2011年11月 Archives

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就活の現況を概観するにはいい。大学の新たな取り組みをもっと掘り下げて取材して欲しかった。

就職内定率の推移.gif就活地獄の真相.jpg 『就活地獄の真相 (ベスト新書)

 本書によれば、就職氷河期レベルと言われた2010年春の就職状況は、文部科学省の「学校基本調査」(2010年8月公表)によると、前年より5万3000人減の32万9000人と厳しいものだったが、2011年春は、より厳しい見通しにあるとあります(因みに就職率で言うと、本書には無いが、2011年春の最終数値は61.6%で、前年最終の数字との比較で0.8ポイント上昇したものの、ほぼ横ばいだったとみていいか)。

 また、厚生労働省の「就職内定状況調査」(年4回、10月、12月、2月、4月に調査)では、2011年春の内定状況は、2010年10月1日時点で57.6%と「氷河期」を下回る過去最悪となっているとあります(因みに、2011年4月の最終内定率は91.0%で、こちらは最終数値も過去最低だった)。

 大学ジャーナリストである著者は、その原因を、単にリーマン・ショック後の不況による求人減少のせいだとして片づけることはできないとし、そこには、「就活」をめぐっての大学側、国側、採用する企業側のさまざまなウソ・ゆがめられた真実があり、それらがいびつな就活構造を作り出し、学生を疲弊させるだけでなく、結局は採用企業にも大学にとっても不利益をもたらすという悪循環を生みだしているとしています。

 例えば、文部科学省・厚生労働省の「大学卒業(予定)者の就職内定率調査(前記:厚生労働省の「就職内定状況調査」と同じ)」(2010年5月公表)によれば、「10年4月1日時点での就職率(内定率)は91.8%」となっているとマスコミも伝えましたが、マスコミを通して発表される政府の就職内定率調査や、大学が公表している就職率は、現役学生だけを対象としたものであり、しかも、内定率というのはあくまで就職希望者に占める就職決定者の割合であって、厳しい就活に耐えられず途中で就職を諦めた学生などは分母に含まれていないそうです(2011年の「過去最低の数字」が、前述の通り「91.0%」だったというのは、確かに実感とずれているが、要因はここにある)。
 
 また、大学によっては、自大学が出資して派遣会社を設立し、就職が決まらない学生をとりあえずそこへ押し込むことによって、就職内定率の低下を表面上防ぐようなこと(水増し工作?)が行われているとのことです(個人的に知るところでは、早稲田大学なども「キャンパス」という名の100%出資の人材派遣会社を、随分以前から持っている。会社設立当初は、学内事務等の要員を、校風を知る自大学の出身者で賄おうというというのが狙いだったと思われるが)。
 
 こうした統計の"ウソ"を明らかにする一方で、企業側についても、学生に対して求める能力の評価基準が曖昧であることを、これもまた統計をもって明らかにし、その結果として、大学・学生・企業の間に相互不信が渦巻いているとしています(この「就職率」と「就職内定率」の30ポイントもの数字の開きは何とかならないものか。例えば、東京工業大学などは、大学院進学者が多いので「就職率」は落ちるが「就職内定率」は高い。そもそも、「就職内定状況」の調査対象は、国立大学を中心とする62校で、私立では、明治・青山・立教・法政などは除かれている)。
 
 また、「厳選採用」を求められながらも、理想の人材と現実の学生とのギャップに戸惑い、また、ネット・エントリーなどで母集団が拡大し、膨大な費用と労力を消費せざるを得ない、企業の採用現場の厳しい現状についても言及しています。
 結果として、大手企業などの場合、予め学校を有名校に絞る「ターゲット採用」などが行われているとのことです。

 更に、就職活動の早期化が「学生から学びの時間を奪っている」という実態が大学教育にもたらす悪影響についても述べていますが、早期化の根底には、「大学での勉強は仕事にはあまり役立たない」「日本の大学教育は米国などのように、自分の頭で考える力が身につく教育ではなく、単なる知識の習得に重点が置かれている」との考えがあるようだとしています。

 しかし一方で、著者によれば、最近では大学教育も変わりつつあり、「問題発見力、問題解決力を鍛える教育」に力を入れたり、文科省が学生が自分に合った仕事を見つけて卒業後に自立できる「就業力」の育成に取り組む大学・短大への支援を2010年から始めたのを受けて、独自の授業プログラムを実施している大学も増えているとのことです。

 そうした大学の新たな取り組みについても紹介していますが、東海大学の就職指導は「総戦力」であるという考えに基づく同窓会や保護者なども一体化した親身のサポート体制での対応、明治大学の学長主導による「就職情報懇談会」、「就職率100%」という秋田の国際教養大学(AIU)の「すべての授業を英語で行う」などの国際人を養成するという教育方針、立教大学経営学部の「BLP(ビジネス・リーダーシップ・プログラム)」による人材育成など、どれも興味深いものでした。

 企業側にも、新卒採用の早期化を見直したり、本格的なインターンシップを通して、時間をかけて能力適性を見極めるなど、新たな動きが出てきているようですが、今後もこうした取り組みが拡がっていくよう思います。

 著者は日経記者出身のベテランのジャーナリストであり、本書は「就活」の現状を把握するにはいい本ですが、現状分析がやや長過ぎて、大学の「就業力」を育成するプログラムの紹介に至るまでに紙数が尽きた感もあります。

 その分、全体を通して提案的な部分の比重が小さくなり、「大学が変われば、企業も動き、就活も変わる」というのが著者の考えなのですが、肝心の大学の取り組み状況の紹介がそれこそ新聞記事程度(コラム記事未満)のものであり、実際に現場を取材したシズル感のようなものが感じられず、詰まるところ「大学」ジャーナリストとしての著者の本領は活かされてないように思われたのが残念です。

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就活ゲームの中で形成される"即席アイデンティ"が、ミスマッチの原因との分析は興味深かったが...。
就活エリートの迷走2.JPG豊田 義博 『就活エリートの迷走』.jpg 就活 image.jpg
就活エリートの迷走 (ちくま新書)

『就活エリートの迷走』.JPG 本書を読むまで「就活エリート」とは何を指すのか分からなかったのですが、本書における「就活エリート」とは、エントリーシートを綿密に作り込み、面接対策をぬかりなく講じて、まるで受験勉強に勤しむような努力をして、超優良企業へと入社していく若者のことを指していました。著者によれば、こうした「就活エリート」が、会社に入社してから、多くの職場で戦力外の烙印を押されているという状況が今あるとのことです。

 なぜ彼らは、肝心の社会生活のスタートで躓いてしまうのか、著者は、その原因が「就活」という画一化、パッケージ化したゲームにあるとし、このゲームの抜本的なルールを改変し、或いはゲームであることを中止しない限り、同様の犠牲者は生まれ続けると警告しています。

 著者はリクルートワークス研究所の主任研究員であり、就職活動がいかにして「就活」というゲームになったのかを、データをもとに俯瞰的に分析している箇所は、採用担当者が読んで、頷かされる部分も多いのではないでしょうか。
 そうした分析を通して、「自己分析」の流行や「エントリーシート」の普及が、就職活動の画一化、パッケージ化を促した背景要因としてあるとしています。

 就活エリートたちは、「やりたいものは何ですか?」というエントリーシートの問いが求めるままに、「自己分析・やりたいこと探し」に熱中し、就職活動という短い期間に自身のアイデンティティを確立してしまうが、そのアイデンティティは本物ではなく"即席"のアイデンティにすぎず、その際に抱いた「スター願望」や、「ゴール志向」とでもいうべき偏狭なキャリア意識が、逆に、彼らが入社後に迷走する原因となっているとの分析は、興味深いものでした。

 もう1つの原因として、「面接」重視の傾向を挙げていて、企業側が「面接」を極端に重視するあまり、その場で「自分」を作り上げてしまう就活エリートとの間で、同様の「ゲーム」が繰り返され、「面接」は形骸化し、その意義を失いつつあると。

 更には、採用コミュニケーションの在り方についても問題提起しており、新入社員の中には、企業側の巧みなPRにより、入社した会社に「恋」をしてしまっているような人が多くいるが、その分、入社後の理想と現実のギャップは大きくなり、そのことも、就活エリートたちが入社後に迷走する原因になっていると。

 前段の就職活動の変遷はデータに裏付けられており、中盤の就活の在り方と若者のメンタリティについて論じた部分も興味深く読めましたが、就活エリートたちの入社後の迷走についての実態は、城繁幸『若者はなぜ3年で辞めるのか』('06年/光文社新書)から引用するなどに止まっていて、あまり突っ込んだ解説がなされていないのがやや不満でした。

 また、最終章では、こうした状況を打破するための「就活改革」のシナリオが示されていますが、「採用活動時期の分散化」「採用経路を多様化」「選考プロセスの多面化」といった提案の趣旨には概ね賛同できるものの(「採用活動時期の分散化」は、個人的には疑問符がつくが)、前段の分析部分に比べるとやはり具体性に乏しいように思われ、「分析に優れ、提案に弱い」というのは、研究所系の本に共通して見られる傾向なのかも。

 むしろ、読んでいてずっと気になったのは、リクルートグループこそ、こうした就職活動の画一化、パッケージ化を促した就職関連企業の筆頭ではなかったかと思われることで、適性試験「SPI」や就職情報サイト「リクナビ」でどれだけ利益を上げたのかは知りませんが、例えば「インターネット就活」の促進というのも、著者は学生に広く機会を与えるものとしているようですが、結果として就職活動の画一化に「寄与」してしまっているのではないかと。

 そうした想いは、本書を読む採用担当者の多くが抱くであろうことは想像に難くないところですが、本書では、学生ばかりが悪いのではなく、企業側もこれからの採用活動の在り方を見直さなければならないというスタンスをとりながら、自らが行ってきたことに関しては、「あとがき」で、「私にも就活エリートの迷走を生みだした責任の一端はあると思っている」との個人的感想一言で片付けられてしまっているのは、こりゃあんまりだという気がしなくもありませんでした。

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「●PHPビジネス新書」の インデックッスへ

学生にとっての良書は、企業の採用担当者にとっても参考になることがある。

人事のプロは学生のどこを見ているか.jpg    『人事のプロは学生のどこを見ているか』.jpg       就活のしきたり2.jpg
人事のプロは学生のどこを見ているか (PHPビジネス新書)』['10年]『就活のしきたり (PHP新書)』['10年]

 同時期に読んだ『就活のしきたり―踊らされる学生、ふりまわされる企業』(2010/10 PHP新書)は、「PHP新書」の品格を疑うようなレベルであり、学生にとっても企業の採用担当者にも役に立たない本のように思いましたが、版元が同じでありながらも本書の方はマトモであり、蹴活本が大流行りのご時世ですが、学生にとっての良書は、企業の採用担当者にとっても参考になることがあると思わせるものでした。

 そんな言い方をすると、マニュアル化された学生の「傾向と対策」を、面接場面においてどう突き崩すかが分かる本ともとれそうですが、本書はそうした小手先の戦術的なレベルの本ではなく、書店に溢れているマニュアル的な蹴活本とは一線を画し、但し、マニュアル本を全否定するわけではなく、より深い意味において、会社側は学生のどこを見ようとしているのかを、経験的且つ体系的に探ったものとなっているように思いました。

集団面接.bmp まず典型的な採用のプロセスを概観したうえで、会社側の意図や重視する部分を説明し、更に、「コミュニケーション力」とは何か、「行動力」とは何かについて掘り下げて解説されています。

 グループ討議で重要なのは「それらしい結論に導くことよりも、自分の意見をきちんと出して議論すること」、最終面接で重視されるのは、「能力的なことよりも、本気でこの会社に来てくれるかどうか」といった太字で書かれている部分は、人事部の担当者にとってはある程度分かっていることかも知れませんが、現場の面接担当者や役員に関してどれぐらい共有されているでしょうか。

 「面接官も間違いを犯す」という前提のもとに、考課者研修などではお馴染みの「ハロー効果」や「対比誤差」といったものが、面接場面でどのように現れるかが分かり易く具体例で示してあり、「ああ、こんなこと、今までの面接でもあったなあ」とか「これ、面接担当者の指導要領として使えるなあ」などと、密かに思ってしまいました。

 「企業分析」をする際に、バリューチェーン分析でその会社の仕事の流れを理解せよと説いているのも、一般の蹴活本などにあまり書かれていないことではないでしょうか。
 
 学生からすれば、本書を読んでテクニックを学ぶのではなく、そこから、より深い企業研究を自らの努力でしていかなければならないということですが、表面的な企業情報の検索に終始し、そうした受身的ではない、自分の頭で考える企業研究というのがあまりなされていないのが、現在における「蹴活」の状況であり、そのことが、学生側から見れば「自分らしさ」を出せず、企業側からすれば「本当の姿が見えてこない」という結果を生みだしているようにも思います。

 後半では、学生に向けて「働きたい会社の見つけ方」を説いていますが、外資系企業、非上場企業、ファミリービジネス(同族)企業などの幅広い範囲にわたって、その特徴やコーポレートカラーを的確・簡潔に示しつつも、最後は、会社の方針と自分の価値観が一致することが大切であると説いているのもいいです。

 全体を通してとりたてて奇抜なことや目新しいことが書かれているわけではありませんが、企業側にとっても、本書に書かれていることに照らした場合、自社における新卒採用の選考や面接の在り方はどうかを確認するうえで、一読の価値はあったように思います。

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学生にとってほとんど参考にならないのでは。「呑み屋のネタ話」のレベル内容。

就活のしきたり2.jpg 『就活のしきたり (PHP新書)』 就活のバカヤロー.jpg 大沢 仁/石渡 嶺司『就活のバカヤロー

 著者は『最高学府はバカだらけ』('07年/光文社新書)などの著書のある"大学ジャーナリスト"ということで、最近では『就活のバカヤロー』('08年/光文社新書)、『ヤバイ就活!』('09年/PHP研究所)(何れも共著)、『就活のバカタレ!』('10年/PHP研究所)などといった「蹴活」に関する本も書いています。

 本書は「蹴活」をする学生に向けて書かれたものであって、学生にとっての良書は、企業の採用担当者にとっても参考になることがあったりしますが、この本は、学生にも企業の採用担当者にも参考にならないように思いました。

 各見開きの左側に「ブラックしきたり」と題した「アヤシイ蹴活のウワサ」が書かれていて、そのウソを暴くような体裁がとられていますが、そもそもここに書かれている「奇抜なほうが受かりやすい」、「大声を出せば内定がもらえる」、「マスコミの試験には特殊な訓練が必要」、「アルバイト経験は長いほうがいい」、「一人暮らしの女性は不利」といったようなことを信じて、不安に思っている学生がいるのだろうか。

 いわんや企業側をや、であり、採用担当者や面接官で今時こんな偏見を持っている人がいれば、"絶滅危惧種"的存在かも。

「パンチラをしたら内定がもらえる?」や「お酒が好きだと就活に強い?」となると、もう、呑み屋における(「サラリーマン」でなくて「蹴活仲間」が1日の"活動"を終えて集った際の?)ネタ話か、或いはそれにもならないレベルではないかと思ってしまいます。

 敢えて星1つとしなかったのは、著者が蹴活の実態をよく知り、一応はまともに答えていると思われる箇所も所々にはあったためで、最初からエンタメ的な効果を意図しての味付けが施されているということなのでしょう。

 著者自身、「あくまでも箸休め、一服の清涼剤として読んでいただければ。生まじめな方は読み飛ばしていただいたほうが精神衛生上よろしいかもしれません」と冒頭に書いてはいますが、一応はエスタブリシュメントとされる「新書」に収まっているわけだし...。

 尤も「PHP新書」について言えば、元々"玉石混交"が激しいレーベルではありますが、それにしても、ちょっとねえ。

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コンセプトがしっかりしていて、実務面のフォローもされているのが良い。

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1人採るごとに会社が伸びる! 中途採用の新ルール』(2010/10 すばる舎)

 採用に関する本が最近また何冊か刊行され始めていますが、本書のように中途採用に的を絞ったものは、今のところそれほど多くありません。これは、中途採用は各社の事情によって様々なやり方があり、これというモデルを規定できないという考え方がどこかにあるからではないでしょうか。
 しかし、採用コンサルタントが中途採用の方法論を説いた本書を読んで、やはり中途採用にもベースとなる戦略やノウハウはあるのだと思いました。

 著者は、人材獲得競争の激しいIT業界の中のある企業で採用に携わってきた経験の持ち主ですが、「待ち」の採用ではなく「攻め」の採用を行うことで、採用を軸として会社を一気に伸ばすことを提唱しています。
 そのための方法論として、例えば、優秀な人材が多いと思われる「非転職希望者」層をいかにして取り込むかという課題を、採用活動を「リクルーティング」(募集)と「ハイヤリング」(雇用)を分けて考えることから説いています。

 つまり、常日頃において人材情報をストックしておくことが大切であり、その上で、実際の採用段階においてはスピードとタイミングが重要であるとし、さらに具体的な方法論を説いています。
 その中には、「選んでやろう」「見てやろう」とせず、「トップが "三顧の礼"で駆けつける」「30分の面談のために採用担当者が出向く」といった啓発的な内容も含まれますが、先に戦略的なコンセプトを示し、そのうえで具体的な対応にまで落とし込んでいるため、採用担当者が読んで、たいへんしっくりくる内容となっているのではないでしょうか。
 
 とりわけ、欲しい人材をどこから採用するか(採用ソース)については、公募や社員紹介、人材紹介会社の活用など、多面的に言及されています。

 「入社日の45日前には承諾のサインをもらう」といったことは、ある程度の長期にわたって採用を経験している担当者であれば、その必要を感じているのではないでしょうか(それでいて、こうしたことが書かれている本は少ない)。
 一見「優秀そうに見える」履歴書には落とし穴があることがあり、どこを注視すればよいかを解説した箇所なども、思い当たるフシは多いのは。

一方で、コストをかけて採用した人材を定着させるために、入社直後に「入社インタビュー」を行って中途採用者のサポート体制を整えるといったことは、その必要を感じながらも、行っていない企業が多いのではないでしょうか。
 そうした意味では、自社で今どういった施策が不足しているのかをチェックする目安にもなるかと思います。

 最後に、「採用」マネジメントと併せて、「離職」もマネジメントすべきものであるという考え方を示し、それは自主的に自分の将来を考えてもらう仕組みづくりであって、それを行わないと、本当の肩たたきや、それ以上の大量解雇が始まるリスクがあるとしていますが、この部分にも共感しました。

 極端な事例ばかり挙げて読者の表面的な関心を引こうとする本も類書に多い中、本書は平易な文章で書かれていながらもコンセプトがしっかりしていて、実務面のフォローもされているのが良く、また、中途採用のノウハウを惜しみなく開示している姿勢にも好感が持てました。

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「●日経文庫」の インデックッスへ

退職給付会計に関する知識をブラッシュアップする上で、実務に沿った解説がなされている良書。

退職給付会計の知識9.JPG退職給付会計の知識1.jpg 『退職給付会計の知識〈第2版〉(日経文庫)

 日経文庫は、そのラインアップに、ビジネス関係の入門書を多く揃えていることで定評がありますが、それらのタイトルの付け方は、「入門」「知識」「実際」といった具合に、そのレベルや内容によってわかれています。

 本書は、「初めて退職給付会計を学ぶ人を対象に、ケーススタディを多用してわかりやすく解説した入門書」とのですが、コンパクトな新書でありながらも、社会人・企業人向けに単行本として売られている退職給付会計の一般入門書よりは、かなり詳しく解説されています。

 入門書としての要件も満たしていますが、初学者で、本書を読んだだけで退職給付会計の概要を理解し得た読者がいるとすれば、もともと相当の財務的知識なりセンスなりの持ち主であったということではないでしょうか。

 むしろ、ある程度、退職給付会計を学習したり、実務で関わったりしたことのあるビジネスパーソンが、自分の知識を深める(ブラッシュアップする)ために読むのにふさわしい内容でありレベルではないかと思います(だから「入門」ではなく「知識」というタイトルになっているのだともいえる)。

 本書は、2006年に刊行された第1版の改訂版で、それ以降の数年間で退職給付会計に関する幾つかの改正が行われ、また、年金資産の運用環境や、経済環境、企業の経営環境も、金融ビッグバンと言われた2000年代初頭からこの10年間で変化していることから、法改正部分だけでなく、統計や事例も最新情報に改められています。

 退職給付会計の基礎計算は、人事パーソンも知っておいて損はないし、知っておくべきであると思いますが、その他にも、退職給付制度の終了時の扱いや確定拠出年金への移行、総合型年金基金から脱退する際の会計処理、事業再編時の対応など、実務上で発生するケースを想定しての解説がなされています。

 さらには、昇給率、退職率などの基礎率が大きく変動した場合や、超過積立、大量退職などの例外的な局面での対応についても解説されていて、こうした人事マネジメントの問題が絡むケースになると、会計の専門家でもどこまで明確な説明が期待できるか。むしろ、自分で勉強した方が早いというのもありますし、退職給付制度の見直し等において、金融機関と対等に意見交換ができるようになるという強みにも繋がるかと思います。

 退職給付会計は、人事マネジメントの問題と併せて金融ディスクロージャーの問題を内包しているわけですが、国際財務報告基準(IFRS)については、(導入が正式決定されていないためか)本書ではほとんど触れられていません。

 IFRSについては、最近になって入門書が多く刊行されており(「日経文庫ビジュアル」にも『IFRS(国際会計基準)の基本』('10年4月)というのがある)、そちらを読めばいいということなのかもしれませんが、経理・財務的な視点に重きをおいて書かれたものがほとんどであり、人事パーソンにとってはあまり効率のよい参考書がないのが痛いところです。

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あくまでも、初めてマーケティングを学ぶ人向け。ストーリー的にはしょぼい。

新人OL、つぶれかけの会社をまかされる.jpg新人OL、つぶれかけの会社をまかされる200_.jpg
新人OL、つぶれかけの会社をまかされる (青春新書PLAYBOOKS)

 ベストセラー『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(2009/12 ダイヤモンド社)のマーケティング版のような本です。

 但し、著者が以前書いた『ドリルを売るには穴を売れ!』(2006/12 青春出版社)をリニューアルしたもので、元本も、新人OLが会社傘下のイタリアン・レストランの経営を立て直すというストーリー自体は同じであり、今回は、中身よりも主にタイトルと装丁を変えた"新装バージョン"とのことのようです。

 そうした意味では、『もしドラ』を真似したわけではなく、むしろこちらの方がこの手の本では元祖とも言えるし、元本は元本で、分りやすいマーケティング入門書として定評があるようです。

 確かに、読んでみて分り易かった。ストーリーがあるために分り易いというよりも、基本にある理論構成が、「ベネフィット」「ターゲット」「強み・差別化」「4P」という4つに集約されていて分り易いのです。
但し、そこから先が、元本よりも中身もやや柔らかくなっているせいか、ホントに入門レベルで留まっている感じもしました。

 広告代理店の新人研修レベル、までも行かないか。あくまでも、初めてマーケティングを学ぶ人向けと考えれば、この程度でもいいのかも知れませんが、ストーリー部分は、理論よりもむしろ啓蒙という感じでしょうか。

 思えば、こうした物語風の入門書は、本書や『もしドラ』に限らず今までもあったのでしょうが、『もしドラ』は、野球部という企業経営とは異なる舞台で、ドラッカーの理論を敷衍的に活かすというストーリー構成の旨さがあったし、まあ、ドラッカー・ブームに乗ったということも相俟って、あれほど売れたのだろうなあ。

 一方、こちらは、直接的にレストラン経営というビジネスの場を扱っているため、「敷衍」の幅が小さいというか、むしろ、あまりストーリーに拘泥されずに、各章の纏めの部分を何度か読めば、体系的なことは理解できてしまう...。

 ストーリー部分も、9人でやる野球と数人のプロジェクトという人数の違いもあってか、それほど深みがなく、登場人物の人物造形も浅いように思えました。

 単独で入門書としてみればそう悪くもないですが、『もしドラ』を意識してリニューアルしたことは明らかで、テーマも「マネジメント」と「マーケティング」という違いがあり、ついついストーリー部分を比べてしまいました。

 改めて、『もしドラ』のストーリー展開の旨さ(ヤングアダルト小説の典型パターンの1つともとれるが)を認識しました(自分は、両方とも"テキスト"としてよりも"小説"として読んだということか?)

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「●講談社現代新書」の インデックッスへ

冒頭の旅館とホテルの事例は良かった。だんだん、ビジネス誌の連載みたいになってくる。

「最強のサービス」の教科書.jpg「最強のサービス」の教科書 (講談社現代新書)

 いかにも編集サイドがつけたようなタイトルですが、「最強のサービス」とは何かということよりも、工学的アプローチにより無駄な部分を廃し、本当に顧客が望むサービスの強化に経営リソースを投下することで、そうして顧客満足を効率的に実現するという「サービス工学」という視点を、事例を通して訴えたかった本のようです。

加賀屋.jpg 社会の状況や顧客の要望、嗜好に合わせ、サービスの内容や提供方法を変化させることで成功し、今も成長を続ける企業8社の事例が紹介されていますが、最初に登場する「加賀屋」の事例が(すでに台湾進出などで、マスコミで取り上げられることも多いが)際立っているように思えました。

「BIGLOBE みんなで選ぶ 温泉大賞」温泉宿部門 総合1位(3年連続)「加賀屋」(石川県・和倉温泉)

 本当の意味での「おもてなし」とは何かを顧客目線で考え、顧客にとって価値を生まないサービスは省力化し、客室係が接客に注力できるようにする一方で、人的サービスが「良質」であるのはいいが、人によってサービスに「ムラ」が出ないように、顧客の要望や意見などをデータベースしている―とりわけこのデータベースの力が大きいように思いました(客室まで客を案内する間に、旅館の様々な情報を教えてくれる宿というのは、最近は少ないなあ)。

 続いてのビジネスホテルチェーン「スーパーホテル」の事例は、チェックイン・アウトの機械化されていて、現金や鍵の収受などフロント業務も行っておらず、ちょうど一見「加賀屋」の対極にあるようにも見えますが、部屋置きの電話機やドリンク入り冷蔵庫など、顧客がメリットをさほど感じていないサービスは廃止し、ユニットバスも無く、代わりに温泉大浴場があって、これが顧客に好評を博しているとのこと、顧客目線に立ったサービスとは何かということを考え、従来の既定のサービスの見直しを行ったという意味では、やはり「加賀屋」に通じるものがあると思いました。

 ベッドの脚を無くして床に直置きにしたのは従業員のアイデアだそうですが、こうなると、経営者や(現場のことをよく知っている)従業員の、常日頃の意識の問題と言うか、「サービス工学」という理論は、後から説明的についてくるような気がしなくもありません。
 
 実際に本書に出てくる企業は何れも、従業員満足(ES)ということに非常に力を注いでおり、そうしたことが、従業員の変革のモチベーションに繋がっているのではないかと思われ、そこへ現場を知らないコンサルタントが入ってきて、「サービス工学」とか振り回しても、あまりに効果はないのではないかというのは、後ろ向きの考え方ということになるのでしょうか。

 「サービス工学」というものへの懐疑もあり、読み進むにつれて、何だかビジネス書で連載されて成功事例集のように思えてきて、う~ん、新書で出すような本なのかなあとも。

 グローバルな視点みて、顧客の創造というものを行っているのは、やはり台湾に進出した「加賀屋」でしょう。
テレビの特番で、現地採用の新米仲居を躾けるベテラン従業員を見ましたが、今後どうなるか注目したいところです。

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「個」としての自分をしっかり持て―と。「自己啓発セミナー」を聴いているような感じも。

仕事で成長したい5%の日本人へド.jpg仕事で成長したい5%の日本人へ.jpg仕事で成長したい5%の日本人へ_l.jpg
仕事で成長したい5%の日本人へ (新潮新書)

 欧州で生活して30年、現在パリに住み、グローバルビジネスのコンサルティングをしているという著者の、国際的な観点からの、日本人に向けた仕事論、ビジネス論、キャリア論といった感じの本でしょうか。

 前半部分は、自らのキャリアを通しての仕事論で、そのキャリアというのが、東大の応用物理学科、同大学院化学工学科卒後、国内メーカー(旭硝子)に勤務し、オックスフォード大学の招聘教官を経て、スイスのバッテル研究所、ルノー公団、エア・リキード社とヘッドハンティングされながら渡り歩いたというもので、あまりに"華麗"過ぎて、最初はちょっと引いてしまいました。

 しかしながら、読み進むうちに、「自分の仕事の相場観を持て」、「評論家ではなく実践家になれ」、「他人を手本にしても、憧れは抱くな」、「成長願望と上方志向を混同するな」といった著者のアドバイスが、欧米のビジネスの現場で様々な人々と会い、そうした外国人と交渉したり共に仕事してきた経験に裏打されているものであることが分かり、説得力を感じるようになりました。

 フランス人のバカンスの過ごし方に触れて、バカンスに仕事を持ち込むのは無能である証拠とみなす彼らの考え方を知ったり、ルノーの労組リーダーに、労組の理論家としての立場を放棄することとバーターでの昇給を申し出て断られたことから、自らの成長願望のために昇給を犠牲にするその生き方に爽やかさを覚えたりするなど、著者自身の異価値許容性の広さも感じました。

 後半部分は、そうした経験を通しての異文化コミュニケーションの在り方を、これも具体的な事例を通して解説しており、また、そしたことを通して、「夢」と「パッション」を持つことの大切さを説いています。

 読んでいて、「成功セオリー本」という感じを受けることは無く、むしろ「個」としての自分と言うものをしっかり持てという根本的なところを突いていて(日本人が弱い部分でもある)、自律的なキャリア形成を促す「自己啓発セミナー」を聴いている感じでしょうか。

 振り返ってみれば、著者自身、ルーティン化したサラリーマン生活に嵌ってしまうのが嫌で日本を飛び出したわけで、一見"華麗"に見えるキャリアも、最高学府を出ているとか頭の良さとかからくるものではなく、著者自身の、決して現状に充足しない成長願望の賜物なのでしょう。

 著者が親交のあるラグビーの平尾誠二氏、指揮者の佐渡裕氏、柔道の山下泰裕氏、将棋の羽生善治氏らのエピソードを挙げ、彼らのような天才と比べ自らを凡人であるとしつつも、そこから学ぼうと言う姿勢は謙虚且つ貪欲であるように思えました。
 但し、終盤にこれら著名人の逸話を多くもってきたことで、所謂「自己啓発セミナー」の観が、パターナルな方向で強まったかも知れません。

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典拠を1冊に絞っているのがいい。すらすら読めることが本書の狙いの1つ。読後感も爽やか。
もし高校野球の女子マネージャーが2.bmp   もし高校野球の女子マネージャーが (新潮文庫).jpg
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(2009/12 ダイヤモンド社)もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら (新潮文庫)』2015年文庫化

 タイトル通りの設定で、進学校の弱小野球部の女子マネージャーになった主人公の女の子・みなみが、「野球部を甲子園に連れていく」という自らに課したミッションのもと、偶然出会ったドラッカーの経営書『マネジメント』を片手に野球部の強化に乗り出し、ドラッカーの教えを1つ1つ実践して、やがて―。

 面白かったです。ドラッカーの数ある著作の中から『マネジメント―基本と原則[エッセンシャル版]』('01年/ダイヤモンド社)1冊に絞って引用しているので典拠が分かり易く、また、それらを旨く物語に織り込んでいるように思われ、これだと、かなりの読者を、元本(もとほん)を読んでみようという気にさせるのではないでしょうか。

上田惇生、糸井重里 nhk.jpg 著者は、放送作家としてバラエティ番組の制作に参加したり、「AKB48」のプロデュース等にも携わった人とのことですが、NHKの「クローズアップ現代」で「よみがえる"経営の神様"ドラッカー」としてドラッカー・ブームをフィーチャーした際に('10年3月放映)、ドラッカー本の翻訳者である上田惇生氏と共にゲスト出演していたコピーライターの糸井重里氏もさることながら、その糸井氏よりも著者の方がより"ドラッカリアン"ではないでしょうか(但し、本書とこの糸井氏出演のテレビ番組でドラッカーブームに火がついたとされているようだ)。

NHKクローズアップ現代「よみがえる"経営の神様"ドラッカー」出演:上田惇生(1938-2019)、糸井重里(2010年3月17日放送)

 本書を読んでこんな旨くコトが運ぶものかと思う人もいるかも知れませんが、ビジネス書(テキスト)として捉えれば、その枠組みとしての"お話"なので、そうした目くじら立てるのは野暮でしょう。ドラッカー自身が、オプティミストであったわけだし、バリバリの経営コンサルタントである三枝匡氏の 『Ⅴ字回復の経営』('01年/日本経済新聞社)だって、こんな感じと言えばこんな感じでした。

 主人公のみなみと親友の夕紀や後輩の文乃、野球部のメンバー達との噛ませ方は、ヤングアダルト・ノベルのストーリーテリングの常套に則っていますが、このYA調が意外とこの手の「テキスト」としてはマッチしていて、構想に4年かけたというだけのことはあります(著者自身、高校時代は軟式野球部のピッチャーだったと、朝日新聞に出ていた)。
 最初は主人公のみなみが"マネージャー"の意味を"マネジャー"と勘違いして、それが結果的にうまくいくというコメディにしようと思っていたそうですが、そうしなくて良かったし、そうする必要も無かった(でも、"マネジャー"って、日本語の発音上は"マネージャー"と言ってるなあ)。

 文章が稚拙との評もありましたが、飾り気の無い文体で、個人的にはすらすら読めたし、すらすら読めることが本書の大きな狙いの1つなのだと思います。読後感が爽やかなのも良かったです。

【2015年文庫化[新潮文庫]】

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一企業に膨大な個人情報が蓄積されることの不安。「検索」の次に何をしようとしているのか。

グーグル革命の衝撃 新潮文庫.jpg 『グーグル革命の衝撃 (新潮文庫)』  グーグル革命の衝撃 NHK.jpg 「NHKスペシャル"グーグル革命の衝撃"あなたの人生を検索が変える [DVD]

 NHKスペシャルで'07年1月21日に放映された「"グーグル革命"の衝撃~あなたの人生を"検索"が変える」は、思えばそれが自分にとって"Web2.0"的な世界を初めて認識した機会だったかも知れません。
 番組の内容はその年の5月に単行本化されましたが、本書はその後のグーグルとそれを取り巻く世界の動向を加筆し、2年の月日を経て文庫化したもので、単行本の方は読んでなかったこともあり、久しぶりにグーグルという企業の"凄さ"が自分の中で甦ってきました。

 まず、冒頭の広報チームの構成からして凄く、ハーバード・ロー・スクールの出身者であったりします。そして、番組にもあった、難解な数学の問題だけを表示した高速道路脇にあるグーグルの求人広告。優秀な人材を根こそぎ採用していて、普通の会社に1人か2人しかいないようなスーパースターが、グーグルにはごろごろいるとのことです。

 グーグルの検索結果の表示順位のアルゴリズムは明かされていませんが、本書では、グーグルの草創期の物語を通して、サイトのバックリンクの多さなど、その基本的な指標は明かされているように思います。

 グーグルの収入源である"グーグル・アドワーズ"、コンピュータがニュースを編集する"グーグル・ニュース"についても1章ずつ割いて解説されていますが、検索順位を上げることだけを目的としたリンクなどに対して、グーグルがどのように対処しているのかという話が、やはり興味深かったです。

 企業のグーグルでの検索順位を上げるためのコンサルティング会社の隆盛を番組で見た時は驚きましたが、今では「SEO対策」などといった言葉が日本でも身近なものになっています(アドワーズの代理店から、広告掲載を勧誘された経験を持つ人も多いのでは)。

 ここで本書が問題提起しているのは、情報収集の全てをグーグルに依存し、また、グーグルに個人情報の全てを委ねるようなライフスタイルが新たに現出しようとしていることです。

 本書で紹介されているサンフランコ市の例のように、グーグルが接続業者と組めば、そして、その接続業者が都市全体を無線LANでカバーするアクセスポイントを有していれば、グーグルには間接的に市民の個人生活情報が蓄積されることになり、これは、自治体や国家以上の情報を、それもナマの情報を、一企業が蓄積していることになるということではないかと。
 また、そうした情報は、マーケティング的立場から見れば関係者にとっては垂涎の的であり、これは結構危険な状態なのではないかと思いました。

 '06年のユーチューブの買収発表後も、最近では中国市場からの撤退表明やオンラインビデオサービス会社の買収など、依然話題に事欠かないグーグルですが、この企業が「検索サービス」の次に何をしようとしているのかということは、我々の生活にも影響が無いとは言えない気が、本書を読んでしました。

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人事の基本に原点回帰し、今日的かつ納得性の高い人事制度の再構築を探究した良書。

雇用ボーダーレス時代の最適人事管理マニュアル17.JPG雇用ボーダーレス時代の最適人事管理マニュアル.jpg 『雇用ボーダーレス時代の最適人事管理マニュアル』(2010/07 中央経済社)

 脱年功序列型賃金から成果主義への懐疑を経て、近年のダイバーシティ、ワーク・ライフ・バランス、ES(従業員満足)など、人事のとらえ方もいっそう多様化、複雑化していますが、ベテランの人事コンサルタントによる本書は、今求められているのは「強い会社」にするための「柔軟な」人事制度であるとし、トータルかつ実務的な観点からそれらを提案しています。

 第1編の「人事の新しい動きを解析する」においては、ダイバーシティ・マネジメント、エンプロイアビリティ、ジェンダーフリー、ワーク・ライフ・バランスなど、人事の最近のトレンドを表す概念をとりあげ、実態に沿ってその裏側を読み解き、「全体」か「個」か、「仕事」か「プライベート」かといった二者択一、オールオアナシング的な発想には限界があること指摘しています。

 それらの概念に限らず、管理職と一般社員、正規と非正規、日本人と外国人など、人事の世界に従来あった多くの価値基準のボーダー(境目)が今揺らいでいるとし、こうした"ボーダーレス"な時代において、人事担当者には、多元的な見方を養い、TPOを踏まえたバランス感覚が求められるとしています。

 第2編の「人事システム再構築の実践」においては、マネジメントシステムと連動する人事のフレームワーク(等級制度)、賃金システム、評価システム、能力開発とコミュニケーション・システム、パート社員の人事システムなどについて、制度構築のあり方を具体的に提案しています。

 例えば人事のフレームワークについては、縦に等級等の階層、横に職種を大ぐくりにした職掌を設定した骨格図をもとに、「能力」をベースに「役割」という概念を組み合わせた等級制度を提唱しており、ここにも「属人」か「仕事」かという従来の二者択一的な発想を超えた柔軟性が見てとれます。

 これに呼応するかたちで、賃金システムにおいては、例えば月例賃金制度の場合、能力給・役割給・業績給の3つの要素を階層別・職掌別にウェイトを考慮し構成する「複合型賃金体系」を、いくつかのバリエーションのもと提唱しています。

『雇用ボーダーレス時代の最適人事管理マニュアル』.JPG 賞与制度、退職金制度についても独自の提案がされており、評価システムについても60ページを割いて詳説、そのうえで、能力開発や非正規雇用の活用についても言及するなど、カバーしている範囲は広いですが、1つ1つの提案が、多くの図表をまじえ非常に具体的に記されているため、"総花的"な印象はなく、あくまでも、トータル人事制度という観点で書かれた、かっちりした実務書であると言えます。

 トータル人事制度について書かれた本があまり多く出版されていない中、小手先の制度改革ではなく、人事の基本に原点回帰し、今日的かつ納得性の高い人事制度の再構築を探究した良書だと思われ、また、徒(いたずら)に制度を複雑化させることをしていないため、中小企業においても、制度導入の参考にし易い本でもあるかと思います。

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まさに「教科書」だが、実務にも供する。時代遅れにならず、廻り道せず、偏らないために。

賃金制度の教科書2908.JPG賃金制度の教科書.jpg 『賃金制度の教科書』(2010/06 労務行政)

 '08年に労務行政から刊行された『人事評価の教科書』に続く「教科書」シリーズの第2弾で、本書『賃金制度の教科書』の後に『等級制度の教科書』『人材育成の教科書』と続きますが、いずれも実務者を読者層として念頭に置き、かつ、「教科書」と銘打っているだけに、分かりやすく書かれているのが特徴。また、この『賃金制度の教科書』は、シリーズの中でもややページ数は多い目です(336頁)。

 企業人事に携わる人事部門のマネジャーや賃金実務を担う担当者に向けて書かれた入門書であり、賃金の基本知識や、人事制度における賃金制度の位置づけ、制度の内容、これまでの賃金制度の変遷から、これからの賃金制度のあり方までを網羅しています。

 各論においては、基本給、諸手当、賞与、退職金について各1章を割いて、戦略的人材マネジメントという観点から、その政策的あり方や近年の動向、制度設計の実際までを解説しており、入門書でありながら、そのも密度はかなり濃いものです。

 年俸制についても1章を割いて解説していますが、年俸制は、これからの時代に大いに活用価値のある賃金の決め方であると思われ、個人的には、たいへん参考になりました。

 最後に、「多様な働き方の戦略」をキーワードとして、高齢者雇用制度の設計方法から入って、ダイバーシティに対応した「トータル人材マネジメント体系」の再編を提唱して締めくくっています。

 本書の位置づけは、「初めて賃金の実務を担当する人や労使の賃金担当者が、賃金決定の理論と実務の体系を学ぶことができる入門書」とのことですが、人事の最新トレンドを捉えながらも、先走りし過ぎること無くオーソドックスであり、かつ項目上も、理念と実務の関係上も、バランス良くまとまっていると思います。

 こうした入門書を初学者が読む場合、読む本によっては書かれていることが時代遅れで、かえって廻り道になったりすることもありますが、本書に関してはその心配はなく、アップトゥデートで偏りのない、"安心感"のあるテキストです(と思ったら、帯に、「もう旧い賃金テキストは捨てましょう!」とあった。確かに)。

 人事部門のマネジャーが新任の人事担当者などに薦めやすい本だと思いますが、その前に、まず自分自身が、制度づくりの理念的な面などを、本書を通して再チェックしてみるのもいいでしょう。

 また本書では、賃金制度の設計・運用等については、実務にストレートに供するような方法論や重点ポイント、具体的な事例などが、図説等を用いてかなり突っ込んで解説されています。
 
 かなり詳しく圧縮して書かれているため、全体を教科書的に一度通読しておいて、人事部に共有の参考書として部門に置いておき、課題が生じた際に参照するなり、勉強会のテキストとして用いるなりするといった利用法も考えられるかも知れません。

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50歳を過ぎたら管理者を除いて評価をやめ、給料も固定給にするというユニークな提言。

65歳定年時代に伸びる会社 ード.jpg65歳定年時代ロード.jpg65歳定年時代に伸びる会社.jpg
65歳定年時代に伸びる会社 (朝日新書)』['10年]

 産労総合研究所の人事専門誌「労務事情」の2009年3月1日号から9月1日号にかけて7回に分けて連載されたものに加筆修正して、1冊の新書にまとめたものです(連載時のタイトルは「定年前OB化―50代からのモチベーションアップにどう取り組むか」)。

 これまで多くの企業の人事制度を取材してきた著者によれば、企業に勤める社員は50代になると自分のゴールが見えてきてしまうために、定年前であるにもかかわらず、気分的に"OB化"してしまいがちであり、活躍の場を失って評価も給与も下がり、将来への希望も絶たれることから、「上昇停止症候群」「空の巣症候群」といったある種のうつ状態に陥るケースも少なくないと。

 本書では、そうした50代60代の社員の活性化を図るために、①中高年コーチ制度、②社内ダブルワーク制度、③マイスター制度、④NEWジョブタイトル制度、⑤社内人材マーケット制度などの多くの施策が提案されています。

 数ある本書の提案の中で最も目を引くのは、50歳を過ぎたら管理者を除いて評価制度の適用を廃止し、給料も固定給にすべきであるというものではないでしょうか。

 50代60代の社員を評価対象外とする理由として、①評価が処遇に反映されていないという現実からみて、評価する必要性があると思えない、②通常の評価制度では50代60代の社員に期待される役割能力を適正に評価することができない、③50代60代の社員を評価することのメリットよりも、かつての部下に評価されることで、プライドが傷つきモチベーションが下がるデメリットの方が大きいと考える、という3つを挙げています。

 そして、評価しないのであれば、50歳以降は固定給としてその後の昇給は行わず、そのかわり定年を65歳まで延長して、65歳まで50歳時の年収を固定することを提案しています。
そうすると、社員側からすれば、50歳以降の昇給分がなくても従来通りの生活水準を維持することは可能であり、企業側としても、人件費の伸びを抑えたまま65歳定年制を実現できるとしています。

 また、50歳以降は評価も昇給もしないという案に反発が予想される場合の施策として、評価は行うが、その結果を賃金にではなく労働時間(時短)やフリンジベネフィット(金銭外報酬)に反映させることなども提案しています。

 著者の新書での前著『人事制度イノベーション』('06年/講談社現代新書)では、同評価であれば上位職層ほど多く昇給するのが当然という従来の考えでは、バブル崩壊後に入社した社員は、いつまでたっても今の中高年の賃金水準に届かないと指摘し、若年層ほど成果主義の色合いが強い賃金制度にすべきであるという「世代別逆転」成果主義という考えが提唱されていて、企業の賃金制度の運用実態をよく知ったうえでの、パラダイム変革的な提言に思えました。

 本書での提言は、前著での提言と相互補完関係にあるともとれますが、同様にユニークかつ検討に値するものであるように思えました。
 但し、50歳以降は、上司と部下との間で定期的なコミュニケーション&カウンセリングの機会を持つことさえできれば、必ずしもそこに評価が介在する必要はないという考えは理解できる一方、50歳以降は昇給もしないということになると、中高年のモチベーションアップを図るための、中高年に特化した研修をそれなりに工夫しなければならないでしょう。

 本書はそのことをも踏まえ、そうした研修の在り方についても多角的な提案がなされています。賃金制度の在り方についての提案に目が行きがちですが、本書を読むに際しては、この部分を読み落とさず、自社適合を探ることが大切なのかも知れません。

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人事制度設計の実務テキストとして読め、現時点の傾向を再確認する上でも良書。

『役割・貢献度賃金―成果主義人事賃金制度の再設計』.JPG役割・貢献度賃金.jpg 
役割・貢献度賃金―成果主義人事賃金制度の再設計』['10年]

 日本経団連が2007年5月に「今後の賃金制度における基本的な考え方」として発表した、〈年齢や勤続年数を基軸とした賃金制度〉から〈仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度〉へ転換せよとの提言を受けて、日本経団連傘下の「人事賃金センター」が、人事処遇システムのあり方を、企業の実務担当者を交えて討議し、その内容を実務的な視点で取り纏めたものです。

 これからの成果主義人事・賃金制度のあり方を3つの視点(公平性・納得性の視点、仕事・役割・貢献度の視点、中長期的な人材育成の視点)から概説した後、「賃金体系」「等級制度」「賞与制度」「人事評価制度」のそれぞれについて、その目的や機能、今後の方向性や制度設計上の留意点等を、実務的な観点から解説、後半は、このワーキンググループに参加した企業の制度事例集になっています。

 賃金、等級、賞与、評価の4つのテーマそれぞれに1章を充てていますが、本のタイトルからみても、とりわけ「賃金」が核になるのではないでしょうか。
 定型職務、非定型職務のそれぞれについて、職群ごとにいくつかの賃金体系を提案していて、その内容は、概ね以下の通りとなっています。

◆定型的職務
 ① 一般事務職・現業技能職・販売職等
   ・職務給(単一型)+習熟給(積み上げ型)または職務給(範囲型)
   ・職務給(単一型)+習熟ランク給(習熟レベル別定額)
 ② 着任時に完全な職務遂行能力が求められる定型的職群
   ・職務給(単一型)
   ・職務給(単一型)+経験加給(積み上げ型)
 ③ 現業監督職
   ・職務給もしくは職能給(単一型)+成果給(業績給)
◆非定型職務
 ① 担当者の職務伸長等に応じて課業配分の一部分が変わる職務群(企画職、総合職等)
   ・職能給(範囲型)
   ・職務給(範囲型)
 ② 職務が一定レベルに達し自己裁量で職務を遂行できる職務群
   ・上限職能給+業績給(洗い替え方式)
 ③ 経営目的を達成するために役割等が予め決められた職位(管理職、営業職等)
   ・職務給(役割給)+業績給(洗い替え方式)
   ・職務給(役割給)+業績給(積み上げ方式)

 日本経団連の提言には、「従業員の異動などを容易にするためには、1つの職務に1つの賃金額を設定する"単一型"ではなく、同一の職務等級内で昇給を見込んで賃金額に幅を持たせる"範囲型"の制度とすることが一般的である」とある一方で、「職群ごとに賃金制度の基軸を変えるなど、自社の実情に合ったバランスのとれた制度とすることが望ましい」とあり、賃金制度に関するこうした木目細かい解説は、その提言に即したものであると言えるでしょう。

 また、このように仕事内容によって賃金制度に柔軟性と多様性を持たせるという考え方は、後半の企業事例(NEC、山武、JTなど大手企業中心)もほぼその考え方に沿ったものであることから、(先進的と言うよりは)現時点でのスタンダードであると思われます。
 コンパクトに纏められていて、賃金表の見本なども添えられていることから、賃金制度の設計に際しての実務上のテキストとなる本だと思います(但し、ページ数は多くないが、その分詰め込み気味なので、ある程度の実務経験者でないと、内容を十分に理解するのはきついかも)。

 このことは、「賃金」についてに限らず、等級、賞与、評価について書かれている部分にも当て嵌まり、それら制度のあり方についての自社適合を探る上で、本書に書かれていることは何れも押さえておきたいし、また、現在の人事制度設計の傾向を再確認する上でも、バランスのとれた(時代遅れでもなければ、進み過ぎでもない)内容であるように思いました。

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要するに「内発的動機づけ」理論。読みやすいが、ほとんど新味が感じられない。プレゼン上手。

モチベーション3.0 .jpgダニエル・ピンク(Daniel Pink).jpg
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』(2010/07 講談社)
ダニエル・ピンク(Daniel Pink)著述家、ジャーナリスト、スピーチライター。 Daniel Pink in 「TED」(日本語訳)

 タイトルから、新しいモチベーション論を展開している本かと思う人も多いのではないかと思いますが、そうではなく、これまでの動機づけ理論の流れを分かり易くまとめた1冊といった方が適切でしょう(読み易いことは読み易い)。

モチベーション3.0 週刊東洋経済.jpg 人を動かす力、つまりモチベーションを、コンピュータを動かす基本ソフト(OS)に喩え、〈モチベーション1・0〉が、生存(サバイバル)を目的としていた人類最初のOSだったのに対し、〈モチベーション2・0〉は、アメとムチ(信賞必罰)に基づく、与えられた動機づけによるOSであるとしています。
 そして、その〈モチベーション2・0〉は、ルーチンワーク中心の時代には有効だったものの、今日では機能不全に陥っているとしています。
from「週刊東洋経済」

 では、〈モチベーション3・0〉とは何かというと、それは、自分の内面から湧き出る「やる気」に基づくOSであり、活気ある社会や組織をつくるのは、この新しい「やる気=ドライブ」であるとしています(本書の原題は"Drive")。

 アメとムチによる〈モチベーション2・0〉がうまくいかない理由を、心理学の実験による検証例によって解説し、賞罰制度の問題点を指摘する一方、「内発的動機づけ」による"新しい"モチベーション論を展開していて、「全米大ベストセラー」の書とのことですが、6年前に日本でベストセラーになった、高橋伸夫氏の『虚妄の成果主義』(日経BP社)に書かれていたことと、成果主義に対する批判的検証の手法も含め、論旨はほぼ同じであるように思えました。

 「内発的動機づけ」理論は、高橋氏のあの本によって日本のビジネス界でも広く知られるところとなり、ある種の心理主義に過ぎないのはないかという批判もあった一方で、その後も、太田肇氏による「承認欲求論」や、キャリア発達論とリンクさせた「自律的人材論」として、より実務に近いかたちで理論的に深耕されてきたように思います。

 そうした中で本書を読んでも、それほど"新しさ"を覚えないのは当然であり(本書を読んで「目から鱗が落ちた」と今さら言う方が問題)、むしろ、行動心理学などの分野の多くの先達たちが唱えたことが分りやすく解説されているので、原点に立ち返る意味での復習と自己啓発にはいいかもしれません。

 事例紹介も豊富で、ベストバイの元役員が編み出したROWEという、仕事の成果さえあげればどこでいつ何をやろうが構わないという仕事のスタイルを、あるシステム会社で導入したところ、効率が大幅に向上し、しかもこの環境に慣れた人は年収が上乗せされても転職しない傾向が強いとか、アトラシアンというシステム会社では3カ月に一度「Fedex Day」というのを設けていて、これは「24時間、好きなことをしていいが、その成果を必ず上げること」というものですが、このFedex Dayから売れ筋商品が生まれることもしばしばだといった事例は、確かに、先進事例として分りやすいことは分かりやすいです。でも、どこかで読んだことがあるようなものばかりと言えなくもありません

Daniel Pink in TED.jpg また、〈モチベーション3・0〉の3つの要素として、「自律性」「マスタリー(熟達)」「目的」を挙げていますが、やりがいのある仕事を自律性のもとですることができて、さらにそのことによってスキルの向上が図れるのであれば、当然のことながら「やる気」は持続するであろうし、それが自らの人生の目的と合致するのであれば、なおさらのことであるという、言わば、当たり前のことを言っているに過ぎないともとれます。

 帯に、「時代遅れの成果主義型ver.2.0は創造性を破壊する」「停滞を打破する新発想!」とあり、この点での"新味"は感じられなかったものの、同じく帯に、「あなたは、まだver.2.0のままです」ともあり、頭ではわかっていても、実際にはまだ「信賞必罰」的な(マクレガーの「Ⅹ理論」的な)考え方に捉われがちな経営者やマネジメント層に向けた、"自己啓発本"とみていいでしょう(結局のところ、それほど悪い本ではないが、もの足りないといったところか)。

 訳者は大前研一氏(の名前になっている)。マネジメント誌などで取り上げられ、人事専門誌などでも、この「3.0」という考え方に沿った連載などもありましたが、流行ること自体は別に構わないと思うけれど...。

 ダニエル・ピンクは、2011年の「Thinkers50-経営思想家ベスト50」にランクイン(29位)。最近、自己啓発家色を強めているけれど、この人の代表作はやはり、米国クリントン政権下で労働長官の補佐官、ゴア副大統領の首席スピーチライターを務めた後、ホワイトハウスを出て1年間にわたり全米をヒアリング調査して纏めた現代社会論(同時に未来社会論でもある)『フリーエージェント社会の到来』('02年/ダイヤモンド社)でしょう(実務者が自己啓発家に転じる例は日本でも見られるが...)。

モチベーション3.0文庫.jpgモチベーション3.0 文庫.jpg【2015年文庫化[講談社+α文庫]】

   


モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか (講談社+α文庫)


【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント) 

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経営人事課題の直近のトレンドをよく纏めているが、"おさらい"的な分析に終始しているとも。

「いい会社」とは何か.jpg『 いい会社」とは何か9.jpg
「いい会社」とは何か (講談社現代新書)』['10年]

 「いい会社」とは何かという視点は、経営者だけでなく、人事の仕事に携わる人にとっても欠かせないものだと思いますが、本書は、リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所(RMS研究所)がこれを研究テーマとして取り上げ、「いい会社」とは何かを探ったものです。

 冒頭で、バブル経済以前から現在までの企業の置かれた環境と、その時々に試みられた人事施策を振り返り、企業における個人と組織の関係の変遷を追いつつ、現代においては、従業員の会社への信頼が低下し、働きがいは長期低落傾向にあるとしています。

 さらに個人の視点に立って「働きがい」とは何かを「マズローのZ理論」(マクレガーのY理論にX理論の強制的因と方向付けの要因を組み合わせた改良型Y理論)などを取り上げながら考察し、「働きがいのある会社」では、経営と働く人間との「信頼」が重要なファクターであることを指摘しています。

 以上を踏まえたうえで、財務的業績がいい企業が「いい会社」であることには違いないが、財務的に大きな飛躍はないものの、長く事業を継続している企業もまた「いい会社」であり、さらに、働く人の「働きがい」というのも、「いい会社」を考える上での大事な視点であるとし、「いい会社」とは何かを探る指標として、この「財務」「長寿」「働きがい」の3つを挙げています。

 さらに、「財務的業績がいい企業」と「長寿企業」に共通する特徴として、①時代の変化に適応するために自らを変革させている、②人を尊重し、人の能力を十分に生かすような経営を行っている、③長期的な視点のもと、経営が行われている、④社会の中での存在意義を意識し、社会への貢献を行っている、という4つを導き出し、それが、本書でいうところの「いい会社の条件」ということになるわけですが、以下、そうした「いい会社」に見られる経営者の考え方や経営人事面での施策を紹介しています。

 ③の「長期的な観点での施策」は、何らかのポリシーに基づかなければ長続きできず、そのよりどころとして、④の会社の「社会的存在意義」を挙げており、「いい会社」においては、企業理念や組織風土に「社会の中で生かされ、社会への貢献」という内容が組み込まれていて、そのことが企業の成長に一役買っていると分析しています。

 会社の「存在意義」を認識していることが信頼関係のベースであるということですが、その信頼関係をより強めるためには、「社員一人ひとりと向き合う」ことが大切であり、そのことが会社の業績を伸ばすことにも繋がるというのが、本書の言わんとするところでしょう。

 経営人事が抱える課題の直近のトレンドを探るうえではよく纏まっており(こうした、これまでの推移及び現状分析は、著者らの得意とするところ)、全体の論旨も、企業の社会的責任(CSR)から、働く人の多様な価値観(ダイバーシティ)へと旨く繋げているように思えました。

 ただ、あまりに旨く纏まり過ぎていて、突飛な主張に走っていないという意味では「抑制が効いている」とも言えますが、逆にあまり読み応えを感じないとうのが、個人的な感想です。

 「社員一人ひとりと向き合う」ことがいかに大変なことであるかは、筆者らも十分に認識しているのですが、その結論に至るまでの"おさらい"的な分析がメインとなり、結論部分の堀り下げは、やや中途半端なまま終わっている感じもしました。

 所謂「研究所」系のレポートみたい。最近の講談社現代新書って、こういうの多くないか?

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日本企業の強みを生かしつつ、時代の変化に対応するにはどうすればよいかということの処方箋。

人材の複雑方程式  日経プレミアム.jpg 『人材の複雑方程式(日経プレミアシリーズ)』(2010/05)

 '06年から'09年にかけてビジネス誌「プレジデント」に連載されたコラムがベースになっている本で、バブル崩壊後、2000年代初期(当連載の開始時期以前)にかけて導入された成果主義的な評価・処遇制度や人材ビジネスに関する規制緩和が、その後の企業の人材育成に複雑な変化をもたらしたことを、冒頭で指摘しています。

 具体的にどのような変化が起きたかというと、それは、人という資源の重要性、人材育成機能や働きがいの提供、働く人の経営に対する信頼など、人にまつわる基本要素が脆弱化したことであるとしていて、本書は全体を通して、そした傾向に警鐘を鳴らすとともに、そうした状況に対する多くの処方箋を示唆するものとなっています。

 前半部分では、日本企業の職場の特性とリーダーシップの関係について論じるとともに、なぜ日本企業においてリーダーが育たないのか、どのようなリーダー(フォロワーシップを含む)が今後は求められるのかを考察しています。

 中盤部分では、終身雇用への心情的回帰現象を踏まえつつ、会社と従業員の信頼関係の再構築を図るには何が鍵になるかを示し、また、その中での人的ネットワークのもつ経営上の価値というものを強調しています。

 そして、後半部分では、今後、人々の働き方の改革が始まるであろうことを前提に、企業はどのようにすれば、働きやすさや働きがいを従業員に提供することができるかを考察しています。

 本書で述べられている「リーダーシップの状況対応理論」などは、理論としては必ずしも目新しいものではありませんが、ベストリーダー像を固定観念で捉え、現場リーダーに過剰な期待を寄せてしまうことの危うさを説く論旨のなかで、「どこでもリーダー」という分かりやすい言葉で提唱されると、すとんと腑に落ちるものがありました。

 各論においても、個人情報保護、コンプライアンス、ワークライフバランスといった概念に対する盲従的な礼賛の危うさを、鋭く批判してしており、その箇所を読んで、それまで抱いていた何となくもやもやしたい印象が(やっぱりそうかということで)すっきり晴れる読者も多いのではないでしょうか。

 日本企業が長年にわたって培ってきた協働、人材の育成、コミュニティ、同質性の促進といった組織的な強み(こうしたものをいきなり否定してしまったのが2000年代初頭にかけての様々な施策だったとも言える。そうしたももの価値を再考させてくれるだけでも、本書の「価値」は高い)を生かしつつ、時代の変化に対応していくにはどうすればよいかということについて、多くの示唆を与えてくれる本だと思います。

 さらに、展開されているリーダー論、組織論、労働論に、現場で実際に仕事をしている人間の心理面に対する著者の洞察が織り込まれているのが良いです(組織行動論は著者の主たる専門分野)。

 但し、3年間の連載を1冊の新書に詰め込んだために、新書にしては密度が高い分、イシューが多すぎて「複雑」になったという感も否めなくはなく、内容が良いだけに、各論についてもっと踏み込んでもらいたかった気もしますが、新書では叶わぬ望みか。

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人事の課題について1テーマごとによく纏まって解説されている"テキスト"。

人事再考2909.JPG人事再考.jpg 『人事再考 ~プロが切り込む人事の本質~』['10年]

 同じコンサルティング会社(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)に所属する人事コンルタント(所謂"人事のプロ")が自主的に集い、人事制度・人事施策に関する近年の重点テーマを抽出し、自らの研究成果を共同執筆したもので、テーマごとに、その基本的な考え方から本質まで、理論から実務的な課題の解決方法までを解説しています。

人事フレーム」「目標管理制度」「業績連動賞与」「人事評価制度」「グローバル人材管理」「業務改善と人材育成」「モチベーション管理とES調査」「給与制度」「退職給付制度」の9つのテーマで、1人のコンサルタントが1章を執筆担当しています。

 各章とも、①テーマの本質、②テーマの本来の目的・意義、③テーマの具体的な設計法、④テーマのスムーズな運用方法、⑤まとめ(プロとしての主張)という構成で統一されているため読み易く、また再読し易いものとなっています。

 例えば「人事フレーム」について書かれた章では、能力・職務・役割に基づく等級制度のそれぞれの特徴を比較しつつ、「役割等級制度」の設計について具体的に解説するなど、人事制度の在り方の現時点でのスタンダードに即した内容であり、また、何れのテーマについても、それらについて再考することが企業の成長・発展に繋がっていくという考え方が貫かれているのがいいです。

 但し、「再考」という観点からすると、「目標管理制度」など一部で運用の形骸化が見られるものについては、本来の目的・意義に立ち返るという意味においてその言葉が当て嵌りますが、全般的には、1テーマ20ページそこそこという限られた紙数の中で実務的なポイントに触れ、事例なども掲げているいるため、紙数不足になってしまったと言うか、その分、今後に向けての提言という面ではやや弱いようにも思いました。

 テーマごとに要点整理され、簡潔に纏まっているという点では、経営者や一般のビジネスパーソンにも手にし易い本であると思われ、実務面での留意点を抽出し、ポイント解説しているという点では、これまで人事制度の策定にあまり携わった経験がない人事・経営企画の新任担当者にも読みやすい"テキスト"であると思います。

 書かれていることは何れも筋(すじ)論であり、そうした意味では良書だとは思います("一応"、評価は★4つ)、ハードカバー製本、関心を引くタイトルの割には、「論考」というよりむしろ「教科書」的な色合いの強い本のように、個人的には感じました(このままの内容で、日経文庫の1冊として刊行されていても違和感のない内容)。
 実際、実務面に関する記述のウェイトがそれなりに高いのですが、人事部以外の読者をも想定して、ビジネス書っぽい体裁にしたということでしょうか。

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組織にも「感情」特性ごとの処方箋。人間性善説に依拠した啓蒙書? 前著の方が良かった。

職場は感情で変わる.png職場は感情で変わる (講談社現代新書)』['09年] 不機嫌な職場―なぜ社員同士で協力できないのか.jpg不機嫌な職場~なぜ社員同士で協力できないのか (講談社現代新書)』 ['08年]

 前著(コンサルタント4人の共著)『不機嫌な職場―なぜ社員同士で協力できないのか』('08年/講談社現代新書)では、社員同士での協力関係が生まれないために、職場がギスギスして、生産性も向上せず、ヤル気のある人から辞めていく、こうした組織における協力関係阻害の要因はどこにあるのかを、「役割構造」「評価情報」「インセンティブ」という3つのフレームで捉えていました。

 例えば、「役割構造」の変化については、従来の日本企業の特徴であった個々の仕事の範囲の「緩さ・曖昧さ」が、協力行動を促すことにも繋がっていたのが、成果主義が導入されると、今度は、個々は自分の仕事のことしか考えなくなり、外からは誰が何をしているのかよくわからなくなって、仕事(役割)が「タコツボ化」しがちになっているが今の状態であるとし、そのことが結果として、組織力の弱体化に繋がっているとした分析は、明快なものであったように思います。

 前著共著者の1人による本書は、「ベストセラー『不機嫌な職場』の解決編登場!」というキャッチコピーで、組織にも「感情」特性があるという視点から、それを「イキイキ感情」「あたたか感情」「ギスギス感情」「冷え冷え感情」の4象限に分類し、それぞれの処方箋を示しています。

 「イキイキ感情」というのは、①高揚感(ワクワクする気持ち)、②主体感(自らやってみようという気持ち)、③連帯感(みんなでがんばろうという気持ち)であり、「あたたか感情」というのは、①安心感(ここにいても大丈夫だよという気持ち)、②支え合い感(お互いに助け合っているという気持ち)、③認め合い感(自分は必要とされているという気持ち)であって、「ギスギス感情」や「冷え冷え感情」を「イキイキ感情」「あたたか感情」に変えていくことが大切だが、それが行き過ぎて「燃え過ぎ感」や「ぬるま湯感」に陥らないようにしなければならないと。

 組織力は個々人の力と個人間のつながりで決まるとの考えに則り、まず、個々人が良い方向に変わっていくことから始めようという、その趣旨はわからないでもないですが、同じことが前著の範囲内で繰り返し何度も書かれているようにも思え、そのトーンも、何となく自己啓発セミナーそのそれに近い感じがしました。

 1人の人間が組織全体をも変えてしまうケースはままあるわけで、書かれていること自体を否定はしませんが、あまりに"人間性善説"的なもの(或いは、マクレガーの「Y理論」的なもの)に依拠し過ぎている感じ。

 前著『不機嫌な職場』とどちらか1冊と言われれば、前著『不機嫌な職場』の方が圧倒的にお奨めで、人事担当者、教育研修担当者や組織リーダー、チームリーダーが次に読む本としては、経営コンサルタントの高間邦男氏の『組織を変える「仕掛け」―正解なき時代のリーダーシップとは』('08年/光文社新書)あたりになるのではないでしょうか。個人的には、そちらの方が、より地に足のついた組織変革の実践論となっているように思えました。

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後輩をどう育てるか。すらすら読め示唆にも富むが、結局行動に移さないとだめ。その意味では「啓蒙書」。

9割がバイトでも最高のスタッフに育つ ディズニーの教え方2.jpg9割がバイトでも最高のスタッフに育つ ディズニーの教え方1.jpg 『9割がバイトでも最高のスタッフに育つ ディズニーの教え方』['10年]

 以前、『社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わった』(香取貴信 著、'02年/こう書房)という本がありましたが、何年かごとにこうした「ディズニー本」が出され、そのたびによく売れるなあと。
 個人的にも、10数年来、株主優待で毎年2回はディズニー・リゾートへ行くということもあり、そのせいもあってついつい買ってしまいます。

 本書も『社会人として...』と同様に元従業員によるもので、「9割がバイトでも...」というタイトルの付け方も旨いと思いましたが、著者自身は、東京ディズニーランドがオープンした1983年に第1期の正社員としてオリエンタルランドに入社し、ジャングルクルーズの船長などを務め、その後人事課などで社員教育畑を歩み、2007年まで在職していたというから、正社員としての年季は入っています。

 CS(顧客サービス)やホスピタリティをテーマにした本では、リッツ・カールトンを扱ったものがありますが(例えば、『リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間』(高野登 著、'05年/かんき書房)など)、本書はそれらを意識してか、リッツ・カールトンの場合は採用段階でサービス業に向く人向かない人を峻別する厳選採用を行っているが、ディズニーの場合は、アルバイト採用に応募してきた人を基本的に全員採用する方向で対応していると、その違いを明確にしています(但し、退職するバイトも大量にいることを考慮に入れる必要があるだろう。その意味では「9割」という表現には裏があるとも言える)。

 詰まる所「後輩をどう育てるか」という本であるのですが、非常に読み易く書かれていて、まず「育てる前に教える側の『足場』を固める」として、「理想の上司、先輩」とは、リーダーシップを持っていて、ゲストをよく見ている共に、後輩をもよく見ていてまめに声を掛け、改善点を見つけたら、すぐに改善するための行動を起こす人であるとしています(確かにディズニー・リゾートではキャスト同士が"声掛け"しているのを見かける)。
 逆に最悪の上司、先輩とは、自分のことしか考えない人、言うこととやることが違う人、面と向かって注意をしない人であるとのこと。

 「『教える喜び』を感じないと後輩は育たない」とし、ディズニーでは、熱意のある先輩が指導役に抜擢され、論理的に教えられること、心理的な工夫を施すこと、教えることに熱意をもつことが求められ、自分が扱われたように後輩は人を扱うため、先輩が後輩に笑顔で接するのは当たり前であるとされているとのこと。
 「見て覚えろ」では後輩は育たず、顧客満足度やモチベーション低下に繋がるだけであり、「すべての人にハピネスを提供する」というミッションを正しく理解したうえで後輩に伝え、先輩・上司が相互にきっちり理解していることが肝要であると。そのためには、リーダーが行動指針をもち、優先順位をはっきりさせると、後輩に迷いは無くなるとしています。

 「後輩との信頼関係を築く」には、リーダーシップをもって後輩と接することが大事で、まず自分が模範になるとともに、後輩に「いつも見てくれている」と意識させることが大切であり、その場合、気づくように堂々とみる、公平感・納得感を与える、といったことがモチベーションを高めることに繋がると。後輩の行動に何か感じたら声を掛け、また、成果だけに注目しないようにすると。

 間違った考えに染まった後輩を変えるにはどうすればよいかということも、自らの経験を織り交ぜて書かれていて、容易ではないが「人は変わる、人は育つ」ものあるとしています。

 「後輩のコミュニケーション能力を高める」には、まず後輩の"存在"を認め、顔を合わせて対応するようにし、思いやりをもって行動させるべきだとし、思いやりに行動がプラスされ相手は初めて感動するのであって、思いやる気持ちを育てるためのルールを作ることが大事であるとしています。また、価値観を共有させることが出来れば、人間関係が良くなるとも。

 後輩との面談・話し合い際しては、安心して話せる場所を選ぶことが大事だとしていますが、大勢のゲストがいる現場でそうしたことが発生した場合の対処法などもあり、これは、実際にパレードなどの現場でやっているのを見たことがあります(リーダーとスタッフが互いに背中合わせで話していたなあ)。

 「後輩のモチベーションを高める」にはどうすればよいか、「後輩の自立心、主体性を育てる」にはどうしたらよいかということにも触れられていて、それぞれ示唆に富む内容だったと思います。

 全体を通してすらすら読めてしまう本ですが、本書に書かれていることの大部分は「コーチング」の前段階である「ティーチング」になるのだろうなあ。ディズニーの場合、先輩がティーチャーとなり、その部分を徹底してやっているわけですが、パーク業務に限らず一般企業においても、コーチング以前のティーチングをもっとしっかりやった方がよさそうな会社がありそうな気がします。

 結局、頭で理解しても、実際に行動に移さないとだめなわけで、そうした意味では、テクニカルな本では無く、「啓蒙書」と言っていいのでは。

【2012年文庫化[中経文庫]】

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エピソードの纏め方が旨い。読み物を読むように楽しく読め、更に、元気づけられる。

58の物語で学ぶ リーダーの教科書.gif 『58の物語で学ぶ リーダーの教科書』 (2010/10 日本経済新聞出版社)

 長短58の豊富な物語を交えながら、リーダーになる不安の解消法から真のリーダーになるために必要なスキルをやさしく伝授した本。

 リーダーシップについて書かれた本は、理論中心のものは、"輸入物"の理論の付け焼刃だったりすることがあり、一方、事例中心のものは、著者の思い入ればかりが先行していたり、また、有名人を扱ったものは、あまりに"提灯記事"的な内容だったりして、読んでいて鼻白むことも少なからずあるのですが、本書からは、そのような印象は受けませんでした。

 第1章「リーダー・マインドを磨く」、第2章「PDCA能力をつける」、第3章「リーダーシップ発揮の13ステップ」、第4章「人の心を動かす」、第5章「部下を成功者に育成する」、第6章「上司を補佐する」、第7章「困難を突破する」という章建てになっていて、一応体系化されていて、各章ごとに解説されていますが、理論面はオーソドックスであり、やはり本書の特長は「58の物語」の方にあるのでしょう。

 無名の企業人の話から、松下幸之助、本田宗一郎、小倉昌男、カーネギーといった超有名経営者のエピソードまで、更には歌手・芸能人、スポーツ選手、はたまたアムンゼンみたいな探険家の話まで出てきて、持ちネタが広いなあ。
ただ広いだけではなく、エピソードの纏め方が旨くて、読み物を読むように楽しく読めました。

 著者は1948年生まれで、長年にわたり「企業遺伝子の事例・物語」の作成をライフワークとしてきたこの道のスペシャリストとのことですが、やはり、こうした上手な文章を書くには年季がいるのかも。

 個人的には普段あまり経営者の「伝記」的なものは読まないのですが、やはり松下幸之助などはスゴイ人だったのだなあとか、改めて感じました。

 啓蒙的に新任管理者を元気づけ、リーダーとしての指針を示す本であると同時に、ベテラン管理者であっても啓発効果を得られる本ではないかと思います。

【2014年文庫化[日経ビジネス人文庫]】

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「ベスト」にこだわり過ぎ? 読み易いけれども的が絞りにくい本のように思えた。

部下を思わずハッとさせる上司の伝達力.jpg 『部下を思わずハッとさせる上司(リーダー)の伝達力(ベストフレーズ)ですべてが決まる』 (2010/09 ごま書房新社)

 言葉というのは確かに大切だと思いますが、本書のように「ベスト型リーダーはベストフレーズしか使わない」となってくると、そんなに読者を追いこんでしまって大丈夫かなあと、あらぬ心配をしてしまいます(啓蒙書にありがちなパターン?)。

 そもそも、ベースとなっているリーダーシップ論が、縦軸を「人間関係」への関心度の軸、横軸を「成果」への関心度の軸としたマトリックスから成っていて、人間関係・成果への関心が共に高いのが「ベスト型リーダー」、以下、どちらかが高くてどちらかが低いか、或いは両方とも低いかで、「攻撃型リーダー」「温和型リーダー」「冷血型リーダー」と4つに類型化していますが、これは、60年代に提唱された「PM理論」でしょう。

 「PM理論」は、リーダーシップ論の最も基本的な概念を集約的に著す理論の1つであり、今の時代にも生かされるものではあると思いますが、組織状況によっては「P(Performance)機能=目標達成機能)」よりも「M(Maintenance)機能 =集団維持機能)」を重視した方がいいとか、或いは「M機能」よりも「P機能」を重視した方がいいといったことが考えられ、その後のリーダーシップ理論の主流となる「条件適応理論(状況対応理論)」各種の先駆け的要素も、そこには含まれていたわけです。

 それを、「ベスト型リーダーはベストフレーズしか使わない」みたいに、目指すは「ベスト型リーダー」しかないような前提を付与している点が、個人的には気になりました(啓蒙書の1つの典型的パターンともとれるし、アメリカ型の「マネジリアル・グリッド」の考えに近いともとれる)。

 本そのものは、大きな活字で読み易く書かれていますが、具体例として挙げられているリーダーフレーズ240例というのは、かなり総花的な印象もあり、これを状況によって使い分けろということになると、結局は、言葉使いよりも状況判断力の問題ではないかと(詰まるとこと、「状況対応理論」になっているとも言える)。

 部下との会話例には、状況説明が抽象的な一方で、言葉使いそのものは紋切型のようなものも多くて、分かりやすけれども何となく画一的なキャラクターを相手にしているような...。
 実際の場面で、いきなりこの通り使えるかなあ、かえって浮いてしまったりすることもあるんじゃないかなあという気がするものの、多々ありましました。

 確かに、本書に書かれている通り出来て、また、その効果が得られるならばそれにこしたことはないですが、自分には、読み易いけれども、いろいろな意味で的が絞りにくい本のように思いました。
 
 こ著者は、経営コンサルタントのようですが、どちらかというと、著作型と言うよりセミナー・講演型ではないのかなあ。

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リダーシップ論としては新鮮味が希薄。むしろ、コーチング乃至部下コミュニケーションの本だった?

部下の心をつかむたったひとつの大切なこと.jpg 『部下の心をつかむたったひとつの大切なこと』(2010/08 中経出版)

 本書では、「リーダーは、鬼となって引っ張らなくても、無理にほめなくてもいい」と言っていて、ではどうすればいいのかというと、「人間は『自分の感情や存在を認めてほしい』という強力な欲求(『承認欲求』)をもっている」ため、この欲求に働きかければいいのであって、そうすれば、命令したり、叱ったり、ほめたりしなくても、部下は自ら働いてくれるようになる―というのが趣旨です。

 趣旨前提の方向性には賛同しますが、基本的には、太田肇氏による「承認欲求論」の焼き直しで、殆ど新鮮味を感じませんでした。
 「幸福感をもって部下が動く、たったひとつの原理」とは、「内的選択で動くとき幸福で、外的強制で動くとき不幸」であるというのも、ここで言っている「内的選択」とは、高橋伸夫氏の言う「内発的動機付け理論」の焼き直し。

 タイトルから、リーダーシップの本かなとも思いましたが、そうして見ると新味に乏しく、むしろ、そうしたことを実践するにはどうしたらいいかが分り易く書かれていて、リーダーが知っておくべきコーチングの本ということだったかもしれません(いや、それ以前の、単なる部下コミュニケーションの本だったかも)。

 実践することによって意味を成す啓蒙書でもあると思いますが、本としてのレベル的には、管理職初心者向けというか、普段あまり理論書を読まない人向けでしょう。読み易いけれども、歯応えのようなものはやや希薄でした。

 どちらかというと、講演・セミナー的な内容ではないでしょうか。全否定するわけではなく、「コミュニケーション研究家」とのことなので、一回話を聞いてみたいと思わせるものはありました。

 それにしても「たったひとつの」とかいったタイトルが、この手の本には多いなあ。
 その「たったひとつ」が何かというと、同著者の前著『心を鬼にして叱るより無理にでもほめなさい』('09年/日本実業出版社)と、基本的にはほぼ同じことが書かれているので、な~んだと思う読者も多いのではないでしょうか。

 その意味では前著の焼き直しでもあると言え、まあ、啓蒙書によくある固定ファンというのがいるでしょうが、発刊日から間を置かず、ネットの書評で5つ星が並ぶというのは、身内の所為ではないかと...。

 でも、前著では、タイトルで「無理にでもほめなさい」と言っていて、今度は「無理にほめなくてもいい」となると、表現上の揚げ足を取るわけではないが、前著から"進化した"と言うよりも、ただ言葉の表現が粗いために一貫性が無いという印象にならざるを得ませんでした。

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管理職としてのリーダーシップ」のあり方を解説。理論と啓蒙のバランスがとれている。

管理職の心得 リーダーシップを立体的に鍛える.jpg管理職の心得―リーダーシップを立体的に鍛える』(2010/02 ダイヤモンド社)

 リーダーシップについて書かれた本は数多く、また、管理職の部下指導や部下とのコミュニケーションのあり方について書かれた本も多いですが、リーダーシップについて、企業経営の枠組みの中で、管理職の視点から体系的に解説された本は少なく、その点本書は、「管理職としてのリーダーシップ」に的を絞り、その全体象を示しているのが特徴的であると言えます。

 本書では、管理職としてのリーダーシップを、「自己のあり方」「他者との関わり方」「組織との向き合い方」という3つのフレームワークで"立体的"にとらえ、「自己」「他者」「組織」のそれぞれの視点ごとに、リーダーシップに関わる理論や概念の中から管理職にとって有用性の高いものを"厳選"し、その実践的な意味合いを平易に解説しています。

 MBAホルダーの著書らしく、マトリックスの図説によるリーダーシップ理論や概念の解説も多いため、理解しながら読み進むには、ある程度のコンセプチュアル(概念化)能力が必要。但し、テーマごとに起こりがちな事例が盛り込まれており、さらに、自己診断のためのチェックリストが挿入されていたりするため、若い読者であっても、自らが企業内で置かれている現実や、自分と上司や部下との関係に引き寄せて読むことが出来るかと思います(更には、章末に「まとめ」や「振り返り」項目が整理されていて、大変わかり易い)。

 管理職強化の方向性が、かつてのマネジメント力の強化から、時代の変化に対応したリーダーシップの強化へと移りつつある現況に即した内容の本であり、リーダーシップを組織のあり方との関係にまで拡げて論じる一方で、個人の成長にとっての"経験"の重要性を説くなど、理論と啓蒙のバランスがとれているのがいいです。

 リーダーシップについて書かれた本は、入門書であれば1理論を解説したもの(または、理論を羅列して個々に解説したもの)、啓蒙書であれば、1理論(またはそれをアレンジしたもの)を金科玉条のように唱えるか、自分個人の経験から得たことを絶対的な啓示の如く語るものが多いように思われ、そうした中では本書は、繰り返しになりますが、バランスがとれていると思います。

 本書内でのリーダーシップ理論自体の解説は、古典的なものから最近注目されているものまで、管理職にとっての「自己」「他者」「組織」のそれぞれのフレームの中で取り上げられており、例えば、「自己のあり方」を考える視点の中で、「パワー理論」や「PM理論」、「EQリーダーシップ」などが取り上げられています。
 但し、リーダーシップ理論を知ることを最終目的とした本ではないため、必ずしもそれらの理論の全てにおいて、名称や提案者、典拠が示されているわけではありません。

 管理職を目指すビジネスパーソンや、管理職を支援し、育成する立場にある人事部門や経営管理部門の実務家、更には、企業のエグゼクティブ層が読んでも得るところある本だと思いますが、実務家が管理職研修への利用等を想定して読むに際しては、論旨の背景としてあるリーダーシップ理論を、一応は全般的に、或は、関心を惹いたものについては個別的に、入門書乃至専門書でフォローしておくのが望ましいかと思います。

 著者も、そうしたことを想定してのことか、巻末には、参考文献の外に、各章に関連した書籍を「読書案内」として掲げています(これらを概観すると、理論の名称が示されていない部分についても、おおまかに典拠が分かる)。

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能動的フォロワーのモデルを提唱。さらっと読める本だが、扱っているのは難しいテーマかも。

ザ・フォロワーシップ―上司を動かす賢い部下の教科書.jpgザ・フォロワーシップ.bmp      Ira Chaleff.jpg アイラ・チャレフ(Ira Chaleff)
ザ・フォロワーシップ―上司を動かす賢い部下の教科書』(2009/11 ダイヤモンド社)
"The Courageous Follower: Standing Up To & For Our Leaders"

 組織においてリーダーがリーダーシップを発揮することが、組織を健全に成長させ、組織改革を正しい方向に導くうえで不可欠であるのは言うまでもないですが、一方で、強力なリーダーと従順なフォロワーという関係が最も望ましいとするパターン化されたイメージが、様々な組織において固着しているきらいもあります。

 そうした中、近年においては、リーダーを支えるだけでなく、リーダーを育て、必要に応じてリーダーに苦言を呈するなどの、"能動的"フォロワーとしての役割が注目されるようになってきており、本書では、リーダーとフォロワーの関係の考察を通して、そうしたフォロワーシップの新たなモデルが提唱されています。

 ちなみに、本書の著者アイラ・チャレフ(Ira Chaleff)は、ワシントンD.C.で議員コンサルタントをしている(併せて議員に仕えるスタッフの研修を行っている)エグゼクティブ・コーチングのプロで、原著は1995年に刊行されていますが(原著タイトル"The courageous follower")、その頃はアメリカでも、リーダーシップに関する本は多くあったものの、フォロワーシップをタイトルに掲げる本はまだ無かったとのことです。

 本書では、フォロワーはリーダーの重責に敬意を払いつつも、共に働く者として対等な人間関係を築き、堂々とリーダーを支えていくことが肝要であるとしています。

 序章では、フォロワーシップの手本として「勇敢なフォロワー」というイメージを掲げ、フォロワーには、「責任を担う勇気」「役割を果たす勇気」「異議を申し立てる勇気」「改革に関わる勇気」「良心に従って行動する勇気」の5つの勇気が求められるとしています。

 第1章では、組織は、共通目的とリーダー、フォロワーという3つの要素から成り、共通目的はリーダーとフォロワーを結びつける究極の接着剤であり、また、リーダーがフォロワーの行動や業績に責任を負うように、フォロワーもリーダーに対して責任があるとしています。

フォロワーシップe9.gif 第2章では、フォロワーにとって「責任を負う」とはどういうことなのかを説くとともに、フォロワーのタイプを、リーダーへの支援と批判の度合いにより、次の4つの象限に分けています。
  第一象限:支援(高)、批判(高)――パートナー
  第二象限:支援(高)、批判(低)――実行者
  第三象限:支援(低)、批判(高)――個人主義者
  第四象限:支援(低)、批判(低)――従属者

 第3章では、フォロワーにとって「リーダーに仕える」とはどういうことなのかを説いています。フォロワーはリーダーに影響を与え、リーダーのエネルギーを無駄に消費させないようにし、リーダーへの連絡が過剰にならないように調整したりし、リーダーに対する不満が執拗に語られるようであれば、組織メンバーにリーダーの長所を思い出させるようなサポートをする必要があり、リーダーに好意を持たないフォロワーとリーダーが親しく付き合えるような促しをする必要があるとしています。

 第4章では、フォロワーにとってリーダーに「異議を申し立てる」とはどういうことなのかを説いています。勇敢なフォロワーは、リーダーと結んだ「共通目的達成のための契約」の守護者になる必要があり、そのために、必要に応じてリーダーに異議を申し立てたり、リーダーが他のフォロワーから必要なフィードバックを受け入れられる環境を作る必要があるとしています。

 第5章では、フォロワーにとって「変革に関わる」とはどういうことなのかを説いています。「忠告さえすれば後の結果には責任を負わない」という姿勢はフォロワーとして好ましくなく、勇敢なフォロワーは、嵐が訪れる前にリーダーに変革を促して実行させ、危機を回避するまでの責任があるとしています。その際、リーダーに「自分は非難されている」と感じさせ、批判に対して耳を塞がせてはならず、「自分は理解されている」と感じさせ、耳を傾けやすくする必要があるとしています。

 第6章では、フォロワーにとって「道義的な行動を起こす」とはどういうことなのかを説いています。勇敢なフォロワーは、自らの選択や行為さえ道義的であればいいという考えをしてはならず、同僚やリーダーの選択や行為の道義性も考慮する必要があるとしています。フォロワーシップが最低限守るべきこととして、リーダーについていくかいかないか自らの決断に責任を負わなければならないとし、非道義的な行為が組織にある場合、組織内部にとどまって変革を起こすか、場合によってはリーダーへの告発・組織からの脱退も視野に入れなければならないとしています。

 第7章では、勇敢なフォロワーの必要性を説くとともに、勇敢なフォロワーに対してリーダーはどうあるべきかを説き、「フォロワーに耳を傾ける」ことの大切さを述べています。建設的な異議を正当に評価し、また、そうした建設的な意見を募るようなコミュニュケーション文化を築くのはリーダーの仕事であるとしています。

 大変分かりやすい言葉で書かれている一方で、実行するのは容易ではないと思われるものもありましたが、自分が今置かれている仕事面での状況や上司との関係を振り返りながら読むと、啓発される部分は多いのではないでしょうか(「道義的な行動を起こす」の章では、辞職を覚悟して行動しなければならないケースについても触れられている)。

 また、「リーダーに求められている勇気」として、「フォロワーに耳を傾けること」の重要性を説いている点は、上司が現在の部下やスタッフとの関係を見直すうえでも参考になるかもしれず、また、人事的な観点からすると、リーダーシップ研修などの人材育成においても新たな視座を提供しているように思えました。

 更に「人事部」的な観点から見ると、まず人事部は、会社内におけるポジション上、会社の理念や施策に関わることで経営幹部に直接上申したり、直接下命を受けたりすることが多く、そうした中、経営幹部と協調したり、或いは、考えが対峙することが少なからずあるかと思われ、そうした場合に(特に後者の場合)、思い切って苦言を呈し、自分が正しいと考えることを述べることができる、著者の言う「勇気あるフォロワー」にならなければならないのだろうなあと(著者の言を借りれば、「懲戒解雇より望ましくない結末」というのも世の中にはあるのだから)。また、そうしたことは、人事部内の管理職とスタッフの間でも起こり得ることであり、そこには、著者の言う「公正な争い」を通しての「成長と互いへの尊敬」がなければならないのでしょう。

 苦言を受け入れない上司を通り越して上の上司に掛け合う必要がある場合も想定されていますが、そうした場合における、直属上司に更に上の上司と会う旨を伝えるための絶妙な言い回しの例を並べるなど、「気配り」の大切さを説いたりもしています。

 さらっと読める本ですが、扱っているのは難しいテーマかも。状況の個別性や文化の違いなどから、本書の書かれていることの全てがすぐに実行でき、またそのことが有効に機能するかというと、そんなに生やさしいものではないという気もします。とは言え、フォロアーシップという概念だけでも、最低限、意識しておく価値はあるかと思います。

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"ダメ部下"の「見本市」?

ダメ部下を再生させる上司の技術.jpg 『ダメ部下を再生させる上司の技術』(2009/10 マガジンハウス)

 "ダメ部下"は職場と上司がつくるものであって、「会社なんでこんな奴を雇ってしまったのだろう」というような"ダメ部下"がいたとしても、それは上司次第で"再生"できるという考えに基づき、そのノウハウを示した本で、「上司学」の本であると同時に「コーチング」の本でもあると言いたいところですが、コーチングの諸原理をきっちりベースにしているとも言い難いような内容。

 冒頭の事例で出てくる"ダメ部下"の事例はヒド過ぎで、"お話"として読んでいる分には面白いけれども、採用面接で篩(ふる)い分けすべきレベルではないかと思いました。
 IT関連のような人の出入りの激しい業界や、著者の出身であるリクルートのように新卒・中途を問わず大量採用して、あとは"代謝"(退社)を促すシステムが整っているという会社ならともかく、普通の会社で、年中こんな事例に遭遇しているとすれば、人事部または採用担当者に問題があるのでしょう。

 その冒頭の事例と、本論で出てくる"ダメ部下"とでは、やや"ダメ"のレベルが違うような気がしたのですが、ケーススタディの後に、"ダメ部下"を「やる気×理解力」という軸で、
 ・A「やる気【高】×理解力【低】」=やることなすこととんちんかん KY(空気読めない)タイプ
 ・B「やる気【高】×理解力【高】」=「本当はできるはず」の薄幸な人 BL(Bad lac)タイプ
 ・C「やる気【低】×理解力【高】」=プライドが邪魔して素直になれない天邪鬼 AKY(あえて空気を読まない)タイプ
 ・D「やる気【低】×理解力【低】」=できないづくしのお荷物クン DM2(ダメダメ)タイプ
の4つに分類し、更に全体を24タイプに分けて、対処法を示しています。

 「4分類」にはまだオリジナリティがありますが、「24タイプ」というのは「分類し過ぎ」という感じがし、元の「4分類」がそもそも現象面の分析であってそれほど深くないのに、それをまた24に分けているため、単なる"ダメ部下"の羅列みたいになってしまって、事例集としては面白いのですが、対処方法が抽象レベル(啓蒙レベル)で止まっていたり、或いは、まさに対処療法的なものになってしまっている気がしました。

 項目個々については、「ああ、こんな部下、いるいる」という感じで読んで、「ああ、そうやって対処すればいいのか」と納得する読者もいるかも知れませんが、個人的には、「上から目線部下」「社内恋愛中部下」とか「顧客奴隷部下」「独断専行部下」といったネーミングのインパクトが先に立ち、"読み物"的に面白く書かれている割には、肝心なことは頭にあまり残らない気がしました。

 単に"ダメ部下"の「見本市」をやるつもりで書かれた本ではないと思うのですが、"ダメ部下"の描写に最もウェイトが置かれているために、結果としてそうなってしまっている?

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部下対応を二択クイズ形式で。事例と対処法が具体的なので、結構面白く読めた。

上司力100本ノック1.JPG上司力100本ノック.jpg上司力100本ノック~部下を育てる虎の巻』 (2009/06 幻冬舎)

 日常の仕事における部下の様々な問題に対し、上司としてどう対応すべきかを、全編二者択一のクイズ形式で問い、その答えと、どうしてそうなるのかを解説したもので、気軽の読めて、また、結構面白かったです。

 「指示待ちの部下」とか「報告しない部下」や、「態度がとげとげしい年上の部下」「孤立している部下」にどう対処するべきか、モチベーションを下げないで、且つ態度を改めさせるには、どういった形で声掛けすればいいいのかといったことが、具体例を基に答えと共に解説されていて、比較的答えの解り易いものあれば、結構判断の難しいものもあります。その辺りを難易度によって、「アマ級」「プロ注目」「プロ級」と分類しているのも、読みす進むうえでの指針となるかと思います。

 但し、頭で解っていても実際にやるのはそう容易でないものもあるように思われ、また、上司のタイプやこれまでの部下との接し方によって、合っているもの、会っていないものも一部あるように思われました。

 また、状況説明が比較的シンプルなので、ちょっとした周辺状況の違いによって、適当と思われる答えが違ってくるものもあるように思われ、その辺りは解説部分でも"条件付き"で解説されているものがあります。

 ただ答えを鵜呑みにして読み進むのではなく、そうしたことを自分でも考えながら読むといいのではないでしょうか。

 著者は、リクルートで「リクナビ」「就職ジャーナル」「ケイコとマナブ」などの編集長を歴任し、今は人材活性化コンサルタントであるとのことですが、『勉強会に1万円払うなら、上司と3回飲みなさい』('10年/光文社新書) などの著書もあります。

 そちらは読んでいませんが(Amazonのレビュアーの評価が意外と低かった)、『労政時報』などの人事専門誌にも寄稿していて、例えば『労政時報』の'10年4月23日号に「上司必読 メンバーシップ-組織に貢献する部下の心得」という20ページ以上に及ぶ特集記事を書いています。それを読むと、自らの経験から理論構築していてることが窺え、そのため実践的である印象を受けました。

 本書についても同じことが言え、読者によって相性は違ってくるかも知れませんが、自分にとってはまあまあといったところでしょうか(冒頭に述べた通り、面白く読めたのは事実)。

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リーダーシップ理論、動機付け理論を、その応用も含めて解り易く解説した入門書。

最新リーダーシップの基本と実践がよーくわかる本 7.JPG最新リーダーシップの基本と実践がよーくわかる本.jpg図解入門ビジネス 最新リーダーシップの基本と実践がよーくわかる本 (How‐nual Business Guide Book)』(2009/04 秀和システム)

自分に合ったリーダーシップの「型」をみつける.jpg リーダーシップの入門書で、リーダーシップと何か、リーダーに求められる資質とは何か、リーダーシップを発揮するための手段とは何かといったことから始まって、様々なリーダーシップ理論や動機付け理論が解り易く紹介されており、新任管理者からベテラン経営者までが読めるものとなっています。

 中核となるリーダーシップ理論については、「PM理論」「パス・ゴール理論」「SL理論」などの代表的なリーダーシップ理論から、「エンパワーメント・リーダーシップ」「EQリーダーシップ」「サーバント・リーダーシップ」といった今注目されているリーダーシップ理論、「ファシリテーション理論」「チームビルディング」「学習する組織」などの変革型のリーダーシップ理論まで紹介されていて、更に、「マズローの欲求段階説」「X理論Y理論」「動機付け・衛生理論」などの動機付け理論についても解説されています。

 加えて、部下をどう育成するか、部下との関係はどうするか、リーダーシップを人間関係に応用するにはどうしたらよいかといったことまで触れられていて、「年下の部下へのリーダーシップ」「年齢差のある部下へのリーダーシップ」「異性の部下へのリーダーシップ」から、「上司に対するリーダーシップ」「自分に対するリーダーシップ」などといったことまで、リーダーシップそのものを広く捉えています。

 全編を通して1テーマ見開き2ページの解説となっているのが解り易く、とりわけ、主要なリーダーシップ理論及び動機付け理論については、見開き2ページの理論解説だけでなく、それをどう現場で使うのかということについても、それぞれ理論解説の後に更に見開き2ページとって解説しているのが良かったです。

 「図解」とありますが、むしろ解説内容を箇条書きで整理したものが殆どで、本文の文章自体もよく纏まっています。
 但し、無理矢理2ページ単位に収めた観もあり、それぞれの理論をどう使うかという部分では、もっと突っ込んだ解説が欲しいところもあったように思います。
 まあ、そうしたことは、それぞれについて書かれた専門書を当たれということなのでしょうか。入門書として最低限の要件は充分満たしているように思います。

 リーダーシップに関する本は毎月のように書店に新刊が並ぶわけですが、そうしたものを行き当たりばったりて読んでいても身につかないし、効率も良くないと思います。個人の「経験談」は概ね「成功談」で、そうした成功体験が自分の置かれている時代や環境で応用可能かどうかは疑問があります。また、理論は理論で、先人の提唱したものに若干の改変を加え、自らのオリジナル商品のようにアピールしているコンサルファーム系の本もあります。1つの理論フレームに捉われてしまって、現実への応用という面で融通がきかず、いつまでも理論と実践とが結びつかないということも考えられます。

 まず本書のような入門書でリーダーシップの理論体系を把握し、次に自分にあったリーダーシップ・スタイルについて、出来ればその提唱者自身が書いたもの(翻訳で充分)に読み進むことが、自分なりのリーダーシップの「型」を見つける最も近道だと個人的には考えます。

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「●ピーター・ドラッカー」の インデックッスへ

分かり易いが、あくまでドラッカー中心。経営思想の入門書として手頃(専門書への"手引書")。

「超ドラッカー級」の巨人たち1.jpg 『「超ドラッカー級」の巨人たち - カリスマ経営思想家入門 (中公新書ラクレ)』['11年]

 「ドラッカーだけ読めば済むと思うな」との考えのもと、ドラッカー以下、C・K・プラハード、ヘンリー・ミンツバーグ、ジョン・コッター、マイケル・ポーター、フィリップ・コトラー、クレイトン・クリステンセンの7人のカリスマの人物・思想・理論を解説した入門書で、学者ではなく著述家による本ですが、そうしたこともあって大変分かり易く書かれています。
「超ドラッカー級」の巨人たち zu.jpg
 特徴的な点は、まずドラッカーの経歴や逸話を紹介した上で、ドラッガーがマネジメント論で重要とした「ミッション・人・組織」という三角形を成す概念と「戦略・マーケティング・イノベーション」という同じく三角形を成す概念を組み合わせて「六茫星」を作り、以下紹介される6人の経営思想家たちが、その内のどの分野について特に深く言及しているかを、各章の冒頭で図に示していることであり、それによると、6人の経営思想家の重点的カバー領域は次のようになっています。

・C・K・プラハード ...... ミッション・組織・イノベーション
・ヘンリー・ミンツバーグ ...... 戦略・人・組織
・ジョン・コッター ...... 人・組織
・マイケル・ポーター ...... 戦略
・フィリップ・コトラー ...... マーケティング
・レイトン・クリステンセン ...... イノベーション

 ドラッカー以外にこの6人でいいのかというのもありますが、関連する経営思想家も解説文中で紹介されています。そのうえで、各経営思想家が提言した、その考え方の中核となる概念を抜き出して分かり易く解説しており、経営思想の入門書としては"手頃"であるかもしれません。

 但し、新書1冊に7人なので、紙数の関係から、キーワードの羅列みたいになってしまっている部分もあり、その意味では"手頃"と言うより"手軽"と言った方がいいかも。むしろ、より専門書への手引書だろうなあ。

 各カリスマの経営思想の概略的な入門書としては悪くなく、それぞれの重点カバー領域を再確認するうえでもいいと思いますが、常にドラッカーをベースに解説しているムキもあり、こうなると、「超ドラッカー級」と言うより、皆ドラッカーの掌の上にいるような印象も...(実際は、そんなことことはないと思うのだが)。
 
 あくまでドラッカー中心であり、ドラッカーを軸として解説しているから分かり易いというのもあるのだろうなあ。

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「●働くということ」の インデックッスへ 「●岩波新書」の インデックッスへ

労働経済学者による社会哲学の本。自己啓発本にみたいな印象も。

希望のつくり方.jpg 『希望のつくり方 (岩波新書)

 労働経済学者で、『仕事の中の曖昧な不安』('01年/中央公論新社)などの著書のある著者の本ですが、『ニート―フリーターでもなく失業者でもなく』('04年/幻冬舎、曲沼美恵氏と共著)で「ニート」論へ行き、今度は「希望学」とのこと。
 但し、いきなりということではなく、東京大学社会科学研究所で'05年度に「希望学プロジェクト」というものを立ち上げており、既に『希望学』(全4巻/東大出版会)という学術書も上梓されているとのことです。

 冒頭で、希望の有無は、年齢、収入、教育機会、健康が影響するといった統計分析をしていますが、この人の統計分析は、前著『ニート』において、フリーターでも失業者でもない人を「ニート」と呼ぶことで、求職中ではないが働く意欲はある「非求職型(就職希望型)」無業者(本質的にはフリーターや失業者(求職者)に近いはず)を、(働く予定や必要の無い)「非希望型」無業者と同じに扱ってしまい、それらに「ひきこもり」や「犯罪親和層」のイメージが拡大適用される原因を作ってしまったと、同門後輩の本田由紀氏から手厳しく非難された経緯があり、個人的には、やや不信感も。

 但し、本書では、そうした数値で割り切れない部分に多くの考察を割いており、希望を成立させるキーワードとして、Wish(気持ち)、Something(大切な何か)、Come True(実現)、Action(行動)の4つを見出し、「希望とは、行動によって何かを実現しようとする気持ち」(Hope is a Wish for Something to Come True by Action)だと定義づけています。

 更に、これに「他者との関係性」も加え、社会全体で希望を共有する方策を探ろうとしていて、個人の内面で完結すると思われがちな希望を、「社会」や「関係」によって影響を受けるものとして扱っているのが、著者の言う「希望学」の特色でしょう。

 学際的な試みではあるかと思われ、「希望の多くは失望に終わる」が、それでも「希望の修正を重ねることで、やりがいに出会える」という論旨は、労働経済学やキャリア学の本と言うより「社会哲学」の本と言う感じでしょうか。

 実際、主に、キャリアの入り口に立つ人や、10代・20代の若い層に向けた本であるようで、語りかけるような平易な言葉で書かれていて(但し、内容的には難解な箇所もある)、本書文中にもある、'10年4月にNHK教育テレビで「ハーバード白熱教室」として放送されたマイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』('10年/早川書房)を意識した感もあります(あっちは「政治哲学」の話であり、ベストセラーになった翻訳本そのものは、そう易しい内容ではないように思ったが)。

 「希望は、後生大事に自分の中に抱え込んでいては生きてこない」「全開にはせずとも、ほんの少しだけでも、外へ開いておくべきだ」といった論調からは、啓蒙本、自己啓発本に近い印象も受け、『希望学』全3巻に目を通さずに論評するのはどうかというのもありますが、結局「希望学」というのが何なのか、もやっとした感じで、個人的にはよくわからなかったというのが正直な感想です。

 どちらかと言うと、中高生に向けて講演し、彼を元気づけるような、そんなトーンが感じられる本で、この人、労働経済学よりこっちの方面の方が向いているのではないかと思います。

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人事部の代弁者的? 特に目新しさは無く、やや物足りない。

文系・大卒30歳以上がクビになる.JPG文系大卒30歳以上がクビになる.jpg 『「文系・大卒・30歳以上」がクビになる―大失業時代を生き抜く発想法 (新潮新書)』['09年]

 大手コンサルテリング会社勤務のコンサルタントによる本で、刊行時はよく売れた本だった記憶がありますが、当時社会問題化していた「派遣切り」の次に来るのは、かつてのエリート社員たち、つまり「文系・大卒・30歳以上」のホワイトカラーの大リストラであるとしています。

 なぜそうしたホワイトカラーがリストラ対象になるかというと、「ホワイトカラーの人数が多いから」であり、また、給料が高いため「リストラの効果が期待できるから」であるとしています。

 そのうえで(散々煽った上で?)、若手ビジネスパーソンに向けて、「大リストラ時代」に備え、常日頃から自分のやりたいこと、できることを意識しておくよう説いています。

 マクロ的な労働市場の動向や企業が抱えている余剰人員の問題については、概ね書かれている通りだと思われますが、ホワトカラー正社員リストラが進行するであろうという話はすでに報道、書籍等の多くが指摘しており、また実際にそのようなリストラ計画を巷に見聞するため、特に目新しさは感じられません。
 リストラに対する個々の対応策も、既に言い古されている(やや漠然とした)キャリア論に止まっているような。

 むしろ、本書が読まれた(支持された?)理由は、ホワイトカラーは、「本当は必要のない仕事」を自ら作り続けてきて水ぶくれし、企業組織内で「がん細胞」のようになってしまっているのであって、まず自らが「がん細胞」であることを自覚し、「万能細胞」に生まれ変われるよう努めなさいという、その言い方のわかりやすさゆえではないでしょうか。

 但し、"生産性の低い"ホワイトカラーを組織内にはびこらせてしまった企業側の責任については、触れられていないのが気になりました(人事部の代弁者?)。

 本書の中にある「人事部長M氏が見た」リストラの事例は、若手ビジネスパーソンには、「ああ、会社はこうやってリストラをするのだ」とリアルに感じられるのかもしれませんが、人事部的な視点から見ると、"事例"ではあっても、"モデル"と言えるものではないように思います。

 もし、本当に企業が雇用調整を行うのであれば、中期の経営計画に基づき、なぜ雇用調整を実施しなければならないのかをより明確に定義し、再構築後のビジョンと併せて社員に示す必要があるように思います。リ・ストラクチャリングなのですから。

 希望退職を3ヶ月間実施し、その結果目標の1割しか応募がなく、そこで追加募集を4ヶ月間実施し、更にその後でようやく退職勧奨をを行っているのも、随分と悠長な印象を受けます。
 企業にとどめておく人材と退職を勧奨する人材をあらかじめ区分し、希望退職の募集と併せてすぐさま後者に対し退職勧奨を行うのが、一般にとられている方法でしょう。
 本書のようなやり方では、半年以上にわたって希望退職を募ることになり、社員全般の士気に及ぼす影響もさることながら、場合によっては、応募者が、失業保険で優遇される「特定受給資格者」の資格要件を満たさないとされる恐れもあります。

 一般向けの本なのでこんなものかな、と思いますが、人事的な観点から見ると、煽り気味のタイトルの割には、かなり物足りないように思います。
 この本自体が、人事部の代弁者的視点で書かれているともとれなくはなく、人事に対して何か新しい視点や情報を提供するところまでは要求されていないとも言えますが。

 巻末に参考文献として、本書刊行年('09年)にこれまで刊行された労働問題に関する本が8冊挙げられていますが、「ホワイトカラー」の歴史と現況についてよりきちんと把握しようとするならば、『貧困化するホワイトカラー』(森岡孝二著・ちくま新書)がお奨めです。

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雇用不安の打開策を冷静な視座から提言。入門書としても読みやすい。

日本の雇用 ほんとうは何が問題なのか.jpg 『日本の雇用--ほんとうは何が問題なのか (講談社現代新書)』['09年]

 執筆時点('09年上期)での雇用問題を分析し、その背後にある雇用不安を意識しながら打開策を考察した本ですが、著者はリクルートワークス研究所の所長であり、さすがに現状分析はシャープです。

日本の雇用 図.png 20年前に比べ今は、正社員が減って非正規社員は増えているが常用雇用率は減っていない、つまり常用雇用に占める「常用・非正規社員」の割合が増えているのであり(正規・非正規2元論から「正社員」「常用・非正規社員」「臨時・非正規社員」の3層化への雇用構造の変化)、また、企業がそれら「常用・非正規社員」を解雇することは、生産性維持のうえでも法規制のうえでも難しくなってきているとしています。

資料出所: 雇用のあり方に関する研究会(座長=佐藤博樹)(2009)『正規・非正規2元論を超えて:雇用問題の残された課題』リクルートワークス研究所

 続いて、「雇用創出」「ワークシェアリング」といった雇用対策が日本の労働市場においてどこまで可能なのかその限界を指摘し、「新卒氷河期」という言葉の"ウソを暴く"一方(この部分については、個人的にはやや異論はある―やっぱり氷河期じゃないの?)、今の雇用不安の中、企業にできることは何か、マネジャーには何が求められるか、働く個人は自らのキャリアとどう向き合うべきかをそれぞれ説いています(著者はここ数年、キャリア形成に関する本を何冊か著している)。

 また、国の雇用対策の三本柱(雇用保険、職業訓練、雇用調整助成金)について、その内容と限界を解説し、著者なりの提案をしていますが、この部分は純粋にそれらについての入門書としても読めます。

 そして最後に、格差問題の根底にある「正社員」の処遇問題を指摘し、ミドル層とシニア層の働き方や処遇の見直しを提案する一方、派遣社員については、登録型から常用型へ切り替えることで、派遣を一つの働き方として位置づける方向性を示唆しています。

 著者には、マネジメントの立場から雇用問題を扱った編著『正社員時代の終焉』('06年/日経BP社)がありますが、現状分析に紙数を割きすぎ、非正社員のキャリア志向の類型やそのマネジメントの要点にも触れていたものの、非正社員の活用に悩む経営者の期待にこたえきれておらず、全体として物足りなさを感じました。

 本書も分析が鋭いわりには提案の部分はやや漠としている感が否めなくありませんが、前著に比べれば"提言度"が高く、また、その対象も企業ばかりでなく、国や社会、働く個々の人々に向けてのものとなっています。

 主張は(新卒採用支援、人材派遣等がリクルートの業務ドメインであることを念頭に置いても)ほぼ筋の通ったものと思われ、声高になりがちな、あるいは難しくなりがちな雇用問題を扱った本の中では、冷静な視点を保持し、かつ入門書としても読みやすいものに仕上がっています。そのことが、本書の一番の特長かもしれません。

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就業規則の条文例が豊富。労務の現場で生じる諸問題に言及しつつ、分かりやすく解説されている。

就業規則作成&見直しマニュアル 改訂版.jpg  『就業規則作成&見直しマニュアル 【改訂版】』(2010/07 すばる舎)

 本書では、就業規則には、会社のルールブックとしての役割と、会社のHRM戦略の基盤ツールとして役割があるとし、こうした役割を果たすために就業規則が備えておくべき機能として、①労務コンプライアンスを確立させる機能、②労務リスクの管理を行う機能、③従業員に自社の人事制度を説明し、理解させる機能の3つを挙げています。

 このことを前提に、とりわけ労務トラブルを未然に防ぐという観点から、就業規則の作成と見直しの手順、採用・入社、退職・解雇、企業内秩序の維持・懲戒、人事・教育、労働条件、休日・休暇、賃金等について就業規則にどう定めるべきかが解説されています。

 安全配慮義務・母性保護、ワーク・ライフ・バランス(育児介護休業、在宅勤務制度等)、非正社員・パートタイマーについても言及されているなど、カバーしている範囲は広く、また、その都度、関連する条文例や判例解説が織り込まれていて、巻末にはモデル就業規則も付されています(さらに、版元のホームページから、各種別規程のサンプルがダウンロードできるようになっている)。

 これだけ詳しい内容でありながらも、平易な言葉を用いて分かりやすい文章で書かれているため、実務経験者の復習用、条文作成の参照用としてだけでなく、経営者や初学者にとっても参考書的に使えるものとなっています。

 平成21年4月の刊行の初版を、平成22年4月の労働基準法改正、平成22年6月の育児・介護休業法改正に合わせてアップデートした1冊で、労務の現場で生じる諸問題に言及しながら解説されているという点でも、お奨めできる1冊です。

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労働判例を体系的に編集した法科大学院の教材。実務的観点からの「質問」形式がいい。

『ケースブック労働法 [第6版]』.JPGケースブック労働法 第6版.jpg
ケースブック労働法 第6版 (弘文堂ケースブックシリーズ)』(2010/04 弘文堂)

 労働法をより深く学びたいという人の中には、法科大学院では労働法の授業はどのように行われているのかということに、関心を持ったことのある人もいるかもしれません。
 本書は、法科大学院の教材として編集された労働法のケースブックであり、具体的な事例を通して法律問題を実際的に考えることを主眼としているものです。

 労働判例を30講にわたって体系的に編集したスタイルは、2005年の初版から変わっておらず、今回から、これまで執筆者の1人であった菅野和夫氏が「監修」に回り、執筆陣には野田忍氏らが新たに加わって、門下の精鋭が集ったという感じでしょうか。

 各講の冒頭で簡潔にその講のテーマ解説するとともに、枝となるテーマごとに挙げた代表的判例のそれぞれについて、初歩的・基礎的な質問を最初に掲げ、順次、応用的な質問へと移っていきますが、学生がそれらについて議論することを想定したものとなっているため、各質問に答えが付されているわけではありません。

 判例集ならば「事実―判旨―解説」とくるところが、"教材"であるために「事実―判旨―質問」となっているわけですが、事実及び判旨の纏め方が、質問に対する答えを導く助けになるように詳細且つ分かり易く記されているため、独習者であっても、それを自分で考えることが出来るかと思います。

 また、それらの質問の視点から事実及び判旨に遡ることで、事例の判断のポイントが浮き彫りにされる一方、こうした法律問題の実際的解決においては、答えは必ずしも1つではなく、他の考え方、結論、解決もあることを示唆するものにもなっています。

 601ページ4,410円(税込、以下同)の価格は、法科大学院の授業を受けているつもりで読めば、お値ごろかも知れません(「質問」の答えは自分で考えるという条件が付きますが)。

 タイトルとしてとり上げられている判例数は、「ジュリスト」別冊の『労働判例百選〔第8版〕』(2009/10 有斐閣、248ページ2,600円、120判例を所収)とほぼ同じくらいで、参考判例も加えると、野川忍氏の『労働判例インデックス』(2009/04 商事法務、330ページ2,730円、160判例を所収)に匹敵するくらいでしょうか。

 『判例百選』が2002年以来7年ぶりの改訂で、前回から1割程度の判例の入れ替えがあったのに対し、本書は、前年版と比べても1割程度の判例の入れ替えを行っており、毎回、質問項目の時宜に適った追加、見直しなども行われていて、法科大学院等の授業でより使い易いようにとの執筆陣の熱意と配慮が感じられます。

 判例集としても読めますが、判例集との違いは前述の通りで、「質問」には実務的な観点が多く織り込まれていることから、単に法科大学院の教材としてだけではなく、「実務者」、「スペシャリスト」として労働法分野を深耕したいという人、労務問題の分析・解決能力を高めたいう人には、是非お奨めしたい1冊です。

 30講というのは大学の講義の一般的なコマ数と同じ。法科の学生や院生に対する授業でも、1年かけてこの1冊を全部出来るか出来ないかといったところだと思われるので、焦って全部一気に読む必要も無く、手元に置いて折々に開き、質問について考えてみるといった読み方になるのではないでしょうか(勿論、社内外でこうした本をテキストとして勉強会をやろうという機運があればベストだが)。

【2012年・第7版/2014年・第8版】

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顧問先の経営者に、相手方の誤解が解ける様に説明するうえでは、参考になる。

今すぐ捨てたい 労務管理の大誤解483  .JPG今すぐ捨てたい 労務管理の大誤解48.jpg
今すぐ捨てたい 労務管理の大誤解48』(2010/03 幻冬舎)

 「パート社員はみなし労働時間制にできない」「有能と見込んで採用した社員には当然高い給与を支払うべき」「労働時間は現場で作業している時間だけ」などといった、就業規則、雇用、賃金・労働条件、休日・休暇、残業・労働時間、雇用・リストラなどに関するよくある誤解を、開業歴30年と言うベテラン社労士が、何故それが誤解であるか解説した本で、「Q&A」ではなく「大誤解」としている点がミソでしょうか。

 「従業員の退職時に、有給休暇の請求を拒むことはできない」(残った有給を買い取り、引き継ぎ業務をさせることは可能。就業規則で引き継ぎをしなければ退職金を減額すると定めておく)といった、やや突っ込んだ解説を要する"誤解"もありますが、全体としては概ね基本的なポイントを押さえたラインアップとなっています。

 「あなたの会社に忍び寄る労務倒産の足音。今や会社倒産の引き金は売上げ減少でも値下げ競争でもなく、労務管理の甘さに起因している」というキャッチにあるように、どちらかと言うと「実務家」向けと言うより中小企業の「経営者」向けの本であると捉えれば、マニアックになり過ぎていないという点ではいいかも。
 逆に、この本に挙げてある48の誤解を、特に意識せず、何の問題もないと思い込んでいれば、それはやはり基本事項であるがゆえに「大」誤解なわけです。

 実務に近いところで解説されていて、労働法に関することに関わらず、メンタルヘルス問題など労務管理全般にわたって取り上げているのが良く、各解説の最後に「これで解決!」として、解説の趣旨を簡潔に纏めているのもいいです。
 また、各"誤解"を「大問題」「中問題」「小問題」と3つに区分しているのが興味深く、「大問題」はやはりお金に関係するものが多いかなあ。

 経営者にはお勧めですが、社労士とかには、ちょっと足りないかも。但し、コンサルタントが顧問先の経営者に、そうした問題についてきちんと相手方の誤解が解ける様に分かり易く説明するうえでは、参考になる本です。

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社会保険労務士、弁護士向け。実務担当者が「座右の書」とするに充分なレベル。

『ベーシック就業管理 [全訂版] 』.JPGベーシック就業管理 全訂版.jpg
ベーシック就業管理[全訂版] 労働時間・休日・休暇』(2010/01 生産性出版)

 同著者の著書『ベーシック就業管理[改訂版]』('99年/生産性出版)の11年ぶりの全面改訂版で、序章の「就業管理と就業規則」、第1章の「労働時間の基礎知識」から第7章「育児休業と介護休業をめぐる実務」まで、就業管理の根幹を成す「労働時間」と「休日・休暇」を中心に、日常の実務の現場で生起する諸問題を解決するための基準が網羅されています。

 社会保険労務士、弁護士、企業の実務担当者を利用層として意識したとのことで、労働時間、休日・休暇に関連する法令や行政通達、重要判例の殆どが、解説文の中に実務的観点から織り込まれているため、実務に供するばかりでなく、勉強会などのテキストとしても使えるものになっています。

 とりわけ特徴的なのは、みなし労働時間制について1章を割き、3種類のみなし労働時間制(事業場外労働制、専門業務型裁量労働制、企画業務型裁量労働制)を詳説している点と、いわゆる管理監督者の取扱いについて、これも新たに1章を割いて、「日本マクドナルド事件」の判例なども踏まえての突っ込んだ解説がなされている点です。

 平成22年改正労働基準法(月60時間を超える法定時間外労働の割増賃金率の50%以上への引き上げや時間単位年休取得の容認)、改正育児介護休業法の実務解説(代替休暇、パパ・ママ育休プラスなど)も詳しくなされていて、特別条項付時間外労働協定や各種変形労働時間制の実務と運用についても、わかりやすく解説されています。

 著者が前書きで示唆しているように、教科書的に一度はじめから通読しておいて、更に、実務上疑問や問題が生じた際に、辞書的に該当箇所を開いて使うという使い方をお勧めしたく、就業管理の実務担当者が「座右の書」とするに充分な、充実した、信頼度の高い内容と言えるかと思います。

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影響を受ける給与計算、社会保険実務まで含めて解説し、分かり易い。

平成22年施行 改正労働基準法.jpg 『Q&Aで疑問解決!労使協定書や規定例など書式も満載!人事労務担当者の疑問に応える 平成22年施行 改正労働基準法 (フロントラインシリーズ)』(2009/12 第一法規株式会社)

 平成22年施行の改正労働基準法とは、その概略だけ言えば、①月60時間超の時間外勤務の特別割増率を50%とすること、②その割増賃金の支払いに代えた「代替休暇」の付与が認められたこと、並びに、③有給休暇の時間帯付与が条件付きで認められたことで、他にも、④月45時間超60時間未満の超過勤務に対して25%+αで、労使で合意した割増率を定めなければならないというのもありますが...(これ、25%のままにしておく場合にも労使協定を結ぶ必要があることを、意外と忘れがち)。

 本書は、法改正の内容や実務上の対応、労使協定の結び方や就業規則等の整備の仕方について、テーマごとにQ&A方式で解説したもので、コンパクトに、よく纏まっているように思いました(労使協定や就業規則については、事例を掲げて、更にQ&A方式で解説しているため、たいへん分かり易い)。

 編著者の岩出誠弁護士が改正法の概要を解説したあと、実務上の対応や取り扱いに関しては、岩出氏が代表を務める法律事務所(ロア・ユナイテッド法律事務所)に所属する弁護士4名と社会保険労務士2名が分担して解説していて、タイトルに「人事労務担当者」とあるように、規程の整備の仕方だけでなく、給与計算・社会保険事務等の対応についても書かれているのも、本書の特徴でしょう。

 例えば、「代替休暇を取得しなかった場合の割増賃金清算分が、本来は定時改定の算定対象期間に当たる場合」に、算定に算入させなくてもよいかどうかといった疑問には、社会保険労務士が回答しています(答えは「算入させなくてもよい」)。

 今回の改正労基法に対する各社の対応は、事前には注目されるものでしたが、各社の対応が一段落した平成22年度末頃の時点で、「代替休暇」や「時間単位年休」を導入した企業はごく少数であったことが判明しています(適用規模の企業の5%ぐらい)。

 代替休暇取得管理の労務コストからすれば予想通りの結果とも言え、穿った見方をすれば、行政の意図は「面倒なことをしなくて済むように残業を減らせ」というものだったのが、大部分の企業は、結局は「金銭的解決」の方へ流れ、行政の意図は空振りに終わったということではないでしょうか(更に言えば、どれだけ残業させても、金を払えばそれで良いという風潮を助長したとも)。

 法改正時、産労総合研究所の人事専門誌「人事実務」の解説記事中に、申請により代替休暇を与えるのではなく、付与することをデフォルトとするような再改正が望まれるといった"意見"がありましたが(社会保険労務士・藤原伸吾氏)、その通りだと思います。

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改正労基法の施行に伴って出された省令・通達をフォロー。

「労働時間管理」の基本と実務対応  第2版.jpg 『労働時間管理の基本と実務対応 第2版』(2009/12 労務行政)

 初版(2009年3月刊行)が、平成21年4月1日施行の労働基準法改正(時間外労働の割増賃金率の引き上げ、時間単位の年休制度)について一応は解説されていたものの、平成21年5月29日付の厚労省通達(基発第0529001号)が出される前の刊行であったため、さらっと触れている程度だったのに対し、第2版では、その後に出された省令や上記通達などをフォローしています。

 但し、初版の評でも書いた通り、全体としては、あくまでも「解り易さ」と「実務対応」を主眼とし、あまり個々の解説がマニアックにならないようバランスを配慮しされているため、使い易さは替わりません。
 とにかく図説が分かり易い。初版を買った人も、決して損はしていないと思いますが、今買うならこちらか。 

 しかし、月60時間超の時間外労働に対する5割の割増の内、通常の割増分を除く2割5分の割増について、労使協定に基づき代替休暇を付与できるという仕組みは、結局のところあまり導入されておらず、殆どの企業が5割増の割増賃金を支払うことで対応することにしているようです。

 もし、この仕組みを採り入れようとすると、システマティックな電子申告のシステム乃至、煩雑なヒューマンコンタクトの必要がが生じるため、大手のコンピュータのシステムやソフト関連会社では、自社用に作ったシステムが外部顧客向けの商品にもなるというメリットがあるかも知れませんが、それ以外の企業では、そうしたシステムに買い替えるのにも手間とコストがかかるし、と言って、人事部がいちいち従業員に、休暇取得の予定を確認してなんかいられないということではないでしょうか(予定だけでなく、実際に代替休暇を取得したかどうかも確認しなけらばならず、2ヵ月間の間に取得されていなければ、結局、翌月の給与で2割5分増しの割増賃金を支払わなければならない)。

 結果として、「5割増の割増賃金」を支払えば月60時間超の時間外労働をさせても構わないといった構図を作ってしまっており、今回のこの法改正は、「改悪」に思えてなりません。
 
  それにしても、細かい労基法の改正は、執筆者泣かせかも知れません(それで「商売になる」との見方もできるが)。
 法改正の内容は予め分かっているのだけれども、明文化されているのは概要のみで、実際に実務において判断に迷うような点については、施行後に省令や通達で示されるというパターンが定着したような感じもあります(最近では、従来の「指針」に該当する「Q&A」集みたいなのも多い)。

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現在の雇用が直面している問題について判例状況を概観できる。

労働判例百選 第8版.bmp                      労働判例インデックス.jpg
村中 孝史/荒木 尚志 『別冊ジュリスト No.197 労働判例百選 第8版』/野川 忍 『労働判例インデックス』[第2版]

 『労働判例百選[第8版]』('09年10月/有斐閣)は、昭和33年から平成20年6月までの主要な労働判例を「120件」掲載したもので、各件見開きで、「事実の概要」「判決趣旨」「解説」という構成になっており、248ページで2,600円。

 '02年以来7年ぶりの改訂ですが、第7版が133件であったのと比べやや絞り込んだ模様で、新規判例11件、判例差し替え8件、上級審または下級審に差し替え3件、収録中止判例27件となっています。

 新規判例は、最高裁の新判例に関するもの、労働者派遣、年俸制、会社分割など最近重要視されているものを取り上げ、現在の雇用が直面している問題について判例状況を概観できるようにしたとのことで、具体的には、「泰進交通事件(労働組合の労働者供給事業)」、「伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件(労働者派遣)」、「フジ興産事件(就業規則の効力と周知)」、「日本システム開発研究所事件(年俸制における年俸額決定)」、「神代学園ミューズ音楽院事件(労働時間の適用除外)」、「東朋学園事件(産前産後休業と出勤率算定)」、「ネスレ日本事件(長期間経過後の懲戒処分)」、「トナミ運輸事件(内部告発)」、「第一交通産業(佐野第一交通)事件(親会社による子会社の解散と労働関係)」、「日本アイ・ビー・エム(会社分割)事件(会社分割と労働関係)」、「東芝労働組合小向支部・東芝事件(脱退の自由)」の8件であり、こうして見ると、新設された公益通報者保護法や労働契約法、改正された均等法などへの意識も窺えます。

 『労働判例インデックス[第2版]』('10年10月/商事法務)は、初版('09年4月)が『判例百選[第8版]』より半年早く刊行されたもので、多くの法律家によって書かれている『判例百選』とは異なり単独執筆です。
 初版では、昭和27年から平成20年6月までの主要な労働判例を「160件」掲載しており、それが第2版では「168件」に増えていますが、これも改訂ごとに増えて行くのかなあ。
 同じく各件見開きで、「概要」「事実関係」「判決趣旨」「本判決の位置づけ・射程範囲」「解説」という構成になっており、社版が330ページで2,730円だったのが、第2版では353ページになっていますが、値段は変わらず!
 
 必要に応じて図解があるのが分かり易く(文字ばかりの中に図があるとほっとする?)、最後に「さらに理解を深める」とあって、その判例に関係する資料等が掲げてあり、その中に『判例百選』もありますが、当然のことながら、初版で参照しているのは「第7版」までだったのが、今回の改定で「第8版」まで参照するようになっています(『判例百選』にも「参考資料」が末尾にあるが、参照しているのは「ジュリスト」か過去の『判例百選』が殆ど)。

 見易さで言うと『インデックス』の方が見易いけれど、これの初版を先に買った人は、『判例百選』の8版の方が少し気になったはず。しかも、その後、1年半で第2版が出て...。

 何れも手元に置いておきたい本・冊子ですが、判例本は買い時が難しい?

『労働判例インデックス』...【2014年・第3版】

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顧問先との会話形式で法令と実務の橋渡し。相手に「理解させる」手順がわかる。

日本一わかりやすい  人事労務管理相談室』.jpg日本一わかりやすい 人事労務管理相談室.bmp
日本一わかりやすい!人事労務管理相談室』(2009/08 日本法令)

 名古屋の「名南経営」のブログの管理者でもある社会保険労務士による本で、前著『日本一わかりやすい退職金・適年制度改革実践マニュアル』('08年/日本法令、『中小企業の退職金・適年制度改革実践マニュアル』('05年)の改訂版)は、税制適格年金の「中小企業退職金共済」(中退共)への移行までの道筋を、企業側とコンサルトントとの会話形式で解説していて、たいへん分かり易いものでした。

 今回は、採用、退職、労働時間、休日・休暇、懲戒、解雇などの企業内で日常または非常時に発生する労務管理上の問題について、それぞれに重要事項をピックアップし、前著同様に、コンサルタントが中小企業の経営者の相談を受け、総務部長、総務担当者を交えて討議し、適正な判断や処置を示すという形になっていて、読み物を読むようにすらすら読め、それでいて、実務に沿った形で重要ポイントはしっかり抑えているなあという感じ。

 社会保険労務士など労働法の専門家であれば、本書に書かれていることは、本書を読む前から知っていなければならないことばかりだと思いますが、コンサルティングという観点からみると、労働関係諸法令と実務の間をどう繋ぐか、また過去の判例をどのような時に参照するか、更には、(これが本書の最大のメリットなのだが)顧問先にどのような手順でどこにポイントを置いて話せば、先方の充分な理解を得ることが出来るかということが、手に取るように分かるのがいいです。

 時節柄、雇用調整の進め方といった話も出てきますが(いつものこのシリーズの顧問先である印刷会社の社長のところへ、自動車部品メーカーの社長が相談に来たという設定になっている)、愛知は自動車関連産業の雇用情勢が厳しいからシズル感があるなあと思いつつも、"大熊社労士"のアドバイスは、雇用調整のステップの手順をしっかり踏まえたものになっていると思いました。

 平成21年8月の刊行ですが、平成22年4月施行の改正労働基準法にも対応していて、メンタルヘルス不全で欠勤を繰り返す社員への対応問題など、トピカルなテーマも扱っています。
 新任の人事部員などにも、読ませ易い本ではないかと思います。

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6年ぶりの改訂版。初版以降の裁判例を織り込んでの解説。

詳細!最新の法令・判例に基づく「解雇ルール」のすべて20.JPG詳細 最新の法令・判例に基づく「解雇ルール」のすべて.jpg詳細!最新の法令・判例に基づく「解雇ルール」のすべて』(2009/08 日本法令)

 著者は、'09年の日本経済新聞の「企業法務・弁護士アンケート調査」で1位となった安西愈弁護士の事務所に所属する弁護士で、本書は'03年刊行の『詳細!改正労基法「解雇ルール」のすべて』の6年ぶりの改訂版。
 「解雇ルール」に関係するもので、前回からの法改正としては、労働契約法における解雇規制の明文化などがあります。

 3部構成の第1部では、そうした労働法の初版以降の改正の背景及び内容を紹介すると共に実務への影響を検討し、第2部では、これまでの裁判例を整理しながら、解雇に関わる諸問題について解決の手掛かりを示し、第3部では、解雇紛争を解決するための諸手続きを解説しています(構成自体は旧版と同じ)。

 実務上の読みどころは、第2部でしょうか。どのような解雇が有効となり、或いは無効になるかが、初版以降の裁判例も含めて紹介しつつ解説されています。解雇全般について概説したうえで、「通常の普通解雇」「整理解雇」「懲戒解雇」の3分類に沿って、直近のものも含めた裁判例をもとに、それぞれを詳説していく形をとっています。

 解説の文中では裁判例が比較的長文で引用されていますが、これは読者の理解をより深めるためであって、判例タイトルが太字斜字体になっているので、それほど読むのが苦ではありません。

 判例の解釈もシャープで、著者なりの考え方が示されている箇所もあり、最後に本文でとり上げた300以上の判例の索引が付いているのも丁寧だと思います。

 労基法改正(労働契約法)により解雇権濫用の法理が明定されたわけですが、それは「合理性」という抽象的な概念に拠るものでしかありません。
 結局のところ、実務において、どのような解雇が有効となり、どのような解雇が無効となるか、要するに「解雇ルール」に適っているかどうかは、判例を当たるしかないというのが現実だと思います。そうした意味では、理に適った構成になっていると思います。
 
 いつもそばに置いておきたい1冊。旧版を持っていますが、判例が更新されているということもあり、改訂版も購入しました。

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"還暦記念講演"と言う割にはアグレッシブ。但し、企業側担当者の実際対応については現実論か。

実務の現場からみた労働行政.bmp 『実務の現場からみた労働行政』(2009/06 中央経済社)

 「サービス残業」「偽装請負」「名ばかり管理職」の三つ問題に関する労働行政の現状と企業側の対策について弁護士が述べた本で、のっけから、行政には「頭を下げていうことを聞くな」とあり、著者の"還暦記念講演"を本にしたものと言う割にはなかなかアグレッシブな内容です。

 著者は、この3つの問題の本質は「賃金論」にあるのではなく、労働者の「安全と健康保護」にあるとしています。行政も基本的には同様の考え方をしているものの、現場においては本来の権限に基づかない誤った指導がなされていたりするとして憤っています。

 例えば、労働基準監督官には、労働基準法や労働安全衛生法に関する違反について是正指導・勧告権限があっても、職業安定法や労働者派遣法違反についての指導権限はないとして、その根拠を示すとともに、その指導は法や通達に基づいてのみなされるべきもので、マクドナルド事件などの判例を引き合いに指導を行う監督官がいるのはおかしいとしています。

 また、過去の通達等の矛盾点を探り、そうした矛盾がなぜ生じたかということから行政のスタンスの歴史的変遷をあぶり出しています。
 「名ばかり管理職」で焦点となった「管理監督者」についても、「管理者」と「監督者」が一括りで議論されているが、かつてはきちんと区分されていたとしています(マクドナルド事件は「管理者」の問題ではなく、「監督者(=部下を持っている人)」問題であるとしている)。

 基本的には、法律論は根本に立ち返って深く論じる一方で、監督官の指導などに対して企業側がどう対応すべきかについては、現実論で述べています。

 割増賃金未払いについても、「最低賃金」をはるかに上回る水準の賃金が支払われている場合でも、当該労働者の「通常の賃金」がその算定基礎になっていることに対して、法的観点から疑念を呈する一方、現実対応においては、基本賃金の未払いに比べて割増賃金未払いに対する「送検率」は極めて低いことを念頭に置き、「遡及是正期間3カ月」という相場を理解して対応すべきであるとしています(まあ、労基署としても、もしも民事訴訟になって「2年間の遡及」で決着したら、立場が無いというのはあるのかもしれないが)。
 
 また、労働基準監督署の臨検監督についても「定期監査(=年間監督計画に基づき法令の全般にわたって行われる監督)」なのか「申告監査(=労基法104条1項に基づく労働者から法令違反等の申告により行われる監督)」なのかを監督官から聞き出すことも大切であるとしています。

 著者ほどの著名弁護士だからこそ、こうしたことを堂々と言えるのではないかという見方もあるかもしれません(自分自身、そうではないかと思える面もある)。しかし、著者の言わんとすることは、監督官の指導にただ闇雲に従うのではなく、法の趣旨はどこにあるのか、その効力の範囲はどこまでなのかを踏まえて対応することが、本当の意味での企業防衛につながることになると、個人的にはそのように受け止めました。

《読書MEMO》
●章立て
第1章 会社が生き残るためには何が必要か
     労働行政の誤りとその影響
 労働者との約束を守ることの重要性
 経営論、経営手法としてのコンプライアンス
第2章 労働基準法の理解が問題解決のカギ
     「サービス残業」、「偽装請負」、「名ばかり管理職」問題の本質
 サービス残業問題と労働者の安全・健康
 偽装請負問題の本質
 名ばかり管理職問題の本質
 憲法と労働基準法の関係
 労働基準法の3つのポイント
第3章 サービス残業問題と実務対応のポイント
     「実働8時間」の意味と労働時間の把握
 割増賃金の遡及是正と実務対応
第4章 偽装請負問題と業務委託の適正化
     偽装請負の現状と行政の対応
 告示37号と行政指導の誤り
 偽装請負の判断基準と適正化策
第5章 名ばかり管理職の問題と実務対応のポイント
     マクドナルド事件判決のポイント
 管理監督者の正しい解釈
 管理職の健康をどう守るか

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製造業派遣労働者だが、今まで労働法をあまり意識したことが無かった、といった様な人向け。

マジで使える労働法.jpgマジで使える労働法―賢く働くためのサバイバル術 (East Press Business)』['09年]

 著者は労働相談や労働法セミナーを行っているNPO法人の代表者で、本田由紀氏らとの共著(『労働、社会保障政策の転換を―反貧困への提言』('09年/岩波ブックレット))もあるとのことですが、「賢く働くためのサバイバル術」というサブタイトルからも察せられるように、今まであまり「労働法」というものを意識してこなかった人のための入門書という感じ。

 本書にも紹介されている教育訓練給付などは「使える」という言葉が馴染まなくもないですが、「労働法」の核となる労働基準法などは、労働者が「利用する」と言うより、労働者に「適用される」と言うのが筋で、実際には、法を無視したような労働者の使い方をする事業主があるために、弱者である労働者の側からみて、自分で勉強して自分の身を守ることが必要となり、その結果「使える」という表現になるのだろうなあと。

 サービス残業をしている場合は、労働基準監督署に駆け込めばいいとか、確かにそうなのでしょうが、全編を通して、会社側に話したり組合に相談してみるといった姿勢はあまり無く、これは、製造業派遣や請負で働く労働者が、違法な多重派遣構造のために、自分の本来の雇い主の名称や所在地すら知らないことが多いといったこともあることからすれば、止む得ないことなのかも知れません。

 会社の労働組合は一部の社員の利益しか代表していないケースが多いので、アテにならない場合はコミュニティ・ユニオンに駆け込めばいいとし、派遣労働者の労働組合作りを支援している「ガテン系連帯」の大手自動車会社内での成功事例を紹介を紹介している点などからも、読者ターゲットがそうした"労働弱者"であることが窺えますが、ユニオンに入いれば入ったで、組合費がかかることなども、一応は書いておいた方が良かったのでは。

 最後はもう「会社とのケンカ」の仕方になってしまっていて、その方法として「労働基準監督署に駆け込もう」「労働審判制度を活用せよ」「ユニオンで争え!」の3つを挙げていますが、会社側に状況改善の姿勢が見られず、労働者個人としても打開策を見出すのが困難な状況にある人にとっての方策ということになるかと思います。

 巻末の労働問題の相談先のリストに、「労政事務所」(東京都の場合)とありますが、東京都の場合は、「労政事務所」は旧称で、今は「労働相談情報センター」という名称になっています。

《読書MEMO》
●章立て
PART1 【セクハラ・パワハラ編】 非常識な上司につける薬とその効用
PART2 【サービス残業代編】 「しごとダイアリー」は強力な武器になる!
PART3 【休暇取得編】 病欠で2年間もの有給休暇が!
PART4 【キャリアアップ編】 タダで手に職をつける術
PART5 【給料アップ編】 どんどん年収が上がる「仕組み」実践法
PART6 【「辞めろ!」と言われたとき編】 逆境をチャンスに変えるテクニック<・ふぉんt>

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雇用調整の範囲を広く捉えて解説。重要判例の解説が分かり易い。

雇用調整の法律実務.jpg 『雇用調整の法律実務 (労政時報別冊)』(2009/04 労務行政)

 著者は、'09年1月、'10年8月にBest Lawyers(ベスト・ロイヤー)による「The Best Lawyers International 2009:Japan」「The Best lawyers International 2010:Japan」(Labor and Employment分野)に選ばれた、森・濱田松本法律事務所に所属する弁護士で、企業が苦渋の決断とも言える雇用調整をするに際しての、企業側として守らなければならないポイント、参考とすべき判例や書式等を解説しています。

 サブタイトルに「労働条件の変更から解雇まで」とあるように、雇用調整の範囲を広く捉え、賃金・諸手当のカット、福利厚生や出張旅費・日当等のカット、定期昇給の凍結・廃止、期中における年俸額の減額などから、配置転換、出向・転籍、一時休業、ワークシェアリング、更には、採用内定の取り消し、パート社員の雇い止め、そして退職勧奨、希望退職の募集、整理解雇に至るまで、それぞれについて解説しています。  

 初学者でも理解し易い書き方がされていている一方で、微妙な判断を要する問題についての著者なりの考え方も、随所に見られます。

 後半の第2章から第4章までが、それぞれ「規程・協定・様式例」「関連法規・通達」「関連判例」となっていて、とりわけ「関連判例」の解説に多くのページを割いていますが(29判例、約90ページ強)が、いずれも雇用調整を行ううえでの重要判例です(判例ごとにページ替えされていて読み易く、また、解説文自体も丁寧に書かれていてわかり易い)。 

 解雇権濫用法理が労働契約法において明文化されたとは言え、現時点では「合理性」の判断などは、実務上は過去の判例を参照するしかなく、また、賃金等のカットや配置転換、出向・転籍などに関わる問題も、その適否の判断については同じことが言えます(つまり、これまでと変わっていないということ)。

 そうした意味では、過去の判例への理解を深めておく必要があり、本書の構成はその点で実務に適っているように思います。

 '09年4月に「労政時報」の別冊として刊行されたものですが、序文に「急激な経済の悪化により収益力が激減し、企業そのものの存続のために、コストカット、それも、必ず効果が顕れる人員削減や賃金のカットを急いで実施せざるを得ないという企業も多いのではないかと思われます」とあるのは、サブプライム・ローン問題がアメリカで発生し、リーマン・ブラザーズの破綻の影響が懸念されたしたことを受けてではないかと思いますが、実際にリーマン・ショックの日本の雇用社会への影響がより深刻化し始めたのは本書刊行前後にかけてであり、そうした意味では、タイムリーな刊行でもありました。

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雇用・労働に関するキーワードを取り上げ、気鋭の労働法学者がそれらに関する俗説を斬る!

キーワードからみた労働法8.JPGキーワードからみた労働法.jpg
キーワードからみた労働法』['09年/日本法令]

 「最低賃金」「均等待遇」「雇止め」といった雇用・労働に関するキーワードを取り上げ、気鋭の労働法学者がそれらに関する一般常識や俗説を斬るというコンセプトのもと、雑誌『ビジネスガイド』に連載されたものに、加筆修正して単行本化した本で、著者の『通達・様式からみた労働法』('07年/共著)、『就業規則からみた労働法』('08年)に続く、日本法令を版元とするシリーズ第3弾。

 帯の口上からして、「均衡待遇の保障は労働者のためにならない」「偽装請負は企業だけが悪いのではない」「名ばかり管理職が出てくるのには法律にも問題がある」「ワーク・ライフ・バランスを政府が推進するのは憲法の理念に反する」「メンタルケアの強化は労働者にとって危険である」と逆説的ですが、読んでみて「そうなんだよなあ」と納得させられる部分は多かったです。

 有給休暇の取得が進まない現状に対して、時季指定権を社員に付与している現在の労働法制のあり方に原因があり、計画年休制度(労基法39条5項)からさらに踏み込んで、年休は社員の時季指定権ではなく、会社の方で指定する制度にしてしまうのはどうかといったユニークな提言も。

 とりわけ、「偽装請負」や「名ばかり管理職」の問題など、法が実務の現場で十分遵守されていない場合には、法制度の方にも問題がある可能性があるとしているのには頷かされました。
 例えば、請負会社の社員にユーザー会社がどのような指示をすれば、労働者派遣法の「指揮命令」違反になるのかが明確ではない、あるいは、どのような労働者が労基法41条2号の「管理監督者」に該当するか法律上明確でなく、実態に即してケースバイケースで判断せざるを得ない状況になっていると。

 だからと言って、例えば、労働時間規制の適用除外にならない社員を、ホワイトカラー・エグゼンプションのような制度的受け皿がないから、やむなく管理監督者として扱っているようなケースは、それがどんなに望ましい法律でも(著者はホワイトカラー・エグゼンプションには条件付きで前向き)、実際に制定される前に会社が勝手に実施してしまうのは許されないとしています。

 そう念押しをしたうえで、現行の法制度のもとでの対応策を示すとともに、「抜け道のある法律を作って、甘い誘惑をしておきながら、突然、法の解釈・運用を厳密にして取り締まるというのは、アンフェアな感じ」とし、抜け道の生まれない労働法制のあり方についての具体的提言がなされています。

 本書に関心を持たれ、それらの提言をより深く考察してみようと思われた方には、少しだけ"上級者"向けになりますが(価格も千円高くなるが)、著者の『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-』('07年/弘文社)がお奨めで、本書の内容は、この2年前に刊行された単行本の問題提起部分を、より噛み砕いて簡潔にまとめた「入門書の入門書」とも言えます。

 また本書では、最低賃金を引き上げることや解雇規制を強めることなど、一般には労働者のためになると考えられている法改正や労働政策が、本当に労働者の権利を守ることに繋がると言い切れるのかといったことも問題提起されていて、その部分についての考察も示唆に富むものでした。

 この問題についての著者の見解は、本書と同時期に刊行された『雇用はなぜ壊れたのか―会社の論理vs.労働者の論理』('09年/ちくま新書)においても、「2つの論理」の対立軸を行き来しながら、どうすれば両方の調整が図れるかを考察するという方法で示されていて、こちらは、より入手しやすい新書本であるため(タイトルは「労働経済」の本っぽいが、これも中身は「労働法制のあり方」についての本)、これもまた、併読をお奨めします。

「●メンタルヘルス」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1654】 佐藤 隆 『職場のメンタルヘルス実践ガイド

メンタルヘルス対策を経営戦略の一環として捉えた本、だったが...。

メンタルタフネス経営.bmpメンタルタフネス経営―打たれ強く成長する』(2009/09 日本経済新聞出版社)

 タイトルは「メンタルタフネス経営」となっていますが、中身は職場の「メンタルヘルス」施策を経営の観点から書いた本と見てよいでしょう。

 著者は、外資系IT企業の事業部長などを経て、企業を対象としたメンタルヘルスに関するコンサルティングを行う会社を'03年に立ち上げた人であり、転職の契機は、著者自身が会社員時代にハードワークのためうつ病に罹患し、そこから回復した経験にあり、本書で取り上げられているうつ病の事例の中には、自身の経験も含まれています。

 前書きに「職場のメンタルヘルスというのは単なる産業保健や福利厚生、医療の問題だけでなく、技術革新への投資、人材育成やコストコントロールなどと同様に、企業が戦略的に取り組むべき最も重要な経営課題のひとつ」とあるように、医師や心理療法士の書いた本と異なり、マネジメントの観点から書かれているのが、本書の特徴です。

 本書の「メンタルタフネス」という言葉には、個人のストレス耐性のことも含まれてはいますが、むしろ「メンタル問題に強い会社」という意味で、経営体質に係っている言葉であると言え、「メンタルヘルス」という言葉の企業側の受けがイマイチなのに対し、「メンタルタフネス」と言うと相手が身を乗り出してくるという状況がやはりあるのかなあと。
 但し、「従業員の健康を守ることが経営トップの使命であると」との主張には、全くその通りであると思いました。

 また、メンタルヘルスの改善と併せて、ワークライフバランスの実現を図ることで、従業員のモチベーションを高め、会社の生産性を向上させることを説いており、そうしたストレスマネジメントと組織活性化を包括したトータルな施策を、「メンタルリエンジニアリング」として提唱しています。

 著者の言う「メンタルリエンジニアリング」とは、「メガストレス時代を乗り切るために開発された認知療法の考えを活かした人材と組織の経営戦略」とのことで、「ABC理論による認知療法」というのが前面にきていますが、その認知療法と著者の提唱する社内研修などの施策の関係性が、本書においてはやや曖昧な気がしました。

 精神科医の中には、本書に多く取り上げれている「うつ病」の治療において、認知療法が効果的であるのはごく限られた患者であるとの見解もあります(岩波明著『ビジネスマンの精神科』('09年10月/講談社現代新書)。

 個々には賛同する部分、ナルホドと思わされる部分もありましたが、研修やトレーニングについては、もう少し詳しく具体的に書いて欲しかった気もします(企業秘密なの?)。

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メンタルヘルス関連の知識習得の初期段階で読む分には、手に取り易い本。

人事担当者、管理職のためのメンタルヘルス入門.bmp 『人事担当者、管理職のためのメンタルヘルス入門―図でわかる、適切な対応ができる』(2009/03 東洋経済新報社)

 本書前書きにもありますが、バブル崩壊後、日本企業を取り巻く環境は厳しいものとなり、多くのビジネスマンが強いストレスを感じながら仕事を続け、その結果、メンタルヘルス不調に陥り、休職や退職に至るケースが増えているとのこと(本書データによれば、日本人のうつ病は過去20年で6倍に)、それに加えて、サブプライム問題に端を発した経済不況で、今後もメンタルヘルス不調者は増加することが懸念されています。

 本書の著者はベテランの産業医で、産業医を目指す人の育成にもあたったことがあり、現在は、企業のメンタルヘルス対策のコンサルタント会社を経営している人ですが、企業がメンタルヘルス不調の従業員を抱えることは、労働生産性の低下ばかりでなく、それが労災請求や民事訴訟、行政訴訟に発展すれば、多額の賠償金を支払わなければならなくなる危険性もあると指摘しています。

 そうした事態を招かないようにするために、「人事担当者や管理職が果たすべき役割」というを視点を軸として、メンタルヘルス対策の必要性、うつ病・新型うつ病・そう病・統合失調症・適応生涯・不安障害・人格障害などのメンタルヘルス不調の典型症状の概要、それらがどのように現われるのか、また、対策を進める仕組みづくりや不調者の「復帰支援」をどのように進めていくのか、予防・早期発見をどうするか、などを本書において解説しています。

 ほぼ、見開きの片側が図解になっているため、たいへん解り易いのが特長で、メンタルヘルス不調についての知識、メンタルヘルス対策の基本事項を押えるには良い本だと思います。

 メンタル不調で休業・休職していた従業員の「職場復帰支援」などは、厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」に準拠して解説されていて、「リハビリ出勤」についてや、業績評価での「不調」を考慮すべきかどうかという問題にも触れられていて、全体に偏りが無く、バランス良い解説書となっているように思います。

 但し、紙数の制約のためか、事例的なものに割くスペースが殆ど無く(守秘義務を遵守している?)、ワンテーマごとの解説がスッキリしている分、やや物足りなさも。
 人事担当者が、知識習得の初期段階で読む分には、手に取り易い本であるとは思いました。

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入門書として読み易く、実務対応に絞って書かれている良書。

人事・管理職のためのメンタルヘルス・マネジメント入門.bmp          真野俊樹 世界一受けたい授業.bmp 真野 俊樹 氏(NTV系「世界一受けたい授業」)
人事・管理職のためのメンタルヘルス・マネジメント入門』(2009/03 ダイヤモンド社)

 本書の著者は、病院、企業、大学など9つの組織に勤務した経験を持つ産業医で、最近はテレビ番組(NTV系「世界一受けたい授業」など)のコメンテーターとしても活躍している現役の内科医ですが、本書は、そうしたマネジメント、企業社員、産業医としての経験と知識をもとに書かれた、人事部・管理者向けの「メンタルヘルスの対応書」です。

 「世界一受けたい授業」は個人的には殆ど見ない番組なのですが、たまに見た際に、同じ精神科医でもちょっと偏った考えの人も出演したりしていたのでどうかなと思ったけれども、本書に関してはマトモでした。

 前半は"基礎知識編""応用知識編"で、「うつ」という病気を事例により解説するとともに(併せて、適応障害や人格障害についても解説されている)、なぜ「できる人」がうつになるのかを解き明かし、社員がうつ病ににならないようにするために、人事あるいは管理職が知っておくべきことは何か、また、社内・社外の資源をどう使うかなどが示されてされています。

 後半は"個別対応編""予防策編"で、メンタルヘルス問題社員に何をすべきか、その具体例と対処法を示すとともに、うつが出にくい会社を作るにはどうすればよいのか、社員のメンタルを強くするモチベーション・マネジメントや、予防対応としてのメンタルマネジメントなどについてが書かれています。

 本書の第一の特長は、読み易さにあるのでは。課題ごとに項目を1ページぐらいずつに区切って、それぞれに大きな活字でポイントを要約した見出しがつけられていて、本文も平易な言葉で書かれているため、前提知識があまりない一般の読者でも、読むのにそれほど苦労はしないと思います。

 専門書によくある「現場から見ると無理な注文」がなく、現時点で「対応する側ができること」に絞ってあり(従って、本書での対応策は「適応障害」を主に対象としており、重篤なうつ病の場合は早期に専門家に委ねるよう指導されている)、また、必要に応じて項目ごとに、これは人事部の役割なのか管理職の役割なのかを記してあるのも親切です。

 入門書でありながらもやや驚かされたのは、産業医とのコミュニケーションが"死活を握る"と説く一方で、病院勤務に疲れたので「産業医でもするか」とか、「産業医しか」できない医師、いわゆる「でもしか」産業医がいるかもしれないという指摘で、そうした現状への対応として、産業医の選び方のポイントも書かれています。

 また、うつ病対策に効果的なのが「カウンセリング機能の充実」であるとしていますが、大企業ならともかく中小企業ではなかなかそこまでは難しいのではないかと思っていたのが、実は健保組合などが専門の医療機関と契約しているケースが多く、対面のみでなく電話でも、また、土日や夜も対応してくれるとのことで、こうしたことは、人事や総務の仕事をしている人にも知られていないケースが多いのではないかと思われます。

 うつが出にくい職場を作るにはどうすればよいのかということを、「プロフェッショナルタイプによい職場」と「安定を求めるタイプによい職場」に分けて解説しているのが興味深く、「目標達成した人は、報酬よりも言葉の評価を待っている」というモチベーション論にも頷かされました。

 本書は対策本としての実務書の要素が強いため、巻末に、知識を補うための参考書籍のリストを掲げているのも親切で、そのカバーしてるジャンルは広く、人事担当者ならばこのうちの何冊かは既に読んだことがあるとは思われますが、是非、この中から何冊かを選んで読み進んでみることをお勧めします。

「●リストラクチャリング」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2234】 中沢 光昭 『好景気だからあなたはクビになる!

タイトルずれしているが、「リストラ宣告を受けた際の対応」マニュアルとしてはマトモ。

仕事のできるあなたが、なぜリストラされるのか.jpg 『仕事のできるあなたが、なぜリストラされるのか~「無差別リストラ時代」の処世術~』(2010/10 ダイヤモンド社)

 タイトルの「仕事のできるあなたが、なぜリストラされるのか」との問いには必ずしも充分には応えておらず、最近のリストラの傾向として、その対象者が中高年に限らず広範囲に及んでいることを指摘するに留まり、そうした近年のリストラの傾向と特徴を序章で述べたうえで、第1章で、リストラの仕組みと実態を、第2章で、リストラ宣告を受けた時の対応方法、第3章で、リストラを怖がらないサラリーマンになるにはどうすればよいかを書いています。

 多分、発行元がつけたタイトルなのだろうなあ。実質的には、リストラ対応のマニュアル本であり、著者は、キャリアコンサルタントとして企業のリストラの手助けをしてきた人。そういう人が企業内でどのようにリストラが行われるかを書いているのは、何だか"マッチポンプ"気味にも思いますが、現在は個人事務所として、転職セミナーなテキストの執筆等にあたっているということで、手の内を明かしても利益相反にはならないのかも(著者自身、2度ほどリストラされた経験があるとのこと)。

 第1章冒頭の、企業の"非情な"リストラの事例には、かなり極端に乱暴なやり方のものも紹介されていますが、これは、ある種"アイキャッチ"でしょうか。本論に入ると、一般的に企業が行う希望退職募集や退職勧奨の進め方について、極めてオーソッドに解説されています。

 更に第2章、サラリーマン(サラリーパーソン)がリストラ宣告を受けた際の対応方法については、公的な相談機関などについて丁寧に紹介されていて、ユニオンなどについても、中立的な立場から、利用のメリットやデメリット、注意点が書かれています。

 最終章(第3章)では、「リストラサバイバル」として、リストラされない人材になるための6カ条を、「キャリアプランを作る」「今の仕事に精一杯励む」「自己実現のために会社を利用し尽くす」「英語を得意技の1つとする」「転職準備のためのアンテナを張る」「収入の10%以上を貯蓄する」として挙げていますが、自己啓発・啓蒙的かなあという印象も(人によっては、これからでは間に合わないものもあるかも)。

 やはり、本書で一番しっかりしているのは、第2章の「リストラ宣告を受けた際の対応方法」の部分であり、心構え"的な事柄から"手続き"的な事柄まで、分り易く解説されています。

 そうした意味ではマニュアル本に近く、マニュアル本としては悪くないように思いました(但し、タイトルずれしているので、星半個マイナスさせてもらった。ネットの書籍案内にある"「無差別リストラ時代」の処世術"というサブタイトルは表紙には無く、後から付けたものか)。

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あまりに分り易すぎる事例と、"程度問題"的な事例ばかり。

29歳でクビになる人、残る人.bmp 『29歳でクビになる人、残る人 (PHP新書)』['10年]

 「リストラされるのは40代、50代の社員だけでなく、いまや20代の若い社員も例外ではない」として、《仕事はできてもクビになる社員》の例をあげていますが、かなり性格的に問題があり、対人関係上の問題がいつ発生してもおかしくない、或いは、その人がいることで周囲が多大の迷惑をこうむりそうな、そうした例ばかりのように思えました。

 著者は営業コンサルタントとのことですが、営業の場合、性格等も能力のうちであり、こうした類の人達が、「仕事ができる」とそもそも言えるのか、違和感を覚えざるを得ませんでした。

 一方で、《仕事ができなくても生き残る社員》として、「クレーム処理の天才」とか「気難しい人と付き合うのがうまい」とか挙げていますが、これって、「仕事ができる」ということでないのでしょうか (営業的見地からすれば尚更に)。

 後半の《こんな人は1年以内にクビになる》、《まだクビにならずに済む社員》というのは、それぞれにまだ改善の余地があるということのようで、要するに、どれも程度問題ということでしょう。

 性格に根付いた資質はそう簡単には変わるものではなく、だから「29歳」で、会社に残すべき必要社員か、いずれ会社を去ってもらうべき不要社員かは見えてしまうということではないかと思いますが、そうなると、冒頭の「リストラ」ということはあまり関係ないようにも思います。

 むしろ、リストラ(整理解雇)における「人選の合理性」の判定に際しては、客観的にみて合理的な基準が求められ、性格や資質のみを理由としてこうした人達を指名解雇したりすると、係争になった際に、会社側の裁量権の逸脱(解雇権の濫用)とみなされることも、過去の判例に多く見受けられるように思います。

 すらすら読めてしまいますが、それほど得るものは無かった本でした。

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どのような社員がリストラされるか、或いは、されないのか。落とし処は間違っていないのだが...。

いらない社員はこう決まる.jpg「いらない社員」はこう決まる (光文社ペーパーバックスBusiness)』['09年]

 人事専門誌などに、企業の人事制度や施策等を紹介する記事を書いたら、その分野では"第一人者"であろうと思われる著者の、光文社ペーパーバックスとしては、『隣りの成果主義』('04年)、『超・学歴社会』('05年)、『会社を利用してプロフェッショナルになる』('07年)に続く第4弾。

 『隣りの成果主義』は、殆ど図表等を用いずに企業の賃金制度などの紹介をしていて、字面だけでそうした内容を一般読者に理解させるのは難しいように思え、結果として、著者の持ち味が活かされていなかったように思われ、『会社を利用してプロフェッショナルになる』は、「知名度や規模」で会社選びをしてはならないとしながら、人材育成制度や社内教育施策が紹介されているのが、それなりの大企業・有名企業ばかりであるのが気になったのですが、今回もやや気になる部分がありました。

 まず、企業で希望退職募集などのリストラ施策がどのように決定され、どのように実施されるのか、その内実が明かされていて、所謂「2:6:2」の法則に沿って、退職勧奨の対象になる「2割のダメ社員」とはどのような人か、「6割の普通の社員」でもリストラのターゲットになりやすいのはどのような人か、リストラとは無縁の「2割のデキる社員」はどこが違うのかということが、順を追って解説されています。

 紹介されているマニュアル化された企業リストラの進め方は、企業側が法的な対応策も含め、万全を期して退職勧奨等の施策遂行に当たることが示されていて、リストラされた経験のないビジネスパーソンが読めばショックを受ける面はあるかも知れませんが、人事部サイドから見れば、アウトプーイスメント(再就職支援)会社を利用したことがあるならば「既知」のものと言えるでしょう。

 今回気になったのは、"余剰人材"の選定において、本人の資質・能力の欠如やマネジメントスキルの無さなどがポイントになる点が強調されているのはわかるけれども、実際には、担当職務の代替可能性や年収の高さなども、大きなウェイトを占めるのではないかと思われることで、そのことが前半部分ではあまり謳われていないように思われた点です。

 派遣社員や契約社員のリストラが完了しないうちに正社員のリストラが行われるのは、派遣社員や契約社員の現在の仕事の中に、かつては正社員が行っていた基幹業務が含まれているからであり(このことは、ここ10数年、所謂フリーターが増えているのではなく、正社員が減って常用非正規雇用が増えているという実態からもわかる)、また、中高年齢層ホワイトカラーを対象としたリストラが行われるのは、現状賃金と生産性に乖離が見られるのがその層であるからでしょう。

 企業側の観点からすれば、「年収の高さ」と「代替可能性」は、"余剰人材"の選定において欠かせない要素だと思われるのですが、企業の制度や施策を取材して、その本質を分かり易く抽出することにかけては第一人者である著者が、そのことにあまり触れていないのがやや不思議。

 と、思ったら、最後の「2割のデキる社員」はどこが違うのかというところで、資質・能力等に加えて、「高度の専門性を持つプロフェッショナル人材」であることが、いきなりトップ項目に踊り出てきています。

 要するに、他の追随を許さない専門性を有し、会社に貢献できる(賃金以上の付加価値を生む)人材ということなのですが、これから行われようとしているリストラは、「削るべき人材」を探すよりも、まず「残すべき人材」を見極めるというものになるように思われ、企業サイドも、真っ先にこの点をチェックするのではないでしょうか。

 そうした意味では、一般のビジネスパーソンにプロフェッショナル人材となることを呼びかけているのは尤もなことと言えますが、「遊びや趣味にうつつを抜かし、仕事を手抜きする社員もいただけない」とかいった話ばかり出てくる前半部分は、必ずしも後半と呼応しきれていないような気がしました。

 自らがリストラされないようにするためにはプロフェッショナル人材となること、という落とし処は間違っていないので、一般のビジネスパーソンの目線で言うと星4つですが、人事部目線で言うと星3つかな。

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「GPTW1位企業」の経営者の人材採用・育成・定着施策。ITベンチャーらしいなあ。

君の会社は五年後あるか2.jpg 君の会社は五年後あるか 帯.jpg君の会社は五年後あるか? 最も優秀な人材が興奮する組織とは (角川oneテーマ21)』['10年]

 成長著しいIT企業(ワークスアプリケーションズ)の若きトップが、自社の人材戦略を自ら語ったもので、すでにこの会社のことは人事専門誌などでも紹介されていたりするため、さほど目新しさは感じませんでしたが、一般向けの新書ということで、読み易いことは読み易かったです。

 この会社が注目を浴びるようになったのは、「働きがいのある会社ランキング」で'09年に4位、'10年にはトップになったことも影響しているかと思いますが、これは、サンフランシスコに本部があるGreat Place to Work Institute(GPTW)のサーベイの、'07年から始まった「日本版」調査であり、企業の「働きがい」を高める具体的な施策について「採用する」「歓迎する」「触発する」「語り掛ける」「傾聴する」「育成する」「配慮する」「祝う」「分かち合う」といった組織風土面の従業員意識調査を行って採点し、ランキングを決めるものです。

 結構この調査は、毎年ランクイン企業の順位が入れ替わるので、1位になったタイミングでこうした本が出るパブリシティ効果は大きいし、また、それが出版の狙いであるという穿った見方も出来るわけですが('10年のトップ10のうち6社はIT企業であり、この業界の人材獲得競争の熾烈さを反映しているとも言える)、そうしたことは抜きにして、改めて参考になった面もありました。

 人材育成のコンセプトがしっかりしていて、「勉強ができた人を、仕事ができる人に育てる」ということですが、これ、グーグルとかマイクロソフトと同じだなあと。基本、先ず優秀な人材を採るわけですね、しかも新卒で(新卒採用に重きを置いているのは、'10年のGPTWで6位にランクインしているサイバーエージェントなども同じである)。そして、育成と定着を図る―。

 あと、評価(人事考課)に力を注いでいて、プロセス重視の「相互多面評価」を取り入れると共に、何をもって優秀な社員とするかを明確にしています。
 それと、こうした進取の気質溢れる会社では、社員が退職し独立するのはやむを得ないとしても、独立した後でまた出戻ってくるのは歓迎するとしています。
 もちろん、育児休業なども手厚く、産休から復帰した社員には特別ボーナスが出るとのことです。

 個人的に思うに、ソフト産業界には四年制大卒・文系女子がかなり流れるため、一から教育した投資分を人材の定着を図ることで回収しないと、初期の教育投資が無駄になってしまうというのもあるのでしょう。

 そうした業界特有の状況もあっていろいろ講じた施策(ある意味、"競争"的にそれをしている)が、現在の人事マネジメントのトレンドである「人を尊重する」或いは「ワークライフバランス」といったものに偶々合致したともとれますが、その結果、業績が伸びているのだから、ワークライフバランス施策を講じることが企業業績の向上に繋がるという恰好の見本であるとも言えるかと思います。

 経営者が自分で書いて、登場する人物が役員や幹部社員だったりするため、宣伝気味の感は拭えず(人事専門誌で読むとそうでもないのだが、こうして新書で読むとね)、実際には本書に書かれていない裏事情もあるのではないかと。

 でも、ベンチャーから大企業然とした会社になるのではなく、ベンチャーからメガベンチャーになるのだと最後に述べているのは、この会社のこれからの課題をよく認識しているように思えました。

「●人材育成・教育研修・コーチング」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2246】 博報堂大学 『「自分ごと」だと人は育つ

著者の会社に研修コンサルティングを誘引するための"宣伝本"。

「新・ぶら下がり社員」症候群.jpg 『「新・ぶら下がり社員」症候群』(2011/01 東洋経済新報社)

 結論から先に言えば、買わなくていい本だと思います。

 帯に「辞めません。でも、頑張りません。」とあります。人材育成コンサルタントである著者は、本書において、会社を辞める気はないが会社のために貢献するつもりもないという、そんな30歳前後の社員が増えているとし、彼らのことを「新・ぶらさがり社員」と呼んでいます。

 「新・ぶらさがり社員」は目的を持たず、目的がないゆえに、会社では時間を潰すことに明け暮れ、常に70%の力で仕事に取り組むとのこと。本書では、彼らのマインド低下を表すデータを紹介するとともに、こうした社員が増えているのは、①バブル崩壊の経験、②就職氷河期の試練、③成果主義の洗礼、④転職機会の喪失、⑤昇進・昇格の減少といった時代の潮流が背景要因としてあるとしていますが、このような分析は、人事パーソンであれば思い当たるフシはあると思われますし、特に目新しい指摘でもないと言えるでしょう。

 本書の後半部分は、こうした「新・ぶらさがり社員」の目の色を変えさせる処方箋は何かということが書かれていますが、ミッション・クエストに基づく著者の会社の人材育成プログラムによって、「新・ぶらさがり社員」がやる気に満ちた社員に変身するとのことです。

 その"劇的"に変化を遂げた社員の事例がいくつも紹介されていますが、ミッション・クエスト自体については、その成功のポイントは「本人の変革を心から信じて応援する」「本気になることの素晴らしさに気づかせる」「自分の中の壁を壊させる」ということだそうです。それ自体がやや抽象的であり、そこから先の育成プロセスが具体的にはほとんど書かれておらず、"変わった"という"効果"だけが強調されているように思います。

 その後にも「ぶれない自分の軸をみつけさせる」とか「型から入るのではなく、関係から入れ」といった"啓蒙的"なフレーズが続くばかりで、読んでいて、あまり内容が深化していかないように思いました。

 また、そうした育成研修は自社でもできるとしながらも、何らかのフォーマットやスケールが示されるわけではなく、最後まで「上司のひと言で部下のやる気は左右される」とか「コミュニケーションとは想像力である」といったトーンで貫かれています。

 非常に目立つ帯で、関心を引くコピーと併せてのアイ・キャッチ効果はありますが、内容的には、要するに著者の会社に研修コンサルティングを誘引するための"宣伝本"ではないか、ととられても仕方がないのではないでしょうか。

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啓発セミナーに近いような引用方法と、タイトルからして表れている"宣伝臭さ"が気になった。

日本で最も人材をi99.JPG「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト.jpg 『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト (光文社新書)』['10年]

 著者は「フリービット」というIT企業の人事担当者で、その会社は「日本で最も人材を育成する会社」を"めざして"いるということであり、本書の内容自体は、その会社のテキストというより、一般的な企業における、これからの時代の人材育成論になっています。

 実質的に「人材の現場への放置」を意味していたOJTの時代は終わって、これからの人材育成の実務は「研修のデザイン」から「経験のデザイン」へ向かうという視点には目新しさが感じられますが、人材育成の目的から説き始め、育成ターゲットの選定、育成のタイミング、育成プログラムの設計思想、人材育成の責任―と進んでいく解説は、流れとしてはオーソドックスであり、MBAのテキストから持ってきたような図表が幾つかあるものの、さほど難しい専門用語も使っておらず、すらすら読めます。

 但し、章立てほどに中身が体系的かというと、必ずしもそうとは思えず、既存の人材育成理論を多くの書籍などから引用的に詰め込んだだけで、その詰め込み方がやや雑な感じがしなくもありませんでした(ブログがベースになっているためか?)。
 また、解説の多くが抽象段階に止まっているため、個々の課題に対する気づきを促す啓発書として、という点ではそう悪くはないのですが、実務への落とし込みという面では弱い気がしました。

 例えば、部下の状態を判断するの用いられるWill-Skill Matrixを、リーダーシップ理論の1つであるSL理論(名称は本書に出てこない)と組み合わせて解説しているのは著者のオリジナルの部分のかも知れませんが、これがなぜ「月単位のタイミング計画」という項で解説されているのかよく分からないし、いきなりミラーニューロンなどといった話が出てくるのも唐突感があります(どちらかというと講演調?)。

 全体としては「学習する組織」に近い考え方に収斂しているのが窺え、考え方自体に異を唱えたくなるような部分は少なかったものの、書かれていることの多くはそうした"考え方"の提示に止まっていて、各企業における具体的な施策については、こうした"考え方"に「賛同していただける企業がございましたら、是非、ご連絡いただければと思います」(P154)ということなのか(あれっ、IT企業じゃなかったの? 株式情報を見たら「法人向け中心に各種ネットサービス提供。ネット接続業者向け接続代行に強み。」と書いてあるけれど、本書の終わりの方に出てくる「教育効果測定」メソッドが、著者の会社の商品になるわけ?)。

 目の前の人がMBAかどうかは、目の奥に「田の字」が見えればMBA、というジョークがありますが(著者はMBAホルダーではないが海外での企業勤務経験あり)、2×2のマトリックスでの説明は確かに分かり易い、しかしマトリックスで人材育成が出来るならば、人材育成なんて簡単にできてしまうことになり、現実の複雑な環境や制約の中で、人材育成の手法としてどういった選択肢を選び採るかということは、そう容易ではないように思います。

 書籍を引用するにあって「有名な」「著名な」という言葉が多用されていて、この傾向は著者のブログでも多く見られ、著者の口癖なのかと思ってしまうほどで、個人的には、コンサルティング誘引のための啓発セミナーを聞いているような印象を助長することに繋がってしまいました。

 企業における人材育成及び人材育成「論」のトレンドを掴むうえでは、そう悪い内容の本ではないと思いますが、こうした啓発セミナーに近いような引用方法と、タイトルからして表れている"宣伝臭さ"が気になって仕方がなかった...。

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人事評価の参考書であるとともに、職場マネジャーに組織・部下マネジメントに対する意識を促す内容。

マネジャーのための人事評価実践.jpg 『マネジャーのための人事評価実践―"査定"のための評価から"職場マネジメント"としての評価へ (SANNOマネジメントコンセプトシリーズ)』 (2009/09 産業能率大学出版部)

 本書はマネジャーや人事・教育担当者向けに書かれた人事評価の参考書ですが、マネジャーには「部下を動機づけ、その能力開発を図り、恒常的に成果を創出できる職場を築いていく」使命があり、人事評価も、単に"査定"のために行うものではなく、「職場マネジメント活動の一環として実施されるべき」である、という考え方が貫かれているのが特徴です。

 本書では、マネジャーが行うべき評価を、査定のための「人事評価」、部下の成長を支援する「フィードバック」、職場の成果を向上させるための「マネジメント活動の評価」の3つに大別しています。

 全5章から成り、第1、2章で、「人事評価」のしくみと考え方、その運用原則や留意点などについて、基本的事項を押さえた解説がなされており、ここまでは、人事評価についての一般的な参考書と内容的に重なる部分も多いかと思われます。

 第3章では、「人事評価」の実際の進め方について、第4章では、「フィードバック」の進め方について書かれていますが、ともに、マネジャー自身が自分の評価能力やフィードバック能力を向上させるにはどうしたらよいかという視点からの解説となっています。

 第5章の「マネジメント活動の評価」とは、職場マネジャーが自らに対して行う自己評価をさしています。期首及び期中にそれぞれマネジャーが行うべき「マネジメント活動の評価」について解説されていて、具体的には、「職場ミッションを部下と共有したか」「進捗管理はできていたか」などのチェックポイントが掲げられています。

 本書が前提としている、職場マネジメントが機能していない状態で実施される人事評価は、部下にとってもマネジャーにとっても決してよいものにはならず、優れた人事評価は優れたマネジメントなくしてあり得ないという趣旨はまさにその通りであり、それにはまず、マネジャー自身に、自らの職場マネジメントの課題への気づきを促すことが肝要でしょう。

 本書は、全体としては人事評価の参考書の体裁をとりながら(評価のためのガイドブックとしての要件を満たしながら)、中盤から後半にいくほど、評価者である職場マネジャー自身の部下指導のあり方や、職場マネジメント全般に対するセルフチェックを促すものとなっているわけですが、確かにそれらは、評価テクニック以上に重要なことなのだろうなあと思わされました。

 全体を通して分かり易い言葉で書かれており、評価シーズンを前に、職場マネジャーが査定のための参考書として読めば、本人の評価能力やフィードバック能力の向上に繋がるとともに、マネジャーとしての組織・部下マネジメントに対する意識も高まるという、相乗効果の期待できる本であると思います。

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評価者向きだが、考課者研修を実施する際の参考書としても"使える"本。

人事評価者の心構えと留意点.jpg 『人事評価者の心構えと留意点―現場での悩みを解消する』 (2008/04 生産性出版)

 部下をどのように「評価」すればよいのか、失敗しやすい留意点は何か、評価シートはどう記入すればよいのか、その具体例はどんなものか、どのようなフィードバックをするのが望ましいのか、その準備と方法は...etc.について、評価者の目線に立って、その心構えと留意点について纏めた本。

 一見地味な内容ですが読みにくくは無く、181ページというページ数も手頃です。
 それでいて実務に沿ったかっちりとした内容であるため、1次評価者や2次評価者である現場の部・課長が読んで得るものは多いかと思います。
 また更に、(表題のテーマの範囲内で言えば)人事担当者のテキストとしても過不足の無い内容にのように思いました。

 人事評価の概要、人事評価者の心構え、人事評価者の留意点、フィードバック面接と留意点のそれぞれについて、各章ごとにきめ細かくステップを踏んで解説されていて、評価結果の現われ方(例えば1次評価と2次評価が乖離がしているような場合)などに対する注意点についても書かれているのが丁寧です。
 
 絶対評価を相対的に調整していくというスタンダードな考え方をベースに、考課制度策定の技法論はシンプルにとどめ、まさにタイトル通り、評価者の「心構え」と「留意点」に多くのページを割いています。

 そうした意味では、コンサルタントや人事担当者の立場からすれば、「考課者研修」を実施する際の参考書として"使える"本でもあります。

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シンプル・イズ・ベスト。制度コンサルティングの初学者にはうってつけのテキスト。

続・中小企業の人事制度・考課制度設計コンサルティング.jpg続・中小企業の人事制度・考課制度設計コンサルティング―制度設計の手法をすべて見せます! (アスカビジネス)』(2009/07 明日香出版社)

 '06年刊行の『中小企業の人事制度・考課制度設計コンサルティング』の続編、と言うより"改訂版"に近い内容ですが、シンプルによく纏まったテキストで(全体で約160ページ)、コンサルタントに限らず、中小企業の人事担当者でも読める内容です。

 冒頭で人事制度・考課制度の現状と問題点を解説し、以下、賃金・等級・評価制度の設計の進め方の基本をコンパクトに解説、賞与制度・退職金制度にも触れていますが、ここまでで67ページしか使っておらず、後半の約90ページは、新人事制度の実例と、就業規則及び諸規程(賃金規程・退職金規程・育児介護休業規程・旅費規程)のサンプルや届出書式集になっています。

 冒頭で職能資格制度の考え方や留意点に触れていますが、実際の制度設計の進め方に関する章(第2章「新制度設計コンサルティング)で解説されていたり、制度事例として取り上げられているものは、「職務グレード制」乃至「役割グレード制」です。

 賃金分析の手法や範囲給の設定の仕方など、制度設計コンサルティングの"手の内"を分かり易くオープンにしている姿勢に好感が持て、図表を効果的に用いているため、少ないページながらも、イメージが掴み易いものとなっています。

 考課制度も、業績評価と行動評価(又はコンピテンシー評価)の2本立てで、それぞれ評価シートのサンプルが掲げてあり、賞与については、ポイント制賞与制度の基本的なパターンを、退職金については、「中退共」や成果型退職金制度を解説しています。

 後半、規程例に多くのページを割いているのは、一見やっつけ仕事のように見えますが、実務対応の観点からすればむしろ親切であると言え、その前に、新人事制度の実例として、等級・賃金・評価などの諸制度の運用規程が掲げてあるのも丁寧。

 ある程度の経験を積んだコンサルタントにはやや物足りない面もあるかと思いますが、制度コンサルティングの初学者にはうってつけの本だと思います。

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人材育成・社員教育に力を注ぐ会社の施策を紹介。大企業・有名企業ばかりなのが少し気になる。

会社を利用してプロフェッショナルになる.jpg会社を利用してプロフェッショナルになる Excellent System of Human Resources Development (光文社ペーパーバックス)

 人事専門誌などに、企業の人事制度や施策等を紹介する記事を書かせたら、その分野では"第一人者"であろうと思われる著者ですが、光文社ペーパーバックスの前著『隣りの成果主義』('04年)は、殆ど図表等を用いずに賃金制度などの紹介をしていて、プロでも時には内容を把握するのが困難な他社の人事制度を、字面だけで一般読者に理解させるのは難しいように思え、結果として、著者の持ち味が活かされていなかったように思います。

 それに比べると、各社の人材育成・社員教育施策を紹介した本書は、テーマ的にも文章記述だけでカバー出来る部分が多い上に、今度は2色刷りになって図表(概念図)も多く取り入れられているため、前著よりは解りよいものになっているかと思います。

 前半のトヨタや東レ、日本ユニシスなどの超優良企業9社の事例紹介は、ほんのサワリだけで、また数だけ詰め込みすぎたかと思われましたが、後半の、"3年で「プロの専門職」に育てる会社"としての4社(ゴールドマンサックス、アクセンチュア、キーエンス、資生堂)と、"10年でプロのマネジメントに育てる会社"としての3社(ユニクロ、伊藤忠商事、住友商事)は、そうした分類の仕方も興味深く、また、著者らしい取材力が活かされているように思いました。

 これらの事例紹介の幾つかは、'06年から'07年にかけての雑誌「プレジデント」の連載がベースになっているようで、道理でそれぞれ突っ込んで書かれているというか、それなりに時間をかけて取材したものなのだなあと(ここでは1つ1つについて述べないが、個人的には参考になった)。

 但し、本書自体は、タイトルからも窺えるように、就職・転職を意識している一般のビジネスパーソンに対して、自分をプロフェッショナルにしてくれる会社を選びなさいと呼びかけるスタイルをとっているため、冒頭で、「知名度や規模」で会社選びをしてはならないとしながら、紹介されているのがそれなりの大企業・有名企業ばかりである(且つ、人材育成制度も充実しているのだが)という結果になっている、この辺りの事例の選択方法がが、ちょっとどうなのかなと。

 「プレジデント」という雑誌の性格や。「人材育成制度」というテーマからするとこうならざるを得ないのだろうけれども、本書を読むと、やはりプロ人材になりたければ、世に言う"一流企業"に行くにこしたことはないととる人も多いのではないでしょうか。

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元暴走族、オタクと、所謂「不良社員」とでは、それぞれ違うのでは。著者自身に"レッテル貼り"傾向が。

「不良」社員が会社を伸ばす 太田肇.png 『「不良」社員が会社を伸ばす』(2010/09 東洋経済新報社)

 帯に「実戦力や独創性に欠ける〈優等生〉に替わって、元暴走族、元ヤンキー、元レディス、オタクなどが新たな価値を創造し会社を繁栄させる」とあります。

 〈不良〉が排除されてきた「組織の論理」や「人事部の損得勘定」に対する批判として、「やらされ感」に支配された〈優等生〉と、「やりたい感」に突き動かされてきた〈不良〉のモチベーションの違いを対比させ、企業はどちらを求めるべきかという問題提起の仕方をしています。

 元不良だったのが、今は企業で頑張っている、或いは企業を経営しているといった事例が紹介されていて、若いうちに社会からドロップアウトしてしまった人に対する、励ましや勇気づけにもなっているのかも。

 ただ、本書で取り上げている〈不良〉というのが、元暴走族・ヤンキーなどと元オタクであり、かなり型にハマってしまっていて、なお且つ、ヤンキーとオタクでは随分違うのではないかとも思いました。
 著者自身、この違いを認識しながらも、〈優等生〉に対するアンチテーゼとして、それらをほぼ一緒くたに論じていて、そうしたところに、逆にある種の"レッテル貼り""上から目線"的なものを感じてしまいました。

 一方で、本書における〈不良〉とは、「一流大学卒」に対する「三流大学卒」であったり、所謂「不良社員」であったりもし、最終的には(著者の持論である)"「承認欲求」を満たしてやることで「彼ら」の動機付けが図られ、それが会社や組織を変える"という論旨に繋がっていくわけですが、その「彼ら」の部分に、それら全て(元暴走族・ヤンキー、オタク、三流大学卒、所謂「不良社員」)が含まれるということのようです。

 前著『承認欲求―「認められたい」をどう活かすか?』('07年/東洋経済新報社)に重なるテーマですが、元暴走族と、オタクと、更に、いま現に社内にいる「働かない社員」とでは、それぞれ違うのではないかと思われ、やや乱暴な普遍化も見られるように思いました。

 むしろ、優等生ばかりで構成された組織の弱さ、危うさの指摘に説得力を感じましたが、この点においても、"分り易さ"を優先させたのか、やや論旨が粗いような気も。
 「受験秀才だが知恵がなく行動力もない〈優等生〉たちが日本を衰退させた」と著者が言う〈優等生〉は、優等生であることが直接の問題なのではなく、その優秀さ(能力)の組織内での使い方、使われ方が問題であるように思います(ここにも、著者の"レッテル貼り"傾向が見られる)。

組織戦略の考え方.jpg こうした問題については、一橋大学の沼上幹氏が、『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』('03年/ちくま新書)の中で、「育ちの良い優等生の〈大人〉たちが組織内で多数になると、厄介者の言うことがかなり理不尽であっても、組織として通してしまう場合が出てくる」(「厄介者の権力」)、或いは、「(スキャンダルで)密告者が権力を握るのではない。根性のない優等生たちが恐怖にとらわれ、その恐怖心を気持ちよく解消する〈美しい言い訳〉を創り上げる宦官が権力を握る」(「バランス感覚のある宦官」)などといったように、組織論的な観点から"分り易い"言葉で指摘しています。

沼上 幹(つよし)『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』 ちくま新書 〔'03年〕
 
 

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分り易く書かれた「人事の奥義書」。人事パーソン育成の「定本」としてお薦めできる。

『人事担当者が知っておきたい、⑧の実践策』.JPG人事担当者が知っておきたい、⑧の実践策。⑦つのスキル。.jpg
人事担当者が知っておきたい、8の実践策。7つのスキル。』(2010/08 労務行政)

 本書は、人事の仕事に携わる人を対象とした解説書で、姉妹本『人事担当者が知っておきたい、⑩の基礎知識。⑧つの心構え。』が「基礎編(人事の赤本)」であるのに対し、「ステップアップ編(人事の青本)」という位置づけになります。

 前半部分では、日本の人事管理の変遷についての解説があり、続いて「8つの実践策」として、人事部門の役割と仕事内容が解説されています。
 具体的には、人事部門の構築と機能、人事ポリシーの明確化、人材配置、採用・選考、人事制度の企画・運用、労務問題の種類と対応、人材育成(教育・研修)の7つのテーマについて、それぞれの考え方のフレームや運用を見据えた企画、運用時の留意事項など、戦略立案から企画の実際までを解説し、8つ目に、プロの人事担当者になるためにはどうあればよいかが書かれています。

 この「8つの実践策」の部分は、カバーする範囲は以上の通り広いのですが、実務経験豊かな人事コンサルタントが単独で執筆担当しているため論旨に一貫性があるとともに、『基礎編(人事の赤本)』の「10の基礎知識」と同じ執筆者であるため、シリーズとしての一貫性もあるように思いました。

 また、例えば冒頭の、人事部門の構成と機能について解説している部分では、人事部門の"三権分立"として、人事企画を「立法」に、人事運用を「司法」に、オペレーションを「行政」になぞらえ、そのバランスの重要性を説くなど、ユニークで分りやすい解説が随所に見られ、人事部門と経営企画部門など他の管理部門との関わり方など、これまでの入門書ではあまり触れられていなかったようなことについて書かれているのも、本書の特長ではないかと思います。

人事担当者が知っておきたい.jpg 採用・選考などその外のテーマについても、実際に実務で起こり得る場面を想定して、"実践テクニック"的なことにまで踏み込んで解説されていて、執筆者個人の見解も織り込まれていたりし、執筆者の経験からくる思い入れが随所に込められている点が、本書の、一見「教科書」のようで通常の教科書らしからぬところではないでしょうか。

 後半部分の「7つのスキル」は、人事担当者に求められるビジネスマインド・スキルや人事管理の現状分析の進め方、コミュニケーション・スキルの高め方、さらには、労働法・労働判例の見方、労働組合・労使関係対応の基礎知識などについて、それぞれの分野の専門家が執筆分担をして解説していますが、こちらも、定型的・表面的な解説に留まらず、重点ポイントを絞り込んで、執筆陣のそれぞれの思いが込められた解説がなされているように思いました。

 全体としてはバラエティに富む内容となっていますが、確かに「テキスト」ではあるが、総花的な「入門書」という印象は無く、むしろ実務に沿って分り易く書かれた「奥義書」といった感があり、図説が多用されていてコラムなども充実しているため、そのことがさらに内容の理解を促し、関心を持って読めることの助けになっているように思います。

 400頁というボリュームの割には価格も手ごろ(2,900円。「労政時報」の別冊の割には安い?)で、人事パーソン育成の「定本」としてお薦めできる1冊です。

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行動科学マネジメントによる職場ストレスへの対処法。内容的には浅く、一般啓蒙書レベル。

たった1つの行動が職場ストレスをなくし.jpg 『たった1つの行動が、職場ストレスをなくしモチベーションを高める -お金ではないトータル・リワードという考え方』(2010/06 東洋経済新報社)

 職場ストレスを会社のコストの問題として捉え、ストレスが職場に存在するとき、問題は労働者にあるのではなく、従業員がストレスに対処できるような職場設計をすることが肝要であるとして、マネージャーやリーダーが、或いは従業員自身がとるべき行動を、「行動科学マネジメント」の観点から示唆した本。

 外国人との共著ということで、ストレスマネジメントの手法が米国流のプラグマティックな行動科学をベースに解説されていますが、分かりやすいことは分かりやすいものの、内容的にそれほど深くはなく、よくある"洋モノ啓蒙書"みたいな印象を受けました(ハマる人はハマるんだろなあ)。

 「たった1つの行動」というのが何を指すのかよく分らないし、サブタイトルにあるトータル・リワードについては2ページぐらいしか触れられておらず(これでは具体性は望めない)、いかにもとってつけたような感じ。

 著者には『「続ける」技術』('06年/フォレスト出版)というベストセラーもあり、年に何冊もの啓蒙書を出しているようですが、固定ファンがいるみたいですね。

 本書はamazon.comのレビューでの評価も高いようですが、本の刊行と同時に5つ星評価のレビューが続き、何れも過去に数冊しかレビューしていないレビュアーなのに、その数冊の中にも著者の前著のレビューがあって、それも5つ星評価であるとなると、やらせ臭い感じがしないでもない...(まあ、ありがちなやり方だが)。

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「●講談社現代新書」の インデックッスへ

"フリーライダーのタイプ分析までは良かったが、対策は抽象的で、最後は自己啓発書?

フリーライダー―あなたの隣のただのり社員4.jpgフリーライダー―あなたの隣のただのり社員.png 『フリーライダー あなたの隣のただのり社員 (講談社現代新書)』['10年]

 最近よく耳にする「フリーライダー」という言葉ですが、会社で、毎日何をしているかわからないようなことをやっても給料は一人前にもらう人、自分からは動かないで周囲の人をこき使って成果を手にしようとする人、部下が何か新しいことを始めようとしても仕事が増えるからと言ってそれを阻止し、それでいて自分の地位は安泰の人―などを、そう呼ぶようです。

 本書ではそうしたフリーライダーを、もうこれ以上出世できないからとだらだらゲームをやっているような「アガリ型」、人のアイディアを自分のこととしてうまく報告、部下には強いが人事権を持つ上の人には忠犬のように忠誠を見せる「成果・アイディア泥棒型」、自分の仕事を客観評価ができず(都合よく考え)自分を批判する人を攻撃する「クラッシャー型」、最低限の仕事だけこなし、現状維持、改革しようとする人を潰す「暗黒フォース型」の4タイプに分類しています。

 このタイプ分類までは興味深く読めたのですが、それぞれのタイプに対する組織としての問題解決策(対応の仕方)が、例えば、「アガリ型」に対しては、ビジョン、方針を明確化する(何を目指して努力をするのか、努力の先に何があるのかをわかりやすく伝える)とか、上から順番に厳しい成果プレッシャーを与えるとか(組織がポジションにふさわしい能力の人を登用し能力にふさわしい報酬を支払い、報酬に応じたプレッシャーを与えて責任を持たせる)...云々と、制度やシステムへの落とし込みにまでは至らず、抽象レベルで終わっているような印象を受けました。

 後半は、自分がフリーライダーにならないようにするにはどうしたらよいかということが書かれていて、要するに「人の振り見て我が振り直せ」的な自己啓発書だったのか―と。

 著者らは、同じ講談社現代新書の『不機嫌な職場―なぜ社員同士で協力できないのか』('08年)の執筆メンバー4人の内の2人。残り2人の内の1人は『職場は感情で変わる』('09年)を著していますが、"スピンアウト"していくにつれ、自己啓発書みたいになっていって、最初の本が一番まともでした。

 講談社現代新書は、かつてはエスタブリッシュメントなイメージがあったけれども、最近は玉石混交気味で、この本なども、新書で出す意味がよく分からず、時たまと言うか、結構安易な本づくりをしているのではと思わざるを得ません。

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"目からウロコ"というよりは、極めて"まとも"。但し、啓蒙レベルを出ないが。

社長の人事でつぶれる会社、伸びる会社.jpg社長の人事でつぶれる会社、伸びる会社』(2009/11 幻冬舎)

 著者は日本ヒューレット・パッカードの人事部門で20年近く勤務し、現在は人事・採用コンサルティング会社を経営して11年になるという人で、本書は、とりわけ中小企業の経営者に向けて書かれた本とのことですが、帯に「経営者・管理職に読ませたい本」とあるように、管理職が読んでも違和感がないものです。

 「人材採用」「社員の育成」「女性社員の戦力化」「管理職の指導と育成」「後継者選び」の5つの人事マネジメント上の課題について、それぞれ10ずつの「鉄則」を掲げていて、「社員全員のモチベーションを高めようとするのは無意味」、「経験者の採用は常に賞味期限との戦い」、「平均的業績ならば給与は落ちていくと悟らせなければならない」といった刺激的なフレーズが並びますが、中身を読んでみて、内容的には、長年の経験に裏打されたその考え方は、ほぼ納得のいくものでした。

 特に共感したのは、「新卒採用をやめると5年後にツケがくる」として新卒採用の重要性を説くと一方で、「中途採用は"いつまでもつか"の予測が肝心」とし、更に、経営幹部の外部からの登用については「経営者はお金で買えない」「外部幹部の成功率は2割程度」と言って、その成功率が低いとしていることで、これは、著者の会社が採用業務のアウトソーシングを請け負っているだけに、真実味があるように思いました。

 また、女性社員の戦力化を5つの課題の1つにあげ、女性のキャリア形成に対する配慮や心理的なケアにまで踏み込んで書かれているのも、類書ではあまり見られないことなのではないかと思います。
 但し、「一人でランチをとる女性はリーダーの素質あり」などという表現になってくると、その会社と社員を見たうえで、状況に応じて経営者にそっと話すべき所謂クライアント・トークであって、これが活字になっているのはオーバー・ゼネラリゼーション(過剰な普遍化)ではないかとも思いました(この章がいちばん踏み込んで書かれていて興味深いのだが)。

新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか.jpg 著者の前著『新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか―失敗しないための採用・面接・育成』('09年/光文社新書)も、内容的にはオーソドックスで、採用に際して応募者に志望動機やキャリアビジョンを語らせても、将来性志向だけでは空回りするものであり、今まで何をしてきたか、どんな役割だったかを、掘り下げて雑談風に聞くのが良いというのは、本書にも「面接で志望動機を聞くのは時間のムダ」とあるのと、ほぼ同趣旨です。

新入社員はなぜ「期待はずれ」なのか (光文社新書)』 ['09年]

 但し、前著には、そうした考えに基づく実際の「雑談形式」面接の進め方の例も出ていますが、これはこれで、面接する側に相当のヒューマンスキルが求められるような気もしました(そうしたスキルの習得についてのコンサルティングに応じるということか?)。

 本書では「セルフモチベーターを見極めなさい」と言っていますが、抽象的な啓蒙レベルに止まっているから違和感なく読めるのであって、具体策に踏み込んでいくと、納得できる部分もあれば、実際どうすればいいのかとか疑問を抱かざるを得ないような部分も出てくるのであり、その点で本書は、(経営者向けということもあるが)書かれていることの多くが啓蒙レベルの域を出ていないように思います。

『社長の人事でつぶれる会社、伸びる会社』.jpg 個人的には、本書の内容自体は、「啓蒙書」としては、"目からウロコが落ちる"と言うよりは、極めて"まとも"だと思います。
 但し、自分の会社が置かれている状況の中では、それらの「鉄則」(「提言」と言うべきか)の内、どれがどう当て嵌まるのか、また具体策に落とし込むにはどうしたらよいかをイメージしながら読まないと、本書を読んで1ヵ月後に振り返ったとき、「50の鉄則」のうち具体的な記憶としてどの程度の内容が残っているかは、甚だ心もとなくなるような気がします。

 例えば、前著の場合、「雑談形式」面接というのは、具体的な方法論であり、個人的には脳裏に残りました。でも、相応のヒューマンスキルが面接官に求められる気がする...。
 本書の場合も、「新卒採用の2チーム体制」といった具体的な方法論は、やはり印象に残ります。でも、採用業務にそてほど人手を割けないような中小企業の場合、どうやってそれをこなしていくかという問題が残るように思いました。

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「●幻冬舎新書」の インデックッスへ

内容は尤もだが、タイトルずれしている。総花的、且つ啓蒙的な、コンサル誘引のための本。

「即戦力」に頼る会社は必ずダメになる.bmp 『「即戦力」に頼る会社は必ずダメになる (幻冬舎新書)

 タイトルから、採用のあり方に関する本かと思いましたが、その部分について触れられているのは僅かで、むしろ社員の処遇のあり方、人材育成のあり方について主に書かれており、企業の組織風土改革にまで話は及んでいます。

 第1章で、巨人軍など野球選手の年俸の決定の仕組みを、大企業のサラリーマンの賃金決定のそれになぞらえ、給料と売上げの"カラクリ"を解説していますが、もともと労働者性の希薄なプロ野球選手の話を持ち出すこと自体にやや無理があるように感じました。

 第2章では、歩合給の会社がダメな理由を説いていますが、ここでも損益計算書などを持ち出してやや回りくどく、第3章では「ノルマ」「競争」「残業」の害悪を説いていて、ああ、「成果主義」批判が論旨なのだなあとようやく判ってきたのですが、その間に転職回数の多い人は生涯賃金が必ずしも高くないとか、一般サラリーマン向けの話も挿入されていて、この部分が「即戦力」に関する話なのかと思われましたが、読者ターゲットが見えにくい面も。

 後半、第4章は、企業内で「教えあう」風土を作ることの大切さを説き、最後の第5章は、組織内で「稼ぐ力」をつけるにはどうすればいいかという、一般サラリーマンに向けた啓蒙的な話になっています。

 非常に分かり易く書かれているし、書かれていることはどれも尤もなのですが、啓蒙レベルに止まっている感じで、テクニカルな面での新味はあまり感じられませんでした。

 著者の前著『上司はなぜ部下が辞めるまで気づかないのか?』('08年/ナナ・コーポレート・コミュニケーション)も、リテンション(人材引き止め)について書かれたものと言うより、部下のモチベーションをどうやって維持するかという話であり、こう"タイトルずれ"が続くと、編集者ばかりでなく、著者の側にも責任があるように思えてきます。

 Eメールがもたらしたコミュニケーションの弊害など、部分的には共感できる箇所もありましたが、全体として、管理職や人事部のヒトが読むには物足りない内容ではないかと思います。

 総花的、且つ(具体性に欠けるという意味で)啓蒙的で、細かい施策については「弊社にご相談を」みたいな、コンサル誘引のための著者の講演会を聴いているような、そんな本でした。

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いろいろな点で、企業へのワーク・ライフ・バランス施策提案、個人への啓蒙の魁となった本。

会社人間が会社をつぶす―ワーク・ライフ・バランスの提案.jpg会社人間が会社をつぶす.jpg
会社人間が会社をつぶす―ワーク・ライフ・バランスの提案 (朝日選書)

 次世代育成支援対策推進法が'03年7月施行に施行され、以降、ワーク・ライフ・バランスに関する本が幾つか刊行されるようになり、今はワーク・ライフ・バランスという言葉もかなり定着したように思えますが、本書は'02年の刊行であり、ワーク・ライフ・バランスの"ブーム"の魁とも言える本。

 著者自身は'00年12月に"ワーク/ライフ・コンサルタント"として独立しており、日本で最初のこの分野の専門コンサルタントだそうですが、本書のしっかりした内容からしても、それは認めていいのではないでしょうか。

 本書には著者自身の経験が織り込まれていて、日本生まれの韓国人である著者は、米国留学を機にMBAを取得して米国系企業に就職、5年間の勤務の後、日本に戻って米国系運輸企業にて人事系の仕事を担当しましたが、そこで自らの仕事と家庭生活の両立が困難になり、会社を辞めざるを得なくなったとのことで、その際に、同じような悩みを抱えている人は多いはずと考え、ワークライフバランス・コンサルティングの会社を設立したとのこと(会社を辞めざるを得なくなって、自ら会社を作ることにしたというのが実にアクティブ!)

 米国及び日本国内の米国系企業で働いた経験と照らして、日本の一般の企業のワーク・ライフ・バランス事情が米国に比べいかに遅れているかということが、個人の経験だけでなく、実証データを用いて明らかにされていて、結論としては「社員の私生活を尊重することが企業の業績向上に繋がる」ということを言っています(これは、日本では最近になってやっと言われてきたことではないだろうか。しかも、現実には多くの経営者が、ワーク・ライフ・バランスをまだ福利厚生施策にの一環としてしか捉えていない)。

 その結論に至るまでに、様々なワーク・ライフ・バランス施策の類型、導入例などが紹介されていて、それらが、今現在、国や地方自治体が企業に対して助成金などを絡めて導入の働きかけをしているものをかなり先取りしており、且つ、より広い視野から、それを超える施策を提示しているのも注目に値します。

 経営戦略という観点からワーク・ライフ・バランス施策を提案することは、今は民間のコンサルタントもやっていますが、そういう言い方をした方が企業に受け容れられ易いという戦術的なものの、フォロアーの手本になっているかも。

 一方で本書は、「自己把握と自己実現のための演習」という最終章で、自己の意識改革をし、個人としてワーク・ライフ・バランスを確立することも強く勧めていますが、こっちの方も、働く側に向けた最近の啓蒙書の類型を先駆的に示しているように思えました。
 それが、勝間和代氏などになると、一発逆転を賭けた「成功本」に変質してしまい、相当ムチャなことを言うようになって...、一旦、本書に立ち返った方がいいのではないかと。

 個人的には著者に対しても、本書からも(前職では年10回以上の海外出張をこなすビジネスウーマンだった)、実際に会った印象からも、相当"モーレツ"な人だなあという印象は受けたのですが。

「●ひ 東野 圭吾」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1906】 東野 圭吾 『ナミヤ雑貨店の奇蹟

"ミッシングリンク"自体をトリックとしたメタ構造。「推理小説のための犯行」みたいで"軽い"。

東野 圭吾 『マスカレード・ホテル』3.JPG マスカレード・ホテル 映画.jpg
マスカレード・ホテル』(2011/09 集英社) 2019年映画化(監督:鈴木雅之/出演:木村拓哉、長澤まさみ)

マスカレード・ホテル 東野圭吾.jpg 都内で3件連続して起きた不可解な殺人事件で、それぞれの事件に共通する残されたメモを手掛かりに、警察は次の犯行は都内のある超一流ホテルで行われる予測、潜入捜査のためホテルに送り込まれた新田刑事はホテルのスタッフに扮し、ホテル従業員・山岸尚美の下で業務に当たりながら犯人を捜す―。

 作者の「作家生活25周年記念」の特別刊行ということで、その第1弾が『麒麟の翼』(講談社)、第2弾が『真夏の方程式』(文藝春秋)、そして、完結版である第3弾がこの作品だそうです(オリジナルは「小説すばる」'08年12月号から'10年9月号に連載)。

 『麒麟の翼』は「加賀恭一郎」刑事シリーズで、TVドラマ化された「新参者」の阿部寛のイメージが、『真夏の方程式』は「湯川学」の"ガリレオ"シリーズで、やはりTVドラマ化された同シリーズや映画化された「容疑者χの献身」の福山雅治のイメージがあり、その点、この作品は「新田浩介」刑事という、東野作品における"ニューフェイス"登場ということもあり、先行イメージに捉われることなく読めました(新田刑事をサポートする所轄の能勢刑事というのがいい味出しているが、この人も東野作品で初登場なのだろうか。何となく既知感がある)。

ホテル 上巻.jpgホテル下巻.jpg 前半部分は、職業ものドラマみたいで、それなりに面白かったけれども、こうしたホテルを舞台にした作品では、これもテレビドラマ化された石ノ森章太郎の『HOTEL』(昭和62年度・第33回「小学館漫画賞」受賞作)などの作品があり、海外でも、ビジネス小説家のアーサー・ヘイリーの『ホテル』(新潮文庫)といった先行作品があるため、それほど新味を感じませんでした。

 とは言え、刑事がホテルマンに扮するという、その職務性質のギャップが面白く、また、プロット的にも、終盤まで面白く読めました。
 所謂"ミッシングリンク"を探るものですが、作者が自ら「想像力の限りを尽くしたという実感があります」(帯より)と述べているのは、この"ミッシングリンク"自体をトリックとしたメタ構造になっていることを指しているのでしょう。

 但し、結末から振り返ると、犯人の犯行方法は、そうしたメタ構造を作者が小説として描いて見せるためのものだったように思われ、「推理小説のための犯行」みたいになってしまっている印象を受けました。
 こうしたことは"本格派推理"では珍しくないことかも知れませんが、結果として作品が"軽く"なってしまった感じがします("第4の犯行"のターゲットが誰だったかということも含め)。

マスカレード・ホテル (集英社文庫).jpg 大体この犯人のやり方は回りくどいばかりでなく、却って犯人にとっての危険度を増すものであったように思われ、なぜ、そうした犯行手口を選んだのかを、犯人自身が被害者を殺害しようする前に滔々と喋っているのも、その点の説明を要することの裏返しではないかと。

 そして、殺害しようとする相手にではなく読者に向けに長広舌を揮っている間に、救い手が現れて―というのも、これまでの小説(乃至は映画やドラマ)などで繰り返されてきたパターンであるように思いました(逆に、スンナリ映像化し易いのかもしれないけれど)。

【2014年文庫化[集英社文庫]】

2019年映画化「マスカレード・ホテル」(東宝)
監督:鈴木雅之/出演:木村拓哉、長澤まさみ、小日向文世、菜々緒、生瀬勝久、松たか子、石橋凌他。
マスカレード・ホテル0.jpgマスカレード・ホテル40.jpg

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丸尾作品に特徴的なウエット感が無く、スコーンと突き抜けている感じ。

パノラマ島奇談 丸尾末広.jpg  パノラマ島綺譚 光文社文庫.jpg パノラマ島奇談他4編 春陽文庫.jpg 天国と地獄の美女.jpg
パノラマ島綺譚―江戸川乱歩全集〈第2巻〉 (光文社文庫)』['04年]『パノラマ島奇談 (1951年) (春陽文庫〈第1068〉)』(装画:高塚省吾)
パノラマ島綺譚 (BEAM COMIX)』['08年]「天国と地獄の美女~江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」~ [DVD]

 2009(平成21)年・第13回「手塚治虫文化賞新生賞」受賞作。

江戸川乱歩×丸尾末広の世界 パノラマ島綺譚.jpg 「月刊コミックビーム」の2007(平成19)年7月号から翌年の1月号にかけて連載された作品に加筆修正したもの。「エスプ長井勝一漫画美術館主催事業」として、「江戸川乱歩×丸尾末広の世界 パノラマ島綺譚」展が今年(2011年)3月に宮城県塩竈市の「ふれあいエスプ塩竈」(生涯学習センター内)で開催されており(長井勝一氏は「月刊漫画ガロ」の初代編集長)、3月12日に丸尾氏のトークショーが予定されていましたが、前日に東日本大震災があり中止になっています。主催者側は残念だったと思いますが、原画が無事だったことが主催者側にとってもファンにとっても救いだったでしょうか。

 原作は、江戸川乱歩が「新青年」の1926(大正15)年10月号から1927(昭和2)年4月号にかけて5回にわたり連載した小説で、売れない小説家だった男が、自分と瓜二つの死んだ大富豪に成り替わることで巨万の富を得て、孤島に人工の桃源郷を築くというものです。

 光文社文庫版にある乱歩の自作解説(昭和36年・37年)によると、発表当初はあまり好評ではなく、それは「余りに独りよがりな夢に過ぎたからであろう」とし、「小説の大部分を占めるパノラマ島の描写が退屈がられたようである」ともしていますが、一方で、萩原朔太郎にこの作品を褒められ、そのことにより、対外的にも自信を持つようになったとも述べています。

江戸川乱歩名作集 春陽堂.jpg『江戸川乱歩名作集』.jpg 個人的には、昔、春陽堂の春陽文庫で読んだのが初読でしたが、ラストの"花火"にはやや唖然とさせられた印象があります。原作者自身でさえ"絵空事"のキライがあると捉えているものを、漫画として視覚的に再現した丸尾末広の果敢な挑戦はそれ自体評価に値し、また、その出来栄えもなかなかのものではないかと思われました。

 前半部分は、原作通り、主人公がいかにして死んだ大富豪に成り替わるかに重点が置かれ、このトリック自体もかなり無理がありそうなのですが、視覚化されると一応納得して読み進んでしまうものだなあと。

丸尾 末広 (原作:江戸川 乱歩) 『パノラマ島綺譚』1.jpg 但し、本当に描きたかったのは、後半のパノラマ島の描写だったのでしょう。海中にある「上下左右とも海底を見通すことのできる、ガラス張りのトンネル」などは、実際に最近の水族館などでは見られるようになっていますが、その島で行われていることは、一般的観念から見れば大いに猟奇変態的なものです。

 しかしながら、丸尾末広の他の作品との比較においてみると、独特の猥雑さが抑えられ、ロマネスク風の美意識が前面に押し出されているように思いました("妻"の遺体があるところが明智小五郎にバレるところなどは、原作の方が気持ち悪い。丸尾版では、明智小五郎が"ベックリンの絵"なる意匠概念を持ち出すなどして、ソフィストケイトされている)。
丸尾 末広 (原作:江戸川 乱歩) 『パノラマ島綺譚』12.jpg
 でも、やはり、ここまでよく描いたなあ。乱歩が夢想した世界に寄り添いながらも、それでいて、丸尾パワー全開といった感じでしょうか。但し、丸尾作品に特徴的なウエット感が無く、逆に、スコーンと突き抜けてしまっています。個人的には、これはこれで楽しめました。

 光文社文庫版にある江戸川乱歩の自作解説によると、原作は、昭和32年に菊田一夫がこれをミュージカル・コメディに書き換えて、榎本健一、トニー谷、有島一郎、三木のり平、宮城まり子、水谷良重などの出演で、当時の東宝劇場で上演したとのことです。一体、どんな舞台だったのでしょうか。


天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」 [DVD]
天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」.jpg 1977(昭和52)年から1994(平成6)年までテレビ朝日系「土曜ワイド劇場」で17年間33回にわたり放送されたテレビドラマシリーズ「江戸川乱歩 美女シリーズ」(内、天知茂版が1977年から1985(昭和60)年までの25回)の中で、第17話として1982(昭和57)年にジェームス三木の脚色によりドラマ化されたことがあり(タイトルは「天国と地獄の美女」)、正月(1月2日)に3時間の拡大版(正味142分)で放映されています。明智小五郎役は天知茂、パノラマ島を造成する人江戸川乱歩 美女シリーズ 天国と地獄の美女01.jpg見広介役は伊東四朗で(山林王・菰田源三郎と二役)、菰田千代江戸川乱歩 美女シリーズ 天国と地獄の美女02.jpg子(源三郎の妻)役が叶和貴子(当時25歳)、その他に小池朝雄、宮下順子、水野久美らがゲスト出演しています。パノラマ島自体は再現し切れていないというのがもっぱらの評判でしたが、そのキッチュ感は後にカルト的な話題になり、シリーズの中で最高傑作に推す人もいるようです(叶和貴子は第21話「白い素肌の美女」(原作『盲獣』(実質的には『一寸法師』)('83年)、北大路欣也版第3話「赤い乗馬服の美女」(原作『何者』)('87年)でも"美女役"を務めた)。
図1天国と地獄の美女.png
  
江戸川乱歩 美女シリーズ3.jpg江戸川乱歩 美女シリーズ2.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(天知茂版)」●監督:井上梅次(第1作-第19作)/村川透/長谷和夫/貞永方久/永野靖忠●プロデューサー:佐々木孟●脚本:宮川一郎/井上梅次/長谷川公之/ジェームス三木/櫻井康裕/成沢昌茂/吉田剛/篠崎好/江連卓/池田雄一/山下六合雄●撮影:平瀬静雄●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩●出演:天知茂/五十嵐めぐみ(第1作-第19作)/高見知佳(第20作-第23作)/藤吉久美子(第24作・第25作)/大和田獏(第1作)/柏原貴(第6作-第19作)/小野田真之(第20作-第25作)/稲垣昭三(第1作)/北町嘉朗(第1作・第4作-第9作)/宮口二郎(第2作・第3作)/荒井注(第2作-第25作)●放映:1977/08~1985/08(天知茂版25回)【1986/07~1990/04(北大路欣也版6回)、1992/07~1994/01(西郷輝彦版2回)】●放送局:テレビ朝日


江戸川乱歩作品集III パノラマ島奇談・偉大なる夢 他.jpgパノラマ島綺譚 江戸川乱歩ベストセレクション (6).jpg【1951年文庫化[春陽文庫(『パノラマ島奇談 他4編―江戸川乱歩名作集2』)]/1987年再文庫化・2015年改版[春陽堂書店・江戸川乱歩文庫(『パノラマ島奇談 他4編』)]/1987年再文庫化[講談社・江戸川乱歩推理文庫(『パノラマ島奇談』)]/2004年再文庫化[光文社文庫(『パノラマ島綺譚―江戸川乱歩全集第2巻』)]/2009年再文庫化[角川ホラー文庫(『パノラマ島綺譚―江戸川乱歩ベストセレクション (6)』)]/2016年再文庫化[文春文庫(桜庭 一樹 (編)「パノラマ島綺譚」--『江戸川乱歩傑作選 獣』)]/2018年再文庫化[岩波文庫(『江戸川乱歩作品集III パノラマ島奇談・偉大なる夢 他』)]】
パノラマ島綺譚 江戸川乱歩ベストセレクション (6) (角川ホラー文庫)』['09年]
江戸川乱歩作品集III パノラマ島奇談・偉大なる夢 他 (岩波文庫)』['18年]


【読書MEMO】
●江戸川乱歩の美女シリーズ(天知茂版)
話数 放送日 サブタイトル 原作 美女役 視聴率
1 1977年8月20日 氷柱の美女 『吸血鬼』 三ツ矢歌子 12.6%
江戸川乱歩シリーズ 浴室の美女.jpg2 1978年1月7日 浴室の美女 『魔術師』 夏樹陽子 20.7%
3 1978年4月8日 死刑台の美女 『悪魔の紋章』 松原智恵子 15.6%
4 1978年7月8日 白い人魚の美女 『緑衣の鬼』 夏純子 14.5%
5 1978年10月14日 黒水仙の美女 『暗黒星』 ジュディ・オング 15.3%
6 1978年12月30日 妖精の美女 『黄金仮面』 由美かおる 14.0%
7 1979年1月6日 宝石の美女 『白髪鬼』 金沢碧 13.0%
8 1979年4月14日 悪魔のような美女 『黒蜥蜴』 小川真由美 15.4%
9 1979年6月9日 赤いさそりの美女 『妖虫』 宇津宮雅代 16.9%
10 1979年11月3日 大時計の美女 『幽霊塔』 結城しのぶ 23.4%
11 1980年4月12日 桜の国の美女 『黄金仮面II』 古手川祐子 15.9%
12 1980年10月4日 エマニエルの美女 『化人幻戯』 夏樹陽子 19.5%
江戸川乱歩の美女シリーズ 魅せられた美女.jpg13 1980年11月1日 魅せられた美女 『十字路』 岡田奈々 20.0%
14 1981年1月10日 五重塔の美女 『幽鬼の塔』 片平なぎさ 21.6%
15 1981年4月4日 鏡地獄の美女 『影男』 金沢碧 19.7%
16 1981年10月3日 白い乳房の美女 『地獄の道化師』 片桐夕子 20.1%
17 1982年1月2日 天国と地獄の美女 『パノラマ島奇談』 叶和貴子 16.6%
18 1982年4月3日 化粧台の美女 『蜘蛛男』 萩尾みどり 17.6%
19 1982年10月23日 湖底の美女 『湖畔亭事件』 松原千明 16.0%
20 1983年1月1日 天使と悪魔の美女 『白昼夢』(『猟奇の果て』) 高田美和 12.6%
21 1983年4月16日 白い素肌の美女 『盲獣』(『一寸法師』) 叶和貴子 13.3%
江戸川乱歩シリーズ 禁断の実の美女.jpg22 1984年1月7日 禁断の実の美女 『人間椅子』 萬田久子 18.9%
23 1984年11月10日 炎の中の美女 『三角館の恐怖』 早乙女愛 22.4%
24 1985年3月9日 妖しい傷あとの美女 『陰獣』 佳那晃子 24.7%
25 1985年8月3日 黒真珠の美女 『心理試験』 岡江久美子 26.3%
(北大路欣也版)
1 1986年7月5日 妖しいメロディの美女 『仮面の恐怖王』 夏樹陽子 19.9%
2 1987年1月10日 黒い仮面の美女 『凶器』 白都真理 17.0%
3 1987年8月15日 赤い乗馬服の美女 『何者』 叶和貴子 17.9%
4 1988年5月14日 日時計館の美女 『屋根裏の散歩者』 真野響子 16.4%
5 1989年8月26日 神戸六甲まぼろしの美女 『押絵と旅する男』 南條玲子
6 1990年4月14日 妖しい稲妻の美女 『魔術師』 佳那晃子 15.8%
(西郷輝彦版)
1 1992年7月4日 からくり人形の美女 『吸血鬼』 美保純 15.5%
2 1994年1月8日 みだらな喪服の美女 『白髪鬼』 杉本彩 13.4%

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恐るべき内容ながらも、抑制の効いた知的で簡潔・骨太の文体。男性的な印象を受けた。

海神丸3.JPG海神丸 野上.jpg海神丸 野上弥生子.jpg   野上弥生子.jpg 野上弥生子(1885-1985/享年99)
岩波文庫旧版/『海神丸―付・「海神丸」後日物語 (岩波文庫)』 

野上彌生子集 河出書房 市民文庫 昭和28年初版 野上弥生子.jpg 1916(大正5)年12月25日早朝、男4人を乗せ、大分県の下の江港から宮崎県の日向寄りの海に散在している島々に向け出航した小帆船・海神丸は、折からの強風に晒され遭難、漂流すること数十日に及び、飢えた2人の船頭は、船長の目を盗んで若い仲間を殺し、その肉を喰おうと企てる―。

野上彌生子集 河出書房 市民文庫 昭和28年初版(「海神丸」「名月」「狐」所収)

『海神丸』.JPG 1922(大正11)年に野上弥生子(1885-1985/享年99)が発表した自身初の長編小説で、作者の地元で実際にあった海難事故に取材しており、本当の船の名は「高吉丸」、但し、57日に及ぶ漂流の末、ミッドウエー付近で日本の貨物船に救助されたというのは事実であり、その他この小説に書かれていることの殆どは事実に即しているとのことです。

 救出された乗組員は3人で、あとの1人は漂流中に"病死"したため水葬に附したというのが乗組員の当時の証言ですが、何故作者が、そこに隠蔽された忌まわしい出来事について知ることが出来たかというと、物語における船長のモデルとなった船頭が、たまたま作者の生家に度々訪ねてくるような間柄で、実家の弟が彼の口から聞いた話を基に、この物語が出来上がったとのことです。

 岩波文庫の「海神丸」に「『海神丸』後日物語」という話が附されていて、作品発表から半世紀の後、海神丸を救助した貨物船の元船員と偶然にも巡り合った経緯が書かれている共に、救出の際の事実がより明確に特定され、更には、船長らの後日譚も書いていますが(作者と船長はこの時点では知己となっている)、この作品を書く前の事件の真相の情報経路は明かしていません(本編を読んでいる間中に疑問に思ったことがもう1つ。この小説が発表されたのは、救出劇から5年ぐらいしか経っていない時であり、殺人事件として世間や警察の間で問題にならなかったのだろうか)。

 大岡昇平の『野火』より四半世紀も前に"人肉食"をテーマとして扱い、恐るべき内容でありながらも(この物語が「少年少女日本文学館」(講談社)に収められているというのもスゴイが)、終始抑制の効いた、知的で、簡潔且つ骨太の文体。作者は造り酒屋の蔵元のお嬢さん育ちだったはずですが、まるで吉村昭の漂流小説を読んでいるような男性的な印象を受けました。

 「大切なのは、美しいのは、貴重なのは知性のみである」とは、作者が、この作品の発表の翌年から、亡くなる半月前まで60年以上に渡って書き続けた日記の中にある言葉であり、作者の冷徹な知性は、「『海神丸』後日物語」において、"人肉食"が実際に行われた可能性を必ずしも否定していません。
 
海神丸 野上弥生子 新藤兼人「人間」.jpg 尚、この作品を基に、新藤兼人監督が「人間」('62年)という作品を撮っていますが、個人的には未見です。

「海神丸」の映画化 「人間」.jpg
人間 [DVD]
乙羽信子/山本圭/殿山泰司/佐藤慶


【1929年文庫化・1970年改版[岩波文庫]/1962年再文庫化[角川文庫]】

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先生が教室で授業をしているような分かり易さだが、一応は、書かれた時代も念頭に置くべき。。

谷崎 潤一郎 『文章読本』.JPG  文章読本 谷崎 中公文庫.jpg文章読本 (中公文庫)』 文章読本さん江.jpg 斎藤美奈子 『文章読本さん江

谷崎 潤一郎 『文章読本』 初版1.jpg谷崎 潤一郎 『文章読本』 初版2.jpg 谷崎潤一郎(1886-1965)が1934(昭和9)年に発表したもので、「なるべく多くの人々に読んでもらう目的で、通俗を旨として書いた」と前書きしている通りに読み易く、その年のベストセラーだったとのこと。中公文庫版は、改訂により活字が大きくなり、更に読み易くなっています(活字を大きめにしたのは、活字が小さいのは良くないと本書に書いてあるからか)。
谷崎潤一郎 『文章読本』初版 1934(昭和9)年

 三島由紀夫の『文章読本』('59年/中央公論社)、清水幾太郎の『論文の書き方』('59年/岩波新書)と並んで、「文書読本」の"御三家"と言われているそうですが、それらより四半世紀早く世に出ているわけで、一緒に並べるのはどうかと思います。
 因みに、"新御三家"は、本多勝一・丸谷才一・井上ひさしの3人の著者だそうで、何れにせよ、後に続く多くの人が、この「文章読本」と冠した本を書いていることになります。

 学校の先生が教室で授業をしているような感じの口語文で、文章というものを様々な視点から論じるとともに、事例も多く引いているため、たいへん分かり易いものとなっており、また、言っている内容も、現在の日本語の方向性をかなり予見したものとなっているように思います。

 この本に関して言えば、作家というより国文学者、国語学者みたいな感じなのですが、著者らしいと思ったのは、言文一致を唱えながらも、小説家の書くものには、その言文一致の文章の中にも、和文脈を好むものと漢文脈を好むものがあり、前者を泉鏡花、上田敏など、後者を夏目漱石、志賀直哉などとして、それぞれ「源氏系」と「非源氏系」と名付けている点です。

 興味深いのは、志賀直哉の簡潔な文体をかなり絶賛していて、「城の崎にて」からかなりの引用解説しているほか、森鷗外の簡勁な表現なども高く評価している点で、著者自身の文学作品は、それらの対極にある「源氏系」であるように思われ、やや不思議な感じもしますが、読んでいくうちに、「源氏系」か「非源氏系」ということと、簡潔であるかどうかということは矛盾するものではないということが分かってくるようになります。

 そのほかにも、文章のコツ、すなわち人に「わからせる」ように書く秘訣は、「言葉や文字で表現出来ることと出来ないこととの限界を知り、その限界内に止まること」であり、また、「余りはっきりさせようとせぬこと」ともあって、なるほどなあと。

 なぜ「コマカイ」の送り仮名を「細い」と送らず「細かい」と送るかなどといったことは、ちょっとと考えれば分かることですが、多くの例を引いて、そもそも日本語の文法のルールが曖昧であることを検証してみせ、その曖昧さに価値と有用性を認めている点が、さすがという感じ。

吉行 淳之介.jpg 但し、文庫解説の吉行淳之介が、「この本についての数少ない疑点」として幾つか挙げている中の最後にもあるように、「文章には実用と藝術の区別はないと思います」という点が、本書で言う文章の対象には詩歌などの韻文は含まれていないとはしているにしても、どうかなあという気はしました(吉行淳之介は「私の考えでは微妙な区別があると思う」としている)。

文章読本さん江.jpg この「文章には実用と藝術の区別はない」というのが、この本の冒頭にきていて、本書で最も強調されていることのように思われるだけに、ずっと読んでいて引っ掛かるわけですが(何せ書いているのが「源氏派」の谷崎だけに)、これについては斎藤美奈子氏が『文章読本さん江』('02 年/筑摩書房)の中で、著者自身が、明治前期に主流だった「自分の心の中にもないこと、自分の云いたいとも思わないことを、できるだけねじ曲げて、かつ装飾的に伝えること」を要諦とするような文章作法教育を受けてきたため、それに対するアンチテーゼとして、そう言っているのだとしており、至極納得した次第です。

 あまりに分かり易く書かれているためについつい忘れがちになりますが、やはり、書かれた時代というものも考えに入れなければならないのでしょう。詰まるところ、「文章の要は何かと云えば、自分の心の中にあること、自分の云いたいと思うことを、出来るだけその通りに、かつ明瞭に伝えることにある」というのが、本書の最大の主張であるように思われますが、思えば、その後に登場する文章読本の多くが、この本家「文章読本」に対するアンチテーゼのような形を取っているのが興味深いです。

 例えば三島由紀夫は、「文章には特殊な洗練を要す」(『文章読本』(中公文庫))としているし(ある意味、感性を要すという本書の趣旨に近いか)、清水幾太郎は「あるがままに書くな」(『論文の書き方』(岩波新書))と言っており、本多勝一は「話すように書くな」(『日本語の作文技術』(朝日文庫))、丸谷才一に至っては「思ったとおり書くな」(『文章読本』(中公文庫))とまで言っていますが、これらの言説も、各人がそう唱える上でのバックグラウンドを念頭に置く必要があるのかもしれません。

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照明や建築物だけでなく、食器・食物、能・文楽、美人などにまで及ぶ「陰翳礼讃」論。

谷崎 潤一郎 『陰翳礼讃』 創元社.jpg陰翳礼讃 中公文庫.jpg    陰翳礼讃 東京をおもう.jpg 陰翳礼讃 (角川ソフィア文庫).jpg
『陰翳礼讃』創元社(1943)『
陰翳礼讃 (中公文庫)』 『陰翳礼讃 東京をおもう (中公クラシックス (J5))』['02年]陰翳礼讃 (角川ソフィア文庫)』['14年]

 「陰翳礼讃」は、谷崎潤一郎(1886-1965)が1933(昭和8)年12月から翌年にかけて雑誌「経済往来」に発表した随筆で、日本人の美意識とは「陰」や「仄暗さ」を条件に入れて発達してきたものであり、明るさよりも翳りを、光よりも闇との調和を重視してきたものであると分析しているものですが、建築やインテリア、照明の仕事に携わる人には長らく必読の書のように言われてきて、特に今で言う照明デザイナーのような職種の人は、その仕事につくや先輩から読むように言われたという話も聞きますが、今はどうなのでしょうか。

吉行 淳之介.jpg 昭和50年初版の文庫本の解説で、吉行淳之介が30数年ぶりに読み返したとありますが、著者がこれを書いた頃は、電気による照明が人々の暮らしに浸透しつつあり、何でもより明るく照らし、生活の中から闇の部分を消し去るということが進行中乃至完了したばかりの頃であったのに対し、吉行がこの解説を書いた頃には、もう随分前から電気照明が当たり前になっており、そのため、逆にその「照明」に注目した点が、吉行にとっては'盲点'だったとしています。

 著者は、翳の中の光の微細な変化を美として生活に嵌め込んでいた時代を"懐かしむ"が如く著しているわけですが(元に戻せと言っても"今更不可能事"であり"愚痴"に過ぎないとも言っている)、それでは今の時代に読んでどうかというと、やはり日本人の心の底に綿々とある美意識を鋭く衝いているように思われ、実際、最近でも「ランプの宿」など人気があることからみても、西洋とは異なる、日本人に普遍的な心性をよく捉えているのではないかと思いました。

 中公文庫版は、「陰翳礼讃」のほかに、「瀬惰の説」(昭和5年発表)、「恋愛及び色情」(昭和6年発表)、「客ぎらい」(昭和23年発表)、「旅のいろいろ」、「厠のいろいろ」(共に昭和10年発表)の5篇の随想を所収していますが、他の随想にも概ね"陰翳礼讃"というコンセプトが貫かれており、「瀬惰の説」では、「怠ける」ということに対する日本人と西洋人の考え方の違いから、日常の生活姿勢における両者の美意識の違いを、「恋愛及び色情」では、「源氏物語」に代表される日本の古典文学を通して、日本人に特徴的な恋愛観や性愛観に踏み込んで論じていて、両篇とも、「陰翳礼讃」に匹敵する洞察の深さが見られます。

 さらっと書いていながらも格調高い「陰翳礼讃」や「恋愛及び色情」に比べると、「旅のいろいろ」「厠のいろいろ」は、それらより若干柔らかいタッチの随想ですが、例えば「厠のいろいろ」で述べられている"トイレット考"は、「陰翳礼讃」の中に既に見られます。

 但し、今回、自分自身も読み直してみて改めて感じたのは、触れている事柄の範囲の広さが、やはり「陰翳礼讃」は広いなあと。照明や建築物だけでなく、食器・食物、能・文楽、美人などにまで及び、「瀬惰の説」「恋愛及び色情」の後に発表されていることから見ても、著者の美意識、美学の集大成、エッセンスと言えるものではないでしょうか。

 漆器や味噌汁の色合いは暗闇においてこそ調和し、仏像や金屏風は薄暗い中で間接照明の機能を果たしていたのではないか、といった考察は実に卓見、羊羹(!)から日本人女性の肌の色まで、全て"陰翳礼讃"というコンセプトで論じ切っていて、それでいて充分な説得力があるのは、やはりスゴイことではないかと思います。

「IN-EI RAISAN(陰翳礼讃)」(2018年/高木マレイ監督/主演:国木田彩良(国木田独歩の玄孫))谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を原案とする短編映画
IN-EI RAISAN(陰翳礼讃)2.jpg IN-EI RAISAN(陰翳礼讃).jpg

《読書MEMO》
●「かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹の色を讃美しておられたことがあったが、そう云えばあの色などはやはり瞑想的ではないか。玉(ぎょく)のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光りを吸い取って夢みる如きほの明るさを啣んでいる感じ、あの色あいの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対に見られない。クリームなどはあれに比べると何と云う浅はかさ、単純さであろう。だがその羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる」(文庫初版24p)。

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昭和28年から昭和32年にかけての発表作品。「張込み」はやはり傑作。

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張込み―松本清張短編全集〈03〉 (光文社文庫)』/「張込み [DVD]
張込み―松本清張短編全集〈3〉 (カッパ・ノベルス)

 '55(昭和30)年発表の「張込み」をはじめ、昭和28年から32年にかけて発表された松本清張(1909-92)の短篇集。

 銀行員の夫との平凡な日常を脱し、かつての恋人(今は強盗殺人犯として逃亡中)との一瞬の情愛に全てを賭けようとする女性を、張込みをする刑事の視点から描いた「張込み」、台頭する後輩家臣・羽柴秀吉の前に、隠忍型の性格ゆえに苦渋の思いを強いられる丹羽長秀の晩節を描いた「腹中の敵」(昭和30年発表)、小倉に在住していた女流歌人・杉田久女(1890-1946)をモデルに、女流歌人・ぬいの愛が狂気に変貌していく様を描いた「菊枕」(昭和28年発表)、考古学に携わる者の間で"考古学の鬼"との異名とったアマチュア考古学者・森本六爾(1903-1936)をモデルに、34歳で亡くなった不遇の考古学者・木村卓治の葛藤と反抗の生涯を描いた「断碑」(昭和29年発表)、同じく考古学者である直良信夫をモデルに、"明石原人"の人骨発見し、旧石器文化説を唱えるも学界から嘲笑される考古学者の苦悩を一人称で描いた「石の骨」(昭和30年発表)、父親とその系譜に対する主人公の嫌悪と葛藤を同じく一人称で綴った「父系の指」(昭和30年発表)、加藤清正の子で、嫡男・光広の退屈凌ぎの悪戯が昂じて、家康に謀反を抱く者ととられ御家取り潰しの憂き目に遭った大名・加藤忠広を史実をもとに描いた「五十四万石の嘘」(昭和31年発表)、江戸時代の佐渡金山を舞台に、夫婦で佐渡に赴任した役人が、自分が島流しにした妻のかつての恋人の今の姿を見ようとして起こる出来事を描いた愛憎劇「佐渡流人行」(昭和32年発表)の8篇を所収。

 朝日新聞にいた松本清張が社を辞めたのが「五十四万石の嘘」を書いた頃と自分であとがきに書いていますから、ここに収められている作品の多くは在職中に書いたものということになりますが、推理小説と呼べるものがない点が興味深く、作者が当時、色々な小説のスタイルを模索していたことが窺えます。

 「腹中の敵」「五十四万石の嘘」「佐渡流人行」は時代もので、「石の骨」「断碑」は考古学もの、「父系の指」は自伝的小説の色合い濃いものですが、それぞれ、歴史ものでは「西郷札」(昭和25年発表)、学究者ものでは「或る『小倉日記』伝」(昭和25年発表)、自伝的なものでは「火の記憶」(昭和27年発表)といった先行作品があります。

 因みに、「五十四万石の嘘」のモデルの丹羽長秀は、秀吉の振舞いに憤って切腹したとの説もありますが、一般には胃癌で亡くなったというのが史実とされており、「菊枕」のモデルの杉田久女は、実際には夫に縛られるような生活を送ったわけでも精神を病んだわけでもないなど、この辺りは「或る『小倉日記』伝」にも見られたような巧みな"物語化"が見られます。

 何れも珠玉の名篇ですが、やはり一番の傑作は、一見平凡な主婦に宿る"女の情念"を描いた「張込み」でしょうか。「今からだとご主人の帰宅に間に合いますよ」と刑事が女主人公に言うくだりが印象に残ります。作者の推理小説への出発点とされている作品ですが、作者自身が、推理小説だとは考えずに書いたと言っているように、サスペンスではあるが、ミステリではありません(敢えて推理小説風に言えば、「倒叙法」がとられていることになるが)。

 橋本忍脚本、野村芳太郎監督で映画化され('58年/モノクロ)、映画では、逃亡中の犯人(田村高廣)の昔の恋人(高峰秀子)を見張る刑事が2人(大木実・宮口精二)になっており、やはり1対1にしてしまうと、見張る側に関してもセリフ無しで心理描写せねばならず、それはきつかったのか...。それでもモノロ張込み 3.jpgーグ過剰とならざるを得ず、しかも、原作には無い描写を多々盛り込んでおり、もともと短篇であるものを2時間にするとなると、こうならざるを得ないのでしょうか。ともかくも、野村芳太郎はこの作品で一気にメジャー監督への仲間入りを果たすことになります。

「張込み」 (1958/01 松竹) ★★★☆

張込み 映画2.jpg「張込み」●制作年:1958年●製作:小倉武志(企画)●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍●撮影:井上晴二●音楽:黛敏郎●原作:松本清張「張込み」●時間:116分●出演:大木実/宮口精二/高峰秀子/田村高廣/高千穂ひづる/内田良平/菅井きん/藤原釜足/清水将夫/浦辺粂子/多々良純/芦田伸介●公開:1958/01●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-22)(評価★★★☆)

【1964年ノベルズ化・2002年第3版[カッパ・ノベルス]/2008年文庫化[光文社文庫]】

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「詩による人生論の試み」。生死・男女を巡る思惟、時間に対する省察―面白かった。

無為について.JPG無為について (講談社学術文庫)』['88年]上田三四二.jpg 上田三四二(1923-1989/享年65)

 兵庫県小野市出身、京都帝国大医学部卒で、結核の専門医として先ずその名を世間に知られ、歌人であり作家であり文芸評論家でもあった上田三四二(うえだ みよじ)の著作で(この人の没日は平成元年1月8日で平成の第1日目だった)、同じ講談社現代新書に『短歌一生』『徒然草を読む』などの著作も収められていますが、本書は人世論風エッセイ集です。

 「老年について」「壮年の位置について」「無為について」など25篇から成り、著者が言うように「美文」を意識して書かれていますが、「美文」そのものが目的では無く、学術文庫の帯には「詩による人生論の試み」とあります。

 主に生(性)と死を巡る"随想"乃至"思惟"と言えばいいのか、随所に詩人の物の考え方が浮き彫りにされていて、一方で、理系的な明晰且つ論理的思考も織り込まれているように思いました。

 しかも、一見達観しているように見えて、内実はかなり「性」「男と女」に関することで占められており、赤裸々な記述もあったりしますが、これは、オリジナルが、著者が39歳の時に刊行されたもの(1963年・白玉書房刊)であることによるのかもしれません。
 "赤裸々"と言っても、論理的美文調ですから、例えば以下のような記述になるのですが...(何だかいっぱい引用したくなってしまいそう)。

「衣服について」―ストッキングだけの脚を一方に置き、他方に爪先もあらわさぬ法官の寛衣をもってくると、奇怪さは後者において一段と著しい。性には退廃はあっても欺瞞はない。(中略)衣服は二つの典型を持つ。所与たる自然としての身体を、一層美化し明確にし認識をもたらすための衣服と、この自然形態たる首から下を、無視し隠蔽し忘却せしめるための衣服と。前者はほとんど女性に属し、後者は多くは男性のものである。(63p)

「ナルシスムについて」―女のなかに自己を確認し、鏡の中の自己を忘却することは男たるものの本意である。すべての男はこういう女への献身の中にその生涯を顕現するのだが、ただナルシストだけはちがう。(75-76p)

「愛と死について」―花嫁の美しい装いは、愛が全裸であることの羞恥が生んだ面はゆい智慧である。また棺をかざる錦繍は、死の絶対の孤独を隠蔽する甲斐なくおろかな祈願である。(83p)

「女性について」―(海水浴場で)一体女性は男性にくらべて、こういう解放的な雰囲気の中で一層自由に、快活に、そうして陶酔にいたるのはどうしてだろう。(中略)水の中の女性はほとんどニンフである。彼女等はクピオドの箭を望んで、その眼ざしはすでに酔っている。(95p)

「旅について」―道ゆく人がほしいままに口をつけ、泉はつねに新しい。そんな娼婦に私はいつか逢うときはないだろうか。(114p)

「記憶について」―子供の頬があんなに輝き、言葉がまるで光のようなのは、彼に人類の記憶というものがなからだ。彼は記憶を持たない、ただ遺伝質をもっている。(中略)過去は私の背後に電線のように続いているのではない。電柱のように並んでいる。電柱と電柱の間の記憶を私は持たない。その空間は私にとって死の空間であり、このおびただしい記憶の欠落の野のなかに、私の過去の傷ついた記憶―電柱だけが黒々と並んでいる。(153-154p)

「都市について」―ウェイトレスが私の前にコーヒーを置く。その腕は露わで、足は素足である。胸は、薄い制服の下で春の泉のように盛り上がっている。都市はいま春である。いや、常に春なのであろう。(中略)この巨大な有機体は快楽を目指す。そして札束は、快楽追求のための酸素であり、免罪符である。(169p)

「演劇とスポーツについて」―朝毎の新聞に、スポーツ欄だけがすがすがしい。なまの現実をはこぶ新聞の、ここだけが生活を遮断して、無用の営みのなかに爽やかな創意をくりひろげている。しかし活字は蒼ざめた模写である。だから人は実況放送に耳をかたむけ、テレビを通して競技場に侵入し、更にはスタンドの固い席に現身をはこんで、目のあたりに懸命な選手たちに声援を送るのである。(176p)

 最初の方の「壮年の位置について」の中に「老年の観念性は思い出という経験の実体によって重い。(中略)思い出は、冬のさなか、不意に薄衣を手にしたときの驚きに似ている。そして思い出の重さは、彼がかつての夏の日、なし得た行為の量如何にかかっている。壮年だけが、彼にとっての存在であったからだ」(23p)とあり、そうかもしれないなあと思いましたが、30代で書いているんだなあ、こんなことを。

 本書のタイトルとなっている「無為について」の中には、「無為のなかで、私はついぞ退屈した記憶がない」(32p)とあり、「私は書物によって倦怠から自由になり、無為をゆたかな閑暇にまで高めようとしている。これもまた妄執の一つであろう」(33p)としています。

 大病をしながらも晩年まで活発な評論活動を行った人ですが、本書はその大病をする前に書かれたものでありながら、すでに、生命や生きている時間というものに対する深い省察が見られ、また、読んでいてなかなか面白かったです。
 またいつか読み返すと、その時はその時で、また違った箇所を引用したくなるかもしれません。

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読ませる。読ませるけれども長い。長いけれども読ませる。読ませるけれども...

おまえさん 単行本 上.bmp おまえさん 単行本下.bmp    おまえさん 文庫 上.jpg おまえさん 文庫下.jpg
おまえさん(上)』『おまえさん(下)』『おまえさん(上) (講談社文庫)』『おまえさん(下) (講談社文庫)

IMG_3612.JPG 『ぼんくら』('00年)、『日暮らし』('04年)に続くシリーズ第3作ですが、7年間もお待たせして読者に申し訳なかったという作者の意向によるとかでの単行本と文庫の同時刊行だそうで、有難いと言えば有難いことであり、こうなると文庫の方を買ってしまいます。

 大きなハズレがなく、安心して読める作者の時代ものですが、最近、『おそろし』('08年)にしろ『あんじゅう』('10年)にしろ、岡っ引きが出てこないなあと思っていたら、しっかりこっちの方で活躍していました。

 人物関係を丁寧に描き込んでいるので、7年間の記憶のブランクがそれによって埋まり、政五郎が回向院の茂七の手下ということは『本所深川ふしぎ草紙』('91年)からの系譜なのだなあと改めて認識したりもしました。

 ただ、このシリーズの「名探偵役」は井筒平四郎ではなく弓之助と、これはもう決まっているみたいで、それはそれでいいとして、下手人の特定までが結構長かったなあという感じ。文庫換算の総ページ数で、『ぼんくら』が667ページ、『日暮らし』が888ページに対し、この作品は1130ページ。

 このシリーズはもともと推理の部分だけでなく、長屋を巡る市井の人々の生活の活気や人情が魅力なのですが、ただ、事件の解明の方が遅々として進まないと思ったら、弓之助が結局一人で論理的謎解きをやってしまうため、そこまで長々と描かれたプロセスは何だったのだろうかという気も。

 弓之助の謎解きの後も、下手人が逃亡しているため話は続くわけですが、また合間に事件に関係ないような話も入る―それでも、終盤の詰めの部分の展開は面白く、弓之助の兄で淳三郎という非常に面白いキャラの遊び人が活躍したり、片恋に苦悩する信之輔の葛藤があったりと、エンタメとしても人間ドラマとしても充実していたように思います。

 読ませます。読ませるけれども長い。弓之助の謎解きまでを3分の2ぐらいに減らしてもよかったのではないかなあ(そしたら、謎解きで上巻が終わって、下手人捜しが下巻となり、上下巻の区切りも良くなった?)。この長さでも読ませることには一応変わりなく、そこは手馴れの成せる技ではありますが。

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