【1527】 ◎ ロス・マクドナルド (小鷹信光:訳) 「一瞬の敵」―『世界ミステリ全集〈6〉ロス・マクドナルド』 (1972/07 早川書房) ★★★★☆

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富裕層の闇と少年のトラウマ。ロス・マクらしいモチーフの傑作。家系図を作りながら読むべし。

一瞬の敵―リュウ・アーチャー・シリーズ.jpg一瞬の敵 ロス・マクドナルド 早川ポケット.jpg  一瞬の敵 世界ミステリ全集6.jpg   ロス・マクドナルド.jpg Ross Macdonald(1915 - 1983)
一瞬の敵―リュウ・アーチャー・シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1244)』['85年]/『世界ミステリ全集〈6〉ロス・マクドナルド (1972年)』(人の死に行く道/ウィチャリー家の女/一瞬の敵)['72年]

 私立探偵リュウ・アーチャーは、銀行の部長キース・セバスチャンから、17歳の娘サンディが前科者の恋人デイヴィ・スパナーと散弾銃を持って家出したため探して欲しいとの依頼を受ける。デイヴィのアパートを見つけ管理人のローレル・スミス夫人訪ねると、そこにサンディとデイヴィもいたが、アーチャーはデイヴィに殴られ、2人は銃を持って姿を消す。サンディ達はどこかの屋敷の地図を残していたが、調べてみるとキース・セバスチャンの銀行の所有者であるスティーブン・ハケットの家らしいため、アーチャーはハケット家を訪ねて危険を知らせる。アパートの管理人スミス夫人を再度訪ねると、彼女は何者かに殴り倒されていて、救急車で病院に運ばれるが死亡、彼女の本名はローレル・プレヴィンズということが分かり、更にデイヴィの養父母に会って、そこにデイヴィとサンディが現れ、今夜ハケット邸に行くような話振りだったと聞き出すが、ハケット家に電話すると、スティ-ブン・ハケットがデイヴィとサンディに銃で脅されて連れ去られた後であり、ハケットの母親は、息子を無事に連れ戻したくれたら10万ドル払うとアーチャーに依頼する―。

Ross MacDonald:The Instant Enemy.bmp 1967年に発表されたハードボイルド作家ロス・マクドナルド(1915‐1983)の作品で(原題:The Instant Enemy)、同じく早川の「世界ミステリ全集」に所収の『ウィチャリー家の女』(' 61年発表)(2段組286ページ)よりはやや短い(2段組み236ページ)ものの、ストーリーが複雑で読みでがあり、上記はあらすじの一部に過ぎず、更にアーチャーは、デイヴィの家系を探ることになりますが(少なくともこの辺りからは、家系図を作りながら読んだ方がいい)、そこには親子4代にも及ぶ怨念の歴史が横たわっていることが徐々に浮かび上がってきます。
"The Instant Enemy (Vintage Crime/Black Lizard)"(2008年/ペーパーバック)

 庭に人工湖を持つというハケット家は、石油で儲けた大富豪で(ポール・ゲテイがモデルとの説も)、そのハケット家の血に塗られた過去が、現在に於いて更なる連続殺人を引き起こすという展開ですが、富裕階級の隠蔽された闇を描いてアメリカという国の社会病理を炙り出しているという点でも、幼児期の残酷な経験が少年の人格形成に及ぼした暗い影―というトラウマ説(フロイディズム)的モチーフにおいても、ロス・マクドナルドらしい作品だと思います。

 アーチャーは事件こそ見事に解決しますが、気分は鬱々として晴れないようで(このような事件を扱えばそうなるだろうなあ)、自分の心理を独白で語ることをあまりしない彼ですが、ラストシーンで見せる小切手を破り棄てるという行為に、そのことがよく表されているように思われました(美意識と言うより疲弊感が滲む)。

 読後感はかなり重いですが、最初はばらばらに思えた登場人物の関係が徐々に繋がっていく展開は見事で、ストーリー密度はかなり高く、傑作と言えます。

村上春樹 09.jpg 作家・村上春樹氏がロス・マクドナルドの作品の愛好者であるようですが、この作品の少年は、養父から「発作的に腹を立てて、突然他者の敵にならぬこと」(これがタイトルの由来か)といった、「十戒」的な"超自我"が植え付けられている一方で、実の父親のことをよく知らず「父親探し」の旅もしているわけで、村上作品のテーマやモチーフにも通じるものがあるなあと(但し、村上氏自身がハードボイルドタッチの小説を書いても、こんな複雑精緻なストーリーにはならないが)。

【1975年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ(小鷹信光:訳)]/1988年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫( 小鷹信光:訳)]】

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This page contains a single entry by wada published on 2011年8月16日 23:17.

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