【1788】 ○ むの たけじ 『希望は絶望のど真ん中に (2011/08 岩波新書) ★★★☆

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人類はなぜ戦争をするようになったのか。96歳の老ジャーナリストの自伝的エッセイ風社会批評。

希望は絶望のど真ん中に.jpg 『希望は絶望のど真ん中に (岩波新書)』 [10年]

 著者(武野武治氏)は1915年秋田県生まれで、本書執筆時点(2011年)で96歳。自伝的エッセイ風社会批評とでもいうか。一見して最近の世の中を大いに悲観しているようで、実はその中に無限の未来を見出そうとしていて、例えば、「ジャーナリズムは死んだか」という問いに対し、ジャンーナリズムはとっくにたばっており、それを生き返らせるために皆で命がけで頑張ろうというスタンス。まさにタイトル通り、希望を失わない楽天性がこの人の本質なのかも。

 著者は東京外国語学校を卒業し、報知新聞社秋田支局に入社した2年後に盧溝橋事件から日中戦争が始まり、東京支社社会部記者として北京から内モンゴルを取材した際に、中国民衆は日本に屈服することはなく、日本軍に勝利はないと確信したとのこと(但し、そんなことは記事には書けない状況だった)。

 中国から帰国後に報知新聞を辞めると朝日新聞社から声が掛かり、1940(昭和15)年に同社会部の遊軍となり、2年後にジャカルタ支局に異動、ジャワ上陸作戦に従軍するなどしますが、終戦を迎え、戦時にジャーナリズムが軍事国家の先鋒を担いだ反省から、自らにけじめをつけるべく朝日新聞を退社し、秋田に戻ります。そして1948(昭和23)年に横手市で週刊新聞「たいまつ」を創刊し、30年間にわたり主幹を務めるも、1978(昭和53)年に経営難により休刊(63歳)、その後も執筆・講演活動を通じて30年以上にわたりジャーナリストとして活動してきた人です。

 先ず「人類はなぜ戦争をするようになったのか」ということを、独自の人類史観から考察していて、人類の歴史は700万年前まで遡るが、約2万5000年前にひとつの系統のみが生き残り(言語を話すホモ・サピエンスの系統)、農耕が1万年前に始まり、5500年前にチグリス河流域に都市文明(国家)が発生、最も手っ取り早い富の拡大手段として戦争が始まったとのこと。

この辺り、クニの原初形態が「国際」となる過程が詳しく説かれていて興味深く、以下、大航海時代から帝国主義時代、20世紀へと、戦争と国家の関係史を追っていますが、戦争は国家間の権力抗争の決め手となるもので、戦争は人間の本姓であるとか、戦争は消費を促進し不景気対策の必要悪だとかいうのは、みんな支配者の嘘であるとのこと、これは、先の太平洋戦争でも同じことが言えるようです。

 続いて「人類に未来はあるのか」ということを考察していて(テーマがデカイね)、人類の余命は、世界中で大戦争が起り、核兵器で人類が死滅するとすればあと40年ほど、地球の寿命であるガス星雲化するまでとすればあと40億年あるとのことで、40年か40億年かは人類次第だという―確かに。

 著者の批判は日本の現状に向けられ、東日本大震災後の福島第一原発事故対応で明らかになった産業構造の腐敗、政治の無責任、科学技術者の退廃を糾弾するとともに、戦後の日本社会は過ちばかりが目立ち、日本人は真摯な反省と真面目な努力をどこに忘れてしまったのとしつつも、大局的に見れば「ヒューマニズム」そのものは人類が国家をつくるまでには存在していたが、国家が形成され欲望を達成しようとした5500年前に戦争が始まってヒューマニズムは地に堕ち、爾来、人類は戦争ばかりやってきたのを「進歩」したと錯覚していると―国家権力と結びついた金融経済もまた謀略と戦争を孕んでおり、資本主義の綻びはいつも戦争で償われてきたが、2008年のリーマンブラザーズの破綻は恐慌を予感させる危険な兆候であり、新自由主義の行き着く先は労働者の貧困化と奴隷化であって、あと一歩で国民の奴隷化に行き着くだろうとしています。

 そうした中、労働から疎外された若者は、同じ苦しみや悲しみを背負う若者とは協力する方向へ努力せず、秋葉原事件などを起こしたりして自滅する方向へ流れるのはなぜか―こうしたことを皆の問題として受け止め取り組もうと、若者と触れ合ってきた著者は、この問題を、希望と絶望、学習、コミュニティに分けて論じています。

 先ず絶望すべき対象にはしっかり絶望し、それを克服する努力を重ねて希望に転化してゆこう、希望は絶望のど真ん中に実在している。みんなで学習する時は対等に隔てなく意見を述べ合うことが大事である―というのが著者の結論であり、後半は啓発的であるともにやや抽象的なメッセージになっていますが、96歳にして、大いに絶望しつつもその絶望を突きぬけて、そこから前向きなメッセージを発信しているそのパワーが、そもそもスゴイなあと思いました。

 個人的には、終戦を迎えた際の朝日新聞社内の様子などの記述が興味深かったです(う~ん、日本人の国民性としての当事者意識の無さがよく分かる。新聞記者だって宮仕えなんだなあと)。
むのたけじ.jpg 全体としてはやや牽強付会なところもありますが、何せ96歳ですから、目の前で話されたらもう大人しく聴くしかないかも。この人、所謂"優秀老人"と言うか、ボケないタイプなんだろなあ。「書く」という行為は、ボケ防止にいいのかも。喋りもスゴクしっかりしている...。
むのたけじ「希望は絶望のど真ん中に」刊行記念講演(2011年)

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むのたけじ(本名・武野武治)ジャーナリスト。2016年8月21日、老衰のため、さいたま市の次男宅で死去。101歳。

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This page contains a single entry by wada published on 2012年8月 9日 04:15.

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