【1645】 ○ 道幸 哲也 『パワハラにならない叱り方―人間関係のワークルール』 (2010/10 旬報社) ★★★★

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「マニュアル本」ではなく「判例研究本」。判例を通して「パワハラ法理」を解説。
 
パワハラにならない叱り方.jpg 『パワハラにならない叱り方―人間関係のワークルール』(2010/10 旬報社)

 本書は、一見すると、「こんな場合は部下をどう叱ればよいか」を列挙した、一般の上司・管理者向けの「マニュアル本」のような体裁ですが、内容的には、著者が労働法が専門の大学教授であることからも察せられるように、職場いじめやパワハラを巡る「判例研究本」に近いものです。

 職場いじめやパワハラなどが紛争に発展したケースとしてどのようなものがあるか、その傾向を近年の裁判例を通して検証するとともに、それらの判例を読み解くことで、その背景にどのような判例法理が形成されているのかを解説しています。

 職場の人間関係を要因とする紛争が近年になって増えている背景には、非正規労働者の増加などにより、職場の人間関係が希薄になってきていることに加え、成果主義の導入による個人競争の激化や景気の悪化による労働条件の低下などにより、「職場全体が崩壊しつつある」という状況があるとしています。

 一方で、労働法はもっぱら労働条件や雇用保障を問題としており、職場の人間関係から生じる問題は対象外としているわけですが、労使間、労働者間の協調性を重視する日本の職場社会においては、法に拠らなくとも、こうした紛争をインフォーマルに解決してきた経緯があったと著者は言います。

 それが、職場組織の自浄能力や問題解決能力の低下に伴い、まずセクハラ訴訟が目につくようになり、これら紛争を通して、法理として「労働者人格権」や「プライヴァシー権」という概念が確立し、それが、その後の職場いじめの問題などの訴訟処理に強い影響を及ぼしたとのことであり、リストラを巡って、経験・知識に相応しくない配置をしたことが、「人格権の侵害」にあたるとされたケースなどが紹介されています。

 協調性欠如を理由とする解雇や、教育や指導に従わないことを理由とする解雇について争われたケースも紹介されていますが、それが解雇権濫用に該当するかどうかは、微妙な問題であることが多く、似たような事案でも、状況(様態)によって判決が異なるケースもあるようです。

 「叱る」ということは、通常は、指導・教育の一環として行われる行為でしょう。適切な指導をしないことにより「安全配慮義務違反」とされることもあり、指導・教育自体の必要性が認められているのは、本書でも当然であるとされていますし、教育や指導に従わないことを理由とする解雇について争われたケースで、裁判所が労働者の勤務態度に対して厳しい判断を下し、解雇を有効としたケースが紹介されています。

 一方で、会議中における人間性を否定するような暴言や非難、叱責をこえた罵倒に対して、裁判において使用者側にとって厳しい判断が下されたケースも紹介されています。

叱責の目的よりも、その内容や様態が問われるとのことですが、「パワハラ法理」というものは、現在はまだ形成過程にあり、裁判官も苦慮しているのではないかという印象を、本書を読んで持ちました。

 著者自身は、パワハラ法理は確立されているものと捉えているようであり、但し、違法性の基準の曖昧さ、職場内での自主的な紛争解決能力の後退などの限界や問題を孕んでいるとし、先ずもって法的な紛争となることを回避する工夫をすることが重要であり、そのためには、相互的な「コミュニケーション」が不可欠であるとしています。

 判例解説がなされているものについては丁寧に解説されていますが、それ以外の多くのケースについては、裁判名を列挙するに止まっており、ある意味、テキスト的な本(あとは自分で勉強しなさいと)。

 個人的には、他の判例についてもより多くの判決趣旨を読みたいようにも思いましたが、この出版社から刊行されている著者の「ワークルール」シリーズ(?)は、一般の読者にも手に取り易いようにという狙いなのか、何れも200ページ以下に抑えており、本書もそれに倣ったのか。
 
 とは言え、判例法理から今後の労働法の在り方を考察したとも言える、良書であると思います。

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This page contains a single entry by wada published on 2011年12月 4日 00:14.

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