2011年12月 Archives

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"自己啓発本"ではなく、人事制度に関する基礎知識を得るためのオーソドックスな入門書。

こうすればあなたの評価は上げられる2899.JPGこうすればあなたの評価は上げられる.jpg 『こうすればあなたの評価は上げられる―人事制度から読み解く』(2009/04 ダイヤモンド社)

 トータルな意味での人事制度の入門書であり、企業理念と人事制度の関係から始まって、経営計画・人件費予算と人事制度、職種と人事制度、社員モチベーションと人事制度、人材構成と人事制度の各関係を、章ごとにそれぞれ事例などを織り込みながら、分かり易くコンパクトに解説しています。

 テーマ(章)ごとに、「人事制度を読み解く考え方」「自社の人事制度を理解し行動するためのポイント」という節があり、一般社員の側から見た解説がされていますが、これも、社員側・会社側どちらからの視点でも読めるものであり、実質的には、何か突飛な秘策のようなものが明かされているというよりは、それまでに述べたことを踏まえ、より掘り下げた解説がされている箇所とみていいでしょう。

 会社で働く人間が自社の人事制度のことをよく理解しておくことは大事ですが、自己啓発本のようなタイトルとは異なり、その内容はかっちりしたもので、いかにも「三菱UFJリサーチ&コンサルティング」という感じであり、むしろ人事部初任者の入門書といった感じでしょうか(このシリーズはどれも、オーソドックスな入門書みたいな感じのようだが)。

 巻末には、資格等級制度、人事考課制度、報酬制度、人事異動・配置に関する仕組み、人材育成制度、就業体系、福利厚生制度、退職金制度など、具体的な制度の中身人事の解説があり、その中で更に、複線型人事制度とか社内公募・社内FA制度、カフェテリアプランなどが解説されていて、人事制度の入門書としては実にまっとう。

 「評価が上げられる」かどうかはともかく、人事制度についての一般的な基礎知識が偏りなく得られる本です。
 そうした意味では、人事の仕事をしたいと考えている人向きか。それでは読者ターゲットが限定されると考え、版元がこうした"自己啓発本"っぽいタイトルを付けたんだろなあ(評価は、タイトルずれで星半個マイナス)。

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ストーリー仕立てで労働法を幅広く解説。著者自身の提言も織り込む。

君は雇用社会を生き延びられるか.jpg 『君は雇用社会を生き延びられるか―職場のうつ・過労・パワハラ問題に労働法が答える』(2011/10 明石書店)

 夫婦に幼い子2人の4人家族で、一家の大黒柱であった働き盛りの夫・真一が、過労のためクモ膜下出血で亡くなり、残された妻・幸子は、労災申請をするために労働法の勉強を始める―というストーリー設定で、前半は過労死、過労自殺と労災補償や民事賠償関係の解説が中心となっています。

 更に中盤から後半にかけては、労働時間規制や休息規制から健康保持、メンタルヘルス、セクハラ、パワハラといったテーマを扱い、最終的には労働法や働き方をめぐる今日的問題を広く網羅した入門書となっています。

 労働法学者でありながら、かなりのペースで一般向けの新著も発表している著者ですが、これまた"物語仕立て"という新たな枠組みであり、単なる入門書に止まらず、そこに著者なりの労働法に関する考え方も織り込んでいくというやり方はなかなかのもので、"新手"の手法と言っていいのでは。

 個人的には、基本的に従前からの著者の様々な提言に共感する部分が多く、労働法の知識を再確認しながら、著者の提言をも再確認するという形で読めましたが、初学者で著者の本を初めて読む人は、一応、本書が「入門書的な解説」の部分と「著者の提言」の部分で構成されていることを意識した方がいいかも(幸子が著者の持論の代弁者のような形になっているため)。

 今回、本書を読んで思ったのは、サブタイトルにも「労働法」とあるものの、それに限定されず、労働問題や社会保障全般に渡る著者の視野の広さを感じたということです(労働法学者でも社会保険等の知識は殆ど無いという人もいたりするからなあ)。

 特に最近問題となっている事柄を重点的に取り上げ、関連する過去から直近までの裁判上のリーディングケースを分かり易く解説しているという点でも優れモノで(過労自殺の判例だけで34例!)、実務家が読んでも参考になったり考えさせられる部分は多々あるかと思いますが、一方で、一般向けとしては、労働法を学ぼうという意思のある人以外(「初学者」以前の段階の人)には、やや難しい箇所もあったように思います(そのあたりは、コラムなどを挟んでバランスをとっているが、そのコラムにも"硬軟"両方がある)。

《読書MEMO》
●章建て
プロローグ
第1章 家族が過労で亡くなったら

第1節 労災編
 政府が助けてくれる?
 労災保険制度の生い立ち
 ○Break 立証責任
 労災保険による補償の内容
 ○Break 通勤災害
 ○Break 男女の容貌の違い
 ○Break 遺族補償年金の受給資格についての男女格差
 業務起因性
 ○Break 誰を基準とするか(過労死)
 ○Break 労働時間の立証
 不服申立
 闘うことの意義
 労災保険の申請をする

第2節 民事損害賠償編
 会社を訴える!
 時効の壁
 ○Break 第三者行為災害の場合
 安全配慮義務とは
 安全配慮義務法理のメリット
 ○Break 時効の壁を乗り越えた最高裁判所
 システムコンサルタント事件
 勝訴判決
 本人の落ち度?
 ○Break 因果関係
 裁判で勝つのはたいへん?
 損害額はいくらか?
 ○Break 素因減額
 ○Break 男女の逸失利益格差
 ○Break 死亡事例ではない場合の損害賠償
 どこまで控除されるの?
 ○Break どのように労災保険給付分が控除されるか
 ○Break 立法による是正
 過失相殺と損益相殺はどちらが先か

第3節 過労自殺
 人はそれほど強くない
 電通事件
 うつ病とは
 ○Break 最高裁判所で争う途は狭い
 ストレス―脆弱性理論
 因果関係は断絶しない
 安全配慮義務違反
 過失相殺
 電通事件の教訓
 労災認定
 ○Break 遺書があったために
 ○Break うつ病の診断ガイドライン
 ○Break 誰を基準とするのか(精神障害)
 ○Break 現在の判断指針の問題点

第2章 働きすぎにならないようにするために

第1節 労働時間規制
 幸子の疑問
 労働時間の規制は憲法の要請
 法定労働時間の原則と三六協定による例外
 三六協定は誰が締結するか
 ○Break 残業と時間外労働は少し違う
 時間外労働の限度
 ○Break 時間外労働をさせてはならない場合
 割増賃金
 ○Break 「労働者」であっても、「使用者」としての責任が課される
 割増率の引上げ
 ○Break 残業手当と割増賃金
 三六協定の効力
 労働契約上の根拠と就業規則
 ○Break 労基法の強行的効力と直律的効力
 就業規則の合理性
 ○Break 就業規則とは何か
 ○Break 弾力的な労働時間規制

第2節 日本の労働時間規制の問題点
 日本人は働きすぎ?
 時間外労働の事由
 限度基準の強制力
 ○Break 「限度時間」を超える時間外労働命令の効力
 労働時間規制が厳しすぎる?
 ○Break 労働時間とは何か
 管理監督者
 ○Break 裁量労働制

第3節 日本の休息制度
 休息は法定事項
 休憩時間
 ○Break 行政解釈
 休日
 ○Break 安息日
 年次有給休暇
 ○Break 出勤率の計算方法
 ○Break 年休の取得に対する不利益取扱い
 特別な休暇・休業

第4節 休息の確保のための制度改革の提言
 1日単位での休息の確保
 1週単位での休息の確保
 ○Break 労働時間・休息規制の例外
 年休制度の見直し
 ○Break バカンス

第3章 日頃の健康管理が大切

第1節 法律による予防措置
 幸子の後悔
 労働安全衛生法
 健康保持増進措置
 ○Break 安全衛生管理体制
 健康診断
 ○Break 採用時の健康診断
 ○Break 法定外健診について
 裁量労働制における健康確保措置

第2節 健康増悪の防止
 健康診断後の措置
 ○Break 労働時間等設定改善委員会
 ○Break 社員の自己決定は、どこまで尊重されるか
 面接指導
 休職をめぐる問題
 ○Break 自宅待機命令

第3節 メンタルヘルス
 メンタルヘルスはどこに?
 ○Break メンタルヘルスケア
 プライバシー保護

第4章 快適な職場とは?

第1節 職場のストレス
 人間関係は難しい?
 ○Break 個別労働紛争解決制度
 ○Break 嫌煙権
 快適職場指針

第2節 セクシュアルハラスメント
 セクシュアルハラスメントは新しい概念
 セクシュアルハラスメントに対する法的規制
 会社の損害賠償責任
 ○Break 自分から辞めてもあきらめてはダメ

第3節 パワーハラスメント
 パワーハラスメントとは
 パワーハラスメントと会社の責任
 ○Break 最初のいじめ自殺の裁判例
 パワーハラスメントと労災
 望ましいパワーハラスメント対策は
 ○Break 解雇規制とパワーハラスメント

 エピローグ

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一般読者にも分かり易く書かれている一方、プロの社労士の実務にも供する。

1障害年金の受給ガイド.png 『障害年金の受給ガイド』(2008/12 パレード)

 障害年金は、福祉の手当ではなく公的年金であるため、身体障害者手帳の有無や等級とは全く関係のないものですが、その辺りからして一般にはよく理解されていなかったりもします。ところが、いざ自分自身や家族が障害者となった場合、障害者の生活を支えるという意味では福祉関連の手当よりもずっと手厚いものであるため、初めてその受給の可否が重大な焦点になってくるというのが、しばしば見られる状況ではないでしょうか。

 ところが、その受給申請(裁定請求)の煩雑さ、年金・手当との選択・調整等は、とても素人の理解の及ぶところではないように思われており(帯には「役所もまちがう煩雑な障害年金」とあるが、実際そうした話はよく耳にする)、また、そうしたことについて実務レベルで書かれた本は少なく、あったとしても殆どが社労士などのプロ向けのものではないでしょうか。

障害年金の受給ガイド2487.JPG 本書は、障害年金について素人であっても読めるようにと、敢えて一般読者の側に立って分かり易く解説するよう配慮されており、障害年金の受給に関する殆ど全ての事柄を網羅しながらも、読者層をプロに絞り込まないように意識して書かれています。

 冒頭の「本書の特徴」のところで、「障害年金に関する情報量とわかりやすさの双方を満たすという点においては、現時点で、本書より優れている本はありません」と著者自身が書いていますが、障害年金を扱っているプロの社労士の中にも、本書を、「これ1冊あればOK」ということで、社労士仲間に薦める人もいるようです。

 個人的にも著者の自負するところに同感であり、解説の丁寧さもさることながら、大判であるため、申請書類の記載例などが読み易いのが、またいいです(本文の活字が大きめで、全てゴチックなのは、中高年の読者への配慮か)。

 最近、所謂"心の病"による精神障害に係る障害年金の裁定請求の煩雑さが取り沙汰されることが多いですが(都道府県によって審査基準にムラがあったりする)、著者が言うように、福祉関係者は年金そのものに詳しくなく、病院の相談員でも、精神病院ならともかく総合病院の相談員は心許無い場合が多いというのは、確かにそうだろうと思われます。

 実際の受給申請に際しては、必ずしも全部自分で申請手続きをやる必要も無く、プロの社労士に依頼すればいいかと思いますが、手続きの前提となる基礎知識については、本書の中の関連する部分を通読しておくとよいかと思います。

 自費出版レーベルであることに、却って社会的自負と信頼感を感じる本。勿論、社労士が社労士に薦めるぐらいですから、プロの社労士が読んでも、大いに実務の参考になるかと思います。

【2012年・平成24年9月障害認定基準一部改正準拠 (Parade books)版】

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著者独自の見解もあるが、リーディングケースを掘り下げて学ぶのにいい本。改訂しないのか。

人事担当者が使う図解%20労働判例選集8.jpg人事担当者が使う 図解 労働判例選集.jpg 年間労働判例命令要旨集 平成23年版 労政時報選書.jpg
人事担当者が使う図解 労働判例選集 (労政時報別冊)』(2008/09 労務行政) 『年間労働判例命令要旨集 平成23年版 (労政時報選書)』(2011/09 労務行政)

 『人事担当者が使う図解 労働判例選集』は判例解説集ですが、3部構成の第Ⅰ部で「判例法理上重要なリーディングケース」として三菱樹脂事件(試用期間と本採用拒否)など27件、第Ⅱ部で「個別判断で重要な事案」として八洲測量事件(求人票に記載した見込み賃金の意義)など10件、第Ⅲ部で「最近の注目判例」として豊田労基署調(トヨタ自動車)事件など7件、計44の判例をとり上げています。

 各判例解説の冒頭に、「判旨の要点」と「実務上のポイント」を図解で表示してあり、続いて、「事件の概要」と「結論」を分かり易く、噛み砕いて表現してあって、更に、「判旨の要点」を文章で述べるとともに、主に法的知識の観点から判旨を「解説」したうえで、最後に、人事トラブルを防ぐための「実務上の留意点」が書かれています。

 このように、図説部分と文章による解説部分が対応関係になっているため、たいへん分かり易く、また、解説部分はかなり突っ込んだものとなっていて、判旨に対する著者の見解なども随所に織り込まれているのが興味深いです。

 本書は人事専門誌「労政時報」の別冊として刊行されたものですが。実は、著者が講師を務める判例解説のセミナーに参加したら、本書が付いてきました(書籍代はセミナー料金に含まれているということだろうが)。

 セミナーで話を聴くと、喋りは流暢で、内容的にもかなり面白く、また、本書の読み処を掘り下げて解説してくれるので、かなり参考になりました(但し、1回の終日セミナーで本書の3分の1ぐらいしか終わらないため、本書の判例を網羅するには、少なくとも3回以上、話を聞かなければならないということになるのか)。

 著者の見解の特徴の1つとして挙げられるのは、本書の東洋酸素事件(整理解雇の有効性の判断)の解説文中(71p)にある、「労働条件変更の利益(使用者)と雇用・賃金保障(労働者)のバランス」は、「長期雇用システム」の上に成り立ってきたものであるという捉え方でしょう。

 日本の場合、解雇権濫用法理によって、米国などに比べて厳しい解雇規制があるわけですが、こうした強い雇用保障や、或いは賃金保障などは、使用者側の有する労働条件変更(就業規則の不利益変更、配転・異動などの人事件、時間外・休日労働命令など)の利益とトレード・オフの関係にあるという見方です。

 ですから、長期雇用制度が不安定になってくると、この枠組み自体が崩れてくる可能性があり、既にその兆しがある現状において過去の判例を読み解く際に、その判決が下された時代の周辺環境が現在とは異なっていたことを考慮に入れるべきだと。

 なるほど。確かに、三菱樹脂の本採用拒否事件でも、東大生に内定を出した後で、学園紛争の活動家であったことを隠匿していたことを理由に本採用を拒否したのは、当時の学歴偏重、終身雇用制度においては、そうした採用によって(たとえ企業の意に沿わない採用であっても)生涯賃金数億円を払わなければならなくなり、それではあまりに理不尽だという背景があったわけで、今では、東大卒だからといって出世するかどうかは分からないし、定年前にリストラの対象になる可能性だっていくらでもあるわけだからなあ。

 「最近の注目判例」の最後が、「松下プラズマディスプレイ事件」(偽装請負と黙示の労働契約)で、当該労働者と派遣先との間に黙示の労働契約があったとした大阪高裁判決に疑問を呈していますが、これは最高裁で否認されており(労務行政研究所『年間労働判例命令要旨集 平成22年版』参照)、本書自体がやや古くなってしまったのが玉に疵。改訂しないのかなあ(「別冊」に改訂は無いのか。労務行政としては『年間労働判例要旨集』を刊行しているということもあるし)。

 個人的には著者の見解には賛同しかねる部分もありますが(例えば、これは、他の一部の弁護士にも見られることだが、職能資格制度における降格不可能性をパターナルに説いている点など)、本書自体は、リーディングケースを掘り下げて学ぶのにいい本だと思います。

年間労働判例.JPG 一方、『年間労働判例命令要旨集』も、「松下プラズマディスプレイ事件」のようなことがあるから、一応、毎年目を通しておいた方がいいことはいいのでしょう(「産労総研」が『重要労働判例総覧―労働判例・命令項目別要旨集』の刊行を'07年を最後にやめてしまっているので、同じタイプのものは「労務行政」版しかない)。

 労務行政の『年間労働判例命令要旨集』は、平成23年版(内容は平成22年の裁判例)が既に刊行されていますが今年度から「労時報別冊」ではなく「労政時報選書」となったけれども、価格は変わらず5,600円。

 その中での個人的注目は「ドコモ・サービス(雇止め)事件」(東京地裁・平成22.3.30判決)。契約社員の契約の更新に対して合理的な期待が認められるかどうか、新たに会社側が提示した条件(それをのまなければ雇止め)に変更の合理性があるかどうかが争われた裁判で、裁判所が労働条件の変更に合理性が無いと判断した事例ですが、その理由が就業規則の改定が行われていないことに依拠していて、裁判所ってこういう見方(手続き重視)をするのかという感じ(企業側には著名な弁護士がついていますが、今回は苦戦した模様)。

 それにしても、「うつ病」をはじめとする「心の病い」を巡る裁判例が増えているなあ。

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実務的観点から、中小企業の実務担当者などにも分かりよく書かれている。千円はお買い得。

新訂 人事・労務担当者のやさしい労務管理7.JPGやさしい労務管理 中川恒彦.jpg新訂 人事・労務担当者のやさしい労務管理』(2010/12 労働調査会)

 企業における労務管理は、以前は、労働基準法のみをチェックしていれば、労務管理における法的問題点は大体のところカバーできたのが、最近は、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、パートタイム労働法、労働者派遣法、高年齢者雇用安定法、労働契約法などもチェックしておかなければならず、更には、個人情報保護法や公益通報者保護法なども絡んできたりして、なかなか大変ですが、それは中小企業においても例外ではありません。

 本書は、労務管理という観点から、そうした中小企業の実務担当者等にも分かり易いように、チェックが必要なそれらの法律について解説するとともに、採用から退職まで労務管理の各ステージごとに法的な留意点を纏めたものです。

 全263ページ。実務に供することを狙いとしているため、官公庁への届出書式やその記載例なども盛り込まれており、巻末にはモデル就業規則も付されています。

 著者自身がまえがきで「これだけの内容を盛り込みながら、これだけのページに収めるのは困難な作業」だったと書いているように、コンパクトながらも密度が濃く、これで千円は良心的、買い得だと思います。

 初版なのに「新訂」とあるのは、10回以上もの改版を重ねた、同じ版元で同じタイトルの『人事・労務担当者のやさしい労務管理』(厚生労働省労働基準局監督課(監修)、労働調査会(編集))を内容的には引き継いでいるためでしょうか。

 本書の著者も、元労働省労働基準局監督課中央労働基準監察監督官(監督官の元締め)であり(但し、退官して10年以上経っている)、人事労務専門誌にも数多く寄稿していて、その知名度・信頼性は抜群。ホントは、この人の講演を聴くと、安西愈弁護士の講演などとはまた違ったベテランの味があって面白いんだけどね。

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「マニュアル本」ではなく「判例研究本」。判例を通して「パワハラ法理」を解説。
 
パワハラにならない叱り方.jpg 『パワハラにならない叱り方―人間関係のワークルール』(2010/10 旬報社)

 本書は、一見すると、「こんな場合は部下をどう叱ればよいか」を列挙した、一般の上司・管理者向けの「マニュアル本」のような体裁ですが、内容的には、著者が労働法が専門の大学教授であることからも察せられるように、職場いじめやパワハラを巡る「判例研究本」に近いものです。

 職場いじめやパワハラなどが紛争に発展したケースとしてどのようなものがあるか、その傾向を近年の裁判例を通して検証するとともに、それらの判例を読み解くことで、その背景にどのような判例法理が形成されているのかを解説しています。

 職場の人間関係を要因とする紛争が近年になって増えている背景には、非正規労働者の増加などにより、職場の人間関係が希薄になってきていることに加え、成果主義の導入による個人競争の激化や景気の悪化による労働条件の低下などにより、「職場全体が崩壊しつつある」という状況があるとしています。

 一方で、労働法はもっぱら労働条件や雇用保障を問題としており、職場の人間関係から生じる問題は対象外としているわけですが、労使間、労働者間の協調性を重視する日本の職場社会においては、法に拠らなくとも、こうした紛争をインフォーマルに解決してきた経緯があったと著者は言います。

 それが、職場組織の自浄能力や問題解決能力の低下に伴い、まずセクハラ訴訟が目につくようになり、これら紛争を通して、法理として「労働者人格権」や「プライヴァシー権」という概念が確立し、それが、その後の職場いじめの問題などの訴訟処理に強い影響を及ぼしたとのことであり、リストラを巡って、経験・知識に相応しくない配置をしたことが、「人格権の侵害」にあたるとされたケースなどが紹介されています。

 協調性欠如を理由とする解雇や、教育や指導に従わないことを理由とする解雇について争われたケースも紹介されていますが、それが解雇権濫用に該当するかどうかは、微妙な問題であることが多く、似たような事案でも、状況(様態)によって判決が異なるケースもあるようです。

 「叱る」ということは、通常は、指導・教育の一環として行われる行為でしょう。適切な指導をしないことにより「安全配慮義務違反」とされることもあり、指導・教育自体の必要性が認められているのは、本書でも当然であるとされていますし、教育や指導に従わないことを理由とする解雇について争われたケースで、裁判所が労働者の勤務態度に対して厳しい判断を下し、解雇を有効としたケースが紹介されています。

 一方で、会議中における人間性を否定するような暴言や非難、叱責をこえた罵倒に対して、裁判において使用者側にとって厳しい判断が下されたケースも紹介されています。

叱責の目的よりも、その内容や様態が問われるとのことですが、「パワハラ法理」というものは、現在はまだ形成過程にあり、裁判官も苦慮しているのではないかという印象を、本書を読んで持ちました。

 著者自身は、パワハラ法理は確立されているものと捉えているようであり、但し、違法性の基準の曖昧さ、職場内での自主的な紛争解決能力の後退などの限界や問題を孕んでいるとし、先ずもって法的な紛争となることを回避する工夫をすることが重要であり、そのためには、相互的な「コミュニケーション」が不可欠であるとしています。

 判例解説がなされているものについては丁寧に解説されていますが、それ以外の多くのケースについては、裁判名を列挙するに止まっており、ある意味、テキスト的な本(あとは自分で勉強しなさいと)。

 個人的には、他の判例についてもより多くの判決趣旨を読みたいようにも思いましたが、この出版社から刊行されている著者の「ワークルール」シリーズ(?)は、一般の読者にも手に取り易いようにという狙いなのか、何れも200ページ以下に抑えており、本書もそれに倣ったのか。
 
 とは言え、判例法理から今後の労働法の在り方を考察したとも言える、良書であると思います。

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労働契約法を実務に落とし込むことで、労働法と企業実務の新たな関係を浮き彫りに。

I『労働契約の視点から考える労働法と企業実務』.JPG労働契約の視点から考える労働法と企業実務.jpg 『労働契約の視点から考える労働法と企業実務』(2010/10 日本法令)

 労働法に精通した弁護士による共著(夫婦? 男性の方のセミナーは聴いたことがある)。全体で約200ページ、2部構成になっていて、第1部では労働契約法の概要を解説し(約60ページ)、第2部では労働契約に関するQ&Aを50取り上げ(約100ページ)、巻末に労動契約法とその施行通達がきています。

 第1部の労働契約法の解説部分では、労働契約法と労働基準法との差異、法の概要、法制定の背景を解説するとともに、労働契約に関して、その基本原則(①合意の原則、②均衡の原則、③仕事と生活の調和、④契約遵守・誠実義務、⑤権利濫用の禁止、⑥契約内容の理解促進、⑦契約内容の書面確認、⑧安全配慮義務)、労働契約の成立、変更、継続及び終了、期間の定めのある労働契約に関することを、労働契約法に照らしながら解説しています。

 「労働契約の法的理解の勘どころを的確に突く」と帯フレーズにもあるようにコンパクトな解説ながらも、随所において労働契約法の制定過程で審議・検討されたことも含めて解説されているため、「小さく産んで大きく育てる」と言われている労働契約法の今後のベクトルが浮き彫りにされているように思いました。

 後半部分のQ&Aは、日本法令の雑誌『ビジネスガイド』に連載されたものを纏めたものですが、単行本化にあたって大幅に加筆修正されたとのこと。各設問が、第1部の労働契約法の解説に沿ってグループ分けされていて、内容的にも、「労働契約とは何か」「労働契約上の権利行使は義務となるのか」「賃金と労働契約とはどのような関係に立つのか」といった概念的なものから、「退職の撤回を求める従業員への対応」「失踪者に対する解雇の意思表示」といった実務に近いものまで取り揃えられています。

 本書のタイトルが示唆し、また、著者らが冒頭で述べているように、労使関係を「契約」という視点で見ることで、これまでどちらかと言えば「支配従属」関係として捉られてきた労使関係のもう1つの側面が見えてくること方が考えられ、本書は、労働契約法を実務に落とし込むことで、労働法と企業実務の新たな関係を浮き彫りにしたものと言えます。

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約700ページに423のQ&A。類書に無いボリュームと詳しさ。

Q&Aでわかる育児休業・介護休業の実務.jpg 『Q&Aでわかる育児休業・介護休業の実務』(2010/09 日本法令)

 育児休業や介護休業等に関する制度の導入と、実際の運用を巡って生じる問題点について、どのように法ルールを理解し、どのように対応することが適切なのかを、実務の観点からQ&A形式にまとめたもので、約700ページに423ものQ&Aがあり、類書に無いボリュームと詳しさです。

 「パパ・ママ育休プラス」「パパ休暇」...といった法改正部分も分かり易く解説されていますが、それでもまだ分かりにくいなあと。法改正後の通達をみると100ページ以上もあり(まず普通は読む気がしないのでは)、こうした解説書なしには、普通の人には理解できないのではないかとも思ったりします。

 「パパ・ママ育休プラス」を子が1歳2カ月になるまでではなく、1歳6カ月になるまでとすれば、保育園に入所できないなどで育児休暇を延長する場合の期間と同じになって、もう少し分かり易くなったのではないかと(この2ヵ月というのは「産後8週間」相当。つまり、女性が正味1年間、育児休業が取得できるようになったということなのだろうが、それも、父親が育休を取った場合のこと)。

 例えば、同じ世帯で同時に「パパ・ママ育休プラス(1歳2カ月)」と「1歳6カ月休暇」の恩恵を享受することはできない、といった法ルールの前提となっているコンセプトを先に説明してくれると、分かり易いのだけどなあ。

 「1歳2カ月」の「2カ月」というのは、産後休暇の期間(8週間)を勘案してのことだと思いますが、産後休暇の期間も育児休業期間に含まれるわけだから、「親1人子1人につき通算1年」が限度という規定を変えない限り、あまり意味がないのではないか―まあ、あまり法律にケチばかりつけていても仕方がないですが...。

 本書に関して強いて言えば、図説が少ないのがやや難かなあと。厚労省の通達やリーフレットで使われた図以外は、Q&Aに関する独自の図説が殆ど無く、全部、文章記述のみで解説しているような感じ。

 それでも、文章自体はたいへん分かり易いし、制度づくりやその運用、特例的な状況への対応など、実務に踏み込んでの解説がなされて、法律や制度にまつわる大方の疑問は、それに相当するQ&Aに行きつくことができるのではないかと思います。

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ノウハウをオープンにしている姿勢に好感。チェックリスト方式で、「自社で使える」ものに。

労務2902.JPG まるわかり 労務コンプライアンス.jpg
まるわかり 労務コンプライアンス -チェックリストでわかる人事労務リスク対策

 マスコミで「サービス残業」「名ばかり管理職」「偽装請負」「過労死」といった労務問題が報じられ、社会問題化してからもう何年かになりますが、それでもこうした問題が後を絶たないのは、厳しい経営環境が続く中、企業内でそうした問題にまで手が回らずに解決が先延ばしになっていて、仮に問題あってもこれ以上悪くはならないだろう、或いは、問題が発覚しても対処療法的に切り抜けて済まそうとする思惑が、一部の経営者のどこかにあるためではないかと思われます。

 一方で、IPO(株式公開)やM&Aに際して、最近は財務的な監査だけでなく「労務監査」も重視されるようになっていますが、当初の頃はあくまでも、財務監査に付随して監査法人や法律事務所などが行うものであり、その型通りのやり方に複雑な実態との乖離や偏りを覚えた労務担当者もいたのではないでしょうか。

 社会保険労務士法人による本書は、、なぜ労務コンプライアンスが必要なのかを説くとともに、労務コンプライアンス経営を実現するために、自社で労務コンプライアンスに関する調査をどのように実行すればよいかについて書かれたものですが、具体的な項目についてどのような視点でもって調査すべきかが、分かりやすいチェックリストになっているのが大きな特長です。

 チェックの対象は、雇用管理、服務規律、賃金管理、労働時間・休日・休暇から就業規則や労使協定、パート・派遣労働者など特定層の扱い、健康・安全衛生、労働社会保険まで、人事労務全般を広くカバーし、また、それぞれのチェック項目に、労務管理を強化して労務リスクを減らすという視点と併せて、社員満足度を高めることで労務リスクを低減するという視点が織り込まれているのもいいと思います。

 人件費の抑制を迫られている企業が多い一方で、退職者からの未払い時間外手当請求の数は依然増え続けていますが、本書では最終章で、こうした"人件費"と"労務リスク"のジレンマに悩む企業のために、労務コンプライアンスを維持しつつ経営的視点をも重視する立場から、「固定払い時間外手当制度をどのように導入すればよいか」といったことについても分かりやすく解説されています。

まるわかりシリーズ2907.JPG もちろんそれと併せて、「長時間労働をどのように抑制していくか」「社員満足度をどのように高めればよいか」といったことも解説されていて、職場風土の改革が大事であることを、読者に常に忘れさせないのがいいです(時間外手当の削減について書かれた本の中には、裏表紙に「本書は中小企業経営者のためだけに徹底的に解説しています。社員の皆様はご遠慮ください」などとあるものもあるからなあ。ちょっとヒドくない?)。

 全体を通して、労務コンプライアンス調査が「自社で」できるように、ノウハウを余すところなくオープンにしている姿勢に好感が持て、チェックリスト方式をとることで、単なる啓蒙でなく実際に「使える」テキストになっていると思いました。

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社員全般の問題として働き方改革を提起していて、WLB入門書として今日的スタンダード。

1職場のワーク・ライフ・バランス.png職場のワーク・ライフ・バランス 日経文庫.jpg    男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット.jpg  人を活かす企業が伸びる 帯付き.jpg
職場のワーク・ライフ・バランス (日経文庫)』['10年]/『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット (中公新書)』['04年]/『人を活かす企業が伸びる―人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス』['08年]

 働き方を見直し、仕事と仕事以外の生活のどちらも充実させるワーク・ライフ・バランス(WLB)支援が、人材マネジメントにおける今日的かつ重要な課題であるという認識は、企業間に急速に浸透しつつあると思われます。また学究的立場からも、多くの研究者がこの領域に"参入"しつつあるように思います。

 本書は職場の管理職層を主な読者層として書かれた入門書ですが、研究者である著者らには、『男性の育児休業―社員のニーズ、会社のメリット』(2004年3月中公新書)、『人を活かす企業が伸びる―人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス』(2008年11月 勁草書房)などの前著があり、早期からこの課題に取り組んできた執筆者であると言えます。
 
 第1章から第2章にかけて、なぜワーク・ライフ・バランスが必要なのかを再整理し、今日においては「時間制約」のある社員が増えているにもかかわらず、職場の時間管理は、いまだに「時間制約」のない"ワーク・ワーク社員"を想定している場合が多く、今後は"ワーク・ライフ社員"も意欲的に仕事に取り組め仕事が継続できるような、働き方の改革が必要であるとして、その在り方、改革の進め方を提唱しています。

 第3章では、その際の重要ポイントとして、組織のコミュニケーションの円滑化を掲げ、何がコミュニケーションを阻害し、それを取り除いて組織コミュニケーションを円滑化するにはどうすればよいかを、具体的事例なども織り込みながら解説しています。

 後半の第4章では、育児・介護休業や短時間勤務制度を利用しやすくするにはどうしたらいいかを、例えば、制度利用を人事処遇にどう反映させるか(休業制度利用者の期間中の評価をどうするか)といったことにまで踏み込んで解説し、第5章では、女性の活躍の場を拡大することの必要を説いています。
 WLB支援と均等施策を"車の両輪"として推進すべきであるとの考え方は著者らが以前から提唱していることですが、ポジティブアクションという施策的観点から再整理されているのが本章の特徴です。

 第6章では、男性の両立問題を考察し、男性の両立を支援することが女性の活躍の場を広げることにもつながるとし、最終章の第7章では、キャリアプラン、或いは更に推し広げて、ライフデザインという観点から働き方を見直すことを提唱しています。

 以上の流れからみてわかる通り、従来のこの分野の入門書が、育児や介護と仕事との両立支援の問題から説き起こし、実はこれはそうした特定の社員の問題ではなく、働く人全般に関わる問題であるとして、働き方の改革を進めなければならないという論旨になる傾向があったのに対し、本書では、前半部分で社員全般の問題として働き方改革の問題を提起しており、ワーク・ライフ・バランス(WLB)の入門書としては、今日的なスタンダードではないかという印象を持ちました。

 旧著『男性の育児休業』は、人材マネジメントというより労働社会学的観点から書かれた本ですが、北欧諸国における男性の育児休業取得率が高い要因として、法律で一定の強制力を持たせていることなどが紹介されていて、これを読むと、日本での法改正が緩慢であると思わざるを得ず、今読んでも日本がまだまだ遅れていることにインパクトを受ける本です。

 一方、前著『人を活かす企業が伸びる』は、ワーク・ライフ・バランス支援が企業にとってどのようなメリットがあるかを、データ分析により実証的に明らかにしようとしたもので(そのことを通して、両立支援策と均等施策の双方を実施することが重要であるという結論への落とし込みもなされている)、こうした検証が日本は欧米に比べて10年以上も遅れていることからみても、意義のある研究であるとは思いましたが、学術書の体裁であるため具体的な提案はそれほどなされておらず、むしろ、入門書である本書の方が具体的な提案要素は多いように思いました。

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○経営思想家トップ50 ランクイン(ジェフリー・フェファー)

「人材を活かす企業」になるための条件を示す。いま日本で注目されるのは、ある意味、皮肉?

人材を生かす企業.jpg人材を活かす企業―「人材」と「利益」の方程式.jpg   ジェフリー・フェファー  『隠れた人材価値』.jpg ジェフリー・フェッファー(Jeffrey Pfeffer).jpg Jeffrey Pfeffer
人材を生かす企業―経営者はなぜ社員を大事にしないのか? (トッパンのビジネス経営書シリーズ (21))』『人材を活かす企業―「人材」と「利益」の方程式』 『隠れた人材価値―高業績を続ける組織の秘密 (Harvard Business School Press)

 本書は、1998年に米国で刊行され、同年に日本でも翻訳刊行された『人材を生かす企業―経営者はなぜ社員を大事にしないのか?』(トッパン)の12年ぶりの復刊本であり、原著は、MBAプログラムのコアカリキュラムと選択科目の両方で学ばれる古典的な名著です。
 著者のジェフリー・フェファー米スタンフォード大学教授は、同じスタンフォード大のチャールズ・オライリー教授との共著『隠れた人材価値―高業績を続ける組織の秘密』('02年/翔泳社Harvard Business School Pressシリーズ)などの名著もある人です。

 そのフェファー教授は、本書において、人員削減によるコスト削減を批判し、優れた人材管理能力(人材の活用と育成が図られる企業のしくみ)に基づいた収益向上こそが重視されるべきであると主張しています。

人材を活かす企業1.jpg 今でこそ、人材価値に重きをおくことは、人材マネジメントの不変的トレンドとしてずっとあったかのように思われていますが、著者によれば、また、監修者の守島基博・一橋大学教授もあとがきで書いていますが、本書刊行当時の米国では、人材重視の経営は珍しいことであり、多くの企業は、従業員の存在を無視して、競争に勝つための戦略にばかり気をとられていたとのことです。

 その結果、事業の売買やダウンサイジング(規模縮小)が横行し、派遣社員やアルバイトなどの臨時雇用が急増して、社内の結束力が弱体化したとしています(参照しているのは主に80年代から90年代にかけての米国の企業事例だが、まるで2000年代の日本のことのように読める)。

 一方で、第2章では、人材重視の施策をとった一部の企業の成功事例を、業種別に引いています(その中には日本企業も含まれている)。
 更に、第3章では、「人材を活かす企業」になるための7つの条件として、①雇用の保証、②採用の徹底、③自己管理チームと権限の委譲、④高い成功報酬、⑤幅広い教育、⑥格差の縮小、⑦業績情報の共有を挙げていますが、何よりも、生産性を上げるためには雇用の保障が大切であるとしているのが目を引き、更に、社員教育の重要性を説いているのが印象に残りました。

 人材マネジメント全般を扱った本ですが、畳みかけるように豊富な事例を繰り出す一方で(こうした事例を多く読むことも啓発効果に繋がるかも)、章ごとに論旨が分かりやすく結論づけられていますし、例えば、第6章のでは、安易なダウンサイジングを批判しながらも、どうしてもリストラをしなければならない場合の望ましい方法について述べるなど、現実対応にも触れています。

 賃金制度の立案・運用に携わっている人事担当者などは、第7章の「給与問題へのアプローチ」から重点的に読んでみる読み方もあるのではないでしょうか。上記「人材を活かす企業」の7つの条件の「④高い成功報酬」とは異なる観点から、個人対象の業績給(成果に基づく変動給)の問題点を厳しく指摘しています(チームワークや信頼を損ない、社員が報酬を争って敵対すると)。

 守島氏があとがきで書いているように、この本が出た1998年当時まで、日本の多くの企業は、本書で著者が提唱する「人材を活かす企業」であり、それまで人材は、企業のなかで貴重な資源として、尊重され、育成され、ある程度の長期雇用を保証されてきた―それが、バブル崩壊以降、多くの日本企業は、短期的な雇用関係に移行しつつあった米国をモデルとして追従してしまった―という見方も成り立ち、本書から多くの示唆が得られるというのは、ある意味まさに皮肉であるように思います。

 日本企業も、「人材軽視」が当たり前になってしまったとは思いたくありませんが、本書の論旨が、「普通のこと」(=人材軽視の経営)をしていてはダメだという論調になっているのが興味深かったです。
 欧米には、「ベストプラクティス・アプローチ」の理論が伝統的に根強くあり、いま現在もそれを指向していて、日本企業もグローバル・スタンダードの潮流の中で、それに巻き込まれようとしているという見方もできるのではないでしょうか。

 この辺りに興味を持たれた読者には、須田敏子・青山学院大学教授の『戦略人事論―競争優位の人材マネジメント』('10年/日本経済新聞出版社)へ読み進まれることをお勧めします。 

 欧米における戦略人事の2大潮流であるベストプラクティス・アプローチとベストフィット・・アプローチをベースに置きながら、企業における人材マネジメントの形成・定着・変化のメカニズムを知るための包括的戦略人事のフレームワークを提示するとともに、日本型人材マネジメントの変化のメカニズムの分析を通して、日本型人材マネジメントの今後の課題を浮き彫りにした力作ですが、実はこの本では「フェファー理論」は差別化モデル(ベストフィット・モデル)ではなくハイ・パフォーマンス・モデル(ベストプラクティス・モデル)の一環として位置づけられています。

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HRMが多様化した現状にマッチしたテキスト。実践に役立てようとしている社会人にも。

経験から学ぶ人的資源管理.jpg 『経験から学ぶ人的資源管理』 (2010/10 有斐閣ブックス)

 本書は、組織における人事マネジメントについて学ぼうとしている大学生や、実践に役立てようとしている社会人を念頭において書かれたテキストであり、大学生レベルの日常経験や感覚からでも、人事の世界の面白さや重要性が十分に理解できるよう、概念の説明や事例の選択に工夫を凝らし、平易で明快な説明となることを期したことから、「経験から学ぶ」と冠しているとのことです。

 3部構成の第1部で、人的資源管理とは何かを、日本のこれまでの「人のマネジメント」の歴史的流れも含めて概説し、第2部では、採用・配置、キャリア開発・人材育成・教育訓練、評価・考課、昇進・昇格、賃金・福利厚生、安全・衛生、労使関係、退職のそれぞれについて、章ごとにその仕組みを解説しています。

 ここまでは従来の人的資源管理論のテキストと項目的にはあまり変わりませんが、第3部で、「現代的トピックス」として、女性労働・高齢者雇用、非正規雇用、裁量労働・在宅勤務、ワーク・ライフ・バランスを取り上げており、人的資源管理が多様化している現状にマッチした、アップトゥデートな内容になっているように思いました。

 ここ数年における人事労務テーマの多様化は、『労政時報』(労務行政研究所)や『人事実務』(産労総合研究所)など人事専門誌の特集記事の推移からも窺え、以前は、賃金制度や諸手当などの金銭的処遇関連の特集が中心的だったのが、今は、コーチングや部下コミュニケーション、マネジメント層や組織全体の活性化、ワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティ、メンタルヘルス等々、そのカバー範囲の拡大ぶりは著しいものがあります。 
 人事パーソンが勉強しなければならないことがそれだけ多くなったということでしょうが、少なくとも、こうしたテキストが、少しでもそうした状況に即したものになることは、望ましいことだと思います。

 また、実践に近いところで書かれているのも本書の特徴であり、企業の最新の人事施策の事例なども多く紹介されていて、コラム(コーヒーブレイク)では、各章の領域に関する背景や時事トピックスについて説明しています。
 さらに、巻末の参考文献欄とは別に、各章末に、「さらに進んだ学習のために」として、日本語で書かれた比較的平易な書物に限定して、出版年の新しい順に5冊提示しており(話題になった単行本、新書本なども多く含まれている)、そうした意味でも、今"旬"のテキストと言えるかと思います。

 大学の授業やゼミナールで使われることを想定して、各章末には演習問題が設けられており、それらに答えが付されているわけではありませんが、「出題意図と解答のポイント」が、有斐閣のウェブサイトで、PCや携帯電話からでも見ることができるようになっています(親切だが、あくまでも考察を助けるための"親切"であって、そこにも答えが出ているわけではない)。

 大学のテキストとしては、図説も多く、比較的入り込み易い方ではないでしょうか。ざっと通読した後で、より関心のある部分をじっくり再読(精読)するという読み方も可能かと思います。
 とは言え、学生で、全く現場を知らないまま、このテキストに書かれていることを全部読んで、頭に入れ、企業に入社してくる新人ってどうなのだろう(ちょっと怖い?)というのは、正直あります(まあ、そんな頭のいい学生は、実際には企業に入らず「研究」方面に行くのかなあ)。
 むしろ、人事部に配属された学習意欲のある初任者、これから職務拡大を図ろうとする中堅・若手、人事のトレンドを把握しておきたい管理職など、各層にお薦めできる本です。

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モチベーション・タイプ別の自律的人材になるための処方箋を示す。

自律的人材になるためのキャリア・マネジメントの極意3.JPG自律的人材になるためのキャリア・マネジメントの極意.jpg自律的人材になるためのキャリア・マネジメントの極意』(2009/09 ナカニシヤ出版)

 先行き不透明な経済・経営環境のもと、企業にとってこれからは自律的人材が求められるとは、昨今よく言われることですが、本書では、自律的人材とはどのような人材なのか、自律的人材とモチベーションはどのような関係にあるのかを示したうえで、個人のモチベーションのタイプ別に、自らやる気を高める方策をまとめています。

 本書によれば、自律的人材とは、「自分が何をすべきかの方向を定め、他者から指示・コントロールされなくても、責任感をもって主体的に物事を進めていく人材」であり、モチベーションの効果が比較的短期間であるのに対し、自律意識(自律的人材であろうとする意識)は一定期間持続するとしています。

モチベーションのタイプ.jpg そのうえで、モチベーションをタイプ分けするために、まず「やる気のエンジン」がどこにあるか、つまり、内発的動機づけによるもの(目的的)か外発的動機づけによるもの(手段的)かで区分し、それぞれに、自己決定が可能な自律的ケースと、他からの支援など関係性に依存する他律的ケースがあるとしています。

この区分に沿って、モチベーション・タイプを「目的的‐手段的」と「自律的‐他律的」の2軸に分け、内発的動機づけによるものは自律的‐他律的を問わず「内発的モチベーション」(目的的)として1つのタイプとし、外発的動機づけによるもののうち、自律的なものを「役割自発型モチベーション」、他律的なものを「外発的モチベーション」とし、これに、まだ動機づけられていない「アパシー状態」を加えた4つのタイプを規定したうえで、各タイプごとに章分けして、自律的人材になるための最適方法を教唆しています。

心理学の考え方が各章に織り込まれていますが、例えば「内発的モチベーション・タイプ」ではキャリア・マネジメントの方法論そのものがに書かれているのに対し、「役割自発型モチベーション・タイプ」においては、「自己追究型アプローチでキャリアをマネジメントする」といった具合にアイデンティティの追究にウェイトが置かれています。

「外発的モチベーション」では「有能感を貯める」「行為の主体になる」といったことが、さらに「アパシー状態」においては、「できない気持ちを学ばない」などとなっていて、このように、タイプごとに"処方箋"レベルが明確に区分されているのが興味深かったです。

 個人においても仕事や課題の違いによって異なるタイプの状態になるであろうし、部下を使う側に立てば、部下1人1人は違ったタイプに分けられるかもしれませんが、このタイプ区分を前提に、部下ごとに「やる気の引き出し方」が違ってくることを意識してみるのもいいのではないか、そうした意識を持つことが、人材マネジメント・スキルの向上にも繋がるのではないかと思いました。

 モチベーションのタイプ分け自体が1つの仮説であるともとれますが、むしろ、概念整理の方法および心理学をベースとした方法論と読み手との相性によって、この本の評価は分かれるかも知れません(ハマる人はハマる)。

 言えることは、ただただ"自律的人材たれ"と連呼するだけでなく、1つの仮説からスタートしてでも、より多くの社員が自律的人材となるべく方向付けをしていくことが、仕事に対する価値観や関わり方の違いという"目に見えない"ダイバーシティをマネジメントしていくうえでの、管理職や人事担当者のこれからの課題ではないかと思いました。

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広い意味での国際プロトコルについて書かれた本。実践の場がないとなあ。

「お辞儀」と「すり足」はなぜ笑われる.jpg 『お辞儀」と「すり足」はなぜ笑われる』(2010/01 日経プレミアシリーズ)

 国連機関などで長年に渡って仕事し、国際会議やパーティなどを通じて外国人との仕事・交流の経験が豊富な著者が、外国人の思考・行動特性と日本人のそれとの違いを踏まえた上で、外国人との付き合い方を指南したもの。

 本書の後半では、欧米人と対等に付き合うためのマナーや、レセプションやディナーでの基礎理式、スピーチの秘訣や国際会議での立ち回り方などが書かれていて、最終章が「恥をかかないための基礎的なプロトコル」となっていますが、後半全体が広い意味での国際プロトコルについて書かれたものであり、見方によっては本書全体がそうであるとも言えるのでは。

 但し、前半部分の、日本人がよく使う「すみません」という言葉が欧米人にとっては何を意味しているのか理解されにくい、とか、欧米では、自己主張できなければ無能力と評価されるため、子供の頃からいかに自分の意見を主張し、他人を説得できるかを鍛えられるが、謙虚が美徳の日本社会では「沈黙は金なり」と教えられる、従って、日本人と欧米人とが一番異なる行動をするところは、発言するかしないかである、といったことは、これまでも多くの本などで言われてきたことではないでしょうか。

2011年FIFAワールドカップ日本対アメリカ決勝戦.jpg 日本の社会では、結果よりもプロセスが大事にされるが、欧米社会では結果が全てであるというのは、時と場合によるような気もしました。以前、女子サッカーの2011年FIFAワールドカップの日本対アメリカの決勝戦の選手別採点表の日本版とドイツ版をネットで比較してみたことがありますが(サイトの運営会社は同じ)、日本の場合は優勝したこともあって皆高い評価になっていたのに対し、ドイツの方は、苦戦したプロセスを見ているのか、結構厳しかったように思います(時間ごとに区切った評価の累積が最終評価になっているようだ。海外の方がプロセス重視型であるのが興味深い)。

 尤も、日本人は分析力や総合力に長けているので、問題を分析し、解決方法を探し、自分で改善して行く能力を持っているため、いわゆるマニュアルは不要で、上司の役割も細部にわたる指示ではなく、むしろ問題点を発掘し大きな方針を示すことに重点が置かれるが、一方、西欧では、事細かに何をするのかを指示しなければ人々は動かない、という指摘など、改めてナルホドなあと思わされる部分も多々ありました。
 
「お辞儀」と「すり足」はなぜ笑われる 2.jpg 表題の「お辞儀」に関しては、日本人はやたらとお辞儀をするが、平常の挨拶で頭を下げてお辞儀をする国はあまり無く、殆どの国でお辞儀は君主に会ったりしたときに使う最敬礼の挨拶であるとのことで(だからオバマ大統領は天皇に会った際にお辞儀したわけか)、通常のビジネスの場においては、堂々と胸を張り握手をすべきであり、それが欧米人と対等に付き合うことができる第一歩であると。

 前半は比較文化論的で面白いけれども、聞いたことがあるような内容も多く、後半に行くほど「プロトコル」色が強くなっていくため、知識として持っているにこしたことはないけれど、周囲に外国人がいて実践する機会がないと、応用に繋がらないかなあと(誰かレセプションにでも呼んでくれないと、忘れてしまいそう?)。

 『国家の品格』という本がありましたが、国際社会は闘争の場であり、自国において「誇り」や「品格」を大事にしている外国人でさえも、国際社会に出た途端にそうしたものを捨て去るという指摘は興味深かったです。

 その他にも、外国人間では、相手の家族のことを気に掛けたり、家族同士で付き合ったりすることが、日本人間以上に高い親密度の表れとみなされるといった指摘なども興味深かったですが、やはり、応用の場がないとなあ(実践の場がある人にとってはいいかも知れないが、そうした人達にとっては、すでに分かり切ったことかも)。

女子サッカー.jpg2011 FIFA女子ワールドカップドイツ大会 決勝戦(対アメリカ)先発メンバー個人別評価

女士サッカー.jpg 

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