2010年3月 Archives

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「●「山本周五郎賞」受賞作」の インデックッスへ

構成が複雑すぎて十分に入り込めなかったというのが正直な感想。

中庭の出来事5.JPG    中庭の出来事.jpg中庭の出来事』[単行本/'06年] 
中庭の出来事 (新潮文庫)』['09年]

 2007(平成19)年度・第20回「山本周五郎賞」受賞作。

 瀟洒なホテルの中庭で、気鋭の脚本家が謎の死を遂げ、容疑は、パーティ会場で発表予定だった「告白」の主演女優候補3人に掛かる。警察は女優3人に脚本家の変死をめぐる一人芝居『告白』を演じさせようとする―という設定の戯曲『中庭の出来事』を執筆中の劇作家がいて―。

 小説内の現実(中庭にて)、『中庭の出来事』という劇中劇、『告白』という劇中劇中劇という3層の"入れ籠構造"の作品で、それに、オーディションの最中に起きた主演候補女優の毒殺事件と、ビルの谷間の公園で起きた就職活動中と思われる女性の突然死事件、これら3つの事件の関係を推理する推理小説好きの脚本家とその友人の会話(旅人たち)が絡むという、凝りに凝った構成です。"犯人探し"&"入れ籠構造"の両方の謎解きが楽しめる作品と言いたいところですが、あまりに複雑過ぎて十分に入り込めなかったというのが正直なところです。

 終盤、一旦は両方の謎の解明に向かうかのように見えましたが、小説内の現実と思われた部分は実は芝居の一環であったようであり、結局、謎の一部は謎のまま残されたという感じもして、虚実皮膜の味わいと言えばそうなのかも知れませんが、全部がお芝居(脚本の内)でしたみたいな結末には、やはり不全感が残りました。

 山本周五郎賞受賞作ですが、結構難しい作品が選ばれたものだという気がします。リフレイン構成自体はともかく、繰り返される1つ1つの話がやや冗長であり、しかも最後は"入れ籠構造"自体も韜晦させてしまったところからすると、演技と素の間を揺れ動く女優の心理が主テーマだったのかなあと。

 【2009年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
いるかHotel第18回公演「中庭の出来事」(2015・神戸)

中庭の出来事  01.jpg中庭の出来事  02.jpg

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「●「山本周五郎賞」受賞作」の インデックッスへ

作者の知識・経験が活かされている。山本周五郎の名を冠した賞に相応しい作品。

閉鎖病棟.jpg閉鎖病棟―Closed Ward』 ['94年] 閉鎖病棟 文庫.jpg閉鎖病棟 (新潮文庫)』 ['97年]

 1995(平成7)年度・第8回「山本周五郎賞」受賞作。

 過去に精神障害のために起こした事件により、ある地方の精神科病棟に入院している患者達の、世間や家族から隔離され重苦しい過去を背負いながらも明るく生きようとする様と、そうした彼らの入院生活の中で、登校拒否症のため通院していた病院のマドンナ的存在の女子高生が、入院患者の1人に暴行されたことを契機に起きた殺人事件及びその後の展開を描く―。

 病院内で行われる患者同士の演劇イベントをピークとした前半部分では、その稽古の過程などを通して、様々な患者たちのキャラクターと来歴が描かれていて、4人の家族を殺害して死刑判決を受け、刑が執行されたが死なずに生き返った「秀丸さん」とか、精神分裂症で父親の首を絞めて殺しそうになった「チュウさん」など、過去に起こした事件の内容には凄まじいものが多いです。

 しかし、現在の彼らは「閉鎖病棟」という特異な環境の中でも互いに相手を思いやり、精神薄弱で言葉が喋れない「昭八ちゃん」を助けたり演劇を何とか成功させようと努力するなど、人間らしく精一杯生きていることがわかります。

 作中の病院では精神分裂病患者が最も多いようですが、作者が精神科医であるだけに、過去に起こした事件の経緯を通して、精神分裂病の特質というものがよく描かれている一方で(この病気を文学的文脈の中で正しく描いているのは稀少)、親族などの関係者には、そうした病気への偏見や差別が根強くあることをも物語っています。

 前半部分がまどろっこしいと感じる読者もいるかも知れませんが、何よりも患者達の目線で、過度の同情や憐憫を排して淡々と描かれているのが、逆に作者の彼らへの暖かい目線を感じさせるものとなっていて良く、こうした表現手法に、純文学から出発した作家の特質が表れているように思えました。

 殺人事件そのものも含めミステリの要素は殆ど無く、どうしてこれが山本賞なのかなと思って読み進んでいくと、最後の秀丸さんの事件の証言に立つチュウさんの言葉や、チュウさんと秀丸さんが交わす手紙の遣り取りには大いに感動させられ、精神科医として複雑な現実を知りながらも、作品としてはきっちりエンタテイメントに仕上げているなあと―読み終えてみれば、歴代の山本賞受賞作品の中でも、山本周五郎の名を冠した賞に最も相応しい部類の作品になっているのではないかとの印象を抱きました。 

 但し、この終盤部分は、前半の抑えたトーンとは逆に、患者達に対し余りにストレートに優しくなってしまっている印象もあり、前半とのバランス上どうなんだろうかという気も若干はしました。

 【1997年文庫化[新潮文庫]】

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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「女刑事・音道貴子~凍える牙」)「●津川 雅彦 出演作品」の インデックッスへ

ミステリとして瑕疵は多いが、設定のユニークさと人間ドラマとしての旨さがある。

凍える牙 乃南アサ著. 新潮社.jpg  凍える牙 新装版.jpg 凍える牙 乃南アサ 文庫.jpg        凍える牙 ドラマ.jpg 
凍える牙 (新潮ミステリー倶楽部)』『凍える牙』『凍える牙 (新潮文庫)』 「女刑事・音道貴子~凍える牙」テレビ朝日系 2010年1月30日放映(出演:木村佳乃/橋爪功)

 1996(平成8)年上半期・第115回「直木賞」受賞作。

 立川市のファミレスで起きた、男性客の体が突然燃え上がって焼死し、男性には時限発火装置が仕掛けられていて、大型犬のような動物による噛み傷あったという事件の捜査に、"バツイチ"女性刑事・音道貴子はたたき上げの刑事・滝沢保と共に臨むが、滝沢は女性と組まされた不満から貴子に辛く当たる―。

 '10年1月にテレビ朝日系列で、音道貴子役・木村佳乃、滝沢保役・橋爪功で放映されましたが、直木賞作品でありながら、犬に演技させるのが難しいために長らく映像化されなかったのかなと思っていたら、すでに'01年にNHKで天海祐希主演でドラマ化されていた...。

 原作は、犯人の動機やそうした犯行トリックを選んだ理由の脆弱さなど、ミステリとしては瑕疵が多いとも思われますが、何よりも、都会の真ん中で人が次々と野犬のような動物に襲われて亡くなるという設定そのものが、ユニークでインパクトあります(強いて言えば、アーサー・コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』の「日本版」乃至「都会版」といったところか)。しかも、女性刑事とベテラン男性刑事が、コンビで捜査に当たる間ずっと折り合いが悪かったのが、事件の経過と共にその関係が少しずつ変わって行く様が、個々が抱える背景も含めた人間ドラマとして旨く描けているように思います。

 終盤は、疾風(はやて)という名の"オオカミ犬"にスポットが当てられ、主人公の音道貴子が疾風に感情移入していくのと併せて、読者をもそれに巻き込んでいき、犯人は結局何のためにこうした犯行を犯したのかという、結果から逆算すると虚しさが残るはずのプロットであるにも関わらず、感動ストーリーに仕上がっています(実際、作者の巧みな筆捌きにノセられ、自分も感動した)。

 テレビ朝日版のドラマでは、木村佳乃、橋爪功ともに悪くない演技で、特に橋爪功はベテランの味を出していたような気がします(原作とはイメージが異なるが)。 それよりも驚いたのは、犬がちゃんと"演技"していたことで、でも考えてみれば犬が"演技"するはずはないわけであって、演技とは観客の感情移入で成立するものだということを思い知らされました。このドラマの"犬"が登場する場面で用いられているモンタージュ手法が巧妙なのか、それとも、もともと見る側に動物に感情移入し擬人化しがちな素因があるのか...?

警視庁刑事部第三機動捜査隊所属の刑事・音道貴子(木村佳乃)/警視庁捜査一課第二強行犯捜査第五係長・綿貫厚人(小野武彦)/元神奈川県警の鑑識課職員・高木勝弘(内藤剛志)/警察犬本部・畑山専務(津川雅彦)/警視庁立川中央署・滝沢保(橋爪功)
f4c2c9d8-s.jpg 綿貫厚人/小野武彦.jpg f7ff81c3-s.jpg c3adca0b-s.jpg a67570c1-s.jpg

女刑事 凍える牙   .jpg凍える牙 ドラマ.jpg「女刑事・音道貴子~凍える牙」●演出:藤田明二●制作:河瀬光/横塚孝弘/藤本一彦●脚本:佐伯俊道●音楽:鈴木ヤスヨシ●原作:乃南アサ「凍える牙」●出演:木村佳乃/橋爪功/小野武彦/布施博/平山浩行/内藤剛志/津川雅彦/金田明夫/勝野洋/前田健/菅田俊/大高洋夫/小川奈那/菅原大吉/草村礼子/高林由紀子/田宮五郎/西沢仁太/増田修一朗/七菜香/猪狩賢二/山内明日/谷口高史●放映:2010/01(全1回)●放送局:テレビ朝日

 【1996年単行本・2007年新装版[新潮社]/2000年文庫化[新潮文庫]】

「●よ 吉村 昭」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1130】 吉村 昭 『羆嵐(くまあらし)
「●海外のTVドラマシリーズ」の インデックッスへ(「LOST」)

生存をかけた知恵と脱出を果たしたリーダーシップ。「LOST」顔負け。"アナタハン"とは大違い。

漂流 1976.jpg漂流 (1976年)』 漂流 新潮文庫.jpg 『漂流 (新潮文庫)』  lost5.jpg「LOST」
「無人島長平」の像( 高知県香南市)  「鳥島」遠景 
無人島長平.jpg伊豆鳥島遠景.jpg 江戸・天明年間(1785年)、土佐の水主(船乗り)長平は、乗っていた御蔵米を運ぶ船の難破により室戸岬沖から遠く流され、同じ船の乗組員仲間2人と共に絶海の孤島に辿り着くが、その島は水も沸かない火山島で、見たことも無い巨鳥の大群のみが棲息する無人の島だった―。

 '75年(昭和50)年に「サンケイ新聞」で連載され、加筆訂正の後、'76年(昭和51)年に新潮社から単行本が刊行された吉村昭(1927‐2006)の長編小説で、現在の日本の東南端・鳥島に漂着して12年もそこで暮らし、苦難の末に故郷に帰還した野村長平、通称「無人島長平」を描いたドキュメンタリーに近いスタイルの小説ですが、漂流モノの面白さが堪能でき、一気に読めました。

アホウドリ.gif いやあ、それにしても、凄い生命力! そして、生きるための知恵! 彼らが初めて見た巨鳥とはアホウドリだったわけですが、飲料水はその卵の殻で雨水を受けて貯めておけばよく、食糧は鳥を捕食すれば困らない―と思いきや、この鳥が渡り鳥であることに長平は気づき、大急ぎで渡りの始まる前に、捕えた鳥の干物を作り食糧備蓄に励む、そうした長平の機知と努力にも関わらず、一緒に流れ着いた乗組員仲間2人はやがて死に、長平1人になってしまいます。

 しかし、その後大阪船が、更に薩摩船が島に漂着し、無人島生活者は十数名に増え、彼らは長平の経験とリーダーシップのもと、島での生活を生き延び、更に島からの脱出に向けて船造りを始める―。長平も偉いけれども、長平の経験を尊重し、彼をリーダーとして立てた大阪船、薩摩船の2人の船頭もなかなかの人物であると思いました。
Lost (2004)
Lost (2004).jpg
ロスト ドラマ.jpg  漂流モノは、海外ドラマでも「LOST」という人気シリーズがありますが、あっちはミステリー的要素が強く、更に人間関係を描くことがメインになっている感じで、この小説の方がストレートに無人島生活の厳しさが伝わってきます。木も生えない島で、流木から船を造り、脱出を図るという、日本人っぽくないと言ってもいいかも知れない長平の"積極思考""能動性"がまた素晴らしく、やはり長平というのは、知恵もリーダーシップも傑出した人物だったように思われます(「LOST」の登場人物たちはどうして船を作らないのだろうか。材料が無いというのが説明理由になっているようだが、長平の流された島とは比較にならないくらい木が繁っているのに)。

「LOST」LOST (ABC 2004/09~2010) ○日本での放映チャネル:AXN(2005~2011)/BS-i

アナタハン島漂流者救出の模様 (生存者20名/32名中)
アナタハン.jpg 小説の冒頭に無人島漂着者の記録の1つとして、太平洋戦争中にあった「アナタハン島事件」という、比嘉和子という名の女性1人を含む33名の漂流者の無人島生活とその救出の記録が紹介されていますが、これなどは、その女性を巡って、男性達の間で公然と殺し合いが行われたという暗い側面を持つ事件で、「無人島長平」の話と比べると、ちょうどジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』と、その70年後に書かれたウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』(原作は読んでないが映画で観た。映画の出来はイマイチ)との明暗関係に似ている気がしました。

アナタハン ポスター.jpg また、アナタハン島事件については、事実を基に比嘉和子自身が主演した「アナタハン島の眞相はこれだ!!」('53年/新大都映画)という映画があり、「モロッコ」の名匠ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督も、根岸明美(1934-2008/享年73、「マタンゴ」('63年)のような怪奇モノから黒澤明作品などにも出演した女優だった)主演で映画「アナタハン(The Saga of Anatahan)」('53年/東宝)を撮っています(「アナタハン」(1953)ポスター)。

 更に最近では、桐野夏生氏が、この事件をモチーフに現代小説に翻案した『東京島』('08年/新潮社)を書いています。

 「アナタハン島事件」も「無人島長平」の話も実際にあったことであり、その時間差は約160年。江戸時代の人の方が賢かったということか。

 【1980年文庫化〔新潮文庫〕】

映画「アナタハン」.jpg 映画「アナタハン」2.jpg
 映画「アナタハン」主演の根岸明美と映画の一場面

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『白夜行』かこの作品で直木賞をあげるべきじゃなかったのかな。

幻夜 東野圭吾.jpg 『幻夜』 [単行本/'04年] 幻夜 東野圭吾 文庫1.jpg 『幻夜 (集英社文庫 (ひ15-7))』 [' 07年]

東野 圭吾 『幻夜』文庫.JPG 雅也は工場の資金繰りに窮し首を吊った父親の通夜の翌朝、阪神淡路大震災に遭遇し、工場の瓦礫の中で父の借金の借用書を持っている叔父俊郎を発見、俊郎の頭の上に石を振り下ろして殺害し、懐から借用書を抜き去るが、その一部始終を、新海美冬という娘が見ていたようだ。美冬は両親をたまたま訪れていたが、2人とも死んだと言い、雅也の犯罪に口をつぐみ一緒に東京へ行こうと誘う―。

 阪神淡路大震災の2カ月後に起きた地下鉄サリン事件の衝撃が収まらない中、銀座の宝飾店「華屋」で異臭事件が発生し、美冬たち従業員へのストーカー行為と関連があると疑われた上司が失脚するが、これは美冬が上司の宝石デザインを自分のものにするために仕組んだことだった。その後カリスマ美容師を発掘し美容院の経営に乗り出し成功した美冬は、手に入れたデザインをもとに雅也が加工した指輪を利用して「華屋」の社長夫人の座に。雅也は美冬と結ばれることを信じて美冬に協力していく―。

白夜行.jpg 『白夜行』の続編という気持ちで読んでしまうためか、美冬が登場したとたんに、ああ、何か色々悪事をやりそうだなあと―、しかし、そうと分かっていても、読んでいて飽きることはなく、よくまあ次から次へと利用できるものを利用し、自分にとって害となる人間を陥弄する計略を思いつくものだなあと、半ば感心させられます。

 『白夜行』で亮司が魔性の女性・雪穂の指示に沿って動くのと同じパターンですが、『白夜行』では亮司と雪穂が接触する場面の描写は無く、2人の話が別々に進行しながらも、亮司が雪穂の手先となって動いていることが示唆されているという形だったのに対し、この作品では、美冬と雅也の2人が打ち合わせをする場面が頻繁に出てきて、その手口が分かり易いといえば分かり易いですが、女性主人公の方の神秘性は弱まったと思われます。

 『白夜行』における雪穂のトラウマ体験のようなものは、この作品の美冬については描かれておらず、彼女の過去が殆ど明かされていないために、『白夜行』のような重厚さは感じられません。
 一方で、もしかして美冬=雪穂(或いは、雪穂の経営する高級品店「ホワイトナイト」に勤務し、雪穂を尊敬していた女性)なのかという、もう1つの"推理"を巡らせる楽しみが、読む側に提供されています。

 この作品は直木賞候補になりましたが、『白夜行』が候補になった時に強く推した田辺聖子氏でさえ、「推理小説としての出だしは、快調」であるものの、「複雑な伏線、期待も昂まるのだが、ヒロインの印象がどんどん変ってゆき、最後に到って作品自体も変調する。読者は深い混乱のまま、うっちゃられる...という、印象だった」と"竜頭蛇尾"を指摘していて、確かにそうした面もあるかも知れません。

 個人的には、同じく直木賞に推さなかった理由であるにしても、平岩弓枝氏が、「主人公が何故、本当の自分を抹殺し、他人に化けて生きねばならなかったかという主人公の過去が殆んど書かれていない。その理由はこの作品がすでに作者が発表されているもう1つの作品の続篇の要素を強く持っているからで、ならば2作をまとめて候補にしなければ作品の評価は出来ないと思う」としてるのが、2作の関係性をよく把握していて、しっくりきました。

幻夜 テレビ.jpg  しかしながら、直木賞を獲った『容疑者χの献身』もシリーズものの中の1作であり、選考委員の多くがこの作品を絶賛しましたが、この受賞は何となく、それまでの候補作が東野作品の中での相対評価になってしまっていた("東野作品"馴れしてしまっため、結果として「決定打」となり得ないとかいった厳しめの評価が続いた)ことの反動のようなものを感じました。

 個人的にはこの作品『幻夜』は、『白夜行』に及ばずともピカレスク・ロマンとして一級品であることには変りが無いように思え、今年('10年)で刊行され6年になりますが、WOWOWでのテレビドラマ化が決定してします(全8話、主演:深田恭子)。
 『容疑者χの献身』よりはどう見ても上であり、やはり『白夜行』か『幻夜』で直木賞をあげるべきじゃなかったのかなと思うけれど...。

 【2007年文庫化[集英社文庫]】

「●た 高村 薫」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【445】 高村 薫 『レディ・ジョーカー

ミステリとしてよりも、人間ドラマとして重厚。不条理に満ちた人間の本質に迫る。

照柿 高村薫3.jpg 照柿 高村薫 上.jpg 照柿 高村薫 下.jpg
照柿』['94年]『照柿(上) (講談社文庫)』『照柿(下) (講談社文庫)』['06年]

 1994(平成6) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第2位作品(1995(平成7)年「このミステリーがすごい!」第3位)。

 ホステス殺害事件を追う合田雄一郎は、電車飛び込み事故に遭遇、轢死した女とホームで掴み合っていた男の妻・佐野美保子に一目惚れする。だが彼女は、合田の幼なじみの野田達夫と逢引きを続ける関係だった。葡萄のような女の瞳は、合田を嫉妬に狂わせ、野田を猜疑に悩ませる―。

 『マークスの山』と『レディ・ジョーカー』の間に位置する"合田3部作"の1つで、個人的には、読もう読もうと思いつつも長い間読み残していたのですが(この人の作品は、文庫化されるのが遅い)、単行本が分冊となっている『レディ・ジョーカー』ほどではないものの、上下2段組で500ページと、これも長いことは長い。但し、読み残していた理由は、長さだけではなく、内容が重そうな予感もあったためで、実際読んでみてその通りでした。

 ミステリという言うよりも、刑事として、或いは人間としての合田雄一郎の物語であり、また、ベアリング工場の工員である野田の物語でもあって、その描き方は、不条理に満ちた人間の本質に迫るものであり、重厚な文学作品を読み終えたような読後感を抱きました。

 実際、"高村薫版『罪と罰』"と言われているようですが、確かに、合田雄一郎が暴力団の主催する賭博場において相手の陥弄に嵌っていく様などの描き方には、ドスト氏っぽいものを感じました(秦野、怖いなあ)。
 しかし、美保子に惹かれて、刑事としての一線を超えていく様は(嫉妬に駆られて"野田潰し"を狙ったという点では、人間としての一線をも超えたことになる)、彼自身の心身の消耗度の反映であるように思えました(美保子の悪魔的な魅力といのもそれほど感じなかったし、作者も、ことさらそれを強調しているというより、合田の精神状態の「反面鏡」として描いているように思えた)。

 一方の野田達夫に関しては、合田以上に、普通の生活を送っていた1人の人間が"壊れていく"様がよく描かれているように思え、その背景となっている過酷な工場勤務の実態の執拗なまでの細部の描かれ方は、人を狂気の世界に追い込んでいくに充分な裏付けたるものであるように思われました。 
 野田が犯すことになる殺人は、通常のミステリでは使われない特異なものであり、まさに"不条理殺人"と言えるかと思います(殺人の場面だけを捉えると、ラスコーリニコフより『異邦人』のムルソーに近いのでは)。

 もともとミステリとしては、ホステス殺害事件の犯人も意外とあっけなく割れてしまうし、そもそも、偶然に遭遇した轢死現場で出会った女性に一目惚れし、その女性が18年ぶりに出会った旧友の不倫相手だったというのは、あまりも偶然が重なり過ぎていて、これは、ミステリとしては"ご都合主義"と取られても致し方ないかも。
 やはり、この作品は純粋にヒューマン・ドラマとして読んでこそ卓抜した作品であると思うし、野田達夫のみならず合田に関しても、1人の刑事の内面をここまで掘り下げて書いた作品は、警察ミステリの分野では殆ど無いのではないかと。

 それにしても、『マークスの山』の事件(合田雄一郎33歳)の翌年、『レディ・ジョーカー』の事件(合田雄一郎36歳)の前々年の話で、その間に合田雄一郎の身にこんな陰翳の季節があったとは!(『レディ・ジョーカー』を読んだ時には、全然そんな印象を受けなかったなあ)
 
 【2006年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

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面白かった。企業小説はこうでなくてはという感じ。でも、事実に基づいていると思うと...。

沈まぬ太陽(四) 会長室篇 上巻.gif 沈まぬ太陽(五) 会長室篇 下巻.jpg   沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上)文庫.jpg 沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下)文庫.jpg  山崎豊子.png 山崎 豊子 氏 
沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上)』『沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下)』 『沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上) (新潮文庫)』『沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下) (新潮文庫)
新潮文庫 映画タイアップ帯/映画 「沈まぬ太陽」('09年)
沈まぬ太陽 会長室篇.jpg沈まぬ太陽5.jpg '85年の御巣鷹山墜落事故の後、利根川総理は国民航空再建のため、関西の紡績会社会長の国見正之を国民航空会長に据える。新体制の下、遺族係として大阪に赴任していた恩地は国見により東京に呼び戻され、新設の「会長室」の部長に抜擢される。改革に奔走する国見と恩地、そして次期社長の座を狙う行天を中心に、彼らを取り巻く社内外の腐敗体質の元凶や黒幕が描かれる―。

 国見らが統合に腐心する5つに分断された組合、腐敗体質の温床となった生協購買部や関連会社のリベート構造、財務体質の悪化を招いた海外不動産の買収とそれに伴うサヤ抜き、更にドル先物予約による膨大な為替差損など、まあ、出てくる出てくる、しかも、それらが実際の取材に基づいて書かれた事実であるとのことで、これが一流企業と目される会社の実体なのかと唖然とさせられます。

 そして、自らの出世と保身に走る経営幹部と、その背後で蠢く政治家や政商たち―う〜ん、読んでいて先ず面白い! 企業小説はやはりこうでなければという感じで、総合商社の内幕を描いた『不毛地帯』以来の作者の筆の冴えを感じましたが、過程においてのエンタテインメイント性とは裏腹に、ラストは必ずしも読者のカタルシスを満たすものとはなっていません。
第2次中曽根内閣.bmp これは、実際に'86年に日本航空に招聘された伊藤淳二氏の改革が様々な圧力のため中断し、主人公の原型モデルである小倉寛太郎氏も再びアフリカに追いやられたという事実に即しているためでしょう。

 利根川総理(中曽根康弘)が国民航空の会長人事を託したのが、元大本営参謀の龍崎一清(瀬島龍三)で、どうしょうもない運輸大臣の道塚(三塚博)、警察官僚出身の官房長官・十時(後藤田正晴)、巨額の裏金作り工作をする副総理・竹丸(金丸信)、闇将軍・田沼(田中角栄)の"刎頚の友"である政商・小野寺(小佐野賢治、日航の社外取締役だった)...etc. 政治家などがモデル人物が特定し易い形で登場するため興味が尽きず、会社の経営陣はもとより、会社が組合分断工作のために起こした新生労働組合の関係者や、リベートを貪る関連会社の黒幕たちも、実際に特定できるモデルがいるようです(但し、映画で三浦友和が演じている行天四朗だけは架空の人物)。

瀬島龍三.jpg 『不毛地帯』での壱岐正のモデルとされる瀬島龍三ですが、この作品での龍崎一清は、国見の目から見て、当初は"国士"だと思われたが実際はそうではなかったというのが興味深く、一方の国見の方は、『不毛地帯』での壱岐正のように理想的人物像として描かれていて、これは誰かそうしたキャラクターを設けないと、もう魑魅魍魎を描いただけの小説になってしまうため致し方ないのか。

沈まぬ太陽51.JPG 結局、日本航空の労組は今でも、企業寄り組合1(最大組合)、反企業的組合7(職種別)の8労組に分かれており、従業員の所属組合の違いによる差別待遇は、日本航空キャビンクルーユニオンの訴えにより、'09年11月に東京都労働委員会が日航に昇級・賃金差額支払いなどの改善命令を出していることなどを見ても、いまだに続いていることが窺えます。
 更に、経営再建に向けた動きの中で、海外投資での新たな為替差損も明らかになっており、「変わらぬ企業体質」は、こうした点においても見られます。
 
 いきなり話が急展開して小説が完結し、「なに、コレ」みたいに思った読者もいるかも知れませんが、元々が、ハッピーエンドで終わらせようとするには無理がある"素材"なのでしょう。

 魑魅魍魎たちの暗躍は、フィクションであると断っているとは言え、容易にモデルが特定できる形で書かれていることを考えると、かなりの事実が含まれていると思われました。もしそれらが本当に事実であるとするならば、心底ぞっとします。
 
 【2001年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

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「●「芥川賞」受賞作」の インデックッスへ

自身の半生を「精神的な物語」化することで、自らを癒している(?)主人公。

終の住処2.jpg 終の住処1.jpg  『終の住処』 (2009/07 新潮社)

 2009(平成21)年上半期・第141回「芥川賞」受賞作。

 30歳を過ぎで結婚した男が、50を過ぎて結婚後の20年間の生活を振り返る話で、その間に娘が生まれ、待望の一軒家も建てたが、男の妻は結婚生活の間中、男に対して常に不機嫌な態度をとり続け、男の方も浮気を繰り返してきた―。

 改行の少ない文章が果たしてどのような効果を狙ったものなのかよくわかりませんでしたが、文章そのものは上手いと思いました。
 自分で積極的に選んだ生き方でもないのに、自分が歩んできた過去が、今の自分をじわじわと追い込んでいくような感じが、滲み出るように表われています。

 妻が11年間も自分と口を聞かなかったというのは特異ですが、それ以外には何か特別変わった出来事が描かれているわけでもなく、8人の女性と付き合ったという話も、あることを契機に女性遍歴をやめたという話も、ありがちではないかと。
 読み進むうちに、生きることとは、時間と共に不可能性の範囲が拡がっていくことを認識することなのだなあと、何となく身をつまされるような思いをしました(かつての「第三の新人」の"小市民性"みたいだなあ、何となく)。

 作者は商社に勤めるサラリーマン兼業作家であるためか、製薬会社に勤めるこの物語の主人公も、後半は米国に出張し、エッジフルなビジネス交渉をやってのけたりして仕事に打ち込んだ時期の回想がありますが、これを挿入したことで、娘が知らない間に渡米していたというラストが何となく、バブル期に家庭も顧みず頑張っていたエリートサラリーマンのなれの果て、みたいな位置づけにも見えてしまうのは短絡的な読み方なのでしょうか(黒井千次氏とかには受けそうだが)。

 作者の磯崎憲一郎氏(1965年生まれ)は、ガルシア=マルケスや小島信夫、保坂和志などを好きな作家として挙げていて、保坂氏とは知人関係にあるとのことですが、この作品には保坂氏のキャッチフレーズ(?)である「何も起こらない小説」の系譜みたいなものが感じられます。

 保坂氏は、『書きあぐねている人のための小説入門』('03年/草思社、'08年/中公文庫)の中で、「テーマはかえって小説の運動を妨げる」とし、「代わりにルールを作る」としていて、デビュー作『プレーンソング』('00年/講談社)での第1ルールは、「悲しいことは起きない話にする」ということだったそうで、また、「社会問題を後追いしない」、「ネガティブな人間を描かない」などが保坂氏の信条だそうです。

 この小説を「悲しい」物語であるとか、主人公を「ネガティブ」な人間であるとは必ずも言えないだろうけれども、読んで元気が出るような話でないことは確か。
 主人公は(特に妻サイドに立てば)自分勝手な人間にも見えますが、それなりに一生懸命生きてきたようにも思われ、但し、今は疲れてしまって、諦めの境地?
  ボルヘスやガルシア=マルケスに似ていると言うよりは、自分自身の半生を「精神的な物語」化することで、自らを癒している―そんな風にも思えました。

 今後に期待は持てそうな人ではありますが、この作品そのものは、今ひとつでした。

【2012年文庫化[新潮文庫]】

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「●「芥川賞」受賞作」の インデックッスへ

群像新人文学賞から芥川賞に直行!確かに前衛的だが、期待したほど面白くはなかった。

アサッテの人.jpg 『アサッテの人』 (2007/07 講談社)

 2007(平成19)年・第50回「群像新人文学賞」(小説部門)並びに2007(平成19)年上半期・第137回「芥川賞」受賞作。

 勤め人である「私」は、突如失踪した叔父の荷物を引き取りに行ったアパートで、叔父の残した日記を見つける―。

 「私」はかつてこの、脈絡なく「ポンパ!」という奇声を奇声を発する叔父をモデルにした草稿を幾度も書いており、そして今、小説『アサッテの人』としてそれを完成しようとしているが、それが出来ないでいるため、叔父の残した日記と、叔父を題材に書いた草稿を繋ぎ合わせて、それを読者に示すことで、それを完成品としようとしていて、そうした意味では、これは「メーキング小説」とも言えるかも知れません。

 更に、小説を書いている今の「私」を対象化し、小説の外側に立って小説を書くという行為そのものを考察する一方、小説の中に織り込むはずだった叔父の日記を抜粋し、その「アサッテ」ぶりに対し、現在の「私」の立場から考察していて、そうした意味では「メタ小説」とも言えます。

 ビルの警備室に勤務していた叔父の日記の中には、そのビル内にある会社に勤務する、エレベーター内で人知れず奇妙な行動をとる「チューリップ男」の観察記録があり、小説を書こうとしている「私」とその「私」を見つめる私、書かれようとしている小説乃至これまでの草稿と叔父の日記、叔父の日記の中で叔父に観察されているチューリップ男―といった具合に、3重〜4重くらいの入籠構造になっているのかな。

 「私」の耳から離れない叔父の様々な奇声は、太宰治の「トカトントン」を想起させますが、時代が変わろうとしていることの象徴のようなトカトントンに対し、「私」の叔父の奇声に対する考察は、日常と非日常の相克とでも言うか、もう少し哲学的なニュアンスのものという感じ。
 但し、日常的なもの、既成のものからの脱却という意味では、「チューリップ男」の行動の方が、吃音が直ったのをきっかけに消えてしまった程度のものであった叔父の奇声を凌駕しているかも。

 小説の主体は、入籠構造の各層を行き来しますが、1つ1つが小説として(意図的に)完成されていないため、「メタ小説」としては不全感があり、「小説」と言うより、「小説を書く」ということについての哲学的考察と言った方が合っている印象を受けました(作者は大学の哲学科出身)。

 芥川賞の選評では、案の定、石原慎太郎・宮本輝両氏の評価が低かったが(村上龍氏も)、新たに選考委員になった小川洋子・川上弘美両氏が絶賛(池澤夏樹氏も)、その他の選考委員(高木のぶ子・黒井千次・山田詠美の3氏)も概ね推薦に回り、「群像新人文学賞」受賞作では、第19回(1976年)の『限りなく透明に近いブルー』以来の(村上春樹氏の『風の歌を聴け』(第22回(1979年)群像新人文学賞受賞作)も果たさなかった)芥川賞とのW受賞になりました。

 その村上龍氏は、「私は推さなかった。退屈な小説だったからだ」と述べていて、自分の感想もそれに近いものであり、これから面白そうな作品を書きそうな人ではあるけれども、この作品については、前衛的な試みは"空振り"しているように思えました。

 ただ、過去に多くの人が、こうした作品を着想して頓挫したり失敗したりしているであろうことを思うと、前衛を保ちつつ、破綻は最小限に止まっているという感じではあり(この作品の場合、何を以って"破綻している"と言うかという問題はあるが...)、たまにはこうした実験小説的な作品が芥川賞をとるのもまあいいか―(でも、芥川賞はやはり運不運があるなあ)。

 【2010年文庫化[講談社文庫]】

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小説全体の中では独立したドキュメント、或いは必要欠くべからざる"繋ぎ"。

沈まぬ太陽 御巣鷹山篇.jpg 『沈まぬ太陽 (3)』 ['99年] 沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 文庫.jpg 『沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)』 ['01年]
  映画 「沈まぬ太陽」('09年)
沈まぬ太陽3.jpg 10年の"懲罰人事"に耐えて日本に帰国した恩地元であったが、国民航空は恩地を排除しようとするその手を緩めず、更に10年の間、東京本社での閑職に追いやる。そんな中、御巣鷹山で「国航ジャンボ機墜落事故」が発生、救援隊・遺族係へ回される―。

 小説自体は、関係者への取材と実在の登場人物、各機関・組織などをベースに「小説的に再構築したもの」とされていますが、この「御巣鷹山篇」では、'85年8月に起きた日航ジャンボ機墜落事故の遺族・関係者へ取材内容を一部実名で取り上げるなどしていて、ドキュメント色の濃いものになっています。

 自分自身は事故当時、墜落現場と同じ群馬県の、県北西部のテレビも新聞も無いロッジに居て、そのような大事故が起きたと知ったのは、翌日東京に戻るクルマの中ででした。ロッジは墜落現場からは30〜40km離れていたのですが、静かな山間で、夜中に上空を飛ぶヘリコプターの音が随分と聞こえてくるのを訝しく思った前夜の記憶が甦ったのを憶えています。

 この「御巣鷹山篇」は、事故の記憶が無い人には勿論のこと、事故を知っている人にとっても新たに記憶を喚起し、小説全体の中でも大きな反響を呼んだパートですが、ドキュメント色が濃い分、作者の"作家性"は後退しているようにも思え、確かに、後世に伝えなければならない事故ではあったものの、小説全体の中では、単独のドキュメント作品(或いは、「アフリカ篇」と「会長室篇」の必要欠くべからざる"繋ぎ")としての位置づけになっているように思いました。

 恩地がさほど前面に出てこないのは、モデルの原型となった人物が実際には事故当時、現場に出向いていないということもあるかと思われますが、それを以って事実を歪曲しているという批判があるのは、小説自体がフィクションであることを予め作者が断っていることからすれば筋違いであり、その他にも、日航が「週刊新潮」のライバル誌を介して行ったこの作品に対する"世論誘導"的な批判には、理不尽なものが多い気がします(遺族の取材に偏向があるといった類の批判もそう。520人の遺族の声を"公平"に取材し、その全てを作品で取り上げるといったことは不可能)。

 悲しみに打ちひしがれる遺族の様は、事実またはほぼ事実として受け止めていいのではないかと。遺族の力になろうと奔走する社員も、実際にそうした社員が多くいたのでしょう。そうしたものを取材したドキュメントは既に何冊か本になっていますが、本書では、事故遺体の具体的な状況を詳説するとともに、現場にまだ多くの遺骨の断片が残っている可能性を示唆するなど、より突っ込んだ"新情報"(当時としては)も織り込まれているようです。

 本篇に関しては、読んでいて、当事者の心の奥に分け入って書かれていると感じ入る部分もある一方で、新聞の特集連載を読んでいるような印象を受けた部分も正直ありました(保身に走る会社上層部の様を描いた部分が、最も小説的なのだが)。

 本篇は、毎日新聞社出身の著者(上司に井上靖がいた)が、その"チーム"取材力を見せたパートであるとも言え(資料集めは"秘書"が行っているということらしいが)、新聞記者っぽいトーンを感じる一方、小説として膨らますには、あまりに"素材"が重く、虚構を交えにくいパートだったのかなと(「アフリカ篇」「会長室篇」が2分冊であるのに対し、「御巣鷹山篇」だけ1冊で完結している)。

 とは言え、520名もの人名を奪った大事故が"人災"であったことを、改めて明確に指弾した意味は大きいと思います。
 
  【2001年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
WOWOW開局25周年記念・連続ドラマW「沈まぬ太陽」第2部(全12話)2016.07-09

沈まぬ太陽 第2部.jpg沈まぬ太陽 第2部 00.jpg

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「不当労働行為」をリアルに描く。連載開始からベストセラーになるまでの間にもドラマが。

沈まぬ太陽 1.gif 沈まぬ太陽 2.gif   沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上)文庫.jpg 沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下).jpg
 『沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上)』『沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下)』  『沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)』『沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下) (新潮文庫)

 国民航空の労働組合委員長だった恩地元は、従業員の処遇や労働環境の改善を求めて経営陣と対立した結果、カラチ、テヘランと海外支店へ廻されて、今は自社便の乗り入れすら無いナイロビに勤務しているが、「流刑」とも言える左遷人事の間に、母と死別し、家族とも別れて暮らすことになる。一方、大学の同輩で組合の副委員長だった行天四朗は、恩地と袂を別ち、出世街道を歩むこととなる―。

   映画 「沈まぬ太陽」('09年)
沈まぬ太陽1.jpg '95年から週刊新潮で連載が始まり'99年に完結、単行本化されるや200万部を超えるベストセラーになり、'09年に若松節朗監督、渡辺謙主演で映画化された作品ですが(渡辺謙は、恩地役をぜひ自分にやらせて欲しいと山崎豊子に直接懇願して主役の座を射止めたという。このパターンは田宮二郎や唐沢寿明と同じ)、連載当初の3部構成の第1部から第3部が、単行本化されるあたって、それぞれ「アフリカ篇」「御巣鷹山篇」「会長室篇」と名付けられています。

 この「アフリカ篇」は、'71年にナイロビで恩地が野生動物のハンティングしている場面から始まりますが、回想シーンとして、'61年に主人公の恩地元が労組委員長になり、従業員の待遇改善を求めて'62年に会社初のストライキを実施するに至るまでの緊迫した労使交渉の様や、その後の会社側の御用組合の設立による組合分断攻勢、特定組合員を差別待遇する「不当労働行為」の様がリアル描かれていて、作者の筆致にぐいぐい引き込まれました。

小倉寛太郎(1930‐2002/享年71)
小倉寛太郎氏.jpg 主人公がケニア勤務だからと言ってハンティングをしているというのはいかにも小説的だと思われるかも知れませんが、恩地の原型とされる小倉寛太郎(おぐらひろたろう、通称おぐらかんたろう)元日本航空労組委員長は、日航を定年退職後は、アフリカ研究家・自然写真家として活躍し、『フィールドガイド・アフリカ野生動物―サファリを楽しむために』('94年/講談社ブルーバックス)という著者もあり、「アフリカの地まで飛ばされた主人公が、なお屈しなかったのは、穢れなきサバンナ、壮大な太陽の輝きに、自身を律することが出来たからだった」(新潮文庫帯「原作者・山崎豊子・映画化の寄せて」より)という言葉も、説得力を帯びているように思えます。

 小倉氏の著書(講演録)『自然に生きて』('02年/新日本出版社)によると、作者の小倉氏への取材は、8年間に渡り千数百時間にも及んだとのこと、その小倉氏が、日航在職時に社内人事で小説と同じような目に遭ったことは、吉原公一郎『墜落』('82年/大和書房)などでも確認できますが、この小説では小倉氏個人の不当人事に限らず、従業員の所属組合の違いによる差別待遇の問題なども描かれています。

沈まぬ太陽52.JPG 作者はこの小説の構想を多くの出版社に持ち込みましたが、テーマがテーマだけに、日航の報復を恐れた出版社に相手にされずにいたところ、以前に作者の担当をしていた新潮社の山田彦彌(1932‐1999)週刊新潮・編集長が、その事を知ってすぐに原稿を依頼し、「週刊新潮」への連載が開始されたとのこと。
 これに対し、日航は新潮社の全出版物への広告出稿載を打ち切り、連載中は「週刊新潮」の機内への搭載もしないという対抗措置を取りましたが、連載の反響が大きく、「週刊新潮」の売上部数が増えたため、広告収入の欠損を埋め合わせることができたそうです。

 この作品が単行本となりベストセラーとなった頃に、山田氏は血を吐き入院しましたが、「150万部売れたら報告に来い。それまで来るな」と部下の見舞いを断っていて、部下が150万部売れた報告に行ったその数日後に亡くなっており、作者は告別式で弔辞で「私の戦友だった山田さん」と呼びかけたとのことです。

 【2001年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
WOWOW開局25周年記念・連続ドラマW「沈まぬ太陽」第1部(全8話)2016.05-06

沈まぬ太陽 第1部.jpg沈まぬ太陽 第1部 01.jpg

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作者のこのジャンル(宗教モノ)における集大成的な作品と言えるのではないか。

篠田 節子 『仮想儀礼』.jpg仮想儀礼1.jpg 仮想儀礼2.jpg   教祖誕生.jpg 「教祖誕生」2.jpg
仮想儀礼〈上〉』『仮想儀礼〈下〉』['08年]  「教祖誕生 [VHS]」('93年)萩原聖人

仮想儀礼1.jpg仮想儀礼 2.jpg 2009(平成21)年度・第22回「柴田錬三郎賞」受賞作。

 38歳の作家志望の男・鈴木正彦は、ゲーム会社の矢口誠に誘われ、勤めていた都庁を辞めてファンタジーノベルを書くが、結局矢口の会社が倒産して仕事も家族も失い、不倫がもとで同じく職も家も失くしていた矢口との再会を機に、2人で正彦が書いた原稿をベースとした教義と手作りの仏像で宗教団体を設立、信者は徐々に増え、食品会社の社長がバックに付いてから飛躍的にその数は伸びて、5000人の信者を抱えるようになる―。

 金儲けのために設立した極めていい加減な教義の教団に、こんなにホイホイ入信する人がいるのかなあもと思ったけれども、信者それぞれが抱えている事情が家族崩壊の様々なパターンを示していたりして("生きづらい"系の人にとっては「鰯の頭も信心から」なのか)、更に、色々な成り行きで教団が拡大していく様や、そうした教団に利害ベースで接近を図ったり出入りしたりする様々な人物がリアルに描かれているため、興味深く読めました。

 後半は、更に予期せぬ出来事が次々と起こり、教団はマスコミからの誹謗中傷に加え政治家筋からも圧力をかけられ、一方、一部の女性信者たちが信仰を先鋭化させて暴走し、教祖である正彦自身にもそれを止められなくなってしまう様が、畳み掛けるように描かれていて一層引き込まれました。

教祖誕生ド.jpg「教祖誕生」.jpg 本書を読んで高橋和巳の『邪宗門』を想起する人もいるかと思いますが、個人的には天間敏広監督の映画「教祖誕生」('93年/東宝)を思い出しました。

教祖誕生 [VHS]」 ('93年/東宝/監督:天間敏広/原作:ビートたけし)

教祖誕生ロード.jpg これ、意外と傑作でした(原作はビートたけし)。この映画にも、教団をビジネスと考える者(ビ教祖誕生s.jpgートたけし、岸部一徳)とそこに真実を求める者(玉置浩二)が出てきますが、映画ではむしろ後者に対する揶揄が込められています(オウム真理教による松本サリン事件の約半年前、地下鉄サリン事件の1年半前に作られたという点では予見的作品でもある)。

 「教祖誕生」の主人公の青年(萩原聖人)は、後継教祖に指名されて自分がホントに神になったような錯覚を起こしますが、『仮想儀礼』の主人公・正彦は自分が作り上げたものが虚構であることを忘れない常識人であり、生起する諸問題に仕事上の問題解決に対応するビジネスマンのように、或いは一般的水準以上に理性人として対応しているように思えます。

 しかし、重篤なトラウマを抱えた女性信者など、相手が相手だけに思うように彼らを御しきれず、やがて教団施設や財産の全てを失い、少数のファナティックな信者たちに拉致されるような形で逃避行へと追いやられていくことになり、あくまでもビジネスで「宗教」を始めた男が、そうした過程を辿るというのが、読んでいて強烈な皮肉に思われました。

 信者たちが自らの内面で教義を自己救済的な方向に血肉化させて、教団をカルト化していく様が見事に描かれており、深刻で暗くなりがちな話でありながらも、随所に事態の思わぬ展開に対する主人公の軽妙な嘆き節があり(それこそ、正彦が常識人であることの証しなのだが)、どことなくカラッとした感じになっているのは、この作家の特質でもあるかも知れません(桐野夏生なら、こうはならない)。

 だだ、全体にちょっと長いかなあ。取材したエピソードを出来るだけ漏らすまいという、作者のこのテーマに対する思い入れが感じられるのですが、全体構成的に見ると、前半はもう少し圧縮しても良かったかも。

 とは言え、最後は急速展開。家族による信者奪回などを巡って凄惨な事件も起き、全体にカタストロフィに向かう予感の中、正彦自身にどういった形でそれが訪れるのか、後になればなるほど気がかりになりましたが、エンタテインメントとしてのバランスを保った終わり方になっているように思えました。

教祖誕生ンロード.jpg教祖誕生スチール.jpg「教祖誕生」●制作年:1993年●監督:天間敏広●製作:鍋島壽夫/田中迪●脚本:加藤祐司/中田秀子●撮影:川上皓●音楽:藤井尚之●原作:ビートたけし「教祖誕生」●時間:93分●出演:萩原聖人/玉置浩二/岸部一徳/ビートたけし/下絛正巳/国舞亜矢/山口美也子/もたいまさこ/南美江/津田寛治/寺島進●公開:1993/11●配給:東宝(評価:★★★★)

【2011年文庫化[新潮文庫]】

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限りある生を超え、"伝説"として人々の記憶に生き続ける―芸術家の究極の姿か。

猫を抱いて象と泳ぐ.jpg  『ブリキの太鼓』(1979)3.jpg ブリキの太鼓.jpg
猫を抱いて象と泳ぐ』(2009/01 文藝春秋) 映画「ブリキの太鼓 HDニューマスター版 [DVD]

 唇が閉じて生まれ、切開手術で口を開いたという出生の経緯を持つ寡黙な少年は、体が大きくなりすぎて屋上動物園で生涯を終えた象と、壁の隙間に挟まり出られなくなった女の子を架空の友とし、7歳で廃バスにポーンという名の猫と暮らす巨漢の男と遇って、彼を師匠にチェスを習い、その才能を開花させる。男が象と同様にその巨体のために亡くなると、彼は自らの意思で11歳のまま身体の成長を止め、名棋士アリョーヒンに因んでリトル・アリョーヒンと名づけられたチェスのカラクリ人形の中に入り、人知れず至高の対戦を繰り広げる―。

 2009(平成11)年度「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第2位。2010(平成22)年・第7回 「本屋大賞」第5位。同作者の『博士の愛した数式』('03年/新潮社)が"数式"をモチーフにしていたのに対して、今度は"チェス"がモチーフということで、そうした独自の素材が物語にうまく溶け込んでいるという点では、『博士の愛した数式』を凌いでいるかも。

『ブリキの太鼓』(1979).jpg飛ぶ教室 実業之日本社.gif 自らの意思で成長を止めた少年というのは、ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』(フォルカー・シュレンドルフ監督の映画「ブリキの太鼓」('79年/西独・仏))の"オスカル少年"のようでもあり、廃バスに住むマスターは、エーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』の学校近くの廃車となった禁煙車両に住む"禁煙先生"をも想起させます。

「ブリキの太鼓」('79年/西独・仏)

 個人的には『博士の愛した数式』のような母子モノの話には感動させられ易いのですが、現実を描いている風でありながら大人のメルヘン的要素を醸した『博士の...』に比べると、こちらは、最初から「物語」乃至「寓話」であることがフレームとして読者の前に提示されている感じで、いったん物語の中に入り込めてしまえば、よりすんなり感動できるかも知れません(実際、感動した。自分は「母子モノ」に弱いと言うより、このタイプの「小川作品」に弱いのかも)。

 主人公の師匠である巨漢男だけでなく、優しい祖母や老人ホームに住まう往年の名プレーヤーたちなど、印象に残る登場人物が多く、彼らはやがて死んでいきますが、それぞれに生きている者の中に記憶として生きていると言えます。
 そして、主人公の最期もまたあっけないものですが、彼は"伝説"として人々の記憶に生き続けることになる―、ある意味、人間の限りある生を超えられるものは何かを問いかけるような作品でもあります。

 主人公はチェスプレーヤーですが、「ビショップの奇跡」と呼ばれる1枚の棋譜と1葉のスナップ写真のみを残したその生き方は、芸術家の究極の姿でもあるように思えました。
 そのことは、「もし彼がどんな人物であったかお知りになりたければ、どうぞ棋譜を読んで下さい。そこにすべてのことが書かれています」という、この作品の最後のフレーズにも象徴されているかと思います。

Bobby Fischer.jpgBOBBY FISCHER 2.jpg 実際、チェスの世界は伝説的な話には事欠かないようで、'08年にアイスランドで亡くなったボビー・フィッシャー(米国)みたいに、何度も世界チャンピオンになりながら何度も消息不明になった人などもいて、ボビー・フィッシャーの再来といわれた天才少年ジョシュ・ウェイツキンを主人公にした「ボビー・フィッシャーを探して」('93年/米)という映画も作られるなどしました(Photo:Bobby Fischer: (1958)He wins US Chess Championship at age 14)。

羽生善治.jpg ボビー・フィッシャーは日本に潜伏していた時期もあったらしく、無効パスポート保持で成田で拘束されたこともあり、米国に強制送還される恐れがあったため、チェスが"趣味"の羽生善治氏が、彼に日本国籍を与えるよう当時の小泉首相に嘆願メールを出したということもありました。

チェス部が小川洋子氏の取材を受ける.jpg 作者が取材した麻布高校のチェスサークルは、在学中に全日本チャンピオンとなり、'08年度まで4年連続タイトルを保持した小島慎也氏('09年度は、アイルランドのIM(インターナショナル・マスター)サム・コリンズに敗れ準優勝だった)の出身サークルでもありますが、小島氏に言わせれば、日本チェス界で一番強いのは羽生善治であるとのこと、羽生は主に海外で対局していて、国際レイティングは今も('09年)日本人トップで、羽生を倒せるようになるのが"全日本チャンピオン"の座に4度輝いた小島氏の目標だそうです(羽生ってスゴイなあ。まるで、生ける"伝説"みたいな感じ...)。

 「ボビー・フィッシャーを探して」('93年/米)と同様、チェスの世界大会を舞台にした映画では、カール・シュンケル監督の「美しき獲物」('93年/米・独)があり、チェスの世界選手権に絡んで起きた猟奇殺人事件を描くサスペンス・サイコ・スリラーで、ストーリーそのものは悪くないのですが、主演のクリストファー・ランバートとダイアン・レイン(私生活で当時は恋人同士)の2人とも、それぞれに「チェスの天才」にも「女性心理学者」にも見えないのが難、「ボビー・フィッシャーを探して」に出演した子役は賢そうに見えたけれど...。

ブリキの太鼓2.jpgブリキの太鼓 ポスター.jpg「ブリキの太鼓」●原題:DIE BLECHTROMMEL●制作年:1979年●制作国:西ドイツ・フランス●監督:フォルカー・シュレンドルフ●製作:アナトール・ドーマン/フランツ・ザイツ●脚本:ジャン=クロード・カリエール/ギュンター・グラス/フォルカー・シュレンドルフ/フランツ・ザイツ●撮影:イゴール・ルター●音楽:モーリス・ジャール●原作:ギュンター・グラス●時間:142分●出演:ダーフィト・ベンネント/マリオ・アドルフ/アンゲラ・ヴィンクラー/カタリーナ・タールバッハ/ダニエル・オルブリフスキ/ティーナ・エンゲル/ローラント・トイプナー●日本公開:1981/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町スバル座(81-04-26)(評価:★★★★)

SEARCHING FOR BOBBY FISCHER (1993).jpgボビー・フィッシャーを探して.jpg「ボビー・フィッシャーを探して」●原題:SEARCHING FOR BOBBY FISCHER●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督・脚本:スティーヴン・ザイリアン●製作総指揮:シドニー・ポラック●撮影:コンラッド・ホール●音楽:ジェームズ・ホーナー●原作:フレッド・ウェイツキン●時間:110分●出演:マックス・ポメランツ/ジョー・マンティーニャ/ジョアン・アレン/ローレンス・フィッシュバーン/ベン・キングズレー/マイケル・ニーレンバーグ●日本公開:1994/02●配給:パラマウント映画=UIP (評価★★★☆)

美しき獲物.png美しき獲物 チラシ.jpgKnight Moves (1992).jpg「美しき獲物」●原題:KNIGHT MOVES●制作年:1992年●制作国:アメリカ/ドイツ●監督:カール・シェンケル●製作:クリストファー・ランバート/ジアド・エル・カウリー ●脚本:ブラッド・ミルマン●撮影:ディートリッヒ・ローマン●音楽:アン・ダッドリー●時間:116分●出演:クリストファー・ランバート/ダイアン・レイン/トム・スケリット/ダニエル・ボールドウィン/アレックス・ディアクン/フェルディ・メイン/キャスリーン・イソベル/アーサー・ブラウス●日本公開:1992/11●配給:アスキー(評価★★★)

【2011年文庫化[文春文庫]】

「●ひ 東野 圭吾」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒  【1360】 東野 圭吾 『新参者

危なっかしさのあるトリックと、そのための無理を孕んだプロット。

聖女の救済3.jpg 聖女の救済 ドラマ.jpg 聖女の救済 ドラマド.jpg
聖女の救済』(2008/10 文藝春秋) ドラマ「ガリレオⅡ(第11・12話)/聖女の救済」(2013/06)福山雅治・吉高由里子・天海祐希

 会社社長の真柴義孝が自宅で倒れているところをその愛人・若山宏美に発見され、自分で淹れたコーヒーに毒が含まれていたことが死因と分かり、離婚を切り出されていた妻の綾音が容疑者として浮上するが、真柴が自宅で死んだ時、綾音は北海道の実家にいたという鉄壁のアリバイが在り、草薙刑事と部下の女性刑事・内海薫は、意見を違えつつもそれぞれに捜査を進める―。

  「探偵ガリレオシリーズ」の第5弾、『容疑者χの献身』('05年/文藝春秋)に続くシリーズ2作目の長編作品で、ここに来ていよいよ"本格推理"っぽくなってきたかなと途中まで期待を持たせましたが、謎解きに臨む"ガリレオ"こと湯川自身が「虚数解」と言っているように、トリックとしてはかなり現実離れしていると言うか、あり得ないもののように思えました(蓋然性への依存度が高くて危なっかしいとでも言うか)。

 それでは心理的な踏み込み度はどうかと言うと、「結婚から1年経って子供を授からなければ離婚する」という夫からの約束を逆手に取った綾音の情念には確かに滲み出るような凄まじさがあり、またこれが1年間の"救済"期間ということでタイトルともリンクしているわけですが、どうして"救済"期間を置かなければならないのか自分にはよく分かりませんでした。

 綾音に惹かれるところがあって事件の推理にバイアスがかかる草壁と、女性の立場から女性心理を冷静に読み解く内海薫の対比という点では面白く描かれているようには思いましたが、作品全体としては、トリックのための無理を孕んだプロットという印象が拭い切れませんでした。

SPring-8 (「高輝度光科学研究センター」のサイトより)
SPring-8.png 相変わらず読み易く、ずんずん入り込めて最後まですらすら読めてはしまうのですが、周辺ネタについて言えば、兵庫・播磨科学公園都市内にある「SPring-8」を用いての毒物分析も、和歌山毒物カレー事件('98年)で砒素の同定に使用されたのは記憶に新しいところであり、時代の流れには沿っていますが、時代の先を行くものではありません。理系出身ならば、新聞ネタを超えるような何かが欲しいところ。

 実力ある作家の話題作ということで並み以上の期待をしてしまう分、「こんな程度の作家ではないはず」「ちょっと最近書き過ぎているのではないか」(この作品も短編小説集『ガリレオの苦悩』と同時出版)と、見方がややシビアになってしまうのは仕方がないかもしれません(因みに、ガリレオシリーズ第3弾、シリーズ1作目の長編『容疑者Xの献身』とガリレオシリーズ第6弾、シリーズ3作目の長編『真夏の方程式』は共に映画化されたが、このシリーズ2作目の長編作品『聖女の救済』はテレビの「ガリレオ」シリーズの中(第2シーズン)で前後篇に分けてドラマ化されたものの、映画化はされなかった)

【2012年文庫化[文春文庫]】

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