「●人事・賃金制度」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1684】 下津浦 正則 『「育成型人事制度」のすすめ』
人事の基本に原点回帰し、今日的かつ納得性の高い人事制度の再構築を探究した良書。
『雇用ボーダーレス時代の最適人事管理マニュアル』(2010/07 中央経済社)
脱年功序列型賃金から成果主義への懐疑を経て、近年のダイバーシティ、ワーク・ライフ・バランス、ES(従業員満足)など、人事のとらえ方もいっそう多様化、複雑化していますが、ベテランの人事コンサルタントによる本書は、今求められているのは「強い会社」にするための「柔軟な」人事制度であるとし、トータルかつ実務的な観点からそれらを提案しています。
第1編の「人事の新しい動きを解析する」においては、ダイバーシティ・マネジメント、エンプロイアビリティ、ジェンダーフリー、ワーク・ライフ・バランスなど、人事の最近のトレンドを表す概念をとりあげ、実態に沿ってその裏側を読み解き、「全体」か「個」か、「仕事」か「プライベート」かといった二者択一、オールオアナシング的な発想には限界があること指摘しています。
それらの概念に限らず、管理職と一般社員、正規と非正規、日本人と外国人など、人事の世界に従来あった多くの価値基準のボーダー(境目)が今揺らいでいるとし、こうした"ボーダーレス"な時代において、人事担当者には、多元的な見方を養い、TPOを踏まえたバランス感覚が求められるとしています。
第2編の「人事システム再構築の実践」においては、マネジメントシステムと連動する人事のフレームワーク(等級制度)、賃金システム、評価システム、能力開発とコミュニケーション・システム、パート社員の人事システムなどについて、制度構築のあり方を具体的に提案しています。
例えば人事のフレームワークについては、縦に等級等の階層、横に職種を大ぐくりにした職掌を設定した骨格図をもとに、「能力」をベースに「役割」という概念を組み合わせた等級制度を提唱しており、ここにも「属人」か「仕事」かという従来の二者択一的な発想を超えた柔軟性が見てとれます。
これに呼応するかたちで、賃金システムにおいては、例えば月例賃金制度の場合、能力給・役割給・業績給の3つの要素を階層別・職掌別にウェイトを考慮し構成する「複合型賃金体系」を、いくつかのバリエーションのもと提唱しています。
賞与制度、退職金制度についても独自の提案がされており、評価システムについても60ページを割いて詳説、そのうえで、能力開発や非正規雇用の活用についても言及するなど、カバーしている範囲は広いですが、1つ1つの提案が、多くの図表をまじえ非常に具体的に記されているため、"総花的"な印象はなく、あくまでも、トータル人事制度という観点で書かれた、かっちりした実務書であると言えます。
トータル人事制度について書かれた本があまり多く出版されていない中、小手先の制度改革ではなく、人事の基本に原点回帰し、今日的かつ納得性の高い人事制度の再構築を探究した良書だと思われ、また、徒(いたずら)に制度を複雑化させることをしていないため、中小企業においても、制度導入の参考にし易い本でもあるかと思います。