【1321】 ○ 伊丹 万作 (原作:志賀直哉) 「赤西蠣太」 (1936/06 日活) ★★★★ (○ 志賀 直哉 「赤西蠣太」―『志賀直哉―ちくま日本文学021』 (2008/08 ちくま文庫)《「赤西蠣太」―『赤西蠣太―他十四篇』 (1955 角川文庫)》 ★★★☆)

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片岡千恵蔵の今風な演技と、対照的な演技の1人2役。肩が凝らずに楽しめる一品。

赤西蠣太ビデオ.jpg 赤西蠣太vhs.jpg 赤西蠣太01.jpg  ちくま日本文学021 志賀直哉.jpg
「赤西蠣太 [VHS]」「赤西蠣太 [VHS]」片岡千恵蔵 in「赤西蠣太」 『志賀直哉 [ちくま日本文学021]』['08年]

赤西蠣太.jpg赤西蠣太より.gif 江戸の伊達家の大名屋敷に着任した赤西蠣太(片岡千恵蔵)は、風采が上がらず胃弱のお人好し侍だが、実は彼は、江戸にいる伊達兵部(瀬川路三郎)と原田甲斐(片岡千恵蔵・二役)による藩転覆の陰謀の証拠を掴むという密命を帯びて送られてきた間者(スパイ)であり、彼の目的は、同じく間者として送り込まれていた青鮫鱒次郎(原健作)と集めた様々な証拠を、無事に国許へ持ち帰ることだった。江戸藩邸を出奔する理由として蠣太らは、蠣太が邸内随一の美人である小波(毛利峯子)に落とし文をして袖にされ、面目を保てなくなったというストーリーを練る―。

赤西蠣太より2.jpg 原作は、伊達騒動に材を得た志賀直哉が1918(大正7)年9月に『新小説』に発表した時代小説で、志賀直哉が生涯において書いた時代小説はこの作品だけだそうですが、伊丹万作が二枚目役者・片岡千恵蔵に醜男・赤西蠣太の役を配して、ユーモラスな作品に仕上げています。

赤西蠣太より.jpg 角川文庫、新潮文庫、ちくま文庫などに収められいる原作は20ページほどの小品ですが、それが1時間半近い作品になっているわけで、蠣太と隣人との武士の迷い猫の押し付け合いや、なかなかラブレターがうまく書けない蠣太の様子などのユーモラスなリフレインを入れて多少は時間を稼いでいるものの(それらも赤西蠣太の人柄を表すうえで無駄な付け加えという風には感じない)、概ね原作に忠実に作られていると見てよく、ある意味、志賀直哉の文体が、如何に簡潔で圧縮度が高いものであるかを示していることにもなっているように思えました。

野良猫を盥回しする角又と赤西 .jpg 赤西蠣太(実は偽名)の名は原題通りですが、原作における「銀鮫鱒次郎」が原健作が演じる「青鮫(蒼ざめ?)鱒次郎」になっているほか、志村喬が演じる「角又鱈之進」など、主要な登場人物の名前に魚編の文字を入れるなどして、原作の"遊び"を更に増幅させています(意外なことに蠣太に恋心を抱いていたことが判明する「小波」(ささなみ)は、原作では「小江」(さざえ)。何だか"磯野家"みたいになってしまうけれど、同じ海関係なのでこのまま使っても良かったのでは?)。
野良猫を盥回しする角又鱈之進(志村喬)と赤西蠣太(片岡千恵蔵)
青鮫鱒次郎(原健作)は捕えられ、赤西には追っ手が差し向けられる
赤西蠣太16.jpg赤西蠣太ess.jpg赤西蛎太    6.jpg しかし、この映画の白眉とも言える最大の"遊び"は、謀反の黒幕である原田甲斐(山本周五郎の『樅の木は残った』ではこの人物に新解釈を加えているが、この作品では型通りの「悪役」として描かれている)、つまり主人公にとってのある種「敵役」を演じているのもまた片岡千恵蔵その人であるということです。当時の映画作りにおいて一人二役はそれほど珍しいことではないですが、これはよく出来ている!

赤西蠣太 [片岡千恵蔵2.jpg "赤西蠣太"としての演技が、同僚の下級武士の演技より一段とすっとぼけた現代的なサラリーマンのような感じであるのに対し(千恵蔵の演技だけ見ていると、とても戦前の作品とは思えない)、"原田甲斐"としての台詞は、官僚的な上級武士の中でも目立って大時代的な歌舞伎調の文kataoka22.jpg語になっているという、この対比が面白いと言うか、見事と言っていいくらいです。事前の予備知識がなければ、同じ役者が演じているとは絶対に気づかないかも。因みに片岡千恵蔵は、2年後の「忠臣蔵 天の巻・地の巻」('38年/日活京都)では、浅野内匠頭と立花左近の二役を演じています。

赤西蠣太 京橋映画劇場.jpg酒井邸で原田は刃傷し、殺される .jpg 原作は、伊達騒動の経緯自体は僅か1行半で済ませていますが、映画では、当時から見ても更に時代の旧い無声映画風のコマ落とし的描写で早送りしていて、伊達騒動自体は周知のこととして細かく触れていないという点でも原作に忠実です。 
酒井邸で原田甲斐(片岡千恵蔵=二役)は刃傷し殺される

お家騒動は落着し、赤西は小波と再会する.jpg 一方で、「蠣太と小江との恋がどうなったかが書けるといいが、昔の事で今は調べられない。それはわからず了いである」として原作は終わっていますが、映画では、蠣太が"小波"の実家を訪ね、結婚行進曲(作中にもショパンのピアノ曲などが使われている)が流れるところで終わるという、微笑ましいエンディングになっています。
お家騒動は落着し赤西は小波(毛利峯子)と再会する

 全体を通して肩が凝らずに楽しめる一品で、原作者である志賀直哉が観て、絶賛したという逸話もあります。実際、原作より面白いと言えるかもしれません。 

「赤西蠣太」撮影中の風景.JPG「赤西蠣太」撮影中の風景(左より片岡千恵蔵、上山草人、監督の伊丹万作 (「千恵プロ時代」より))

片岡千恵蔵e1.JPG片岡千恵蔵(1903-1983)in「多羅尾伴内」シリーズ

赤西蠣太 poster.jpg「赤西蠣太」●制作年:1936年●監督・脚本:伊丹万作●製作:片岡千恵蔵プロダクション●撮影:漆山裕茂●音楽:高橋半●原作:志賀直哉「赤西蠣太」●時間:84分●出演:片岡千恵蔵/杉「赤西蠣太」vhs.jpg山昌三九/上山草人/梅村蓉子/毛利峯子/志村喬/川崎猛夫/関操/東栄子/瀬川路三郎/林誠之助/阪東国太郎/矢野武男/赤沢力/柳恵美子/原健作/比良多恵子●公開:1936/06●配給:日活●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(08-11-16)(評価:★★★★)●併映:「白痴」(黒澤明)赤西蠣太 [VHS]

小僧の神様(岩波文庫).jpg赤西蠣太―他十四篇0_.jpgちくま日本文学021 志賀直哉.jpg【1928年文庫化・1947年・2002年改版[岩波文庫(『小僧の神様 他十篇』)]/1955年再文庫化[角川文庫(『赤西蠣太―他十四編』)]/1968年再文庫化・1985年改版[新潮文庫(『小僧の神様・城の崎にて』)]/1992年再文庫化[集英社文庫(『清兵衛と瓢箪・小僧の神様』)]/1992年再文庫化[ちくま文庫(『ちくま日本文学全集』)]/2008年再文庫化[ちくま文庫(『ちくま日本文学021志賀直哉』)]/2009年再文庫化[岩波ワイド文庫(『小僧の神様―他十編』)]】   
赤西蠣太―他十四篇 (1955年) (角川文庫)』/『志賀直哉 [ちくま日本文学021]』['08年](カバー画:安野光雅
『小僧の神様 他十篇』 (1928年文庫化・1947年改版・2002/10 岩波文庫)(「城の崎にて」「赤西蛎太」など所収)

 
《読書MEMO》
田中小実昌 .jpg田中小実昌(作家・翻訳家,1925-2000)の推す喜劇映画ベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
○丹下左膳餘話 百萬兩の壺('35年、山中貞雄)
赤西蠣太('36年、伊丹万作)
○エノケンのちゃっきり金太('37年、山本嘉次郎)
○暢気眼鏡('40年、島耕二)
○カルメン故郷に帰る('51年、木下恵介)
○満員電車('57年、市川昆)
○幕末太陽傳('57年、川島雄三)
○転校生('82年、大林宣彦)
○お葬式('84年、伊丹十三)
○怪盗ルビイ('88年、和田誠)

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