「●か行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1912】 鹿島田 真希 『冥土めぐり』
アンチ・カタルシスと細部の"エンタメ"(娯楽性)との組み合わせに、作者のうまさを感じた。
『極北クレイマー』['09年] 夕張市「石炭の歴史村」遊園地にあった大観覧車(2008年に解体)
『新装版 極北クレイマー (朝日文庫)』['13年]
極北大医学部第一外科医の今中良夫は、財政難の極北市にある極北市民病院に非常勤の外科医として赴任するが、院内の環境は不衛生、病棟スタッフ達は怠慢、そして経営は極北市の「赤字五つ星」に数えられるほど悪化しており、唯一誠実に職務を遂行し、患者の信頼を得ているのが産科医の三枝久広だったが、彼には、以前に手術中に妊婦が死亡したことが医療事故とされる可能性が―。
地域医療問題がテーマの小説ですが、前半部分の極北市民病院のスタッフのモチベーションの低さ、個々の勝手し放題な様の描かれ方は、ブラック・ユーモア的でもあり、なかなか「楽しめ」ました。
これを主人公の今中がどう立て直すのかと思っていると、中盤、姫宮香織なる"エンジェル"が現われ、このキャラクターも面白く、彼女が救世主かと思いきや、あっと言う間に去って行ってしまったのがやや残念。
中盤までが戯画調だったのに対し、後半は、医療事故問題を巡る、病院・市役所・警察などの関係者の様々な思惑が入り乱れ、サスペンス調に。
但し、結局、病院再興もダメ、三枝医師も不幸な事態に陥り、カタルシスを期待していた読者はがっかりしたかもしれませんし、自分自身も、主人公の今中に対しては、最後までオタオタしてばかりいたという印象が拭い切れませんでした。
でも、テーマがテーマだけに、ほろ苦い結末にすることで、安易なハッピーエンドにしてしまうよりは、問題提起上の効果はあったと言えるかも(表紙の観覧車の絵から窺える通り、作品のモデルになったと思われる夕張市の市立総合病院は、市財政の破綻とともに経営破綻した後に医療法人財団が指定管理者となり公設民営化されたが、そうした今も再建の前途は多難であるという事実がある)。
役所関係で「派遣」と言えば、一般企業で言う「在籍出向」でしょう。姫宮香織が自ら「ハケン」ですと言っているのに、公立病院の事務長が、その派遣元(厚労省)を思いつかず、普通の人材派遣(だったら自分がオーダーしているはず)と混同することはあり得ないと思うのですが、姫宮が肩書きの力ではなく自らの知恵と行動で病院改革に先鞭をつけたとするには、事務長の平松の無頓着が前提として必要だったのかも。
事実を知って慌てて姫宮に土下座する平松―これ、"水戸黄門"と同じで、パーツパーツでは、エンタテインメントの典型手法を幾つも入れているんだよなあ、この小説。
問題提起を優先させるためか、全体の構成はアンチ・カタルシスにしておいて、一方で、細部においては軽妙な描写を多く取り入れて"エンタメ"(読者サービス?)し、読み物としての面白さを保っているという点には、作者の旨さを感じました。
【2011年文庫化[朝日文庫(上・下)・2013年新装版[朝日文庫]/2019年再文庫化[講談社文庫(『極北クレイマー2008』)]】