【1565】 ○ 松本 清張 『張込み―松本清張短編全集〈3〉』 (1964/01 カッパ・ノベルス) 《『松本清張選集推理小説・張込み』 (1959/05 東都書房)》 ★★★★

「●ま 松本 清張」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒【3136】 松本 清張 「市長死す

昭和28年から昭和32年にかけての発表作品。「張込み」はやはり傑作。

張込み 松本清張 カッパノベルズ.jpg張込み (松本清張短編全集3).jpg 0張込み 傑作短編集5 (新潮文庫.jpg 張込み dvd.jpg 張込み 映画1.gif
張込み―松本清張短編全集〈03〉 (光文社文庫)』(張込み/腹中の敵/菊枕/断碑/石の骨/父系の指/五十四万石の嘘/佐渡流人行)/『張込み 傑作短編集5 (新潮文庫)』/「張込み [DVD]」大木実/宮口精二
張込み―松本清張短編全集〈3〉 (カッパ・ノベルス)

 '55(昭和30)年発表の「張込み」をはじめ、昭和28年から32年にかけて発表された松本清張(1909-92)の短篇集。

 銀行員の夫との平凡な日常を脱し、かつての恋人(今は強盗殺人犯として逃亡中)との一瞬の情愛に全てを賭けようとする女性を、張込みをする刑事の視点から描いた「張込み」、台頭する後輩家臣・羽柴秀吉の前に、隠忍型の性格ゆえに苦渋の思いを強いられる丹羽長秀の晩節を描いた「腹中の敵」(昭和30年発表)、小倉に在住していた女流歌人・杉田久女(1890-1946)をモデルに、女流歌人・ぬいの愛が狂気に変貌していく様を描いた「菊枕」(昭和28年発表)、考古学に携わる者の間で"考古学の鬼"との異名とったアマチュア考古学者・森本六爾(1903-1936)をモデルに、34歳で亡くなった不遇の考古学者・木村卓治の葛藤と反抗の生涯を描いた「断碑」(昭和29年発表)、同じく考古学者である直良信夫をモデルに、"明石原人"の人骨発見し、旧石器文化説を唱えるも学界から嘲笑される考古学者の苦悩を一人称で描いた「石の骨」(昭和30年発表)、父親とその系譜に対する主人公の嫌悪と葛藤を同じく一人称で綴った「父系の指」(昭和30年発表)、加藤清正の子で、嫡男・光広の退屈凌ぎの悪戯が昂じて、家康に謀反を抱く者ととられ御家取り潰しの憂き目に遭った大名・加藤忠広を史実をもとに描いた「五十四万石の嘘」(昭和31年発表)、江戸時代の佐渡金山を舞台に、夫婦で佐渡に赴任した役人が、自分が島流しにした妻のかつての恋人の今の姿を見ようとして起こる出来事を描いた愛憎劇「佐渡流人行」(昭和32年発表)の8篇を所収。

 朝日新聞にいた松本清張が社を辞めたのが「五十四万石の嘘」を書いた頃と自分であとがきに書いていますから、ここに収められている作品の多くは在職中に書いたものということになりますが、推理小説と呼べるものがない点が興味深く、作者が当時、色々な小説のスタイルを模索していたことが窺えます。

 「腹中の敵」「五十四万石の嘘」「佐渡流人行」は時代もので、「石の骨」「断碑」は考古学もの、「父系の指」は自伝的小説の色合い濃いものですが、それぞれ、歴史ものでは「西郷札」(昭和25年発表)、学究者ものでは「或る『小倉日記』伝」(昭和25年発表)、自伝的なものでは「火の記憶」(昭和27年発表)といった先行作品があります。

 因みに、「五十四万石の嘘」のモデルの丹羽長秀は、秀吉の振舞いに憤って切腹したとの説もありますが、一般には胃癌で亡くなったというのが史実とされており、「菊枕」のモデルの杉田久女は、実際には夫に縛られるような生活を送ったわけでも精神を病んだわけでもないなど、この辺りは「或る『小倉日記』伝」にも見られたような巧みな"物語化"が見られます。

顔 (1956年) (ロマン・ブックス)』(顔/殺意/なぜ「製図」が開いていたか/反射/市長死す/張込み)
『顔』ロマン・ブックス.jpg 何れも珠玉の名篇ですが、やはり一番の傑作は、一見平凡な主婦に宿る"女の情念"を描いた「張込み」でしょうか。「今からだとご主人の帰宅に間に合いますよ」と刑事が女主人公に言うくだりが印象に残ります。作者の推理小説への出発点とされている作品ですが、作者自身が、推理小説だとは考えずに書いたと言っているように、サスペンスではあるが、ミステリではありません(敢えて推理小説風に言えば、「倒叙法」がとられていることになるが)。

張込み 田村高廣/高峰秀子2.jpg 橋本忍脚本、野村芳太郎監督で映画化され('58年/モノクロ)、映画では、逃亡中の犯人(田村高廣)の昔の恋人(高峰秀子)を見張る刑事が2人(大木実・宮口精二)になっており、やはり1対1にしてしまうと、見張る側に関してもセリフ無しで心理描写せねばならず、それはきつかったのか...。それでもモノロ張込み 3.jpgーグ過剰とならざるを得ず、しかも、原作には無い描写を多々盛り込んでおり、もともと短篇であるものを2時間にするとなると、こうならざるを得ないのでしょうか。ともかくも、野村芳太郎はこの作品で一気にメジャー監督への仲間入りを果たすことになります。

「張込み」 (1958/01 松竹) ★★★☆

張込み 映画2.jpg「張込み」●制作年:1958年●製作:小倉武志(企画)●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍●撮影:井上晴二●音楽:黛敏郎●原作:松本清張「張込み」●時間:116分●出演:大木実/宮口精二/高峰秀子/田村高廣/高千穂ひづる/内田良平/菅井きん/藤原釜足/清水将夫/浦辺粂子/多々良純/芦田伸介●公開:1958/01●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-22)(評価★★★☆)

【1964年ノベルズ化・2002年第3版[カッパ・ノベルス]/2008年文庫化[光文社文庫]】
カッパブックス 松本清張短編全集.jpg
《読書MEMO》
●『一度は読んでおきたい現代の名短篇 (小学館新書)』['18年]
一度は読んでおきたい現代の名短篇 (小学館新書).jpg1.女のなかの炎―松本清張「張込み」
2.どこへも帰れない―安岡章太郎「雨」
3.欠けていた源氏の一帖―瀬戸内寂聴「藤壺」
4.かくれ切支丹の島で―遠藤周作「母なるもの」
5.朝鮮から来た人びと―司馬遼太郎「故郷忘じがたく候」
6.男と女のかたち―吉行淳之介「海沿いの土地で」
7.前世へさかのぼる―丸谷才一「樹影譚」
8.あの世のひと―河野多惠子「考えられないこと」
9.「うまさ」とは何か―結城昌治「泥棒たちの昼休み」
10.かけがえのない日常―藤沢周平「鱗雲」〔ほか〕

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1