【1502】 ◎ 稲垣 浩 (原作:岩下俊作) 「無法松の一生 (1943/10 映画配給社(大映京都)) ★★★★☆

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カットされたシーンがあったことを知って観るのと、最初から無かったものとして観る違い。

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無法松の一生 [DVD]」['12年] 阪東妻三郎/沢村アキオ(長門裕之)
無法松の一生 [DVD]

無法松の一生 00.jpg 明治時代の九州小倉。人力車夫・富島松五郎(阪東妻三郎)は、喧嘩好きで通称「無法松」と呼ばれる荒くれ者だが、根は気のいい男。ある時、気の弱い男の子・敏雄(沢村アキオ)を助けてやったことから、その子の父である陸軍大尉・吉岡(永田靖)の家に出入りするようになるが、身分を超えて良き友人となった矢先に大尉は病死、その未亡人(園井恵子)から、幼い敏雄を男らしく育てられるか不安だと訴えられ、後見人を買って出たその日から、彼の未亡人とその息子に対する無私の献身の日々が始まる―。

 とにかく松五郎役の阪東妻三郎(1901-1953)の、豪放さと愛嬌がミックスされた演技が素晴らしく、息子の田村三兄弟よりもずっと骨太で、イメージ的には松方弘樹を庶民的にしたような感じに近かったかなあ。

 昭和18年という戦争中に公開された大映映画ですが、時代背景は日露戦争直後(明治30年)で、当時の無法松の一生 運動会の後.jpg小学校の運動会でも、父兄参加の徒競争ってあったんだなあ。松五郎が小倉の祇園太鼓を叩くシーンは有名ですが、久しぶりに再見して、運動会でも車夫の面目躍如だったことを思い出しました(このシーンがかなり漫画チックに撮られているのも、今思えば計算づくだったようだ)。

 「一生」と言いながらも、ストーリー的には、松五郎の性格を象徴するような出来事にのみスポットを当て、これが終わりの方での回想=彼自身の心象風景と呼応しており(この部分は、多重露光という当時としては実験的な手法が使われている)、人が死に際に自分の人生を振り返った時、思い浮かぶ映像というのは、実際ある程度限定されるだろうなあと、しみじみ思いました。

 松五郎の臨終の場面は無く、代わりに敏雄のために、貧しい生活の中でコツコツ金を貯めた通帳が出てくるのも効果的で、その犠牲的精神に心打たれます。

無法松の一生(阪東妻三郎).bmp この物語には2つの重要な関係性があるように思え、1つは、少年の成長に影響を及ぼした父以外の男という関係性であり、もう1つは、松五郎の未亡人に対する、究極の「忍ぶ恋」であると言えるのではないかと。但し、「前者」については、大人になった少年の振り返りという視点はなく、やや弱い感じもしましたが、元々最初からこの2つの関係性を拮抗させるつもりで作られたのではなかったのかもしれません(この作品は、伊丹万作が自ら手掛けたシナリオを、病臥に伏した伊丹に代わり稲垣浩が監督した)。

無法松の一生S2.jpg と言うのは、「後者」について、制作当初は、松五郎が未亡人にその想いを打ち明けるという場面があったのが、時局柄、軍人の未亡人の恋愛は戦地の将兵の士気を削ぐと考えられ、内務省の検閲でカットされたそうで(その部分のフィルムはそのまま逸失し、スチールしか残っていない)、こうなると、「忍ぶ恋」のニュアンスはやや違ってくるように思えます。

 告白シーンがカットされたことで生々しさが無くなり、松五郎の心情表現に含みを持たせることになって却って良かったというのが一般の評価のようですが、そういう場面があったことを知って観るのと、そうではなく観るのとではやはり見方が違ってくるような気がします。

無法松の一生 1.jpg つまり、松五郎自身は、自分の敏雄少年に対する思いやりの背後に、未亡人に対する自らの想いがあることをよく認識していたということであり、また、そうした自分を卑しいと考え、その"罪"を告白するような感じで、未亡人に想いを打ち明けたということではないかと思われます(こうなると、告白と言うより懺悔に近い)。

 結局、そうした場面があったのは知っているけれど、それを観ることはできない―というのが結果的には良く、それがこの作品に微妙な奥行きを持たせる効果に繋がっていて、そのことと、最初からそうした場面は無かったというのでは、ちょっと違うのではないかと思ったりもしました。

無法松の一生(1943)2.bmp 因みに、未亡人を演じた園井恵子(1913-1945)は、軍隊慰問公演で演劇「無法松の一生」を中国地方で巡回公演中、広島で原爆により被曝、原爆症による苦悶のうちに半月後に32歳の若さで亡くなっており(その時の様子は、新藤兼人監督のセミドキュメンタリー「さくら隊散る」('88年)に詳しく描長門裕之.jpgかれている)、また、幼少の敏雄を演じた沢村アキオは、後の長門裕之(1934-2011)であり、こちらは、つい先だって(今年['11年]5月)その訃報に触れたところです(享年77)。
園井恵子/沢村アキオ(長門裕之)/阪東妻三郎

無法松の一生S4.jpg無法松の一生2.gif「無法松の一生」●制作年:1943年●監督:稲垣浩●製作:中泉雄光●脚本:伊丹万作●撮影:宮川一夫●音楽:西梧郎●原作:岩下俊作「富島松五郎伝」●時間:89分(99分)●出演:阪東妻三郎/月形龍之介/園井恵子/沢村アキオ(長門裕之)/永田靖/川村禾門/杉狂児/山口勇/葛木香一/尾上華丈/香川良介/二葉かほる/小宮一晃/小林叶江/町田仁/荒木忍/横山文彦/戸上城太郎/水野浩/葉山富之輔/浮田勝三郎/滝沢静子/春日清/大川原左雁次/志茂山剛/小池柳星/駒井耀●公開:1943/10●配給:映画配給社(大映京都)(評価:★★★★)

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