【1308】 ◎ 佐々木 常雄 『がんを生きる (2009/12 講談社現代新書) ★★★★★

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短い余命宣告で奈落に落ちた人が、立ち直るにはどうすればよいかを真摯に考察。

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がんを生きる (講談社現代新書)』 ['09年]

 がんの拠点病院(がん・感染センター都立駒込病院)の院長が書いた本ですが、制がん治療について書かれたものではなく、「もう治療法がない」と言われ、短い余命を宣告されて奈落に落とされた人が、立ち直るようにするにはどうしたらよいかということを真摯に考察したものです。

 本書によれば、'85年頃までは、医師は患者にがん告知をしなかった時代で、それ以降も'00年頃までは、告知しても予後は告げない時代だったとのこと、それが、今世紀に入り、「真実を医師が話し、患者が知る」時代となり、自らの余命が3ヵ月しかない、或いは1ヵ月しかないということを患者自身が知るようになった―そうした状況において、死の淵にある患者の側に立った緩和ケアはいかにあるべきかというのは、極めて難しいテーマだと思いました。

 著者自らが経験した数多くのがん患者の"看取り"から、19のエピソードを紹介していますが、中には担当医から「余命1週間」(エピソード5)と宣告された人もいて、著者自身、個々の患者への対応の在り方は本当にそれで良かったのだろうかと煩悶している様が窺えます。

 端的に言えば、如何にして突如目前に迫った死の恐怖を乗り越えるかという問題なのですが、著者の扱った終末期の患者のエピソードに勝手に解釈を加え、患者が死を受容し精神の高み達したかのように「美談仕立て」にした輩に著者は憤りを表す一方で、多くの書物や先人の言葉を引いて、そこから緩和ケアの糸口になるものを見出そうとしています。

 親鸞などの仏教者や哲学者、或いは、比較的最近の、宗教系大学の学長や高名な精神科医の言葉なども紹介していますが、それらを相対比較しながらも、あまりに宗教色の強いものや、俗念を離脱して人格の高みに達しているかのようなものには、自分自身がそうはなれないとして、素直に懐疑の念を示しています。

 結局、著者自身、本書で絶対的な"解決策"というものを明確に打ち出しているわけではなく、著者の挙げたエピソードの中の患者も殆どが失意や無念さの内に亡くなっているというのが現実かと思いますが、それでも、エピソードの紹介が進むつれて、その中に幾つかに、患者が心安らかになる手掛かりとなるようなものもあったように思います。
 
 例えば、毎年恒例となっている病棟の桜の花見会に、末期の患者をその希望に沿ってストレッチャーに乗せて連れていった時、その患者が見せた喜びの表情(エピソード2)、独身男性患者に、亡くなっていく人の心が何らかのかたちで残される人に伝わることを話す看護師の努力(エピソード13)、日々の新聞のコラム記事の切り抜きに没頭する、その切抜きを後で見直す機会は持たない女性患者(エピソード15)、お世話になった人への挨拶など、死に向かう"けじめ"の手続きをこなす余命3ヵ月の元大学教授(エピソード16)、病を得たのをきっかけに亡くなった友人のことを思い出したことで安寧な心を得たように思われる歌人(エピソード16)、余命1ヵ月と聞かされショックを受けた後、今度は急に仕事への意欲が湧いてきた"五嶋さん"という男性(エピソード19)等々(この"五嶋さん"は、余命1週間と言われ、1週間後に著者に挨拶に来て、その2日後に亡くなったエピソード5の人と同人物)。

 最後の"五嶋さん"のエピソードは、同じく余命1ヵ月の病床で、何も出来ず生きていても意味がないと思っていたら、夫から「君が生きていればそれでいい」と言われ、夫が後で見てくれるようにと"家事ノート"を作り始めた"秋葉さん"の話(エピソード1)にも繋がっているように思えました。

 そうしたことを通して末期の患者らの死の恐怖が緩和され、安寧を得たかどうかについても、著者は慎重な見方はしているものの、ただ不可知論で本書を終わらせるのではなく、奈落から這い上がるヒントとなると思われる項目を、「人は誰でも、心の奥に安心できる心を持っているのだ」「生きていて、まだ役に立つことがあると思える人は、奈落から早く這い上がる可能性が高い」など8つ挙げ、また、終章を「短い命の宣告で心が辛い状況にある方へ―奈落から這い上がる具体的方法」とし、その方法を示しています(①気持ちの整理、とりあえず書いてみる、②泣ける、話せる相手を見つける)。

 人間は死が近づいても心の中に安寧でいられる要素を持っているという著者の信念(生物学的仮説)に共感する一方、宗教を信じていない状況で、「あなたの余命は3ヵ月です」などと言われるようなことは医療の歴史では嘗て無かったわけで、心理面での緩和ケアの在り方が、今後のターミナルケアの大きな課題になるように思いました。

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This page contains a single entry by wada published on 2010年1月18日 00:40.

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