2013年1月 Archives

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人類移動史(ロコモーション)に力点。「最初のアメリカ人」「最初のオーストラリア人」が興味深い。

人類大移動 アフリカからイースター島へ.jpg人類大移動 アフリカからイースター島へ (朝日選書)』(2012/02)

人類の移動誌:進化的視点から.jpg 人類の地球規模での移動をテーマに7人の専門家が分担して書いており(各章末のコラムも含めると12人)、異分野ですが先に読んだ『地球外生命 9の論点―存在可能性を最新研究から考える』('12年/講談社ブルーバックス)が、佐藤勝彦氏が機構長を務める大学共同利用機関法人「自然科学研究機構」の編による8人の専門家らによる"オムニバス論文"のような形式だったように、本書に論考を寄せている専門家の何人かは大学共同利用機関法人「国立民学博物館」のメンバーで、編者の印東道子氏は、同館の共同研究プロジェクト「人類の移動誌:進化的視点から」の代表者であり、本書には'09年から'12年までのその研究成果も反映されているようです。

大学共同利用機関法人国立民学博物館 共同研究プロジェクト「人類の移動誌:進化的視点」

 類人猿から分かれて700万年前に二足歩行を開始した人類が、 故郷アフリカを出る旅により進化を重ね、極寒のシベリアを越えアメリカ大陸最南端へ、更に太平洋の島伝いにイースター島までにも広がった経緯を、分かり易い文章と多くの図版で解説し、その中で各専門分野に沿って、ネアンデルタールとクロマニョンの出会いはあったのか? 日本列島にはどのように渡ってきたのか?といったテーマを取り上げるとともに、その切り口も、遺跡調査や、人骨・DNA分析など、人類学、考古学、遺伝学など多岐にわたる視点からの考察となっています。

 執筆者と執筆担当内容は次の通り。
  赤澤 威「ホモ・モビリタス700万年の歩み -- ホモ・モビリタスの歩み」(1章)
  海部陽介「アジアへの人類移動―人類のアジア進」(2章)
  関 雄二「最初のアメリカ人の探求―最初のアメリカ人」(3章)
  印東道子「海を越えてオセアニアへ―人類のオセアニア進出」(4章)
  斎藤成也「DNAに刻まれたヒトの大移動史―遺伝学から何をさぐるか」(5章)
  西秋良宏「新人に見る移動と現代的行動―本格的な移動はどうやってはじまったか」(6章)
  赤澤 威「ネアンデルタールとクロマニョンの交替劇」(7章「移動と出会い―異なる文化段階の集団はどんな出会いをしたのか」1節)
  松本直子「縄文人と弥生人」(7章2節)
  印東道子「オセアニアの狩猟採集民と農耕民」(7章3節)
  山極寿一「ヒトはどのようにしてアフリカ大陸を出たのか―ヒト科生態進化のルビコン」(8章)

 『地球外生命 9の論点』が、内容が執筆者の各専門分野ごとの独立した論考になっていて、横の連関が弱かったのと比べると、こちらは、人類を「動く人=ホモ・モビリタス」と捉え、人類の地理的拡散にとりわけ焦点を当てているため、各論考が比較的スムーズ繋がっているように思いました。

 個人的には、比較的多くのページが割かれている、関雄二氏の「最初のアメリカ人の探求―最初のアメリカ人」と印東道子「海を越えてオセアニアへ―人類のオセアニア進出」が興味深く読めました。

人類が最初にシベリアからアメリカ大陸に渡ったのは、両大陸が「ベーリンジア陸橋」で繋がっていた1万1500年以上前の「氷期」で、渡った後に米大陸を南下する際には、南極氷河ほどもある氷河と別の氷河の隙間の、1万2000年前以降に出来た「無氷回廊」を渡っていったと考えられるので、「無氷回廊」の形成と移動を研究し、何時ごろその"通り道"が人類が渡り易い位置に来たかを推定し、考古学的証拠と突合せれば、人類がアメリカ大陸を南下し始めた時期が推定されるわけです(この考えだと1万2000年前ということになる。しかし、考古学的証拠と突合せることによって、それより以前に海路で米大陸の西海岸ルートを通ったのではないかという新たな説も出てきたりして、そう簡単に全てが解明されるわけではないのだなあと。いずれにせよ、人類700万年の歴史で、アメリカ大陸の「発見」は僅か1万数千年前のことであるというのが興味深い)。

人類の移動誌:進化的視点2.png また、4万5000年前にマレー半島からボルネオにかけて地続きだった頃(スンダランド)、オーストラリアもニューギニアと地続きで(サフル大陸)、但し、スンダランドとサフル大陸の間には"海"があり、海面が現在より120メートル低かった1万2000年前でさえ、島嶼伝いに行っても最大70キロの海があり、これをどう渡ったについても、北ルート(カリマンタン島・スラウェシ島経由)と南ルート(フローレス島・東ティモール経由)が考えられるということです(更に、メラネシアへの移動に際して家畜動物を連れて移住した人々もいたらしく、その進化から人類の移動史を推察するという方法論も興味深い)。

 一見、専門的過ぎると言うか、一般読者にとっては"マニアック"なテーマに思えなくもないですが、この「最初のアメリカ人」と「最初のオーストラリア人」というテーマは、クリス・ストリンガーらの『ビジュアル版 人類進化大全』('08年/悠書館)の中でも取り上げられており(本書と同じく各2ルートが示されている)、人類移動(ロコモーション)研究における近年の注目テーマであるようです。

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2010年までの先史人類学史の最先端。但し、まだ全体の1割ぐらいしか分かっていない?

ヒトの進化 七00万年史.jpg                       人類進化99の謎.jpg  人類進化の700万年.jpg
ヒトの進化 七00万年史 (ちくま新書)』['10年] 河合 信和 『人類進化99の謎 (文春新書)』 ['09年] 三井 誠 『人類進化の700万年―書き換えられる「ヒトの起源」 (講談社現代新書)』['05年]

 同じようなタイトルでの本で、人類学者の三井誠氏の『人類進化の700万年』('05年/講談社現代新書)を読んだ後に、科学ジャーナリストである著者の前著『人類進化99の謎』('09年/文春新書)を読んで、そちらはQ&A形式の入門書で、分かり易かったけれども、まあ、「入門の入門」という感じだったかなと。それで、今度も易しいかなと思って本書を読んだら、三井誠氏の『人類進化の700万年』よりも専門的で、結構読むのが大変でしたが面白かったです。

ラミダス猿人の化石人骨.jpg 冒頭で、700万年の人類の進化史には、①サヘラントロプスなど初期ヒト属の誕生(700万年前)、②初期型ホモ属(アフリカ型ホモ・エレクトスなど)の分岐(250万年前)、③ホモ・サピエンスの出現(20万年前)の3つの画期があったとし、本書前半部分は、700万年前から数十万年前までのホミニン(ヒト属)の発見史となっており、後半部分はネアンデルタール人やホモ・サピエンス(現生人類)を主に扱っており、三井誠氏の『人類進化の700万年』と比べると、"始まり部分"と"直近部分"が詳しいという印象。

ラミダス猿人(通称アルディ)の化石人骨(「Science」誌2009年10月2日)

 第1章(700万~440万年前)では、ラミダス(440万年前)と最古の三種(サヘラントロプス、ガタッパ、オロリン)について解説されており、「アルディ」と名付けられたラミダス猿人(アルディピテクス・ラミダス)のは発見には、日本人人類学者の諏訪元氏も関わっていたのだなあと。チンパンジーやゴリラとの最大の違いは、一雄一雌の夫婦生活を送っていたと考えられることらしいです(ホミニンであるということを定義する条件は「直立二足歩行」であるが、二足歩行と一夫一妻制の関係については、三井氏の著書に面白い考察がある)。

アファール猿人.jpg 第2章(350万~290万年前)は、アファール猿人(350万年前)についてで、アウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の脳の大きさは現生人類の3分の1程度ですが、既に人類固有の成長遅滞(脳がまだ小さいうちに産み、ゆっくりと時間をかけて育てる)の形跡が見られるそうです。

アファール猿人

 第3章、第4章では、東アフリカでの人類進化(420万~150万年前)、南アフリカでの人類進化(350万~100万年前)、の研究の展開を解説し。このあたりは、人類学者たちの発見競争のドラマにもなっています。

 第5章では、ホモ属の登場と出アフリカ(200万~20万年前)を扱っており、 人類進化の第2の画期が、約250万年前にホミニンの中からホモ属が分岐したことになるわけですが、初期ホモ属の起源と考えられるのはエチオピアで発見されたアウストラロピテクス・ガルヒであり、250万年前には、「オルドワン文化」と呼ばれる石器文化を形成していた形跡があり、200万年前にアフリカ型ホモ・エレクトスに進化し、その一部が「出アフリカ」を果たしたと考えられるとのこと、古生物学者は、石器によって肉食が容易になったことが、脳の大型化に繋がったとみているとのことです。

 第6章(40万~28万年前)では、現生人類(ホモ・サピエンス)の出現(20万年前)とネアンデルタール人の絶滅を扱い、ホモ・サピエンスの登場もアフリカでのことであり、彼らは更なる脳の大型化によって先の尖った繊細な石器を作り、長距離交易をするようになったが、それには相当の時間がかかったとみるのが妥当で、ホモ・サピエンスの「出アフリカ」は6万年前と考えられ、既にヨーロッパに居たネアンデルタール人と約1万数千年共存していたが、ネアンデルタール人の方が、文化的に進歩したホモ・サピエンスに圧倒されて滅びたのであろうと。

 このあたり来ると、形状的な進化の話だけではなく、象徴や言語、コミュニケーションといった人間的な進化についての近年の研究による知見も織り込まれてきます。

ホモ・フロレシエンシス.jpg こうして要約すると、人類進化の歴史がスムーズに繋がっているように見えますが、実際には詳細において不明な点は多々あり、また、最終第7章(100万~1.7万年前の)の「最近まで生き残っていた二種の人類」の中で紹介されているように、2003年にインドネシアの離島フローレス島で化石が発見された1.7万年前のホモ属と考えられるホモ・フロレシエンシスのように、その発見によってそれまでの人類学説をひっくり返してしまうような出来事も起きています(身長が1メートルそこそこしかない低身長だった。本書では、「ホモ・フロレシエンシス=アフリカ型ホモ・エレクトスの子孫」説を支持)。

サイエンスZERO 「衝撃の発見 身長1m 小型人類の謎」 (NHK教育/2009年10月17日放送)
   
 本書によれば、先史人類学史の解明状況は、ジグソーパズルで言えば300ピースのうち手元にあるのは30ピースぐらいであろうと。本書が刊行された'10年も"発見ラッシュ"の年だったようで、また新たな発見で、「(現在のところ)700万年」の人類学の歴史が、今後も大きく書き換えられる可能性があることを示唆しています。

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「人類の進化史」の部分はコンパクトな入門編。「日本人のルーツ」の部分は"新たな知見"。

アフリカで誕生した人類が日本人になるまで0_.jpg『アフリカで誕生した人類が日本人になるまで.jpg 溝口優司 アフリカで誕生した人類が日本人になるまで.jpg [新装版]アフリカで誕生した人類が日本人になるまで.jpg
アフリカで誕生した人類が日本人になるまで (ソフトバンク新書)』(2011/05)[新装版]アフリカで誕生した人類が日本人になるまで (SB新書)』(2020/10)

 「人類の進化史」全般と「日本人のルーツはどこから来たか」という2つのテーマを時系列で繋げて1冊の新書に収め、しかも200頁弱という、超コンパクトな入門書です。

 「第1章:猿人からホモ・サピエンスまで、700万年の旅」「第2章:アフリカから南太平洋まで、ホモ・サピエンスの旅」「第3章:縄文から現代まで、日本人の旅」の3章構成で、章立てからも窺える通り、大体、前3分の2が人類の進化史で、後の3分の1が日本人の起源といった構成です。

 第1章では「猿人」の定義から始め(すでに「猿人-原人-旧人-新人」という区分の仕方は日本だけでしか通用しないものになっているが、分かり易さを優先させてこれを用いている。こうした解説方法は類書にも見られる)、最初の猿人である700万年前のサヘラントロプスからホモ・サピエンスの登場に至るまでの歴史が説明されていますが、ある程度この分野の本を読んだ人にとっては殆ど"おさらい"的と言っていい内容。

 第2章では、10数万年前にアフリカで生まれたホモ・サピエンスいつどのようにしてアフリカを出て、オーストラリア大陸に渡ったか、或いはまた太平洋の島々に到達できたのかが解説されていますが、生物分布の境界線として知られるマレー半島とオーストラリア大陸の間の「ウォーレス線」を3万年以上前に超えることが出来た理由として、当時の気候と海面の高さがに注目しており、また、イスラエルの地でのネアンデルタール人とホモ・サピエンスの興亡の運命を分けたのは寒冷地適応であったことを、形質学的観点から解き明かしています。

 最終章の第3章では、日本列島への人類の進出の歴史を解き明かしており、中国大陸と琉球列島が陸続きであった時代に琉球に最初のホモ・サピエンスが移住し、やがて1万3000年かけて次第に生息地域を九州から本州に広げ、縄文文化を拡げたが、今から3000年ほど前により寒冷地適応度の高い新しいタイプのホモ・サピエンスが日本列島に移住してきて、先住の縄文人との「置換に近い混血」がなされて弥生文化を形成したのが弥生人であると。

 全体に著者の専門である形態学的形質の比較研究の成果が反映されていて、一方、DNA比較などの視点は補完的に用いられているにとどまり、但し、人類が他のほ乳類と異なり、唇が厚く女性は乳房が膨らんでいるのはなぜかということについて、「唇は性器の、乳房は臀部の擬態である」といった興味深い説も紹介されていますが、分かり易い内容だけに(ナックル・ウォーキングの時にはよく見えていた性器が、直立すると見えにくくなったため、性的な信号発信を代替するために唇が厚くなり、胸が膨らんだと)、この辺りを信憑性の高い学説として読めばいいのかエッセイとして読めばいいのか、正直やや戸惑いました。

 ハワイ出身の力士などにその典型例を見るように、熱い地域に住む人々は小さくて手足が細長いというベルクマンの法則やアレンの法則に反して熱帯ポリネシアの人々が大型で丸い体型をしているのはなぜかについても、これは、陸上より気温の低い海上を日数をかけて往く南洋航海で次の島に辿り着くには、そうした寒冷地適応型の体型の方が向いていたからだというのも、何だか人に話したくなるような興味深い説明ではありますが...。

 但し、第2章の「ウォーレス線」超えから第3章にかけては、著者がプロジェクト・リーダーを務めた「更新世から縄文・弥生期にかけての日本人の変遷に関する総合的研究」('05-'10年)の成果がふんだんに盛り込まれており、DNA分析をも行い、まだ幾つかの矛盾点や未解明の部分があるとしながらも、新しい研究成果が反映されていると思われました(この部分は「入門書」のレベルを超えて、「新たに得られた知見」乃至は"仮説"と見るべきか)。

 本書に対して形質学に偏っているとの批判もありますが、個人的には、人類の進化史についてのおさらい本としてエッセイのように読み易く、その上"新たな知見"も得られたという点では良かったです。

【2020年新装版】

《読書MEMO》
●「更新世から縄文・弥生期にかけての日本人の変遷に関する総合的研究」で得られた新知見〔溝口(2010)より溝口氏自身が改変〕
本プロジェクト研究で得られた新知見〔溝口(2010)より改変〕.jpg①アフリカで現代人(ホモ・サピエンス)にまで進化した集団の一部が、5~6万年前までには東南アジアに来て、その地の後期更新世人類となった。
②③次いで、この東南アジア後期更新世人類の一部はアジア大陸を北上し、また別の一部は東進してオーストラリア先住民などの祖先になった。
④アジア大陸に進出した後期更新世人類はさらに北アジア(シベリア)、北東アジア、日本列島、南西諸島などに拡散した。シベリアに向かった集団は、少なくとも2万年前までには、バイカル湖付近にまでに到達し、寒冷地適応を果たして北方アジア人的特徴を得るに至った。日本列島に上陸した集団は縄文時代人の祖先となり、南西諸島に渡った集団の中には港川人の祖先もいたと考えられる。
⑤さらに、更新世の終わり頃、北東アジアにまで来ていた、寒冷地適応をしていない後期更新世人類の子孫が、北方からも日本列島へ移住したかもしれない。
⑥そして、時代を下り、シベリアで寒冷地適応していた集団が東進南下し、少なくとも3000年前までには中国東北部、朝鮮半島、黄河流域、江南地域などに分布した。
⑦⑧この中国東北部から江南地域にかけて住んでいた新石器時代人の一部が、縄文時代の終わり頃、朝鮮半島経由で西日本に渡来し、先住の縄文時代人と一部混血しながら、広く日本列島に拡散して弥生時代以降の本土日本人の祖先となった。

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「●幻冬舎新書」の インデックッスへ 

最古の生命は約40億年前に誕生。難解部分もあるが、ユーモラスな語り口で最後まで導いてくれる。

生命はなぜ生まれたのか.jpg  生命はなぜ生まれたのか2.jpg    高井研氏.jpg 高井 研 氏 (独立行政法人 海洋研究開発機構)
生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る (幻冬舎新書)

  「生命はどのようにして誕生したか」、タイトルに沿って言い換えれば「生命はなぜ地球に生まれたか」―この命題を、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者で、"地球生物学者"乃至"宇宙生物学者"を名乗ることが多いという著者が解説したもの。
 結構「ブルーバックス」並みに難しかったというのが正直な感想で、それでも、著者の軽妙でユーモア満載の語り口に導かれて、理解が及ばないところはそのままにしておきつつも、最後まで楽しく読めました。

 第1章で、「この地球で最初に繁栄したであろう、最古の生態系の面影を最も色濃く残した現存する微生物の共同体」を探るために南インド洋の海底にある深海熱水活動域の研究調査に赴くにあたって、地球深部探査船「ちきゅう」に乗り込むところの話などは、『ドクトルマンボウ航海記』みたいな感じで、シズル感を持って楽しく読めます。

ジャイアントチューブワーム.jpg これまでに深海で発見された奇妙な生物たち、例えばジャイアントチューブワームなどがどのような化学合成を行っているかを紹介していて、チューブワームは、鰓(えら)から取り込まれた硫化水素と二酸化炭素を、体内で共生菌を養っている栄養体に運搬し、細菌が硫化水素を酸素で硫黄や硫酸に酸化させることでエネルギーを獲得しつつ有機物を合成し、口が無くとも3mくらいに成長するという―ああ、確か通常我々がイメージする生物とは全く違った仕組みだったなあと思い出すとともに、ちょっと難しいかなとも思いましたが、これはまだ序の口。

ジャイアントチューブワーム

 第2章以降、第5章までの実質本編部分では、読み進むにつれて難易度が上がっていく感じで、特に第5章の「エネルギー代謝からみた持続生命」は、化学の基本知識がないとかなり難しかったです。
 先に第6章の、それまでに紹介された研究内容や考察から著者が提唱する仮説の部分を先に読んでから第2章に戻るのも、一つの読み方かもしれません。

 学校の「生物」の授業で最初の"生物"の誕生は約30億年前と習った記憶がありますが、太陽系が45億6700万年前に誕生して以降の「失われた6億年」「冥王代」と呼ばれる6億年(先カンブリア時代は「冥王代~太古代~原生代」から成る)、その冥王代後期から太古代初期にかけて、すでに「化学進化から"生命"が誕生し、最古の持続可能な生態系」が形成されていた可能性があることを、著者は示唆しています(ここで「生命」「生物」の定義についても一くさりある)。
 40億年前の地球には、オゾン層も無くて宇宙からの有害光線が直接降り注ぐ中、深海では、地殻を突き破ったマントルと海水が化学反応を起こしていて、400℃の熱水が噴き出すエネルギーの坩堝があり、その「深海熱水孔」で生まれたのが、地球最初の"生き続けることのできる"生命「メタン菌」であると。

 現在発見されている、世界最古の生命の痕跡が見つかった堆積岩は、38億年前の海洋底の堆積物を含んだもので(最古の地層もこれより少し前ぐらいとのことで、従って以降が「太古代」ということになる)、これは38億年前の深海熱水活動域に近い深海底で生成された可能性が高いとのこと。生命の誕生と持続的な最古の生態系の始まりは38億年以上前に起きたと考えられるとしています。
 そして、35億年前の地層からは、より鮮明な生命の痕跡が窺え、水素と二酸化炭素からメタンを生成する好熱メタン菌(酸素、要らないわけだ)など、微生物のエネルギー代謝の幾つかのパターンが成立していたと考えられると。

 いま流行の「地球生命は宇宙から飛来した生命に始まる」という「パンスペルミア説」についても言及されており、地球生命の起源はどこか遠い宇宙から飛来したという説は、飛来から伝播に至るまでの必要要素ごとの確率の掛け合わせからみてまず無理があるとし、「火星で先に生命が生まれた」とする火星生命誕生は、大いにあり得るが、地球独自の持続的生命の誕生・適応・進化があったと考える方がよく、無理に火星に起源を求める理由は見当たらないとしています。

 このように様々な仮説を紹介しながらも、著者はあくまでも40億年前の深海熱水活動に生命の起源を求めており、それを当時の大気の状況などの考察も踏まえ、論理的、或いは実証的に検証しています。生命の起源は「RNA分子のもやもやした集合体から始まった」という「RNAワールド」説に対しても、一時は自身もハマったことがあったが、今は懐疑的であるとしてその理由を挙げ、この部分は、現在の学術トレンドが「RNAワールド」説に批判的傾向にあることと符合し、ああ、わりかしオーソドックスなのかなあと。

 そして、第5章で、「地球生命は深海熱水活動から始まった」という考えにより明確な筋道をつけるべく、「どんな深海熱水活動からどのように始まり、どのように繁栄したか」を、エネルギー代謝とはそもそも何かというところから説き起こしていますが、う~ん、やっぱりこの部分は難しいなあと。

ハイパースライムが見つかったインド洋深海にある「かいれいフィールド」熱水活動域の写真(海洋研究開発機構 深海・地殻内生命圏探索研究(SUGER)プロジェクトHPより)
かいれいフィールド.jpgかいれいフィールド2.jpg 生命を生み出す深海熱水活動にも、生命誕生の条件となる性質に制約があるらしく、それが冒頭の、火山列島である日本の近海ではなく、わざわざ南インド洋まで出かけて調査をするという話に繋がっていきます(水素濃度が一定以上でないとダメなわけだ)。

 言わば、最古の持続的生命の生き残りを探しにいく旅ということになるわけですが、インド洋の「かいれいフィールド」において、そのお目当てである地球最古の生態系の名残り、太陽エネルギーとは無縁で地球を食べる超好熱生態系生態系「ハイパースライム」(HyperSLiME:Hyperthermophilic Subsurface Lithoautotrophic Microbial Ecosystem)の存在証明である超好熱メタン菌を採取することに成功、著者によって発見された「ハイパースハイパースライムの一次生産者である超好熱メタン菌.jpgライム仮説」は、現在、様々な検証を経て、補強と進化の過程にあるという―まさに、最先端研究の始終を、一般読者に対しても手を抜くことなく開示してみせた本でした。

 ユーモラスな言い回しも、時折専門度が高くなる内容に、読者が敬遠気味になるのを防ぐための配慮と思われ、また新たな研究者(それも最先端の)兼サイエンスライターが登場したとの印象を受けました。

 う~ん、40億年前に深海のチムニー付近で発生した超好熱メタン菌が、我々生物の"ご先祖様"なのか。

ハイパースライムの一次生産者である超好熱メタン菌(海洋研究開発機構 深海・地殻内生命圏探索研究(SUGER)プロジェクトHPより)

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個々のテーマについて掘り下げて書かれているのはいいが、横の繋がりが今一つという気も。

地球外生命 9の論点 (ブルーバックス).jpg地球外生命 9の論点 (ブルーバックス)』['12年]

 少し以前までは、学者が地球外生命を論じるのは科学的でないとしてタブー視されていたようですが、どちらかと言うとよりこのテーマに近い専門家である生物学者らの、地球に生命が誕生したのは奇跡であって、地球以外では生命の発生はあり得ないとする《悲観論》が、宇宙のどこかには地球の生命とは別の生命が存在するのではないかという宇宙学における《楽観論》を凌駕してきたということもあったかもしれません。

 それが近年、系外惑星が候補も含め3千個以上発見されているとか、太陽系内にも水がある衛星やかつて水があった惑星がある可能性があるといった天文学者の指摘や、隕石や宇宙空間から有機物が発見されているという新事実から、生物学者の中にも生命の生成が地球外でもあり得るとの仮説を検証しようという動きが出てきたように思われます。

 そうした意味では、生物学者、物理学者らが、それぞれの専門的視点から地球外生命の存在を考察している本書は、学際的な切り口として大変興味深いものがあります。

 9人の専門家(加えて、立花隆氏と宇宙物理学者の佐藤勝彦氏が寄稿)が考察する9つの論点は次の通り。
  1.極限生物に見る地球外生命の可能性 (長沼毅)
  2.光合成に見る地球の生命の絶妙さ (皆川純)
  3.RNAワールド仮説が意味するもの (菅裕明)
  4.生命は意外に簡単に誕生した (山岸明彦)
  5.共生なくしてわれわれはなかった (重信秀治)
  6.生命の材料は宇宙からきたのか (小林憲正)
  7.世界初の星間アミノ酸検出への課題 (大石雅寿)
  8.太陽系内に生命の可能性を探す (佐々木晶)
  9.宇宙には「地球」がたくさんある (田村元秀)

 う~ん。もう、これまで地球外生命の存在に慎重だった生物学者側の方も、今や《楽観論》が主流になりつつあるのかな。
 
 かつて水があった惑星の最有力候補は火星であり、こうなると、地球生命の起源は火星にあるのかも知れないと―(彗星や隕石が火星の有機物を地球に運んできた)。

 但し、本書によれば、海底の熱水噴出孔近くなどの特異な環境で生きる生物の実態が近年少しずつ分かってきており、こうなると、まず地球単独で生命を生み出す条件を揃えていることになったりもして、火星から有機物をわざわざ持ってこなくともいいわけです。

 もちろん、太陽系内で液体の水や火山活動など生命が存在しうる環境が見つかってきていることも、大いに関心は持たれますが、一方、太陽系外となると、生命存在の可能性はあっても、地球に到達する可能性という面で厳しそうだなあと。
 ましてや、知的生命体との遭遇なると、本書にも出てくる「ドレイク方程式」でよく問題にされる「生命進化に必要な時間」と「高度な文明が存在する時間の長さ」がネックになるかなあと。

 まあ、この辺りは不可知論からロマンはいつまでもロマンのままであって欲しいという情緒論に行ってしまいがちですが、これ、一般人に限らず、本書に寄稿している学者の中にもそうした傾向が見られたりするのが興味深いです(やっぱり、自分が生きている間にどれぐらいのことが分かるか―というのが一つの基準になっているのだろうなあ)。

 個々のテーマについて掘り下げて書かれているのはいいけれど、横の繋がりが今一つという気もしました(本当の意味での"学際的"状況になっていない?長沼毅氏以外は、専ら研究者であり、一般向けの本をあまり書いていないということもあるのか)。結局、まだ学問のフィールドとして市民権を得ていないということなんでしょうね。でも、各々のフィールドでの研究は着々と進んでいる印象を受けました。
 
 「自然科学研究機構」というのは、国立天文台、核融合科学研究所、基礎生物学研究所、生理学研究所、分子科学研究所の5研究機関から構成される大学共同利用機関法人で(大学院もある)、「異なる分野間の垣根を越えた先端的な新領域を開拓することにより、21世紀の新しい学問を創造し、社会へ貢献することを目指して」いる団体とのことで、こうしたコラボを継続していくのでしょうね。現機構長である佐藤勝彦氏に期待したいところ。

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