【1431】 ◎ エラリー・クイーン (越前敏弥:訳) 『Ⅹの悲劇 (2009/01 角川文庫) ★★★★☆

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新訳によってより感じられた、テンポの良さ、モダニズム、構成・謎解きの精緻さ。

xの悲劇 角川文庫.jpg 『Xの悲劇 (角川文庫)』['09年] xの悲劇 1952.jpg Avon Books(1952)

xの悲劇 原著.jpg ニューヨークの株式仲買人ロングストリートが、会社で女優との婚約発表を兼ねたパーティーをした後、自宅でパーティーの続きをするため出席者全員で乗った路面電車の中で、ポケットに入れられた毒液が塗られた針が何本も刺さったコルク玉に触れて死ぬ。この満員の車中での密室犯罪の謎を解くため、警察から援助を求められて、元俳優のドルリー・レーンが調査に乗り出すが、その目の前で第2の殺人が起き、更には第3の殺人までもが―。

 エラリー・クイーン(Ellery Queen)がバーナビー・ロス名義で1932年に発表した作品で、「エラリー・クイーン」とはフレデリック・ダネイ(Frederic Dannay、1905-1982)とマンフレッド・リー(Manfred Lee、1905-1971)という従兄同士の合作ペンネームですが、ダネイがプロット担当で、リーが文章担当だったそうです。

 この作品に関しては、引退したシェイクスピア俳優であるドルリー・レーンという英国貴族風のキャラクターと、犯罪者の心理を読み解くことが推理の柱となっているというそのシャーロック・ホームズ的な手法から、やや古風な印象が強かったのですが、今回、『ダヴィンチ・コード』の翻訳者である越前敏弥氏による新訳で読んでみて、まず、第1の殺人から第2の殺人にかけてのテンポの良さにハマりました。

 これ、高度の科学捜査技術が用いられていないことを除いては、現代のクライム・サスペンスのトーンとさほど変わらないのではないかと思ったりもし(サム警視も現代の犯罪捜査官とあまり変わらないような感じで、結構てきぱき行動している)、この作品の発表の5年くらい前までコナン・ドイルが雑誌にシャーロック・ホームズ物を連載していたり、モーリス・ルブランのアルセーヌ・ルパン物の後期作品やアガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』(1934年)や『ABC殺人事件』(1935年)と時期的にほぼ重なることを思うと、このモダンさは特筆すべきではないかと感じました。

 ドルリー・レーンが登場してからは、英国風の庭がどうのこうのといった話も出てはきますが、ホームズ物のようにプロットの周辺にある時代がかった小道具を楽しむというよりは、純粋にプロットを楽しめる本格推理小説であり、どうして英米でこの作家の作品が日本ほどに一般ウケしないのか(ミステリ通には支持されているようだが)、やや不思議な気もします。

 但し、既に多くの人が指摘しているように、なぜレーンは犯人の見通しがつきながらもサム警視に何も情報を与えなかったのかなどといった疑問点も少なからずあり、最大の瑕疵とされているのは、第2の殺人の犯行の(犯人にとっての)重要ポイントが、多分に蓋然性に依拠している点です。

 個人的にもそこが1つのネックだとは思いますが(ダイイング・メッセージにも無理があるようには思うが)、それらのことを含めても、市電、フェリー、列車という3つの乗り物を事件の舞台に設定した構成力や、犯行への執着を裏付ける犯人の抱えた悲劇性の深さに加えて、レーンの精緻且つ論理的な謎解きが新訳によってよりクリアになったように思われ、今さらこの作品を傑作とするのはベタな気もしますが、やはり傑作であるには違いないと改めて思った次第です。

 【1958年文庫化[新潮文庫(大久保康雄:訳)]/1959年再文庫化・1970年改版[創元推理文庫(鮎川信夫:訳)]/1964年再文庫化・2004年改版[角川文庫(田村隆一:訳)]/1977年再文庫化[講談社文庫(宇野利泰:訳)]/1988年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(宇野利泰:訳)]/2009年再庫化[角川文庫(越前敏弥:訳)]】

       



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和田泰明

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