【1795】 ◎ 南部 さおり 『代理ミュンヒハウゼン症候群 (2010/07 アスキー新書) ★★★★☆

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精神状態ではなく「行為」を指し、その行為は虐待であって犯罪だと。潜在的には数的にかなりある?

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代理ミュンヒハウゼン症候群 (アスキー新書)

 アイキャッチ的な帯に対して、内容はかなりかっちりした本。個人的には、本書を読む前までは、海外医療ドラマなどにもよく登場する、大袈裟な演出によって病気を装い、難しい検査や痛みを伴う治療を受けたがる人が「ミュンヒハウゼン症候群」で、リストカットなどの自傷行為が自分の子へ転嫁されるのが「代理ミュンヒハウゼン症候群」であるという漠たる理解で、何となく両者が繋がらなかったのですが、法医学者による本書読んでみて、その意味や特徴についてより理解を深めることができたように思います。

 「代理ミュンヒハウゼン症候群」(MSBP)とは、子どもの世話をする人物(多くは母親)が、自らではなく「子どもを代理として」病気の状態を作り出し、それによって医療機関に留まろうとする虐待のことを指すとのことです(医療機関が彼らにとって避難所・安息の場であることは「ミュンヒハウゼン症候群」と同じ)。

 健康状態を損なわせたわが子を病院に繋ぎ止め、本来は不必要であるはずの苦痛を伴う医療措置を受けさせつつも、献身的に介護する―本書の第一のポイントは、これが虐待であり、犯罪行為であるということ、つまり、「代理ミュンヒハウゼン症候群」とは、「行為」の症候群を指すということです。

 子どもに危害を加えることなく、病院側に「様子がおかしい」と訴えるだけでも、そこで本来は不要な検査や"治療"を受けさせることに繋がれば虐待であるし、実際に子どもに危害を加えて生命の危険に晒す、或いは死なせることになれば、これはもう虐待に加えて殺人未遂または殺人ということになります。

 「代理ミュンヒハウゼン症候群」が一般の虐待と異なるのは、虐待する母親が自らの感情をコントロールし、沈着冷静に自分の行為の意味をよく分かった上で、求める結果を得るために慎重にこうした行為を行うという点で、その結果、子どもが入院した際には、多くの場合、医療スタッフから「すごくいい母親」であると賞賛を得ることで、情緒的満足を得るとのこと、う~ん、これが目的かあ、恐ろしいなあ。

 本書では、「代理ミュンヒハウゼン症候群」の海外の事例が多く紹介されていますが、日本では1995年から2004年までの10年間で21症例とのこと、但し、これは氷山の一角に過ぎないと思われると著者は述べています。

 海外ではそうした事件を巡る裁判もあって、一方で、普通の事故に対して「代理ミュンヒハウゼン症候群」の疑いがかかったりして、いろいろ話題になったり議論されたりしているようですが、日本でももっとあっておかしくないような気がするけれども、看過されてしまっているのではないかなあ(通常の児童虐待についても、報告例が急増したのは2000年以降になってからでしょう)。

 そうした中、日本で起きた、幼い子ども3人を死傷させた母親の不可解な行動を巡る(実は、汲み置いておいた水道水や飲み残しのスポーツ飲料を子どもの点滴回路に混入させていた)「点滴汚染水混入事件」の、2010年5月に裁判員制度のもとで行われた裁判の傍聴の記録と解説・分析がなされています。

 この事件も、その母親から「五女」の様態がおかしいとして持ち込まれた病院の医師が、家族歴を調べて「次女から四女までが亡くなっている」のは変だとして疑いを持ち、病室に監視カメラを設けたことが発覚に繋がり、この母親は自分の子が亡くなる度に、代わりとなる次の子を産んでいたわけで、誰かが気づかないとこうしたことは繰り返されてしまうものなのかも(実際にそうであると考えると恐ろしい)。

 「代理ミュンヒハウゼン症候群」(MSBP)は「行為」を指すため、そうした精神状態にあっても、行為に及ばなければ(踏みとどまれば)それには該当しないとうことになりますが、そうでありながら一方で、精神状態(子どもとの関係性)が定義付けの要件となっているところがややこしいと思いました。

 しかも、事件を起こした当事者は平然とそうした行為を成し、「動機」が本人から語られることはまずないため、「動機不明」のまま、「故殺」かどうか(こうした行為が殺人になるという認識があったかどうか)を客観的に立証しないと、本来は「殺人」であるものが「過失致死」でしか問えなかったりもするようです(遺族関係者が厳罰を望まないという傾向もあるし)。

 MSBP行為をする母親の精神状態に、「演技性人格障害」など、幾つかの人格障害との関連が見られることも多いということですが、このあたりも一般認識をややこしくしている要因か(MSBPは行為を指すわけだから、それ自体は「病気」でも「人格障害」でもない)。
 
 前述の裁判例で裁判員たちが、限られた時間に慎重かつ真剣に同件を審議したことを著者は評価しつつも、裁判員だけでなく裁判官までもが、MSBPが「行為者の精神状態」であり、それによって「行為制御能力が低下していた」という思考パターンから最後まで抜け切れていないことが窺えたのを、著者は残念に思ったようです(これだけMSBPは「行為」であると言っているわけだからね)。

 医師も裁判官も、今後この方面の理解をより深める必要があるように思いましたが、本書刊行時には少し話題になったものの、意外とその後が続いていないようにも感じます(著者の如く、法医学という学際的な素養を持った人がこのような一般向けの本を著すケースは少ないのかも)。

 極めて冷静かつ客観的な視点から書かれつつも、こうした目に見えない虐待によって、苦しみつつ短い生を終えるに至った幼い命に対する思いが感じられる本でもあります。

ニコ生「これはひどい!児童虐待の実態」 ひろゆき×南部さおり

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This page contains a single entry by wada published on 2012年8月18日 04:23.

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