【1370】 ◎ 遠藤 周作 『海と毒薬 (1958/04 文藝春秋新社) ★★★★☆

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センセーショナリズムを排しつつも、「読み物」としての意匠が凝らされれている。

『海と毒薬』.JPG海と毒薬1.jpg  海と毒薬2.jpg  遠藤 周作 『海と毒薬』.png
海と毒薬 (新潮文庫)』『海と毒薬 (角川文庫)』『海と毒薬 (講談社文庫)

海と毒薬 映画.jpg 1958(昭和33)年・第12回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)並びに1959(昭和34)年・第5回「新潮社文学賞」受賞作であり、映画化もされました。

 戦争末期、九州の大学の付属病院内で、病院内の権力闘争と戦争を口実に、外国人捕虜を生きたまま解剖した医師たちの行為を通して、日本人の原罪意識の在り様を浮き彫りにした作品とされています。

映画「海と毒薬」の一場面 ('86年/監督・脚本:熊井啓、出演:奥田瑛二(勝呂)/渡辺謙(戸田)/田村高廣(橋本))

『海と毒薬』['58年/文藝春秋新社]
海と毒薬 <長篇小説> 1.jpg 遠藤周作(1923- 1996/享年73)作品の久しぶりの読み返しでしたが、初読の時とやや印象が違いました。やはり最初に読んだ学生の頃は、実際の事件をベースにしているという衝撃から、こんなことがあったのかという驚きの方が先行したのかも知れません。再読して、センセーショナリズムを排しつつも、「読み物」としての構成に意匠が凝らされていると思いました。

 主人公の「私」が引っ越した地で、「勝呂」という、腕は確かだが無愛想で一風変わった中年の町医者を知り、更に、彼には、大学病院の研究生時代、外国人捕虜の生体解剖実験に関わった過去があったことを知るというイントロが30ページあって、続いて、時代が戦争末期の大学病院に暗転するという―(ここで、主人公は「私」から「勝呂」にバトンタッチされる)。

 医者を探すという極めて日常的な描写から始まって、読者に勝呂という男に自然に関心を持たせ、その男に纏わる過去の暗い出来事を暗示させるという展開は、文芸作品というより、まるで推理小説の導入部のようです。

 「勝呂」が主人公になってからも、淡々とした筆致で、大学病院内の学部長選挙を巡る医師たちの動きや患者に接する姿勢などが描かれ、次第に、登場人物のそれぞれのものの考え方が見えきますが、勝呂は、最も若くて良心的な医師として描かれています。

 やがて、外国人捕虜3名の生体解剖実験を行うので、それにおいて一定の役割と責任を担えという話が、上司から勝呂と同僚の戸田の2人に降りかかってきますが、いきなり事件の核心には入らず、その前に、極めて冷徹で合理的なものの考え方をする戸田の子供時代の出来事の回想が入り、読者が勝呂と戸田のものの考え方を十分に対比的に把握したと思われる時点で、生体解剖実験の場面に移っていきます。

 タイトルの意味も含め、この作品のテーマについてはもう書き尽くされた観がありますが、「日本人とは」ということに直結しているため、作者のキリスト教観を意識したり"予習"しなくとも、単独の作品として、その深みを味わい、また、普遍的な問題意識を喚起させられるものであるように思います。

 今回再読して興味深かったのは、合理主義者で冷徹な優等生である戸田の小学校時代の回想の中に(時にそれは"ズルさ"や"妬み"として表れる)、多分に作者自身が反映されていうように思えたことでした。

海と毒薬 <長篇小説> 4.jpg

 【1960年文庫化[新潮文庫]/1960年再文庫化・2004年改版[角川文庫]/1971年再文庫化[講談社文庫]】

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