【1522】 ○ ギ・ド・モーパッサン (杉 捷夫:訳) 『雨傘―他七編』 (1938/09 岩波文庫) ★★★☆

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人間へのアイロニカルな批評眼と併せて、暖かい視線や鷹揚な姿勢も感じた。

雨傘 モーパッサン.jpg 1雨傘.png『雨傘―他七編』['38年/岩波文庫(絶版)] モーパッサン.jpg ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)
雨傘 モーパッサン22.jpg ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)が1884年、33歳の時に発表した「雨傘」のほか、「モンジレ爺さん」(1885年)、「あな」(1886年)、「ロムどんのいきもの」(1885年)、「トワヌ」(1885年)、「うしろだて」(1884年)、「勲章が貰へた」(1883年)、「論より証拠」(1887年)の7篇を所収。

 モーパッサンは300を超える作品を残していますが、近代日本文学史上における翻訳文学の影響を研究している榊原貴教氏によれば、その内、主に約240の作品が3,400ほどの翻訳によって伝えられてきたといい、その多くは短編であるとのこと、表題作の「雨傘」は'08(平成16)年までに29回訳されていて、『女の一生』の88回、『脂肪の塊』の50回には及ばないものの、短篇では多い方となっています。

 「雨傘」は、傘の修理を巡っていちゃもんをつける奥さん(クレーマーというのはいつの時代にもいたのだ)を通して「人間のエゴイズム」を描いた作品とされていますが、この奥さんは単にケチなのでは無く、クレームをつけることで利益を享受することが、ちょっとした生き甲斐にもなっているのかなあと。

 殴打傷害致死罪で訴えられた男が、独特の陳述を展開する「あな」、耳の中に何か生き物がいると言って周囲を巻き込んで大騒ぎする男の話「ロムどんのいきもの」、脳溢血で寝たきりになった男が、寝床で鶏の卵を孵すことに歓びを見出すようになる「トワヌ」などは、"ほのぼの系"のユーモア、「うしろだて」「勲章が貰へた」は、共に"見栄"にとり憑かれた男の滑稽譚といったところでしょうか。

 1880年、30歳で『脂肪の塊』を発表して文壇に躍り出たモーパッサンですが、その3年くらい前から、先天的梅毒による神経系の異常を自覚しており、1888年、38歳頃から不眠による変人ぶりが目立つようになり、1889年には麻酔中毒になり1891年に発狂、1892年には自殺未遂を起こして精神病院に入院、1893年に43歳でその精神病院で亡くなっています。

 こう書くと、何かペシミスティックな人生を送った人のようにも思われますが、この短篇集(意図して滑稽譚を拾っているわけだが)の何れの作品の登場人物もどこか憎めないところがあって、作者の当時の小市民に対するに対する鋭くアイロニカルな観察眼と併せて、"人間肯定的"な暖かい視座や鷹揚な姿勢も感じました(その辺りは、作者が創作上の充実期にあったことと関係するのだろう)。

 岩波文庫にはこの他に、『酒樽 他六篇』(水野亮:訳)、『あだ花 他二篇』(杉捷夫:訳)といった中短篇集がありましたが何れも絶版となっており、確かに今読むとやや古風な訳調かも。

 新潮文庫から'71年に3分冊の短篇集(青柳瑞穂:訳)が出ている一方、岩波文庫からも『モーパッサン短篇選』(高山鉄男:訳)として、15篇を収めた新訳版が'02年に刊行されています。

岩波文庫 『メゾンテリエ 他三篇』(河盛好蔵:訳)/『あだ花 他二篇』(杉捷夫:訳)/『脂肪の塊』(水野亮:訳)/『雨傘―他七編』(杉捷夫:訳)/『酒樽―他六編』(水野亮:訳)
『モーパッサン』シリーズ.jpg

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