうか(内部監査の一環としてただ形式的に研修をやっている会社もあるが)。

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「人事の緑本(入門編)」。「人事の赤本(基礎編)」の"前"であり、「人事の青本(応用編)」と並んでお薦め。

はじめて人事担当者になったとき知っておくべき7つの基本3.JPGはじめて人事担当者になったとき知っておくべき.JPG人事担当者が知っておきたい、10の基礎知識。8つの心構え。』(人事の赤本)

はじめて人事担当者になったとき知っておくべき、7の基本。8つの主な役割。(入門編) (労政時報選書)』(人事の緑本)

 企業が継続的に成長していくうえで欠かせない経営資源であるヒト、モノ、カネ、情報のうち、最も重要なのが「ヒト」であることはドラッカーの指摘を待つまでもありませんが、経営管理においてその「ヒト」の部分を担うのが人事労務管理の役割であるといえるでしょう。

 では実際問題として、人事に新たに配属になった若手社員がいたとして、人事労務管理(人材マネジメント)の全体像がどれぐらい把握されているかというと、とりあえずは目の前の仕事をこなすことに忙殺され、近視眼的な視野でしか自らの仕事を捉えられていないということもあるのではないでしょうか。

 本書は、人事労務管理を担当する初心者から中堅クラスを対象に、人事の業務全般が体系的に把握できるように解説された入門書であり、2010年刊行の『人事担当者が知っておきたい、⑩の基礎知識。⑧つの心構え。―基礎編(人事の赤本)』『人事担当者が知っておきたい、⑧の実践策。⑦つのスキル。―ステップアップ編(人事の青本)』の姉妹本になります。

 第1章で「人事の基本」として7つの仕事を挙げ、第2章以下、人材確保から、人材活用、人材育成、働き方や報酬マネジメント、働きやすい環境、労使関係など、人事にとって重要な8つの役割について解説されています。

 原則として見開きごとに1テーマとなっていて、要点を絞って簡潔に解説されているうえに図説もふんだんに使用されていて、入門書としてたいへん読みやすく、内容的にもオーソドックスであり、新任の人事パーソンなどにも読みやすいものとなっているように思いました。

 こうした入門書において「読みやすさ」と「内容に漏れがなく一貫性があること」は大きなアドバンテージになるかと思われますが、本書はその両方を満たしており、人材マネジメントの基本的なコンセプトから、諸制度の枠組み、「採用」から「退職」までの業務の流れ、労働法・社会保険に関する基礎知識などが、バランスよくコンパクトに網羅されています。

 また、最終章では、環境の変化に伴うこれからの人事の課題として、少子高齢化、グローバル化、企業の社会的責任などを挙げ、それらに絡めて、これからの人事労務管理に在り方も説いていて、まさに「今」読むに相応しい入門書となっています。

 従来の人事労務管理の入門書が、実際には「マネジメント」領域までは踏み込んでおらず、実務中心のいわば「アドミニストレーション」偏重であるものが多いのに対し、この「緑本」「赤本」「青本」のシリーズを通して感じるのは、何れも人材の「マネジメント」という視座がしっかり織り込まれているという点です。

 部下に人事部の役割や仕事を教える際に、実は伝えるのに最も苦労するのがその「マネジメント」の部分であり、その点を含めてカバーしている点にこのシリーズの特長があるように思います。

【2017年第2版/2020年第3版】

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自らが扱った事例が紹介されているため臨場感があり、労働審判や裁判の実際が伝わってくる。

1それ、パワハラです.png 笹山 尚人.jpg  パワハラimage.jpg image
笹山 尚人 弁護士
それ、パワハラです 何がアウトで、何がセーフか (光文社新書)』['12年]

 パワーハラスメントは、「職場において、地位や人間関係で有利にある立場の者が、弱い立場の者に対して、精神的又は身体的な苦痛を与えることによって働く権利を侵害し、職場環境を悪化させる行為」と一般的に定義されています。

 本書によれば、労働局に寄せられる「職場のいじめ・嫌がらせ」と分類される問題の相談件数は、平成23年度には約4万6千件に達し、この数は、解雇に関する相談に次ぐ相談件数であるとのことです。

 著者は、労働者の代理人として労働事件を扱っている弁護士ですが、全10章から成る本書の各章は、著者自身が扱った事例の紹介が中心となっています(著者自身、自分の体験をもとにした「パワーハラスメント事件簿」の色合いが濃いかもしれないとしている)。

 第1章・第2章に紹介されているのは「言葉の暴力」によるパワーハラスメントの事例で、これがパワハラ事例では最も多い、いわば典型例であるとことですが、こうした事例を取り上げながら、労働審判の仕組みやその特性、パワハラ判定の難しさや、何がその根拠となるかなどについても解説しています。

 さらに第3章で長時間労働を巡る問題を取り上げ(著者は、長時間労働は「過大な業務の強要」であり、パワハラであると捉えている)、第4章でパワハラ問題の基本的な視点や考え方について整理しています。

 第5章から第7章にかけてはパワハラのパターン例として、労働契約を結ぶ際の嫌がらせの事例と、再び言葉の暴力の事例を、さらに、従来の仕事をさせず、本人にふさわしくない仕事を強要した事例を取り上げ、これを受けて第8章では、「退職強要」をどう考えるかを考察しています。

 第9章では、パワーハラスメントに取り組む際の視点、方法、具体的なノウハウを、第10章ではそれを補う形で、精神疾患を発症した場合の労働災害の認定に関する近年の実務動向や注意点を述べています。

 以上に概観されるように、「典型例」を示す一方で幅広い事例を扱っていて、またそれらと併せて、基本概念の整理や知っておくべき実務知識にも触れている点がいいです。

 また、著者の前著『人が壊れてゆく職場―自分を守るために何が必要か』(2008年/光文社新書)も労働者から相談を持ち込まれて、弁護士やユニオンがどのような対策をとるのか、その経緯や戦略がリアルに描かれているためかなり面白く読めましたが、本書も、著者自身が扱った事例を取り上げているため、紛争として公然化するまでの経緯(相談者が相談に来てから労働審判などの申し立てをするまでの経緯)や、労働審判や裁判での裁判官の言葉や代理人としての著者の論述が具体的に書かれていて、臨場感をもって読み進むことができました。

 さらに、そうした事例を通して、代理人としてのどのような戦略で紛争解決や係争に臨み、何があっせんや判決の決め手となったかが分かるため、企業側の人間が読んでも参考になる部分は多く、また全体としても、労使の視点でパワハラ予防にどう取り組むべきかが説かれており、人事のヒトが読んでも、前著共々、読んでムダにはならないと思います。

◎ 著者プロフィール
笹山尚人(ささやまなおと)
1970年北海道札幌市生まれ。1994年、中央大学法学部卒業。
2000年、弁護士登録。第二東京弁護士会会員。東京法律事務所所属。
弁護士登録以来、青年労働者や非正規雇用労働者の権利問題、労働事件や労働運動を中心に扱って活動している。
著書に、『人が壊れてゆく職場』(光文社新書)、『労働法はぼくらの味方! 』(岩波ジュニア新書)、
共著に、『仕事の悩み解決しよう! 』(新日本出版社)、『フリーターの法律相談室』(平凡社新書)などがある。

《読書MEMO》
● 目 次
はじめに
第1章 言葉の暴力 ――― パワハラの典型例
第2章 パワハラ判定の難しさ ――― 「証拠」はどこにある?
第3章 長時間労働はパワハラか? ――― 「名ばかり管理職」事件
第4章 そもそも、「パワハラ」「いじめ」とは何か ――― 法の視点で考える
第5章 パワハラのパターンI ――― 労働契約を結ぶ際の嫌がらせ
第6章 パワハラのパターンII ――― 再び、言葉の暴力を考える
第7章 パワハラのパターンIII ――― 仕事の取り上げ、本人にふさわしくない仕事の強要と退職強要
第8章 「退職強要」をどう考えるか ――― 「見極め」が肝心
第9章 では、どうするか ――― 問題を二つに分けて考える
第10章 精神疾患を発症した場合の労災認定 ――― 文字に残すことの重要性
おわりに

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「●岩波新書」の インデックッスへ

厳しい現況を概観するうえではよく纏まっている。企業側にも反省が求められるか。

森岡 孝二 『就職とは何か―〈まともな働き方〉の条件』.JPG就職とは何か 森岡孝二.jpg               森岡孝二氏.jpg 森岡孝二氏
就職とは何か―〈まともな働き方〉の条件 (岩波新書)』 

 学生の就職を巡る本は、ハウツー本が多く(所謂「就活本」)、なぜこうした厳しい就職環境になったのか、就職後にどのような状況が学生を待ち受けているかについて書かれた本は少なく、本書は、その空白を埋める試みであるとのこと。

 著者は『働きすぎ時代』('05年/岩波新書)、『貧困化するホワイトカラー』('09年/ちくま新書)などの著書がある労働経済学者であり、本書は主にこれから就職しようとする学生に向けて書かれたものですが、採用する側からみても、いろいろ考えさせられる面があったように思います。

 第1章「就職氷河期から新氷河期へ」では、大学生の就活スケジュールと内定までのおよその流れを説明するとともに、近年の内定率の悪化と長期的な採用減の実態を示し、大学のキャリア支援や就活ビジネスの動向を含む最近の就職事情を概観しています。
 労働経済学者らしく、本書全体を通して図表を多用し、統計データで議論の裏付けをしていますが、「失業率」と「就職 内定率」の算出方法、並びに、それぞれの実情との乖離などは、採用関係者にとっては既知のことであっても、それ以外の人にとっては、初めて知る事実かもしれません。

 第2章「就活ビジネスとルールなき新卒採用」では、就活ビジネスやインターンシップに言及するとともに、日本独特の定期採用制度の特徴を考察し、就職協定の発足から廃止に至る変遷を追いつつ、就活の早期化・長期化が学生・大学・企業にもたらす弊害と、その見直しの論議を行っています。
 人事部所属であっても採用業務を行ったことのない人や、採用の現場を離れて久しい人には、かつて自分が学生時代に就職活動したり、採用担当をしていたりした際の採用スケジュールと、現在の学生たちのそれが大きく異なっていることを確認するうえで、参考になるかと思います。
 「就職協定」に代わる日本経団連の「倫理憲章」で、3年生の12月から広報活動開始となっていても、これは自粛規定に過ぎず、多くの会員企業が大学3年10月からエントリーシートを受付け、12月から1月にかけて面接選考、3月から4月に「内々定」を出すというスケジュールであるため、4年生の4月までに内定を貰えなければ、5月には殆どの企業が内定通知を終了してしまっているというのが、現在の状況です。(これについては、今月('13年4月)、安倍晋三首相が経済3団体に対し、就職活動の解禁時期の後ろ倒しを要請し、2016年卒の大学生から就職活動の解禁時期が現在より3カ月遅い3年生の3月、面接などの企業の選考活動開始が4カ月遅い4年生の8月に、それぞれ変わる見通しとなった。これはこれで、中小企業にとっては大手の選考が一段落してから本格選考が始まるため、不利な立場に立たされるという問題点もあるとの指摘もある。
 
 第3章「雇われて働くということ」では、学生達を待ち受ける働き方にスポットをあて、学生が企業選択する際の一つの目安となる初任給の"記載"の問題、若者の労働組合意識の低下の問題、派遣労働の問題などを取り上げています。
 「正社員」という雇用身分が、70年代後半のパート社員の増加とともに定着し、同時期に労働組合の企業主義・協調主義路線が定まったという分析は興味深く、ユニオンショップ制が労働組合の組織率低下を緩慢に抑えた一方で(′09年の日本における組織率は18%台なのに対し、米国では組織率は12%台)、若者の労働組合への意識の低下の原因にもなっているとの考察にも頷かされるものがありました。

 第4章「時間に縛られて働くということ」では、正社員の働きすぎに焦点を絞り、最近言われる「社会的基礎力」に疑問を投げかけ、若者に広がる過労死・過労自殺の実態を示して、企業が新入社員にどんな働き方を求めているかを述べています。
 経済産業省が言うところの「社会的基礎力」というのが、残業推奨型の内容になっているというのにはやや驚き(これ、本省の若手キャリア官僚の働き方だなあと)。残業手当を組み込んだ「初任給」の事例は、"ブラック企業"に限られたケースとの印象を与えるかもしれませんが、個人的には、多くの企業でこうしたことが行われているとの印象があります。

 第5章「就職に求められる力と働き方」では、大学のキャリア教育から小中学校におけるキャリア教育に立ち帰り、それがひたすら「適応力」を育てることに狙いがあることを批判的に検証したうえで、採用に際して企業が学生に求める能力を検討しています。

 終章「<まともな働き方>を実現するために」では、<まともな働き方>の条件を賃金、労働時間、雇用、社会保障を柱に整理し、なぜ<まともな働き方>ができないのかを考察し、働き方改善策を提案しています。
 過労死(過労自殺)の件数の公式統計はないそうですが、過労死問題に取り組んできた川人博弁護士によると、犠牲者は年間1万人を超えるとのこと(過労からうつになり自殺に至ったケースも含めると、あながち大袈裟とは言えないのではないか)、三六協定の"ザル法"的性格を指摘しているのは妥当ですが、状況改善に向けての提案部分が、やや抽象的でインパクトが弱いのが、本書の難点かと(但し、全体としては、大学生の就職の厳しい現況と内包する問題を概観するうえで、よく纏まっている本)。

 ただ、人事担当者が、自分達の学生時代は、専門の勉強はそれなりにやった一方で、バイトして金貯めて海外旅行に行ったりもし、また仲間には留学して勉学と遊びの両方を海外で経験したヤツも多かったのに、今の若いのはガラパゴス化していてそうした海外経験が少ないなどボヤいていても、著者の言うように、そもそも3年生の半ばから就職戦線に赴かなければならないならば、専門の勉学を深めることも出来ないし、海外留学(従来は3年時に行くことが多かった)の機会も大いに失われるというもの。
 企業側も、若手のグローバル人材が不足していると言うばかりでなく、こうした事情を認識し、考えてみる(反省する)必要があるのではないかなあ。

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コンパクトな解説の中で的確に判例を抽出し、分かり易く解説している。増補改訂が望まれる。

異動・配転・出向Q&A7.JPG異動・配転・出向Q&A.jpg   安西法律事務所 岩本充史 弁護士.jpg 岩本充史 弁護士(安西法律事務所)2012年10月6日リーガロイヤルホテル東京
異動・配転・出向Q&A (労働法実務相談シリーズ3)

 労務行政の「労働法相談シリーズ」(Q&Aシリーズ)の一冊で、215ページに80問のQ&Aを収めており、3千円という価格との対比において数量的にはもう少しQ&Aがあってもいいかなという気もしなくもないですが、「賃金」や「労働期間・休日・休暇」などよりはQ&Aが立てにくい「異動・配転・出向」に絞ってこれだけのQ&Aを扱っているという意味では、むしろ有難いと見るべきでしょう。

 3章構成の第1章で「配転をめぐる問題」、第2章で「出向・転籍」を扱っていて、ここまでで70問、更に、第3章には「分割・合併・事業譲渡における雇用関係」をもってきています。
 
 「配転」では、「職種を特定して採用した社員の配置転換は可能か」といったオーソドックスな問いから「職場内結婚をした場合、どちらか一方を他部署・他支店に配転することは問題ないか」といった、法律上の問題と配転命令の問題が含まれる微妙なものまで。

 「出向・転籍では、「入社時において予想されない会社への出向命令は有効か」といった就業規則絡みの問いから、「出向先が事実上倒産した場合、出向労働者を当然い出向元に復帰させなければならないのか」といった出向契約の定めによるものまで。

 「分割・合併・事業譲渡」では、「会社合併にあたり、新会社の労働条件は合併前・合併後のどちらに変更すべきか」等々。

 この分野としては基本的なテーマを扱っているかと思いますが、「賃金」や「労働期間・休日・休暇」ように法令でスパッと適法・違法の答えが出せるもものが少ないだけに、判例の引き方が重要になってきます。その点は、コンパクトな解説の中で可能な限り的確に判例を抽出し、分かり易く解説しているように思いました。

 刊行されて5年。増補改訂が望まれますが、その際にあまり価格は上げないで欲しいね。

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司法と現実の狭間でどこに落としどころを見出すべきかを丁寧に指南。

『社長は労働法をこう使え!』.JPG◆『社長は労働法をこう使え!』.jpg            会社は合同労組・ユニオンとこう闘え.jpg
社長は労働法をこう使え!』['12年]『会社は合同労組・ユニオンとこう闘え!

会社は合同労組・ユニオンとこう闘え 向井弁護士.jpg "企業側"の労務専門の弁護士によって書かれた、主に中小企業の経営者向けの労務トラブル回避のためのガイドブックであり、著者の向井蘭弁護士は、合同労組・ユニオン対応のあり方についてのセミナーや著書などでも、自らの経験に基づく実際的なノウハウを示して好評を博している気鋭の若手弁護士です。
 本書では、「経営者が理解すべき労働法の基礎」「労働法の意外な常識」「残業代トラブルの予防法」「問題社員の辞めさせ方」「労働組合・団交への対応法」「もめる会社・もめる社員の特徴」などを解説しています。

 例えば「突然、多額の残業代を請求された」「非常識な社員を辞めさせたい」といった状況にどう対処すればよいか、また、そのような事態を未然に防ぐにはどうすればよいかといったことが、帯に「誰も書かなかった司法のホンネ」「法律と現実のズレはこうしのぐ!」とあるように、裁判例の傾向やグレーゾーンの扱いを念頭に置きながら、実務的な視点で指南されています。

 弁護士が書いたもので、中小企業の厳しい経営状況を鑑みつつ、ここまで実務に踏み込んで書かれているものは少ないかもしれません。弁護士のセミナーなどに行けば、そうした実務寄りの話も聞けるかもしれませんが、中小企業の社長はなかなかそうした時間もとれないだろうし、労務専門の弁護士と顧問契約する余裕も無いかもしれません。その意味では、中小企業経営者には有難い内容かも知れません(著者の合同労組対策をテーマとしたセミナーを聴いたが、来ていたのは従業員1000人以上の大企業の人事労務担当者ばかりだった)。

 基本的には、正社員の解雇は難しいという見方であり、「正社員を解雇すると2000万円かかる」といった表現もあります。その説明において、解雇を巡る裁判で、仮処分後に会社側が敗訴した場合、仮処分の決定以降に払わなければならない賃金と、敗訴した際に解雇時に遡及して支払う給与とを二重に支払うことになるとの計算になっていて、この部分に関しては、おかしいのではないかということが、本書を読んだ人の間で、ネット上で話題になったようです。

 これについては、版元のサイト内での著者の補足説明によると、著者自身が受任した案件で、敗訴後に遡及払いすることになった給与から、仮処分以降すでに支払われた金額を控除することを認めない命令が某地裁で下されたとのことですが、著者自身がその命令に疑問を呈しており、また、仮にそうであっても、その場合には、会社側が本人に支払い済みの金額を請求する権利はあるとしています(但し、労働者の資力によっては回収が難しいことも考えられると...)。そういうことであるならば、やはりこの部分は、やや著者の説明が不足しているというのは否めないのではないかと思います。

 多くの中小企業経営者が、労務トラブルが会社経営に及ぼす潜在的危険性に対しての認識が足りていないという思いから、その危険性を強調するあまり、極端なケースを取り上げ、全体に煽り気味になっているキライはあります。

 一方、退職勧奨については、裁判所は寛容であるという見方であり、労働者が退職勧奨を拒否した場合、その労働者に自宅待機を命じ、賃金は100%払うと同時に、例えば1カ月以内に退職すれば退職金を上積みするけれども、1カ月を過ぎて2カ月以内なら上積み分は50%に減額するといった「ロックアウト型」の退職勧奨を提案しています。

 著者が事例として掲げているのは、全般にその多くが、労使がそれぞれ代理人を立てての係争に至るようなケースであると思われ、また、「『六法』を持ち歩き、『教授』と社員から呼ばれていたモンスター社員」とか「『仮処分』を繰り返し受けることで、働かずに生活しようとする人」といった表現に見られるように、通常の問題社員のレベルを遥かに超える、まさに"モンスター社員"レベルへの対処方法とみた方がいいのではないかと思われます。

 但し、そうした極端な事例が多いのが気になることを除けば、全体としては、中小企業の実情を踏まえ、現場でアドバイザリーを行うようなスタンスで書かれていて、経営者だけでなく、人事労務担当者にとっても参考になる部分は多いのではないかと思われます。根拠となる法理論の解説もしっかりしています。

 労使紛争が起きやすいのは、それまで創業者社長が睨みをきかせていたのが、2代目の人柄のいい"草食系"の若社長に変わった場合などで、裕福な会社であればあるほど労働者もお金を引きだそうとする一方、所謂"ブラック企業"と呼ばれる会社などは、逆に労働者がすぐに辞めてしまうため、紛争が起きにくいという指摘などは、実情をよく踏まえていると思いました。

 裁判の前段階である労働局のあっせんや労働審判についても触れられていて、親切に書かれていると言えば親切ですが、後は、通常レベルの労務トラブルに、本書で示されているような極端なケースへの対処方法を適用してしまうことのないよう、或いは、「人事異動は自由にできる」「パワハラの訴えに怯える必要はない」といったことをそのまま鵜呑みにするのではなく、自社で起きている問題のレベルとそのレベルに沿った最適の対処方法を慎重に考えてみる姿勢が大切ではないかと思いました。

 司法と現実の矛盾を突いている点でも興味深いし、参考にもなりました。実務では個々のケースによって事情が違うので、本書に書かれていることをオーバーゼネラリゼーション(過大に一般化)し過ぎると大やけどをすることも考えられるかも。その点を除けば、基本的には、司法と現実の狭間でどこに落としどころを見出すべきかを丁寧に指南した本であると言えます。

 因みに、労務管理上のグレーゾーンを扱った本では、同じく弁護士による野口大 著『労務管理における労働法上のグレーゾーンとその対応』('11年/日本法令)があり、労働局のあっせんや労働審判については、山川隆一 著『労働紛争処理法』('12年/弘文堂)などに詳しく書かれています。

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「重要判例を読む」というタイトルに相応しく、リーディング・ケースの解説が丁寧。

新版 労働法重要判例を読む2.jpg   新版 労働法重要判例を読む1.jpg新版 労働法重要判例を読む1: 総論・労働組合法関係

新版 労働法重要判例を読む2: 労働基準法・労働契約法関係

 2008年に第1版が刊行されて約5年ぶりの改版。労働法専門の大学教授20数名による重要判例の解説で、全2巻で50の判例は取り上げられていますが、第1巻の総論・労働組合法関係に続き、この第2巻では労働基準法・労働契約法関係の判例を中心に25の判例が纏められています。

 実際の章立ては、(1巻から通しての章立て)第6章「賃金」、第7章「労働時間」、第8章「人事異動」、第9章「プライバシー・懲戒」、第10章「労働災害」、第11章「労働契約の終了」となっていて、まさに実務の中核にあたる部分であり、「賃金」で言えば、パートタイム労働者の賃金差別が争われた「丸子警報器事件」、「労働時間」で言えば、労働時間の概念が争点となった「大星ビル管理事件」、「人事異動」で言えば、配転命令の根拠と限界が示された「東亜ペイント事件」など、取り上げられているのは何れも重要判例ばかりです(「丸子警報器事件」など一部を除いては殆どが最高裁判決)。

 各判例について、「事実(と下級審判決)」と「判旨」を記したうえで、その後に「解説」(乃至「検討」)がきていて、この「解説」の部分が丁寧であり(まさに「重要判例を読む」というタイトルに相応しい)、類似判例の引用等もよくなされていて、法学部生、法科大学院生のテキストとなるよう意識して書かれていることが窺え、実務担当者が読むも適したものとなっているように思います。

 一方で、労働契約法の改正をはじめ、労働者派遣法、高年齢者雇用安定法など労務に大きな影響を及ぼす法律の改正が行われたわけですが、そうした改正法に関する判例はまだ出されていないわけであって、例えば、第11章「労働契約の終了」で取り上げられている判例は、有期契約と雇止めの問題が争われた「日立メディコ事件」など、殆どが昭和のものです。

 あくまでも、リーディング・ケースとしての位置づけが定まった判例を扱ったテキストとしての本とみるべきでしょう。ジュリストの『労働判例百選』の単行本版みたいな感じか。こっちの方が『判例100選』などよりは読み易いです。

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「非正規」の法的な枠組みから労務管理の実務までを実務の枠組みに沿って詳説。

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  『非正規社員の法律実務〈第2版〉

 非正規社員の法律実務に絞って、法的な枠組みから労務管理の実務までをこれだけ網羅的に解説した本は少ないため、やや値段は張るものの貴重な一冊です。

 この本、元々は『パートタイマー・期間雇用者・契約社員等の法律実務』というタイトルで'98年に刊行されたのがスタートで、その時は219ページ。それが、'01年に『パートタイマー・契約社員等の法律実務』となって235ページに('04年に第2版刊行)。'07年には『パート・派遣・業務委託等の法律実務』となって335ページに('08年に第2版刊行)。そして、'10年刊行の際に今のタイトル『非正規社員の法律実務』となり、初版が約760ページあって分厚く感じたのですが、今回は920ページと更にまた分厚くなったなあと。

 今回の第2版は、平成24年10月施行の改正労働者派遣法、平成25年4月施行の改正高年齢者雇用安定法、平成24年8月公布の改正労働契約法を織り込んだ内容となっており、何れも非正規社員に深く関係する法改正です。

 本書の特長としては、パートタイマーとの対比でフルタイマーという言葉を用いて有期雇用労働者の労務管理を解説し、更に、高年齢者、アルバイト・フリーター、契約社員(専門能力者)といった具合に実務上の雇用区分に近い形できめ細かく章立てして解説がされている点で、労働者派遣についても、その部分だけで150ページに渡って解説されています。

 業務委託についても、業務処理請負と個人業務委託に章を分けて解説しており、最後に外国労働者がくるといった構成で、あらゆる「非正規雇用」を網羅している観があります。

 敢えて言えば、(これまでもそうだが)オーソドックスにテキスト的で、法改正部分について編者の考えのようなものはさほど介在しておらず(共著ということもあるが)、むしろ実務面での制度の在り方等にそれが反映されています。

 一気に読むのはキツイかもしれませんが、傍らに置いて辞書的に使いながら少しずつ読んでいくといった感じでしょうか。ちゃんと使えば7千円の元は十分に取れる?

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評判の良い人の方の3つの重要ポイントを示す。これって〈コンピテンシー〉だなと。

会社人生は「評判」で決まるes.jpg会社人生は「評判」で決まる.jpg  相原 孝夫.jpg 相原 孝夫 氏
会社人生は「評判」で決まる (日経プレミアシリーズ)』['12年]

 人事コンサルタントである著者は、企業内では「評価」に基づく人事が前提となっているにもかかわらず、「評判」が"裏スタンダード"として大きな影響力を発揮していると、本書で述べています。評価が高くても、たった一つの悪評で、彼には人望がないとされて、昇進が見送られたりすることもあるとしていますが、自社内を見回して、思い当たるフシのある人は多いのではないでしょうか。

 著者は本書で、評判がどのように形成され、どのような特徴を持つものなのかを解説するとともに、評判の善し悪しを分ける3つの重要ポイントを示しています。それによれば、悪い評判につながる傾向が強いと考えられるのは、1番目が、自分の力を誤認している、自信過剰な「ナルシスト」、2番目が、自分自身を省みないで、他人のことはとやかく言う「評論家」、3番目が、自分の立場を理解しておらず、勘違いの大きい「分不相応な人」であると。

 評判の良い人の方はこの裏返しとなり、1番目が、自分自身をよく分かっており「他者への十分な配慮のできる人」、2番目が、口は出すが手は出さない「評論家」の逆で、労をいとわない「実行力の人」、3番目が、自分の立場や役割を正しく理解し、それに基づいた「本質的な役割の果たせる人」であるとしています。

 また、著者がこれまで仕事上行ってきた好業績者に対する数多くのインタビューから、業種・職種を問わず、それらの人たちに見られる重要な共通点として、それらの人たちが20代~30代前半という時期に、脇目も振らずに目の前の仕事に没頭してきたことを挙げ、社外の人脈づくりに一生懸命であったり、資格取得に励んだりしてきた人たちではないとしています。

 数年前から若年層の間で"自己ブランド化"が流行っているようですが、著者は、見えやすい特徴をアピールすることに重点が置かれる「パーソナル・ブランディング」は、結果として、現在の仕事や組織と乖離してしまうということが起こりがちであり、今後のキャリアを切り拓くための実力を身に付けようとするならば、現在の仕事に没頭し、組織とより密着度を高めていく方向へ向かわなければならないとしています。

 つまり、社外へ向けての「パーソナル・ブランディング」ではなく、社内での自分自身の価値を高め、同時に評判を高めていく「パーソナル・レピュテーション・マネジメント」こそが、将来のキャリアを切り拓くことにつながるというのが本書の趣旨ですが、近年言われる「エンプロイアビリティ」とか「自律的キャリア」といった言葉には、「社外に向けて」「業界内でも通用する」といったイメージが付きまといがちであるため、こうした対比のさせ方は興味深く思いました。

 全体を通して具体例を踏まえ、分かりやすく書かれており、とりわけ若いビジネスパーソンには、単なる処世術・出世術ではない示唆を与えるようになっていると思いました(処世術・出世術として読んでしまう人も、もしかしたらいるかもしれないが、そうした人には物足りないかも。元々"人望"って、そう簡単に意図して形成されるものでもないと思うけれどね)。

 人事部の人から見れば、「好業績者に対するインタビューから」という箇所で、これって〈コンピテンシー〉だな、と思い当たる人も多いはず。実際、著者には、〈コンピテンシー〉や〈360°評価〉について書かれた著作もあります。

 〈コンピテンシー〉って、最近今一つ言われなくなった気がしますが、「行動評価」という風に形を変えて、定着している企業には定着しているのではないでしょうか。本来は「(性格に近いところの)能力」を指すものであったはずが、従来の「業績・能力・情意」の三大効果要素のうち、「能力」とではなく「情意」と置き換わり、「性格」を評価するのではなく、そうした「行動」をしたかどうか評価するようになっているというのが、"日本的コンピテンシー"の特徴ではないかと、個人的には思います(結局〈コンピテンシー〉って、本来は人物評価なんだよなあ)。

 一般のビジネスパーソンに向けて書かれた本ですが、著者がこれを人事部に向けて書くとすれば、「他者への十分な配慮のできる人」「実行力の人」「本質的な役割の果たせる人」という項目を、考課要素(とりわけ昇格・昇進において)に織り込みましょう、ということになるのかな(その方が、本来的な〈コンピテンシー〉に近いかも)。そうしたら、「評価」と「評判」がより一致することにも繋がるのだろうけれども...。

 但し、本書にもそうした事例があるように、日本企業の場合、昇格・昇進においては、「パーソナル・レピュテーション」のチェックが比較的"自動装置"的に機能し、結果をコントロールしてきたような気もします。

 むしろ著者自身も、「パーソナル・レピュテーション」そのもの自体を考課要素とすべきであるという考えではなく、「評価」と「評判」が乖離しないことが望ましいのであって、その手法として、〈コンピテンシー〉の考え方が補完的に生かせるという考え方なのだろうけれども、本書の対象読者層が一般ビジネスパーソンであるため、そのあたりまで踏み込んでいないのが、人事部目線でみた場合、やや物足りないか。

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そんなにスゴイ本かなあ。どちらかと言うと本で読むよりセミナーで聴くような内容。外資礼賛?

藤野 祐美 『上司は仕事を教えるな!』5.JPG 上司は仕事を教えるな4754.JPG上司は仕事を教えるな! (PHPビジネス新書)』['12年]

 全体の趣旨としては、上司は部下の仕事に口を挟むよりは、部下への精神的支援に注力せよということだと思いますが、タイプ別部下への支援方法なども書かれていて、部下を持つ人が、自分が部下と普段どう接しているかを振り返るにはいい本かも。ものすごく噛み砕いて書いてあるし。

 但し、理論書というより啓蒙書、更に言えば、管理職研修における部下コミュケーションに関する講義をそのまま本にした感じの本であり、啓発される要素も無きにしもあらずですが、こういう話は本で読むよりもセミナーで聴いた方がいいのかも。
 でも、Amazon.comのブックレヴューを見ると、10人が10人5つ星評価になっていました。個人的には、そんなに「目からウロコが...」というほどのスゴイ本かなあという印象です。

 まず「朝のあいさつ」から始めよう―なんて、やっている人は既にやっているし、やらない人はこの本を読んでもやらないんじゃないかなあ。外資系の企業って、ボスが朝から元気に「Good Morning!」って言ってくれるから素晴らしいわけ? 

 日本企業にはダメ上司がいっぱいいて、一方の外資は素晴らしい上司ばかりだったと、著者個人の経験に基づいて図式的に内外を対比させていて、かなりの外資礼賛ぶり。外資系企業でもいろいろあると思うけれど。

 スポーツ選手がこうした指導で力を伸ばしたといった話などのも、やはりどちらかと言うと「本」よりも「セミナー」向きではないかと。この類のネタ話には、それ自体さほど目新しさがあるわけでもありません。

 一つ、興味深かったのは、外資系の企業であからさまに部下をえこひいきする上司がいたと書いていることで、日々のランチも決まった一人の部下としかいかなかったということ。著者自身、"嫌い"のえこひいきはダメだけれど"好き"のえこひいきはオープンに見せてもよいとしていますが、外資系の場合、自分の後継者を育てないと自分自身が次のポジションに行けないということもあって、こうしたことは珍しいことではないのではないかな。周囲も皆、自分がボスになれば同じことをすると分っているし、不満はあってもその行為自体を理不尽だとは思っていない気がします。

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グローバル人材としての「マインドセット」とは必ずしも目新しいものではないのが興味深い。

なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか.jpg  なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか2.jpg ドミニク・テュルパン.jpg ドミニク・テュルパン
 『なぜ、日本企業は「グローバル化」でつまずくのか―世界の先進企業に学ぶリーダー育成法

 スイスに本拠を置くビジネススクールIMDの学長と、その日本拠点の代表による共著で、このIMDのミッションは、グローバル・リーダーの開発であるとのことです。

 全5章構成の第1章では、マクロ的な観点からさまざまなデータを示すことで、世界において、日本および日本企業がいかにグローバル化の流れにたち遅れているかを示しています(IMDの調査による世界競争力ランキングでは、日本はバブル期には世界競争力第1位だったのが、2011年版調査では59カ国中26位とのこと)。

 さらに第2章では、今度はややミクロな観点から、日本企業が「グローバル化」につまずいた要因を取り上げるとともに、第3章では、IMDが社員教育等で関与する各国の企業のグローバル人材育成の取り組みや、いくつかの日本企業の事例を紹介しています。

 つまずきの要因としては、①もはや競争優位ではない「高品質」にこだわり続けた、②生態系の構築が肝心なのにモノしか見てこなかった、②地域規模の長期戦略が曖昧で、取り組みが遅れた、④生産現場以外のマネジメントがうまくできなかった、の4点を挙げ、具体的事例と併せて解説しています。

 さらにその奥には、ある種の視野狭窄に陥って本当の土俵での戦略的な取り組みができていないことと、常にオープンで何事にも好奇心の心の扉を開き、他者や異文化を尊重できる、そうしたマインドセットを持った人材が少なく、新卒大卒男性を大量採用して会社のカラーに染めていく人材育成を続けてきたために、多様な人材が欠如していることの2つの課題が見えてくるとしています。

 ここまでの分析には説得力がありましたが、第4章では、グローバル・リーダーの必要条件として「グローバル・マインドセット」という概念をとりあげ、IMDが考える「マインドセット」とは、「異なる社会、文化システムから来る人たちやグループに対して影響を与えることを可能にするような思考」のことであるとしていますが、おそらくこの部分が本書の中核と言えるかもしれません。

 「マインドセット」は体験と学習によって高めることが可能であるとするとともに、IMDが経営幹部研修などにおいて活用している、個人の行動特性をはかるアセスメントツール(グローバル・コンピテンシー・インベントリー)は、「認知管理力」「関係構築力」「自己管理力」の3つの軸から成っているとしています。

 これらをバランスよく兼ね備えているのがグローブトロッター(グローバル人材)であり、3要素の何れかが欠けた場合、あるいは1要素しか満たさない場合、どのような行動特性が現れるかが、分かりやすく解説されていますが、これがなかなか面白い。

  「認知管理力」「関係構築力」のみ ⇒ 日和見主義者
  「関係構築力」「自己管理力」のみ ⇒ 調整役
  「自己管理力」「認知管理力」のみ ⇒ 冒険家
  「認知管理力」のみ ⇒ 観察者
  「自己管理力」のみ ⇒ 孤立主義者
  「関係構築力」のみ ⇒ 異業種交流好き
  何も無しみ ⇒ ひきこもり
 といった具合です。

 第5章では、グローバル人材育成のために日本企業ができることとして、人事異動の効果的活用や幹部教育を手厚くすること、人材育成は日本人も外国人も対象とすることなど、5つの提案をしています(最後に「海外ビジネススクールを有効に活用せよ」とある)。

 部分部分は面白く読め、特に第4章、第5章が、単に要素分析にとどまらず、今日本企業で求められる施策にまで踏み込んで書かれている点は評価できると思いますが、一方で、このあたりの踏み込みがやや浅く抽象的な印象もある...。

 全体としてよく纏まっているし、大いに啓蒙的ではあるけれど、具体策としては、結局は社員にいろいろと「経験を積ませろ」というところに落ち着くのかなという気も。

 考えてみれば、「認知管理力」「関係構築力」「自己管理力」などは、日本企業が管理職登用アセスメントなどで永らく用いてきた指標であり、これに異価値許容性(これも昔からアセスメント項目にあったことはあった)などのグローバルな視点をもっと取り込んで人材の育成をはかれということなんだろうなあ。

 集合研修としての育成ノウハウは、本書においては必ずしも具体的に公開されているとは言えず、そうした意味では、コンサル受注誘因本と言えなくもないし、研修よりも人事異動による育成等を説いている面では、そうでないとも言えます。

 ただ、本書で述べられているグローバル・リーダーのアセスメント要素自体は決して目新しいものではない(個人的にはそのことが、本書から学んだ最大のポイント)ことから考えても、わざわざ海外の研修機関に社員を派遣しなくとも、それ以前に、今までやってきた管理職育成施策のもとになっている「求められる人材像」というものを、もう一度見直してみる契機となる本ではあるかもしれません。

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「自分を知る」「絵を描く」「人を巻き込む」-リーダーシップ実践の3ステップ。セミナー本のような印象も。

リーダーは弱みを見せろ2.JPGリーダーは弱みを見せろ.jpgリーダーは弱みを見せろ GE、グーグル 最強のリーダーシップ (光文社新書)』['12年]

 米国のコーネル大学大学院で人材マネジメント・組織行動学の理論を学び、GEとグーグルでリーダーシップを教えた経歴を持つという著者(1972年生まれ)が、この激変する社会で求められるリーダーシップとは何かを書いた本です。

 リーダーシップ実践には「自分を知る」「絵を描く」「人を巻き込む」の3つのステップがあり、この「自己・他者認識力」「ビジョン構築力」「コミュニケーション力」について、リーダーシップには「型」があるとの考え方のもと、これまでリーダーシップについて書かれた名著とされる本からリーダーシップ論を引きながら説いています。

 GE・グーグルといった先進企業での自らの経験に置き換えたり、日本の企業経営者の言動に当て嵌めたりしながら解説を進めているので、あるべきリーダー像というものを比較的身近に感じながら読み進むことができます。

 但し、やはり引いているものは海外のものが多く、これはまあ、リーダーシップ研究の歴史の長さが違いますから、リーダーシップの「型」を紹介していくとこうならざるを得ないのかなあと。

 ドラッカー、ウォレン・ベニスといった大御所から、「EQリーダーシップ」のダニエル・コールマンや「フロー体験」のチクセントミハイ、マーカス・バッキンガムなど比較的新しい論客、更には、マルコム・グラッドウェルや『7つの習慣』のスティ―ヴン・R・コヴィーといった自己啓発本に近いものまで紹介されています。

 基本的には、場当たり的なリーダー論に依拠するよりは、こうした「型」を一通り網羅して、大まかに体系を掴んだうえで、その中から自分に合った考え方を抽出し、管理者やリーダーとしての日々の活動に落とし込んでいく―というのが、やはり一番近道のように、個人的にも思います。

 本書に関しては、リーダーシップ論の体系づけにはさほどこだわっておらず、むしろ後半に行くほど、啓蒙書的なスタイルになっているように思えました。
 リーダーシップ研修の講義をそのまま本にしたような内容とも言えます(理論だけだと、聞く方は寝ちゃうから)。

 そうした意味では、よく纏まっているというか、上手く纏められていますが、紹介されているリーダーシップの「型」というものが、ややMBA型の「強いリーダーシップ論」に偏っているかなあ。ジャック・ウェルチとかもそうだし、GE出身だから当然そうなるのだろうけれども、「状況対応型リーダーシップ」とか「サーバント・リーダーシップ」などは出てこないね。

 タイトルの「リーダーは弱みをみせろ」ということについては、「自己・他者認識力」の部分で、ビル・ジョージの『リーダーへの旅路』を引きつつ、「自分の奥底に蓋をして必死に隠してきた自分の弱さを明らかにし、それらを受け入れることを通じて、自身の発言や行動が確信に満ちてきて、その結果、人がついていきたいと思う本物のリーダーに成長できる」としています(その後にジョンとハリーの「ジョハリの窓」の解説がつづく)。

ザ・ゼナラルマネジャー2.JPG 個人的には、むしろ「リーダーは弱みをみせろ」という言葉から想起したのは、リーダーシップ論の大家ジョン・コッターでした。
 コッターは、その著書『ザ・ゼネラル・マネジャー』から『リーダーシップ論』にかけて、「インフォーマルな人間関係に依存する」ことを優れたマネジャー(リーダー)の特質の一つとして挙げており、噛み砕いて言えば、困った時に「俺、困ってるんだけど」と言って相談できる仲間がいる、つまり、「人に弱みを見せることができる」のが、実は優れたリーダーであるというのが彼の考えではなかったかと思います。

 コッターのリーダーシップ論も、基本的にはオーソドックスな「変革のリーダーシップ論」であり、リーダーに高いエネルギーレベルを求めるものですが、一方で、こうした対人態度に関する言及があるのが特徴。これだけ先人たちの名前が挙がっているのに、タイトルを見てすぐに想起させられたコッターの名前が、本書の中に無かったのが意外でした。

 本書自体はそれほど悪くないと思われ、リーダーシップ研修のス進め方事例として読めば、よく纏まっているように思いました。特に、リーダーシップ研修を内製化しようとする場合においては、コンテンツ作成のヒントは得られるかもしれません。

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経験に裏打ちされたリーダーシップ本。外資系企業トップの「キャリアの物語」としても読める。

世界で通用するリーダーシップ.jpg世界で通用するリーダーシップ2.jpg 三谷 宏幸.jpg 三谷 宏幸 氏(ノバルティス ファーマ社長)
世界で通用するリーダーシップ』['12年/東洋経済新報社]

 外資系医薬品会社ノバルディス ファーマの現社長である著者が、グローバルで通用するリーダーシップとは何か、経営にとっていかに人材を育成していくことが重要であるかを語るとともに、とりわけ若い世代に向けて、自分の能力と可能性を信じ、失敗を恐れず挑戦せよと訴えかけた本です。

 著者は、灘高校、東京大学工学部を卒業後、川崎製鉄(現JFEスチール)に入社し、在職中に米国留学を経験した後、ボストンコンサルティンググループ(BCG)を経て、日本ゼネラル・エレクトリック(GE)へ転職、GEの航空機エンジン北アジア地域社長など務めた後に現職にあるとのことで、あまりの華々しい経歴に、読む前から少し引いてしまいそう―。

 しかし、実際に本書を読んでみると、東大受験に一度失敗し、希望していた商社への就職にも失敗するなど、キャリアのスタートからずっと順風満帆に歩んできたわけではなく、それでも常に経営に携わりたいと気持ちを持ち続け、現状に安住せず、自らの洞察力と努力でキャリアを切り拓いてきたことがわかります。

 東京へ出てきたとき、米国留学をしたとき、そして、GEに入って日本法人の社長になったときが人生の大きな転機だったとしていますが、30歳のとき米国留学を希望したのも「早く経営をやってみたい」という思いからであり、BCGからGEへの転職も、経営戦略やセオリーでは語れない「感性」を、「経験」の場を通して磨くことで、自らの経営者としての素質や能力を高めたいとの思いからだったようです。

 とりわけ、GEでのジャック・ウェルチとの出会いは、BCGで多くの経営者を見てきたはずの著者にとっても衝撃的であったようで、そのカリスマ性とエネルギッシュな仕事ぶりや、一方でそれぞれの事業の細かなことまで頭に入っており、社員はもとより日本のビジネスパートーナーの名前を百名以上覚えているという繊細さ、そうしたことからも窺える、仕事の半分以上を「人事」に費やしていたというウェルチの、リーダー育成の方法や考え方などが紹介されています。

 そうした外資系企業の徹底したリーダー人材の育成・鍛錬方法を日本企業のそれと対比的に解説しながらも、類書にありがちな「外資」礼讃に陥ることなく、革新を求める、コンプライアンスをしっかりするといった「外資」的な枠組みと、チームワーク、顧客志向といった「内資」的な枠組みをハイブリッドさせることが、日本に軸をおいた外資系企業の強みに繋がるとしています。

 巻末にリーダーシップに関する名著が紹介されていますが、本文で語られていることは机上論では無く、すべて経験に裏打ちされているため説得力があり、さらに、リーダーシップの本としてだけでなく、外資系企業の日本人トップの「キャリアの物語」としても読め、キャリアの入り口にある人にとっては、たいへん啓発的な本ではないかと思いました。

 併せて、マネジメントの本としても読め、今まさに企業風土の変革やリーダー人材の育成が求められている「内資」のビジネスパーソンが読んでも、得るところはあるのではないかと思われます(個人的には一番には、「キャリアの本」として読んだかもしれない)。
 
 ウェッブでの著者インタビューによれば、執筆にあたって「自慢話」にならないよう配慮したとのこと。その配慮は感じられたものの、それにしてもやはり、外資系企業のトップになる人って、凄いなあという感じ。

《読書MEMO》
●目次
第1章 いつも何かを探していた
第2章 日本と米国、考え方の違い
第3章 経営の理論を学ぶことから実践へ
第4章 企業の成長をドライブする
第5章 外資に勤めるということ
第6章 ジャック・ウェルチに学んだリーダーシップ
第7章 医薬品業界とノバルティス
第8章 これからの日本の役割
●一般的に陥りやすいのは、前年度主義、前例主義なのだ。こうして過去にとらわれて、次の発想ができない。これに対して、欧米諸国は、最初から予定調和も既定路線もない。だから、虚心坦懐に事実を見つめて、何がベストなのかをその時々に考えるという強さを持っている。(43p)
●日本人にとって創造の妨げになるのは横並び意識だ。日本人はともすれば、隣を気にしてまわりと同じ発想をしようとする。ただ、一見安全そうに見える発想は、実は往々にしてリスクを伴うということを意識しておかなければならない。だからこそ意識してポジティブシンキングを心がけて変化を先取りすることが必要だ。(58p)
●人間というのは面白いもので、トレーニングによって自分の能力以上のことができるようになってくる。とりわけGEで学んだのは、「ストレッチ」という考え方である。これは自分の能力より上の目標を自らが設定して、それに挑んでいくやり方である。こうした行動を繰り返すことで、自分の成長に自分で限界を作らず、常に成長を続けていくことができる。(137p)

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自己啓発書だが、管理職(リーダーシップ)研修のヒントも。

Bootstrap Leadership.jpg「課長」として身につけたい50のルール.jpg
「課長」として身につけたい50のルール』(2011/12 メトロポリタンプレス)
"Bootstrap Leadership: 50 Ways to Break Out, Take Charge, and Move Up"

 書店に行けば必ずいつも置いてあるのがリーダーシップに関する自己啓発書ですが、自分自身もどれを読めばいいのかしばしば迷って、結局何も読まなかったりもします。但し、管理職研修をやるとかいうことになると、理論ばかりやっていてもイメージが湧きにくいから、啓蒙的な要素も入れた方がいいかなということで、今回この本を手にしました。

 米国のリーダーシップ・カウンセラー、コーチである著者が、優れたリーダーになるための50のポイントをまとめた本で(原題"Bootstrap Leadership: 50 Ways to Break Out, Take Charge, and Move Up Steve Arneson"(2010))、翻訳者によれば、タイトルに「課長」とあるのは、日本企業におけるプレイング・マネジャーである「課長」に着目し、翻訳編集した内容になっているためであるとのことです。

 企業内でさまざまな現場監督を務めながら、一人の管理者として企業全体や業界全体にまでも視野を広げ、さらには創造的に仕事をこなすクリエイティブなスキルを身につけるにはどうすればよいかについて書かれた本です。

 原著者も、本書は「将来をイメージする」「アイデアを実行に移す」「部下の適性を判断し、長所を伸ばしてやる」「後継者を育てる」「自分自身に投資する」という5つのポイントに着目しているとしており、内容がマネジャーとしての資質とリーダーとしての資質の両方に及んでいるともとれるとから、「課長」という表題は適切であるように思いました。

 「理想の上司を目指そう!」「新しいゲームを加える」「まわりの世界に目を向ける」「心地よい環境から抜け出す」「上司や指導者としての役目」と題された5つ基本スキルに基づくセッションごとに、「課長としてのリーダー力」を身につけるためのルールが1セッション10ずつ掲げられ、解説されています。

 あらかじめ冒頭に、本文で語られる50のルールが、それぞれの内容と関連した質問形式に置き換えられ、自己診断用のチェックリストとして列挙されていて、これが、中間管理職としての内省を促し、自身のリーダー力のポジショニングを探るうえで、いいのではないかと思いました自己評価の"甘辛"の影響を受けるには違いないが)。

 例えば、最初のチェック項目は、「課長のリーダー力を、いつ、どこで、どのように学んだかを覚えている」かとあり、本文では"ルール1"として、「自分の経歴書を書いてみよう」となっていて、なぜそのことが必要なのか、経歴書を書き上げたらそれをどう活用するかといったことが解説されています。

 "ルール49"には「よい聞き手になる」とあり、リーダーたるもの、よい聞き手になることが大切であるとして、相手の話をただ「聞く」ことと「意識して聞く」ことの違いを述べていますが、「意識して聞く」ことができることをリーダーの重要なスキルとしている点に、著者のカウンセラー、コーチとしての特色がみられるように思いました。

 基本的には理論書ではなく啓蒙書であり、人によって「合う、合わない」があるかもしれません。ただし、本書と同時期に刊行されたジョン・C・マクスウェル著『伸びる会社には理想のリーダーがいる』(2011年12月 辰巳出版)などが、「有名な○○である○○はこう言っている」的な従来型の啓蒙書スタイルをとっているのに比べると、本書の方がよりプラグマティカルであるように思いました。

 企業の教育研修担当者にとっては、管理職(リーダーシップ)研修を内製化する際などには、、これもまた「合う、合わない」があるかもしれませんが、まだこちらの方が、コンテンツ作成のヒントが得られるかもしれません(個人的には、コンサルの立場から、その面での評価として○、50のルールの内、少なくとも10以上は確実に使える!)。

 日本でも多くの著作が翻訳が刊行されているジョン・C・マクスウェルなどとは異なり、原著者のスティーブ・アーネソンの本は、本邦初訳。但し、原著者は、Leadership Excellence誌が選ぶ「全米TOP25のリーダーシップ・コーチ」に3年連続(2008年、2009年、2010年)して選ばれたとのこと、これがどれぐらいスゴイことなのか、ぴんと来ない面もありますが。

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ドラッカー経営哲学における「組織・マネジャー・イノベーション・自己実現」を解説。正統派の良書。

究極のドラッカー (角川oneテーマ21).jpg究極のドラッカー (角川oneテーマ21)國貞 克則.jpg 國貞 克則 氏(略歴下記)

 著者は企業(神戸製鋼所)に在籍しながら、30代半ばでドラッカー経営大学院に学んでMBAを取得し、その後コンサルタントとして独立した人で、本書はドラッカー著作の翻訳で知られる上田惇生氏による内容チェックを経ているとのこと、278ページと新書としては若干厚めですが、ドラッカー入門書としてはコンパクトによく纏まっているように思いました。

 先ず第1章でドラッカー経営学を理解するために知っておくべき5つのポイントについて説明し、第2章から第5章において、「組織」「マネジャー」「イノベーション」「自己実現」の4つの分野についてドラッカー経営学の基本を解説していますが、対象読者として、経営者・中間管理職・一般従業員など、組織に働くすべての人を念頭に置く一方で、ドラッカーが比較的大きな企業の経営トップを意識して書いている取締役会の運営、事業の多角化、多国籍企業などについては触れていないことを断っています。

 各章ごとのテーマに沿って、基本的には、第2章(組織と第3章(マネジャー)はドラッカーの著作『マネジメント―課題、責任、実践』を解説し、第4章(イノベーション)は『イノベーションと企業家精神』、第5章(自己実現)は『明日を支配するもの』の中から、それぞれテーマに関連する箇所を抽出して解説・整理していますが、原著と上田惇生氏の翻訳本の両方を参照しており、必要に応じて原著に遡ったり、上田氏以外の翻訳者による翻訳との比較をしたりするなど、ドラッカーが用いた表現や用語のうち特に重要なものについては、読者がその真意を正しく理解できるように踏み込んだ解説がされています。

 分かり易い言葉で書かれていながらも、ドラッカーの真意を曲げることなく読者に伝えるため、著者が訳を変えたり意訳した部分についても、原著に立ち戻ったりするなどの注意が払われており、自分の解釈や感想を述べている箇所は、「と思います」「と感じます」といった表現で締め括るか、或いは、コラム欄で纏めて述べるなど、"オリジナル"と"著者の解釈"の峻別がしっかりされています。

 結果としてドラッカー書籍からの引用が多くなり過ぎたかもしれないとしながらも、一方で、ドラッカー書籍にはない例示や解説も入れたために、自分の意見や感想が入り過ぎたかもしれないと述べているのは、実に謙虚。巷にドラッカーの言葉の断片を引き合いにして、著者の意見を滔々と述べている"ドラッカー入門書"が溢れていることを思うと、"稀有"と言っていいほどの誠実さと言うか、ドラッカーの経営哲学及びそれを学ぼうとする読者に対する真摯な姿勢を感じました。

 個人的には、ドラッカーが企業の目的を「顧客満足」とは言わず「顧客の創造」と言った意味がしっくり理解でき、その他にもドラッカーが用いた「Perception」(知覚)という言葉の意味など、新たに多くの示唆を得ることができた本であり、携帯にも便利な新書でありながらも、密度の濃いかっちりしたその内容は、タイトルを裏切ることなく、むしろそれに応えており、正統派の良書だと思いました。

 巻末には、ドラッカー著作の何から読み始めてどのように読み進んでいけばよいかということについても丁寧に紹介されていて、ドラッカー著作に至るための手引書としてもお薦めできる1冊です。

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國貞 克則(有限会社 ボナ・ヴィータ コーポレーション代表取締役社長)
1983年 東北大学工学部機械工学科卒業
1996年 米国ピーター・ドラッカー経営大学院にてMBA取得
1983年 (株)神戸製鋼所入社
       プラント輸出、人事、企画、海外事業企画を経て、
2001年 ボナ・ヴィータ コーポレーション設立して独立。
       (事業内容:会計及びリーダーシップに関する研修ほか)

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コア人材対象の「ジョブ・キャリア人事システム」を提唱。概念整理から制度への落とし込みまでかっちりしている。

『コア人財の人事システム』.JPGコア人財の人事システム 02.jpg 『コア人財の人事システム』(2011/11 生産性出版)

 グローバル化が進行する経済環境下にありながらも、日本企業の経営・人事システムは、日本固有の規制や慣行に縛られ、また守られている面が少なからずあり、問題や改革課題を先送りしている企業は多いと思われます。

 ベテランのコンサルタントである著者は、そうした認識のもと、本書の冒頭において、これまでの日本的経営・人事システムで戦って勝てるのか、社内の若年層はプロフェッショナルとして精鋭化しているか、コア人財がどれだけいて、コア人財に適合した公正な人事システムとなっているか、といった問いかけをしています。

役割業績主義人事システム.jpg役割業績主義人事システム 新版.jpg 著者は以前より、人事管理の基準を役割と業績に置く「役割業績主義人事システム」を提唱していましたが(『役割業績主義人事システム』('05年/生産性出版、'09年新版))、本書ではこうした日本企業の現状を踏まえ、それに加えて新たに、経営層、マネジャー、ビジネスリーダー、プロフェッショナルなどあらゆるコア人財を育成し、活用し、評価し、処遇するための、コア人財を対象とした「ジョブ・キャリア人事システム」を提唱しています。

役割業績主義人事システム』(2009/09 新版)

 本書におけるコア人財とは、「企業において、事業や経営におけるコアポジション・コアジョブを担当し、高度なスキル・キャリアと自ら動機づけられた'事業家あるいは経営マインド・志'を持ち、自立的にそのミッションを果たす人財のことをいう」とされており、ここでいう「キャリア」とは、「実践能力」と「職務実績、すなわち職歴・職務経験や実績」という2つの意味があるとのことです。

 コア人財の人事システムは、各ジョブステージにおいてキャリア能力を極め、キャリア実績を積み上げていくことをベースとしたものとなり、これが「ジョブ・キャリア人事システム」であるとのことですが、そうしたコア人財の人事フレームの概念図が詳細に解説されているばかりでなく、目標管理・人事考課・賃金・賞与などの各制度に落とし込んだ場合、それらはどのようなものであるべきかについても丁寧に解説されています。

 それら制度の具体的な姿は、これまで著者が「役割業績主義人事システム」における各制度として提唱してきたものと重なる部分はありますが、最後に、属人的人事制度(職能制度)や、一般的な属職的人事制度(職務・役割等級制度)とジョブ・キャリア人事制度の違いなどが一覧にされているため、根本概念におけるその特徴や従来制度との相違点が改めて確認できるようになっています。

 コア人財に特化した人事コースを想定していることが本書の特徴であり、職群管理の一種と言えるかと思いますが、従来型の役割等級制度と比較して、コア人財に早期にキャリアを積ませるという"育成"のベクトルが強く織り込まれているため、役割等級制度が「静態」的であるとすれば、「ジョブ・キャリア人事システム」は「動態」的であるとの印象を、個人的には抱きました。

 若年層からのグローバル人材の育成は、多くの企業にとって喫緊の課題であり、本書はそうしたニーズに応え、人事システム改革の方向性を示すとともに、具体的な制度の策定において多くの示唆を与えるものとなっているように思いました。

《読書MEMO》
●目 次
第1編 経営・人事の戦略的課題
 第1章 日本的経営・人事システムのパラダイムシフト
 第2章 グローバル化への人事の対応
 第3章 若年層の活用とエイジフリーへの対応
 第4章 コア人財の人事の構築
 第5章 属人的システムから属職的システムへの転換
 第6章 コア人財の人事システムの確立
第2編 コア人財のための人事フレーム
 第7章 戦略的経営におけるコア人財とは
 第8章 コア人財のプロフェッショナル職群における概念
 第9章 ジョブ・キャリア人事システムとは
 第10章 ジョブ・キャリア人事フレームの構築
 第11章 コア人財の人事システムの運用
第3編 ジョブ・キャリア人事システムの目標管理・考課・賃金
 第12章 コア人財の目標管理
 第13章 コア人財の人事考課
 第14章 ジョブ・キャリア人事システムにおける賃金制度
 第15章 ジョブ・キャリア人事システムにおける賞与制度と年俸制

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日本における人事のフレキシビリゼーションの分析は秀逸。ディーセント・ワーク実現を提唱。

フレキシブル人事の失敗.jpgフレキシブル人事の失敗 日本とアメリカの経験』(2012/05 旬報社)

 明治大学経営学部教授の黒田兼一氏(1948年生まれ)と独立行政法人労働政策研究・研修機構の国際研究部勤務の山崎憲氏の共著(二人は山崎氏が明治大学経営学部経営研究科黒田教室で学んで以来の師弟関係にあるよう)です。
 著者らによれば、80年代後半以降、ICT(情報通信技術)の発展とアメリカ発のグローバリゼーションという二つの大波が押し寄せる中、企業経営においては、市場動向にフレキシブルに対応することが競争に打ち勝つ必須条件であるとされるようになったとしています。
 さらに、働く人びとの「働き方、働かせ方」も市場動向に合わせてフレキシブルにならなければならないとの考えのもと、人事労務「改革」によって、従来型人事労務管理のフレキシブル化が図られてきたとのことです。
 その「改革」とは、フレキシビリティに欠けるリジッドなあり方や慣行を見直し、変更するということですが、人事労務のあり方や労働慣行は国によって異なり、また、リジッドな領域も同じではないため、「改革」の狙いは同じでも、フレキシビリティの課題は違ってくるとのことです。

 本書では、第1章(黒田氏執筆)で日本の人事労務「改革」に、第2章(山崎氏執筆)で1980年代以降のアメリカの人事労務「改革」にそれぞれ焦点を充て、人事労務のフレキシビリゼーションの具体的な内容を探ることで、人事労務「改革」の中身を検討するとともに、第3章(共同執筆)で、その「改革」が市場動向に雇用と人事=処遇を合わせることによって働く人びとに苦難を強いるものであるとしたら、その現実の中から、働く人びとの「働きがいのある人間らしい仕事」(ディーセント・ワーク)を実現するには何が必要かを展望したものです。


 第1章「日本はアメリカを追っているのか―人事労務「改革」の末路」では、年功序列に見られるようなリジッドな「ヒト」基準の雇用・人事処遇制度にメスを入れ、市場動向にフレキシブルに対応する人事労務システムの構築することが、日本における人事労務「改革」の課題であるとするならば、日本は人事労務管理において、「ヒト」基準から「仕事」基準に雇用・処遇制度を移行することで「アメリカを追っている」ということになるのかを考察しています。
 そして、「雇用管理」における非正規雇用の広がりと多様化、「処遇制度」における「成果主義」の躓きと役割給の台頭、「時間管理」における長時間労働と残業など関する法規制の緩和などの流れをそれぞれ検証しています。
 そのうえで、日本におけるフレキシビリゼーションのターゲットは、リジッドな長期雇用慣行と「ヒト基準」の処遇であったとし、リジッドな長期雇用慣行に対しては、雇用の多様化、コア人材の絞り込み、非正規雇用の拡大という戦略がとられたとしています。
 一方、もう一つのターゲットである「ヒト基準」の処遇は、当初は「成果主義」というかたちで「ヒト基準」からの離脱を志向したがうまく機能せず、かえって従業員の労働意欲を減退させてしまい、そのため、従業員の労働意欲がもつメリットを損なわないようにするため、「ヒト基準」にとどまりながら、「ヒト基準」の中身を「年功と能力」から「役割貢献度」に移行させることで対処した(市場動向を反映させることができる「ヒト基準」に変更した)とし、「ヒト基準」を積極的に採用したのが日本型の賃金・人事処遇のフレキシビリゼーションであったとしています(「役割給」を「ヒト基準」と規定している点が興味深い)。


 第2章「アメリカン・ドリームの崩壊」では、1980年代以降のアメリカの人事労務「改革」を探るために、アメリカ型の人事労務管理の主流が形成された1930年代まで遡り、安定した労使関係を基盤とした社会政策の実現という考え方がしばらくは続いたものの1970年代以降ゆらぎを見せ、そうした中、1960年代から人的資源管理論が発展し、「労働の人間化(QWL)」施策などがとられたとしています。

 1980年代以降は、製造業の国際競争力低下という局面に際して、競争相手となった日本の人事労務管理なども参照しながら、労働組合の無い企業では「低賃金型」「官僚型」「人的資源型」「進出日本企業型」、労働組合のある企業では「伝統的ニューディール型」「(労使)対決型」「ジョイントチーム型」といった人事労務管理の多様化が進み、今日に至っているとのことです。
 そうした中、アメリカ企業における賃金・評価制度、職業訓練と能力評価、人事部の役割はどのように推移してきたかを解説し、その中で「職務基準」から「ヒト基準」への変更が見られることを指摘しています。

 また、高卒であっても企業で働くことができ、労働組合に守られ、一定の収入を得て家やクルマを買い、家族を養い、子どもに充分な教育を受けさせることが出来る―これこそがまさに「アメリカン・ドリーム」の真実の姿であり、これが崩壊したのが1980年代であり、その大きなきっかけとなったのが、日本企業の北米進出の成功とその影響によるアメリカの人事労務管理の日本化(ジャパナイゼーション)であったとしています。


 第3章「企業競争力を超えたディーセント・ワークに向かって」においては、まず冒頭で、これまでの分析を振り返り、日本とアメリカの人事労務管理はともにフレキシブル化に向かっているが、日本の場合は処遇に市場動向を反映させるための「ヒト基準」のフレキシブル化、アメリカの場合は「職務基準」から「ヒト基準」への変更と、総じて言えば、職務基準からヒト基準へ「収斂」してきていると概観しています(また、双方とも個人請負、パートタイム、派遣などの非正規雇用労働者の活用の動きは拡大しているとも)。
 そして、日本においては、人事労務管理のフレキシビリゼーション「改革」が、もっぱら企業競争力強化のために雇用と人事処遇を市場動向に合わせる「改革」であったから、働く人びとに格差と貧困、精神的圧迫と苦難を強いるものになったのであり、この問題を解決するには、「働きがいのある人間らしい仕事」(ディーセント・ワーク)を実現することが望まれるとしています。

 とりわけ、働く人びとにとって最も重要な課題である「雇用」の安定と企業内での「人事処遇」に的を絞って検討がされており、雇用に関しては、企業が求める「働かせ方」の多様化は避けられないように見えるが、それが不安定雇用層の大量創出となってはならず、そのために、原則として、一時的な仕事以外はすべて「雇用期間の定めのない雇用」とし、その中で、雇用調整のルールをどうするかなどを、時代の要請に沿って具体化していくことを提案しています。

 また、このことを前提に、賃金制度においては、正規・非正規の均等待遇、性差別賃金の解消に向け、「同一"価値"労働同一賃金」を実現すべきであるとし、そのためには、公平・公正な処遇が図れるよう、人事査定制度を規制していかねばならないとしています。
 そもそも人が人を正しく評価できるわけはない―にも関わらず、評価なしには処遇も報酬もできないとすれば、必要なことは評価の納得性であり、納得性という面を重視すれば、個人の問題ではなく、上司と部下、従業員相互の関係、更に言えば労使関係の問題として捉え直す必要があり、人事査定のあり方について、働く側からの規制・介入の道を探るべきであり、その役割は労働組合が果たすべきであるとしています。


 全体を通して、よく分析・整理されており、中でも、日本の人事労務管理の変遷の中で、リジッドな「ヒト基準」を市場動向に合わせで対応できるものに見直したのが、日本におけるフレキシビリゼーションであり、「仕事基準」に移行したわけではないことを、「役割給」の本質に絡めて解説している部分は極めて明快で、納得性の高い分析であると感じました。

 日本ではリジッドな「ヒト基準」を修正することがフレキシブル化であり、アメリカではリジッドな「仕事基準」を見直すことがフレキシブル化であった―どちらも市場の変化への対応を目指しているわけですが、基本の部分は堅持しているということになるのでしょうか(グローバゼーションへの対応度の日米間の格差は拡大しているという見方があるのだなあと)。

 しかしながら、「職務給」が日本に馴染まないことが「成果主義の躓き」によって再確認されたとするならば、「ヒト基準」の処遇制度の中で、どうやって評価の納得性を担保していくかということが課題になるわけで、そうした規制づくりを使用者側が一方的に行えば恣意的なものとなる恐れがあり、「査定される側、つまり労働組合による人事査定への介入と規制が決定的に重要となってくる」というのが著者らの提言です。

 要するに、集団的労使関係の中でそうした規制を定めていくということですが、この部分は、提言と現実の間に、「評価の開示」等に関しての埋めなければならない課題がまだまだあるように思われました(分析に優れる一方で、逓減部分がやや弱いか)。

《読書MEMO》
●目次
序 企業経営と雇用の世界で何が起こっているのか
  ウォール街を占拠せよ!/すべてがフレキシビリティの名の下に/本書のねらいと構成
第1章 日本はアメリカを追っているのか 人事労務「改革」の末路
  1 ドーアの嘆きとジャコービィの問題提起
  2 「改革」を促したもの
  フォーディズムの好循環/「改革」のはじまり――フォーディズムの危機/日本における新自由主義(ネオ・リベラリズム)の台頭と「日本的経営」ブーム/改革への本格的な導引――ICTとグローバリゼーション/フレキシビリティ
  3 「改革」の始まり 日経連の「新時代の『日本的経営』」
  日経連の人事新戦略/フレキシビリゼーションの課題/年功制打破と個別化/雇用ポートフォリオと能力・成果重視の人事制度
  4 人事労務管理「改革」の現実
   �雇用管理――正規雇用と非正規雇用
    雇用形態の多様化とフレキシビリティ/非正規雇用の広がりと多様化/確実に進んだ雇用のフレキシビリティ
   �人事と処遇制度――成果主義の混迷と役割給の台頭
   「ヒト基準」賃金とフレキシビリティ/「成果主義」賃金の混迷/「役割給」の台頭
   �時間管理――長時間労働と規制緩和
   労働時間のフレキシビリゼーション/脱法行為を含んだ時間管理のフレキシブル化の進行
 5 市場志向とアメリカ化の実相
第2章 アメリカン・ドリームの崩壊
 1 アメリカが追いかけてきたもの 一九八〇年代以前
  ウェルフェア・マネジメントと日本的経営/アメリカ型人事労務管理の主流/安定した労使関係を基盤とした社会政策の実現/もう一つの選択――人的資源管理/人的資源管理の導入と働きかたの変化/一九七〇年代――ゆらぎの始まり/労働の人間化(QWL)
 2 アメリカの変化 一九八〇年代以降
  競争相手としての日本/ダンロップ委員会
 3 アメリカの人事労務管理「改革」の現実
�多様化する人事労務 �賃金・評価制度 �職業訓練と能力評価 �人事部の役割
 4 分水嶺としての一九八〇年代
第3章 企業競争力を超えたディーセントワークに向かって
 1 アメリカの可能性
  社会と共生する人事労務管理の必要性/新しいパートナーシップの構築/
  太平洋を挟んだスパイラル
 2 日本の可能性
  新しい時代の雇用安定への模索/新しい賃金制度と均等処遇への道/労働時間短縮と
  ワーク・ライフ・バランス/日本におけるディーセントワークへの道

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経験に裏打ちされた八木氏の話は、これからの人事のあり方を示して大いに啓発的。

『戦略人事のビジョン―制度で縛るな、ストーリーを語れ』0.JPG
戦略人事のビジョン.jpg
   八木 洋介.jpg 八木 洋介 氏(LIXILグループ執行役副社長 人事総務・法務担当)
戦略人事のビジョン 制度で縛るな、ストーリーを語れ (光文社新書)
LIXIL.jpg
GE.jpg 本書は、「日本GE」でHRリーダーなどを務め、'12年4月に住生活グループ(トステム、INAX、新日軽、東洋エクステリアの各社とLIXILが合併してできた会社。同年7月に社名を「LIXILグループ」に変更)に執行役副社長として転じ、人事・総務・法務を担当している八木洋介氏が、「人事」について語ったものに、「キャリア」「リーダーシップ」の研究者である神戸大学の金井壽宏教授が、章ごとに解説を加えた構成となっています。

 八木氏は、マネジメントには、「現在」を見て、勝つための戦略を立てる《戦略性のマネジメント》と、「過去」を見て、企業における歴史的継続性を重視する《継続性のマネジメント》があるとし、後者が行われている企業は世の中の変化に対して鈍感になりやすく、臨機応変な仕掛けよりも、以前につくった仕組みの温存にこだわりがちであり、そうした企業の人事部門は、前例踏襲を優先し、権限をたてに制度やマニュアルを固守するといった姿勢をとりがちであるとしています。

 そのうえで、いまだに職能資格制度を続けている企業や家族手当や通勤手当を払っている企業が多くあることなどを挙げ、多くの日本企業の人事部門は《継続性のマネジメント》に縛られていているとしています。

 では、《戦略性のマネジメント》とは何かいうと、「こうやって勝つ」という戦略ストーリーを分かりやすい言葉で語ることで、社員のやる気を最大化し、生産性を上げることであって、これこそが人事の役割であるとしています。

『戦略人事のビジョンのビジョン』.JPG 制度は権限を生み出し、人事制度ができれば人事部に権限が生まれ、人事担当者はル―ルや権限に基づいて仕事しがちになるとし、戦略人事における最大の課題は制度を固守することではなく、マネジジャーやリーダーの育成であるとしています。

 そのためには、人事担当者も自らリーダーシップを発揮していくことを求められるとし、人事担当者にとってのリーダーシップとは、権限ではなく見識を持ち、正しいことを正しく主張することであり、この場合の正しいこととは、ストーリー化した戦略であり、企業が業績を上げて成長していくための大きな絵(ビッグピクチャー)であり、あるいは世の中の変化に合わせて会社に起こすべき変革の道筋であるとしています。

 GEは「勝ちの定義」がはっきりしている会社であり、GEにおける「勝ちの定義」とは、「グロース(成長)とリターン(利益)」の追求であって(「雇用を守ること」は含まれていない)、その戦略にはストーリー性があり、社員に納得感のあるものであると。

 面白いと思ったのは、GEは「建前の会社」だとしていて、従来の日本企業の以心伝心、お互いの本音を探り合うようなコミュニケーションスタイルではグローバル化には対応しきれず、むしろ本音を封印し、社員が「建前で働く」会社にすることが、会社のグローバル化を成功に導くとしている点です。

 また、GEはオリンピックで金メダルを狙うアスリート集団のような企業だとして、GEがどのような人材を集め、どんなやり方で社員を評価しているのかを紹介するとともに、会社はさしずめ集団で行う"狩り"の場であって、但し、ライオンだって四六時中狩りをしているわけではないのだから、人間もしっかり休養をとらなければならないとも。

 ここまで経験に裏打ちされたわかりやすい論旨となっており、更に中盤においては自らが歩んできたキャリアのストーリーを語るなどしていて、八木氏自身が社員のやる気を引き出すためにどのようなことをしてきたかが具体的に語られています。

 そのうえで、リーダーを育てるにはどうすればよいかということについて、GEのリーダー育成法を解説しながら、それを参照しつつ自らが考案した、リーダー候補者たちに「自分の軸」を明確化してもらうことに重点を置いた日本発のリーダー育成プログラムを紹介しています。

 最後に、競争に勝ち抜くことを目的とする「強い会社」という概念と、自社の使命や価値観を追求し、社会に対して存在意義を示せる「よい会社」という概念は融合できるとし、日本企業が「強くて、よい会社」になっていくためには、まず、それぞれの企業が社会に対してもたらす真の付加価値をもう一度見定め、それを前面に打ち出していく必要があるとし、更に、「強くて、よい会社」をつくっていくために人事担当者が果たすべき役割や、そうした人事のプロには「人のプロ」であることが資質として求められるとしています。

 全体を通して、GEにおける自らの経験をもとに、実務者の視点から分かりやすく説かれており、一方で、日本企業のこれからの人事のあり方や人材育成の考え方の方向性に多くの示唆を与える内容となっています。
『組織変革のビジョン』.jpg
 実は本書刊行とほぼ同じ時期に、八木氏がパネラーを務めたディスカションを聴講しましたが、そこでも八木氏は、「世界からものを見る vs.日本からもの見る」「建前によるマネジメント vs.本音によるマネジメント」「戦略性 vs.継続性」「強い会社 vs.よい会社」という4つの視点から、本書で書かれてることを一貫して強調していました。

 「権限は人事で握らず、全てラインマネジャーに渡せ」「権限ではなく見識、ルールではなくイクセプション」「"狩り"をするために休ませる」「綺麗事を言って実行する」「世界で一番難しい問題を解決する会社」..etc. 刺激的なフレーズが八木氏の口からポンポン飛び出し、ああ、こんなエネルギッシュな人が外資の人事責任者をやるのだなあと、大いに触発されました。

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面白い本の面白い部分だけを紹介した『面白い本』。"オフ会"活動の延長としての『ノンフィクションはこれを読め!』。

面白い本 成毛.jpg  ノンフィクションはこれを読め2.jpg ノンフィクションはこれを読め1.jpg honzu.jpg
面白い本 (岩波新書)』『ノンフィクションはこれを読め! - HONZが選んだ150冊』 本紹介サイト「HONZ - ノンフィクションはこれを読め!」

HONZ.jpg 元マイクロソフト日本法人社長の成毛眞氏によるもので、そう言えば『本は10冊同時に読め!―本を読まない人はサルである!』(三笠書房)なんていうのもあったなあ、この人。基本的に小説などは読まないみたいで、ノンフィクション一本。それにしてもすごく広いジャンルの本を読んでいるなあと。

 「面白い本」の面白い部分だけを抜書きして紹介しているため、実際"面白く"読めましたが、ちょっと立花隆氏と似ている感じも。立花氏も、ノンフィクション一本だし、本の良し悪しよりも、面白い本の面白い部分だけを紹介するようなスタイルには共通するものがあります。

ぼくの血となり肉となった五〇〇冊そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊.jpg 立花氏の『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』や『ぼくの血となり肉となった五〇〇冊 そして血にも肉にもならなかった一〇〇冊』(いずれも文藝春秋)などの「週刊文春」連載の書評を纏めたシリーズを読んで思ったのですが、紹介されている本を読破しようなんて思わないことだなあと。その本自体を愉しめばいいのだと―。
 
HONZ サイト.jpg 因みに著者は、2011年に自らのブログで呼びかけて始めた、ノンフィクションに限定した「HONZ」という書評サイト及び書評勉強会を始めていて、今やその「HONZ」のサイトの会員であるレビュアーによって紹介された本が、書店で売れ筋になるほどの影響力を持っているそうです(氏自身は、「HONZ」は書評サイトではなく、「おすすめ本」を紹介するサイトであると断っている)。

 その「HONZ」のレビューを抜粋・編集したものが、本書より少し前に刊行された『ノンフィクションはこれを読め!―HONZが選んだ150冊』('12年/中央公論新社)ですが、こちらもそれなりに面白いのですが、書評を読んだだけで満足してしまいそうなもの(いいのか悪いのか?)、普通の新刊案内レビューとあまり変わらないようなもの、個人的エッセイ風のものと、まあ20人くらいの書き手が書いているためトーンそのものが雑多な印象も。

 評論家の山形浩生氏が自らのブログで、「HONZにある書評のほとんどに共通するダメなところというのは、基本的に、評者が本を読んで『おもしろかった』というのを、その本の中だけで閉じて言っていることだ。その本の範疇を出る書評がほとんどない」と述べていましたが、やや厳し過ぎる批判のように思えるものの、そうした面は確かにあるかもしれません。でも、成毛氏にしても「HONZ」の書評家にしても、実生活に全く役に立たないような本を紹介することを敢えて身上としている面もあるんだよなあ。山形氏のように、自らの書評の「足元にも及ばない」とイキらなくても、それはそれでいいのではないかという気もします(「HONZ」のサイトによれば、成毛氏自身は「書評ブログ講座なんぞをやってみようかと企画中」とのこと)。

 「HONZ」のサイト自体は新刊書に限定しているので、ジャンルを問わず新刊で面白そうな本はないかという時には便利ですが、確かに「書き方に工夫がない」(山形氏)とまでは言わないけれど、やや物足りない面はあるかも。「HONZ」の書評家たちも著名人、書店員、フツーの人の区分けなく錚々たるメンバー並びに上質のレビュアーだと思いますが)「「HONZ」のレビュアーになるための審査をパスした人だけが書いているらしい)、それだけにレビュアー各自の纏め方自体は上手いと思いますが、「人の多様性」×「ジャンルの多様性」で、見ているとやや情報過多になってしまうキライも。。やはり、『面白い本』の場合は、成毛氏という著名な個人がこれだけの本に接しているという点が興味を引くのかもしれません。「立花氏が選んだ」とか「成毛氏が選んだ」というのは、自分の中で一つの指標になっているのかもね(これって権威主義的?)。

HONZ3.jpg 『ノンフィクションはこれを読め!』の方が情報量としては多いけれど、『面白い本』の方が新刊書に限っていない分、 『ノンフィクションはこれを読め!』よりある意味幅広いとも言えるかも。それでいてすらすら読めるのは、成毛氏のその本の「面白どころ」の掴み方が上手いのかも。この辺りも立花氏に通じます(面白くないところは、本人もスキップして読んでるんだろなあ。そうでないと、こんなに読めないよ)。

売れ行き左右-ノンフィクション書評サイト「HONZ」(BOOK asahi.com 2013年2月20日)

 「HONZO」というのは、書評勉強会が楽しいのでしょう。『ノンフィクションはこれを読め!』の刊行も、そうした"オフ会"活動の延長、1年の振り返りといった印象を受けます。今後、毎年刊行していくんだろなあ。サイトの内容を纏め読みできるという意味では便利かも。

《読書MEMO》
●『面白い本』で紹介されている本
第1章 ピンポイント歴史学
「ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語 (ハヤカワ文庫NF)」 [文庫] スティーヴン・ジェイ・グールド
「イヴの七人の娘たち (ヴィレッジブックス)」 [単行本] ブライアン サイクス
「死海文書のすべて」青土社 [単行本] ジェームス・C. ヴァンダーカム
「ロゼッタストーン解読 (新潮文庫)」 [文庫] レスリー・アドキンズ
「トンパ文字―生きているもう1つの象形文字」マール社 [単行本] 王 超鷹
「ヴォイニッチ写本の謎」青土社 [単行本] ゲリー・ケネディ
「全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路 (新潮文庫)」 [文庫] 松本 修
「TOKYO STYLE (ちくま文庫)」 [文庫] 都築 響一
「マタギ 矛盾なき労働と食文化」エイ出版社 [単行本(ソフトカバー)] 田中康弘
「サルたちの遺言 宮崎幸島・サルと私の六十五年」祥伝社 [単行本] 三戸サツヱ
「オオカミの護符」新潮社 [単行本] 小倉 美惠子
「毛沢東の大飢饉 史上最も悲惨で破壊的な人災 1958?1962」草思社 [単行本] フランク・ディケーター
「ポル・ポト―ある悪夢の歴史」白水社 [単行本] フィリップ ショート
「悲しみの収穫―ウクライナ大飢饉」恵雅堂出版 [単行本] ロバート・コンクエスト
「731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く (新潮文庫)」 (新潮文庫) [文庫] 青木 冨貴子
第2章 学べない生き方
「ザ・ビッグイヤー 世界最大のバードウォッチング競技会に挑む男と鳥の狂詩曲」アスペクト [単行本] マーク・オブマシック
「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」河出書房新社 [単行本] ウェンディ・ムーア
「「李香蘭」を生きて (私の履歴書)」日本経済新聞社 [単行本] 山口 淑子
マリス博士の奇想天外な人生.jpg「マリス博士の奇想天外な人生 (ハヤカワ文庫 NF)」 [文庫] キャリー・マリス
「死にたい老人 (幻冬舎新書)」 [新書] 木谷 恭介
「ブッシュ妄言録」ぺんぎん書房 [単行本] フガフガ・ラボ (著), 村井 理子 (著)
「演歌よ今夜も有難うー知られざるインディーズ演歌の世界」平凡社 [単行本] 都築 響一
「なぜ人妻はそそるのか? 「よろめき」の現代史 (メディアファクトリー新書)」 (メディアファクトリー新書) [新書] 本橋信宏
「武士マニュアル (メディアファクトリー新書) [新書] 氏家幹人
「なかのとおるの生命科学者の伝記を読む」学研メディカル秀潤社 [単行本] 仲野徹
大村智 2億人を病魔から守った化学者.png「大村智 - 2億人を病魔から守った化学者」中央公論新社 [単行本] 馬場 錬成
「ミドリさんとカラクリ屋敷」集英社 [単行本(ソフトカバー)] 鈴木 遥
「クマムシ?!―小さな怪物 (岩波 科学ライブラリー)」 [単行本] 鈴木 忠
「ヒドラ――怪物?植物?動物! (岩波科学ライブラリー〈生きもの〉)」 [単行本(ソフトカバー)] 山下 桂司
ロウソクの科学改訂版.jpg「ロウソクの科学 (角川文庫)」 [文庫] ファラデー
第3章 ヘビーなサイエンス
「ヒトは食べられて進化した」化学同人 [単行本] ドナ・ハート、ロバート W.サスマン 
「笑うカイチュウ」 (講談社文庫) [文庫] 藤田 紘一郎
「ハダカデバネズミ―女王・兵隊・ふとん係」 (岩波科学ライブラリー) [単行本] 吉田 重人、岡ノ谷 一夫
「チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る」岩波書店 [単行本] 大河内 直彦
凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語.jpg「凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語 」(新潮選書) [単行本] 田近 英一
「破局噴火-秒読みに入った人類壊滅の日 」(祥伝社新書) [新書] 高橋 正樹
「ノアの洪水」集英社 [単行本] ウォルター・ピットマン ウィリアム・ライアン
「恐竜はなぜ鳥に進化したのか―絶滅も進化も酸素濃度が決めた」 (文春文庫) [文庫] ピーター・D. ウォード
「医学探偵ジョン・スノウ―コレラとブロード・ストリートの井戸の謎」日本評論社 [単行本] サンドラ・ヘンペル
「ペニシリンはクシャミが生んだ大発見―医学おもしろ物語25話」 (平凡社新書) [新書] 百島 祐貴
「不死細胞ヒーラ ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生 」講談社[単行本] レベッカ・スクルート
「アンティキテラ古代ギリシアのコンピュータ」文春文庫 [単行本] ジョー・マーチャント
「フェルマーの最終定理」 (新潮文庫) [文庫] サイモン・シン
「暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで] (新潮文庫) [文庫] サイモン・シン
「完全なる証明―100万ドルを拒否した天才数学者」 (文春文庫) [文庫] マーシャ ガッセン
第4章 シチュエーション別読書法
「鑑賞のためのキリスト教美術事典」視覚デザイン研究所 [単行本] 早坂 優子
「死にカタログ」大和書房 [単行本] 寄藤 文平
「ゲームシナリオのためのSF事典 知っておきたい科学技術・宇宙・お約束110」ソフトバンククリエティブ [単行本] クロノスケープ (著), 森瀬 繚 (監修)
「ゲームシナリオのためのファンタジー事典 知っておきたい歴史・文化・お約束110」ソフトバンククリエティブ [単行本] 山北 篤
「ゲームシナリオのためのミリタリー事典 知っておきたい軍隊・兵器・お約束110」ソフトバンククリエティブ[単行本] 坂本 雅之
「ゲームシナリオのためのミステリ事典 知っておきたいトリック・セオリー・お約束110」ソフトバンククリエティブ [単行本] ミステリ事典編集委員会 (著), 森瀬 繚 (監修)
「原色金魚図艦―かわいい金魚のあたらしい見方と提案」池田書店 [単行本] 川田 洋之助 (監修), 岡本 信明
「はい、泳げません」新潮文庫 [単行本] 高橋 秀実
「日本全国津々うりゃうりゃ」廣済堂出版 [単行本] 宮田 珠己
「エロティック・ジャポン」河出書房新社 [単行本] アニエス・ジアール
「人間の大地 労働―セバスティアン・サルガード写真集」岩波書店 [大型本] セバスティアン サルガード
「ピュリツァー賞 受賞写真 全記録 」ナショナル ジオグラフィック社[単行本(ソフトカバー)] ハル・ビュエル (著)、ナショナル ジオグラフィック(編)
「BONES ― 動物の骨格と機能美」早川書房 [ハードカバー] 湯沢英治 (著), 東野晃典 (著), 遠藤秀紀 (監修)
「新装版 道具と機械の本――てこからコンピューターまで」岩波書店 [大型本] デビッド・マコーレイ
「絵本 夢の江戸歌舞伎 (歴史を旅する絵本)」岩波書店 [大型本] 服部 幸雄 (著), 一ノ関 圭 (イラスト)
「東海道五十三次 将軍家茂公御上洛図―E・キヨソーネ東洋美術館蔵」河出書房新社 [単行本] 福田 和彦
「宇宙創成」 (新潮文庫) [文庫] サイモン シン
「エレガントな宇宙―超ひも理論がすべてを解明する」草思社 [単行本] ブライアン グリーン
「宇宙を織りなすもの――時間と空間の正体」草思社 [単行本] ブライアン・グリーン
「バースト! 人間行動を支配するパターン」NHK出版 [単行本] アルバート=ラズロ・バラバシ
第5章 嘘のノンフィクション
「鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活」 (平凡社ライブラリー) [新書] ハラルト シュテュンプケ
「バチカン・エクソシスト」 (文春文庫) [文庫] トレイシー ウイルキンソン
「ご冗談でしょう、ファインマンさん」 (岩波現代文庫) [文庫] リチャード P. ファインマン
「二重らせん―DNAの構造を発見した科学者の記録」(講談社ブルーバックス)ジェームス・D.ワトソン
「ロザリンド・フランクリンとDNA―ぬすまれた栄光」草思社 [単行本] アン・セイヤー
「ヒトラー・マネー」講談社 [単行本] ローレンス・マルキン
「ジーニアス・ファクトリー」早川書房 [単行本] デイヴィッド・プロッツ
「私はフェルメール 20世紀最大の贋作事件」武田ランダムハウスジャパン [単行本] フランク・ウイン
「偽りの来歴 ─ 20世紀最大の絵画詐欺事件」白水社 [単行本] レニー ソールズベリー、アリー スジョ
「FBI美術捜査官―奪われた名画を追え」柏書房 [単行本] ロバート・K. ウィットマン, ジョン シフマン
「スエズ運河を消せ―トリックで戦った男たち」柏書房 [単行本] デヴィッド・フィッシャー

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「教訓としての大地震は、個々の死と生を記録し、見つめることで初めて意味を持つ」

私が見た大津波.jpg私が見た大津波』(2013/02 岩波書店)

 仙台に本社を置く東北ブロック紙「河北新報」が、東日本大震災の1ヵ月後に連載を開始した「私が見た大津波」を本に纏めたもので、この連載は、大津波で被災した人75人に記者が取材して、言葉だけでは伝わり切らない被災の様子を、スケッチブックと色鉛筆を渡して絵で再現してもらったものです。

私が見た大津波0 .JPG 本になる前後あたりにニュース番組の中でも特集で紹介されていましたが、その中で、生後1ヵ月の五男と自宅で被災し、津波によって玄関から大量の水が入り込み、子どもを抱いた瞬間に居間が水で一杯になり、片手で通気口を掴みながらもう片手でわが子を抱え、あと少しで顔が天井に付く高さまで水位が上がったところで水の勢いが止まって助かったという主婦の体験談が絵と一緒に紹介されていて、スゴイ話だなあと思いました。

 本書でその手記の部分を読むと、水中に浮いた椅子を蹴って水を搔き分けて階段から2階にへ逃げ、乳呑児を連れて避難所へ行っても大変だろうと、2階で子供に母乳を与えつつ、本人は加湿器の水を飲みながら3夜過ごしたそうです(最終的には家族と再会出来たのは良かった。三男や四男も自宅にいたらどうなっただろうか)。

 「校庭の桜の木につかまり逃げ遅れた人がどうなったか」と手記の中で心配していた記事に対し、「逃げ遅れた人」が名乗り出て無事が分かったというのも、テレビに当人が出ていましたが結構なお年寄りでした。本書の中には、67歳の男性の、腰まで水に浸かりながら7時間電柱にしがみついて助かったという手記もあります(こちらは家屋が濁流に流されてくる中で電柱に掴まっている本人の写真入り)。

 多くの人が、家や車が数多く流されていくのを目撃していますが、ある人は「まるで映画の特撮」のようだったと。家同士ぶつかり、土煙とともに破裂音がしているのを目の当たりにしても、あまりに想像を絶する光景で確かに現実感は無いかも。車での避難中に津波に遭った人の手記も多くあり、どれも本当にパニック映画の一場面のようです。

 渋滞していたために車を捨てて逃げたが、逃げる際に津波が10メートル後ろまで迫っていた男性、集落を車で抜けて自分は助かったものの後続の車はなく、数秒のタイミングで自分が助かった最後だったことを知った男性、車が水に浮かんで流されて倉庫の貨物列車にぶつかって止まり、窓から脱出した母と娘、同じく車が川に浮かんだ木の葉のように流され、ドアガラスを蹴破って脱出した男性、沈みかけていた車の前部が急に浮き上がって助かった女性、車が津波の起こした波に乗り、サーフィンをしているような状態になって助かった男性...等々、九死に一生を得た話ばかりですが、それだけに、車で避難する際に犠牲になった人が多くいたことを想像させます。

私が見た大津波2 .JPG 地震の直後に公園、学校などの避難所に避難して、そこで津波に流されて亡くなった人も多くいたのだなあと。それを避難所の建物の上の階にいて目にした人の手記もあり、とてもこの世の出来事とは思えなかった思えなかったのではないでしょうか。絵を描くことで当時の恐ろしさが甦ってくるというのもあるでしょうが、中には絵を描くことによって気持ちが整理された人もいるようです。

 この連載企画は、河北の当時の報道部長が、70年代に出張で訪れた広島の平和記念資料館で見た、原爆の体験を絵で残そうという企画展に想を得て実現させたもので、まえがきには、「東日本大震災はとりあえず、空前の被災規模をまとめた『数字』で語り継がれ、記憶されていくことになるでしょう。しかし、それは大地震を抽象化して全体像をとらえ、整理したに過ぎません。(中略)大地震の現場は被害者の数だけあります。教訓としての大地震は、そうした個々の死と生を記録し、見つめることで初めて意味を持つと考えています」とあります。

 自分自身、「東日本大震災から〇年〇ヵ月」などとニュースで報じられているのを聞いても(あまりに何度も聞き過ぎて?)、どことなく大震災そのものに対する現実味が薄れてきているような気もし、やはり"語り継ぐこと"こそ大事であり、ニュース報道などには無い力を持つものなのだなあと。
 そうした意味でも本書は、犠牲となった多くの人々への思いを今一度馳せる契機になるともに、大地震を抽象化せず、風化させないための貴重な記録でもあり、更には、日頃の防災のあり方や、いざという際に取るべき最善の方法について改めて考させられるものでもありました。

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やはり何となく煽らないと本が売れないというのがあるのか。

2014年、中国は崩壊する 0.jpg 2014年、中国は崩壊する.jpg   0尖閣を獲りに来る中国海軍の実力.jpg 尖閣を獲りに来る中国海軍の実力.jpg
2014年、中国は崩壊する (扶桑社新書)』 『尖閣を獲りに来る中国海軍の実力: 自衛隊はいかに立ち向かうか (小学館101新書)

2014年、中国は崩壊する3.jpg  『2014年、中国は崩壊する』は以下の4章構成。
  第1章 尖閣諸島で敗北した中国
  第2章 日本人が知らないメンツ社会
  第3章 中国経済の問題
  第4章 中国崩壊とその後

 第1章では、尖閣諸島問題において日本が中国に押され気味であるという一般認識に対し、むしろ大敗北を喫したのは中国(より正確に言えば中国共産党政権)であって、この問題によって中国は国際的信用を下落させ、軍事的、経済的な損失も計り知れないものがあると。そこには地方政府を御しきれていない中央政府の「脆さ」が窺える一方で、「尖閣諸島は中国の領有である」と主張した以上、それを言い続けなければならない中国の国内事情(他に多くの国境問題を抱えているという)もあるとのこと。

 そして第2章では、中国が頑なに尖閣諸島の領有権を主張する背景には、中国人のメンタリティと社会構造も関係しているとし、自らのビジネス経験もベースにして、中国の社会や慣習が「メンツ」を重んじるものであることを解説しています。

 第3章では、中国の経済について述べており、政治システムと経済システム(改革開放システム)が全く噛み合っていない中で起きている現在のバブル経済の危うさを指摘しています。中国は「資産そのものが通貨発行の基準」であるため、常に国家資産を増やさなければ通貨が発行できない仕組みであり、つまり、共産党の保有している資産が多くなればその限度まで通貨を発行できるが、通貨発行が限度に達すると、どこかの資産を奪い取らねば通貨を発行できなくなる―これが尖閣の資源を狙う最大の理由であると指摘しています。
 また、中国の経済は下層社会における地下経済が大きなウェイトを占め、中国共産党も下層民衆の経済は制御できていないと。社会主義といいながら資本主義化し、力のある下層民衆を制御しきれていない中で、現在のバブル化した経済が崩壊した際には、経済システムだけばく、政治システムも崩壊することになると。

 第4章では、中国崩壊はどのようして何時ごろ起こり、その後はどうなるかを述べていますが、下層社会にうずまく不満が、経済成長が限界に達した時に爆発し、下層民衆の反乱によって中国は崩壊するとし、それが起こるのは習近平体制が発足して1年後の2014年であり、その後のことは予測がつかないとしています。
 
 個人的には、尖閣諸島問題については、中国の内部事情と絡めた一つの分析として興味深く読めましたが、中国の地下経済についてはかなり漠たる記述内容という印象でしょうか(どの本を読んでも大体そうなのだが、まだ、富坂聰氏の『中国の地下経済』('10年/文春新書)などの方が具体的)。

 中国の崩壊の過程についても、下層民衆の反乱が起こるとしつつもそう具体的なシナリオが示されているわけでもなく、「2014年」というのも、どちらかと言うと「2014年に起きる可能性もある」といったニュアンスで、その後のことは予測がつかないとなると、ますます歯切れが悪くなり、ブックレビューなどで高い評価を得ている本のようですが、個人的には、やや煽り気味で具体性の乏しい週刊誌記事を読んだような印象でした(富坂氏は元「週刊文春」記者なのだが)。

 因みに、尖閣諸島問題については、元海将補の川村純彦氏(より以前には対潜哨戒機のパイロットでもあった)が尖閣を獲りに来る中国海軍の実力―自衛隊はいかに立ち向かうか』('12年/小学館101新書)で、この問題は資源問題や経済問題などではなく、純粋に軍事問題であるとしており、人によって様々だなあと(元ビジネスマンと元自衛官の立場の違いか)。

尖閣を獲りに来る中国海軍の実力2.jpg 川村氏は、尖閣諸島を巡って今すぐに中国側から戦争を仕掛けてくる可能性は少なく、但し、将来は台湾を領有することで東シナ海、南シナ海を自国の"庭"とし、(原子力潜水艦で移動しながら核ミサイルを発射することを可能にすることで)米国と拮抗する軍事大国にならんがために、中国はいつの日か"尖閣を獲りに来る"と。但し、現時点での"中国海軍の実力"は、航空母艦はウクライナから購入して改修した「遼寧」1隻のみで、艦載機の離発着(所謂"タッチ・アンド・ゴー")の実績も無く(この点について'12年11月に離発着訓練に成功したとの中国海軍の発表があったが)、中国が空母を運用していくには未だかなりの課題が残っているようです。

 そのような現況において中国側から攻撃を仕掛けてくる可能性はまず無いとしながらも、漁民に変装した中国特殊部隊による尖閣諸島占領を契機に日中間に戦争が勃発した際の推移をシュミレーションし、最終的には自衛隊の圧勝で締め括られる結末を描いてみせています(なんだ。自衛隊の宣伝本だったのか)。

 やっぱり、この辺りのレーベルの新書となると、何となく煽らないと本が売れないというのがあるのかなあ。

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意外と言うよりは、すんなり腑に落ちる(分析上の)結論ではあったが、提案部分は疑問。

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日本経済の奇妙な常識 (講談社現代新書)

 全5章構成で、章立ては次の通り。
  第1章 アメリカ国債の謎(コナンドラム)
  第2章 資源価格高騰と日本の賃金デフレ
  第3章 暴落とリスクの金融経済学
  第4章 円高対策という名の通貨戦争
  第5章 財源を考える
 著者自身が述べているように、アメリカ国債の謎を追いかけながら世界経済を見る第1章「アメリカ国債の謎(コナンドラム)」と、円相場の謎を中心に日本経済を見る第4章「円高対策という名の通貨戦争」が本書の中核部分です。

 第1章で言う「アメリカ国債の謎」とは、多くの国の資金がアメリカ国債に流れているという周知の事実である一方で、2011年のアメリカ国債の格下げにかかわらず、金利が下降している事実の謎を指していますが、アメリカの経常赤字と財政赤字という「双子の赤字」の構造変容を示すことで、むしろ、アメリカ国債が世界景気の維持装置の中核部品としてあることを分かり易く説いたものとなっています。

マクドナルドのビックマック.jpg 第4章では、購買力平価から見た円の価値を探っていますが、マクドナルドのビックマックの購買力平価を基準に、各国の通貨価値を探っている点が興味深く、どうしても対ドルレート基準でのみ円の価値を見ようとしがちになる世間に対し、新たな価値基準を示すとともに(これで見ると必ずしも"円高"ではないということになる。但し、これは、"こんな見方も出来る"程度に捉えるべきではないか)、日銀の円安にするための市場介入の失敗及び各国の冷ややかな対応の背景が解説されています。

 それらの指摘も興味深いですが、むしろ、第2章「資源価格高騰と賃金デフレ」において、原油などの資源価格が上昇しても日本の製品がなぜそれほど値上がりしないのかという疑問について、中小企業はコスト高を価格に転嫁できずいるためであるとし、その分立場が弱い労働者に皺寄せがいって賃金デフレを引き起こしており、そうした日本経済が負のスパイラルに突入した転換点が「一九九八年」であることを示していることの方が、自分のような一般読者には興味深かったかも。この頃に、日本の自殺者数は一気に増えているんだなあと。

 第5章「財源を考える」では、増税してもいいことはなく、むしろ小幅な増税ほど危険であり、その前に東日本大震災の復興連動債を発行すべきだという提案をしており、全体を通して、物価が下落しても賃金がそれ以上に下がれば、日本経済は回復しないという、意外と言うよりは、すんなり腑に落ちる(分析上の)結論となっています。

 このことは、新政権がインフレターゲットなどのアベノミックスによって景気浮揚を図っている現在においてもパラレルで当て嵌まると言え、つまり、物価上昇率よりも賃金上昇率の方が低ければ、相対的に見てこれまでとそう状況は変わらないということになるのでは。

 本書刊行から1年半。ここにきての円高で、自動車メーカーなどの輸出産業は一時的に潤い、賞与なども増やしているようですが、小麦などの輸入原材料を扱う食品メーカーやスーパーがそう簡単にコスト高を価格に転嫁できるわけでもなく、そうすると労働分配率を抑えるしかなく、結局、一部の大企業が内部留保を更に膨らませ、多くの労働者は引き続き物価と賃金の上昇率のギャップに苦しみ続けるというのがアベノミックスの行き着く先であるように思えてなりません。

 経済の仕組みを理解する上では参考になりましたが(分析上の結論にはほぼ賛同)、著者は元銀行員であるせいか、一方的に大企業に責任を押し付けている印象もあるし、デリバティブ国債なんて発行して大丈夫なのかなという気も。何だか、金融商品の売り込みみたいになっているよ(提案上の結論には疑問符。著者の新著『日本の景気は賃金が決める』(2013/04 講談社現代新書)も同じような論調なんだろななあ)。

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マヤ文明入門の新旧2冊。マヤ文明に関心がある人にはどちらもお薦め。

マヤ文明 青山和夫 岩波新書.jpg  青山和夫.jpg 青山和夫氏  石田英一郎 マヤ文明―世界史に残る謎.jpg  石田英一郎.jpg 石田英一郎(1903-1968)
マヤ文明―密林に栄えた石器文化 (岩波新書)』['12年] 『マヤ文明―世界史に残る謎 (中公新書 127)』['63年]

 『マヤ文明―密林に栄えた石器文化』は('12年/岩波新書)、2008(平成20)年3月に「古典期マヤ人の日常生活と政治経済組織の研究」で第4回(平成19年度)日本学士院学術奨励賞を受賞した青山和夫・茨城大学教授の著書ですが、近年のマヤ考古学の成果から、その時代に生きていた人々の暮らしがどのようなものであったかを探るとともに、マヤ文字の解読などから、王や貴族の事績や戦争などの王朝史を解き明かしています。

マヤ文明の謎.jpg 個人的には、青木晴夫『マヤ文明の謎』('84年/講談社現代新書)以来のマヤ学の本であったため、知識をリフレッシュするのに役立ちましたが、本書の前半部分では、著者とマヤ文明との出会いから始まって、マヤ文明に対する世間一般の偏見や誤謬を、憤りをもって指摘しており、読み物としても興味深いものでした。

人類大移動 アフリカからイースター島へ.jpg マヤ人はどこから来たかというと、1万2000年以上前の氷河期にアジア大陸から無人のアメリカ大陸に到達したモンゴロイドの狩猟採集民が祖先であるとのこと(この辺りは、印東道子・編『人類大移動―アフリカからイースター島へ』('12年/朝日新書)の中の関雄二「最初のアメリカ人の探求―最初のアメリカ人」に詳しい)、従って、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」したのではないと。

 コロンブスがアメリカ大陸をインドだと思い込んだためにこの地を「インディアス」(東洋)と呼び、この地の住民をスペイン語で「インディオ」、英語で「インディアン」と呼ぶようになったわけで、これはヨーロッパ人が誤解して名付けた差別的用語であるとのことです。

 著者によれば、マヤ文明をはじめとするメソアメリカ(メキシコと中央アメリカ北部)と南米のアンデスというアメリカの二大文明は、旧大陸の「四大文明」(メソポタミア、エジプト、インダス、黄河)と共に何も無いところから発した一次文明であり、「四大文明」史観は時代遅れで、「六大文明」とするのが正しいと(マヤとアステカ・インカを一纏めにすることも認めていない)。

吉田洋一『零の発見』.jpg マヤ文明では、文字、暦、算術、天文学が発達し、6世紀の古代インドに先立って人類史上最初にゼロを発見しており、算術は二十進法が基本、また、マヤ暦は様々な周期の暦を組み合わせたもので、長期暦は暦元が前3114年で、2012年12月23日で一巡したことになり、この長期暦の「バクトゥン」という5125年の単位が最も大きいスパンを表すとされていた(吉田洋一『零の発見』('49年/岩波新書)にもそうあった)ために、ここから、映画「2012」('09年/米)のモチーフにもなった「マヤ文明の終末予言」なるものが取り沙汰されたわけですが、実際にはマヤには長期暦よりもそれぞれ20倍、400倍、8000倍、16万倍の長さの周期の4つの暦があることが判っており、16万倍だと6312万年周期になりますが、更にこの上に19もの二十進法の単位(200兆年×兆倍)があり、2京8000千兆年×兆倍の循環暦も見つかったとのことです(ちょっと凄すぎる)。従って、2012年で暦が終わるので世界も終末を迎える―などという話はまったくの捏造映画「2012」.jpgであり、こうした捏造されたマヤ文明観がオカルトブーム、商業主義と相まって横行していることに対して著者は憤りを露わにしています。

映画「2012」('09年/米)

クリスタルスカルの魔宮.jpg 映画「インディー・ジョーンズ」シリーズの「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」('08年/米)などに出てくる"クリスタルスカル"のモチーフとなった"マヤの水晶の髑髏"も19世紀にドイツで作られたものと判っているそうで、東京ディズニーシーのアトラクション「クリスタルスカルの魔宮」も、その名からしてマヤ文明への正確な理解を妨げるものということになるようです。

 因みに、マヤ人というのも別に滅んだわけではなく、今もグアテマラなどに多数生活しているわけで、但し、「マヤ人」を一つの民族として規定すること自体が誤りであるようです。第1章でこうしたマヤ文明への誤った理解にも言及したうえで、第2章以下第6章まで、ホンジュラスでの世界遺産コバン遺跡発掘調査のレポートと考察(マヤ文明の衰退の主因は森林伐採による環境破壊説が有力だが、コバン衰退の原因は戦争だったようだ)、マヤ文明における国家・諸王・貴族たち(インカなどとは異なり、諸王朝が遠距離交換ネットワークを通して様々な文化要素を共有しながら共存した)、農民の暮らし(社会の構成員の9割以上が被支配層で、その大部分が農民だった。トウモロコシは前7000年頃にマヤ人が栽培化し、品種改良を重ねた)、宮廷の日常生活などについての解説がなされています。

 それらの記述に比べると、むしろマヤについて多くの人が関心を持つ文字、算術、暦などに関する記述は第1章に織り込まれていて、相対的には軽く触れられているだけのような印象も受けますが、それは著者が石器研究を専門とする考古学者であることとも関係しているのかもしれないものの、自分が最初に読んだマヤ学の本である石田英一郎の『マヤ文明―世界史に残る謎』('67年/中公新書)に立ち返ると、既に当時の時点で、マヤ文字やマヤの算術、暦学、天文学などについてはかなりのことが判っていたことが窺えます(よって本書は、専ら近年の新たな知見にフォーカスした本であるとも言える)。

『マヤ文明―世界史に残る謎』.jpg 石田英一郎(1903-1968)は考古学者ではなく"桃太郎"研究などで知られる文化人類学者であり、中公新書版のこの本を書くにあたって、「これは専門家のための専門書でもなければ、また専門家によって書かれた通俗書でもない」と断っていますが、1953年と63年の2度に渡ってマヤ地帯を旅した経験をも踏まえ、マヤ文明に関する当時のスタンダード且つ最新の知識を紹介するとともに、それを人類文化史の中に位置付ける構成になっており、文字、算術、暦などに関する解説はもとより、文化人類学者の視点から宗教等に関するかなり専門的な記述も見られます。
それは、最初の"謙遜"っぽい断りが専門家に対する若干の嫌味に思えるくらいであり、但し、当時"マヤ学者"と呼ばれるほどにマヤに特化した専門家は殆ど皆無だったようですが、そうした背景があるにしても、昔の学者は、自らの専門に固執せず、どんどん未開拓の分野へ踏み込んでいったのだなあと(本書は第21回(1967年)毎日出版文化賞[人文・社会部門]受賞)。

 また、第1章は、著者個人のマヤへの想いが迸ったエッセイ風の記述になっており(冒頭の、スペイン船の乗組員で船が難破してマヤの捕虜となり、マヤの酋長に仕えるうちにマヤの習慣に同化した男の話が興味深い)、そうしたことも含め、青山和夫氏の新著に共通するものを感じました。

 新旧両著とも新書の割には図版が豊富で読み易く、マヤ文明に関心がある人にはどちらもお薦めです。

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懐かしいね。網羅度重視、怪獣中心の、"永久保存版"という趣旨にそぐった作り。

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円谷プロ全怪獣図鑑』(28.2 x 22.4 x 4 cm)(2013/06 小学館)

ウルトラセブン13 - コピー.JPG 今月['13年4月]円谷プロが創立50周年を迎えるのを記念しての刊行で、「ウルトラQ」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」といったウルトラシリーズに限らず、「ミラーマン」「快獣ブースカ」などの特撮作品にも登場した2,500体以上もの怪獣や宇宙人を紹介しています。

 それにしてもスゴイ数だなあと思わされます。約400頁ある本ですが(重量1.6㎏!)、怪獣の数が多すぎて、「図鑑」と言うより殆ど「カタログ」状態。見ているだけで楽しいけれど、一つ一つの解説の字数は自ずと制限され、一般のファンはともかくマニアにはどうなんだろうかと思われましたが、概ね好評のよう。やはり、全て網羅し切っているという点で、資料的価値も高いということになるのかもしれません。

 ウルトラシリーズにしても、「ウルトラQ」('66年)から「NEOウルトラQ」('13年)まで全てリアルタイムで追っかけてきた人ってそういないだろうなあ。自分が見始めたところから遡って全てを辿ってみようという"気骨ある(?)人"には格好の一冊。

 「ウルトラQ」なら「ウルトラQ」で、その中での"登場順"(エピソード順)に怪獣が配置されています。但し、「同じ作品に2度登場する怪獣は、同個体であってもその都度紹介する」と編集方針にあるように、「ペギラ」のように"再襲来"した怪獣は2度出てきます。

 因みに、手塚治虫は、虫プロの「鉄腕アトム」に続くTVアニメ第2弾「W3(ワンダースリー)」がフジテレビで常時20%台を維持する好視聴率をマークしていた際に、裏番組としてTBSで「ウルトラQ」が始まることを知り、番組や局のスタッフは楽観していたものの、円谷プロの技術の高さをよく知っていた手塚は、自分の番組の前途を危惧したとのこと。実際「ウルトラQ」が始まるとすぐに「W3」の視聴率は急落した―(手塚プロダクション『手塚治虫劇場―手塚治虫のアニメーションフィルモグラフィー[第2版]』('97年)より)。

ウルトラセブン ソノシート.jpg 「ウルトラQ」もさることながら、個人的には、やはり「ウルトラマン」('66~'67年)「ウルトラセブン」('67~'68年)辺りが懐かしく、とりわけ「ウルトラセブン」はシリーズを通しても質量ともピークであったように思います(主題歌のレコードだったかソノシートだったかを買ったなあ)。

ウルトラセブン  最終回.jpg 「ウルトラセブン」の最終回、密かにダン(森次浩司)を想うアンヌ隊員(菱見百合子)に対し、ダンは僕は人間じゃなくてM78星雲から来たウルトラセブンなんだと告白、「びっくりしただろう」と言うと、アンヌが「ううん、人間であろうと宇宙人であろうとダンはダンに変わりない」と言い、最後の戦いを終えたらM78星雲に帰らなければと言うダンことウルトラセブンに「行かないで」と言ってすがろうとしていたのが、今思えばスゴイなあと思いました(ダンはそれを突き放してウルトラセブンに変身する)。
       
松坂慶子 ウルトラセブン1.jpg悪魔の住む花2.jpg 中高年向け週刊誌などで時折組まれる「懐かしのヒーロー」特集などによくあるように、どういった俳優が科学特捜隊やウルトラ警備隊のメンバーを演じたとかはなく、ハヤタ隊員、モロボシ・ダン隊員、フジ・アキコ隊員、アンヌ隊員いった役名のみの記載となっています。松坂慶子など後に有名になる女優が子役時代やアイドルとして売り出し中の頃に宇宙人役や宇宙人に操られる人間役で結構出演していたりもするのですが、そうした場合も悪魔の住む花1.jpg松坂慶子 ウルトラセブン.jpg同様に本書の中においては役名のみで表記され、あくまでも「怪獣」「宇宙人」を中心に据えた作りになっている点などは、(そのことで物足りなさを感じる中高年もいるかもしれないが)本来の"永久保存版"という趣旨にそぐった作りとなっているように思いました。

松坂慶子 in 「ウルトラセブン」第31話「悪魔の住む花」(1968)ミクロ怪獣ダリーに寄生された少女・カオリ(香織)役
          


ウルトラマン 1966.jpg「ウルトラマン」title.jpg桜井浩子.jpg「ウルトラマン」●演出:円谷一ほか●監修:円谷英二●制作:円谷特技プロダクション●脚本:金城哲夫ほか●音楽:宮内国郎●出演:小林昭二/黒部進/石井伊吉(毒蝮三太夫)/二瓶正也/桜井浩子/平田昭彦/津沢彰秀●放映:1966/07~1967/04(全39回)●放送局:TBS
平田昭彦(科学センター所長・岩本博士)
「ウルトラマン」岩本博士.jpg

菱見百合子.jpgウルトラセブン2.jpgウルトラセブン 1967.jpg「ウルトラセブン」●演出:円谷一ほか●監修:円谷英二●制作:円谷特技プロダクション●脚本:金城哲夫ほか●音楽:冬木透●出演:中山昭二/森次浩司(森次晃嗣)/菱見百合子(ひし美ゆり子)/石井伊吉(毒蝮三太夫)/阿知波信介/古谷敏/藤田進/佐原健二/宮川洋一/平田昭彦●放映:1967/10~1968/09(全49回)●放送局:TBS
ウルトラ警備隊:アマギ隊員(古谷敏)/モロボシ・ダン隊員(森次浩司)/友里アンヌ隊員(菱見百合子)/ソガ隊員(阿知波信介)/フルハシ隊員(石井伊吉)/キリヤマ隊長(中山昭二)
ウルトラ警備隊0.jpgウルトラセブン04.jpg地球防衛軍:タケナカ参謀(佐原健二)/ヤマオカ長官(藤田進)/ヤナガワ参謀(平田昭彦
              
 
ウルトラセブン最終回01.jpgウルトラセブン最終回02.jpgウルトラセブン最終回1.jpgウルトラセブン最終回1.5.jpgウルトラセブン最終回2.jpgウルトラセブン最終回4.jpg「ウルトラセブン(第49話)/史上最大の侵略(後編)」●制作年:1968年●監督:満田かずほ(穧)●脚本:金城哲夫●特殊技術:高野宏一●音楽:冬木透●時間:30分●出演:山昭二/森次浩司(森次晃嗣)/菱見百合子(ひし美ゆり子)/中石井伊吉(毒蝮三太夫)/阿「ウルトラセブン」双頭怪獣パンドン.jpg知波信介/南廣/佐原健二/宮川洋一/藤田進●放送局:TBS●放送日:1968/09/08(評価:★★★☆)
「ウルトラセブン(第49話)/史上最大の侵略」幽霊怪人ゴース星人(左下)/双頭怪獣パンドン(右)
0ウルトラセブン幽霊怪人ゴース星人.jpg 「ウルトラセブン」最終回#2 衝撃の告白
最終回 "史上最大の侵略(後編)" ダン(森次浩司)はアンヌ(菱見百合子)に自らの正体を告白し­、双頭怪獣パンドンとの最後の戦いに挑む。(BGM:シューマンピアノ協奏曲イ短調作品54第一楽章)

5ウルトラセブン Vol.12 [DVD].jpg「ウルトラセブン」49 藤田.jpg(第49話)藤田 進(地球防衛軍・ヤマオカ長官)
ウルトラセブン Vol.12 [DVD]」46話〜49話を収録

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写真も楽しいけれど、エピソードも楽しい一冊。円谷英二の人柄が伝わってくる。

円谷英二 日本映画界に残した遺産 01.jpg円谷英二 日本映画界に残した遺産 復刻版.jpg    円谷英二 日本映画界に残した遺産 02.jpg
円谷英二 日本映画界に残した遺産』[復刻版](2001/06)
(27.4 x 19.8 x 2.2 cm)

『円谷英二 日本映画界に残した遺産』(1973/01 小学館)

円谷英二 日本映画界に残した遺産09.JPG 1973年に円谷プロの設立10周年を記念して刊行された本で、円谷英二(1901-1970/享年68)の足跡、生い立ちから始まって生涯とその仕事を、豊富な写真と主に本人が折々に書いた文章や談話で辿ったもの。

 幼少の頃、撮影助手としての掛け出しの頃の写真家から始まって、ミニチュア模型に囲まれていたり怪獣たちに"演技指導"していたりする制作現場の写真などが数多く含まれていて、写真を見ているだけでも興味深いですが、円谷英二自身の文章・談話のほかに、多くの関係者がエッセイを寄せていて、元本が、1970年1月に円谷英二が亡くなってちょうど3年経った時に刊行されたものであることを考えあわせても、「追悼本」の色合いが濃いかと思います。

円谷英二 日本映画界に残した遺産10.JPG 撮影に取り組む姿勢は厳しかったものの、人間味があり、現場の雰囲気づくり、現場をまとめ上げることが非常に上手だった人のようで、そうでなければ、あのような多くの人手と才能を要する特撮作品を幾つも作ることは出来なかっただろうし、そのことからすれば、そうした人柄は想像に難くないにしても、ともかくエピソードに事欠かない人物だなあと。 

 "ゴジラ"制作の頃のエピソードが特に面白く、監督の本多猪四郎によれば、初代"ゴジラ"は生ゴム加工で大変な重量であり、完成していざ歩こうとしたゴジラは5㎝角の木材に足を引っ掛けてその場にドウと倒れたまま、自力で寝返りも打てなかったとのこと、後にゴジラが身軽に動けるようになったのは次々開発された合成樹脂のお蔭だそうですが、トンボを切ったりすることまで出来るようになった分、ゴジラのイメージ自体も軽くなっていた印象があります。

円谷英二 日本映画界に残した遺産11.JPG 円谷英二本人の述懐では、怪獣もののロケハンの際に、銀座のMデパートの屋上に上がり、「新橋のあのあたりに火をつけて銀座の方へ燃え移らせよう」とか打ち合わせしていたところ、一階の出口でストップをかけられ不審尋問を受けた(昭和37年4月、毎日新聞)というのは可笑しいです。

 怪獣好きな東北の少年が交通事故で死んだ時、涙を流して小さな怪獣を作って仏壇に置く歌というスクリプターの証言は泣けるなあ。

 国際線の機中で、乗客簿を見て、ゴジラを作った有名なミスター・ツブラヤが乗っていると知った機長が挨拶に来て、ゴジラファンである子供のためにとせがまれスチールにサインしたら、男の子二人で喧嘩すると困るからもう一枚サインして貰えないかとねだられたとか―写真も楽しいけれど、エピソードも楽しい一冊です。

 因みに、本書は長らくの間、古本市場でもそれほど数が出回らないためプレミア価格になっていましたが、2001年に円谷英二生誕100年を記念して復刻されています。

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ディズニー・アニメ中心で、作品の選抜基準がかなり恣意的。内容の割には値段が高すぎる。
世界アニメーション歴史事典.jpg 1世界アニメーション歴史事典』.png 
世界アニメーション歴史事典』 (2012/09 ゆまに書房)(26.2 x 23.8 x 3.8 cm)

 100年にわたるアニメーションの歴史を、図版と解説とで紹介したアニメの歴史事典で、アニメ映画だけでなく、テレビ番組、ゲーム、インディペンデント系映画、インターネットのアニメにいたるまでフォローした、定価8,500円の豪華本です(重い!)

 年代順に整理されていて分かりやすく、何よりも図版の配置が贅沢。その分、400頁余というページ数の割には、取り上げられている作品数に制約があり、観て楽しむ分にはいいですが、「事典」としてはどうかなという思いも。

ファンタジア.JPG 掲載されているアニメ数は700余点とのことですが、芸術アニメからディズニーの大ヒットアニメまでカバーしている分、それぞれの分野で抜け落ちを多いような気もして、作品の選抜にやや恣意性を感じました。

 日本のアニメは、「白蛇伝」('58年)が片面で小さく図版が入っているのみなのに対し、「AKIRA」('88年)が見開き両面に図版を入れての紹介、映画「ファイナルファンタジー」が片面図版入りなのに対し、「鉄腕アトム」('63年)や「千と千尋の神隠し」('01年)が、まるで邦訳版のために後から加えたかのように、図版無しの簡単な文章のみの紹介となっています(これらも、"700余点"にカウントされているのか)。

ファンタジア01.png 「ファンタジア」('41年、日本公開'55年)の見開き4ページにわたる紹介を筆頭に(これ、確かに名作ではある。本書にも紹介されている「ネオ・ファンタジア」('76年/伊)の方が大人向きの芸術アニメで、「ファンタジア」1世界アニメーション歴史事典f.pngがレオポルド・ストコフスキーならば「ネオ・ファンタジア」の方はヘルベルト・フォン・カラヤンで迫るが、「ネオ・ファンタジア」は「ファンタジア」より35年も後に作られた作品にしては残念ながらはアニメーション部分がイマイチ)、本書全体としてかなりディズニー偏重ではないかと思われ、イギリス映画である「イエロー・サブマリン」('68年/英)なども制作の経緯が結構詳しく記されているけれども、それらも含め米国においてメジャーであるかどうかという視座が色濃いとも言えます。

1世界アニメーション歴史事典y.png 個人的には「イエロー・サブマリンン」は、「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」('64年/英)、「ヘルプ!4人はアイドル」('65年/英)などとの併映で名画座で観ましたが、いつごろのことか記憶にありません。劇場(ロードショー)公開当初はそれほど話題にならなかったといいますが、今思えば、日本の70年代ポップカルチャーに与えた影響は大きかったかも。イラストレーターの伊坂芳太良なんて、影響を受けた一人では?(この人、1970年には亡くなっているが)。

 もちろんディズニー・アニメは歴史的にも先駆的であり、「白雪姫」('37年、日本公開'50年)はディズニーの最初の「長編カラー」アニメーションですが、1937年の作品だと思うとやはりスゴイなあと思うし、個人的には自分の子供時代の弁当箱の図柄だった「ダンボ」('41年、日本公開'54年)にも思い入れはあるし(「ダンボ」は1947年・第2回カンヌ国際映画祭「アニメーション賞」受賞作)、「ファンタジア」のDVDなどは大型書店に行けば児童書のコナーで簡単に購入できるなど、今も世界的にもメジャーであることは間違いないのですが...。自分の子供時代に関して言えば、「ダンボ」は劇場で観たけれど、「ファンタジア」は観なかったなあ(リヴァイバルされる機会が少なかったのかも)。今観ても、「ファンタジア」はどこよなく"情操教育"っぽい雰囲気が無きにしもあらずで、個人的に懐かしい「ダンボ」の方がやや好みか。

 冒頭の地域別アニメ史の要約は「北米」「西欧」「ロシア・東欧」「アジア」という区分になっていますが、本文中ではアメリカがやはり圧倒的に多いです(著者のスティーヴン・キャヴァリアは、アニメ制作キャリア20年の英国人で、ディズニーの監督もしたことがあるとのことだが、何という作品を監督したのかよく分からない)。

雪の女王.jpg 芸術アニメに関して言えば、アレクサンドル・ペドロフの「老人と海」('99年/露・カナダ・日)は紹介されていますが、山村浩二監督の「頭山」('02年)は無く(加藤久仁生監督の「つみきのいえ」('08年)はある)、伝統的に芸術アニメの先進国であるチェコの作品などは、カレル・ゼーマンの「悪魔の発明」('58年)は入っていますが「水玉の幻想」('48年)などは入っておらず、ロシアの作品は、雪の女王 dvd.jpg「イワンと仔馬」('47年)は図版無しの文章のみの紹介で、「雪の女王」('57年)に至っては「イワンと仔馬」の解説文の中でその名が出てくるのみ、同じく、ユーリ・ノルシュテインの「霧の中のハリネズミ(霧につつまれたハリネズミ)」('75年)も、日本でも絵本にまでなっているくらい有名な作品ですが、「話の話」('79年)の解説文の中でその名が出てくるのみで、その「話の話」の図版さえもありません(「話の話」が「霧の中のハリネズミ」の"続編"として作られたと書いてあるが、それぞれ別作品ではないか)。これでは日本人だけでなく、東欧人やロシア人の自国のアニメを愛するファンも怒ってしまうのでは?

1ロジャー・ラビット.png ロバート・ゼメキス監督の「ロジャー・ラビット」('88年)のような「実写+アニメーション合成作品」も取り上げられていますが、確かにアカデミー視覚効果賞などを受賞していて、合成技術はなかなかののものと当時は思われたものの、合成を見せるためだけの映画になっている印象もあり、キャラクターが飛び跳ねてばかりいて観ていて落ち着かない...まあ、アメリカのトゥーン(アニメーションキャラクター)の典型的な動きなのだろうけれど、これもまたディズニー作品。但し、この作品以降、「リジー・マグワイア・ムービー」('03年)まで15年間、ディズニーは実写+アニメーション合成作品を作らなかったことになります(最も最近の実写+アニメーション合成作は「魔法にかけられて」('07年))。まあ、実写とアニメの合成は、作品全体のごく一部分としてならば、ジーン・ケリーがアニメ合成でトム&ジェリーと踊る「錨を上げて」('45年/米)の頃からあるわけだけれど。

 結果的には、アメリカのアニメ史、特にディズニー・アニメに絞って追っていく分にはいい本かも(と思ったら、版元の口上にも、「ディズニー主要作品も網羅した本格的な初のアニメファン必備書」とあった)。個人的には、懐かしいアニメもありましたが、一つ一つの作品解説がそう詳しいわけでもなく(但し、制作の裏話などではトリビアなエピソードも多くあったりする)、むしろアメリカ・アニメ史の中でのそれら作品の位置づけを確認できる、といった程度でしょう。内容的に見て、事典と言うより個人の著書の色合いが濃く、買うには値段が高すぎる本でした。


FANTASIA 1941.jpgファンタジア dvd.jpg「ファンタジア」●原題:FANTASIA●制作年:1940年●制作国:アメリカ●監督:ベン・シャープスティーン●製作:ウォルト・ディズニー●脚本:ジョー・グラント/ディック・ヒューマー●音楽:チャイコフスキー/ムソルグスキー/ストラヴィンスキー/ベートーヴェン/ポンキェッリ/バッハ/デュカース/シューベルト(レオポルド・ストコフスキー指揮、フィラデルフィア管弦楽団演奏)●時間:オリジナル125分/1942年リバイバル版81分/1990年リリース版115分●出演:ディームス・テーラー/レオポルド・ストコフスキー●日本公開:1955/09●配給:RKO=大映(評価:★★★☆)ファンタジア [DVD]

ネオ・ファンタジア dvd.jpg「ネオ・ファンタジア」●原題:ALLEGRO NON TROPPO●制作年:1976年●制作国:イタリア●監督・製作:ブルーノ・ボツェット●脚本:ブルーノ・ボツェット/グイド・マヌリ/マウリツィオ・ニケッティ●アニメーション:アニメーション:ギゼップ・ラガナ/ウォルター・キャバゼッティ/ジョバンニ・フェラーリ/ジャンカルロ・セレダ/ジョルジョ・バレンティニ/グイド・マヌリ/パオロ・アルビコッコ/ジョルジョ・フォーランニ●実写撮影:マリオ・マシーニ●音楽:ドビュッシー/ドヴォルザーク/ラヴェル/シベリウス/ヴィヴァルディ/ストラヴィンスキー(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、フィラデルフィアベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)●時間:85分●出演:マウリツィオ・ニケッティ/ネストール・ガレイ/マウリツィオ・ミケーリ/マリア・ルイーザ・ジョヴァンニーニ●日本公開:1980/01●配給:アート・フォーラム●最初に観た場所:池袋文芸坐(82-03-21)(評価:★★★)●併映:「天井桟敷の人々」(マルセル・カルネ)ネオ・ファンタジア [DVD]

白雪姫 dvd.jpg「白雪姫」●原題:SNOW WHITE AND THE SEVEN DWARFS●制作年:1937年●制作国:アメリカ●監督:デイヴィッド・ハンド●製作:ウォルト・ディズニー●脚本:テッド・シアーズ/オットー・イングランダー/ アール・ハード/ドロシー・アン・ブランク/ リチャード・クリードン/メリル・デ・マリス/ディック・リカード/ウェッブ・スミス●撮影:ボブ・ブロートン●音楽:フランク・チャーチル/レイ・ハーライン/ポール・J・スミス●原作:グリム兄弟●時間:83分●声の出演:アドリアナ・カセロッティハリー・ストックウェル/ルシール・ラ・バーン/ロイ・アトウェル/ピント・コルヴィグ/ビリー・ギルバート/スコッティ・マットロー/オーティス・ハーラン/エディ・コリンズ●日本公開:1950/09●配給:RKO(評価:★★★★)白雪姫 スペシャル・エディション [DVD]

ダンボ dvd.jpgダンボ 1941.jpg「ダンボ」●原題:DUMBO●制作年:1941年●制作国:アメリカ●監督:ベン・シャープスティーン●製作:ウォルト・ディズニー●脚本:ジョー・グラント/ディック・ヒューマー/ビル・ピート/オーリー・バタグリア/ジョー・リナルディ/ジョージ・スターリング/ウェッブ・スミス/オットー・イングランダー●音楽:オリバー・ウォレス/フランク・チャーチル●撮影:ボブ・ブロートン●原作:ヘレン・アバーソン/ハロルド・パール●時間:64分●声の出演:エド・ブロフィ/ハーマン・ビング●日本公開:1954/03●配給:RKO=大映(評価:★★★★)ダンボ スペシャル・エディション [DVD]

イエロー・サブマリン dvd.jpgイエロー・サブマリン.jpg「イエロー・サブマリン」●原題:YELLOW SUBMARINE●制作年:1968年●制作国:イギリス●監督:ジョージ・ダニング/ジャック・ストークス●製作:アル・ブロダックス●撮影:ジョン・ウィリアムズ●編集:ブライアン・J・ビショップ●時間:90分●出演:(アニメ画像として)ザ・ビートルズ(ジョン・レノン/ポール・マッカートニー/ジョージ・ハリスン/リンゴ・スター)●日本公開:1969/07●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(07-08-28)(評価:★★★☆)
イエロー・サブマリン [DVD]

ロジャー・ラビット dvd.jpg「ロジャー・ラビット」●原題:WHO FRAMED ROGER RABBIT●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ゼメキス●アニメーション監督:リチャード・ウィリアムス●製作:フランク・マーシャル/ロバート・ワッツ●脚本:ジェフリー・プライス/ピーター・シーマン●撮影:ディーン・カンディ●音楽:アラン・シルヴェストリ●原作:ゲイリー・K・ウルフ●時間:113分●出演:デボブ・ホスキンス/クリストファー・ロイド/ジョアンナ・キャシディ/スタッビー・ケイ/アラン・ティルバーン/リチャード・ルパーメンティア●日本公開:1988/12●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:渋谷スカラ座(88-12-04)(評価:★★)ロジャー・ラビット [DVD]
渋谷東宝会館2.jpg渋谷スカラ座 渋谷東宝会館4階(1階は渋谷東宝劇場)。1989年2月26日閉館。1991年7月6日、跡地に渋東シネタワーが開館。


錨を上げて アニメ.jpg「錨を上げて」●原題:ANCHORS AWEIGH●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・シド錨を上げて.jpgテアトル新宿.jpgニー●製作:ジョー・パスターナク●脚本:イソベル・レナート●撮影:ロバート・プランク/チャールズ・P・ボイル●音楽監督:ジョージー・ストール●原作:ナタリー・マーシン●時間:140分●出演:フランク・シナトラ/キャスリン・グレイソン/ジーン・ケリー/ホセ・イタービ /ディーン・ストックウェル●日本公開:1953/07●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:テアトル新宿(85-10-19)

老人と海(99年公開).jpgアニメーション「The Old Man and the Sea(老人と海)」 by Alexandre Petrov(アレクサンドル・ペトロフ) 1999.jpg 「老人と海」●原題:THE OLD MAN AND THE SEA●制作年:1999年●制作国:ロシア/カナダ/日本●監督・脚本:アレクサンドル・ペドロフ/和田敏克●製作:ベルナード・ラジョア/島村達夫●撮影:セルゲイ・レシェトニコフ●音楽:ノーマンド・ロジャー●原作:アーネスト・ヘミングウェイ●時間:23分●日本公開:1999/06●配給:IMAGICA●最初に観た場所:東京アイマックス・シアター (99‐06‐16) (評価★★★☆)●併映:「ヘミングウェイ・ポートレイト」(アレクサンドル・ペトロフ)●アニメーション老人と海 [DVD]」('99年/ロシア/カナダ/日本)

雪の女王 dvd.jpg「雪の女王」●原題:Снежная королев(スニェージナヤ・カラリェバ)●制作年:1957年●制作国:ソ連●監督:レフ・アタマノフ●脚本:レフ・アタマノフ/G・グレブネル/N・エルドマン●音楽:A.アイヴァジャン●原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン●時間:63分●声の出演:Y.ジェイモー/A.カマローワ/M.ババノーワ/G.コナーヒナ/V.グリプコーフ●公開:1960/01/1993/08 ●配給:NHK/日本海映画●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-01-14)(評価:★★★★)●併映:「せむしの仔馬」(イワノフ・ワーノ)

雪の女王 [DVD]」('57年/ソ連)


霧の中のハリネズミ.jpg「霧の中のハリネズミ(霧につつまれた霧の中のハリネズミ 1.jpgユーリ・ノルシュテイン作品集.jpgハリネズミ)」●原題:Ёжик в тумане / Yozhik v tumane●制作年:1975年●制作国:ソ連●監督:ユーリイ・ノルシュテイン●脚本:セルゲイ・コズロフ●音楽:ミハイール・メイェローヴィチ●撮影:ナジェージダ・トレシュチョーヴァ●原作:セルゲイ・コズロフ●時間:10分29秒●声の出演:アレクセーイ・バターロフ/マリヤ・ヴィノグラドヴァ/ヴャチェスラーフ・ネヴィーヌィイ●公開:2004/07(1988/10 ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント【VHS】)●配給:ふゅーじょんぷろだくと=ラピュタ阿佐ヶ谷(評価:★★★★)

ユーリ・ノルシュテイン作品集 [DVD]

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