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屈折を含んだ"エロス"によって、対比的に"死"が浮き彫りにされている。
『眠れる美女 (新潮文庫)』['67年]『川端康成集 片腕―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)』 G・ガルシア=マルケス『わが悲しき娼婦たちの思い出 (2004)』新潮社(2006)/英語版(2005)
1962(昭和37)年・第16回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)受賞作。
若く美しい娘たちが強い薬で眠らされており、「安心できるお客さま」である老人たちが、彼女たちと添い寝をするためだけに宿を訪れるという「眠れる美女」の秘密の宿に通う主人公の江口老人は、若い娘の横で、自らの人生、そして自らの老醜さと死を想う―。
三島由紀夫が「熟れすぎた果実の腐臭に似た芳香を放つデカダンス文学の逸品」と絶賛した作品ですが(そのフレーズがそのまま文庫の口上になっている)、いいなあ、この退廃的、反道徳的雰囲気。こんなの、高校生の時に読んで、この先どうなるのだろうと、その時思ったか思わなかったは憶えていませんが、まあ、今は何とかなっている?
江口老人は"まだ男でなくなってはいない"が、人生を振り返ることが多くなっている67歳ということで、では作者はこの作品を何歳の時に書いたのかとういうと、1960(昭和35)年に発表された作品で、書き始め当時は60歳だったことになります(やっぱり、何か"節目"のようなものを感じたのか)。
宿に眠らせれている娘は決して眼を覚まさないため、老人は一方的に娘の肢体を凝視し、放たれる香りを嗅ぎ、自らの慰めとする―そうしたことへの羞恥を抱かずに済むため、妄想や追憶が自由に許されるという、いわば究極の極私的空間において、だんだんと老人の現実と回想が混濁していくような感じがしました。
江口老人はこの秘密の宿に5度通いますが、様々なタイプの6人の娘達(5回目は2人いた)の描写が興味深く(作者の"少女嗜好"がよく表れているように思える)、また、このリフレイン構造が、作品に物語的なリズムを醸しているように思います。
文豪が書いた"エロ小説"ともとれますが、娘達は最初から裸でいるので、これは"エロ"にはならないのだなあと。
野坂昭如氏が"エロ"は文化が伴うから解るが、"エロス"は芸術だから解りづらいということを以前言っていましたが、これは屈折を含んだ"エロス"に近いように思えます(三島由紀夫は「死体愛好症的」と言っているが、確かに)。
だから、より、対比的に"死"というものが浮き彫りにされるのではないでしょうか。主人公の性的幻想に常に嫌悪感が織り込まれているのも、そのためでしょう。
コロンビア出身のノーベル文学賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスが'04年に発表した『わが悲しき娼婦たちの思い出』はこの作品にインスパイアされたものであり、また、'05年には、ドイツのヴァディム・グロウナ監督が映画化するなど、国際的にも注目された作品。でも、ドイツなんかには、こんな秘密クラブが実際にありそうな気がしないでもない...。
Das Haus Der Schlafenden Schonen(House of the Sleeping Beauties)ヴァディム・グロウナ監督 2005年/独
因みに、日本では、'68年に吉村公三郎監督により田村高廣主演で、'95年に横山博人監督により原田芳雄、大西結花主演で映像化されていますが、後者は『山の音』と融合させたストーリーのようです(右:横山博人版ビデオカバー)。
吉村公三郎監督、新藤兼人脚本「眠れる美女」1968年/田村高廣、香山美子、殿山泰司、中原早苗、松岡きっこ、山岡久乃
新潮文庫には「片腕」(昭和38年発表)と「散りぬるを」(昭和8年発表)が併録されていますが、「片腕」はちくま文庫の『川端康成集―文豪怪談傑作選』の表題作でもあります。
「片腕を一晩お貸ししてもいいわ。」と娘は言った。―という書き出しで始まる、女の片腕を借りた男の寓話「片腕」は、ちくま文庫のタイトル通り、怪談的味わいのある傑作です。
作家の誰かがこの作品を絶賛していたように思え、もう一度調べてみたら小川洋子氏でした(『心と響き合う読書案内』('09年/PHP新書))。小川洋子氏は、「貴方なら、ご自分のどこを男に貸しますか?」というキャッチを付けていますが、う~ん、男性作家ならばこういう発想はしないだろうなあ(「男」を「女」に置き換えたとしても)。女性作家ならではのキャッチのように思いました。
「芸術新潮」2007年2月号(鎌倉の自宅でロダンの彫刻に見入る川端康成)
因みに、この「片腕」は、文豪たちが残した怪談作品のドラマ化シリーズの1作として、NHK BSハイビジョンで、つい一昨日('10年8月23日)に放送されましたが(落合正幸監督)、放映後に知ったため観ることができず残念...。
「片腕」(落合正幸監督)出演:芦名星(写真)(1983-2020(自殺死))、平田満ほか(NHK BSハイビジョン 2010年8月23日放送)
【1967年文庫化[新潮文庫]】
《読書MEMO》
●新潮文庫2019年プレミアムカバー
芦名 星(あしな せい)
2020年9月14日、新宿区にある自宅マンションの室内で死亡しているのを親族が発見。自殺死。36歳。