2013年2月 Archives

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ピロスマニの人と生涯、その作品を思い入れたっぷりに解説。作品集と併せて読むのにいい。

放浪の画家ニコ・ピロスマニ2.jpg   ニコ・ピロスマニ 1862‐1918.jpg(29.8 x 21.2 x 3 cm) ピロスマニ dvd.jpg
放浪の画家 ニコ・ピロスマニ』 作品集『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』  「ピロスマニ [DVD]

ニコ・ピロスマニ 1862‐19183664.JPG 「百万本のバラ」という歌のモデルとして以前から知られ、更に、ゲオルギー・シェンゲラーヤ(Georgy Shengelaya)監督の映画「ピロスマニ」('69年/グルジア共和国)で広く知られるようになった画家ニコ・ピロスマニ(Niko Pirosmani、1862-1918)について、岩波ホールに入社してこの映画の公開に携わり、岩波ホールの企画・広報の仕事をしながら、自らの創作絵本を発表、絵本の背景にピロスマニの絵画イメージを用いるなどして国際的な絵本画家の賞をも受賞している著者が、ピロスマニを生んだグルジアという国の歴史と文化、ピロスマニの人と生涯、その作品について解説した本であり、また、そうした著者であるだけに、ピロスマニに対する思い入れに満ちた本でもあります。

作品集『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』より

 本書によれば、ピロスマニは、貧しいながらも家族の愛に包まれた幼年時代を送っていたようですが、これもその作品からの想像であり、8歳で孤児になったから後の少年時代がどのようであったかはよく分かっていないらしいです(そもそも生まれた年も不確か)。絵を描くことにのみ生きがいを見出し、一つの仕事に長くとどまることが出来ず、20代半ばで路上で一人になってからは、生涯を通して殆ど放浪生活のような暮らしを送り、その間、気分の高揚と沈滞を繰り返していたようです。

 放浪の先々で、居酒屋など絵を描いて(時に看板なども描いて)収入を得て暮らし(画材も絵具も店の人が買い与えていたりしたらしい)、生涯に描いた作品は2000点以上と言われているけれど、現存が確認されているものは200点余りに過ぎず、一方、グルジアの古い料理店などに行くと、今でも彼の作品があったりするらしいですが、ピロスマニの絵は、グルジアの人々にとっては精神文化的な支えになっているとのことです(ピロスマニの肖像と共に紙幣のデザインにもなっている)。

ピロスマニ3654.JPG 本書の後半は、彼の作品ひとつひとつの作品の解説になっていて、アンリ・ルソーに近いとされたり、"へたうま"などと言われる彼の作品ですが、この部分を読むと、彼の孤独な人生を投射させつつ、グルジアの土地と文化もしっかり反映させたオリジナリティ性の高い作品群であることが窺えます(著者は、作風としてはルオーの絵画やイコンに描かれる宗教画に近いとも)。

ニコ・ピロスマニ 1862‐19183658.JPG 作品集としては、本書にも紹介されている『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』('08年/文遊社)が定番でしょうか。カラー図版で189点収録、ということは、存が確認されている217点のほぼ9割近くを網羅していることになり、1頁に複数の作品は載せないという贅沢な作りです。

ニコ・ピロスマニ 1862‐1918_3660.JPG 動物画が多く、次に多いのが「女優マルガリータ」のような単独人物という印象ですが、宴会の模様を描いたり、静物を描いたりと題材は豊富、人物を描いたものは、グルジアの民族衣装を着ているなど、土地の文化を色濃く反映しているのがむしろ共通の特徴でしょうか。
 巻末に寄せられている解説やエッセイも15本と豊富で(その中には著者のものある)、但し、この作品集を鑑賞するにしても、やはり併せて本書も読むといいのではないかと思います。

ピロスマニ ポスター.jpgPIROSUMANI .jpg 映画「ピロスマニ」では、祭りの日なのに暗い納屋で横たわっているピロスマニを見つけた知人が「何してる」と問うと、「これから死ぬところだ」と答えたラストが印象的でしたが、実際、彼の最期は衰弱死に近いものだったらしいく、但し、病院にそれらしき男が担ぎ込まれて数日後に亡くなった記録があるものの、それが本当に彼だったかどうかは分からないらしいです(酒を愛したというイメージがあるが、一般に流布している大酒飲みだったという印象に反して、それほどの酒飲みでもなかったという証言もあるという)。

岩波ホール 公開時パンフレット/輸入版ポスター

ピロスマニ 映画1.jpg 映画「ピロスマニ」は、ピロスマニの作品をその人生に重ねる手法をとっており(グルジアの民族音楽もふんだんに組み込まれているが、最初観た当時は無国籍っぽい印象も受けた)、孤高と清貧の芸術家を描いた優れた伝記映画でしたが、正直、普通の凡人にこんな生活は送れないなあと思ったりもして...(だからこそ、この映画を観て憧憬のような感情を抱くのかもしれない)。この作品は、陶芸家の女性に薦められて観ました。

高野悦子.jpg 日本では上映されることの少ないこうした名画を世に送り続けてきた岩波ホール支配人の高野悦子氏が今月('13年2月)9日に亡くなり、謹んでご冥福をお祈りします。この「ピロスマニ」は、エキプ・ド・シネマがスタートして5年目、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「家族の肖像」の1つ前に公開されましたが、「家族の肖像」の大ヒットした陰で当時はあまり話題にならなかったように思います(その後、ピロスマニ展などが日本でも開かれ、映画の方も改めて注目されるようになった)。

 映画を観て思うに、精神医学的に見ると、ピロスマニという人は統合失調質(シゾイド・タイプ)のようにも思えます。このタイプの人は、無欲で孤独な人生を送ることが多いそうで、病跡学のテキストではよく哲学者のヴィトゲンシュタインが例として挙げられたりしていましたが、ヴィトゲンシュタインの伝記を読むと、親しい友人もいて、その家族とも長期に渡って親しく付き合っていたらしく、どちらかと言うと、自分の頭の中では、ピロスマニの方がよりこの「シゾイド・タイプ」に当て嵌まるような気がしました。

放浪の画家ピロスマニ52.jpg放浪の画家ピロスマニ2.jpg「ピロスマニ(放浪の画家ピロスマニ)」●原題:PIROSUMANI●制作年:1969年●制作国:グルジア共和国●監督:ゲオルギー・シェンゲラーヤ●脚本:エルロム・アフヴレジアニ/ゲオルギー・シェンゲラーヤ●撮影:コンスタンチン・アプリャチン●音楽:V・クヒアニーゼ●時間:87分●出演:アフタンジル・ワラジ(Pirosmani)/アッラ・ミンチン (Margarita)/ニーノ・「ピロスマ二」ポスター.jpgセトゥリーゼ/マリャ・グワラマーゼ/ボリス・ツィプリヤ/ダヴィ岩波ホール.jpg岩波ホール 入口.jpgッド・アバシーゼ/ズラブ・カピアニーゼ/テモ・ペリーゼス/ボリス・ツィプリヤ ●日本公開:1978/09●配給:日本海映画=エキプ・ド・シネマ●最初に観た場所:岩波ホール(78-10-18)(評価:★★★★)
岩波ホール 1968年2月9日オープン、1972年2月12日、エキプ・ド・シネマスタート(以後、主に映画館として利用される)2022年7月29日閉館

「岩波ホール」閉館(2022.7.29)
「岩波ホール」閉館.jpg

2015年11月、37年ぶりにデジタルリマスター&グルジア語オリジナル版で岩波ホールにて劇場公開(邦題:「放浪の画家ピロスマニ」、監督クレジット:ギオルギ・シェンゲラヤ)
「放浪の画家ピロスマニ」ポスター01.jpg

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会津の奥羽戦争敗因分析が中心だが、ドラマよりも歴史小説(企業小説?)みたいで面白かった。

八重と会津落城.jpg    山本八重(綾瀬はるか).jpg 山本覚馬(西島秀俊).jpg
八重と会津落城 (PHP新書)』   NHK大河ドラマ「八重の桜」 山本八重(綾瀬はるか)/山本覚馬(西島秀俊)

NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 八重の桜.jpg 今年('13年)のNHK大河ドラマ「八重の桜」は、東日本大震災で被災した東北地方の復興を支援する意図から、当初予定していた番組企画に代わってドラマ化されることになったとのこと。本書は一応は「八重と会津落城」というタイトルになっていますが、前3分の2は「八重の桜」の主人公・山本八重は殆ど登場せず、会津藩が幕末の動乱の中で奥羽越列藩同盟の一員として薩長政権と対峙し、会津戦争に追い込まれていくまでが時系列で描かれています。

NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 八重の桜 (NHKシリーズ)

 この部分が歴史小説を読むように面白く読め、福島の地元テレビ局の報道制作局長から歴史作家に転じた著者が長年にわたって深耕してきたテーマということもありますが、歴史作家としての語り口がしっくりきました。

 1862(文久2)年に会津藩の第9代藩主である松平容保(かたもり)が京都守護職に就任するところから物語は始まりますが、著者によればこれがそもそもの会津藩の悲劇の始まりだったとのことで、1866(慶応2)年に薩長同盟が結ばれ、第2次長州征討に敗れた幕府の権力が弱体化する中、公武合体論支持だった孝明天皇が急死して、いよいよ追い詰められた徳川慶喜は大政奉還で窮地を乗り切ろうとします。しかし、慶喜が思っていたような解決は見ることなく、王政復古、新政府樹立、鳥羽・伏見の戦いでの旧幕府軍の惨敗、戊辰戦争と、幕府崩壊及び明治維新へ向けて時代は転がるように変遷して行きます。

『よみなおし戊辰戦争.jpg 松平容保が京都守護職の辞任を申し出て叶わず、容保と会津藩士が京都に残留したことで、「官軍」を名乗った薩長から見て「賊軍」とされてしまったのが会津藩の次なる悲劇でした(本書では「官軍」という言葉を使わず、敢えて「薩長連合軍」としている。著者は以前から、この時日本には2つの政府があったという捉え方をしており、「新政府軍・反政府軍」や「官軍・賊軍」といった表現は正しくないとしている。このあたりは同著者の『よみなおし戊辰戦争―幕末の東西対立 (ちくま新書)』('01年/ちくま新書)に詳しく、こちらもお薦め)。元々幕府寄りであった会津藩ではあるけれど、会津城に籠城して落城するまで戦った会津戦争という結末は、幕府への忠義を貫き通したという面もあるにしても、薩長から一方的に「賊軍」にされてしまった、こうした流れの延長にあったともとれるのではないかと思います(つまり、「賊軍」の汚名を雪がんとしたために、最後まで戦うことになったと)。

八重の桜0.jpg 八重が本書で本格的に登場するのは、その会津城での最後の籠城戦からで、時局の流れからも会津藩にとってはそもそも絶望的な戦いでしたが、それでも著者をして「『百人の八重』がいたら、敵軍に大打撃を与え壊滅させることも不可能ではなかった」と言わしめるほどに八重は大活躍をし、また、他の会津の女性達も、城を守って、炊事や食料調達、負傷者の看護、戦闘に至るまで、男以上の働きをしたようです。
「八重の桜」山本八重(綾瀬はるか)

 但し、本書では、会津藩がこうした事態に至るまでのその要因である、奥羽越列藩同盟のリーダー格であるはずの仙台藩のリーダーシップの無さ、そして何よりも会津藩そのものの戦略・戦術の無さを描くことが主たる狙いとなっている印象で、それは、戊辰戦争での戦略ミス、奥州他藩との交渉戦略ミス、そして奥羽戦争での度重なるミスなどの具体的指摘を通して次々と浮き彫りにされています(詰まる所、会津藩のやることはミスの連続で、悉く裏目に出た)。

八重の桜 西郷頼母.jpg その端的な例が「白河の戦」で戦闘経験も戦略も無い西郷頼母(ドラマでは西田敏行が演じている)を総督に据えて未曾有の惨敗を喫したことであり、後に籠城戦で主導的役割を演じる容保側近の梶原平馬(ドラマでは池内博之が演じている)も以前から西郷頼母のことを好いてなかったというのに、誰が推挙してこういう人事になったのか―その辺りはよく分からないらしいけれど(著者は、人材不足から梶原平馬が敢えて逆手を打った可能性もあるとしているが)、参謀が誰も主君を諌めなかったのは確か(ちょうどその頃会津にいた新撰組の土方歳三を起用したら、また違った展開になったかもーというのが、歴史に「もし」は無いにしても、想像を掻き立てる)。
「八重の桜」西郷頼母(西田敏行)

八重の桜 松平容保.jpg しかも、その惨敗を喫した西郷頼母への藩からの咎めは一切なく、松平容保(ドラマでは綾野剛が演じている)はドラマでは藩士ばかりでなく領民たちからも尊敬を集め、「至誠」を貫いた悲劇の人として描かれてる印象ですが、こうした信賞必罰の甘さ、優柔不断さが会津藩に悲劇をもたらしたと言えるかも―養子とは言え、藩主は藩主だろうに。旧弊な重役陣を御しきれない養子の殿様(企業小説で言えば経営者)といったところでしょうか。本書の方がドラマよりも歴史小説っぽい? いや、企業小説っぽいとも言えるかも。
「八重の桜」松平容保(綾野 剛)

 薩長側にも、参謀として仙台藩に圧力をかけた長州藩の世良修蔵のように、交渉の最中に「奥羽皆敵」「前後から挟撃すべし」との密書を易々(やすやす)相手方に奪われてその怒りを買い、更に、怒った相手方にこれもまた易々殺されて今度は新政府の仙台藩への怒りを喚起し、結局、鎮撫するはずが奥羽戦争のトリガーとなってしまったような不出来な人物もいるし、逆に会津藩にも、新国家の青写真を描いた「管見」を新政府に建白し、岩倉具視、西郷隆盛たちから高く評価された山本覚馬(八重の兄)のような出来た人物もいたことも、忘れてはならないように思います。

 本書でも少しだけ登場する長岡藩の河井継之助は、司馬遼太郎の長編小説『峠』の主人公であり、この小説を読むと、長岡藩から見た奥羽列藩同盟並びに奥羽戦争に至る経緯がよく窺えます(河井継之助も山本覚馬同様、進取の気質と先見の明に富む人物だったが、北越戦争による負傷のため41歳で亡くなった。明治半ばまで生きた松平容保や山本覚馬よりも、こちらの方が悲劇的か)。

「八重の桜」大垣屋清八(松方弘樹)―会津を支える京都商人の顔役/八重の母・山本佐久(風吹ジュン
八重の桜.jpg「八重の桜」松方2.jpg0八重の桜 風吹.jpg「八重の桜」●演出:加藤拓/一木正恵●制作統括:内藤愼介●作:山本むつみ●テーマ音楽:坂本龍一●音楽:中島ノブユキ●出演:綾瀬はるか/西島秀俊/風吹ジュン/松重豊/長谷川京子/戸田昌宏/山野海/工藤阿須加/綾野剛/稲森いずみ/中村梅之助/中西美帆/西田敏行/宮崎美子/玉山鉄二/山本圭/秋吉久美子/勝「八重の桜」 1.jpg地涼/津嘉山正種/斎藤工/芦名星/佐藤B作/風間杜夫/中村獅童/六平直政/池内博之/宮下順子/黒木メイサ/剛力彩芽/小泉孝太郎/榎木孝明/生瀬勝久/吉川晃司/反町隆史/林与一/小栗旬/及川光博/須賀貴匡/加藤雅也/伊吹吾郎/村上弘明/長谷川博己/オダギリジョー/奥田瑛二/市川染五郎/神尾佑/村上淳/松方弘樹/谷村美月●放映:2013/01~12(全50回)●放送局:NHK

『八重の桜』出演者発表会見.jpg「八重の桜」出演者発表会見
(前列左から)白羽ゆり、小泉孝太郎、秋吉久美子、主演の綾瀬はるか、小堺一機、芦名星、(後列左から)生瀬勝久、加藤雅也、村上弘明、吉川晃司、反町隆史

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批判もある本だが、尖閣・竹島・北方領土問題に関する基礎知識を得るうえでは参考になった。

日本の国境問題1.jpg 日本の国境問題2.jpg 中国のレーダー照射.jpg「レーダー照射で中国外務省"知らなかった"?」
日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 (ちくま新書)』 中国外務省 華春瑩報道官(TBS NEWS/2013年2月6日)

 元外務省国際情報局長による本で、2010年以降、尖閣諸島で日中関係が緊迫して以来、尖閣・竹島・北方領土問題を巡る本が多く刊行された中で、実際に外交に携わってきた元官僚であり、その道の"権威"とされている人のものであるだけに、最もよく読まれた本の一冊ではないかと思われます。

 一方向的なナショナリズムの視点を離れて、相手国の視点も取り入れ冷静に国境問題の歴史的経緯を明らかにしてい ますが、その分、「尖閣についての中国側の主張を著者はそのまま肯定していて呆れてしまった」などと著者を"売国奴"呼ばわりするような批判も多く寄せられているようです。

 著者は以前からtwitterで、本書に書かれている内容を断片的に発信しており、その時から著者に対する批判もあって、ネット上で語調の強い遣り取りも見られましたが、本書においては冷静に歴史を見直し、解決に向けての道筋を見出そうとする姿勢が窺えたようにも思います。

 個人的には、竹島に関して日本古来の領土だと思っていたのが、本書を読んで若干認識が変わりましたが、例えば「竹島は米国地名委員会が韓国領と決定した」ことなどをもってきていることに対しても、一委員会の決定を引いてくるなど恣意的な資料抽出方法であり、中国におもねる姿勢がけしからん、との批判があるようです。

 但し、本書は一応そうした批判にも応えるような内容になっているように思われ、論拠の援用が"恣意的"であるかどうかということになると、もう素人レベルでは判断しようがないような気もします(著者はこの道の専門家中の専門家なんでしょ。結局、twitterでの著者への匿名攻撃がネット上のブックレビューで繰り返されているだけのようにも思う)。

 冒頭に、尖閣・竹島・北方領土問題の紛争では実際にアメリカが軍事介入する可能性はほぼない―日米安保は日本の施政下になければ適用されないため、これらは紛争の対象外となる、と述べていて、まあ、大方そうであろうし、経済面で相互に大きな恩恵を蒙っている日本と中国が戦争になる可能性も低いように思います。

 仮にそうした兆しがあるとすれば、それは、著者も様々な国際紛争の歴史の経緯を振り返ったうえで指摘するように、国際紛争を緊張させることによって国内的基盤を強化しようとする人物が現れた時でしょう。ネット右翼などがそうした人物を待望したり焚き付けたりする分には大したことないと思うけけれど、戦争によって利益を得ようとするグループが台頭してきたりするとマズいかも。

 興味深かったのは、尖閣問題は「棚上げ」とすることでの日中合意が、国交回復時の周恩来からその後の鄧小平へと引き継がれてきたのを、いま日本政府が「尖閣列島に日本古来の領土であり、国境問題は存在しない」と言うことは(竹島・北方領土については韓国・ロシアが同じようなことを言っているわけだが)、即ち先の「棚上げ」合意の否定であり、実はこれが中国の軍部や右派(ナショナリズム)勢力にとっては望むところであり、周恩来、鄧小平ら過去のカリスマ指導者の呪縛から解き放たれて、当該地域での軍事行動についての国民世論の賛同を得やすくなるという指摘でした。

中国のレーダー照射2.jpg 今回の中国艦船による「レーダー照射事件」などは、まさにその勢いでやったという印象。「照射しただけでしょう。戦争にはなりませんよ」「正当な私たちの国家の防衛的行動だと思います」という"北京市民の声"が報じられています。
 一方で、本書にもあるように、中国には日本との経済的互恵を優先して考えるグループがあるのも事実であり、中国も一枚岩どころか"三枚岩"状況みたいです。
「中国艦船が海自護衛艦にレーダー照射」2013年2月5日 17時50分 NHKニュース

 それにしても中国当局は軍部を末端まで統制しきれていないのか。中国外務省報道官の記者会見での「この問題については関連部門に聞いてください」とのコメントには、いつもの開き直りとは別に、歯切れの悪さが滲んでいました。著者は今回の事件について「一番大切なのは考えなければならないのは、軍事的な解決手段はないと分かるべき。どういうように紛争をエスカレートさせないか考える時期と思う。『なめられた』『なめられない』で国際関係を判断すると大変危険」であるとコメントしています。

 本書を読むと、そもそも国境というのは戦争や紛争の歴史と共に揺らいでおり、"古来の領土"というもの自体が、必ずしもそうハッキリ言えるものでもなかったりするということが分かり、もちろん外交交渉を通して国としての主張はしていかなければならないけれど、例えば対中国との交渉がその最たる留意事項になりますが、軍事的に対抗するという選択肢はないという前提に立ったうえでのそれであるべきかと思いました。

 では、どうすればよいかということについての提言も本書末尾に「九つの平和的手段」が挙げられていて、但し、やや抽象的で、類書のレベルを超えるものではなかったという印象を受けましたが、全体を通して、尖閣・竹島・北方領土を巡る国境問題に関する基礎知識を得るうえでは参考になった本でした。

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動物(生物)を体の機能や生態行動ごとにテーマで括って解説。解説も写真も楽しめる。

動物生態大図鑑1.jpg動物生態大図鑑』['11年]動物生態大図鑑 2.jpg
(30.4 x 25.6 x 2.2 cm)
 動物(生物)を通常の分類ごとに分けるのではなく、体の機能や生態行動ごとにテーマで括って分けていて、例えば「血を吸って生きる」というテーマでコウモリと蚊やダニを同じページで紹介したり、「うろこ」というテーマで魚と蛇を紹介している独特な切り口であり、写真も豊富で美しく、見ているだけでも楽しめますが、読んでいてもなかなか面白いと思いました。

動物生態大図鑑2.jpg 例えば「足で歩く」のところでは、ヤスデ(750本の足は動物の中で最も多い)とチーターが一緒に登場したり、「極限の環境に生きる」のところでは、冬眠するヤマネと、400℃に達する海底熱水噴火口に生息するポンペイワームや10年以上も冬眠が可能な微生物のクマムシが一緒に登場するなど、哺乳類や魚類などの脊椎動物から、無脊椎動物や昆虫、更には微生物まで、1つのテーマや切り口の中では同等に扱っている(写真の大きさも)のが斬新です。

 「血を吸って生きる」のところに出てくるマダニは、大人の雌が食事をするのは一生に一度だけで、その1回を終えるのに1週間以上かかり、体重は50倍になってぶどうの粒ぐらいになり、そのまま地面に落ちて卵を産むそうな(何だかウソみたいな話だが、吸血後の腹が巨大化したマダニの写真が出ている)。

 「繁殖」のところでは、雌雄同体でありながらパートナーに精子を与え合うマダラコウラナメクジや、ことが終わったあとに交尾相手の雄を頭から食べ始めるカマキリの雌の写真があります(雄は頭が無くなっても雌の体内に精子を送り続ける!)。

 最終章で、一応分類学上の括りで、無脊椎動物、軟体動物、節足動物、昆虫、脊椎動物(魚類・両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類)のそれぞれの中での分類や代表的な生き物を紹介していて、生物学の"復習"になるとともに、改めて生物の多様性を認識させられました。

動物生態大図鑑 3.jpg 無脊椎動物の一種「扁形動物」で60センチにもなるというウズムシなんて知らなかったし、サナダムシの頭部の写真は怖いなあ。魚類の一種「無顎類」であるヌタウナギって、心臓が4つあるのか―等々、トリビアな記述が満載で、こうした細部の解説も楽しめ、それらにもちゃんと写真が付されています。

 勿論、各章の冒頭や章中にある見開きワイドのダイナミックな生物写真は迫力、美しさ共に圧巻で、章中の写真の一部にピントのずれがあったりしたものもありましたが(大判でしかもコラージュしているため、却ってそれが目につく)、但し、この場合、解像度よりもむしろ生態写真としての価値の方を優先させて掲載しているのでしょう。極小生物ほどよく撮れているように思いましたが、まあ、アリ1匹を大判見開きで見せるなんて普通の図鑑ではやらないことだから、それだけでインパクトがあるのかも。

 解説文中においても「爬虫類」「哺乳類」を「は虫類」「ほ乳類」とせず全て漢字表記にしているのは、この方が読み易くていいと思いました(「雄・雌」も漢字。「蚊」はやっぱり「カ」になってしまうのだが、これは表記の統一上やむを得ないか)。

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古人類の「容貌」模型のリアルさは圧巻。最新知見による解説が人類史へのロマンを駆り立てる。

人類の進化 大図鑑0 - コピー.jpg人類の進化 大図鑑.jpg人類の進化 大図鑑』['12年] 
(30.2 x 25.6 x 2 cm)

 本書は、まず「霊長類」の章で霊長類の現生近縁種を紹介するところから始まり、次の「人類」の章で、人類を系統的に遡って我々の祖先を紹介(この部分が全体の3分の2)、続く「出アフリカ」の章では、初期人類や現生人類がアフリカを出て世界に広がっていった様子を、最終章「狩猟者から農民へ」では、氷河時代の終わりにかけて変化していく人類の生活と、最後には世界各地で興った古代文明の足跡を辿っています。

人類の進化 大図鑑1.jpg 人類進化のストーリーを一般読者が身近に感じられるようにとの狙いから写真・イラスト・図説が充実していて、本書の編集長で英国の科学ジャーナリストであるアリス・メイ・ロバーツ(Alice Roberts)は、医学、解剖学、骨考古学、人類学に精通したサイエンス・コミュニケーターで、BBCの科学番組などにも出演しているとのこと、とりわけ、「人類」の章に出てくる、古生物を専門とする模型作家オランダのアドリー&アルフォンス・ケネス兄弟による、古代人類13体の容貌の精緻な復元モデルは、今にも動き出しそうなほどのリアリティがあります。

 あまりにリアルであるため、頭髪や体毛などに関して本当にここまで解っているのかなあという疑念はありますが、解剖学や遺伝学の最新の研究成果に考古学などの調査データが加味されていて、監修者の馬場悠男氏(現国立科学博物館名誉研究員)もお墨付きを与えているようです。何よりも、これまでの人類学図鑑にはない「見せる力」があります。

 サヘラントロプス・チャデンシスは、現代考古学において最古のヒトとされていますが、本書で見るサヘラントロプスの容貌は、ほとんどどサルみたいに見えます。実際、サヘラントロプスは、ヒトとチンパンジーの最後の共通祖先と同じ時期に生きていましが、人類の系統樹の中の位置づけについてはまだ不明な点が多いそうです。
 サヘラントロプスと併せて、最初に二足歩行した人類として有力視されているオロリン・トゥゲネンシスや、後の人類の祖先である可能性があるアルディピテクス・ガバダ、1992年に発見された「ラミダス猿人」として知られるアルディピテクス・ラミダス、その他、初期のアウストラロピテクス系の人類の化石や最近の研究知見が紹介されています。

人類の進化 大図鑑 アウストラロピテクス.jpg 続いて登場のアウストラロピテクス・アファレンシスは、現生人類(ホモ・サピエンス)が属するヒト属(ホモ属)の祖先ではないかと考えられていますが、これも同じくサルのように見えると言っていいのでは(特に横顔)。しかしながら、生態図(イメージイラスト)をアルディピテクス・ラミダスのものと比べると、より完全な二足歩行になっていて"人間"っぽい感じ。

アウストラロピテクス・アファレンシス

 続くアイストラロピテクス・アフリカヌス(最初に初期人類として認められ、人類の進化の舞台がアフリカであったことを決定づけた)の容貌も、まだサルみたい...。1990年に発見されたアイストラロピテクス・ガルヒや2008年に発見されたアイストラロピテクス・セディバのなどの頭骨写真も紹介されています。

 次にホモ・ハリバスの登場で、やっと人間らしい容貌になったかなあと。人類で最初に出アフリカを果たした可能性があるホモ・ジョルジグス、現生人類と同じくらいの身長になり、体つきも似てきたホモ・エルガスター、3万年ほど前までアジアに住んでいたと考えられるホモ・エレクトス、スペインなど西ヨーロッパで化石が見つかるホモ・アンテセッソール、ヨーロッパのネアンデルタール人とアフリカの現生人類の最後の共通祖先だったと考えられるホモ・ハイデルベルゲンシス、2003年に発見されたホモ・フロレシエンシス―と、この辺りにくるとどんどん現生人類に近くなってきます。

『人類の進化 大図鑑』.jpg そして登場するのが「ネアンデルタール人」ことホモ・ネアンデルタレンシスで、最も新しい遺跡はジブラルタルで見つかっているが、どうして絶滅したのかはまだ謎であるとのこと。ある本には、ネアンデルタール人が床屋にいって髪を整え、スーツを着てニューヨークの街中を歩けば、誰もそれがネアンデルタール人であることに気が付かないであろうと書いてあった記憶がありますが、復元された容貌を見ると確かに。そして最後に、ホモ・サピエンスの登場―人類系統樹の中で唯一生き残った枝であり、最初は黒人しかいなかったわけだ。

[表紙中]サヘラントロプス・チャデンシス/[表紙右]ホモ・ネアンデルタレンシス

 この章で感じたのは、これまで図鑑などで古代人類の頭骨の化石や模型ばかり見てきて、具体的な容貌については勝手にそこに「人間の皮」を被せたイメージを抱いていたのですが、前半の方はかなりサルに近いなあということ。考えてみれば、いきなり現生人類が登場したわけではないので当然と言えば当然ですが、サルからヒトへの進化の中での「容貌」の変化にもグラデュエーションがあったということに改めて思い当りました。

『人類の進化 大図鑑』3.jpg 「出アフリカ」の章では、最後にオセアニアに至る人類移動(ロコモーション)全体を扱っていますが、この章も図説が多く、写真も豊富で分かり良いです(初期人類の出アフリカは200万年前、ホモ・サピエンスの出アフリカは8万年前から5万年前としている)。

 そして最後の「狩猟者から農民へ」の章では、後氷期から、狩猟生活から農耕生活への変遷、農業・金属加工・交易などの進歩・発展、国家や文明の興隆など、最後は中国の商王朝やメソアメリカのオルメカ、アンデスのチャビン文化まで紹介して終わっています。

 模型により復元された人類の「容貌」の変遷は本書の「目玉」であるかと思いますが、全体を通して、形態学的観点からだけでなく、各古代人類の生態・生活・文化などに関しても、最新の知見に基づく詳細な解説がなされていて、そのことが一層人類史へのロマンを駆り立てる本であり、やや値段は張るけれども、できれば手元に置いておきたい一冊です。

《読書MEMO》
●目次
●過去を知る〈UNDERSTANDING OUR PAST〉(マイケル・ベントン)
 過去へ/地質記録/化石とは何か/祖先を探す/考古科学/骨片をつなぎ合わせる
 /骨に生命を吹き込む/復元/行動を読み解く
●霊長類類〈PRIMATES〉(コリン・グローヴズ)
 進化/分類/最古の霊長類/新世界ザル/初期類人猿と/旧世界ザル/現生類人猿/類人猿とヒト
●人類〈HOMININS〉(ケイト・ロブソン・ブラウン)
 人類の進化/人類の系統樹
 /サヘラントロプス・チャデンシス
 /オロリン・トゥゲネンシス
 /アルディピテクス・カダバ
 /アルディピテクス・ラミダス
 /アウストラロピテクス・アナメンシス
 /アウストラロピテクス・バールエルガザリ、ケニアントロプス・プラティオプス
 /アウストラロピテクス・アファレンシス
 /アウストラロピテクス・アフリカヌス
 /アウストラロピテクス・ガルヒ、パラントロプス・エチオピクス
 /パラントロプス・ロブストス、アウストラロピテクス・セディバ
 /パラントロプス・ボイセイ
 /ホモ・ハビリス
 /ホモ・ジョルジクス
 /ホモ・エルガスター
 /ホモ・エレクトス/ホモ・アンテセッソール
 /ホモ・ハイデルベルゲンシス
 /ホモ・フロレシエンシス
 /ホモ・ネアンデルタレンシス
 /ホモ・サピエンス
 /頭部の比較
●出アフリカ〈OUT OF AFRICA〉(アリス・ロバーツ)
 人類の移動経路/遺伝学が解き明かす移動経路/初期人類の移動経路
 /最後の古代人/新しい人類種の出現/東方への沿岸移動/ヨーロッパへの移住
 /ヨーロッパのネアンデルタール人と/現生人類/北アジアと東アジア/新世界/オセアニア
●狩猟者から農民へ〈FROM HUNTERS TO FARMERS〉(ジェーン・マッキントッシュ)
 後氷期/狩猟採集民/岩面美術/狩猟採集から食糧生産へ/西アジアと南アジアの農民
 /ギョベクリ・テペ/アフリカの農民/東アジアの農民/ヨーロッパの農民/南北アメリカ大陸の農民
 /動物の有効利用/工芸の発達/金属加工/交易/宗教/ニューグレンジ/最古の国家群
 /メソポタミアとインダス/ウルのスタンダード/エジプト王朝時代/中国の商王朝/アメリカの諸文明
●用語解説/索引/出典

「●人類学」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1231】 河合 信和 『人類進化99の謎

内容は高度だが、"図鑑"並みに豊富な写真・図説とトッピク主義の編集で、一般読者も楽しめる。

ビジュアル版人類進化大全1.jpg ハードカバー  ビジュアル版人類進化大全3.jpg 原著 ビジュアル版人類進化大全2.jpg 改訂普及版['12年]
ビジュアル版人類進化大全』 (25.8 x 19.6 x 2.6 cm、240p) "The Complete World of Human Evolution (The Complete Series)"『人類進化大全―進化の実像と発掘・分析のすべて』 (25.2 x 19.4 x 2.2 cm、239p)

 ロンドン自然史博物館の研究者ら(人類学者と古生物学者)による本書(原題:The Complete World of Human Evolution、2005)は、今日まで多くの学者らによって研究されてきた人類学の様々な領域を、霊長類、考古学、発掘の基礎、哺乳類の研究、古人骨、解剖学、遺伝子など様々な分野に渡って振り返り、併せて、世界を驚かした新たな発見の物語を、その学問的な意味と共に解説していいます(日本語版の翻訳は、国立科学博物館人類研究部長の馬場悠男氏(現国立科学博物館名誉研究員)ら)。

 第Ⅰ部「私たちの先祖を求めて」では、人類進化のあらゆる段階の分析に重要となるいくつかの一般的トッピクスが紹介されており、化石や人工遺跡が発見される現場の状況を写真等で見せ、遺跡調査のヒストリーを追うと共に、化石が発掘された環境や、地質年代、化石年代の決定方法、化石種の変異の重要性などにも触れていますが、単にヒトの祖先がどのような姿であったかだけでなく、彼らがどのように様々な適応を獲得してきたか、その中から誰がどのようにして我々のようなヒトに進化してきたかを、最近の知見をもとに探っています。

 第Ⅱ部「化石から進化を探る」では、化石証拠により類人猿とヒトが属する霊長類の起源に遡り、類人猿とヒトを含むヒト上科(ホミノイド)の進化を辿っていますが、ホミノイドがサル類と分岐したのが2000万年少し前で、1500万年前の化石類人猿はホミノイドの系列にあり、1200万年前にオラウータン科とヒト科が分岐したのは確かであるとのこと、しかし、最新の研究に拠っても、その後の、ユーラシアにおける1500万年~700万年前、アフリカにおける1200万年~800万年前の間は化石記録に空白があり、チャドやケニアで出土したホミノイドの化石によって、700万年前から再びヒトの歴史が始まるというのが人類学の構図になっていることが窺えます。

 第Ⅲ部「化石証拠の解釈」では、ここまで人類進化の化石証拠と、それらが発見された環境状態について述べてきたのに対し、人類進化に関する全ての証拠を解釈することを目的に、両者を統合的に考察しており、まず人類の進化を決定づけたロコモーション(移動)について、更に、重要な食性適応などについて述べられていますが、まだ明確には解っていないものの、想定される人類の祖先は疎林環境に生息していたと推定され、但し、環境は変化に富み、多様だったため、狭い地域に状況の異なる生息地があったと考えられ、これらの環境条件を考慮したうえで、化石類人猿や化石人類のロコモーション適応や食性適応を解釈することで、人類進化の特異なパターンを浮き彫りにしています。

 「基本書」とは言え研究者の中にも愛読者がいるというほど専門的な内容でありながらも、ヴィジュアル版との名の通り、豊富な写真やイラスト、図説を楽しみながら読め(写真や図説で文章と同じくらいのスペースを割いているため、「図鑑」と言っていいくらい)、また、2ページから4ページ単位の項目(トピック)主義で編集されているため、自分が関心があるところから読めるという、そうした点では、一般読者に配慮された"優れもの"の本です。
 
 良書ですが、写真・図版の多用と内容の専門性から値段が張るのがやや難かと思っていたら、昨年['12年]改訂普及版が出て、定価12,600円が6,090円(各税込)になり、多少は求め易くなりました。

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