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イラスト集と楽しめるだけでなく、画家と評論家のやりとりが、おまけの楽しみを添える。
アガサ・クリスティ作品の表紙イラストレーターとして知られるトム・アダムズ(Tom Adams, 1926- )のイラスト集で、トム・アダムズは他のミステリ作家の作品の表紙イラストも手掛けていますが(本書の序文はトム・アダムズがその作品の表紙イラストを手掛けた『コレクター』のジョン・ファウルズが書いている)、本書はタイトル通り、クリスティ作品に絞ったイラスト集となっています。
掲載されているのは「原画」であり、タイトルなどの文字は入っていないため、もちろん作品のイメージと結びつけて観賞するのが筋ですが、仮にその作品を読んでなくとも絵画としてスッキリ鑑賞することが出来て、また、その多くに、推理小説家でミステリ評論家のジュリアン・シモンズ(Julian Symons, 1912-1994)が、作品紹介と併せて解説や評価をコメントしています。
「予告殺人」(米国・ポケットブックス版(1972年) /「鏡は横にひび割れて」(英国・フォンタナ版(1966年)
ジュリアン・シモンズの評価は、例えば本書の表紙にもなっている「鏡は横にひび割れて」のイラストのように絶賛調のものもあれば、作品の内容が想起されにくいとして「落胆した」とはっきり述べているものもあり(「スリーピング・マーダー」の表紙イラスト。逆に「予告殺人」のイラストなどは事件発生時そのものだけど)、それらのコメントに対してイラストを描いたトム・アダムズ自身が更にコメントを寄せているのがなかなか面白いです。
例えば、シモンズが絶賛する「鏡は横にひび割れて」のイラストについては、「この表紙がどうしてそれほど好まれるかが分からなくて途方に暮れている」としています。
「予告殺人」(1974年・英国・フォンタナ版)/「魔術の殺人」(1981年・英国・フォンタナ版)
また、「書斎の死体」の表紙イラストなどは、トム・コリンズ自身が、原作にはない作為を加えたことを認めたりしていて(確かに、死体がスパンコールのドレスを纏っていたとか、裸足で紅いペディキュアをしていたとかはどこにも書かれてなかったと思う)、興味深いです。
結構シュールレアリズムっぽいものも多く、牧師の頭の部分ががテニスラケットになっている「牧師館の殺人」のイラストなどは完全にルネ・マグリット風ですが、それが作品に出てくる要素が散りばめられていたり、或いはイラスト全体として作品の雰囲気を伝えるものであればシモンズは高く評価し、一方、あまりにシュール過ぎて作品と結びつきにくくなるとやはり疑問を呈したりしています(「牧師館の殺人」におけるテニスラケットはさほど重要なモチーフ要素ではなく、殆どトム・アダムズが自分の好みで描いたのか)。
それに対してトム・アダムズの方は、ある程度そうした指摘を認めたり、どうしてこれがいけないのかと反論したり、その絵を描いた際の制約条件などの事情を説明して弁解したり、これが描きたかったのだと開き直ったり(?)―といった具合で、この両者の"やりとり"が、単なるイラスト集としてだけでなく、おまけの楽しみを添えるものとなっています。
「書歳の死体」(1974年・英国フォンタナ版)
「書斎の死体」(米国版表紙イラスト)/「ABC殺人事件」(米国版表紙イラスト)