【1827】 ◎ 高井 研 『生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る』 (2011/01 幻冬舎新書) ★★★★☆

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最古の生命は約40億年前に誕生。難解部分もあるが、ユーモラスな語り口で最後まで導いてくれる。

生命はなぜ生まれたのか.jpg  生命はなぜ生まれたのか2.jpg    高井研氏.jpg 高井 研 氏 (独立行政法人 海洋研究開発機構)
生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る (幻冬舎新書)

  「生命はどのようにして誕生したか」、タイトルに沿って言い換えれば「生命はなぜ地球に生まれたか」―この命題を、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者で、"地球生物学者"乃至"宇宙生物学者"を名乗ることが多いという著者が解説したもの。
 結構「ブルーバックス」並みに難しかったというのが正直な感想で、それでも、著者の軽妙でユーモア満載の語り口に導かれて、理解が及ばないところはそのままにしておきつつも、最後まで楽しく読めました。

 第1章で、「この地球で最初に繁栄したであろう、最古の生態系の面影を最も色濃く残した現存する微生物の共同体」を探るために南インド洋の海底にある深海熱水活動域の研究調査に赴くにあたって、地球深部探査船「ちきゅう」に乗り込むところの話などは、『ドクトルマンボウ航海記』みたいな感じで、シズル感を持って楽しく読めます。

ジャイアントチューブワーム.jpg これまでに深海で発見された奇妙な生物たち、例えばジャイアントチューブワームなどがどのような化学合成を行っているかを紹介していて、チューブワームは、鰓(えら)から取り込まれた硫化水素と二酸化炭素を、体内で共生菌を養っている栄養体に運搬し、細菌が硫化水素を酸素で硫黄や硫酸に酸化させることでエネルギーを獲得しつつ有機物を合成し、口が無くとも3mくらいに成長するという―ああ、確か通常我々がイメージする生物とは全く違った仕組みだったなあと思い出すとともに、ちょっと難しいかなとも思いましたが、これはまだ序の口。

ジャイアントチューブワーム

 第2章以降、第5章までの実質本編部分では、読み進むにつれて難易度が上がっていく感じで、特に第5章の「エネルギー代謝からみた持続生命」は、化学の基本知識がないとかなり難しかったです。
 先に第6章の、それまでに紹介された研究内容や考察から著者が提唱する仮説の部分を先に読んでから第2章に戻るのも、一つの読み方かもしれません。

 学校の「生物」の授業で最初の"生物"の誕生は約30億年前と習った記憶がありますが、太陽系が45億6700万年前に誕生して以降の「失われた6億年」「冥王代」と呼ばれる6億年(先カンブリア時代は「冥王代~太古代~原生代」から成る)、その冥王代後期から太古代初期にかけて、すでに「化学進化から"生命"が誕生し、最古の持続可能な生態系」が形成されていた可能性があることを、著者は示唆しています(ここで「生命」「生物」の定義についても一くさりある)。
 40億年前の地球には、オゾン層も無くて宇宙からの有害光線が直接降り注ぐ中、深海では、地殻を突き破ったマントルと海水が化学反応を起こしていて、400℃の熱水が噴き出すエネルギーの坩堝があり、その「深海熱水孔」で生まれたのが、地球最初の"生き続けることのできる"生命「メタン菌」であると。

 現在発見されている、世界最古の生命の痕跡が見つかった堆積岩は、38億年前の海洋底の堆積物を含んだもので(最古の地層もこれより少し前ぐらいとのことで、従って以降が「太古代」ということになる)、これは38億年前の深海熱水活動域に近い深海底で生成された可能性が高いとのこと。生命の誕生と持続的な最古の生態系の始まりは38億年以上前に起きたと考えられるとしています。
 そして、35億年前の地層からは、より鮮明な生命の痕跡が窺え、水素と二酸化炭素からメタンを生成する好熱メタン菌(酸素、要らないわけだ)など、微生物のエネルギー代謝の幾つかのパターンが成立していたと考えられると。

 いま流行の「地球生命は宇宙から飛来した生命に始まる」という「パンスペルミア説」についても言及されており、地球生命の起源はどこか遠い宇宙から飛来したという説は、飛来から伝播に至るまでの必要要素ごとの確率の掛け合わせからみてまず無理があるとし、「火星で先に生命が生まれた」とする火星生命誕生は、大いにあり得るが、地球独自の持続的生命の誕生・適応・進化があったと考える方がよく、無理に火星に起源を求める理由は見当たらないとしています。

 このように様々な仮説を紹介しながらも、著者はあくまでも40億年前の深海熱水活動に生命の起源を求めており、それを当時の大気の状況などの考察も踏まえ、論理的、或いは実証的に検証しています。生命の起源は「RNA分子のもやもやした集合体から始まった」という「RNAワールド」説に対しても、一時は自身もハマったことがあったが、今は懐疑的であるとしてその理由を挙げ、この部分は、現在の学術トレンドが「RNAワールド」説に批判的傾向にあることと符合し、ああ、わりかしオーソドックスなのかなあと。

 そして、第5章で、「地球生命は深海熱水活動から始まった」という考えにより明確な筋道をつけるべく、「どんな深海熱水活動からどのように始まり、どのように繁栄したか」を、エネルギー代謝とはそもそも何かというところから説き起こしていますが、う~ん、やっぱりこの部分は難しいなあと。

ハイパースライムが見つかったインド洋深海にある「かいれいフィールド」熱水活動域の写真(海洋研究開発機構 深海・地殻内生命圏探索研究(SUGER)プロジェクトHPより)
かいれいフィールド.jpgかいれいフィールド2.jpg 生命を生み出す深海熱水活動にも、生命誕生の条件となる性質に制約があるらしく、それが冒頭の、火山列島である日本の近海ではなく、わざわざ南インド洋まで出かけて調査をするという話に繋がっていきます(水素濃度が一定以上でないとダメなわけだ)。

 言わば、最古の持続的生命の生き残りを探しにいく旅ということになるわけですが、インド洋の「かいれいフィールド」において、そのお目当てである地球最古の生態系の名残り、太陽エネルギーとは無縁で地球を食べる超好熱生態系生態系「ハイパースライム」(HyperSLiME:Hyperthermophilic Subsurface Lithoautotrophic Microbial Ecosystem)の存在証明である超好熱メタン菌を採取することに成功、著者によって発見された「ハイパースハイパースライムの一次生産者である超好熱メタン菌.jpgライム仮説」は、現在、様々な検証を経て、補強と進化の過程にあるという―まさに、最先端研究の始終を、一般読者に対しても手を抜くことなく開示してみせた本でした。

 ユーモラスな言い回しも、時折専門度が高くなる内容に、読者が敬遠気味になるのを防ぐための配慮と思われ、また新たな研究者(それも最先端の)兼サイエンスライターが登場したとの印象を受けました。

 う~ん、40億年前に深海のチムニー付近で発生した超好熱メタン菌が、我々生物の"ご先祖様"なのか。

ハイパースライムの一次生産者である超好熱メタン菌(海洋研究開発機構 深海・地殻内生命圏探索研究(SUGER)プロジェクトHPより)

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