【1432】 ○ エラリー・クイーン (越前敏弥:訳) 『Yの悲劇 (2010/09 角川文庫) ★★★★

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「精緻」と言うより「丁寧」。新訳によって、「犯人を知りつつ読む面白さ」が増した?

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Yの悲劇 (1959年) (創元推理文庫)』(1959)カバー:日下弘/『Xの悲劇 (角川文庫)』['10年(越前敏弥:訳)]/『Yの悲劇 (1957年) (世界探偵小説全集)』['57年/ハヤカワ・ポケット・ミステリ(砧一郎:訳)]

yの悲劇 カバー.jpgThe Tragedy of Y  .jpgyの悲劇 原著.jpg 行方不明が伝えられた富豪ヨーク・ハッターの腐乱死体がニューヨークの港で見つかり、その後、ハッター邸では毒殺未遂事件など奇怪な出来事が発生する。そして遂には、ヨーク・ハッターの老妻エメリー夫人が寝室で何者かに殴殺されるという事件が起きる。警察の依頼を受けた元シェイクスピア俳優のドルリー・レーンが調査に乗り出すが―。

The Tragedy of Y by Barnaby Ross (Ellery Queen)

 エラリー・クイーン(Ellery Queen)がバーナビー・ロス名義で1932年に発表した作品で、1985年に「週刊文春」で実施された、推理小説のオールタイムベスト選定企画「東西ミステリーベスト100」(推理作家や推理小説の愛好者ら約500名がアンケートに回答)で第1位になるなど、日本での海外ミステリの人気投票企画では定番で上位に来る作品ですが、『Xの悲劇』と同じ発表年であるというのもスゴイことだなあと。

 但し、犯人の意外性がこの作品の最大のポイントであり、時間を経てもその衝撃が忘れられないというのは傑作の証しだろうけれども、再読した場合にどれくらいインパクトがあるだろうかと疑念を抱きつつ、越前敏弥氏による新訳が出たので、数十年ぶりに再読してみました。

 そしたら、やっぱり面白かった。結構、早め早めに犯人を暗示するような伏線が敷かれていたというか、思った以上にヒントが散りばめられていたというか、ミステリ音痴の自分にとっては、ドルリー・レーンが犯人を絞っていく論理的な過程を追うことが出来て、安心して楽しめたというところでしょうか。

The Tragedy of Y.jpg なぜ凶器がマンドリンなのかということ以外にも、普通の犯人だったらするとは考えられないようなことをこの犯人はどうしてやったのかということが、ドルリー・レーンによって事細かに"解説"されていて、「精緻」と言うより「丁寧」な印象を今回は受けました。

 やや引っ掛かったのは、ヨーク・ハッターの書いた小説のあらすじが、とりわけ薬物の扱いについて極めて手順指示的なことで、そうでなければ薬物の専門知識の無い犯人には犯行は成し得ないわけですが、ヨーク・ハッターが結局は構想止まりだった小説について、ここまで指示的に書く必然性があったのかなあと(深読みすれば、書いている間は潜在的に実行犯の登場を期待していたともとれるが)。

The Tragedy of Y (Ellery Queen in Ipl Library of Crime Classics) Paperback (1986)


 それと、「奇異な血筋」とか「家系的に欠陥がある」といった病気や遺伝についての誤った表現があり、これは、1930年代という時代を考えればやむを得ないのかも知れないし、この作品以降の推理小説やハードボイルド小説にも、そうした家系をベースとしたプロットのものが少なからずありますが、一方で、ダシール・ハメットの『デイン家の呪い』(1929年)などは、それを匂わせながらも、最後はそうしたものを否定していて、やはり、時代を考慮しても、少なからず抵抗がありました。

「Yの悲劇」田村隆一 角川文庫.jpg 結局、ドルリー・レーンは、それ(血筋)を根拠に、性悪説的な見地から最後は独自に断罪行為に出たようにもとれ、解説の桜庭一樹氏が書いているように、「老人になってからのエルキュール・ポアロのある事件にも似て」いるのかも知れません(エルキュール・ポアロ・シリーズの中には、ポワロはまるで死刑執行人のようだと思わせるような結末のものがあり、そもそも、ポアロ・シリーズ3作目の『アクロイド殺し』(1926年)からしてその気配がある)。

 そうした幾つかの引っ掛かりはありましたが、傑作であるには違いなく、海外よりも日本でこの作品の人気が高いのは(海外では『Ⅹの悲劇』の方が評価高いらしい)、「犯人を知りつつ読む」という読み方を日本人が結構しているからではないかと(ミステリを読む人ならば、この作品が未読であっても全く犯人を知らないという人の方が少ないのではないか)、今回の越前敏弥氏の読み易い新訳を通して改めて思った次第です。

角川文庫旧版(田村隆一:訳)カバー

 【1957年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ(砧一郎:訳)]/1958年文庫化[新潮文庫(大久保康雄:訳)]/1959年再文庫化・1970年改版[創元推理文庫(鮎川信夫:訳)]/1961年再文庫化[角川文庫(田村隆一:訳)]/1974年再文庫化[講談社文庫(平井呈一:訳)]/1988年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(宇野利泰:訳)]/2010年再庫化[角川文庫(越前敏弥:訳)]】

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