【1723】 △ 市川 真人 『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか―擬態するニッポンの小説』 (2010/07 幻冬舎新書) ★★★

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タイトルに呼応した内容である前半部分は面白く読めたが...。

芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか.jpg 『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか―擬態するニッポンの小説 (幻冬舎新書)

 「王様のブランチ」のブック・コーナーなどで分かり易いコメントをしている著者による本で、新書にしては300ページ超とやや厚めですが、すらすら読めてしまう読み易さでした。但し、タイトルの「芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか」という問いかけに呼応した内容は前半3分の1ぐらいで、この部分は面白く読めましたが、後は、「ニッポンの小説」全般についての著者独自の批評になっているため、やや「テーマが拡散している」ような印象も。

 村上春樹の『風の歌を聴け』('79年)と『1973年のピンボール』('80年)が、共に芥川賞の候補になりながらも最終的に受賞しなかったのは、それらの作品がアメリカ文学の影響を受け過ぎていたため、選考委員にはそれらの模倣のように受け止められたというのが通説ですが、その前に候補になり受賞もしている村上龍の『限りなく透明に近いブルー』('76年)も、佐世保を舞台にしたアメリカ文化の影響の色濃い作品であり、一体どこが異なるのかと―。

 著者は、加藤典洋の、戦後の日本文壇は「アメリカなしにはやっていけないという思いを、アメリカなしでもやっていけるという身ぶりで隠蔽している」という言葉を引いて、『限りなく透明に近いブルー』には、主人公の放埒な生活の背後に、アメリカに対する屈辱が秘められており、また、例えば、同時期に芥川賞の候補になった田中康夫の『なんとなく、クリスタル』('80年)も、主人公たちの享楽的な生活は、アメリカ的なものへの依存無しには生きられないという点で、その裏返しであると。

 つまり、自分たち自身は本質的には「アメリカ的ではない」という自己規定が前提になっていて、それに対して、村上春樹の作品は、主人公をそのままアメリカ人に置き換えても成り立つように、もはや日本人かアメリカ人かの区別は無くなっており、アメリカを対象化するのではなく、アメリカそのものである、そのことが選考委員の反発を買ったと―。

 つまり、戦後の日本人にとって、アメリカは「強い父」として登場してきたと言え、そのアメリカ=「強い父」の存在の下での屈辱や、その「強い父」の喪失を描くというのが、戦後の日本文学の底流にあり、村上春樹の作品は、その底流から外れていたために、受賞に至らなかったのだとしています。

 以降、そうした近代日本文学の特殊性を、太宰治の『走れメロス』や夏目漱石の『坊っちゃん』にまで遡って中盤から後半にかけて分析していて、そうした意味では必ずしも「テーマが拡散している」とも言えないものの、やはり、後半は、前半の村上春樹論ほどのインパクトは無かったように思いました。

 芥川賞のことは、近作『1Q84』にもモチーフとして出てきますが、自身が候補になった時の話は、『村上朝日堂の逆襲』('86年/朝日新聞社、'89年/新潮文庫)に書いていて、「あれはけっこう面倒なものである。僕は二度候補になって二度ともとらなかったから(とれなかったというんだろうなあ、正確には)とった人のことはよくわからないけれど、候補になっただけでも結構面倒だったぐらいだから、とった人はやはりすごく面倒なのではないだろうかと推察する」とし、受賞連絡待ちの時の周囲の落ち着かない様子に(自らが経営する店に、多くのマスコミ関係者が詰めた)自分まで落ち着かない気持ちに置かれたことなどが、ユーモラスに描かれています。

 前2作の落選後、長編小説(『羊をまぐる冒険』)に行っちゃったから候補にもならなかったけれども(芥川賞の候補になるには紙数制限がある)、中編小説を書き続けていれば、賞を獲ったようにも思います。

 吉行淳之介(1924-1994)なんか、群像新人賞に推して以来、ずっと好意的な評価をしていたみたいだし...(そう言えば、村上春樹もアメリカの大学で日本文学を教えていた時に、吉行作品をテキストに使っていたりしたなあ。相通じるものを感じたのかな)。

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This page contains a single entry by wada published on 2012年4月 7日 22:29.

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