2012年1月 Archives

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人事パーソンへの応援歌であり、人事パーソンのキャリア形成に関する示唆に富む。

日本人事5.JPG 『日本人事 NIPPON JINJI~人事のプロから働く人たちへ。時代を生き抜くメッセージ~』(2011/08 労務行政)

 財団法人労務行政研究所の創立80周年を記念して発行された本とのことで、多彩な業界で活躍している15人の人事パーソンやOB・OGへのインタビュー集という構成をとっています。以前にパイロット版をちらっと読んで、なかなか興味深い企画のように思いましたが、今回通して読んでみて、共感させられる部分が予想以上に多くありました。

 インタビューの内容は、若い頃の苦労話、仕事での壁をいかに乗り越えたか、人事パーソンとしての信条や大切にしているもの、経営者や労働組合との関係構築方法など広範囲に及び、何れも示唆に富むエピソードやコメントを含んだもので、15人の話を一気に読んでしまいました。

 「人事」の仕事に携わる人事パーソンというのは、今まではあくまでも裏方という位置づけであり、個人がその「姿」を見せることは少なかったと思いますが、本書では、それぞれがビジネスパーソンとしてのキャリアをどのように積んできたかが自身の言葉で述べられていて、小説を読むように興味深く読めます。

 何れ錚々たる15人の顔ぶれですが、会社に入った時から人事をやるつもりだった人はおらず、社命等により人事に配属になった人が殆どであり、そうした中、"サラリーマン"という枠組みを超えて、どのように自分のやりたい仕事を発見し、自分を磨き、自己実現を図ってきたかが、体験的に語られています。

 大企業だからといって人事施策や諸制度がオートマチックに企画立案、導入されていくわけではなく、そこには人事パーソン一人ひとりの、社員にやる気を持って仕事をしてもらいたいという思いが込められており、また、経営層・労働組合との信頼関係がその支えになっていることを改めて感じました。

 登場する人事パーソンに共通していると思われた点は、人事部門にいながらも他部門への転出を希望するなど会社組織の現場を知りたいという意識の強い人や、人事のことだけを考えるだけでなく常に会社全体、世の中全体のことを考える志向を持った人が多いことです(人事=スペシャリストといった一般的なイメージとは随分異なる)。
 そう思いながら読んでいたら、堀場製作所の野崎治子氏が、自身へのインタビューの中で、「現場目線に立ち、多方面へアンテナを張ることが大事」としっかり要約していました。

 人事部門は社内でもエリートが集う部署という見られ方をすることが多いわけですが、ここに登場している人事パーソンは、その殆どが、入社以来ずっと順風満帆に陽の当たる道だけを歩んできたわけでなく、個々のキャリアの中では不遇の時代があったことが窺えます。そうした逆境を彼らが乗り越えることができたのは、それぞれが持つ強い意志と実行力の賜物であったと共に、メンターとなる経営者や上司との出会いが、そのキャリアの節目にあったことも見逃せないと思いました。

 「人事」の役割は、個人の能力を最大限に引き出し"人を活かす"ことに外ならないと、あとがきの「発刊によせて」で、齋藤智文氏と共に本書の取材及執筆を務めた溝上憲文氏が書いています。
 同僚をやる気にさせるにはどうすればよいか、部分最適に陥らず経営の方向性を見据えた全体最適を見据え、社員を一つのベクトルに導いていくにはどうすればよいのか、といったことについて、随所に経験に裏打ちされた提言が見られ、一般のビジネスパーソンや会社経営者が読んでも啓発されるものは多分にあるかと思われます(いわんや人事パーソンをや)。

 溝上憲文氏は、「人事部に元気がないと言われて久しい」とも書いていますが、個人的にもそれは感じられ、金融不況による緊縮財政、相次ぐM&Aなどによる先行き不透明な状況下で、非常に優秀なはずの人材が、極々短期的な視点でしか制度の改革にあたっていなかったりするのを見ることもあります。
 その制度改革すら課題山積で、やる気はある(或いは、やる必要は感じている)ものの、どこから手をつけていいのか分からず、途方に暮れているという状況も、少なからずあるかと思われます。

 本書は「人事」への応援メッセージが多分に込められているとともに、本が売れるとすれば、やはり「人事」はやや元気喪失気味なのかとも思ったりします。ただ、そうした中でも、次代のリーダーたらんという人は少なからずいるでしょう。あとがきで齋藤智文氏が書いているように、そうした人にとって「リーダーシップ発揮のためのよりどころ」となる本ではないかと思いました。

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中核は自社メソッドの紹介だが、周辺部分において読みどころがあった。自社メソッドについては隔靴掻痒の感。

「育成型人事制度」のすすめ.jpg 『育成型人事制度のすすめ』(2011/06 東洋経済新報社)

 本書は、全4章から成り、第1章で日本の人事制度の変遷をたどり、第2章で、今後あるべき人事制度の骨格としての「育成型人事制度」について、その必要性と枠組みを解説、さらに、第3章で、「育成型人事制度」の柱となる組織診断ツールとしての「ヒューマン・アセスメント」について、その理論や歴史、方法論を解説、最後の第4章では、人事制度の運用例として2つの事例を紹介しています。

 日本の人事制度の変遷を追った第1章は、その源流から戦前まで、さらに戦後の混乱期、高度成長期を経て70年代の低成長期、80年代のバブル期、バブル崩壊から成果主義の進展、アンチ成果主義の展開に至る流れをたどるとともに、職務等級制度の復活、定期昇給の廃止、目標管理と報酬のリンク、コンピテンシーの導入といったトピックも併せて解説しており、簡潔かつよく整理されていて、人事パーソンの"一般常識"として読めるように思えました。

 そうした日本の人事制度の歴史を通して、第2章では、「成果主義人事制度」が曲がり角に来ている現在、企業がグローバル新時代に対応していくために人事面で目指すべきゴールは「人材の育成」であるとし、その必要性の根拠を、経済合理性、労働人口の減少、モチベーションの向上、日本的徒弟制度という4つの視点から述べるとともに(ここまでは、きっちりした内容)、「育成型人事制度」の枠組みを、組織診断、経験のDB化、個別人事制度の構築、制度の運用、効果の検証という5つのステップで示しています(この辺りからやや"商売"っぽい感じが...)。

 そして第3章で、「育成型人事制度」の柱となる組織診断ツールとしての「ヒューマン・アセスメント(HA)」とはどのようなプログラムなのか、その理論的背景や方法論が解説されていますが、本書で言うところの「ヒューマン・アセスメント(HA)」とは、米国のDDI社が開発し、日本では、著者の所属するMSC社が企業や官公庁にサービス提供を行っているメッソドを指しています(要するにこの部分は"自社メソッド"の紹介であるということか)。

 「ヒューマン・アセスメント(HA)」の実際について、例えば演習課題がどのように行われるかということが解説されており、アセスメント実施中の各人の演習行動を観察・記録し評価するアセッサーは、自社の人材を社内アセッサーとすることも可能であるとしていますが、アセスメントの実際についての解説がそれほど具体的に書かれていないため、本書を読んだだけでいきなりというのはまず無理なように思われ、このメソッドを用いるのであれば、やはり最初は著者のそのMSC社に指導を仰ぐことになるのではないかと思われました。

 むしろ第4章で、育成型人事制度を成果に結びつけるための施策として挙げている2つの事例(「目標管理におけるブレイクダウンミーティング」と「管理職養成を図る多面評価の効果的活用」)の方がより具体的に書かれていて分かり易く、個人的には、「目標管理におけるブレイクダウンミーティング」(上司と部下全員が一堂に会して組織目標達成のための方策をディベート形式で検討し、各人の目標を決めるというスタイル)に関心を持ちました。

 本書の中核部分は「ヒューマン・アセスメント(HA)」(自社メソッド)の紹介なのでしょう。それ以外の周辺部分での分かりやすさ(実際に示唆を得られる部分もあった)とは逆に、その中核部分については"隔靴掻痒"感があり、自社メソッドについて全部を本には書いてしまわないという、こうした類の本のパターンを踏襲しているように思えました。

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"イノベーションの人"であったことを改めて痛感する『全発言』。中学生から読める『全仕事』。

『スティーブ・ジョブズ全発言 』.jpg  スティーブ・ジョブズ全仕事.jpg図解 スティーブ・ジョブズ全仕事』['12年]

スティーブ・ジョブズ全発言 (PHPビジネス新書)』['11年]

スティーブ・ジョブズ名語録.jpg 昨年('11年)11月の刊行(奥付では12月)ということで、10月のスティーブ・ジョブズの逝去を受けての執筆・刊行かと思ったら、昨年初から企画をスタートさせて脱稿したところにジョブズの訃報が入ったとのこと、著者には既に『スティーブ・ジョブズ名語録 (PHP文庫)』('10年)という著作があり、今回はその際に収録できなかったものも網羅したとのことで、その辺りが「全発言」という由縁なのでしょうか。

 彼の言葉を11のテーマ毎に括ってそれぞれ解説していますが、解説がしっかりしているように思え(前から準備していただけのことはある?)、内容も面白くて、一気に読めました(新書で330ページ超だが、見開きの右ページにジョブズの言葉が数行あって、左ページが解説となっているため、実質、半分ぐらいの厚さの新書を読む感じ)。

 必ずしも時系列に沿った記述にはなっておらず、冒頭にジョブズの年譜がありますが、1冊ぐらいジョブズの伝記を読んでおいた方が、そうした発言をした際のシチュエーションが、より把握し易いと思われます。

 11のテーマは、「ヒットの秘密」「自分の信じ方」「イノベーション」「独創の方法」「仕事のスキル」「プレゼンテーション」「リーダーの条件」「希望の保ち方」「世界の変え方」「チームプレー」「生と死」となっていますが、全般的にイノベーションに関することが多く(特に前半部分は全て)、ジョブズが"イノベーションの人"であったことを、改めて痛感しました。

 著者の解説と読み合わせて、特に個人的に印象に残った言葉を幾つか―。

「マッキントッシュは僕の内部にある。」
 ジョブズは、設計図の線を一本も引かず、ソフトウェア一行すら書かなかったにも関わらず、マッキントッシュは紛れも無くジョブズの製品だったわけで、マッキントッシュがどういう製品であるべきかという将来像は、彼の内部にしかりあった―何だか、図面を用いないで社寺を建てる宮大工みたい。

「イノベーションの出どころは、夜の10時半に新しいアイデアが浮かんだからと電話をし合ったりする社員たちだ。」
 著者が「多くの企業がイノベーションを夢見ながら一向に果たせずにいるのは、『イノベーション実現の五ヵ条』といったものを策定して壁に貼り出すことで満足するからだ。イノベーションとは、体系ではない。人の動きなのだ」と解説しているのは、確かにそうなのだろうなあと。ジョブズは、「研究開発費の多い少ないなど、イノベーションと関係はない」とも言っています。

「キャリアではない。人生なのだ。」
 '10年の春にジョブズを訪問したジャーナリストの、「キャリアの絶頂を迎え、この恰好の引き際でアップルをあとにされるのですか」との問いに答えて、「自分の人生をキャリアとして考えたことはない。なすべき仕事を手がけてきただけだよ...それはキャリアと呼べるようなものではない。これは私の人生なんだ」と―。今の日本、キャリア、キャリアと言われ過ぎて、"人生"がどっか行ってしまっている人も多いのでは...。

 後には、「第一に考えるのは、世界で一番のパソコンを生み出すことだ。世界で一番大きな会社になることでも、一番の金持ちになることでもない」との言葉もあります。
 これは「お金は問題ではない。私がここにいるのはそんなことのためではない」との言葉とも呼応しますが、ヒューレット・パッカードの掲げた企業目的が「すぐれた」製品を生み出すことだったのに対する、ジョブズの「すぐれた」では不足で、「世界で一番」でなければならないという考えも込められているようです。

 個人的には、自己啓発本はあまり読まない方ですが、読むとしたら、やはりジョブズ関連かなあ。神格化するつもりはありませんが、元気づけられるだけでなく、仕事や人生に対するいろいろな見方を示してくれるように思います。


 本書著者には、近著で『図解 スティーブ・ジョブズ全仕事』('12年1月/学研パブリッシング)というのもあり、これはスティーブ・ジョブズがその生涯に成し遂げた業績を解説しながら、イノベーション、チームマネジメント、プレゼン手法など、彼の「仕事術」をコンパクトに網羅したもの。

 190ページ足らずとコンパクトに纏まっていて、しかも、見開き各1テーマで、左ページは漫画っぽいイラストになっていますが、これがなかなか親しみを抱かせる優れモノとなっています。

 難読漢字(というほど難読でもないが)にはルビが振ってあり、中学生からビジネスパーソンまで読めるものとなって、特に中高生に、ジョブズの業績について知ってもらうだけでなく、ビジネスにおける「仕事術」というものを考えてもらうには、意外と良書ではないかと思いました。

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コンパクトに纏まっている。アップル社およびジョブズについて知る上で手頃な本。

アップルの法則 青春新書.jpgアップルの法則200_.jpg   スティーブ・ジョブズ スタンフォード.jpg
アップルの法則 (青春新書インテリジェンス)』['08年] スティーブ・ジョブスによるスタンフォード大学卒業式辞

 昨年('11年)10月にスティーブ・ジョブズが亡くなってから、ジョブズ関連本の刊行が相次ぎ、また結構売れているようですが、バタバタと急いで書かれた本よりは、ちょっと以前に書かれた本の方が良かったりもし、本書もその一つ。'08年の刊行であり、'07年のiPhone発表までをカバーしています。

 iMac、iPod、iPhoneとヒット製品を出し続けるアップル社がどのような会社で、どのように発想し、どのように製品を作ってきたのかが、アップルの誕生から凋落、そして奇跡の復活を遂げるまでのストーリーと併せてコンパクトに纏められています。

 著者はアップルを長年追いかけてきたITジャーナリストで、新書本は初めてとのことですが、一般向けに分かり易く書かれていて、既にアップルをよく知っている人が読むとあまり目新しい情報は無いかもしれませんが、今までアップル製品にあまり縁が無かったが、iPodやiPhoneを使い始めてから初めてアップル社やその製品に関心を持つようになったといった人には、アップル社を知る上で手頃な本かも。

 同じ年の1月に刊行された同著者の『スティーブ・ジョブズ―偉大なるクリエイティブ・ディレクターの軌跡』('08年/アスキー)が、ジョブズを撮った写真中心だったの対し(殆ど写真集?)、企画としては先行していたというこちらの方は、文章が中心であるため、相補関係にあつとも言えます。
 
 アップル社の歴史を追うということは、とりもなおさずスティーブ・ジョブズの歩んできた道を追うということになるとの思いを改めて抱かされ、ジョブズが亡くなってからジョブズという人物に関心を持ち始めた人にとって、ジョブズ自身の歩んできた道や、その製品戦略を知る上でも手頃な入門書と言えるかと思います(製品解説の部分、とりわけデザインについての部分は、もっと写真があった方が良かった)。

 著者は、アップル流のビジネスのやり方は、「日本の企業で、今すぐにそのまま実践しようとしても、なかなかうまくはいかないことも多いだろう」が、「アップルから今すぐ学んで取り入れることができることもある」と書いていますが、それは日本の企業に限らず言えることでしょう(ジョブズ亡き後、この会社がどうなるのか)。

 最後の方でジョブズが′05年にスタンフォード大学で行った、あの「ハングリーであれ、バカであれ」という言葉で締めくくられた有名なスピーチの内容が紹介されており、スタンフォード大学のWebサイトで「(英語の)文章として読むことができる」と補足されていますが、今はYouTube で日本語字幕付きで見ることができ、ちらっと見るつもりが、結局最後まで見てしまう―そんな味わい深い内容でした。

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大判の写真が充実(「写真集」に近い)。上質のクリエイティブ・センスで作られている本。

スティーブジョブズ偉大なるクリエイティブディレクター.jpgスティーブ・ジョブズ 偉大なるクリエイティブ・ディレクターの軌跡』['07年/アスキー]

スティーブ・ジョブズ3.jpg 昨年('11年)10月に56歳で亡くなったスティーブ・ジョブズの軌跡を追った本ですが、彼の人生のターニングポイントとなった幾つものシークエンスにおけるジョブズを撮った、余白スペース無しの大判の写真が充実していて、ジョブズの様々な発言と組み合わせたレイアウトも美しく、ジョブズの言葉の力強さを引きたてています。

 '07年末の刊行であり(奥付では'08年1月)、勿論その時点では大方の人がジョブズの死というものを('05年に一旦ガン克服宣言をしていることもあって)こんなに早く現実になるものとしてイメージしていなかったのではないかと思われ、そんな中、映画スターでもない企業経営者で(しかも存命中に)このような「写真集」のような本が刊行されたというのは、ジョブズの絶大なカリスマ性ならでのことではないでしょうか。

 長年アップル社及びジョブズを追いかけてきたITジャーナリストである著者が、ジョブズの軌跡を分かり易い文章で綴っていて、'07年のiPhone発表までをカバーしており、解説そのものは概ねジョブズやアップル製品のファンには既に知られていることが多いと思われますがが、中にはきらりと光るエピソードもあり、また、強いて言えば、サブタイトルにある「クリエイティブ・ディレクター」としての彼にスポットが当てられたものとなっています。

 写真の方も、冒頭の一枚に、今や多くのジョブズ関連本の表紙にその場面が用いられているiPhone発表の際のプレゼンテーションのものが、「今日、アップルは電話を再発明する」という彼の言葉とともにあり、最後のカラー写真は、そのプレゼンの最中に機材の不具合で中断を余儀なくされた際に、ジョブズが慌てる素振りも見せず、創業期に共同創業者のウォズニーらとやっていた悪戯を壇上にて身振りで紹介し、聴衆の笑いをとっている様を撮ったものであり、う~ん、大人の風格!

 ビル・ゲイツ('07年)との公開インタビューの写真で「昨日のことでクヨクヨするのではなく、一緒に明日をつくっていこう」との言葉があるのは、実際にその場でその通りのことを言ったにしても、やや出来過ぎの感もありますが('05年のスタンフォード大学の卒業式のスピーチでは、「WindowsはMacのコピーに過ぎない」と冗談っぽく言って、学生の笑いをとっていたけれど...)。

スティ―ブ・ジョブズIMG_2707.JPG 若い頃の写真もいい。アップル追放時代の中盤期の写真も少ないながらも何枚かあるようですが、「言葉」に年代が入っているのはいいけれど(「二十億ドルの売上と四三〇〇人の社員を抱える大企業が、 ジーンズを穿いた六人組と張り合えないなんてバカげている」という言葉は、アップル社に対して言っていたのだなあ)、出来れば「言葉」だけでなく「写真」の方にも年代を入れて欲しかったようにも思います。

 それでもグッドなエディトーリアル・デザイン。本書そのものが、上質のクリエイティブ・センスで作られているとの印象を受け、ファンには垂涎の1冊とまではいかなくても(価格的にも内容の割には安いと思う)手元に置いておきたい本ではないでしょうか。

《読書MEMO》
●目次
プロローグ ─iPhone─
「今日、アップルは電話を再発明する」
[第一章] さらばアップル
創業
「実はエジソンのほうが、世の中に貢献しているんじゃないかと思えてきた」
六色のロゴ
「私は、自分の思う方法で好きにやるチャンスを手に入れたんだ」
Apple II
「どうあってもコンピューターをプラスチックのケースに入れたいと思った」
Lisa
「どうしてこれを放っておくんだ? これはすごいことだ。これは革命だ!」
Mac
「海軍に入るくらいなら、海賊になったほうがましだ」
NeXT
「20億ドルの売り上げと4300人の社員を抱える大企業が、ジーンズを穿いた6人組と張り合えないなんてバカげている」
ピクサー
「ディズニーの白雪姫以来、最大の進歩だ」
[コラム] ジョブズとゲイツ

[第二章] アップル復活
Think different.
「私にはアップルを救い出す計画がある」
iMac
「いまの製品はクソだ! セックスアピールがなくなってしまった!」
Mac OS X
「画面上のボタンまで美しく仕上げた。思わずなめたくなるはずだ」
デジタル・ライフスタイル
「これは、われわれがリベラル・アートとテクノロジーの接点に立つ企業であることを示している」
iPod
「われわれはレシピを見つけただけではない。"アップル"というブランドが素晴らしい効果をもたらすと考えたのだ」
iTunes Store
「これは音楽業界のターニングポイントとして歴史に残るだろう。まさに画期的なものなんだ」
[コラム]
人々が語った「スティーブ・ジョブズ」
エピローグ ─ スタンフォードにて ─
「ハングリーであれ、バカであれ」

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分かり易いけれど物足りない?

勝つプレゼン 負けるプレゼン.jpg勝つプレゼン 負けるプレゼン69.jpg
勝つプレゼン 負けるプレゼン (PHPビジネス新書)』['11年]

 「準備6割、本番3割、振り返り1割」―これが、プレゼン成功と上達の秘訣であるという考えの下に、何がプレゼンの良否を分けるのかが分かり易く解説されています。

 プレゼンにおける基本的なことをよく網羅しており、とりわけ「準備」にフォーカスして書かれていますが、「何を感じてほしいか」 をよく考え、「準備で目的を明確にする」ことは確かに重要だなあと。流暢に話すことばかりに気を取られるなという考えには共感しました。

 そうした「準備」の段階でのコンセプチュアル・ワークのポイントについて、「本番」での質疑応答などを想定しながら解説しているのは、一つの解説の「方法論」として分かり良かったように思います。

 ビジネスの場では、日々の業務で他者と関わる行為の全ておいてプレゼン能力が求められるとしながらも、タイトルからも窺えるように、新製品や企画の提案・コンペティション(他社競合)といった"勝負所"を想定して書かれているように思いました。

 その割には、「本番」の解説などは、かなり初歩的なレベルだったかも。管理職昇進試験などで、普段やったことのないプレゼンをやることになった人には応用的に役立つかも知れないけれど、広告代理店などで常日頃から競合プレをやっている人などにとっては、特に目新しい知識や見方は得られないかも知れません(「知っている」というのと「出来ている」というのは違うことであるとは思うが)。

 目新しいことに奔る前に、まず基本を押さえるということは大事なことなのだろけれども、プレゼンの際の服装などの解説は、殆どビジネスマナーの世界のような気もしました。

 基本書としては良書だと思いますが、そうした意味では物足りない感じもあり、著者は「研修女王」と呼ばれているそうですが、どちらかと言うと、著者自身が「コンペティション型」「企画提案型」というより「セミナー講師」型ではないでないかとの印象を受けました。

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トラディショナル・タイプの啓啓蒙書。自分自身は本書のあまり良い読者ではなかったかも。
 
伸びる会社には必ず理想のリーダーがいる.jpg  ジョン・C・マクスウェル.jpg   夢を実現する戦略ノート.jpg 「戦う自分」をつくる13の成功戦略.jpg
伸びる会社には必ず理想のリーダーがいる』(2011/11 辰巳出版)/『夢を実現する戦略ノート』/「戦う自分」をつくる13の成功戦略

 リーダーシップに関する啓蒙書で、著者のジョン・C・マクスウェル(John C. Maxwell)は全世界で200万人以上のリーダー育成に携わってきたリーダーシップ論の世界的権威で、世界の指導者・思想家を評価するサイトで「世界最高のリーダーシップ指導者」に選ばれたとのこと (参考:WORLD'S TOP 30 LEADERSHIP PROFESSIONAL'S for 2014。日本では、あんまりこうした格付け評価というのはやらないなあ)。

 日本でも多くの著作が翻訳されており、ここ何年かだけでも『統率者の哲学―リーダーシップ21の法則』('05年/アイシーメディックス)、『夢を実現する戦略ノート』(齋藤孝:訳、'05年/三笠書房)、『あなたがリーダーに生まれ変わるとき―リーダーシップの潜在能力を開発する』('06年/ダイヤモンド社)、『その他大勢を味方につける25の方法―成功を勝ち取る人間関係のつくり方』('06年/祥伝社)、『求心力―人を動かす10の鉄則』(齋藤孝:訳、'07年/三笠書房)、『すごい「考える力」!』(齋藤孝:訳、'08年/三笠書房(知的生き方文庫))、『「戦う自分」をつくる13の成功戦略』(渡邉美樹:訳、'09年/三笠書房)、『「人を動かす人」になるために知っておくべきこと』(渡邉美樹:訳、'10年/三笠書房)、『夢をかなえる10の質問にあなたは「YES」で答えられるか?』('11年/辰巳出版)、『励ましの言葉が人を驚くほど変える』('11年/扶桑社)などと、毎年のように刊行されています。

 これで全部ではないからスゴイね。不況時にはこうした本がウケルのでしょうか?
 齋藤孝氏や渡邉美樹氏が自分で丸々1冊を翻訳しているわけではないでしょうが、著者名より翻訳者名の方が大きな字で書かれているので、この人たちの執筆した本だと思った人もいるのではないかなあ。

 本書は、そうした日本において訳出されたものも含め、著者のこれまでの著作から著者自身がエッセイを130篇抜粋して、26週間の月曜から金曜まで毎週5日、それぞれ1日1頁に収まるような形で割り振ったものです(原題:"Go for Gold: Inspiration to Increase Your Leadership Impact"(2008))。

 こうした構成からも窺えるように、本来ならば、26週間かけてじっくり内省を深めながら読むべきなのだろうけれど、これを一気に読んでしまったので、何だか"お腹一杯"であまり頭に残らなかった感じも。

 そもそも、この人の本は、「有名な○○である○○はこう言っている」的な従来型の啓蒙書スタイルの表現が多く、その「有名な○○」というのが、昔の米国大統領だったりするほかは知らない人ばかりで(昔の大統領だって、どんな人だったかはよく知らないのだが)、全てがそうとは言わないが、ぴんとこないと言うかイメージしにくい面も。

 エピソードが豊富であることは認めるけれども(デール・カーネギーなどの系譜か。トラディショナル・タイプの啓啓蒙書)、人によって「合う、合わない」があるかもしれません(嵌る人は嵌るんだろなあ)。こうした本を無碍に否定するわけではありませんし、部分的には、いいこと言っているなと思わせる箇所もありましたが、如何せん、あまり記憶に残らなかった―ということからして、自分自身は本書の、あまり良い読者ではなかったのかも知れません。個人的には同著者の『あなたがリーダーに生まれ変わるとき』('06年/ダイヤモンド社)の方が自分に合っていました。

《読書MEMO》
●目次
第1週  リーダーが孤独を感じるなら、何かが上手くいっていないのだ
第2週  もっともやっかいな部下は、自分自身
第3週  「決断」がリーダーシップを決める
第4週  後ろから蹴飛ばされたら、それだけ前に進むことができる
第5週  情熱の火を絶やさない
第6週  よいリーダーは、よい聞き手である
第7週  得意分野を見つけたらそこにとどまれ
第8週  現状を明らかにすることが、リーダーの第一の仕事
第9週  リーダーの仕事ぶりは、部下を見ればわかる
第10週 適材適所はリーダーの務め
第11週 核心に集中せよ
第12週 最大の過ちは、過ちが何であるかを知ろうとしないこと
第13週 管理すべきは、時間ではなく人生
第14週 リーダーであり続けることは、学び続けること
第15週 試練のときにこそ、リーダーの力が明らかになる
第16週 人は会社を見限るのではない、人を見限るのだ
第17週 経験は必ずしも最良の教師ではない
第18週 よい会議の秘訣は、会議の前にある
第19週 人との結びつきを大切に
第20週 あなたの選択が未来のあなたをつくる
第21週 影響力が、誰かから授けられることはない
第22週 何かを得ることは、何かを失うこと
第23週 旅を始めたものと一緒に旅を終えることは少ない
第24週 部下に望まれないリーダーに明日はない
第25週 質問しなければ、答えは得られない
第26週 未来に残すべきもの

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コミュニティの変化と経営環境の変化をパラレルに論じ、『貢献力』による自社の改革事例を社会の変化に敷衍化。

貢献力の経営.jpg 『貢献力の経営(マネジメント)』(2011/05 ダイヤモンド社)

 他者への「貢献」を通して社会の一員として認められたいという欲求は人間本来の欲求であり、集団主義的な思考や行動様式をとる傾向にある日本人の場合、こうした欲求を特性的に備えていると考えられる一方で、その「貢献」の対象が、特定のグループやコミュニティに限定されがちであるというのもまた、日本人の特性なのかも知れません。

 より広い視野に立ち、そうした「貢献」欲求を上手く活かせば、それが社会や企業の活性化に繋がるのではないか―NTTデータ社長である著者は、本書冒頭において、「今、まさに正念場を迎えている日本社会、そして企業経営において、最も必要なものは『貢献力』ではないだろうか」と述べています。

 そう考えるようになった背景として、近年、日本で起きている『2つの大きな変化』を挙げており、その1つは、"個人"間での「既存のコミュニティ(地域や職場など)の衰退」と「新しいコミュニティ(ツイッター、ブログ、SNSなど)の台頭」という『コミュニティにおける変化』であり、もう1つは、企業における、「グローバル化」や「働く意味」の変化といった『経営環境の変化』であるとのことです。

「マズローの欲求5段階説」と「貢献」の欲求.jpg こうした、ますます複雑化・多様化する社会や企業において、多くの人や組織が直面している「孤立」や「セクショナリズム」といった問題に解決するには、「個々の知を結集させ、皆で立ち向かう仕組み」が求められ、個人や個々の組織が独力で乗り越えられない壁に直面した時は、従来の「(チーム内)チームワーク」という概念を超えて、あらゆる知恵を総動員する必要があるのではないか、一人ひとりがコミュニティに貢献し、全員が力を合わせる時代が今ではないか―というのが、著者の主張です。

 著者は、「マズローの5段階欲求モデル」の最上位にある「自己実現の欲求」とは、「役に立っていたい、意義を感じたい」欲求ではないかとし、その下位にある「承認(尊厳)の欲求」の充足が「チームや組織への貢献」で得られるものであるならば、「自己実現の欲求」の充足は各種コミュニティへの貢献により得られるものであり、こうしたチーム外コミュニティへの貢献に達成感を求める人は今後増えるのではないかとしています。

 企業もそうした貢献を支援し、外部との交流を通して得た知見を会社に還元してもらうことで、社員も会社も時代の変化に対応していくべきであるとのことを、著者は、自社における社内SNSが、組織や役割を超えた絆づくりに一役買った成功例などを挙げて解説しています。

 更に、こうした社員によるボトムアップ型の貢献活動の事例と併せて、企業による「社員が『貢献力』を向上させるためのトップダウン型の仕掛け」が紹介されており、 具体例として、自社の人事評価制度を業績重視から行動重視へとシフトし、人事等級のグレード基準においては、「行動ガイドライン」から抽出した「挑戦」「連携・貢献」「構想・実現」の3つの要素に「専門性(プロフェッショナリティ)」を加えた4つの要素で行動の評価を行うようにしたことなどが紹介されています。

 また、ボトムアップ型の貢献活動におけるキーワードとして〈独創〉〈プロフェッショナル〉〈多様性〉の3つを掲げていますが、これをトップダウンによる貢献活動にも当て嵌めて、それぞれ「仕事の見える化で課題を共有し、常に進化する職場に」、「次世代を担う人材育成。イノベーションをカタチに」、「社員も、組織も、会社も相互に貢献、支え合う社会に」という考えのもと、自社内での事例が紹介されています。

 最後に3つの論点として、「社会に果たすべき企業の役割」を再考し、「セクショナリズムの打破」によって競争から協創への転換を促すことを呼びかけるとともに、「『貢献』は人間の自然な欲求」であるとして締め括っています。

 NTTデータという会社の"広報"的要素も含んだ本であるともとれ、中にはこんなに上手くいくのかなとか、巨大IT企業であるから可能なんだよなとか思わされる部分も無きにしもあらずですが、自社の改革事例を社会の変化に敷衍化させ、更に、コミュニティの変化と経営環境の変化をパラレルに論じることで、より広い視野に立った提言内容となっているように思いました。

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マネジャー論(育成本能)、リーダーシップ論(未来志向)としても、啓蒙書としても上質。

The One Thing You Need to Know: About Great Managing, Great Leading and Sustained Individual Success.jpg最高のリーダー2.jpg 最高のリーダー.jpg マーカス・バッキンガム(Marcus Buckingham).jpg マーカス・バッキンガム     
The One Thing You Need to Know: ... About Great Managing, Great Leading, and Sustained Individual Success (English Edition)最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと』('06年/日本経済新聞社)
Marcus Buckingham
Marcus Buckingham2.jpgMarcus Buckingham.jpg こうした「最高の」とか「たったひとつの」のとかをタイトルに冠した最近の本は、中身を読んでも、その「最高」や「たったひとつの」が当たり前過ぎてしょうも無かったり、或いは沢山のことを取り上げ過ぎていて結局は何が「たったひとつ」なのかよく分からなかったりすることが多いのですが、少し以前('06年)に刊行された本書は、至極まともなマネジャー論、リーダーシップ論であり、啓蒙書です。

 原題は"The One Thing You Need To Know...About Great Managing, Great Leading, and Sustained Individual Success"(2005)で、ギャラップの調査員だった著者(Marcus Buckingham(左写真)、現在は作家兼コンサルタントとして執筆・講演活動を行っている)が、多くのマネジャー、リーダー、仕事面での成功者へのインタビューを通して得た知見に基づいて、優れたマネジャー、優れたリーダー、個人として継続して成功を収めている人に共通する特性を、それぞれに端的に絞り込んで示しており、まさにタイトル通りの内容となっています。

 まずマネジャーとリーダーの違いについての考察から入って、ドラッカーら先人達のマネジメント論やリーダーシップ論を引きつつ、すぐれたマネジャーは部下の成功を手助けせずにはいられない「教育本能」を持っていることを示しています。

ウォルグリーン1.jpg ケーススタディとして挙げている、「ウォルグリーン」(Walgreens、米国最大のドラッグストア・チェーン)で、販売員として最高成績を収めている店員の話が大変面白い。この店員はインド人の女性で、昼間コンピュータの専門学校に通いながら、夜間零時過ぎから朝まで働いていて、要するに夜間パートなのですが、その彼女がどうして多くの店員の中でトップの成績を収めることができたのか、そこに、上司である日系人店長の、彼女の能力を最大限に引き出し、それを業績に結び付ける創意と工夫があることが分かり、優れたマネジャーは「部下一人ひとりの個性」に注目し、その個性が活かせるように、彼らの役割や責任の方を作り変えるとしています(これを「チェスをする」という表現をしている)。

鉱山事故.jpg最高のリーダー、マネジャーがいつも 事例.jpg 一方、優れたリーダーは、今どこに向かっているのかを明確にすることで、皆が抱く未来への不安を取り除くとしていて、ここでは、2002年に起きたペンシルバニア州ケイクリーク鉱山事故で、坑内に閉じ込められた作業員らの生きる望みを繋いだ男性のケーススタディが出てきますが('10年のチリの鉱山で落盤事故で33人が奇跡の生還を遂げた出来事を彷彿させる)、これも凄く説得力があります。

 そのケーススタディを通して言えることは、優れたリーダーとは、「部下達に共通する不安を取り除いて」今とれる行動は何かを明らかにすることで「未来を描く」ことができる人であるということです。不安は将来が不明確であることから生じるものであり、そのために、人々が一番明確さを求めているのはどこかを探ることが、リーダーの最初の役割ということになります。

 優れたマネジャーが「部下一人ひとりの個性」に注目するのに対し、優れたリーダーは「部下達に共通する不安」に注目する、優れたマネジャーは、個人の特色を発見し活用するのに対し、優れたリーダーは、将来の不安を取り除いてより良い未来に向けて皆を一致団結させる、優れたマネジャーは会社の指示や業績よりも「人間」そのものに関心があり、一方、優れたリーダーは「未来」志向であり、現実を冷静に見極めながらも、その未来に対しては楽観的な姿勢を失わない―こうした対比が(図表など一枚も用いていないが)スンナリ飲み込める内容となっています。

 著者自身は、リーダー「素質」論者のようですが、一方で、生まれつきのリーダーはいないという考えで(本書では遺伝学や脳科学的な考察もあって、これもトンデモ本にあるようないい加減なものではなく、知的関心をそそられるもの)、より良きリーダーとなるには、情熱的でも魅力的でなくてもいい、弁舌に長けてなくてもいい、ではより良きリーダーとなるにはどのようなことに関心を払い努力すればよいのかということについても書かれています。

 マネジャー論、リーダーシップ論として纏まっており、啓蒙書としても上質、且つ面白く読める本だと思います。

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考え方はマットウ。「勝間」本などの啓発本批判は明快。どう若い世代に理解させるかが課題。

『社畜のススメ』.jpg  断る力.jpg 勝間 和代『断る力 (文春新書)

藤本 篤志 『社畜のススメ (新潮新書)

 『社畜のススメ』の著者は、USENの取締役などを経て独立して起業した人ですが、IT企業出身の人というと、華々しく転職を繰り返しているイメージがあるけれど、著者に関して言えば、一応USENだけで18年間勤めていて、スタート時はそれこそ、カラオケバーやスナックを廻る「有線」のルートセールスマンだったようです。

 本書では冒頭で、「個性を大切にしろ」「自分らしく生きろ」「自分で考えろ」「会社の歯車になるな」という、いわゆる"自己啓発本"などが若いサラリーマン(ビジネスパーソン)に対し、しばしば"檄"の如く発している4つの言葉を、サラリーマンの「四大タブー」としています。

 こうした自己啓発本が奨める「自分らしさ」を必要以上に求め、自己啓発本に書かれていることを鵜呑みにすることから生まれるのは、ずっと半人前のままでいるという悲劇であり、そこから抜け出す最適の手段は、敢えて意識的に組織の歯車になることであるとしています。したがって、これから社会に出る若者たちや、サラリーマンになったものの、どうもうまく立ち回れないという人に最初に何かを教えるとすれば、まずは「会社の歯車になれ」と、著者は言うとのことです。

守破離.jpg さらに、世阿弥の「守破離」の教えを引いて、サラリーマンの成長ステップを、最初は師に決められた通りのことを忠実に守る「守」のステージ、次に師の教えに自分なりの応用を加える「破」のステージ、そしてオリジナルなものを創造する「離」のステージに分け、この「守」→「破」→「離」の順番を守らない人は成長できないとしています(「守」が若手時代、「破」が中間管理職、「離」が経営側もしくは独立、というイメージのようです)。

 「守」なくして「破」や「離」がありえないと言うのは、ビジネスの世界で一定の経験年数を経た人にはスンナリ受け容れられる考えではないでしょうか。先に挙げたような"檄"を飛ばしている"自己啓発本"を書いている人たち自身が、若い頃に「守」の時期(組織の歯車であった時期)を経験していることを指摘している箇所は、なかなか小気味よいです。

 
勝間和代『断る力』.jpg その冒頭に挙っているのが、勝間和代氏の『断る力』('09年/文春新書)で、これを機に勝間氏の本を初めて読みましたが(実はこのヒト、以前、自分と同じマンションの住人だった)、確かに書いてあるある、「断ること」をしないことが、私達の生産性向上を阻害してストレスをためるのだと書いてある。「断る」、すなわち、自分の考え方の軸で評価し選択することを恐れ、周りに同調している間は、「コモディティ(汎用品)を抜け出せないと。

 これからの時代は「コモディティ」ではなく「スペシャリティ」を目指さなければならず、それには「断る力」が必要だ、との勝間氏の主張に対し、著者は、こうした主張は「個性」を求めるサラリーマンの耳には心地よく響くだろうが、それは、本書で言う「四大タブー」路線に近いものであり、勝間氏のような人は「天才」型であって、それを「凡人」が鵜呑みにするのは危険だとしています。

 勝間氏は、自分が「断る力」が無かった時代、例えばマッキンゼーに在職していた頃、「究極の優等生」と揶揄されていたそうですが、「断る」ことをしないことと引き換えに得られたのは、同期よりも早い出世や大型クライアントの仕事だったとのこと、その仕事を守るために、何年間も自分のワークライフバランスや健康を犠牲にしたために、32歳の時にこんなことではいけないと方針転換して「コモディティ」の状態を脱したそうですが、藤本氏が言うように、「コモディティ」状態があったからこそ、今の仕事をバリバリこなす彼女があるわけであって、20代の早い内から「断る」ことばかりしていたら、今の彼女の姿はあり得ない(いい意味でも、悪い意味でも?)というのは、想像に難くないように思えます(そうした意味では自家撞着がある本。元外務省主任分析官の佐藤優氏が「私のイチオシ」新書に挙げていたが(『新書大賞2010』('10年/中央公論社))、この人も何考えているのかよく分からない...)。

藤本 篤志 『社畜のススメ』.JPG 但し、『社畜のススメ』の方にも若干"難クセ"をつけるとすれば、日本のサラリーマンの場合、藤本氏の言う「歯車」の時代というのは、単に機械的に動き回る労働力としての歯車ではなく、個々人が自分で周囲の流れを読みながら、その都度その場に相応しい判断や対応を求められるのが通常であるため、「歯車」という表現がそぐわないのではないかとの見方もあるように思います(同趣のことを、労働経済学者の濱口桂一郎氏が自身のブログに書いていた)。そのあたりは、本書では、「守」の時代に漫然と経験年数だけを重ねるのではなく、知識検索力を向上させ、応用力へと繋げていくことを説いています(そうなると「社畜」というイメージからはちょっと離れるような気がする)。

 むしろ気になったのは、本書が中堅以上のサラリーマンに、やはり自分の考えは間違っていなかったと安心感を与える一方で、まだビジネ経験の浅い若い人に対しては、実感を伴って受けとめられにくいのではないかと思われる点であり、そうなると、本書は、キャリアの入り口にある人へのメッセージというより、単なる中高年層向けの癒しの書になってしまう恐れもあるかなと。

 前向きに捉えれば、中高年は、自分のやってきたことにもっと自信を持っていいし、それを若い人にどんどん言っていいということなのかもしれないけれど。例えば、「ハードワーカー」たれと(これ、バブルの時に流行った言葉か?)。


 第5章には、サラリーマンをダメにする「ウソ」というのが挙げられていて、その中に「公平な人事評価」のウソ、「成果主義」のウソ、「学歴神話崩壊」のウソ、「終身雇用崩壊」のウソといった人事に絡むテーマが幾つか取り上げられており、その表向きと実態の乖離に触れています。

 著者は、世間で言われていることと実態の違い、企業内の暗黙の了解などを理解したうえで行動せよという、言わば"処世術"というものを説いているわけですが、これなんかも人事部側から見ると、図らずも現状を容認されたような錯覚に陥る可能性が無きにしも非ずで、やや危ない面も感じられなくもありません。

 色々難点を挙げましたが、基本的にはマットウな本ですし、「自己啓発本」批判をはじめ、個人的には共感する部分も多かったです。でも、自分だけ納得していてもダメなんだろうなあ。
 
 「マズローの欲求五段階説」が分かり易く解説されていて、「社会的欲求」の段階を軽んじてしまい、いきなり「尊厳の欲求」と「自己実現の欲求」を満たそうとするサラリーマンが多くなっていることを著者は危惧しているとのことですが、それは同感。そうした若い人の心性とそれを苦々しく思っている中高年の心性のギャップをどう埋めるかということが、実際の課題のように思いました。

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啓蒙書としても読めるし、ジョブズの失敗と成功、遺したものの大きさも知ることができる。
 
スティーブ・ジョブズ 失敗を勝利に変える底力.gif                     ファインディングニモ dvd.jpg
スティーブ・ジョブズ 失敗を勝利に変える底力 (PHPビジネス新書)』「ファインディング・ニモ [DVD]

 スティーブ・ジョブズがその個性の強さゆえに犯した数々の失敗と、彼自身がそこから学び復活を遂げたことに倣って、ビジネスにおいてどのようなことに留意すべきかを教訓的に学ぶという、ビジネス・パーソン向けの啓蒙書的な体裁を取っていますが、併せて、ジョブズの歩んできた道における様々なビジネス上のイベントが、必ずしも時系列ではないですがほぼ取り上げられているため、ジョブズの足取りを探ることが出来るとともに、コンピュータ産業や映画産業の裏事情なども知ることができ、180ページほどの薄手の新書ですが、かなり面白く読めました。

 ジョブズを徒らに偶像化するのではなく、素晴らしい面とヒドイ面、それぞれについて書かれていますが、こうした体裁から、むしろ「反面教師」として部分にウェイトがかかっているのが本書の1つの特徴でしょうか。但し、こうした人間的にどうなのかと思われるような行動そのものが、ある意味、常人には測り知れない天才の個性でもあることは、著者も重々承知のうえなのですが。

 ジョブズがアップルへの奇跡的な復帰を遂げたことについては、当時のCEOギル・アメリオの"引き"が大きかったわけですが、そのアメリオをジョブズが策略を用いて放逐したことは、ジョブズの"悪行"としてよく知られているところ。本書でも「恩人を蹴落とし、CEOの座を射止める」と小見出しを振っていますが、ジョブズがアップルへの復帰を果たさなかったら、ジョブズの情熱はピクサーに注ぎ込まれ、ピクサーはジョブズの現場介入により、「トイ・ストーリー」('95年)のようなヒット作は生み出せず、駄作のオンパレードになっただろうという分析は興味深く、更には、iPodもiPhoneも誕生しなかったとして、アメリオの救済がいかに大きかったかを述べている辺りは、説得力がありました(そのアメリオを裏切ったジョブズがいかにヒドイ人間かということにも繋がるのだが、「裏切り者が作る偉大な歴史」という小見出しもある)。

ファインディング・ニモ whale.jpg 因みに、「ファインディング・ニモ」('03年)の制作の際に、ピクサーの美術部門のメンバーは、クジラの中にニモが呑みこまれるシーンを描くために、海岸に打ち上げられたクジラの死体を見に出かけたとのこと、ピクサーのデザイナー達は、アニメの映像世界の細部にジョブズ以上のこだわりを持っていたわけです。

ジョブズ&ゲイツ 2007年5月.jpg 更に、ジョブズとビル・ゲイツの間の様々な交渉についても、ジョブズが犯した過ちを鋭く検証していて、いかにジョブズが失ったものが大きかったかということが理解でき、Windowsのユーザーインターフェイスがその典型ですが、ある意味オリジナルはMacであり、普通ならばマイクロソフトではなくアップルがコンピュータ産業の覇者となり、ジョブズが世界一の億万長者の地位にいてもおかしくなかったことを示唆しているのも頷けました。
Steve Jobs and Bill Gates Interviewed together at the D5 Conference (2007).

スティーブ・ジョブズ 偶像復活.jpg ジョブズの秘密主義にもスゴイなあと思わされるものがあり、2005年に刊行されたジェフリー・ヤング、ウィリアム・サイモン著『スティーブ・ジョブズ―偶像復活』(′05年/東洋経済新報社)を読みましたが、そこにはiPhoneのことは全く出てきませんでしたが、2004年夏にジョブズが「アップルフォンを作ることはない」と正式発表した時、心の底では逆のことを考えていたというわけだと。

 著者は、アップルにおいてマーケティングに携わっていたこともある人で、現在はドラッカーの解説本を書いたり講演活動を行ったリもしている人。本書はビジネス啓蒙書としても読めるし、ジョブズの失敗と成功、遺したものの大きさをも知ることができ、更には、もしあの時ジョブズがこうしていたら...といったことに思いを馳せることにも繋がる本です。

ファインディング・ニモo5.jpg「ファインディング・ニモ」●原題:FINDING NEMO●制作年:2003年●制作国:アメリカ●監督:アンドリュー・スタントン/リー・アンクリッチ●製作:グラハム・ウォルターズ(製作総指揮:ジョン・ラセター)●脚本:アンドリュー・スタントン/ボブ・ピーターソン/デヴィッド・レイノルズ● 音楽:トーマス・ニューマン/ロビー・ウィリアムズ●時間:100分●出演:アルバート・ブルックス/エレン・デジェネレス/アレクサンダー・グールド/ウィレム・デフォー/オースティン・ペンドルトン/ブラッド・ギャレット/アリソン・ジャニー●日本公開:2003/12●配渋谷東急 閉館2.jpg渋谷東急 閉館.jpg給:ウォルト・ディズニー・ カンパニー●最初に観た場所:渋谷東急 (03‐12‐23) (評価★★★☆)

映画館「渋谷東急」が5月23日閉館.jpg渋谷東急 2003年7月12日、同年6月の渋谷東急文化会館の閉館に伴い、直営映画館(「渋谷パンテオン」「渋谷東急」「渋谷東急2」「渋谷東急3」)の代替館として渋谷クロスタワー2Fにオープン。2013年5月23日閉館。

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スラスラ読める分、物足りない。パソコン雑誌の記事文章みたい。

IPodをつくった男  スティーブ・ジョブズ.jpgiPodをつくった男 スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス (アスキー新書 048)

 スティーブ・ジョブズという人物のアウトライン、アップル社の経営方針、アップル製品のデザイン戦略、キャッチコピーから見たアップル社、ジョブズの犯した誤りとそこからの軌道修正など、盛りだくさんな内容で、それでいて全体で190ページしかなく、しかもスラスラ読める本でしたが、それだけに色々物足りない点もありました。

スティーブ・ジョブズ 偶像復活.jpg Amazon,comのレビューで、ジェフリー・ヤング、ウィリアム・サイモン著『スティーブ・ジョブズ―偶像復活』(′05年/東洋経済新報社)を薄めて新書にしたようなもの、という評がありましたが、著者自身が翻訳したアラン・デウッチマン著『スティーブ・ジョブズの再臨』('01年/毎日コミュニケーションズ)を主に参照しているようで、'90年代のことに関する記述が多いのに対し、今世紀に入ってからの記述が少ない点がまず物足りません。

 アスキー新書で、著者はテクノロジージャーナリストということで、テクノロジーの面での記述に期待したのですが、記述が広い範囲に及ぶ分、それぞれの中身はやや浅く、ジョブズのプレゼンとビル・ゲイツのプレゼンの違いを写真入りで解説するならば、Mac等の製品デザインについての記述の部分にも写真を入れるなどの気遣いが欲しかったように思います。

 本文がパソコン雑誌の記事文章のようで、その味気無さを補うかのように、章ごとにジョブズ語録を挟んでいますが、やはり全体として内容そのものが、新書という制約もあり、かなり"薄い"ものとなってしまった感じがしました。

 ジョブズの歩んできた道を把握する上でも、本書サブタイトルにある「現場介入型ビジネス」というキーワードを掘り下げる上でも、やはり、『スティーブ・ジョブズ―偶像復活』などを読んだ方がよさそう(ジョブズの「現場介入」主義を全面肯定しているのもやや気になる。映画「トイ・ストーリー」は、ジョブズがエド・キャットムルらに権限委譲したから誕生したのでは)。

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ジョブズの多面性をそのままに描く。こんな劇的な話があっていいのかと思うくらい面白かった。

スティーブ・ジョブズ 偶像復活.jpgスティーブ・ジョブズ 偶像復活2.bmp スティーブ・ジョブズ 1977.jpg Steve Jobs.jpg S. Jobs
スティーブ・ジョブズ-偶像復活』['05年/東洋経済新報社] AppleⅡを発表するスティーブ・ジョブズ(1977)本書より

ウォルター・アイザックソン スティーブ・ジョブズ.jpg アップル創業者スティーブ・ジョブズ(1955-2011/享年56)の半生記であり、ジョブズの伝記はこれまでも多く刊行されていますが、昨年['11年]10月にジョブズが亡くなったことで、ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ(上・下)』('11年10月/講談社)をはじめ、多くのジョブズ関連本がベストセラーにランクインすることとなりました。

 アイザックソン版は絶妙のタイミングでの邦訳刊行でしたが、取材嫌いのスティーブ・ジョブズが唯一全面協力した「本人公認の決定版評伝」とのことで、スティーブ・ジョブズという人の評伝を読むに際し、彼のキャラクターからみて果たしてそのことがいいのかどうか。上下巻に渡る長さということもあり、翻訳の方もかなり急ぎ足だったことが窺えるようで、同じ井口耕一氏の翻訳によるものですが、本書の方を読むことにしました。

 本書は、原著も'05年刊行であり、ジョブズの生い立ちから始まって、一度はアップルを去った彼が倒産寸前のアップルに復帰し、iPod等で成功を収めるまでが描かれていますが、翻訳はこなれていて読み易く、ジョブズの歩んできた道が成功―挫折―復活の繰り返しであったこともあって、とにかく内容そのものが波瀾万丈、こんな劇的な話があっていいのかというくらい面白かったです。

ジョブズ nhk.bmp 個人的には、ちょうどNHKスペシャルで「世界を変えた男 スティーブ・ジョブズ」('11年12月24日放送)を見たところでしたが、それと照らしても、偏りの少ない伝記と言えるのではないでしょうか。元々が毀誉褒貶の激しいジョブズですが、そのスゴイ面、人を強烈に引きつける面と、ヒドイ面、友人や上司にはしたくないなあと思わせる面の両方が書かれていて、それでいて、ジョブズに対する畏敬と愛着が感じられました。

 単巻ながらも約500ページの大著ですが、アップル創業時代を描いた第1部(21歳でアップルを創業し、僅か4年で「フォーチュン500」に名を連ねる企業にするも、経営予測を誤り'85年に同社を追われる)、追放時代を描いた第2部(NeXT社を設立する一方、ルーカス・フィルムの子会社を買収して設立したピクサーで成功を収め、表舞台に復帰する)、アップル復帰以降の第3部(13年ぶりにアップルに復帰するやiMac('98年)をヒットさせ、更にiPod('01年)、iTunesなどのヒットをも飛ばす)とバランスよく配分されています。

「マッキントッシュ」新発売コマーシャルと発表するジョブズ(1983)
steve jobs 1983.jpg アップルの共同創業者や自らが引き抜いた経営陣との確執のほかに、同年代のライバルであるビル・ゲイツとの出会いや彼との交渉、Windowsの牙城を切り崩そうするジョブズの攻勢なども描かれていますが、ピクサーでの仕事におけるディズニー・アイズナー会長との様々な権利を巡るビジネス面での交渉が特に詳しく描かれており、アメリカのコンピュータ業界の内幕を描いた本であると同時に、映画ビジネス界を内側から描いたドキュメントにもなっています。
   
Luxo Jr.(1986)
Luxo Jr.jpg NHKスペシャルの「世界を変えた男 スティーブ・ジョブズ」を見て、彼の人生には幾つかの印象的な場面が印象的な映像と共にあったように思われ、とりわけ、'84年のマッキントッシュ発売の際のジョージ・オーエルの『1984』をモチーフとしたコマーシャル(CM監督は「ブレードランナー」('82年)のリドリー・スコット)や、'86年のCGの可能性を如実に示した"電気ランプ"の親子が主人公の短篇映画「ルクソーJr.」(Luxo Jr.)、'95年の「世界初のフル3DCGによる長編アニメーション映画「トイ・ストーリー」などが個人的には脳裡に残りました。

「トイ・ストーリー」(1995)
トイ・ストーリー1.jpg 「トイ・ストーリー」以外は番組で初めて見ましたが、そうした映像のイメージもあって本書を比較的身近に感じながら読むことができ、「トイ・ストーリー」も、初めて観た時はCGが進化したなあと思っただけでしたが、ジョブズが買収も含め個人資産を10数年も注ぎこむも全く利益を生まなかったピクサーが、土壇場で放った"大逆転ホームラン"だったと思うと、また違った感慨も湧きます(この作品だけでも公開までの4年間の投資額は5千万ドルに及び、「こんなに金がかかるなら投資しなかった」とジョブズは語っているが、本作のヒットでピクサー株は高騰し、結果的にジョブスの資産は4億ドル増えた)。

 そもそも、ジョブズのアップル復帰そのものが、次世代マッキントッシュの開発に失敗したジョブズ無き後のアップルが、次世代OSを求め、その開発に当たっていたNeXT社を買収、それに伴いジョブズの非常勤顧問という形でのアップル復帰が決まったわけで、それを機にジョブズは経営の実権を握るべくポリティックな画策をするわけですが、この「トイ・ストーリー」のヒットが、ジョブズの立場を押し上げ強固なものとする追い風になったのは確かでしょう。

 「トイ・ストーリー」に続くピクサー作品も、興行記録を次々塗り変えるヒットで、その生み出す利益があまりに膨大であるため、本書にあるようなディズニー・アイズナー会長との確執ということに繋がっていったのでしょうが、その後アイズナーの方は会長職を追われ、ジョブズはピクサーをディズニーに売却すると共に、ディズニーの筆頭株主に収まるという決着となっています。

iMacを発表するジョブズ(1998)
iMac 1998.jpg 人々を惹き付ける素晴らしいプレゼンテーションをする一方で、傲慢な人柄で平気で人を傷つけ、また、類まれなイノベーターとして製品のデザインや性能への完璧主義的なこだわりを持つ一方で、相手の弱みに付け込む政治的画策も厭わない冷酷な経営者という一面も持つ―こうしたジョブズの多面性が、本書では充分に描かれているように思いました。

 彼の次の視野には、マイクロソフトからコンピュータ業界の覇権を奪回すべく、Windows及びOfficeに匹敵するようなOSやアプリの開発があることが本書では示唆されていますが、実際に彼が'07年1月のMacworld 初日の基調講演で発表した新製品は、次世代携帯端末のiPhoneだった―徹底した秘密主義というのもあるかと思いますが、ほんの1年か2年後にどんな(しかもメガヒットとなる)製品を出すのか、誰も予測がつかなかったということなのでしょうか。

トイ・ストーリー17.jpgトイ・ストーリー dvd.jpg「トイ・ストーリー」●原題:TOY STORY●制作年:1995年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ラセター●製作:ラルフ・グッジェンハイム/ボニー・アーノルドズ●脚本:ジョス・ウィードン/アンドリュー・スタントン/ジョエル・コーエン/アレック・ソコロウ●撮影:スティーヴン・H・ブラム●音楽:ランディ・ニューマン●時間:81分●出演:トム・ハンクス/ティム・アレン/ドン・リックルズ/ジョン・モリス/ウォーレス・ショーン/ジョン・ラッツェンバーガー/ジム・バーニー●日本公開:1996/03●配給/ブエナ ビスタ インターナショナル ジャパン(評価★★★☆)
トイ・ストーリー [DVD]

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「●マネジメント」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ウォレン・ベニス)

『リーダーシップの王道』の最新版。"原著"の中ではかなり読み易い方。

ウォレン・ベニス 本物のリーダーとは何か.jpg  ウォーレン・ベニス.jpg  リーダーシップの王道.jpg
Warren Bennis 『リーダーシップの王道』['87年]
本物のリーダーとは何か』['11年]

 リーダーシップ論を語るに際して必ずその名が挙がるウォレン・ベニス(Warren Bennis)とバート・ナナス(Bart Nanus)ですが、本書は、1985年に原著が刊行された"Leaders"(邦訳『リーダーシップの王道』('87年/新潮社))の'07年改定版の翻訳で、本書以前に'95年に第2版、'03年にペーパーバック版が刊行されていますが、旧著を何度かブラッシュアップし、時代に適合させている点は、ピーター・ドラッカーなどと"やり方"が似ているかも(但し、ドラッカーがリーダーシップを単独テーマとして取り扱うようになったのは、かなり後の方だが)。

リーダー.jpg 本書の前半部においては、「リーダーであるかどうかは生まれつきの資質による」というリーダーシップに関する従来の「誤解」を解くとともに、優れたリーダーが組織を導くための戦略として、
 戦略Ⅰ:人を引きつけるビジョンを描く、
 戦略Ⅱ:あらゆる方法で「意味」を伝える、
 戦略Ⅲ:「ポジショニング」で信頼を勝ち取る、
 戦略Ⅳ:自己を創造的に活かす、
 の4つを挙げています。
 この4項目が彼らのリーダーシップ観の核であり、本書の後半部は、この4項目に各1章を割いて解説するものとなっています。

 「ビジョンなき組織に未来はない」というのはその通りだと思いますが、特徴的だと思われる点は、リーダーはビジョンを描くだけではなく、組織のメンバーがビジョンを理解し、参加し、自分のものとしてもらうために、組織の「社会構造」を設計しなければならないとしている点で、社会構造の形態としては3つあり、合理的組織、個人的組織、形式的組織があるとしています。
 リーダーは、組織全体が自分のビジョンを受け入れサポートするよう、組織の社会構造を管理し、必要に応じて変えることができなければならないということであり、これが、あらゆる方法で「意味」を伝えるということに当たります。

 その際に重要なのが、組織の「ポジショニング」を明確にするということであり、組織を取り巻く環境の中で組織が生き残っていくのに最適な場所を確立しなければならないとのことですが、環境とは常に変化するものであり、その変化に対応するための、選択可能な戦略と実際的な方法をも示しています。

 4つ目の「自己を創造的に活かす」の部分は、組織の学習能力の向上に主眼を置いて説かれており、学習する組織を作るためのポイントを、「オープン」と「参加」という2つのキーワードで解説しています。

 最後に、リーダーシップに関する5つの神話が示され、「リーダーシップは、一握りの人にしかない技術である」といった「神話」を再度否定していますが、本書は、こうした旧来のリーダーシップ観のパラダイム変革を促しただけでなく、ジョン・コッターの「変革のリーダーシップ」論やピーター・センゲの「学習する組織」論の先駆け的要素をも含んでいます。

 また、マネジメントとリーダーシップの違いを明確にした点でも、ジョン・コッターなどに与えた影響は大きいかと思われますが、一方で、ヘンリー・ミンツバーグなどからは、まさにその点を批判されています

 このように、リーダーシップ論は、ドラッカーならドラッカーだけを読んでいればいいといいうものではないでしょう。また、理論をそのまま適用するのではなく、基本的エッセンスを応用の足がかりとすることが肝要なのでしょう。

 できれば多くの先人達が自ら著した本を読むことが、環境の変化に対応可能な、自分なりの「基本」を持つことができるようになる近道ではと思います。そうした意味では、本著は"原著"の中ではかなり読み易い(元々の英語版も読みやすい方だと思うが、改版を重ねる内に翻訳の方も更に読み易くなった?)方だと思います。

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

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バカな上司の下についた場合の対処法について書かれたマニュアル本。まさに対処療法的か。

人は上司になるとバカになる.jpg 『人は上司になるとバカになる (光文社新書)』['11年]

 「人はなぜ上司になるとバカになるのか」について書かれた本かと思ったら、バカな上司の下についた場合の対処法について書かれた、ある種マニュアル本でした。

 問題の"バカ上司"を「モチベーションを下げまくる上司」「部下を信用しない上司」「部下を追いつめる上司」「「自分の価値観を押しつける上司」「部下のジャマをする上司」に分類し、更にその中で細かく類型を分け、それぞれの対処法を示しています。

 例えば「守ってくれない上司」についた場合は、自分がミスをして落ち込んでいるようなときに更に追い打ちをかけてくるようであれば、まずは「その通りです」と受け入れ、「そもそも問題は起こるものだ」ということを受け入れておけば、起きたとしても想定の範囲内であり、後は冷静に「どうすれば、この問題を解決できるか?」に集中するのが望ましい―と。

 著者の経験なども織り込まれていて具体的であるのはいいのですが、何れもダメージを受ける部下自身の心理的対処療法という感じがし、この手の本は、大塚健次 著『ダメ上役を持ったら嘆かず読む本―抜け出す方法、退治する方法』('85年/青春出版社プレイブックス)など昔からありますが(最近では、古川裕倫 著『「バカ上司」その傾向と対策』('07年/集英社新書)などもある)、昔のものの方が能動的だったかも。

 多分、編集部が付けたタイトルなのでしょう。まえがきには、それに応じるかのように「一社員が昇進してバカ上司に変貌するプロセスを念頭におき」とありますが、本文では、アプリオリに"バカ上司"が規定されていて、"対処法"が続くばかりで、そうした考察は殆ど無く、ましてや橋本治氏の『上司は思いつきでものを言う』('04年/集英社新書)のように、組織論的にそのことを考察した本ではありませんでした。

 東レ経営研究所佐々木常夫氏が帯に「とにかく読んでほしい。上司に悩む部下に、そして上司にも」と推薦フレーズを書いていますが、若い人に対しては、一時的にダメ上司についたからといって、次のキャリアビジョンも無いままにせっかく入った会社を辞めてしまうようなことのないようにという意味なのでしょう。

 要するに、「人は上司になるとバカになる」と思った上で、それなりの対応をした方がいいということですが、でも、自分の会社の管理職がこんな人ばかりだったら会社そのものに組織構造的な問題があるかも知れず、その場合は勤務先を変えることを考えた方がいいかも。

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キャリア官僚から大学教授への転職奮戦記。教授になること自体が目的化してしまっている印象も。

1勝100敗.JPG1勝100敗! あるキャリア官僚の転職記.jpg1勝100敗! あるキャリア官僚の転職記 大学教授公募の裏側 (光文社新書)』['11年]

 キャリア官僚から大学教授への転職奮戦記で、いやー、ご苦労サマという感じ。自らのキャリアを築くには、それなりの意志と覚悟が必要なのだなあという教訓になりましたが、それにしても大した意志の強さと言うか、そもそもが粘着気質のタイプなのかなあ、この著者は。

 その気質を裏付けるかのように、大学教授の公募試験に落ちまくった様が克明に書かれていて、併せて教授公募の実態や論文実績の積み重ね方もこと細かに書かれているので、同じ道を目指す人には参考になるかと思われます。

 ただ、一般読者の立場からすると、なぜ大学教授になることにそうこだわるのかも、大学教授になって一体何をしたいのかもよく伝わってこず、大学教授になること自体が目的化してしまっている印象も受けました(「ノウハウ本」ということであれば、そんなことは気にしなくてもいいのかも知れないが)。

 近年の大学の実学重視の傾向により、社会人としての実績からすっと大学教授になってしまう人もいますが、この著者 の場合、博士課程に学んで、「査読」論文を何本も書いて公募試験を受けるという"正攻法"です。

 但し、博士課程で学ぶ前提条件となる修士課程については、霞が関時代に米国の大学に国費留学させてもらっていることで要件を満たしているわけだし、目一杯書いたという論文の殆どは、新潟県庁への出向期間中の3年間の間に書かれたもので、この時期は毎日定時に帰宅することが出来たとのこと―こうした、一般サラリーマンにはなかなか享受できない、特殊な"利点"があったことも考慮に入れる必要があるのではないかと思います(その点は、著者自身も充分に認めているが)。

高学歴ワーキングプア.jpg 大学教授の内、こうした大学外の社会人からの転入組は今や3割ぐらいになうそうですが、一方で、同じ光文社新書の水月昭道『高学歴ワーキングプア―「フリーター生産工場」としての大学院』('07年)にもあるように、大学で学部卒業後、ストレートに大学院の修士課程、博士課程を終えても、大学の教員職に就けないでいるポストドグが大勢いるわけで、そうした人達はますますたいへんになってくるのではないかと、そちらの方を懸念してしまいました。

水月昭道『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

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ドラッカーの考えが身近に感じられるとともに、経営学者というよりも啓蒙家であることを再認識させられた。

ドラッカーのリーダー思考.jpgドラッカーのリーダー思考 (青春新書インテリジェンス)』 ['10年]

経営の哲学― ドラッカー名言集.jpg ドラッカーが亡くなる前年に刊行された『ドラッカーが語るリーダーの心得』('04年/青春出版社)を加筆修正し改題したもので、ドラッカーの言葉を50抜き出して解説をしていますが、上田惇生氏の翻訳による『経営の哲学』『仕事の哲学』、『変革の哲学』、『歴史の哲学』から成る「ドラッカー名言集」('03年/ダイヤモンド社)よりも、1つ1つの言葉の解説が丁寧で、昨今のドラッカー・ブームによる"復活"ですが、最近出ているものよりも以前に刊行されたものの方が分かり易かったりもするので、これはこれでいいことではないかと。

 著者は、ケネス・プランチャード&スペンサー・ジョンソンの『1分間マネジャー』('83年/ダイヤモンド社)の翻訳で知られる産業能率大学名誉教授・小林薫氏で、80年代は、この人が翻訳したプランチャードの『1分間リーダーシップ』やジョンソンの『1分間セールスマン』(共に'85年/ダイヤモンド社)、M・J・カリガンらの『ベイシック・マネジャー』('84年/ダイヤモンド社)などの150ページから200ページ程度のハードカバー本がよく読まれたのではないかと思います(個人的には、PHPからリーダー実践マニュアル」として刊行された、C・レイモルドの『最高の上司とは何か』とかG・ホーランドの『ビジネス会議の運営術』(共に'87年/PHP研究所)などにも手を伸ばしたけれど、こちらも150ページ前後のハードカバー本。この手の本、ハマる人はハマるんだろなあ)。

 ドラッカー学会会長の上田惇生氏(1938年生まれ)より年上で、1931年生まれということは超ベテラン・ドラッカリアンですが、ドラッカー来日時に通訳を務めたことからドラッカーとの親交が始まり、ドラッカー邸を年に何回か訪問したりもしていたということで、本書にあるドラッカーの50の言葉の中には、著作や論文から引いたものだけでなく、ドラッカーが来日した際のセミナーでの発言や、ドラッカーと著者の会話の中での言葉なども盛り込まれています。

 ドラッカーのリーダーシップ論の要諦は、とりわけ前の方に出てくる「リーダーのタイプは千差万別である―カリスマ・リーダーなどは滅多にいない」「有能さは習得できる」「"口動人"ではなくて真の"行動人"たれ」あたりに集約されているかと思われますが、本書では、マネジメント全般に渡って言及されており、また「発想法」ということなどにも触れられています。

 とにかく一般向けに分かり易く書かれていて、ドラッカーのものの考え方が身近に感じられるとともに、彼が経営学者というよりも啓蒙家であることを改めて認識させられる本でもありました。

 体系的に理解しようとして読む本ではなく、自らの内省に沿って読む本といった感じでしょうか(もともと、ドラッカーがリーダーシップをマネジメントと切り離して考えるようになったのは晩年のことであり、但し、リーダーシップに関しては、体系的な理論モデルを遺さなかった)。

 敢えて疑問点を述べるとすれば、ドラッカー自身のリーダーシップ論は、時期により微妙に変化しており、例えば、初期には「マネジメントはリーダーシップである」(1947年「ハーバード・マガジン」と言いながらも、「リーダーシップは教えられることも、学ぶこともできないものだ」と言っていた時期があり、代表作『マネジメント-務め、責任、実践』(1973年)でも「マネジメントはリーダーを創り出せない」と書いています(この『マネジメント』という著作においても、リーダーシップは独立したテーマとして扱われていない。「リーダーシップは学んで身につけれられるもの」との結論に至ったのは晩年とされている)。

 上田氏のドラッカーの要約本にもその傾向はありますが、あたかもドラッカーの考えが最初から確定して生涯を通じてブレが無かったかのような印象を与えるのは、ドラッカーがヒットラー体験を通じて嫌うようになったところの"カリスマ化"作用("カリスマ"に対する考え方も、晩年に変化しているのだが)ではないかと思ったりもしました。

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トータルでは「会議術」の本と言うより「上司学」の本か。『上司力100本ノック』の方が良かった。

若手社員が化ける会議のしかけ.jpg 上司力100本ノック.jpg上司力100本ノック~部下を育てる虎の巻』['09年/幻冬舎]
若手社員が化ける会議のしかけ (青春新書インテリジェンス)』['11年]

 著者は、リクルートで「リクナビ」「ケイコとマナブ」「就職ジャーナル」などの編集長を歴任し、'08年にコミュニケーションを鍵とした人材育成支援会社を起業した人とのことで、同著者の『上司力100本ノック―部下を育てる虎の巻』('09年/幻冬舎)は、部下コミュニケーションの在り方を二者択一のQ&A方式で問うシンプルなスタイルのもので、その明快さから結構売れた本だったように思います。
『若手社員が化ける会議のしかけ』.jpg
 こうした著者のバックグラウンドからも予測されるように、本書で想定されている「会議」とは、アイディアを出し合う「企画会議」であり(この点は、齋藤孝氏の『会議革命』('02年/PHP研究所)などもそうだった)、また、そうした会議をリードする上司の立場からの、会議における部下コミュニケーションの在り方を中心に説いたものでした(リーダーシップの発揮の仕方が中心テーマとなっているとも言える)。

 『上司力100本ノック』の中でも会議のシチュエーションを想定したQ&Aが出てきますが、逆に本書の方も、会議に限らず、部下コミュニケーションの在り方全体を説いていて、『上司力100本ノック』が"事例編"ならば、こちらは「上司力」の"概論"という感じでしょうか。

 言っていることは尤もという感じでしたが、アイディアを出すには、毎日「頭の筋トレ」をせよとか、リーダーは「愛他主義を貫け」とか、やや月並みな啓蒙書に類した表現も多く、その分、個人的には、具体的なシチュエーションごとのQ&A形式を取っていた前著ほどのインパクトは無かったかも。

 中核となる「会議」というのが、リクルートでの雑誌の企画会議をイメージして書かれているように思われ、確かに、通常の会社で行われている会議にも敷衍できる部分はありますが、一口に「会議」と言っても、部門間の調整会議や、根回しを図ったりコンセンサスを得たりするための会議など、外にもいろいろな種類のものがあるわけであって...。
但し、この点は、タイトルから、若いスタッフを集めた企画会議を想定したものであることは推して測るべし―ということだったのかと。

 トータルでは、「会議術」の本と言うより、「上司学」の本、リーダーシップを説いた本であると言えるかも(但し、「アイディア会議」ということでマーケティング的な視点も若干入っている)。

 自らの経験に裏打ちされているし、経験を基に書いている誠実さは感じられましたが、その分「リクルートでは」どうしたこうしたという話があまりに多く、と思うと、いきなり"自己啓発書"のトーンになったりしまったりしている部分もあったりして、個人的には『上司力100本ノック』の方がまだ良かったかなあ。

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P&G礼讃本。「広報」本のきらいあり。

P&G84.JPGP&G式 伝える技術 徹底する力.jpg 『P&G式伝える技術 徹底する力―コミュニケーションが170年の成長を支える (朝日新書)

 P&Gの人事は、デイビッド ウルリッチが90年代に、GEなど当時成功していた企業の人事部にヒアリングして書いた『MBAの人材戦略』の中で提唱した、「人事の4機能」(①ビジネスパートナー、②チェンジエージェント、③人材管理エキスパート、④社員チャンピオン)を忠実に実践したことで知られています。

 何年か前に企業向けセミナーで、かつてP&Gに在籍していた女性による、同社の人事マネジメントの考え方や人事制度に関する話を聞きましたが、その人はP&G在籍時代は営業のマネジャーを務めていて、そうした人が会社の人事についてしっかり語れるところが、いかにもP&Gらしいというか、スゴイなあと思いました。

 そうした経験もあって、組織内コミュニケーションの在り方という観点から本書を購入しましたが、第1章で、①3つにまとめる、②「目的」へのこだわりが結果につながる、③「イシュー(論点・課題)シート」で焦点を絞る、という、P&Gの社内におけるコミュニケーションの要諦が紹介されており(これも「3つ」にまとめられていることになる)、一応は参考になりました。

 但し、第2章以降は、消費者とのコミュニケーションや、社員に目的を達成させるためのマネジメント、グローバル・コミュニケーションのノウハウが紹介されていますが、殆ど完璧に「企業プレゼンテーション」という感じで、最後の第5章で「なぜ170年以上も成長を続けられたのか」と括られていて、これは「売上高800億ドル、世界80カ国以上に事業拠点を持ち、180以上の国と地域で製品が販売されるグローバル企業」のスゴさをアピールする"宣伝本"だったのかと。

 著者は元P&Gの社員ということですが、「広報」部長をしていたのだなあ。しかし、既に会社を辞めているのに、こんな自分がいた会社をとことん褒めちぎった"礼讃本"を書くもの何かなあ。
 
 P&Gの「広報」との繋がりを随所に感じさせるパブリシティのような内容に(朝日新聞社系のメディアへの広告出稿とバーターになっている?)やや辟易させられました(ウルリッチの話が無かったのも不満だが、広報だから仕方がないのか)。

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「上司が若手に読ませたい」というのは、ある意味、核心(現実)を衝いているかも。

上司が若手に読ませたい働く哲学6.JPG上司が若手に読ませたい働く哲学.jpg               社畜のススメ.jpg
上司が若手に読ませたい働く哲学』(2011/02 同友館)/藤本篤志 『社畜のススメ (新潮新書)』(2011/11)

 「自立・自責(他責で損をするのは自分)」「会社はお金儲けの筋力トレーニング事務所」「期待値(ビジネスには全て期待値がある)」「教えられ上手・育てられ上手・叱られ上手」という4つの考え方を基本ベースに、「社会で働くために知っておくべき考え方」「仕事との向き合い方」「コミュニケーション」「キャリアアップ」「ビジネスマナー」「プライベート」の6つのカテゴリーについて、若手社員からの全75項目の質問に著者が答える形の構成となっています。

 基本的には20代の若者を対象に、今の仕事がつまらないからといって腐るなと説いており、「個性的でキツイ上司の下で働くことが将来的にすべて自分のためになる」「コピー取り、ティッシュ配りでもプロフェッショナルは断然かっこいい!」「上司や会社の悪口を言って損するのは自分」といった感じで続いていきます。

 著者が説いていることは、ビジネスの世界に一定の年数身を置いた人には尤もなことと聞こえるように思いますが、これを読んでいて、今たまたま多くの人に読まれている、藤本篤志氏の『社畜のススメ』('11年11月/新潮新書)を想起しました。

 藤本氏は、「自分らしさ」を必要以上に求め、自己啓発本を鵜呑みにすることから生まれるのは、ずっと半人前のままという悲劇であり、そうならないためには敢えて意識的に組織の歯車になれ、としていて、世阿弥の「守破離」の教えを引き、サラリーマンの成長を、師に決められた通りのことを忠実に守る「守」、師の教えに自分なりの応用を加える「破」、オリジナルなものを創造する「離」の三つのステージに分け、この「守→破→離」の順番を守らない人は成長できないとしています。

 本書は、言わば、その「守」の部分を、より具体的に噛み砕いて説いたものであるとも言え、藤本氏(1961年生まれ)は、IT企業に18年間勤めた上でそう述べているのですが、この著者(1977年生まれ)の場合は、専門学校卒業後、就職活動に失敗し、その際に逆転の発想で、大学に対する就職支援、企業に対しる人財育成支援の事業を起こし、今に至っているとのこと。

 こっちの方が根っからのベンチャーのような気もしますが、20歳から働き始めて会社設立が25歳、その時初めて給料を手にしたとのことで、まだ30代ですが、それなりに苦労はしているわけだなあと。

 「個性を大切にしろ」「自分らしく生きろ」と一見若者受けすることばかり唱え、その結果どうなろうと何も担保しない、所謂、巷に溢れる「自己啓発本」とは一線を画しているというか、ある意味逆方向であり、その意味でも、藤本氏の本と同趣旨と言えます。

 藤本氏の本を読んで概ね共感はしたものの、これが若い人に伝わるかなあという懸念もありましたが、この本の著者は、こうした「守」の時代、修行の時期の大切さをセミナーや社員研修を通して、若手のビジネスパーソンに訴えているようです。

 まだ30代という若さである分、言っていることが若い人に伝わり易いのかも知れないけども(「新聞は読むな!携帯のモバイルサイトに登録を」などと言っているのも30代前半っぽい)、それでも、「腐る」ことなく、全てが将来に役立つと思って取り組めという言葉に頷くのは中堅以上の社員ばかりで、若い人にはピンとこない面もあるのではないかとの危惧は、個人的には拭い去れませんでした。
 
 その意味でも、「上司が若手に読ませたい」というのは、多少皮肉を込めて言えば、核心(現実)を衝いているかも。

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「緊急時の実務Q&A」からルポルタージュ、アンケート調査まで、よく網羅されている。

震災対応の実務.JPG 人事担当者のための震災対応の実務.jpg         Q&A震災と雇用問題 野川.jpg 
人事担当者のための震災対応の実務 (労政時報選書)』(2011/06 労務行政)/野川忍『Q&A 震災と雇用問題』(2011/06 商事法務)

 '11年3月11日発生の東日本大震災を受けての刊行で、第1部の「緊急時の実務Q&A」で、震災下における陳賃金・労働時間等に関するとるべき対応や、やむなく退職・解雇せざるを得ない場合の手続き、労働保険や社会保険の特例等について、50のQ&Aで実務的な解決策を示しています。

 第2部にあたる「実務解説」では、「大震災 その時、人事部はどう動いたか」というジャーナリストの溝上憲文氏によるルポルタージュや、「危機管理における職場のメンタルヘルス」という医師の亀田高志氏による解説など、4本の寄稿があり、第3部にあたる「オリジナル調査」では、休職時の賃金等の支払いから、見舞金、住宅融資などの扱いについて、震災後に企業に対して行った緊急アンケートの結果を掲載しているほか、ビジネスパーソン412人に聞いた、震災当日の行動から会社の備え、震災後の状況までを集計し、分析結果とともに載せています。

 多岐にわたる内容で、しかも、震災後のアンケート結果を掲載したうえでの刊行ということで、この素早さの背景には、刊行元がネット上に有する数多くの人事パーソン、ビジネスパーソンとのネットワークがあるかと思います。

 「50のQ&A」を見ても、賃金、賞与、退職金、労働時間、退職・解雇から介護、社会保険、安衛法、労災保険法、給付金まで幅広く扱っており、この部分がやはり実務上の核ではないかと思いました。

 オリジナルアンケートは、計画停電への各社の対応動向を把握するなどには重宝し、法律の解釈とは別に、やむえない休業であっても大体の企業がほぼ満額の賃金保障をしていることが分かります(一方で、派遣社員などは多くが契約を切られているという事実はあるのだろうが)。結局、当初危惧された、夏場の計画停電はありませんでしたが。

 溝上憲文氏によるルポルタージュや、ビジネスパーソンへのアンケートにはシズル感があり、記録としての意味もあるかも。一方で、常見陽平氏の「大震災は就活を変えたのか」などのリポートは、必ずしも無くてもよかったような気もします。

 震災と労災等を含む労働法との関連については、ほぼ同時期に刊行された野川忍氏の『Q&A震災と雇用問題』(商事法務)の方が、ほぼ同じ価格ながら、丸々1冊それに充てているため、そちらの方がQ&Aの数も多いし(100項目)、一つひとつの解説も詳しいように思います。

 こちらは、広く浅くという感じでしょうか。緊急出版にしては、色々とよく網羅されているという点では評価したいと思います(「専門誌における「特集」的な感覚の編集か)。

【読書MEMO】
「月刊 人事マネジメント」2019年2月号
「月刊 人事マネジメント」2019年2月号.JPG

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震災関連のQ&A集。労基法・労災法関連はよく網羅されている。実用書、参考書としてはお奨め。

Q&A震災と雇用問題 野川.jpg 『Q&A 震災と雇用問題』(2011/06 商事法務)

 東日本大震災の発生を受けて、労働者と企業のそれぞれが震災時に直面する雇用上の問題の解決策をQ&A形式で解説した「緊急出版」本ですが、判例解説等の第一人者によるものだけに、しっかりした、かつ分かりやすい内容です。

 Q&Aは全部で100項目あり、震災関連の各種給付特例や、今回の震災で企業が直面した特徴的な問題を紹介・解説するとともに、派生する給料・休業手当、解雇、不利益処分、リストラ、時間外・休日労働、自宅待機命令、有給休暇取得などの問題、労働災害の問題、震災後の事業継続と制度の導入・変更などを扱っています。

 主に労働基準法に関連する問題ということになりますが、労働災害についても15問のQ&Aが設けられており、震災後に刊行された同種の実務書の中でも、労基法・労災法関連分野に関しては、かなり網羅されている方だと思われます。

 労基法関連の諸問題については、法律ではどこまでが制限されており、どこまでが許容されるかを示しながらも、「可能な限り、労使の対等な話し合いによって事態を切り抜ける」のが望ましいという考え方がベースになっていることに共感しました。

 労災法関連では(とりわけ当該案件が「通勤災害」「業務災害」に該当するかどうかということに関して)、通常ならば法律の考え方を説明するために無理やり作ったように思えるような設問事例が、今回のような震災を想定した場合には、実際にそのようなケースがあり得るように思われ、現実感を持って読むことができました。

 例えば、「出張先の仙台市内で仕事の打ち合わせを終えて、帰りの新幹線を待つ間、改札内の書店で趣味の雑誌を立ち読みしていたところ」地震が発生し、「体のバランスを崩して書棚に頭をぶつけて全治2週間のケガをした」というような場合、労災保険が適用される可能性はあるかとか、かなりマニアックな質問と言えばマニアック、回答の方も、原則として労災とは認められないが、すでに新幹線の改札内に来ていて、「新幹線が予約されていて、ホームで待っている時間もわずかであったという場合」は、出張に伴う通常の行動であると考えられ、労災が認められる可能性もあると(ナルホドね。改札内の書店なら"中断中"には該当せずOKなのか。自由席飛び乗りだとダメなのかなあ)。

 「実用書」ではあるものの、全体を通して読むことで、法律の趣旨や考え方というものを再確認することができ、そうした意味では「参考書」としても読めるのではないかと、個人的には思いました。

 タイトルに「雇用問題」と銘打っているのは、「あとがきに代えて」の中で、今回の震災のような大災害の可能性も雇用政策に織り込むべきだという提案がなされていることによるものでしょう。

 こうした大災害の場合、企業における従来の長期雇用保護システムは機能せず、実際に今回は一挙に大量の失業者が出ることになったわけですが、「それまで就労していた企業固有のキャリアしか身につけていなければ、就業転換をスムーズに進めることができない」としています。

 そのため、「労働者が速やかに転職先を見つけることができるような普遍的職業能力を普段から身に着けることを促進・助成すること、および転職市場の拡充、そして不安定雇用に定着してしまわないように常にキャリアアップの道を開いておくこと」などが提案されていますが、もっともであると思いました。

 だだし、実質「あとがき」の中で述べられているだけで、提案の具体的な展開については「次の機会に記述したい」とのことで、本書自体は、「実用書」の域を出るものではないでしょう(「実用書」「参考書」としてはお奨めです)。

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初任者・職場管理者だけでなく、これまで人事労務の仕事に携わってきた担当者にとっても得られるものがある。

職場トラブル解決の本2.JPG                 高谷知佐子.jpg 髙谷知佐子 氏(弁護士)
初任者・職場管理者のための職場トラブル解決の本 (労政時報選書)』(2011/06 労務行政) 

 職場におけるトラブルの種類は元から多岐にわたり、また近年は一層に複雑化している傾向がありますが、本書では、前半部分で、特に最近よく問題となる職場トラブルについて、解決のために必要な基本的な知識や考え方を説明し、後半部分では、著者が実務でよく聞かれるQ&Aを通じて、実際の職場のトラブル解決のヒントを提供しています。

 前半部分の解説は、「労働時間のマネジメント」「指揮命令と(パワー)ハラスメント・メンタルヘルス」「教育・社内外の活動、組合活動に関するトラブル」「情報のマネジメント」「退職に関するトラブル」という章立て(テーマ区分)になっており、サービス残業問題やパワハラ問題など、近年とりわけ多発傾向にある職場トラブルのタイプに応じた括りになっています。

 後半部分のQ&Aも、前半のテーマ区分に沿ってグループ化されていて、全体で42あるQ&Aの内、例えば、様々なタイプのトラブルケースがみられる「指揮命令・ハラスメント・メンタルヘルス」については、多い目に問いを設けて解説しています。そのため、入門書とはいえ、テーマや事案ごとにみるとかなり突っ込んだ解説となっているように思いました。

 全体を通して「法律先ずありき」ではなく、複雑多様化するそうした個々のトラブル例からスタートし、法律上はどのような扱いになるのか、過去の裁判例ではどのように判示されているのかを解説し、最善と思われる問題の解決策を示すとともに、同種または類似した問題の発生を防ぐにはどうしたらよいか、トラブル解決以降も良好な労使関係を維持していくにはどうしたらよいのか、といった視点も織り込まれているため、トータルでの実務的な解説となっているように思えます。

 こうした解説スタイルからも、著者が労務問題の現場に深く関わっている弁護士であることが窺えますが、加えて、職場トラブルへの対応をその場限りの「対処療法」で済まさず、問題の根本を見据え、担当者の意識改革も含めた抜本的な職場改善に繋げていくことが大事であるとの視点を、改めて示唆しているように思いました。

 企業内で職場トラブルに対処しなければならない担当者となった人を対象とし、初任者・職場管理者のためにわかりやすく解説することに留意されているようですが、最近のトラブル傾向に沿って書かれているため、初任者や職場管理者だけでなく、これまで人事労務の仕事に携わってきた人が読んでも、今後に向けて得られるものは充分あるように思いました。

 個人的には、とりわけ「ハラスメント」に関する問題の解説部分に、そのことを感じました。セクシャルハラスメントの判例法理がほぼ確立されてきたのに対し、パワーハラスメントの判例法理の形成は"現在進行形"であるように思われます。実際には、パワハラにせよセクハラにせよ、判断の難しいケースが少なからずあるかと思われますが、著者は敢えてそうした事例を取り上げ、所々に著者なりの見解も織り込みながら、それらについてきめ細かい解説をしています。

高谷 知佐子弁護士2.jpg 表記が分かり易いばかりでなく、テーマを絞っているために通読可能なボリュームでもあり、忙しい職場管理者にもお薦めですが、社会保険労務士、人事コンサルタントにもお薦めです。


ヒューマン21 EC-Net 第23回研究会
「職場トラブルへの対応実務ー最新判例を中心にー」
日 時:2012年2月25日(土) 10:00-17:00
講 師:高谷 知佐子弁護士(森・濱田松本法律事務所)
開催場所:日本青年館ホテル「504」会議室(新宿区霞ヶ丘町)

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労務の企業内スペシャストを目指すならば、これぐらいの本にはあたっておきたいところ。

『事例判例 労働法.JPG事例判例 労働法.JPG
事例判例 労働法―「企業」視点で読み解く』 (2011/03 弘文堂)

 著者は、本書刊行直後にも別の判例解説本を複数冊刊行するなど(改版を含む)、精力的に活動している労働法学者ですが、本書は「企業で働く人と、近い将来に企業で働こうとする人たちのために書かれた、労働法の基本書」であるとのことで、大学で長らく労働法を教えながらも、若い頃には企業(メガバンク)で従業員として働いた経験のある筆者が、自らの経験を活かして、大学の研究室の高みからではなく、企業の現場での発想を重視して作成したという、事例スタイルの解説書です。

 サブタイトルの「企業視点で読み解く」という目的のために、労働法の中身を「合意の原則」「ヒューマン・リソース」「ワーク・ライフ・バランス」「リスク・マネージメント」の4つのカテゴリーに分けているのが興味深く、例えば「合意の原則」の中には労働契約、採用、就業規則、解雇などの項目が含まれています。

 以下、「ヒューマン・リソース」の章では賃金、配置・異動、非正規労働者などが、「ワーク・ライフ・バランス」の章では労働時間、休日・休暇などが、「リスク・マネージメント」の章では安全衛生や労災補償、労働組合などが取り上げられており、このように全体を通して見ると、著者自身も述べているように叙述の順序は突飛なものではなく、また、それぞれの解説もオーソドックスな労働法のテキストとそう変わらないようにも思えました。

 本書のもう一つの特徴としては、各項の冒頭にある設問(事例)がすべて企業の人事担当者からの質問として構成されていることあり、せっかくなので、いきなり解説を読み始めるのではなく、まずこの部分を読んで自問自答してみることをお勧めします。
 但し、解説自体は、その質問に対する直接的な回答と言うよりは、各項目分野の総論的・網羅的な解説となっています。

 必要に応じてそれら解説に呼応する代表的な判例が要約されて紹介されており、更には、より学習を深めたい読者のために「発展文献」が紹介されています。テキストとして丁寧な作りであるとともに、2色刷りということもあって、読みやすいと思いました。

 このように、教科書としては信頼し安心して読めるものとなっていますが、「企業で働く人と、近い将来に企業で働こうとする人たちのため」というよりも、「労働法の初学者」のための本のようにも思えました。
 しかしながら、「企業の人事担当者にとって必要な労働法」という視点は、解説文中にも充分に織り込まれており、「法令順守」という観点だけでなく、「変容する企業社会と労働法」の関係や今後の方向性といった視点が盛り込まれているのもいいと思いました。

 それが特色として最も表れているのは、4つのカテゴリー別解説の前にある第1章の「企業の中の労働法」であり、労働者とは何か、使用者とは何か、事業場とは、企業とは、といった解説は、それぞれ興味深く読め、とりわけ、「企業」という労働法規には登場しない概念を、その存在意義や人的構成から分析・考察した箇所には大いに頷かされました。

 そうしたことも含め、学生や初学者にとってだけでなく、実務家にとっての知識修得のための基本書としても使える内容であり、また、企業内での労務のスペシャストを目指すならば、これぐらいの内容レベルの本にはあたっておきたいところ―といった感じの本でしょうか。

【2013年・第2版】

「●企業倫理・企業責任」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2243】 マックス・H・ベイザーマン/アン・E・テンブランセル 『倫理の死角

本を読んでいるというよりセミナーを聴いている感じ。内部統制の概念説明が中途半端で、対応策は具体性を欠く。

不祥事でバッシングされる会社にはワケがある5.JPG不祥事でバッシングされる会社にはワケがある.jpg 『不祥事でバッシングされる会社にはワケがある (新書y)

 企業不祥事と言うのは絶えないもので、昨年('11年)で言えば、東日本大震災の後の原発の安全性論議を巡る九州電力のやらせメール問題、オリンパスのバブル崩壊時に生じた巨額損失の隠ぺい問題、大王製紙の前会長による子会社からの巨額借入事件あたりが話題の中心だったでしょうか。読売巨人軍の元球団代表兼GM・清武英利と渡辺恒雄球団会長らの泥仕合なども企業不祥事に入るのでしょうか。

 個人的には、読売の内輪もめなどはどうでもいいのですが、九州電力のやらせメール問題はヒド過ぎると思われ、過去に何度もやらせシンポジウムが行われていて(他の電力会社も同じようなことをやっていた)、それに経済産業省、原子力安全・保安院、更には地方自治体の長(知事)まで絡んでいたというから、企業不祥事の域を超えているかも...(反原発派の科学者・小出裕章氏が、シンポジウムが原発推進派のやらせであることを感じながらも、その中で孤軍奮闘していたのが印象的)。
 

 本書の著者は、元日本たばこ産業(現JT)の広報法マンで、今は危機管理コンサルタントをしている人。本書ではまず、企業が犯すミスには、①人為的なミス、②社内組織・社内システム的ミス、③機械的・プログラム的ミス、④倫理的なミス、の4つのミスがあり、最後の倫理的なミスは、必ず不祥事に発展するとしています。

 第1章で、ミスを無くすための組織作りとして、内部監査の重要性を訴えていますが、概念的な説明は簡単に済ませ、第2章では、不祥事で躓いた企業の事例を挙げていて、雪印乳業の食中毒事件('00年)、不二家の消費期限切れの牛乳を使ったシュークリームの製造・出荷事件('07年)、伊藤ハムの自社製品へのシアン化合物混入事件('08年)、三笠フーズの事故米の不正転売事件('08年)、大相撲の八百長疑惑・力士暴行事件、更に大麻吸引で力士が逮捕された事件('08年)について、その発覚の経緯と当事者の対応を、批判的に検証しています。
 一方で、不祥事に対し適切な対応をとったことで、不祥事をバネとした企業として、数は少ないものの、ジャパネットたかた等の例も挙げ、不祥事でダメ評価を受けた会社との違いとして、初期対応の在り方などを挙げています。

 第3章では、広報マンの経験から、危機管理の対応策が述べられていますが、「企業のコミュニケーション力が問われている」とか、間違っていないものの、やや啓発セミナーを聴いている感じで具体性に欠ける気も。

 それを補うかのように、第4章「いざというときの実践シミュレーション」で、ケーススタディとして、「役員の殺害と社員の情報漏洩がリンクしていた」ケースをもってきていますが、かなり特殊なケースであるし、取材記者への対応テクニックなど、企業の立場から、と言うより、広報マンの立場に終始している感じがしました。
 個人的には、内部監査についてもう少し突っ込んで説明してもらいたかったところですが、全体に、本を読んでいるというよりセミナーを聴いている感じ(コンセプチュアルな話はさらっと流して、後は事例や啓発譚とケーススタディでいくところなども)。

 しかも、一広報マンという立場から抜け切れておらず、些細なことは(広報マンが、自分が後で後ろ指を指されないようにするには必要な知識なのかも知れないが)、企業全体にとっての肝心なところは、具体性に欠けるという印象を拭い去れませんでした。


 振り返ってみれば、オリンパスの損失隠し問題にしても、大王製紙の巨額借入事件にしても、一広報マンの立場では殆どどうにもならない気もしますが、一方で、電力会社のやらせシンポジウムなどは、多くの電力会社社員が"やらせ質問"に立っているわけで、こうなると、ミスや隠蔽工作と言うより、ハナから国民に対する詐欺行為であり、国も企業も「個人」もひっくるめて巨大な犯罪組織と化している観があるなあ。

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企業理念・経営理念やビジョン・ミッション・バリューなどと微妙にニュアンスが異なるのが興味深い。

できる会社の社是・社訓6.JPGできる会社の社是・社訓.jpg 『できる会社の社是・社訓 (新潮新書)

 電通の「鬼十則」や日本電産、日清など有名企業の社是・社訓の成り立ちや、そこに込められた創業者や中興の祖の思いなどが、コンパクトに分かり易く紹介されていますが、各見出しには、社是・社訓に限らず、創業者の言葉などを引いているものもあり、併せて、創業者がどのようにして事業を起こし、どのようにしてそれを育て、現在の会社の礎を築いたかが書かれていて、ミニ社史を読んでいる感じも...(多分に各社の社史を参考にしているということもあるだろう)。

大丸.jpg先義後利.jpg 大丸の「先義後理」など享保年間(18世紀初頭)に遡るものから。楽天の「スピード!! スピード!! スピード!!」など近年のものまであり(因みに、ライブドアには社訓が無かったそうな)、また、シャープ、松下電器(現パナソニック)、ホンダなどになると、創業者の立志伝の紹介みたいになってきますが、それらはそれで、自分が知らなかったことなどもあって面白く読めました。

 著者は、就職を切り口にした教育問題などの特集記事を担当する経済週刊誌記者だそうで、社是・社訓が実際にその企業に今どのような形で定着し、活かされているかといった組織・人事的な視点は殆どありませんが、さすがに大きな不祥事のあった会社については、その時の経営者が社訓に悖る行動をとったことを解説しています。

 大丸の「先義後理」などの古い社訓は、広い意味でのCSR、コンプライアンスに沿っているように思われ、一方、資生堂のエシックス(倫理)カードにある「その言動は、家族に知れても構いませんか?」などは、90年代の企業不祥事の多発を受けてのものなのだろうなあ。

 サントリーが、山口瞳、開高健らが執筆陣に加わった社史『サントリーの70年』で、創業者・鳥井信治郎「やってみなはれ」「みとくんなはれ」を前面に押し出していたのに、100年史では「人と自然と響きあう」が企業理念となっていて、つまらなくなったようなことを著者は書いていますが、確かに。

 こうしてみると、創業者個人の強烈な思いが込められた「社是・社訓」は、「企業理念」「経営理念」や「ビジョン」「ミッション」「バリュー」などと呼ばれるものと重なる部分は多いものの(IBMの"THINK"とかアップルの"Think different"なども「行動規範」であり「バリュー」の一種とみていいのではないか)、「社是・社訓」と「企業理念」「経営理念」と言われるものとは、或いは日本と海外との間では、それぞれ微妙にニュアンスが異なる部分もあり、もしかしたらその部分に日本的経営の特性があるのかも―と思ったりもしました。

IBM1.jpg Think differentド.jpg

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"バランスの取れた教養人"が書いた"当たり障りのない"リーダーシップ論"。具体像が見えてこない。

愚直に実行せよ! 人と組織を動かすリーダー論.jpg 中谷 巌 『愚直に実行せよ!.jpg
愚直に実行せよ! 人と組織を動かすリーダー論 (PHPビジネス新書)

 「PHPビジネス新書」の創刊ラインナップの1冊。

 第1章で、優れたリーダーの4つの資質として、「志がある」、「ビジョンと説明能力がある」、「愚直な実行力がある」、「身をもって示す姿勢がある」ことを挙げ、更に、カルロス・ゴーンの成功例などを引きながら、日本でリーダーシップを発揮するにはどのような条件が必要かを考察しています。

 第2章では、「志を高く持つ」ということはどういうことなのかを、「自信」「教養」「人間理解」をポイントに説き、第3章では、「説明能力」と「大局観」を読む力の大切さを説くと共に、日本という国の文明論的「位置」を意識せよと述べています。

 第4章では、「愚直な実行力」を持てということを、IBMのルイス・ガースナーの経営姿勢などを引いて説き、最後に(第7章)、リーダーは「身をもって示す」ことが肝要であるとしています。

 これだけだとキレイに纏まり過ぎていると思ったのか、第5章で、リーダーたる者は時に「狐」となれとし、また、第6章では、コーポレートガバナンスの問題などを扱っていますが、そうした章も含め、全体にキレイに纏まっているという印象で、さらっと読めるけれど、インパクトは弱いかなという感じ。

 結局、タイトルにもなり、まえがきでも強調されている「愚直に実行せよ」ということが"肝"なのだろうなあと思いましたが、ガースナー氏の登場も、書かれていることも、想定の範囲内という感じがしました。

 幅広い分析的な視点は、いかにも総研(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)の理事長らしいですが、"バランスの取れた教養人"が書いた"当たり障りのない"リーダーシップ論"ということで、具体的なリーダー像が今一つ見えてこないのが難かも。

 本書の中で小泉純一郎元内閣総理大臣のリーダーシップを持ちあげていますが、'08年に『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社)を著して市場原理主義との決別を表明し、「小泉改革の大罪と日本の不幸 格差社会、無差別殺人─すべての元凶は「市場原理」だ」という論文を発表したりもしています(変節ぶりが甚だしいが、この人自身リーダーとして大丈夫なのか?)。

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「●上司学・リーダーシップ」の インデックッスへ ○経営思想家トップ50 ランクイン(ヘンリー・ミンツバーグ)

マネジャーの仕事ぶりの観察研究からマネジャーの実像を探った、啓発される要素の多い本。

『マネジャーの実像.jpg
    
マネジャーの実像.jpg  ヘンリー・ミンツバーグ(Henry Mintzberg).jpg Mintzberg, H. マネジャーの仕事.jpg
マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか』(2011/01 日経BP社)『マネジャーの仕事』('93年/白桃書房)

Managing by Henry Mintzberg
Managing Henry Mintzberg .jpg  ヘンリー・ミンツバーグ(Mintzberg, H.)の"Managing"(2009)の訳書で、ミンツバーグには『マネジャーの仕事("The nature of managerial work"、1973)』('93年/白桃書房)という名著がありますが、前著は、5人の企業経営者に密着してその仕事ぶりを1週間観察研究することで、マネジャーの仕事の在り方を考察したものでした。36年ぶりに書き改められた今回のこの本では、29人のマネジャーの仕事ぶりを29日間観察研究し、そこからより深くマネジャーの実態を探っています。

 400ページを超える大著ですが、マネジメントに関心を持つすべての人に向けて書かれたものであり、マネジメントとは何か、マネジャーは日常どう行動し、それはどのような意味を持つかが分かり易く説かれているため、今現在マネジャー職に就いている人が自分の普段の行動や役割を振り返るうえで参考になるだけでなく、マネジャーと一緒に仕事をしている人、マネジャーの選考や評価、育成に携わる人にとっても、啓発される要素の多い本であると思います。

 前著『マネジャーの仕事』では、マネジャーの仕事を、過酷なペース、頻繁な中断、書面以外のコミュニケーションの多さ、行動志向の強さなど、「マネジャーの仕事の特徴」面からと、看板役、障害処理役など、「マネジャーの仕事の基本的役割」面という2つの視点から論じていましたが、本書でマネジャーの仕事の特徴面を分析している箇所は、基本的に前著に準拠しています(つまり、マネジャーが仕事に追われている状況は、現在も当時と何ら変わっておらず、むしろ強化されていると)。

 一方、マネジメントという仕事の内容(マネジャーの役割)については、「情報」「人間」「行動」という3つの次元でその仕事をとらえるモデルを提唱するとともに、29人のマネジャーの仕事ぶりを観察研究することから得られた、マネジャーが取る「基本姿勢」の類型(例えば、業務の円滑な進行を重視する姿勢、ミドルマネジメント層の枠内でマネジメントを行う姿勢、組織を外部環境と結びつける姿勢など)を示しています。

 更に、マネジメントに際して陥る、上っ面症候群、現場との関わりの難題、権限委譲の板挟みなどの避けて通れないジさまざまなジレンマを31項目にわたって論じたうえで、「有効なマネジメントとは何か」というテーマに挑み、マネジャーとして成功する人とは、MBA教育やリーダーシップ礼讃論に毒されているナルシストではなく、経験と常識を備えた「普通の人物」であり、マネジャーには飛び抜けた才能よりも、常識的に、そして明晰にものを考えられる頭脳が必要なのかもしれないと結論づけています。

 著者によれば、マネジメントとは、決して解決しないパラドックスと矛盾とミステリーに向き合う仕事であり、本書は、マネジメントに関する既存の常識を補強するために書かれた本ではなく、マネジメントについての新しい見方を世に問い、みんなで考えるように背中を押すことを目的としたものであるとのことです。

 本書では、リーダーシップをマネジメントの一つの要素として位置づけていて、ウォーレン・ベニスやジョン・コッターのようなMBAを席捲したリーダーシップ理論とは異なる立場をとっており、ドラッガーすら批判の対象となっています。

 そうしたリーダーシップ論への関心から本書を手にするのもいいし、サブタイトルにある「管理職」はなぜ仕事に追われているのかという素朴な疑問から読み始めても、随所で頷かされることの多い本ではないかと思います。

マネジャーの仕事.jpg【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)
 

  
《●『マネジャーの実像』要約pp》
マネジャーの実像s1.pngマネジャーの実像s2.pngマネジャーの実像s3.pngマネジャーの実像s4.pngマネジャーの実像s5.png

《読書MEMO》
●リーダーは、マネジメントを他人まかせにしてはいけない。マネジャーとリーダーを区別するのではなく、マネジャーはリーダーでもあり、リーダーはマネジャーでもあるべきなのだと、理解する必要がある(13p)
●私たちがリーダーシップにこだわればこだわるほど、好ましいリーダーシップの実例が減っていくように見える(13p)
●マネジメントはサイエンスでもなければ専門技術でない。マネジメントは実践の行為であり、主として経験を通じて習得される(14p)
●マネジメントとは「いまいましいことが次々と降りかかる仕事なのだ(30p)
●マネジメントの現場では、重要な仕事とありきたりの雑務が不規則に混ざり合っているように見える。そのためマネジャーには、頻繁に、しかも素早く気持ちを切り替えることが求められる(32p)
●マネジャーは経済学で言う「機会損失」を恐れているようだ。ほかの仕事を放置して一つの仕事に専念すると、好ましい結果を得そこなうのではないかという不安に駆られているのだ(35p)
●マネジャーは、電話や会議や電子メールを終えて「仕事に戻る」のではない。こうしたコミュニケーションこそがマネジャーの仕事なのだ(40p)
●マネジャーは指揮者でもなければ、マリオネットでもない。状況をすべてコントロールできるわけではないが、まったくコントロールできないわけではない(49p)
●インターネットはマネジャーの仕事の性格を根本から変えるのではなく、この仕事に以前から見られる傾向を強化している(インターネットの影響でマネジャーはますます仕事に追われるようになった)(60p)。
●マネジャーにとって重要なのは、コントロールすることではなく、コントロールすることばかりを考えないようにすることだ(86p)
●《マネジャーの失敗のパターン》ザル型マネジャー(あまりにやすやすと外部の影響を組織内に流れ込ませる)、ダム型マネジャー(外部から影響を受けることを自分のところでとどめすぎる)、スポンジ型マネジャー(重圧をほとんど自分自身で受け止める)、ホース型マネジャー(ホースで水をまき散らすように、外部の人たちに強力な圧力をかける)、水滴型マネジャー(外部に対して、水がポタポタ落ちる程度にしか圧力をかけられない)
●バランスのとれたマネジメントは、そのときどきに直面する課題に合わせて、さまざまな役割の比重を絶えず変化させることによって実現する(146p

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ドラッカーの経営思想の入門書、ドラッカーの著作への手引書としてお薦めできる1冊。

ドラッカーの実践経営哲学.jpg            ドラッカーの実践経営哲学 単行本.jpg
[新版]ドラッカーの実践経営哲学 (PHPビジネス新書)』['10年]/『ドラッカーの実践経営哲学―ビジネスの基本がすべてわかる!』['02年]

 '02年刊行の『ドラッカーの実践経営哲学』(PHP研究所)の新書復刻版で、著者は大日本印刷出身のビジネスマンで、ダイレック常務取締役などを歴任するなど、企業経営に関わりながら、自らの出身大学である慶応大学の同期生らと研究会を立ち上げてドラッカー研究を続けた人ですが、元本の刊行の翌年に亡くなっています。

 復刻の背景には昨今のドラッカー・ブームがあると思われますが、分かり易い内容でありながらも、オリジナルが単行本であることもあってかかっちりした構成で、ドラッカーの経営思想のサマリーとしては上質の部類に入ると思われます。

 畳み掛けるような事例を背景に持論を展開するドラッカーの手法を踏襲し、更に、それら事例の多くを、(本書執筆時点ではあるが)日本企業における直近のケースに置き換えて、自身の言葉で解説しているため、書かれていることがたいへん身近に感じられ、それが読み易さにも繋がっているのだと思います。

 自分自身、こんなによく出来たドラッカーの入門書があったとは知らず、今回初めて新書で読みましたが、著者が生きていたら、更に最新の企業事例を織り込んで本書を改訂していたのではないかと思われ、それが成らなかったことが残念です。

 ドラッカーの経営思想の入門書、その著作の翻訳書に至るための手引書としてお薦めできる1冊です。

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「●人事・賃金制度」の インデックッスへ

報酬制度改革がまだ不十分というのは現場感覚に近い。人事の課題と今後の取り組みの方向性がよく纏まっている。

『2013年、.jpg2013年、日本型人事は崩壊する.jpg2013年、日本型人事は崩壊する! 企業は「年金支給ゼロ」にどう対応すべきか』(朝日新聞出版)

 タイトルにある「2013年」問題というのは、「2013年度からは60歳になっても厚生年金が受給できなくなる」ことにより起きると予想される問題を指しています。現在も、60歳から64歳までの間に支給される特別支給の老齢厚生年金は、1階の定額部分相当の支給開始年齢が60歳から65歳へと段階的に引き上げられていますが、2013年度からは、2階の報酬比例部分も60歳から65歳へと引き上げられることになっています。

 但し、こちらも支給開始年齢の引き上げは段階的に行われるため、完全に65歳支給開始となるのは2025年度であり、ちょうどその時に64歳になる人については、その年も含めた前5年間(2021年度~2025年度)は年金が支給されないことになります。2013年度から60歳到達者がすぐに年金をもらうことができなくなるのは確かですが、2013年度に60歳になる人は、2014年度からは報酬比例部分の支給が始まります。60歳到達者を基準に、その人に報酬比例部分が支給されるのはいつかと考えると、それは2013年度から2021年度にかけて段階的に起きる問題であるととれなくもありません。

 しかし、いずれにせよ企業は、被用者の65歳までの雇用を実現し、さらには70歳までの雇用を考えていく必要があり、その1つの節目が2013年であることに異論はありません。こうした時代を迎え、わが国の人事制度や人材戦略は大きく変わらざるを得ないだろうと著者は予測しています。

 著者によれば、成果主義が流行したといえ、真の報酬改革を断行した企業は少なく、リーマンショックの影響で人材育成や人材活用への取り組みも道半ばであり、多くの企業で、嘱託者の処遇是正、実力主義への転換、若年層の効率的育成、高齢者や女性の活用といった課題が残されているとのことです。

 その上で、これからの報酬制度は、能力によって報酬が変わる制度から、同一労働同一給与の原則に基づく職務給制度への転換が求められるとし、給与については、職務評価をシンプルにして要員管理にも応用可能な日本型職務給制度を、賞与については、業績と賞与総原資との相関を強めた業績連動賞与を提唱しています。

 この部分はオーソドックスな提案であるがゆえに、2000年代前半までに何度もなされてきたものと重なる部分は多いのですが、企業の関心事はリーマンショック前にはすでに人材開発の充実やES(従業員満足度)の向上に移行しており、報酬制度改革はそれ以前に完了しているという認識が風潮としてある中、その改革は充分なものではなく、例えば年功的賃金などは実態として今でも残っているという著者の主張は、大方の人事の現場の実感に近いものではないでしょうか。

 報酬制度改革に伴い、人事部の人材採用や人材育成にも変化が現れるであろうとし、後半部では、人材育成やキャリア開発の進め方についても実務的な視点から解説しています。例えば、20歳代後半から選抜型エリート教育を開始し、自主性に任せるのではなく、半強制的に教育をする必要があるとし、内部講師を起用する機会が増えるだろうが、嘱託者に先生になってもらうのも一案であるといった具合に、高齢者の活用なども視野に入れた提言がなされ、さらに、中堅層や高齢層のキャリア開発のポイント、女性の活用支援策も提言されています。

 最後に、「日本企業に必要な価値観/風土」として、①修羅場を体験できるローテーションに手を挙げる、②年長者を敬う、③部下をリスペクトする、④助け合いの精神を共有する、⑤完全リアイアするまで上昇志向と付加価値向上意識をもち続ける、の5つを掲げていますが、日本的風土として"守るべきもの"があり、それを失ってはならないという著者の考えが織り込まれているように思います。

 書名自体は煽り気味ともとれますが、人事の課題と今後の取り組みの方向性がよく纏まっていると思います。企業が国際競争力を身につけるうえで、報酬制度改革は避けて通れない課題であり、2013年問題がそうした改革の契機になればという思いが込められているように思われました。併せて、次なる改革においては、報酬制度だけではなく、人材育成・キャリア開発といった課題にも人事は目を向けなければならないことを示唆した良書だと思います。

 《読書MEMO》
●日本企業が抱える人事・報酬システムの課題(62p)
①"55歳定年"が根底に残っている
② 給与カーブが年功的である
③ 人件費が変動費化されていない
④ マスメディアさえ報酬ポリシーを誤解している
⑤ 嘱託者が活躍していない
⑥ 女性がまだまだ活躍していない
⑦ 大学全入世代の受け入れ体制が整っていない
⑧ ハングリー精神などの面で中国人に完敗している
⑨ 諸施策がモチベーション向上につながっていない
⑩ コア人材の育成が遅れている
●これからの人材育成キーワード(153p)
① 半強制
② 基礎
③ 体験
④ 終身教育
⑤ PDCA
●日本企業に必要な価値観/風土
①修羅場を体験できるローテーションに手を挙げる
②年長者を敬う
③部下をリスペクトする
④助け合いの精神を共有する
⑤完全リアイアするまで上昇志向と付加価値向上意識を持ち続ける

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このタイトル、どうなんだろうか。

ちょっと待った 社長 その残業代払う必要はありません.jpg 『ちょっと待った!! 社長!その残業代払う必要はありません!!』(2011/02 すばる舎)

 う~ん、あんまりこんなタイトルの本、出さないで欲しいなあという感じ。

 書かれている内容そのものは、残業代についてだけでなく、有給休暇や給料、解雇や退職金についても網羅されていて、著者の基本的なスタンスは、どこまでが法律で制限されていて、どこからは労使(実質的には経営者)に委ねられているか、それに対して御社の就業規則や賃金規程、労働慣行は、経費に余裕がないにも関わらず"過払い"になっているようなことはないかをチェックし、節約できるところは節約しましょう―ということなのでしょうが。

 こういう本が出るとAmazon.comのレビューなどでは、まず「中小企業の経営者にとっての福音の書」的なコメントが書き込まれ(発行日から間もない内に書き込まれるのものには、インナーによる宣伝の場合もあるが)、やがて今度は労働者側から、「経営者に理論武装される前に読んでおきましょう」的なコメントが並んだりもしますが、本書については、それに加えて、経営者におもねるような姿勢を揶揄するコメントもあったように思います。

 中には、著者は「所定労働時間を超えて法定の8時間までの部分は法内残業である」としているが「法内残業であっても割増がつかないだけで、残業代は払わなければならないのではないか」といったコメントも見受けられましたが、内容的にはその通りに(時間単価×1.25払う必要はないが、時間単価×1.00は払う必要があると)書かれています。

 その他にも、法的におかしなことが書かれているわけではないのですが、タイトルや「人件費削減」が先ずありき的な姿勢から、そう書いているように捉えられてしまうのだなあと。不況の折、中小企業の経営が厳しいのは解るけれど、とにかく人件費を減らせばいいってものでもないでしょう。本書にある削減策の中には、策を講じたとしても、削減額の知れているものもあるし。

その残業代払う必要はありません.jpg 裏表紙に「本書は、中小企業経営者のためだけに徹底的に解説しています。社員の皆様は、ご遠慮ください」と書かれているのも、良く言えばターゲットを明確にしているということなのかも知れませんが(書店に並ぶわけだから、穿った見方をすれば、労働者側も第2のターゲットにした戦術なのかもしれないが)、「売らんかな」的な姿勢が先行するあまり、法律の隙をついたテクニカルな解説に終始し、労使協調や従業員のモチベーションということが軽んじられているような印象を受けました。
 
 自社の就業規則のどの部分が法律の基準に沿ったものであり、どの部分が法律の基準を超えるものであるかを、経営者が知っておくこと自体は意味があると思います。確かに、中小企業などで、経営的に余裕があるわけではないのに、払わなくてもいいものを払っているケースは少なからずあります。

 但し、すでに就業規則や賃金規程で定められていることを改変する場合は、労働条件の不利益変更に該当する場合があり、その際には労働契約法9条・10条の規制を受けるということも、本書ではあまり突っ込んで解説されていません。
 
 残業代を減らしたければ、社内ルールの徹底、業務の改善・効率化が先でしょう。経営者が本書によって"ミスリード"され、却って労使関係に齟齬をきたすようなことのないことを祈るのみです。

「●メンタルヘルス」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1687】 見波 利幸 『「新型うつ」な人々

管理者(管理職)によるケア(ラインケア)について、分かり易く実践的に書かれている。

職場のメンタルヘルス実践ガイド.jpg 『職場のメンタルヘルス実践ガイド―不調のサインの見極め方診断書の読み方から職場復帰のステップまで』(2011/01 ダイヤモンド社)

 厚生労働省の「「労働者の心の健康の保持推進のための指針(メンタルヘルスケア指針)」(平成18年3月策定)」では、事業者は、メンタルヘルスケアに関する事業場の問題点を解決する具体的な実施事項等についての基本的な計画(「こころの健康づくり計画」)を策定する必要があるとし、この計画の実施に際しては、
 「セルフケア(自分自身で行う対策)」
 「ラインによるケア(上司や管理者が行う対策)」
 「事業場内産業保健スタッフによるケア(社内の保健関係スタッフによる対策)」
 「事業場外資源によるケア(社外の専門家に等に依頼して行う対策)」
の4つのメンタルヘルスケアが継続的且つ効果的に行われることが必要だとしています。
 
 この内、職場でのメンタルヘルス推進の基本は、ラインによるケア(上司や管理者が行う対策)にあると言われていますが、本書は、そうした管理職のためにラインケアの実践の在り方を説いたものです。

 第1章の「職場の心の健康を守る技術―ラインケア」では、ラインケアの実行項目のポイントやヒントについて書かれています。第2章では、メンタルヘルス診断書が職場に提出された後の対応について、第3章では、職場復帰を成功に導く方法について述べられています。第1章はいわば「予防」にあたり、第2章・第3章は、メンタル不全者が出てしまった場合の「事後の対応」にあたると言えるでしょう。

 メンタルヘルス関連の書籍は数多く刊行されていますが、本書の特徴は、第1章の「ラインケア」の部分に全体の3分の2ものページを割いていることで、職場で増加するメンタルヘルスの問題を未然に防ぐために、あるいは重篤化しないようにするために、現場のリーダーとして「すべきこと」「してはいけないこと」が丁寧且つ実践的に書かれています。

 具体的には、管理職がなすべきラインケアを「見る」「「話す」「聴く」「対処する」の4つに分け、全部で12のチェックポイントを示していますが、例えば「見る」については「サインを見る」「能力を見る」「人間関係を見る」という3つのポイントが掲げられていて、従来のラインケアの解説書よりも視野が広いように思われました。

 個人的には、結局これらは、管理職として自分が部下に対してやるべきことをやっているかということのチェック項目であると言い換えることが出来るようにも思われ、メンタルヘルスケアというのは、現場のリーダーにとってはマネジメントの延長線上にあり、マネジメントの一環であるとの思いを改めて抱きました。

 現場の管理職向けに分かりやすい言葉で書かれていて、カウンセリング手法をベースとした部下コミュニケーションの具体例などがポイントごとに織り込まれているため、現状で部下がメンタルヘルス不全になりかけているといった問題を抱えているリーダーには、参考になるのではないでしょうか、

 また、特に現状では自分の職場に関してはメンタル不全の問題は無く、と言って、本書に書かれていることを一時(いちどき)に実行するのは難しい(確かに...)、或いはそうした機会がすぐには訪れるとは思えないという管理職やリーダーもいるかもしれませんが、過去の自らの経験等を顧みつつ本書を読むことで、メンタルヘルス推進に対する認識のレベルを日頃から高めておくという自己啓発的な読み方でいいのではないでしょうか。よくポイントが整理されているため、再読もしやすいかと思います。

 第1章の終りで、職場でメンタルヘルスを推進するリーダー像とはいかなるものかについて、組織とリーダーシップという視点で「PM理論」をベースに解説されているのが興味深かったです。
 「PM理論」については既知の人事担当者も多いかと思いますが、メンタルヘルスにおけるラインケアという文脈の中で読み返してみるのもいいのではないかと思います。

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ジャンル的に著者の専門外。就活中の学生が、こんな経歴の人の話を聴くかなあ。

面接ではウソをつけ987.JPG面接ではウソをつけ.jpg 29歳でクビになる人、残る人.bmp 『29歳でクビになる人、残る人 (PHP新書)』['10年]
面接ではウソをつけ (星海社新書)』['11年]

  「一流大生」「コミュニケーション能力抜群」「凄い経験の持ち主」といった"就活強者"ではなく、「二流大生」「内気・ねくら・コミュ力ゼロ」「サークルとアルバイト以外、何もしてこなかった」といった"就活弱者"が、面接をクリアし、内定を勝ち取るにはどうしたらよいかを伝えたかったというのが本書の趣旨であるようです。

 著者は「営業コンサルタント」とのことで、以前、この人の『29歳でクビになる人、残る人』('10年/PHP新書)を読みましたが、個人的にはあまり得るものは無かった...。最近は、『人は上司になるとバカになる』('11年8月/光文社新書)、『誰も教えてくれないセールスの教科書』('11年9月/ぱる出版)、『トップ営業マンになる!身近なツール65の活用術』('11年9月/実務教育出版)など、かなりのペースで本を書いていますが、この本に関しては、ジャンル的にはやはり著者の"専門"外ではなかったかと...。

 著者自身もそう思っていたらしいですが、編集者から「営業コンサルタントだからこそ語れる面接の本を作りたい」と言われ、また企画を進めるうちに「営業」と「面接」には共通点が多くあることに気付いて、こうした本を著したとのことですが、結局、言っていることは、自分をいかによく見せるか、相手にまた会ってみたいと思わせるかのコツを説いたものであり、ほとんど「営業本」の世界だなあと。

 別に「面接でウソをつけ」と言っているわけではなく、「上手に演技せよ」と言っているわけで、これではインパクトが弱いと思ったのか、編集者がこういうキャッチーなタイトルにしたのだろうなあ。

 それ合わせて前書きでも「ウソのつき方をお教えします」的なことを言ってはいますが、本篇ではそうした言い方をしている箇所はどこにもなく、むしろ、「心で思っていることは簡単に見透かされる」とあり、これが実際のところではないでしょうか(その意味でマトモだが、タイトルずれしているとも言える)。

 具体的な事例が全てセールストークであり、しかも、著者自身が経験した住宅販売会社の営業マンのそれであって、自分の体験を基に書いているのは正直だけれど、それを強引に採用面接の場面に敷衍化したのは、やはり無理があったように思います。

 著者自身、住宅販売会社に入社して7年間は泣かず飛ばずだったそうですが、そもそも住宅販売や訪問販売の業界というのは、とりあえず許す限りヒトを採用して、後は辞める者は辞めるし、残る者は続けられる範囲で残る―といった業界ではないかと。

 就活中の学生が、こんな経歴の人の話を聴くかなあ。

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企業の採用担当者の間で話題の大学。国際教養人を育てるための取り組みが徹底している。

なぜ、国際教養大学で人材は育つ 5.JPGなぜ、国際教養大学で人材は育つのか.jpg   なぜ、国際教養大学で人材は育つのか 図書館.jpg 
なぜ、国際教養大学で人材は育つのか (祥伝社黄金文庫)』 国際教養大学の365日24時間開館の図書館

 この就職氷河期と言われる時代において、新進ながらも"就職率100%"の大学として、企業の採用担当者や大学の就職関係者の間で最近話題となっている国際教育大学(AIU)は、'04年春に日本初の公立大学法人として、秋田市(当時は秋田県雄和町)に開学した学校ですが、本書はそのAIUについて、学長自身が歴史や理念、取り組みを紹介したもの。

 本書で紹介されているAIUの特徴としては、●国際教養という新しい教学理念、●全授業を英語で行なう徹底した少人数教育(学生対教員数は15:1)、●必須の海外留学(1年間)、●厳しい卒業要件、●365日24時間開館の図書館などが挙げられます。

 秋田県が東京外国語大学の元学長を引っ張って来て、「あなたの思うような学校作りをしてください」と言って出来たのがこの大学であるわけで、学長自らが語っているため、やや「宣伝本」のキライもありますが、併せて、高等教育に関する問題意識や提言が随所にあり、これはこれでいいのでは。

 それにしてもスゴイね。入試偏差値は東大・京大レベルで、入学した1年生は外国人留学生と相部屋の寮生活、海外留学は卒業の要件ですが、英語力が一定レベル(TOEFL550点以上)にならないと留学出来ず、その他にも卒業のための厳しい要件があって、4年間で卒業できた学生は51.2%(2009年度)と全体の約半数であったとのこと。

 この就職難の時代に、企業の方から秋田の地を訪れて、企業ガイダンスをやるというからますますスゴイなあと思いますが、考えてみれば、これだけ市場がグローバル化した時代に、企業が(不足している)グローバル人材の獲得・育成に注力するのは当然と言えば当然、日立製作所などのように、「文系は全員グローバル要員」と言い切る企業もあります。

 著者自身、「世界を相手にする企業における、社内の英語公用化は望ましい」と言っているぐらいですが、英語力をつけさせるだけでなく、人口学、比較文化学など多様な人文学・社会科学系の学問に加えて、物理や生物などの自然科学系科目、また華道や茶道など、日本の伝統芸能も学ぶことができるとのことで、但し、あまり入試が難しくなり過ぎると、結局、上智大学の国際教養学部の最初の頃のように帰国子女ばかりにならないかなあ(上智の同学部は、現在は帰国子女の定員枠が設けられている)。

 4年間でストレートに卒業する学生が50%というのは、ハーバードでもその割合は50%程度というから、そうした世界のトップ大学を見据えているのだろうし、大学教員の教育実績を評価し、一定のレベルに到達しない教員とは再契約しないというのも、そうした海外の一流大学では行われているのかも(研究成果を上げないと再契約してもらえないというのは、海外の理科系の大学のフェローなどでは珍しいことではないが、AIUの場合、「教育」と「研究」の比重はどうなっているのだろうか)。

 就職難の時代、入試レベルが低偏差値であっても、学生の企業への就職において一定の成果を上げている大学はあり、但し、その実態は、「大学教育の専門学校化」だったりするわけで、そうした動向と比べれば、広い意味での国際教養人を育てようというAIUの取り組みは評価できるものであるかもしれず、また、その徹底ぶりには、やるならやはりここまでやらねばならないのか、という思いにさせられます(どの大学もがこのようになる必要は全く無いと思うが)。

 今のところ、企業側がAIUの学生に期待を込めて積極採用しているというだけで、それらAIU出身者のビジネスの世界での評価はこれからでしょう。
 但し、AIUのことを今まで知らなかったという企業の採用担当者は、"情報"として、一応は読んでおいていいのでは。

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人事考課制度の設計や考課者研修をする際に参考になる。労務行政版は事例解説が丁寧。

最新 人事考課制度.jpg     最新成果主義型人事考課シート集.jpg  最新・目標管理シート集.jpg
今が分かる!悩みに答える!最新 人事考課制度 - 13社の企業事例、最新実態調査、専門家の解説とQ&A (労政時報選書)』['11年]/『最新成果主義型人事考課シート集―本当の強さをつくる評価・育成システム事例』['03年]/『最新・目標管理シート集』['08年]

 企業で実際に使われている人事考課のための帳票や目標管理シートを集めたものでは、日本経団連が日経連時代から何年かおきに刊行しているものがあり、直近では、『最新 成果主義型人事考課シート集―本当の強さをつくる評価・育成システム事例』('03年/日本経団連出版)や『最新 目標管理シート集』('08年/日本経団連出版)があります。

 前者は32社のモデル帳票資料263点を収録し6,020円、後者は30社のオリジナルシートを収録し、274ページで4,200円と、それぞれなかなか"いい値段"で、しかも中古でもあまり安くならないところをみると、やはり継続的に需要があるということなのでしょう。端的に言えばシート集であり、解説を書いているのも各企業の担当者です(ある意味、日本経団連は、ラクな商売してる?)。

人事考課制度集.JPG 「労政時報選書」として刊行された本書の場合は、リクルート、リコー、日本ユニシス、ハウス食品、更にはソフトバンクなどなど13社の事例を載せていて、376ページで税込価格5,200円。まあ価格的にはこんなところになるのかなと('06年版の『最新人事考課制度』は、224ページ(3,900円)だったので、ページ数を増やし、価格もそれに伴って上げたことになる。「別冊」から「選書」になっても、安くならないんだなあ)。

 1社当たりの記事は、「労政時報選書」版の方が、背景となる人事制度の枠組みなどが「取材記事」として丁寧に解説されている点で充実していて、それら事例の紹介に入る前に、最近の人事考課の変化傾向分析などが、調査データを交え80ページに渡ってなされており、これも参考になります。

 また、後半の100ページは、運用のためのQ&Aが31問ほど付されて、かなり突っ込んだ解説がなされていたり、「考課力アップ講座」としてチェックテストが付されていたりし、これらは、考課者研修に使える実践的なものであると思われます(個人的にも実際に使用した。「労政時報」本誌でかつて掲載された内容もあるが、本誌購読会員は改めてネットでダウンロードできる)。

 13社の事例をみても、考課表の内容はバラエティに富んでいて、考課要素で言えば、「業績・能力・情意」といったトラディッショナルなものから、人材育成を単独の考課要素として取り入れたものまで様々です。

 かつてほど「コンピテンシー」ということは言われなくなったと聞きますが、こうしてみると「行動評価」として定着している企業には既に定着していて、全体的に見ても、「業績・能力・行動」が3大考課要素とみていいのではないでしょうか。

 「能力」の部分は、例えば「課題解決能力」など、業務遂行の過程で実際に顕在化した能力を見るようにしている傾向が窺えますが、プロセスという意味合いにおいて、行動評価(行動プロセス評価)と統合しているケースもあります。

 考えてみれば、「コンピテンシー」の本来の意味は(人格に近いところでの)「能力」という意味であり、米国などでは主に採用や昇進・配置のアセスメントとして使われていたのが、日本においては人事考課に用いられるようになり、そのため「そうした行動をとる人格かどうか」ということではなく、「期間中にそうした行動がみられたかどうか」に着眼するようになったと思われます。

 結果として、「コンピテンシー」とう言葉を使わずに「行動評価」という言葉を用い、一方で(本来はコンピテンシーと意味合いがダブる)「能力評価」の領域は残されていて、かつての「業績・能力・情意」のうち「情意」の部分が「行動」に置き変わったものが、今のところ日本的スタンダードになっているような印象を受けました。

最新成果主義型人事考課シート集 .jpg 日本経団連版も労務行政版も価格的には安くはありませんが、きちんと利用すれば元は取れると思われ、個人的には、とにかく多くの企業事例を見たいのであれば日本経団連版がいいのかもしれませんが、労務行政版でも人事考課制度の傾向は掴むことが出来、実際に企業内の実務担当者やコンサルタントが人事考課制度の設計や考課者研修をする際には、労務行政版の方が参考になるのではないかと思います。

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