【1594】 ◎ 石嵜 信憲 『実務の現場からみた労働行政 (2009/06 中央経済社) ★★★★☆

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"還暦記念講演"と言う割にはアグレッシブ。但し、企業側担当者の実際対応については現実論か。

実務の現場からみた労働行政.bmp 『実務の現場からみた労働行政』(2009/06 中央経済社)

 「サービス残業」「偽装請負」「名ばかり管理職」の三つ問題に関する労働行政の現状と企業側の対策について弁護士が述べた本で、のっけから、行政には「頭を下げていうことを聞くな」とあり、著者の"還暦記念講演"を本にしたものと言う割にはなかなかアグレッシブな内容です。

 著者は、この3つの問題の本質は「賃金論」にあるのではなく、労働者の「安全と健康保護」にあるとしています。行政も基本的には同様の考え方をしているものの、現場においては本来の権限に基づかない誤った指導がなされていたりするとして憤っています。

 例えば、労働基準監督官には、労働基準法や労働安全衛生法に関する違反について是正指導・勧告権限があっても、職業安定法や労働者派遣法違反についての指導権限はないとして、その根拠を示すとともに、その指導は法や通達に基づいてのみなされるべきもので、マクドナルド事件などの判例を引き合いに指導を行う監督官がいるのはおかしいとしています。

 また、過去の通達等の矛盾点を探り、そうした矛盾がなぜ生じたかということから行政のスタンスの歴史的変遷をあぶり出しています。
 「名ばかり管理職」で焦点となった「管理監督者」についても、「管理者」と「監督者」が一括りで議論されているが、かつてはきちんと区分されていたとしています(マクドナルド事件は「管理者」の問題ではなく、「監督者(=部下を持っている人)」問題であるとしている)。

 基本的には、法律論は根本に立ち返って深く論じる一方で、監督官の指導などに対して企業側がどう対応すべきかについては、現実論で述べています。

 割増賃金未払いについても、「最低賃金」をはるかに上回る水準の賃金が支払われている場合でも、当該労働者の「通常の賃金」がその算定基礎になっていることに対して、法的観点から疑念を呈する一方、現実対応においては、基本賃金の未払いに比べて割増賃金未払いに対する「送検率」は極めて低いことを念頭に置き、「遡及是正期間3カ月」という相場を理解して対応すべきであるとしています(まあ、労基署としても、もしも民事訴訟になって「2年間の遡及」で決着したら、立場が無いというのはあるのかもしれないが)。
 
 また、労働基準監督署の臨検監督についても「定期監査(=年間監督計画に基づき法令の全般にわたって行われる監督)」なのか「申告監査(=労基法104条1項に基づく労働者から法令違反等の申告により行われる監督)」なのかを監督官から聞き出すことも大切であるとしています。

 著者ほどの著名弁護士だからこそ、こうしたことを堂々と言えるのではないかという見方もあるかもしれません(自分自身、そうではないかと思える面もある)。しかし、著者の言わんとすることは、監督官の指導にただ闇雲に従うのではなく、法の趣旨はどこにあるのか、その効力の範囲はどこまでなのかを踏まえて対応することが、本当の意味での企業防衛につながることになると、個人的にはそのように受け止めました。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 会社が生き残るためには何が必要か
     労働行政の誤りとその影響
 労働者との約束を守ることの重要性
 経営論、経営手法としてのコンプライアンス
第2章 労働基準法の理解が問題解決のカギ
     「サービス残業」、「偽装請負」、「名ばかり管理職」問題の本質
 サービス残業問題と労働者の安全・健康
 偽装請負問題の本質
 名ばかり管理職問題の本質
 憲法と労働基準法の関係
 労働基準法の3つのポイント
第3章 サービス残業問題と実務対応のポイント
     「実働8時間」の意味と労働時間の把握
 割増賃金の遡及是正と実務対応
第4章 偽装請負問題と業務委託の適正化
     偽装請負の現状と行政の対応
 告示37号と行政指導の誤り
 偽装請負の判断基準と適正化策
第5章 名ばかり管理職の問題と実務対応のポイント
     マクドナルド事件判決のポイント
 管理監督者の正しい解釈
 管理職の健康をどう守るか

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