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偶然巡り合った人と青春のある時期を共有したことの重みを感じさせてくれる話。
『横道世之介』['09 年]
2010(平成22)年度・第23回「柴田錬三郎賞」受賞作。
80年代、長崎から東京へ出てきた来た18歳の横道世之介は、大学に入って偶然できた仲間が縁でサンバサークルに入ってしまい、先輩から紹介されて新宿のホテルでアルバイト、同級生についていった自動車教習所で彼女ができる―、名前通り横道にふらふら逸れながらも、少しずつ成長して行く世之介の1年を描いた青春小説。
上京学生の物語ということで、夏目漱石の『三四郎』を想起させる面もありますが、漱石の頃の東大生と現代ののフツーの大学生では、その稀少度において月とスッポンの違いがあると思われ、実際、学生の世之介自身にそんな青雲の志といった大仰な気負いは感じられません。
世之介の性格はどちらかというと不器用な方で、素直で純朴、思慮深く行動するタイプでは無く、気持ちだけは前向きなのですが、実際にはむしろ周囲に流されていることの方が多いという、平凡といえば平凡な男子(草食系?)、それが、読み進むにつれて、じわーっといいキャラ感を出していくように思えました。
その世之介の学生生活1年目に、彼と偶然に接触があった人物達の、約20年後の、40代を目前にした現在の暮らしぶりが物語の中に挿入されていて、大方がごく平凡な社会人になっていますが、その誰もが、世之介のことを懐かしく、また愛しく思い出しています。
世之介が20年後の今、そうした旧知の人々からある意味"ヒーロー視"されているのには、ある出来事が関係していますが、世之介ならそうした行動をとってもおかしくないと人々に思わせ、そんな世之介と青春の一時期を過ごせたことに感謝の念を起こさせるような、そんな慕われ方です。
毎日新聞の夕刊に連載されたものですが、朝日新聞の夕刊に連載された『悪人』とはうって変わって、「青春小説」としてのプロセスはコミカルで明るく、個人的には、祥子ちゃんのお嬢さんキャラが大いに楽しめました(20年後に、この祥子ちゃんが国連職員としてアフリカ難民キャンプで仕事しているのと、千春さんという世之介を魅了した年上の女性がDJになっているのが、やや毛色の変わった進路か)。
漫画チックとも思える遣り取りもありますが、物語が浮いた感じにならないのは、登場人物の行動に一定のリアリティがあると共に、当時の風俗がよく描かれているためではないかと。
世之介が入った大学入った年は1987(昭和62)年と思われ、『サラダ記念日』がベストセラーとなり、「ラストエンペラー」「ハチ公物語」といった映画が公開され、大韓航空機事件が起きています(株式や土地価格が騰貴して「バブル」という言葉が流行ったのも、「ボディコン」という言葉が生まれたのもこの年)。
こういう若者風俗を描いたらこの作家はピカイチですが、それが、過剰にならない程度に織り込まれているのがいいです。
エンタテインメント性を保ちつつ、偶然巡り合った人と青春のある時期を共有したことの、人生における潜在的な重みを感じさせてくれるお話でした。
【2012年文庫化[文春文庫]】
「横道世之介」2013年映画化(沖田修一:監督/高良健吾・吉高由里子:主演)