【1528】 ○ 道尾 秀介 『月と蟹 (2010/09 文藝春秋) ★★★☆

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人物描写は丁寧だが、ラストは、自分の中では"失速"してしまった印象を受けた。

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月と蟹』(2010/09 文藝春秋)

 2010(平成22)年下半期・第144回「直木賞」受賞作。

 父親の働く会社が倒産し、鎌倉で一人暮らししていた祖父と同居し始めて2年になる小学5年の慎一は、昨年その父が亡くなり、今は借家で母と祖父と3人で暮らしている。学校では転校してきて以来、クラスで孤立し、嫌がらせを受けている慎一だったが、唯一同じ引越し組の春也とはウマが合うため行動を共にすることが多い。ある日、2人は廃業した飲み屋の裏側に秘密の場所を見つける。そこで2人は、ヤドカリを神に見立てて願いごとをする遊びを思いつく。すると、願った通りの出来事が現実になり始めて―。

 "文学的ミステリ"とでも言うか、"ミステリ"と"文芸"の両要素が混在したような作品が多い作者ですが、これはかなり"文芸"寄りかなあと思って読みました。

 作者の作品では、成人した登場人物が自分の幼年期の記憶を回想する描写などに筆力を感じることが多いのですが、この作品では、1988(昭和63)年頃を年代背景としながらも、リアルタイムで11歳の子供の世界を描いています(因みに作者は1975年生まれ。当時中学生のはず)。

 ヤドカリにまつわる子供達の遊び(儀式)は、宮本輝の『泥の河』を想起させましたが、宮本氏はどう評価したのかなあと思ったら、「芥川賞」の選考委員だった...。でも、この作品からも、特有の切なさや懐かしさのようなものは伝わってきました。

 児童虐待などは、過去の作者の作品で使われたモチーフではありますが、それでも、子供の複雑な心理を描いて安定して優れているように思われ、2人の関係に割って入る鳴海という女の子の描き方や、主人公にとって老師的な存在である祖父の配置もなかなかいいです。

 なぜ、あれほどヤドカリが出てくるのに「月とヤドカリ」ではなく「月と蟹」なのかは終盤になって分かりましたが、最後まで"文芸"でいってくれても良かったのだけど、途中から"ミステリ"の要素が入ってきて、最後は、作者の出自である"ホラー"的要素もあったように思われ、(作者にすればクライマックスなのだろうけれども)個人的に自分の中では"失速"してしまった印象を受けたのがやや残念、「★★★☆」の評価は、直木賞受賞作ということを意識した面もあるかもしれず、自分としてもやや甘めかも。

 その直木賞の選考においても、圧倒的に推挙されたと言うよりは、5回連続の候補となるため、そろそろ受賞させないと、伊坂幸太郎氏みたいに訣別宣言されてしまうのではないかという危惧が働いたのではないでしょうか。

 人物はよく描けていると思われるものの、少し主人公の世界が狭すぎる印象も受け、とは言え、これだけヤドカリの事を何度も書き込まれると、ヤドカリのイメージが頭にこびりついてしまい、多分記憶に残る(?)作品になったことには違いないと思われます。

【2013年文庫化[文春文庫]】

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