【1316】 ◎ 読売新聞社会部 『死刑 (2009/10 中央公論新社) ★★★★☆

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死刑の実態だけなく、被害者遺族、元裁判官などを広く取材。考えさえられる点が多かった。

死刑 読売新聞社会部.jpg 『死刑』 ['09年]

  '08年から'09年に読売新聞社会面に4部構成で連載された特集「死刑」に加筆して纏めたもので、第1章では、死刑囚に対する刑の執行がどのように行われるかが、第2章では、たとえ加害者が死刑に処せられても癒されることのない被害遺族の思いが、第3章では、死刑を選択した元裁判官の判断の重さと彼らにかかる心理的重圧が描かれ、最後の第4章では、今後の死刑制度のあり方を諸外国との制度比較の中で模索しています。

 本書自体は、死刑廃止を訴えているわけでも存置論を唱えているわけでもなく、死刑制度の関係者の声を広く集め(延べ約380人を取材)、それを読者の前に投げかけるというスタイルをとっていますが、取り上げられているケースの1つ1つは、簡潔ながらも何れも重いものでした。

 これまで自分が読んだ死刑制度に関する本の多くが、"知られざる"処刑の現実を描いて、「国家」が人の命を奪うことの意味を問う傾向にありましたが、本書も第1章では、"死刑の変遷と現実"を追うと共に、様々な死刑囚や苦悩する刑務官の姿などを取材しています。

 この中では、執行当日の朝になって告知することが、本当に死刑囚の苦しみを減じることになっているのかという問題提起が考えさせられました(昔は、拘置所の取り計らいで数日前に告知し、死刑囚同士の"お別れ会"のようなこともあったという)。

読売新聞連載「死刑」 第2部・かえらぬ命・(5)より.jpg 本書の特徴的な点は、類書が、被害者遺族の感情については事件ごとの付随的な記述に止まる傾向がある中で、第2章「かえらぬ命」で、被害者遺族を綿密に取材し、その声を数多く集めていることでしょう。

2008年12月16日付 読売新聞朝刊

 その中にある、「死刑が執行されて10年経っても、犯人が許せない。犯人は死刑になったら終わりだが、私たちは死ぬまで事件を引きずって生きていく。無期懲役にされたようなものだ」という言葉は重く、加害者がまだ生きていると思うだけでやるせない憤りを覚えるというのが大方の被害者遺族の感情である一方で、加害者に死刑が執行されたことによって被害者遺族が何か達成感のようなものを得たかというと、必ずしもそうではないことが窺えます。

 中には、加害者を極刑に処することを望まず、生きて償って欲しいと思っている遺族もいて、親兄弟を殺された場合と我が子を殺された場合、或いは、事件直後と時間が経過してからなどにおいて、遺族感情にはかなり幅があるように思えました。

 加害者からの謝罪の手紙の封を切ることさえしない遺族が多い一方で、そうした手紙を読んだことを契機に、加害者に会って直接の謝罪の言葉を聞きたいと考えるようになり、刑が確定しても、希望する遺族には加害者と会える仕組みを作るべきだと思うようになったという遺族の言葉には考えさせられました。

 日本の場合、被害者と加害者の接見及び確定囚との接見は許されていませんが、死刑囚の男性と若い女性の交流を描いた韓国の作家・孔枝泳(コン・ジヨン)『私たち幸せな時間』(蓮池薫:訳/'07年/新潮社)には、そうした場面が出てきます(小説の主人公は処刑されるが、韓国では'98年以降は執行が停止されている)。

 第3章では、これまで守秘異義務上、殆ど取り上げられることのなかった、死刑判決を言い渡した裁判官の心情が取材されていて、これも貴重な証言集だと思いました。

 この中で、名古屋で姉妹が6人の犯行グループに拉致され、生きたまま焼き殺された「ドラム缶殺人事件」(2000年4月(平成12年)事件発生)で、主犯格の2人に死刑判決を下した名古屋高裁の裁判長の証言が出てきますが(共に最高裁で死刑が確定し'09年1月執行)、犯人グループ内での力関係を疑問の残らないところまで調べ上げるため、一審(死刑判決)より更に踏み込んで精査したことが書かれています。

 一方で、今日('10年2月16日)の朝日新聞社会面の特集「死刑と無期の境」では、この事件の死刑囚の1人を取り上げ、カトリックの洗礼を受け、本人は刑を受け入れる覚悟はしていたものの、「命令されてやったことを裁判長に分かってもらえれば無期懲役にできたのではないか」という担当弁護士の後悔のコメントが紹介されています。

 隠されている部分が多いだけに、どういった取材記事に触れるかによって、事件や死刑囚に対するイメージがかなり異なってくる面もあるように思いました。

【2013年文庫化[中公文庫(『死刑 - 究極の罰の真実』)]】

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