【1417】 ○ ガブリエル・ガルシア=マルケス (木村榮一:訳) 『わが悲しき娼婦たちの思い出 (2006/01 新潮社) ★★★☆

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満90歳の誕生日に...。しっとりしたユーモアと明るく旺盛な生命力が感じられた。

Memoria de mis putas tristes.jpgわが悲しき娼婦たちの思い出.jpg  Memories of My Melancholy.jpg    眠れる美女 川端.jpg
わが悲しき娼婦たちの思い出 (2004)』新潮社(2006)/英語版(2005) 川端康成『眠れる美女 (新潮文庫)
スペイン語ペーパーバック(2009)

 新聞の名物コラムニストである主人公の「私」は、独身で馬面、醜男の老人ではあるが、50代までに500人超の娼婦を相手したツワモノ、但し、最近は永らくご無沙汰していて、90歳を目前にして、「満90歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしよう」と考え、密かに営まれる娼館の14歳の生娘の娼婦のもとへと通う―。

ガブリエル・ガルシア=マルケス .jpg 1982年にノーベル文学賞を受賞したコロンビア出身の作家ガブリエル・ガルシア=マルケス(1928年生まれ)が2004年に発表した中編小説(原題: Memorias de mis putas tristes)で、2010年にノーベル文学賞を受賞したペルーの作家マリオ・バルガス=リョサ(1936年生まれ)の代表作『緑の家』も、並行する複数の物語の舞台の1つが娼館でしたが、南米の娼館って、ちょっとイメージしにくかったかなあ。
ガブリエル・ガルシア=マルケス

川端康成YO.jpg むしろ、この物語に出てくる娼館は、ガルシア=マルケス自身がこの作品を書く契機となった(冒頭にその一節が引用されている)川端康成の『眠れる美女』に出てくる、秘密裏に営まれる小さな娼家に近い感じでしょうか。主人公を手引きする女主人の存在も似ていますが、『眠れる美女』の女主人の方は何だか秘密めいた感じなのに対し、こちらはいかにも"ヤリ手婆(ババア)"という感じで、ユーモラスでさえあります。
川端康成

 同様に、この主人公自身にも、老人らしからぬ活気と、何とはなしにユーモラスな感じが漂い、娼家で少女を傍らに、ずっと昔に交流のあった女達のことを想うのは『眠れる美女』の江口老人と同じですが、江口老人が自らの女性遍歴を振り返りつつ、次第に自身の老醜と死を想ってペシミスティックな情緒に浸るのに対し、この物語の主人公は、老人特有の厭世的な気分に捉われているものの、娼家通いをする内に、だんだん元気になっていくような...。

 娼家に通い始めた最初の頃こそ、少女に指一本触れられないまま一夜を明かしたりしますが、『眠れる美女』の江口老人が最後まで少女を眺めるに留まっているのに対し(冒頭の引用にあるように、少女に触れてはいけないというのが『眠れる美女』の娼家のルールなのだが)、こちらはだんだんアクティブになっていき、当初の思いを遂げるとともに、"恋狂い"になってきます。

 江口老人の少女への接し方が、ネクロフィリア(屍体性愛)乃至アガルマトフィリア(人形愛)的であるのに比べると、こちらは、健全と言えば健全。でも90歳なんだよなあ。フィクションにしてもスゴイね。

 調べてみると、川端康成が『眠れる美女』を書き始めたのは60歳の頃で、江口老人は67歳という設定、一方、ガルシア=マルケスがこの作品を発表したのは76歳で、主人公は90歳、相手にする少女は何と14歳。ラテン系民族と日本人の気質の違い(肉食系 vs.草食系?)を感じます。

 この老人、少女との恋愛記を新聞の日曜版(!)に書いて好評を博したり、娼家で起きた有名人の殺人事件に巻き込まれ、行方をくらました少女のことを案じたりと、90歳にして、なかなか忙しそうです。

 そう言えば、『眠れる美女』の中にも、同じ娼家で有名人が亡くなり、女主人が事件を秘匿する手配をした挿話がありましたが、ここまで『眠れる美女』のモチーフをなぞっておきながらも、老人のタイプとしては、両作品の主人公はかなり異なり、この物語の主人公は、生へのエネルギーを充満させて91歳を迎え、更に100歳に向け明るく未来を見据えています(ラテン気質か)。

 少女娼婦相手ということで、フェニミズム的に見てどうかというのもあるかも知れませんが(メキシコの映画会社がこの作品を映画化しようとしたら、小児性愛や児童買春を美化することになるとして、市民団体が反対したそうだ)、個人的には、しっとりした(微笑ましい)ユーモアと明るく旺盛な生命力が感じられた作品でした。

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