【1834】 ○ 孫崎 享 『日本の国境問題―尖閣・竹島・北方領土』 (2011/05 ちくま新書) ★★★☆

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批判もある本だが、尖閣・竹島・北方領土問題に関する基礎知識を得るうえでは参考になった。

日本の国境問題1.jpg 日本の国境問題2.jpg 中国のレーダー照射.jpg「レーダー照射で中国外務省"知らなかった"?」
日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 (ちくま新書)』 中国外務省 華春瑩報道官(TBS NEWS/2013年2月6日)

 元外務省国際情報局長による本で、2010年以降、尖閣諸島で日中関係が緊迫して以来、尖閣・竹島・北方領土問題を巡る本が多く刊行された中で、実際に外交に携わってきた元官僚であり、その道の"権威"とされている人のものであるだけに、最もよく読まれた本の一冊ではないかと思われます。

 一方向的なナショナリズムの視点を離れて、相手国の視点も取り入れ冷静に国境問題の歴史的経緯を明らかにしてい ますが、その分、「尖閣についての中国側の主張を著者はそのまま肯定していて呆れてしまった」などと著者を"売国奴"呼ばわりするような批判も多く寄せられているようです。

 著者は以前からtwitterで、本書に書かれている内容を断片的に発信しており、その時から著者に対する批判もあって、ネット上で語調の強い遣り取りも見られましたが、本書においては冷静に歴史を見直し、解決に向けての道筋を見出そうとする姿勢が窺えたようにも思います。

 個人的には、竹島に関して日本古来の領土だと思っていたのが、本書を読んで若干認識が変わりましたが、例えば「竹島は米国地名委員会が韓国領と決定した」ことなどをもってきていることに対しても、一委員会の決定を引いてくるなど恣意的な資料抽出方法であり、中国におもねる姿勢がけしからん、との批判があるようです。

 但し、本書は一応そうした批判にも応えるような内容になっているように思われ、論拠の援用が"恣意的"であるかどうかということになると、もう素人レベルでは判断しようがないような気もします(著者はこの道の専門家中の専門家なんでしょ。結局、twitterでの著者への匿名攻撃がネット上のブックレビューで繰り返されているだけのようにも思う)。

 冒頭に、尖閣・竹島・北方領土問題の紛争では実際にアメリカが軍事介入する可能性はほぼない―日米安保は日本の施政下になければ適用されないため、これらは紛争の対象外となる、と述べていて、まあ、大方そうであろうし、経済面で相互に大きな恩恵を蒙っている日本と中国が戦争になる可能性も低いように思います。

 仮にそうした兆しがあるとすれば、それは、著者も様々な国際紛争の歴史の経緯を振り返ったうえで指摘するように、国際紛争を緊張させることによって国内的基盤を強化しようとする人物が現れた時でしょう。ネット右翼などがそうした人物を待望したり焚き付けたりする分には大したことないと思うけけれど、戦争によって利益を得ようとするグループが台頭してきたりするとマズいかも。

 興味深かったのは、尖閣問題は「棚上げ」とすることでの日中合意が、国交回復時の周恩来からその後の鄧小平へと引き継がれてきたのを、いま日本政府が「尖閣列島に日本古来の領土であり、国境問題は存在しない」と言うことは(竹島・北方領土については韓国・ロシアが同じようなことを言っているわけだが)、即ち先の「棚上げ」合意の否定であり、実はこれが中国の軍部や右派(ナショナリズム)勢力にとっては望むところであり、周恩来、鄧小平ら過去のカリスマ指導者の呪縛から解き放たれて、当該地域での軍事行動についての国民世論の賛同を得やすくなるという指摘でした。

中国のレーダー照射2.jpg 今回の中国艦船による「レーダー照射事件」などは、まさにその勢いでやったという印象。「照射しただけでしょう。戦争にはなりませんよ」「正当な私たちの国家の防衛的行動だと思います」という"北京市民の声"が報じられています。
 一方で、本書にもあるように、中国には日本との経済的互恵を優先して考えるグループがあるのも事実であり、中国も一枚岩どころか"三枚岩"状況みたいです。
「中国艦船が海自護衛艦にレーダー照射」2013年2月5日 17時50分 NHKニュース

 それにしても中国当局は軍部を末端まで統制しきれていないのか。中国外務省報道官の記者会見での「この問題については関連部門に聞いてください」とのコメントには、いつもの開き直りとは別に、歯切れの悪さが滲んでいました。著者は今回の事件について「一番大切なのは考えなければならないのは、軍事的な解決手段はないと分かるべき。どういうように紛争をエスカレートさせないか考える時期と思う。『なめられた』『なめられない』で国際関係を判断すると大変危険」であるとコメントしています。

 本書を読むと、そもそも国境というのは戦争や紛争の歴史と共に揺らいでおり、"古来の領土"というもの自体が、必ずしもそうハッキリ言えるものでもなかったりするということが分かり、もちろん外交交渉を通して国としての主張はしていかなければならないけれど、例えば対中国との交渉がその最たる留意事項になりますが、軍事的に対抗するという選択肢はないという前提に立ったうえでのそれであるべきかと思いました。

 では、どうすればよいかということについての提言も本書末尾に「九つの平和的手段」が挙げられていて、但し、やや抽象的で、類書のレベルを超えるものではなかったという印象を受けましたが、全体を通して、尖閣・竹島・北方領土を巡る国境問題に関する基礎知識を得るうえでは参考になった本でした。

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