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ラストはあまりに軽かったかなあ。突貫小僧の天才子役ぶりが光った。
「出来ごころ(吹替・活弁版) [VHS]」坂本武/伏見信子 新宿松竹館 週報(昭和8年8月)
ビール工場に勤めながら小学生の息子・富夫(突貫小僧)と貧乏長屋に暮らしをする喜八(坂本武)は、寄席帰りのある日、失業して行くあてのない若い娘(伏見信子)と出会い、行きつけの食堂の女主人(飯田蝶子)に頼んで、娘に食堂での住み込みの働き口を世話する。喜八は、その娘に惚れるが、年の差を考えて口には出せず、一方、娘は喜八の隣に住むビール工場の同僚の青年(大日方傳)に気があり、しかし、青年は喜八への義理立てから娘に冷たく当たり、3人はギクシャクした関係になる―。
松竹ホームビデオ版
Dekigokoro (1933)
小津安二郎監督の1933(昭和8)年の無声映画作品で、前年の「生れてはみたけれど」で社長役をやっていた坂本武が、あたかも「寅さん」の 原点はここにあるのではないかと思わせるような、若い娘に恋慕する下町のオジさんを演じています。
小津安二郎監督は、「生れてはみたけれど」とこの作品と、更に翌年の同じく"喜八もの"「浮草物語」で、3年連続で「キネマ旬報ベスト・テン」の1位に輝いていますが、「生れてはみたけれど」とこの作品の間だけでも「青春の夢いまいづこ」「また逢ふ日まで」「東京の女」「非常線の女」の4本を撮っており、量産だったのだなあ。
話の方は、喜八は娘の想いの相手が同僚の青年と知って気落ちするが、複雑な心境ながらも娘と青年の結婚話を進めるために一肌脱ごうとし、逆に青年と意地を張り合うことに。事が旨く運ばず、ヤケ酒に浸って仕事にも行かない喜八を、息子は父の顔を何度も叩いてなじるが、そんな中その息子が病気になり、回復したものの医者代が工面できない。その窮状を知った青年が、北海道に行って"蟹工船"(開拓民船?)に乗り込み金を工面しようと考えるが、そのことを知った喜八は青年を殴り倒して、代わりに北海道行きの船に乗り込む―。
Takeshi Sakamoto (Kihachi) in Dekigokoro (Ozu 1933)
ベースは暗い話なのですが、合間々々にユーモラスな表現を織り込んで、コメディタッチにしているのは、「浮草物語」などと同じです。ただ、ラストはあまりに軽かったかなあ(手拭を頭に乗せて温泉気分?)。北海道行きの船に乗り込んだのが"出来ごころ"だったということなのでしょうが、一旦は青年を殴り倒してまでそうしたわけで、息子を想う気持ちが北海道行きをやめた理由ならば、北海道行きを決めた理由も同じだったはずで、自家撞着を生じている?
北海道行きを決めた理由は「娘に対する自分の想い」の喜八ならではの美意識の発露ともとれ、また、友情も絡んでいると思われますが、それと、息子の傍にいてやりたいという気持ちはまた別なのか、あるいは、結局は、最後のそれが一番喜八にとって大事なことだったのか。
Nobuko Fushimi in Passing Fancy - Yasujirô Ozu - 1933
恋愛物語から友情物語へ、そして最後は親子物語へと変化していったように思えましたが、部分々々の演出の妙にも関わらず、全体としてはやや冗長かつすっきりしない印象も(キング・ヴィダー監督の「チャンプ」('31年/米)に着想を得ているとのことだが)。因みに、息子の富夫という役名は突貫小僧の本名(青木富夫)から取っています。
新文芸坐で、澤登翠氏門下の片岡一郎氏の活弁で上映していましたが行けず、松田春翠の活弁付きビデオで鑑賞しました(片岡一郎氏は松田春翠の孫弟子ということになる)。娘役の伏見信子(1915- )はいかにも戦前の清楚な美人スターという感じでこの作品でその人気を不動のものとしています。また、ちょっと阿部寛に似た大日方傳(1907-1980/享年73)の一見ニヒルだが内に熱いものを秘めた青年も良かったですが、突貫小僧(青木富夫)の天才子役ぶりが発揮された作品でもあったように思いました。笠智衆が喜八と船で乗り合わせる人夫としてノンクレジットで出演しています(1933(昭和8)年度・第10回「キネマ旬報ベスト・テン」第1位作品)。
伏見信子(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)
大日方傳(上2枚) Den Obinata (Jiro) /笠智衆(下) Chishû Ryû (non-credit) in Dekigokoro(Ozu 1933)
「出来ごころ」●制作年:1933年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:杉本正二郎●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:100分●出演:坂本武/伏見信子/大日方傳/飯田蝶子/突貫小僧/谷麗光/西村青児/加藤清一/山田長正/石山隆嗣/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/09●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★)●併映:「浮草物語」(小津安二郎)
中国語・英語字幕版DVD