【1771】 ○ 富坂 聰 『中国の地下経済 (2010/09 文春新書) ★★★★

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核心の部分をもう少し具体的に書いて欲しかった気もするが、面白かったことは面白かった。

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中国の地下経済 (文春新書)』 富坂 聰 氏(テレビ朝日・2012年3月10日)/薄煕来・重慶市党委員会書記
「ブログ報知」(2010年2月9日)
富坂 聰 20.jpg 著者は「週刊文春」記者時代から中国をずっとテーマとして追っているジャーナリストで、これまで多くのインサイドレポートを著していますが、本書はとりわけ著者が得意とする「地下経済」に的を絞って書かれている点が良かったです。

 「地下経済」というと、麻薬や人身売買が関係するダーティーなイメージを抱きがちですが、本書によれば、中国においては、まっとうに見えるビジネスも実は地下経済とすべて繋がっており、また、中国で暮らしている者であれば、地下経済とまったく関係なく生きている者などいないとのことです。

 中国の私企業、商店、飲食店などは、その設立や設備投資に際しては殆どの場合、銀行が安全な国有企業にしか融資しないため、「地下銀行」を利用するとのことで、これは無尽講のような個人経営の金融機関なのですが、そうした地下銀行が中国では発達しているため、個人でも事業を起こすことができるとのこと。

 国家による人民元の持ち出しや外貨規制等がある中で海外との入送金などが可能なのも、こうした地下銀行がその役割を担っているためで(こうした地下銀行は東南アジアの他の国にもあるけれどね)、中国人が銀座でブランド品を買い漁ることができるのも、この地下マネーのお陰であるようです。
 
 一方、役人には「灰色収入」と呼ばれる賄賂に近い浦収入があり、1万以上あるという地方自治体の出先事務所が、そうした賄賂や官官接待を取り仕切っているとのことで、ある事務所では高級茅台酒を一時に777本も買っていたとのこと(その茅台酒がニセ酒だったことから事件化し、その事実が明るみになった)。

黄鶴楼 タバコ.jpg また、「中華」という1箱58元(754円)の高級タバコを大量に買い込んでいた事務所もあったとのことですが、更にその上をいく「黄鶴楼」という1箱300元(3900円)もする超高級タバコがあって、これらも役人に渡す賄賂として利用され、「回収煙酒」という看板を掲げている商店があって、そこにこうした酒・タバコ持ち込めば、定価の一定率で買い取ってくれるという―つまり、非合法(且つ何ら危険を伴わない)裏マーケットがあるということで、要するに、この場合「高級タバコ」は(パチンコの景品のように循環して)疑似通貨の役割を果たしているわけです。

 こうした裏マーケットを支えているのも「地下経済」であれば、上海万博にパビリオンを出展する企業に融資しているのも、リーマンショック後の金融危機に対して約54兆円の景気対策を打ち出した国家財政を裏支えしているのも地下経済であるということであり、その規模は少なく見積もっても中国のGDPの半分(200兆円)になり(となると、中国のGDPが日本を上回ったのはつい先だってではなく、既に日本の1.5倍の規模であったことになる)、更にもっと大きな数字になるという試算もあるようです。

 こうなると、表経済と裏経済は別々にあるのではなく、中国経済そのものを地下経済が支えているということになり、但し、これらは税金がかからない世界で金の流れであって、中国政府はこれらに課税しようと「灰色収入」を定義し、「地下経済」を表の世界に引っ張り出そうとしているようですが、必ずしも上手くいってはいないようです。

 「地下経済」は、貧富の格差を生む原因となっていますが(実際に、党幹部を除いて最も潤っているのは、ベンチャー起業家ではなくて「央企」と呼ばれるガリバー型国有企業の社員らしい)、一方で貧しい庶民の雇用を支えている面もあり、著者自身、そうした施策の実効性に疑問を呈しています。

薄煕来.jpg 国家による地下経済"表化"施策の象徴とも言えるのが、本書の最後にある、当局によるマフィア掃討作戦であり、重慶市における「掃黒(打黒)」キャンペーンで有名になったのが薄煕来・重慶市党委員会書記ですが、大多数の国民から熱狂的な支持を集める一方で、その強引なやり口には綻びも見られるという―。

 結局、「首相候補」とまで言われた薄煕来は、本書刊行後の今年('12年)4月に失脚しますが(政治局員から除名され、妻には英国人殺害容疑がかけられた)、本書によれば、そのキャンペーン自体が薄自身の発想ではなく、中央の大老が支持したものだったのこと―薄煕来の前任者もトカゲの尻尾切りのように切られており、簿煕来も同じ道を辿ったことを考え合わせると、納得性は高いように思いました。

 中国は今、財政的な意味においてだけでなく、コピー商品やマネーロンダリングに対する諸外国からの批判もあって「地下経済」の"表化"に熱心ですが、中国が本気で地下経済を排除すれば中国経済のパイそのものは縮小し、地下経済でしか生きていけない人の生存域を狭めることになるという、著者の指摘するこのジレンマに、今後この国はどうなっていくのだろうかという思いを強く抱きました。

 表層的なことはかなり具体的に書かれていますが、核心の部分をもう少し具体的に書いて欲しかった気もして、しかしながら、簡単に核心に触れられないからこそ「地下経済」なのだろうなあ(面白かったことは面白かった)。

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This page contains a single entry by wada published on 2012年7月14日 23:01.

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