【1760】 ○ 市原 基 『鯨の海・男の海―市原基写真集』 (1986/07 ぎょうせい) ★★★★

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記録写真としてだけでなく、芸術写真としても見事。見せ方の"戦略"に時代背景を感じる。

男の海 鯨の海 市原0.JPG 鯨の海・男の海.jpg
鯨の海・男の海―市原基写真集』['86年]
(34 x 27.2 x 2.8 cm)

 1979(昭和54)年、折しもピークを迎えた世界的な反捕鯨の声に、クジラを食べる日本人としてその現場を見る必要があると感じて、企業・政府等各種団体に捕鯨船への同乗取材を交渉し始めた写真家が、'82(昭和57)年にようやっと南氷洋捕鯨船へ乗り込む許可を得て、'82年12月から翌年3月にかけてと、'83年10月から翌年4月にかけて、南氷洋と小笠原の捕鯨を取材した写真集で、写真家の全乗船距離は8万キロにも及んだとのことです。

男の海 鯨の海 市原6.JPG 日本の伝統産業の1つである捕鯨業が存続の危機にあるということが取材の契機であるわけですが、ただそうしたトピックを追って記録としての意味合いから写真を撮ったというレベルを超えて、海で働く男達の勇壮な仕事ぶりをよく伝えるとともに、南氷洋の美しい自然の様を見事にフィルムに収めており、芸術的にも素晴らしい出来映えではないかと思います。

 キャッチャー・ボートに乗り込んで撮った銛打ちの写真は圧巻で、母船に上がったミンククジラは、ヒゲクジラの中では平均体長8.5メートルと小型ですが、それでもデカそうだなあと。

 海面すれすれに海中を泳ぐミンククジラや体長14メートルのニタリクジラを撮った写真は、まるでこれから浮上しようする巨大潜水艦のようで、こんなのがぬっと目の前に現れたら、初めて見た人はびっくりするだろうなあとか、これがシロナガスクジラだったらニタリクジラの倍の大きさになるわけで、一体どのように見えるのだろうかと―。

 C・W・ニコル氏などが巻末に寄稿文を載せているほか(ニコル氏もまた捕鯨船団に乗り込み南氷洋に同行した経験を持つが、本稿では捕鯨擁護の立場から日本の国際的発言力の弱さを批判している)、著者自身も取材の模様を8ページにわたってドキュメント風に纏めており、併せて、捕鯨問題の(当時の)状況を解説しています。

 更に、巻末には全掲載写真の縮小写真とキャプションが付されていて、このあたりは、最近刊行された小関与四郎氏の写真集 『クジラ解体』('11年/春風社)もそうでしたが、親切な配慮と言えます。

  '86(昭和61)年に房総の和田浦港で撮られたマッコウクジラの解体の模様の写真などを収めた小関与四郎氏の写真集がモノクロなのに対し、この写真集はすべてカラー。但し、母船でのクジラの解体写真だけはモノクロです(しかも見開き写真も多いこの写真集の中で半ページを使ったものが1枚あるだけ)。

鯨の海・男の海1.jpg やはり、反捕鯨運動を意識してのことでしょうか(小関氏のマッコウクジラの解体写真も、撮影して写真集になるまでに25年かかっている)―その分を、南氷洋の美しい光景を撮った写真がカバーしていて、ある意味、戦略的といえば戦略的な面も。

マーメイドラグーンのクジラ.jpg 巻末の写真ごとのキャプションはたいへん丁寧に、また時にエッセイ風に書かれていて、確かに、引き上げられたミンククジラの凛々しく済んだ目には、"人間社会のゴタゴタもすべて見透かされている"ような印象を受けるとともに、ちょっぴり哀感を覚えたのも正直なところです(直径20センチ!ディズニーシーのマーメイド・ラグーンのクジラの目を思い出した)。

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