【1345】 ◎ 高村 薫 『照柿 (1994/07 講談社) ★★★★☆

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ミステリとしてよりも、人間ドラマとして重厚。不条理に満ちた人間の本質に迫る。

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照柿』['94年]『照柿(上) (講談社文庫)』『照柿(下) (講談社文庫)』['06年]

 1994(平成6) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第2位作品(1995(平成7)年「このミステリーがすごい!」第3位)。

 ホステス殺害事件を追う合田雄一郎は、電車飛び込み事故に遭遇、轢死した女とホームで掴み合っていた男の妻・佐野美保子に一目惚れする。だが彼女は、合田の幼なじみの野田達夫と逢引きを続ける関係だった。葡萄のような女の瞳は、合田を嫉妬に狂わせ、野田を猜疑に悩ませる―。

 『マークスの山』と『レディ・ジョーカー』の間に位置する"合田3部作"の1つで、個人的には、読もう読もうと思いつつも長い間読み残していたのですが(この人の作品は、文庫化されるのが遅い)、単行本が分冊となっている『レディ・ジョーカー』ほどではないものの、上下2段組で500ページと、これも長いことは長い。但し、読み残していた理由は、長さだけではなく、内容が重そうな予感もあったためで、実際読んでみてその通りでした。

 ミステリという言うよりも、刑事として、或いは人間としての合田雄一郎の物語であり、また、ベアリング工場の工員である野田の物語でもあって、その描き方は、不条理に満ちた人間の本質に迫るものであり、重厚な文学作品を読み終えたような読後感を抱きました。

 実際、"高村薫版『罪と罰』"と言われているようですが、確かに、合田雄一郎が暴力団の主催する賭博場において相手の陥弄に嵌っていく様などの描き方には、ドスト氏っぽいものを感じました(秦野、怖いなあ)。
 しかし、美保子に惹かれて、刑事としての一線を超えていく様は(嫉妬に駆られて"野田潰し"を狙ったという点では、人間としての一線をも超えたことになる)、彼自身の心身の消耗度の反映であるように思えました(美保子の悪魔的な魅力といのもそれほど感じなかったし、作者も、ことさらそれを強調しているというより、合田の精神状態の「反面鏡」として描いているように思えた)。

 一方の野田達夫に関しては、合田以上に、普通の生活を送っていた1人の人間が"壊れていく"様がよく描かれているように思え、その背景となっている過酷な工場勤務の実態の執拗なまでの細部の描かれ方は、人を狂気の世界に追い込んでいくに充分な裏付けたるものであるように思われました。 
 野田が犯すことになる殺人は、通常のミステリでは使われない特異なものであり、まさに"不条理殺人"と言えるかと思います(殺人の場面だけを捉えると、ラスコーリニコフより『異邦人』のムルソーに近いのでは)。

 もともとミステリとしては、ホステス殺害事件の犯人も意外とあっけなく割れてしまうし、そもそも、偶然に遭遇した轢死現場で出会った女性に一目惚れし、その女性が18年ぶりに出会った旧友の不倫相手だったというのは、あまりも偶然が重なり過ぎていて、これは、ミステリとしては"ご都合主義"と取られても致し方ないかも。
 やはり、この作品は純粋にヒューマン・ドラマとして読んでこそ卓抜した作品であると思うし、野田達夫のみならず合田に関しても、1人の刑事の内面をここまで掘り下げて書いた作品は、警察ミステリの分野では殆ど無いのではないかと。

 それにしても、『マークスの山』の事件(合田雄一郎33歳)の翌年、『レディ・ジョーカー』の事件(合田雄一郎36歳)の前々年の話で、その間に合田雄一郎の身にこんな陰翳の季節があったとは!(『レディ・ジョーカー』を読んだ時には、全然そんな印象を受けなかったなあ)
 
 【2006年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

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This page contains a single entry by wada published on 2010年3月16日 22:07.

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