2012年11月 Archives

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移民の不安や希望をモチーフとしているが、普遍性の高い心象風景となっている。

アライバル ショーン・タン.jpg
アライバル ショーン・タン1.jpg  レッドツリー.bmp
アライバル』(31.2 x 23.6 x 1.6 cm)['11年/河出書房新社]/『レッドツリー』(27.8 x 21.4 x 1.4 cm)['11年/今人舎](早見優オフィシャルブログ

ショーン・タン.jpg オーストラリアのイラストレーター、絵本作家のショーン・タン(Shaun Tan、1974-)のオムニバス作品で、全編イラストで構成されていますが、「字のない絵本」「イラストで語られる小説」などとも言われているようです。

遠い町から来た話.jpg '04年に絵本『レッドツリー―希望まで360秒』('01年発表、'04年/今人舎)が早見優の訳で紹介され(絵が主体で文章は僅か。メーテルリンクっぽい寓話的ストーリー)、SF小説の挿絵のような画風の絵本『遠い町から来た話』(Tales from Outer Suburbia、'08年発表、'11年/河出書房新社)で認知度が高まり(これ、大友克洋とか宮崎駿っぽい雰囲気もある)、この『アライバル』(The Arrival、'06年発表)は、日本紹介作としては第3弾です(早見優訳『レッドツリー』は'11年に大判となって改版)。

遠い町から来た話

 国際的には、この『アライバル』で世界幻想文学大賞など多くの賞を受賞し、『ロスト・シング(落し物)』('99年発表、'12年/河出書房新社)が'10年にアニメ映画化され、アカデミー賞短編アニメーション賞を受賞しています(監督:ショーン・タン/アンドリュー・ルエーマン)。

アライバル ショーン・タン2.jpg 本書は、見知らぬ国に「到着」したばかりの移民が作品の大きなモチーフになっていますが、セピアトーン一色で描くことで年月の経過をうまく演出しており、シュールでありながらリアルであるというのが不思議。移民の不安や希望をここまで描く力量はやはりスゴイことかもしれず、人間の心象風景として普遍性のある作風になっているように思いました。

 ショーン・タンの父親は、マレーシアから西オーストラリアに移住した移民であり、その父の経歴が作風に影響を与えているとのこと、但し、この作品の中で描かれているのは「架空の国」であるとのことですが、個人的には何となく、19世紀から20世紀にかけてヨーロッパからアメリカへ渡った移民を素材として扱った映画に出てくる1シーンを想起させるようなものが多いような気がしました。

アライバル ショーン・タン3.jpg イタリア系移民を扱ったフランシス・フォード・コッポラ監督の「ゴッドファーザーPartⅡ」('74年/米)、ロシア系移民を扱ったマイケル・チミノ監督の「天国の門」('80年/米)、ユダヤ系移民を扱ったセルジオ・レオーネ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」('84年/米・伊)、アイルランド人の移民を扱ったマーティン・スコセッシ監督の「ギャング・オブ・ニューヨーク」('02年/米、レオナルド・ディカプリオ主演)等々(映画の中の回想シーンも含め)何となく既視感のあるものもありました。

 アニメ作家でもあるらしく、フィルムのコマ送りのような連作もあって、作品の点数的にもスゴイ数ですが、これ全部一人で描いたのかなあ。

 作者あとがきを見ると、このオムニバス作品の制作に4年間を費やし、リサーチのため多くの図書館を回ったらしく、また「1912年のタイタニック号沈没のニュースを伝える新聞売りの写真」「ビットリオ・デ・シーカ監督の1948年の映画『自転車泥棒』」などからもインスピレーションを得たとありますが、どの映画か特定はできないけれど、先に挙げた映画の影響なども受けているのではないかなあ。

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イラスト集と楽しめるだけでなく、画家と評論家のやりとりが、おまけの楽しみを添える。

アガサ・クリスティーイラストレーション1.jpgアガサ・クリスティーイラストレーション トム・アダムズ.jpgアガサ・クリスティー イラストレーション

 アガサ・クリスティ作品の表紙イラストレーターとして知られるトム・アダムズ(Tom Adams, 1926- )のイラスト集で、トム・アダムズは他のミステリ作家の作品の表紙イラストも手掛けていますが(本書の序文はトム・アダムズがその作品の表紙イラストを手掛けた『コレクター』のジョン・ファウルズが書いている)、本書はタイトル通り、クリスティ作品に絞ったイラスト集となっています。

トム・アダムズ06「予告殺人」.jpgトム・アダムズ23「鏡は横にひび割れて」.jpg 掲載されているのは「原画」であり、タイトルなどの文字は入っていないため、もちろん作品のイメージと結びつけて観賞するのが筋ですが、仮にその作品を読んでなくとも絵画としてスッキリ鑑賞することが出来て、また、その多くに、推理小説家でミステリ評論家のジュリアン・シモンズ(Julian Symons, 1912-1994)が、作品紹介と併せて解説や評価をコメントしています。

「予告殺人」(米国・ポケットブックス版(1972年) /「鏡は横にひび割れて」(英国・フォンタナ版(1966年)

 ジュリアン・シモンズの評価は、例えば本書の表紙にもなっている「鏡は横にひび割れて」のイラストのように絶賛調のものもあれば、作品の内容が想起されにくいとして「落胆した」とはっきり述べているものもあり(「スリーピング・マーダー」の表紙イラスト。逆に「予告殺人」のイラストなどは事件発生時そのものだけど)、それらのコメントに対してイラストを描いたトム・アダムズ自身が更にコメントを寄せているのがなかなか面白いです。

tom-adams_a-murder-is-announced_london-fontana-books-1974.jpgtom-adams_they-do-it-with-mirrors_london-fontana-books-1981.jpg 例えば、シモンズが絶賛する「鏡は横にひび割れて」のイラストについては、「この表紙がどうしてそれほど好まれるかが分からなくて途方に暮れている」としています。

「予告殺人」(1974年・英国・フォンタナ版)/「魔術の殺人」(1981年・英国・フォンタナ版)

 また、「書斎の死体」の表紙イラストなどは、トム・コリンズ自身が、原作にはない作為を加えたことを認めたりしていて(確かに、死体がスパンコールのドレスを纏っていたとか、裸足で紅いペディキュアをしていたとかはどこにも書かれてなかったと思う)、興味深いです。
 
トム・アダムズ27「書歳の死体」.jpgThe Murder at the Vicarage Illustration by tom Adams.jpg 結構シュールレアリズムっぽいものも多く、牧師の頭の部分ががテニスラケットになっている「牧師館の殺人」のイラストなどは完全にルネ・マグリット風ですが、それが作品に出てくる要素が散りばめられていたり、或いはイラスト全体として作品の雰囲気を伝えるものであればシモンズは高く評価し、一方、あまりにシュール過ぎて作品と結びつきにくくなるとやはり疑問を呈したりしています(「牧師館の殺人」におけるテニスラケットはさほど重要なモチーフ要素ではなく、殆どトム・アダムズが自分の好みで描いたのか)。

 それに対してトム・アダムズの方は、ある程度そうした指摘を認めたり、どうしてこれがいけないのかと反論したり、その絵を描いた際の制約条件などの事情を説明して弁解したり、これが描きたかったのだと開き直ったり(?)―といった具合で、この両者の"やりとり"が、単なるイラスト集としてだけでなく、おまけの楽しみを添えるものとなっています。

「書歳の死体」(1974年・英国フォンタナ版)  

「書斎の死体」(米国版表紙イラスト)/「ABC殺人事件」(米国版表紙イラスト)
トム・アダムズ104「書歳の死体」.jpgトム・アダムズ108「ABC殺人事件」.jpg

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しっかりした概念整理、社会的弊害、社会病理学的観点など、バランスの取れた内容。

「新型うつ病」のデタラメ.jpg                それってホントに「うつ」? .jpg   林 公一 『それは、うつ病ではありません!』.jpg
「新型うつ病」のデタラメ (新潮新書)』['12年]/吉野 聡『それってホントに「うつ」?──間違いだらけの企業の「職場うつ」対策 (講談社+α新書)』['09年]/林 公一『それは、うつ病ではありません! (宝島社新書)』['09年]

 挑発的なタイトルであり、実際に内容的にも、精神科医である著者の「新型うつ病」の診断のいい加減さに対する憤りが感じられますが、ベースは非常に秩序立った解説と、著者の経験的症例に基づくかっちりしたものでした。

 冒頭に「新型うつ病」の症例と「従来型うつ病」の症例を掲げ、さらに「軽症」の「従来型うつ病」の症例を挙げて、「新型うつ病」と「軽症」のものも含めた「従来型うつ病」の違いをくっきり浮かび上がらせています。

 更に、「うつ」と「うつ病」の違いを、うつ病概念の歴史を辿りながら解説しており、うつ病概念がDSMなどの操作的診断基準と、所謂「新型うつ病」に属する新たな病型の提唱により拡大したとする一方、DSMにおいて、失恋やリストラなどによって起こる気分の落ち込みや不眠、空虚感が「症状」とされ、安易にうつ病と診断されること(うつ病概念の拡大)への異論も紹介しています。

 こうして多くの学説・主張等を紹介したうえで、「新型うつ病」とは、ずばり、「逃避的な傾向によって特徴づけられる抑うつ体験反応」であるとし、「逃避型抑うつ」(広瀬徹也)、「現代型うつ病」(松浪克文)、「ディスチミア親和型うつ病」(樽味伸)の殆どがこれに当たるとしています。

 その上で、抑うつ状態の全貌を表に纏めていますが、それを見ると、まず全体を病的なもの(「抑うつ症診断群」)と病気とは言えないもの(「単なる気分の落ち込み」)に分け、前者の抑うつ症診断群の中に、「総うつ病」「うつ病」「抑うつ体験反応」などがあり、「抑うつ体験反応」の中に、従来から「抑うつ神経症」「反応性うつ病」と呼ばれていたものと、「逃避型抑うつ」「現代型うつ病」「ディスチミア親和型うつ病」などと呼ばれる最近増加した逃避を特徴とする「新型うつ病」がある―という構図を示しています。

 「新型うつ病」が生まれた要因は、「精神病理学の衰退」と「精神力の低下」がその出現環境を外側と内側から準備し、「SSRI(抗うつ薬)の出現」がその引き金となったという著者の見方には説得力があり、とりわけ、DSMの普及と反比例するように精神病理学という学問自体が衰退し、これを専門に勉強する若い精神科医があまり出なくなった、というのには考えされられました(外見判断基準であるDSMの普及により、精神科医が「直観」を磨く訓練をしなくなった)。

 全3章構成のここまでが第1章で、第2章では、「新型うつ病」がもたらした社会的弊害について臨床経験を踏まえつつ考察していますが、休職するためだけに診断書を求める人達とそれに応える医師がいることや、そのことによって給料の6割に該当する傷病手当金が比較的簡単にもらえるため、病気を隠れ蓑にしたある種の利権のようになってしまっていること、障害年金についても「うつ病で障害年金 完全マニュアル」のようなものが出回っていて同じような状況になっていること、更には、労働紛争の場においても、専門医のバラバラな診断結果と裁判官の恣意的な解釈によって、専門家から見れば非常に疑問の余地があるケースにおいて原告に多額の「賠償金」が支払われていたりすることなどを、事例を挙げて紹介しています。

 最終第3章「精神科診療から見た現代社会」においては、「何でも人のせい」「何でも病気」「『知らない私』のせい(プチ解離)」といった最近の社会風潮に呼応するようなケースが紹介されています。

 症例がそれほど多く紹介されているわけではありませんが、1つ1つの事例紹介が解説としっくり符合していて、無駄が無いという印象です。

 DSMの基準に批判的で「現代型うつ病」乃至「ディスチミア親和型うつ病」を「うつ病」とは見做さない派―の精神科医が書いた本という意味では、その部分だけ見れば、ほぼDSMに沿って書かれている吉野聡 著 『それってホントに「うつ」?』('09年/講談社+α新書)よりも、林公一 著『それは、うつ病ではありません!』('09年/宝島社新書)に近いと思われますが、こちらの方が、概念整理がしっかりしており、事例も適切であったように思います。

 前二著を比較すると、個人的には『それってホントに「うつ」?』の方を圧倒的に支持するのですが、それは、企業側からすれば「現代型うつ病」も「従来型うつ病」と同じような"対応課題" になっているという観点から書かれているためであり、その背景には、本書にあるように、「逃避的な傾向によって特徴づけられる抑うつ体験反応」(乃至は、そのレベルにまでも至らない「単なる気分の落ち込み」)に対して「うつ病」という診断を下す(或いは、乞われて診断書に書く)精神科医がいるということがあるのでしょう。

 この本はこの本で、うつ病の基本概念と近年の傾向をよく整理し、「新型うつ病」の社会的弊害を現場感覚で捉えつつ、社会病理学的な観点も視野に入れた、バランスの取れた良書だと思います。

 Amazon.comのレビューの中に、うつ病に関する記述はこの種の一般書としては出色の出来であり、症例も臨床観に優れているが、タイトルが問題であり、内容と合っていないばかりか、「新型うつ」はでっち上げとの誤解を招き、ある種の人たちが主張する「新型うつは甘えなので、診断治療の必要はないし、疫病利得を得るなどもってのほか」という説とこの本の趣旨は大きく隔たっているにも関わらず同じと見られる恐れがある―といったものがありましたが(そのことを理由に星2つの評価になっている)、それは言えているなあと(吉野聡氏の『それってホントに「うつ」?』についても同じことが言え、こういうの編集部でタイトルを決めているのかな。共に良書であるだけに惜しい)。

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