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労務の企業内スペシャストを目指すならば、これぐらいの本にはあたっておきたいところ。
『事例判例 労働法―「企業」視点で読み解く』 (2011/03 弘文堂)
著者は、本書刊行直後にも別の判例解説本を複数冊刊行するなど(改版を含む)、精力的に活動している労働法学者ですが、本書は「企業で働く人と、近い将来に企業で働こうとする人たちのために書かれた、労働法の基本書」であるとのことで、大学で長らく労働法を教えながらも、若い頃には企業(メガバンク)で従業員として働いた経験のある筆者が、自らの経験を活かして、大学の研究室の高みからではなく、企業の現場での発想を重視して作成したという、事例スタイルの解説書です。
サブタイトルの「企業視点で読み解く」という目的のために、労働法の中身を「合意の原則」「ヒューマン・リソース」「ワーク・ライフ・バランス」「リスク・マネージメント」の4つのカテゴリーに分けているのが興味深く、例えば「合意の原則」の中には労働契約、採用、就業規則、解雇などの項目が含まれています。
以下、「ヒューマン・リソース」の章では賃金、配置・異動、非正規労働者などが、「ワーク・ライフ・バランス」の章では労働時間、休日・休暇などが、「リスク・マネージメント」の章では安全衛生や労災補償、労働組合などが取り上げられており、このように全体を通して見ると、著者自身も述べているように叙述の順序は突飛なものではなく、また、それぞれの解説もオーソドックスな労働法のテキストとそう変わらないようにも思えました。
本書のもう一つの特徴としては、各項の冒頭にある設問(事例)がすべて企業の人事担当者からの質問として構成されていることあり、せっかくなので、いきなり解説を読み始めるのではなく、まずこの部分を読んで自問自答してみることをお勧めします。
但し、解説自体は、その質問に対する直接的な回答と言うよりは、各項目分野の総論的・網羅的な解説となっています。
必要に応じてそれら解説に呼応する代表的な判例が要約されて紹介されており、更には、より学習を深めたい読者のために「発展文献」が紹介されています。テキストとして丁寧な作りであるとともに、2色刷りということもあって、読みやすいと思いました。
このように、教科書としては信頼し安心して読めるものとなっていますが、「企業で働く人と、近い将来に企業で働こうとする人たちのため」というよりも、「労働法の初学者」のための本のようにも思えました。
しかしながら、「企業の人事担当者にとって必要な労働法」という視点は、解説文中にも充分に織り込まれており、「法令順守」という観点だけでなく、「変容する企業社会と労働法」の関係や今後の方向性といった視点が盛り込まれているのもいいと思いました。
それが特色として最も表れているのは、4つのカテゴリー別解説の前にある第1章の「企業の中の労働法」であり、労働者とは何か、使用者とは何か、事業場とは、企業とは、といった解説は、それぞれ興味深く読め、とりわけ、「企業」という労働法規には登場しない概念を、その存在意義や人的構成から分析・考察した箇所には大いに頷かされました。
そうしたことも含め、学生や初学者にとってだけでなく、実務家にとっての知識修得のための基本書としても使える内容であり、また、企業内での労務のスペシャストを目指すならば、これぐらいの内容レベルの本にはあたっておきたいところ―といった感じの本でしょうか。
【2013年・第2版】