【1325】 ○ 村上 春樹 『1Q84BOOK1 〈4月-6月〉・ BOOK2 〈7月-9月〉)』 (2009/05 新潮社) ★★★☆

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「村上作品の集大成」、「良くも悪しくも村上春樹」。共に、評として外れていないのでは?

1Q84 BOOK 1.jpg 1Q84 BOOK 2.jpg 『1Q84 (BOOK1 ・ BOOK2』 .jpg1Q84 BOOK 1』『1Q84 BOOK 2』['09年]

 2009(平成21)年・第63回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)受賞作。

 スポーツインストラクターで暗殺者としての裏の顔を持つ女性・青豆と、作家志望の予備校講師で、"ふかえり"という高校生が書いた不思議な作品をリライトすることになった男性・天吾、1984年にこの2人は、同じ組織に対する活動にそれぞれが巻き込まれていく―。

 いやあ、ストーリーも明かされていない刊行前からスゴイ評判、刊行されるとやがて「これまでの村上作品の集大成」とか「良くも悪しくもやっぱり村上春樹」とか色々な風評が耳に入ってきてしまい、早く読まねばとやや焦りにも似た気持ちにさえさせられたのが情けないけれど、読み始めてみたら結構エンタテインメントしていて、作者の軽めのエッセイは好みながら小説はやや苦手な自分にとっても、今まで読んだ数少ない作者の長編の中では「面白かった」方でした(むしろ、こんなに面白くていいのか...みたいな)。

漱石と三人の読者.jpg 国文学者の石原千秋氏が『漱石と三人の読者』('04年/講談社現代新書)の中で、漱石は、「顔の見えない読者」(一般人)、「なんとなく顔の見える読者」(知識人)、「具体的な何人かの"あの人"」(文学仲間・批評家)の3種類の読者を想定し、それぞれの読者に対してのメッセージを込めて小説を書いていたという仮説を立てていますが、村上春樹も同じ戦略をとっているような...。

 「ピュアな恋愛」とか、矢鱈に"純粋性"を求めたがる時代の気風にしっかり応えている点は「一般人」向きであるし、この小説を「愛の物語」と言うより「エンタテインメント」としてそこそこに堪能した自分も、同様に「一般人」のカテゴリーに入るのでしょう。

 ただし、これまでの作品に比べ、様々な社会問題を時に具体的に、時に暗喩的に織り込んでいるのは確かで(「知識人」向き?)、そこには「原理主義」的なものを忌避する、或いはそれに対峙する姿勢が窺え、(ノンフィクションで過去にそうしたものはあったが)小説を通じてのアンガージュマン的な姿勢を今回は強く感じました。

 一方で、主人公たちは29歳にして10歳の想い出を"引き摺っている"と言うか、主人公の一方はその"想い"に殉じてしまうくらいで、モラトリアム調は相も変わらずで、メタファーもお馴染みの如くあるし、結局、「これまでの村上作品の集大成」、「良くも悪しくもやっぱり村上春樹」共に、評としては外れていないように思いました。

村上春樹「1Q84」をどう読むか.jpg 因みに『村上春樹「1Q84」をどう読むか』('09年7月/河出書房新社)という本がすぐに刊行されて、35人の論客がこの作品を論じていますが(インタビューや対談・ブログからの転載も多い)、いやあ、いろんな読み方があるものだと感心(前述の石原千秋氏も書いている)。ただ言える事は、みんな自分(の専門分野)に近いところで読み解いているということが言え、かなり牽強付会気味のものが目立ちます。
 
 この「読解本」に関しては、全体として、面白かったけれどあまり参考にならなかったというのが本音で(評価★★☆)、ただ、これだけ多くの人に短い期間で書評を書かせている(一応しっかりと(?)読んだのだろう)ということは、やはり「村上春樹」の影響力は凄いなあと(「批評家」向き?)。タイムマシンに乗って100年後の世界に行ったら、文学史年表にこの作品が載っているのかなあ。
 
映画 "The Big Sleep"(邦題「三つ数えろ」)
The Big Sleep.png大いなる眠り.jpg 余談ですが、主人公が金持ちの依頼人と屋敷の温室で対面し依頼を受けるというのは、レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』(The Big Sleep /'39年発表/'56年・東京創元社)の中にもあるシチュエーションで、チャンドラーの3大ハードボイルド小説の内、『さらば愛しき女よ』(Farewell, My Lovely '40年発表/56年・早川書房)と『長いお別れ』(The Long Goodbye '54年発表/'58年・早川書房)は、それぞれ『ロング・グッドバイ』('07年)『さよなら、愛しい人』('09年)のタイトルで早川書房から村上春樹訳が出ていますが、『大いなる眠り』は訳していません。東京創元社に版権がある関係で早川書房としては訳すことが出来ないのかなあ。―ああ、チャンドラーの自分が未訳の作品のモチーフを、ここで使ったかという感じ。(『大いなる眠り』はその後、'12年12月に早川書房より村上春樹訳が刊行された。)

●朝日新聞・識者120人が選んだ「平成の30冊」(2019.3)
1位「1Q84」(村上春樹、2009)
2位「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ、2006)
3位「告白」(町田康、2005)
4位「火車」(宮部みゆき、1992)
4位「OUT」(桐野夏生、1997)
4位「観光客の哲学」(東浩紀、2017)
7位「銃・病原菌・鉄」(ジャレド・ダイアモンド、2000)
8位「博士の愛した数式」(小川洋子、2003)
9位「〈民主〉と〈愛国〉」(小熊英二、2002)
10位「ねじまき鳥クロニクル」(村上春樹、1994)
11位「磁力と重力の発見」(山本義隆、2003)
11位「コンビニ人間」(村田沙耶香、2016)
13位「昭和の劇」(笠原和夫ほか、2002)
13位「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一、2007)
15位「新しい中世」(田中明彦、1996)
15位「大・水滸伝シリーズ」(北方謙三、2000)
15位「トランスクリティーク」(柄谷行人、2001)
15位「献灯使」(多和田葉子、2014)
15位「中央銀行」(白川方明2018)
20位「マークスの山」(高村薫1993)
20位「キメラ」(山室信一、1993)
20位「もの食う人びと」(辺見庸、1994)
20位「西行花伝」(辻邦生、1995)
20位「蒼穹の昴」(浅田次郎、1996)
20位「日本の経済格差」(橘木俊詔、1998)
20位「チェルノブイリの祈り」(スベトラーナ・アレクシエービッチ、1998)
20位「逝きし世の面影」(渡辺京二、1998)
20位「昭和史 1926-1945」(半藤一利、2004)
20位「反貧困」(湯浅誠、2008)
20位「東京プリズン」(赤坂真理、2012)

【2012年文庫化[新潮文庫]】

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