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浮世絵の伝統画法を守りながらもモダンなダイナミズム。イラストレーターの先駆?
『月岡芳年 幕末・明治を生きた奇才浮世絵師 (別冊太陽)』 義経と弁慶(明治14年)『月岡芳年の世界』['10年]
侠客・金神長五郎(慶応2(1866)年) (30 x 21.4 x 2.8 cm )
江戸から明治にかけて活躍し、「最後の浮世絵師」と言われる月岡芳年(つきおか・よしとし、1932-1892)の特集で、武者絵、妖怪画、歴史画、美人画など約230点を収めています。
先般、映画「メン・イン・ブラック3」('12年/米)のキャンペーンで共演のウィル・スミスと共に来日したトミー・リー・ジョーンズが、民放の朝のテレビ番組のインタビューを受けた後、浮世絵の絵柄のネクタイを贈られていましたが、自分に渡された安藤広重の絵柄のネクタイを気難しそうな顔でしばらく眺めたうえで、ウィル・スミスに渡された葛飾北斎の絵柄のネクタイと自分のものと替えてくれとウィル・スミスに言って交換していました。「メン・イン・ブラック3」のプロモーションワールドツアーで、各国へのツアーの中で唯一日本ツアーにだけ参加したトミー・リー・ジョーンズは、歌舞伎ファンであるとともに浮世絵愛好家でもあり、特に北斎と月岡芳年が好きで、しかも、娘は月岡芳年作品のコレクターで100点をめざして収集中とのこと、浮世絵は光に弱いため、保管庫から1点だけ取り出して部屋に飾り、毎日架け替えているそうです(番組担当者は、彼が浮世絵愛好家であることは調べていたが、作者の好みまでは調べてなかった?)。
それはともかく、こうしたムックで見ても、月岡芳年の作品は、迫力といい躍動感といいやはり凄いなあと。歴史・故事や歌舞伎・浄瑠璃、時々の世相・風俗・事件など、様々なところから題材を取っていますが、何でもござれ、妖怪画も多い。
河鍋暁斎(1831-1889)、落合芳幾(1833-1904)、歌川芳藤(1828-1887)らと同じく、歌川国芳(1798-1861)の弟子であり、この歌川国芳がまた何でもござれのスゴい人だったわけだけど...。
女盗賊・鬼神お松(明治19年)
なぜか「天才」とは呼ばれず「鬼才」と言われることの多い芳年ですが、その作風の変遷を見ていると、世阿弥の「守・破・離」という教えを想起します。師から学んだ浮世絵の伝統画法を大事に守りながらも、時代の要請に沿って工夫をこらし、後期の作品においては、なにものにも捉われない自由さ、画面からはみだしそうなぐらいのダイナミズムが感じられます。
30歳の頃に明治維新を迎え、54歳で没していて、明治に入ってからの作品の方が圧倒的に多いわけで、西南戦争や文明開化なども題材になっていますが、テーマ的にはやはり、「水滸伝」といった中国物も含めた武者絵や、役者絵・美人画・風俗画など、江戸時代の浮世絵のオーソドックスなモチーフが多いのかなあ。
素戔雄尊と八岐大蛇(明治26年)
それでいて、時代の変化に合わせて描き方がどんどん洗練されてきて、遠近感の使い方などは西洋画法と変わらないものあり、これは当時、これまでの浮世絵に無かった斬新さゆえの人気があっただろうなあと思わせます。
三島由紀夫なども愛好家だったそうだし、横尾忠則氏にも月岡芳年に関する著書がありましたが、最近また巷では「イラストレーターの先駆」などと言われ、広くブームになっているようです(トミー・リー・ジョーンズ父娘は先見の明があった?)。確かに、江戸時代前期・中期の「絵師」に比べ、江戸後期の「浮世絵師」はある種イラストレーター的であり、幕末から明治にかけての「浮世絵師」であった月岡芳年などは特にその印象があります。
この「別冊太陽」のムックは、昨年('11年)の「河鍋暁斎」に続く"生誕120周年"の記念刊行ですが、昨年ぐらいから、『衝撃の絵師 月岡芳年』('11年/新人物往来社)など芳年に関する本が続けて刊行されていて、今や師匠の歌川国芳やライバルだった河鍋暁斎らを超える人気であり、ブームになって比較的入手し易い価格で芳年の作品に触れることができるようになるのは歓迎すべきことです。
本当に一作品一作品じっくり鑑賞したければ、少し値が張るのが難点ですが『月岡芳年の世界』がお薦めです。'92年に東京書籍から刊行されたものが絶版になり、古書市場で刊行時の定価(7千円)を若干上回る価格で出回っていて且つ品薄気味だったのが、これもブームの予兆だったのか、、'10年に復刊ドットコムで全く同じものが刊行されました(でも、定価が1万円になっている。18年ぶりだから仕方ないのか)。やはり、根強いファンがいるんだなあと。原則一頁に一作品。解説も丁寧で、専門家のコラムなどもあります(編者は洋画家の悳俊彦(いさお・としひこ)氏。歌川国芳、月岡芳年などの研究家でもある)。これが手元にあると、トミー・リー・ジョーンズにちょっとは近づける?