【1753】 ◎ 石井 光太 『遺体―震災、津波の果てに』 (2011/10 新潮社) ★★★★★

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TV等では報じられない「遺体」というものを通し、それに関わった人々を描いた重厚なルポ。

遺体―震災、津波の果てに.bmp 『遺体―震災、津波の果てに』   石井 光太.bmp 石井光太 氏(略歴下記)

 東日本大震災のマスコミ報道などを見ていて、2万人近くの死者・行方不明者が出たと分かっていても今一つ実感がないのは、あまりにも膨大な犠牲者数であることもさることながら、自分たちがその一人一人の死に一度も直に触れてはいないということもあるのかも知れず、従って、どの町で何人亡くなったとかいった具合に数量的にブレイクダウンされていっても質的にはぴんとこないため、その非現実感が解消されにくいのかも知れません。

 TV報道などでは、当然のことながら死者の姿(遺体)が映し出されることはなく、また、遺体収容所(安置所)の様子さえも殆ど映像として流れることは無かった―遺体をTV映像として流すのは禁忌であるし、安置所の様子さえ写さないのも様々な配慮があってのことだと思いますが、そうしたことも実感の希薄さに繋がっているのかも知れません。

 本書は、ルポライターが震災直後に釜石市の被災現場に入り、被災者や救出・復旧活動にあたった人びと約200人を取材したものがベースになっていますが、とりわけ何らかの形で仕事として「遺体」に関わった人びとを抽出し、彼らの体験をドキュメントとして再現したものです。

 登場するのは、遺体の捜索・収容にあたった民生委員や市職員、消防団員や自衛隊員、安置所で検死やDNAサンプルの採取にあった医師や歯形の記録保存・照合にあたった歯科医師、葬送にあたった僧侶などで、後半は、火葬しきれない遺体を土葬するかどうかの判断を巡り、市職員らが苦渋の選択を迫られる場面もありますが、それぞれ人数を絞って、同一人物が時系列で何度か登場する形をとっており、そのため、細切れ感の無い、重層的で"重い"ルポルタージュとなっています。

 溺死した際の苦悶の表情を浮かべたままの遺体、瞼や鼻、口腔内に砂が詰まった遺体、搬送中に振動で口から海水や血液を放出する遺体、死後硬直で四肢曲がったまま戻らなくなった遺体、腐敗により気泡を発する遺体、津波の後に発生した火災により焼かれて炭のようになった遺体―読んでいてしばし言葉を失うというか、実際、本書に登場する僧侶でさえ、「神も仏も無い」という被災者の言葉に思わず頷いてしまいそうになるという―。

 自分の腕から流れ去った乳飲み子の遺体の前で泣き崩れる母親や、自分のよく知る人が目の前で津波に流された人もいれば、遺体収容にあった地元関係者の多くが、自分の知己・知人を遺体としてあちらこちらで見つけてしまうという事態に直面したりと、想像を絶する過酷な現実に向き合わされたのだなあと。

 こうした局面における宗教者の役割は大きいと改めて思いましたが、自ら遺体安置所の管理人になるべく名乗り出た民生委員が、前述の乳飲み子を亡くした母親の前で、遺体に向かって「ママは相太君のことを必死で守ろうとしたんだよ。自分を犠牲にしてでも助けたいと思っていたんだけど、どうしてもだめだった...相太君はいい子だからわかるよな。こんなやさしいママに恵まれてよかったな。短い間だけどあえて嬉しかったろ。また生まれ変わって会いにくるんだぞ」と語りかける場面は、この人こそ宗教者ではないかと。

 多くの同僚が精神的に参ってし映画「遺体」.jpgまい脱落していく中、最後まで頑張り通した市職員もいて、こうした人たちも含め、常識では耐えられないほどの精神的苦痛や苦悩に苛まれながらも、職責以上のことを果たした人が何人もいたのだなあと思わされました。

 全て関係者の目を通して書かれていて、ライターの主観を抑制した淡々とした筆致であるだけに逆に胸に迫るものがあり、単にTV等が禁忌として報じていない部分を露わにするという目的で書かれたものではなく、その時その場で起きた「生と死」のドキュメントをありのままに伝えることで、こうしたカタストロフィー的局面に直面した際の人間の不可能性と可能性といったものを描き出し、また読む者にそのことを考えさせる、重厚なルポルタージュでした。

2012年映画化 「遺体 明日への十日間」(2013年2月公開)
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石井 光太
1977(昭和52)年、東京生まれ。海外ルポをはじめとして貧困、医療、戦争、文化などをテーマに執筆。アジアの障害者や物乞いを追った『物乞う仏陀』、イスラームの性や売春を取材した『神の棄てた裸体』、世界最貧困層の生活を写真やイラストをつけて解説した『絶対貧困』、インドで体を傷つけられて物乞いをさせられる子供を描いた『レンタルチャイルド』、世界のスラムや路上生活者に関する写真エッセー集『地を這う祈り』など多数。

【2014年文庫化[新潮文庫]】

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