【1454】 ○ ローリー・リン・ドラモンド (駒月雅子:訳) 『あなたに不利な証拠として (2006/02 ハヤカワ・ミステリ) ★★★★

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5人の女性警官の物語。TVドラマでは描かれないリアリティ。前半の短篇に鋭い切れ味。

あなたに不利な証拠として hpm1.jpgあなたに不利な証拠として jpg あなたに不利な証拠として 文庫.jpg Anything you say can and will be used against you by Laurie Lynn Drummond.jpg Laurie Lynn Drummond.jpg Laurie Lynn Drummond
あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』['06年] 『あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)』['08年] Anything You Say Can and Will Be Used Against You: Stories by Laurie Lynn Drummond

Anything you say can and will be used against you.jpg ルイジアナ州バトンルージュ市を舞台に、キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラの5人の女性警官のそれぞれを主人公にした短篇集で、2006 (平成18) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位、並びに、2007(平成19) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位作品(原題:Anything you say can and will be used against you)。

 ミステリと言うよりは女性警察官たちの職務上の体験を通しての人間ドラマであり、2004年にこの第1作品集を発表したローリー・リン・ドラモンド(Laurie Lynn Drummond)自身が、バトンルージュ市警で5年間女性制服警官として勤務した経験の持ち主であるということもあって、退職後12年間かけて書き上げたという10篇の作品群は、ずっしりとした読後感を読者に与えるものとなっているように思いました。

サード・ウォッチ.jpgフェイス・ヨーカス.jpg 確かに「サード・ウォッチ」や「The Division 5人の女刑事たち」といったTVドラマなどでも女性警官は活躍していますが、この作品はそうしたTVドラマでは見られない現場(及び現場の外)のリアリティに溢れています(但し、「サード・ウォッチ」は高質の警察ドラマであり、女性警官フェイス・ヨーカスは、この作品の女性警官達に通じるものがあると思う)。

 10篇中、最後のサラの物語(「生きている死者」(Keeping the Dead Alive)と「わたしがいた場所」(Where I Come From)が最も長く、2篇で1つの物語となっていて全体の半分を占め、これが最もストーリー性がありますが、前半部分の短篇の方が、鋭い剃刀の刃のような切れ味があったように思いました。

 キャサリンの3つの物語のうち、「完全」(Absolutes)では、警官になりたての頃に被疑者を射殺した経験が、脳裏にこびり付いて離れない様が1人称で語られ、「味、感触、視覚、音、匂い」(Taste,Touch,Sight,Sound,Smell)では、すでに新人警官を教える教官という立場になっている主人公が、酸鼻な惨殺死体のある現場に踏み込んだ後、体や衣服に染みついて離れない死体の匂いのことなどを独白的に語っていて、何れも、こんなの今までの警官小説にもTVドラマにも無かったなあと(むしろ、意識的に避けてきた部分か)。
 それが、「キャサリンへの挽歌」(Katherine's Elegy)になると、警察学校の訓練生が語る3人称に近い文体に変わり、キャサリンという"伝説的"な女性警官がいかなる人物であったかが、彼女が殉職した事件までを含めて書かれています。
 たった3つの短篇の連なりの中で、新人―教官―殉職という主人公の立場の違いによって時制や語り手の視点が変化するのが、たいへん新鮮な構成に思えました。

 リズの2つの物語の内、「告白」(Lemme Tell You Something)は10ページに満たない短篇で、警官自身の話ではなく、女性警官の自宅隣りに越してきた、かつてベトナムで戦った経験のある57歳の男の"告白"譚ですが、それを聞かされた女性警官の反応も含めて傑作(この作品は短篇ながらストーリー性がある)、もう1つの話「場所」(Finding a place)では、主人公が警官を辞めた理由が語られていますが(交通事故なんだなあ)、死亡事故の現場というのは、殺人事件でも交通事故でも、悲惨であることには変わりがないということを感じさせられました。

 モナの2つ物語のうち、「制圧」(Under Control)では、被疑者と銃を向け合って対峙するという緊迫した場面が1人称の現在進行形で描かれているかと思いきや、「銃の掃除」(Cleaning Your Gun)では、独り拳銃の掃除をする女性警官に対して、第三者的視点からその心境に語りかけるように描かれていて(結局、ここで語りかけているのは"モナ自身")、ここでも、語り手の視点のバリエーションの多様性が見られます。

 キャシーの物語は「傷痕」(Something About a Scar)の1篇のみで、この作品はアメリカ探偵クラブ賞の最優秀短篇賞を受賞しており、かつて警察官だったキャシーとロビロはある事件で見解が対立したことがあったが、その2人が夫婦となった今、6年前の事件が再捜査となるというもの―警官とは、辞めても"警官"であり、夫の妻となっても"警官"なんだなあと。

 文芸的サスペンスと言うより、文学作品そのものに近い印象を受けるのは、ストーリー性を要しないリアリティの重さもさることながら、語り手の視点の多様性など実験的な要素がふんだんに盛り込まれていることもあるのでしょう。

 個人的には、主人公別でみれば、キャサリンの物語が一番気に入りました。
 彼女は性的に放埓であったともとれますが、身を挺して危険な職務に就いていたからこそ、生きている時間の一瞬一瞬を大事にしていたのだろうなあ。
 それにしても、「あなたは伝説の女と寝たのよ」と自分で言えるところがスゴイね(生きているうちから"伝説"だったわけだ)。

サード・ウォッチ 1シーン.jpgサード・ウォッチ・ファースト.jpg「サード・ウォッチ」Third Watch (NBC 1999/09~2005) ○日本での放映チャネル:WOWOW(2000~2006)/スーパー!ドラマTV

サード・ウォッチ 〈ファースト・シーズン〉 コレクターズ・ボックス(6枚組) [DVD]


 【2008年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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