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「●「芥川賞」受賞作」の インデックッスへ
死者へのレクイエムと骨太のユーモア。読後感は悪くないが、「芥川賞」にはやや"違和感"も。
『沖で待つ』['06年] 『沖で待つ (文春文庫)』
2005(平成17)年下半期・第134回「芥川賞」受賞作。
住宅設備機器メーカーに女性総合職として入社した主人公は、同期入社の男性同僚「太っちゃん」と、先に死んだ方が相手のPCのHDDを壊すという約束を結ぶが、その太っちゃんが事故死したことから、主人公は太っちゃんの部屋に忍び込んで約束を果たすことにする。そしてその部屋には、今もなお死んだはずの太っちゃんがいた―。
同じ会社に勤める男女間の友情を描いた作品ということで、「沖で待つ」というタイトルが効いているあなあと。死者へのレクイエムが感じられるという点では、吉田修一氏の『横道世之介』('09年/毎日新聞社)を想起したりもしました。
作者が女性総合職の先駆けとして伊奈製陶(現INAX)に勤務した頃の経験が背景にあるようで、その頃の女性総合職って大変だったのだなあと思わせる部分はありますが、主人公が竹を割ったような性格であるため、全体には明るい感じで、読後感も悪くなかったです。
ただ、これが芥川賞かと思うと、ちょっとイメージが違うような気もし、企業に勤めた経験が無いか、或いはそうした経験から随分と月日を経てしまった選考委員にとっては、目新しさや懐かしさがあったのかも。でも、普通の人の目線で見れば、テレビドラマなどでよくありそうな設定のようにも...。
併録の「勤労感謝の日」は、気の乗らないお見合いをして、見合い相手にげんなりさせられる女性が主人公の話で、これも表題作の前に第131回芥川賞候補になっていますが、軽快なテンポでユーモアと皮肉が効いていて、こちらは、酒井順子氏の『負け犬の遠吠え』('03年/講談社)のような、「未婚女性に対する応援歌」的なものを感じました(表題作以上に"エンタメ系"?)。
実際、この人、この2作の間に『逃亡くそたわけ』(中央公論新社)で第133回直木賞候補にもなっていて、ちょっと文芸作家のようには見えないのですが、この飾り気のない文章と簡潔・スピーディなテンポが、「研ぎ澄まされた技法」ということになるのでしょうか(それとも、芥川賞と直木賞の違いは、短編と、中長編乃至短編連作という長さの違いだけなのか)。
ユーモア自体は骨太のものを感じました。
【2009年文庫化[文春文庫]】